妨害したら、飛ばされました
サロヴァーラから帰国して暫く、私達はとても平穏な時間を過ごしていた。
帰国直後は色々と聞かれたり、今後の確認をする席への参加――正式な話し合いの場に参加する権利はなくとも、話を聞かせておけば、駒として使いやすい――があった程度。
それも概ね、終了している。と言うか、後はサロヴァーラの頑張り次第というのが、こちらの見方だったり。
被害国の面々や被害者筆頭の私が帰国してしまっているので、今後は迂闊なことができないとも言う。改革へと乗り出すのはサロヴァーラ王家であり、それを示すことで、これまでのイメージを払拭できるのだから。
ただ……『心配は要らないんじゃないのかなー?』というのが、私の本音だ。
理由は女狐様こと、ティルシアがいるからである。どうも話を聞く限り、女狐様は被っていた猫を綺麗に剥がし、絶好調であるようなのだ。
それを裏付けるかのように、魔王様の下へとサロヴァーラ王から『個人的な』お手紙がきている。……魔王様にはティルシアの本性を暴露済みだったので、私にも話を聞きに来たのだよ。
『ミヅキ、その、ティルシア姫って、こういう方だったのかい?』
困惑しながら聞いて来る魔王様の姿に、思わず生温かい目になった。いやぁ、お元気そうで何よりです、女狐様。
勿論、今後のためにもしっかり肯定しておきました。
奴はシスコンだ。それも、かなりの重症!
そんな奴が、報復する好機を得たら……ねぇ?
とりあえず、魔王様が送る返事と一緒に、セシルに用意してもらった胃痛に効く薬草を同封してもらいました。『私もそちらの事情を知ってるよ!』というアピールであり、ささやかな気使いです。
耐えろ、耐えるんだ、サロヴァーラ王! 多少はっちゃけていることを除けば、ティルシアのやってることは間違ってないから!
そんな気持ち『だけ』を込めて、心の中でエールを送っておきました。……え? サロヴァーラには行かないよ? 帰ってきたばっかりだし、遊びに行ったら、絶対に何らかのお仕事が待っているから。
『被害者筆頭』はもう使えなくとも、『遊びに来た、個人的な友人』は使えるじゃん。相手はティルシアだ、絶対に娯楽と言う名の何かが待っている。
魔王様が何か言いたそうな顔をしていたのは、気のせい。
手紙に何か書いてあったんじゃないかと思うけど、何も言われてないので知らん。
大丈夫、ティルシアとて状況は理解できている。ヤバくなったら問答無用に私を召喚し、敵陣に放り込むくらいはするから。
それを実行していない以上、まだまだ余裕があるのだろう。というか、自分の手で報復したいだけにも見えるけどさ。
そんなわけで。
私達は、概ね平穏な日々を過ごしていたのです……ついさっきまで。
「へぇ……商人が、ねぇ?」
「うん。どうにも怪しげなんだけど、旅券は本物なんだよ」
魔王様はひらひらと手にした紙を振った。そこには魔王様へと謁見を願い出た商人の情報が書かれている。
バラクシンの一件で判明したように、魔王様は商人達からの支持が厚い。自国のみに利を求めるのではなく、双方が納得する形に収めてくれる王族の存在は、国を問わずありがたがられているらしい。
確かに、港町ということを踏まえ、国の活性化を狙うならば、金や物、そして情報を落としてくれる商人達を大事にした方が得だろう。逆に、敵に回すと厄介だ。友好的なお付き合いはしておいた方がいい。
王族が庇護する立場になってくれれば、貴族達から無理難題を押し付けられることもない。真っ当に商売をする人達にとって、理想的な庇護者ではあった。魔王殿下だしな、おかしな真似はできまい。
そんな魔王様に、今回謁見を願い出たのがガニアの商人。それ自体はおかしなことではないが、微妙に不審な点が目立つらしい。
会わない……という選択もあるが、それでろくでもない噂を流されても困る。しかも、商人の振りをして訪ねて来た間者という可能性もあるので、無視をするわけにもいかない。
「狙われたこともあるんだけどね。まあ、そこで捕獲できたから、後に被害はなかったし」
「いやいやいや! 危機感持ちましょうよ!?」
「まあ、私だからいいか……と思うこともあったんだよね。兄がいるし、王も健在なんだから。王族に牙を剥けば、問答無用に取り調べその他が可能だろう? アル達だって動かせるし」
「それはそうなんですけどねぇ……」
自分を囮にするのが当然、というような魔王様の言葉に不服そうな顔をすれば、苦笑しつつ頭を撫でられる。それでも止めるとは言わないのだから、今後も同じようなことが起こるだろう。
「はは、心配してくれるのは嬉しいよ。だけど、どうしても『そういう存在』は出て来るものだよ。だから、少しでも早く対応して、事件が起こらないようにする。未然に防ぐことができるんだから、いいじゃないか」
魔王様は笑って言うが、狙ってきた奴は絶対に『魔王殿下云々』と罵ったことだろう。自分達が正しいような認識をしていれば、その渾名は最高の罵りとなるだろうから。
まあ、口にした段階で地獄巡りは確定だろう。今は私も居るしな。
「とにかく。今回のこともちょっと不自然なんだ。だけど、最初から疑うわけにもいかない。だから」
「私を同席させるってことですね?」
「うん。魔導師ならば、いい牽制になると思うんだ」
続くはずだった言葉を先に口にすれば、頷く魔王様。アル達も納得しているらしく、今回は口を挟んでこなかった。
「君は最近、色々と実績が知られてきたからね。魔導師の噂の中には、かなり物騒なものもある。だから、手を出すことを止める、という可能性もあるんだ」
「逆に、そういった姿が確認できれば黒、ということでもあります。エルに用事があるならば、貴女が居ようと、居まいと、関係がないはずですからね」
魔王様の言葉をアルが続ける。なるほど、私が同席することで『行動を起こさせずに、黒と判断できる』っていう意味もあるのか。
ただの商人ならば、何の問題もない。極秘の使者ならば、拘束された後にでも素直に言えば良いだけ。不審な行動が見られたならば、それを理由に帰国まで見張りを付けることが可能。この場合、相手は何もできなくなるだろう。
「いいですよ、同席します」
「悪いね」
頷いて、承諾を。アホ猫でも、番犬代わりにはなりますよ。親猫様に牙を剥くなら、その前に私が喉に食らいついてやろうじゃないか。
「アル達もいるから、そこまで心配はしなくて良いと思う。というか、魔法なら手足のように操る君の方が有利か」
「多分、私の方が早いですね。まあ、結界があるので、そこまで深刻なことにはならないかと」
「だよねぇ。あまりに強力な魔法を仕込んでいても、それだと魔道具の時点で引っ掛かるだろうし」
ああ、そっか。魔道具を使えば詠唱は簡略化できるけど、強力な魔法ならば、その分魔力を秘めた魔石が必要になってくる。
そんな魔道具など、使用用途が限られてくるだろう。魔王様に会う前に、黒騎士達に捕まるわな。
「一個の魔道具につき、魔法は一つですもんね。複数の魔石を持っているなら魔力供給用か、それほど魔力を必要としない魔法を込めた魔道具ってことでしたっけ」
「うん。場合によっては、クラウスが警戒するだろうね。だけど、一応は君も警戒しておいて」
呑気に会話をしつつ、私達はこの話題を終わらせた。……まさか、『例外』が存在するとは思わずに。
※※※※※※※※※
数日後、私は魔王様の傍にひっそりと控えていた。アル達も居るのだが、こういった場なのである程度の距離は取っている。見学と称してこの場に居る私が、魔王様に一番近い。
そして、目の前では魔王様に礼をする一人の男……商人が。
「こちらは、我が主からの書です。どうぞ、ご確認ください」
そう言って、恭しく手紙を差し出す一人の商人。この言葉からも判るように、彼は誰かの使いだった模様。こうなってくると、旅券の情報は役に立たないと思った方が良いだろう。属する国さえ、正しいのか判らない。
って言うか、旅券の情報が嘘って、私達もやりましたものね! 馬鹿正直に信じろって方が無理です!
見た目、商人は中年にさしかかるくらい。ただ、この人は最初から普通じゃなかった。アル達も彼を油断なく見つめている。
『アル達が居る』のだよ、この部屋に。つまり、『翼の名を持つ騎士達が居る』。
しかも、魔王様の傍には噂の魔導師っぽい姿。これを見て、平然としている方がおかしい。絶対に、普通の商人じゃない。魔道具も身に着けているらしく、幾つかの気配も感じ取れた。
私に関しては『威厳がないので、魔導師と思わず』という言い訳が使えるだろう。だが、アル達は誤魔化し様がない。服を見れば、一発で『どういう存在なのか』という予想がつく。
ただの商人でないことは確実です。しかも、それらに対して動じることもなかった。
ここまで来ると、警戒するなと言う方が無理だ。彼もそれが判っているのか、向けられる厳しい視線を当然の様に受け止めている。
で、先ほどの遣り取りなわけだ。書を差し出して、己の立場を暴露です。
「……。君は誰の手の者だろうか?」
受け取る前に魔王様が尋ねれば。
「おや、旅券をご覧になりませんでしたかな? ガニアの国王陛下の使いにございます」
『嘘吐いてるんじゃねーよっ!』
速攻で皆の心が一つになったのは、きっと気のせいじゃない。いやいや、馬鹿正直に信じることはないからね?
ただ、否定するだけの確実な証拠もない。そして、そう名乗られてしまった以上、受け取らざるを得ないだろう。
魔王様は軽く目を眇めると、手を差し出した。一旦、誰かに渡してから受け取る……という方法もあるが、相手が国王陛下の使いと名乗った以上、『疑っています!』と言わんばかりの態度も拙い。
そもそも、魔導師の飼い主が魔王様ということは知られている。しかも、先日のサロヴァーラでガニアの王太子と顔を合わせたらしいので、秘密のお手紙が来る可能性もゼロではなかった。
「ふふ、お疑いのようですね。では、私めが封を切りましょう」
周囲の警戒心を感じ取ったのか、男は小さく笑うと封を切って中の手紙を取り出す。封を開けた途端、魔法が発動する罠もあるらしいので、それを踏まえての行動だろう。
だが、私達の予想に反して、男は無事だった。手紙を取り出すと、開いて魔王様へと差出し――
「お受け取りくださいませ、我が主よ!」
「……っ」
しまった! 警戒すべきは魔道具じゃなくて、こいつ自身……この男、魔術師か!
手紙を開くなり、何かの術が発動しかける。魔王様は顔色を変え、アル達は速攻で動きを見せ、私は――
「ていっ!」
「なっ!? 返せ!」
転移魔法で魔王様と男の間に体を滑り込ませつつ、男から手紙を奪い取り抱き締める。
発動しかけているため、術式を壊すのは危険な気がした。攻撃対象が定まらず、暴発するのはいただけない。魔王様、近くに居るし。
「誰が返すか!」
言い返して、男に蹴りを一発。あの紙に描かれた術式が必要っぽいし、魔王様に回避させるなら、術の対象を私にするのが一番確実だ。
私が動けなくなったとしても、ここには皆が居るから大丈夫! 私も結界があるし、とりあえずは男の目的阻止! 重要なのはそこ!
私の行動は予想外だったらしく、バランスを崩した男がぎょっとした顔をしている。その表情に、とりあえず魔王様への攻撃(?)は回避されたと確信した。
はっ、ざまぁ! 貴様はアル達にぼこられちまえ!
「ミヅキ!?」
「大丈夫ですから、心配しな……」
慌てたような魔王様の声。けれど、それにきちんと応えを返す間もなく、私の体はその場から消えていた。
唐突な転移に、視界の端に映ったクラウスを思い出しつつ思う。
――結界があっても、体ごと転移させるなら意味ないよな、と。
新章スタートです。速攻で問題発生。しかも、被害に遭ったのは主人公。
魔血石をフル活用して転移術を発動したのに阻止されて、様々な意味で
男は呆然としています。
なお、主人公は邪魔をしつつ転移したので、犯人の思惑どおりにならず。
活動報告に魔導師13巻のお知らせを載せました。




