元凶、呆れる
――とある場所にて(???視点)
「……」
何ともいえない気持ちで、帰路につく者達を眺める。彼らがサロヴァーラでできることは、もうない。それどころか、彼らが自国に帰ることもまた、サロヴァーラが動き出すためには必要なのだ。
そう、自分は『見ていた』。このどこでもない空間にただ一人、傍観者として一連の事件の決着を眺めていた。
関わることはしない。これは『彼ら』が選び、抗わなければならないことなのだから。
だが――
「こんな決着もあるんですねぇ……」
今の自分の心境を表すならば『呆れ』だろう。それ以外に、相応しい言葉が見つからない。
だって、そうだろう? 何故、あれほど憤っていた黒幕――第一王女と手を組むのだ?
少なくとも、『彼女』……ミヅキ以外に、こんな酔狂な選択をする者はいまい。どう考えても、一番手間が掛かる方法じゃないか。
被害国を納得させるどころか、協力者として引き込み。
サロヴァーラ内に巣食った『害悪』を駆除し。
今後のことを踏まえ、サロヴァーラの王族達の力となることを公言した。
言うまでもなく、最大の功労者はミヅキであろう。だが、同時に何の利も得なかったのもミヅキなのだ。……いや、『ある意味では』利があったのか。
今後は互いの利を考慮し、協力関係にはなれるだろう。ただ、『個人』という意味では利がないに等しい。ミヅキは民間人であり、外交的な意味でサロヴァーラを頼る必要などないのだから。
そもそも、これらのことはミヅキがこれまで成し得てきたこと――恐怖伝説含む――が前提となって可能となっている。
いくら『北の情報』という利点があろうとも、誘拐事件によって無理矢理関わらされた者達が、元凶ともいうべき国を信じるか? その上、協力者となるなど!
答えは否、だ。下手に関われば、自国にさえ影響を及ぼされるじゃないか。
サロヴァーラという国、その現状。それは『貴族が王族より優位に立つ』という、どんな国だろうとも受け入れがたいものだった。
王族は国の頂点ではあるが、絶対者ではない。だが、『王族の下に貴族がいる』という力関係が、たやすく崩れてはならないのだ。
王族とは『国の礎たる存在』。他国でさえ、その認識は変わらない。
そして、貴族は『その位置に立てない』。……王族以上にはなれない。
これは公爵家だろうとも同じである。同等の地位にある家が存在する以上、必ず国が割れるのだ。派閥争いが激化する、とも言い換えられるだろう。
頂点に立つのは王族でなければならない。それが『国』というものを形作る上で最も簡単かつ、重要であろう。
それは誰もが納得する『常識』なのだから。他国でさえ通じる基準であり、共通した認識なのである。事実、国が違えど、王や王族は特別な扱いを受ける。
それを壊すならば……それなりに長い年月をかけて、一から築き上げることを覚悟せねばならない。
そうなれば当然、それまでの貴族達の地位も脅かされるので、反発は必至だ。必ず、改革者達を潰そうとしてくるだろう。必然的に国は荒れ、最悪の場合は滅ぶ。
ゆえに、サロヴァーラの状況が多くの者達の目に触れることを、政に携わる者達は望まなかった。誰が、自国に混乱の種を撒きたいものか。
「その予想が覆される……いえ、『どのような柵もないからこそ、面倒事を潰した』んですよね、彼女の場合」
大変、呆れることなのだが……ミヅキは個人的事情からそれを潰した。国が混乱するとか、多くの血が流れる未来を憂えたわけではない。
『厄介事を魔導師に丸投げされるのが嫌』
『簡単に他国への行き来ができなくなる』
『保護者を認めてくれたから、味方する』
……。
清々しいまでに、自己中心的である。欠片も人々に対する同情や、優しさといったものがない。
ただ、ミヅキを知る者ならばある意味、非常に納得できる行動理由ではある。そもそも、そういった人々はミヅキに善人的な優しさなど期待していないだろう。
だが、これがまさかの最良の決着だったりする。
ミヅキ達が黒幕に勝利した場合。
その場合、被害国の者達ができる限りの介入――賠償をサロヴァーラへと求めるだろう。
彼らにとって、サロヴァーラという国はどうでもいいのだ。重要なのは、被害を受けたことへの抗議であるのだから。
サロヴァーラ内部の揉め事になど、関与するはずがない。下手な関与は他国の不審さえ招くので、あくまでも被害者という立場を崩すことはないだろう。
無関係でいることこそ、最良の手。彼らがそのことに気づかぬはずはない。
その際、責任を取る羽目になるのは、国の頂点たる――お飾りであろうとも、貴族達は責任を押し付けようとする――サロヴァーラ王である。
第一王女を失い、王も退位を迫られれば……残っているのは第二王女のみ。その第二王女とて、十分な教育をされていない。
第二王女が貴族の傀儡となることは確実だろう。そして、サロヴァーラという国は益々歪んでいく。
ミヅキ達が黒幕に敗北した場合。
イルフェナから来た者達はただ利用されたまま、自国へと帰ることになるだろう。誘拐事件は有耶無耶のまま終わり、今後の介入などありはしない。
その後、サロヴァーラは第一王女の思い描いた未来のとおり、血塗られた歴史を刻むことになる。
しかも、その計画は本当にギリギリの状態で行われることが前提な上、主要な者達が落命する可能性が非常に高かった。第二王女とて、無事でいられる保証はない。
それが最低でも十年は続く。互いに疲労して争いを止める場合も考えられるので、サロヴァーラにおける血塗られた暗黒時代となることは言うまでもない。
運良く計画どおりに事が運んだとしても第一王女は失われ、国は疲労している。外交が正常化するまで、どれほどかかるか判らなかった。
黒幕に勝とうが、負けようが、ろくなことにはならないのである。
サロヴァーラ内部に協力者がいない限り介入は難しく、その権利もないのだから。
これを可能にしたのがミヅキの存在である。王の言質さえ取った上での介入なので、貴族達も文句を言えなかったのだ。単純に、『ミヅキが怖かった』というのも理由だろう。目の前で〆られた者がいるじゃないか。
第一王女と組んだことも大きい。情報や証拠が初めから揃えられているので、報復対象達も言い逃れできまい。『黒幕たる、サロヴァーラの王女が揃えた証拠』なので、被害国の者達とて重視するだろう。
その上で、被害国に利をちらつかせ、協力者となるように要請した。これも、これまでのミヅキの功績あってこそのものだろう。計画を提示したことも、決断させた理由の一つ。
『実績のない異世界人』が何かを言ったところで、国が動くことなど『ありえない』。『実績があり、今後も付き合いたい異世界人』だからこそ、国が納得したのだ。
いくら国の上層部の者達と親しい間柄でも、少数が味方した程度では国の決定に至らない。『国を納得させなければならない』だろう、どう考えても。
「何でしたっけ……確か、しみゅれーしょん、あーるぴーじー……でしたか?」
確か、『彼』がそんなことを言っていたような。
個人が強くなるだけではなく、次々と『いべんと』や『育成』を行なって、手段や仲間を増やしていく。そして、最終目的に向かって進めていくのだと。そんなものと聞いていたはず。
「ミヅキはまさにこの状態なんですよね。ゼブレストだけが個人の力で成し得たもので、後は得ていった人脈を活用して己が力としていますし」
実際のところ、ミヅキ個人での功績というものは少ない。『ミヅキ自身も動く傍ら、その人脈を最大限に活用し、手駒とした者達を動かした結果』というものが殆どだ。
それも『協力者に利をもたらす』という方針なので、比較的友好的な付き合いができていた。通常、魔導師なんて、警戒されて終わりである。『世界の災厄』と呼ばれる存在に向けられるのは、畏怖でしかない。
他人の力に頼っている割に恐れられているのは……それを可能にする者など、ミヅキくらいしかいないから。発想、人の使い方、個人の能力……様々な意味で『規格外』なのだ、彼女。
「さて、南はすでに彼女の手に落ちた――ああ、こういった言い方は不適切かもしれませんね。ミヅキは支配しているわけではありませんから」
そう、支配しているわけではない。それもまた、彼女への反発が少ない理由。様々な国が抱えた『問題』の分岐点となり、国に利をもたらしただけ。
「そして、今回のことで北での拠点を得ました。第一王女はミヅキの良き協力者となってくれるでしょうねぇ……互いに利用価値がありますから」
『恩を売っておく価値がある』と、第一王女は気づいている。彼女の目的は最愛の妹を守ること……少なくとも、十数年は改善のための時間となるのだ。切り札となる魔導師を手放す真似はすまい。
また、表向きにはミヅキの行ないが善人の様に捉えられているので、第一王女が魔導師の味方をすることへの反発も少ないだろう。民を味方につけたのは別の理由からなのだが、それを利用できない者達ではない。
今回のことで、ミヅキはサロヴァーラという味方を得た。北に『魔導師を好意的に受け入れる国』ができたのだ。
「残るは北。けれど、時間は無限にあるわけではない。……どこまでやれるか、楽しみにしていますよ」
口元に笑みが浮かぶ。……ああ、これがきっと『楽しい』という感情。『彼』が居た時にも感じた、暖かいような不思議な気持ち。
きっと、私は期待しているのだ。あの破天荒な魔導師が、定められた未来をどこまで壊してくれるのかを。
己が立場を考えれば、こう思うことは不適切なのかもしれない。けれど、それでも……懐かしい時間を思い出させる彼らの遣り取りは、見ていて微笑ましかった。応援してしまいたくなるほどに。
「災いの種はそこら中に転がっています。ですが、貴女なら……『センリ』が無条件に信じていた貴女ならば、己が力とするのでしょう……?」
『ミヅキは本っ当に性格が悪いけど、あいつほど味方にして頼もしい奴はいないよ。勝ちを狙うためにあらゆるものを使い倒すし、無駄に賢いから誰もが予想外の手を思いつく。何より、どんな手だろうと本人に迷いがないからなぁ……清々しいまでに自己中かつ、外道だ。慈悲でその手を緩めることはない』
グレンの方は『怒らせなければ大丈夫』らしい。ただ、そのような言い方をするあたり、グレンもミヅキに似た部分があるのだろう。
そして、最も重要であり、難易度が高かったことは。
『だからな? 二人を味方にできるかってのが重要なんだよ。媚びるのは悪手、高価な報酬だって意味がないだろう。あの二人が形振り構わず守るような、それほどの執着を持つ存在ができるかが問題だ』
こればかりは『センリ』にも判らなかったらしい。だが、今ならばそれが叶ったのだと誰でも判る。
あの二人の保護者となった、二人の王族。彼らは無条件に二人を守り、慈しんだ。見返りを期待せず、利用することも良しとしない。
それゆえに、二人からそれ以上の信頼を向けられるのだ……ミヅキ達は愚かではない。自分達に向けられた愛情がどれほど価値があるものかを、察せないはずはなかった。
「大切なのは懐いている保護者。彼らの憂いを消すためならば、自発的に『ありえない結果をもたらす』。本当に、身勝手な……呆れるばかりです」
自己中とは最強なのだな、と思う。自身の安全さえ顧みずに、突き進むその姿……どこかで見たことがある光景だった。と言うか、自分も巻き込まれていた。
やはり、二人は『センリ』の友人になるだけはあるのだろう。彼とよく似ている。
懐かしい声は、今も自分の中にある。その思い出に浸りながら、私はあの二人……ミヅキとグレンに思いを馳せた。
ティルシアは自分の計画どおりに進めることしか考えていない上、
被害国がティルシアに抱く印象は『女狐』。
利用される可能性もあるので、手を組むよりも関わらないことを選択します。
実際、『主人公が黒幕と手を組む』という選択をしない限り、
サロヴァーラへの肩入れはありえません。普通に抗議して終了。
『(自分のために)サロヴァーラの改善に関わる』という選択を主人公がしたからこそ、
あの結末になりました。
ところで、グレンと主人公の逆転話はまだ需要ありますかね?




