噂は怖い、噂を利用する奴はもっと怖い
主人公以外の視点は小話にて書きたいと思います。
「セレネ殿、少々お時間をいただきたいのですが」
そう声をかけてきたアシュトンに私は内心ガッツポーズをとりました。
よっしゃあぁぁぁ! 獲物釣れたー!!
※※※※※※
落ち着いて話せる場所に……なんて言葉に付いて行ったら、その部屋にはもう一人が待ち構えていました。獲物其のニよ、出迎え御苦労。
ダニエル・オルブライトとアシュトン・ビリンガムですか……手間が省けて何よりです。
部屋に入る前にある魔道具をひっそり落として事前準備完了。王宮内は比較的頻繁に人の往来があることも確認済みです。身の安全というより計画を実行する上で必要、という意味ですが。
とりあえず扉を少し開けたまま部屋に入ります。
あら、お酒が用意されてますね? 私を酔い潰す計画でしょうか。
「何故そんなことを?」
「お二人の噂を存じておりますので……要らぬ誤解は受けない方が良いかと」
人気の男二人に部屋に連れこまれる女なんて令嬢方にとっては嫉妬の対象にしかなりませんがな。
そう言うと二人は納得してくれたようです。
促されるままソファに座ると二人は話と言う名の探りを始めました。
「ダニエル・オルブライト様とアシュトン・ビリンガム様ですか。お二人が私にお話とは一体どのような?」
「ふうん。事前調査は済んでいるのか」
送り込まれた設定なら当たり前でしょうが。
私の呆れを無視して二人は話し始めました。
「セレネ、君はルドルフ王をどう思っている?」
「私からは何とも……あまり情報がありませんので」
「イルフェナから来たのに?」
「だからこそ、ですわ。私が警戒すべきは側室の皆様であり、それ以外は干渉できませんもの」
事実ですよ、これ。イルフェナ所属の侍女が他国の内情に口出しするなどできるはずありません。
模範的な回答を述べた筈なのに二人は不機嫌を露にしています。……アホか、こいつら。
「色々と噂は聞いているだろう? 私達は君に友好的でありたいのだが」
「お二人が多くの令嬢を弄んでいるということは聞きましたね」
「おやおや、随分と下世話なんだね」
「嫌ですわ、情報通だと誉めていただけているのでしょうか」
「何?」
怪訝そうになる二人に私はにやり、と笑ってやる。
「私、こう思いましたの……お二人が令嬢達を相手になさるのはカモフラージュじゃないかと」
「ほう?」
「……。否定なさいませんのね。確信いたしましたわ……お二人は特殊な性癖をお持ちなのだと!」
「「は?」」
時が止まる二人を尻目に私は拳を握って語る。
同時に袖に隠した魔道具のスイッチをオン! これでこの周辺には不自然ではない程度に声が漏れる筈。
声を拾う範囲を狭くしてあるので殆ど私の言葉のみですがね!! (※重要)
「不思議に思っていたのです、麗しい令嬢方を振り続けるなど。ですが、特殊な性癖をお持ちならば不自然ではありません。本気になる筈がないのですから」
「お……おい?」
「幼女趣味だったのですね! 適齢期のお嬢様方に無関心なのも頷けます!」
「違う!」
「何故そうなる!?」
「熟女萌えでしたか? 失礼しました」
「だから何故その二択なんだ!?」
反論してますが魔道具は私の声しかまともに拾ってませんよ。大体、女好きは本当じゃないですか。
「素直になってくださいませ……必ずや理解ある方がいらっしゃいますわ」
「いや……だからな?」
「話を聞いてくれ?」
嫌です、聞く気はありません。
お二人を変態と広めることこそ我が使命ですよ!
それに……そろそろ効いてくると思うのですが。
「お……い、話を……」
「何だ? 眠……い」
二人の意識が朦朧とし出した事を確認し私は笑みを浮かべる。
座った時点で先生お手製の睡眠作用のある魔道具を仕掛けさせてもらったのですよ。
仕込んであるのは靴なので自分で軽く踏めばいい優れもの。元々自衛の為のものですしね。
ある程度近くに居る人間全てが対象ですから二人同時にお休みです。
話に気を取られていた事が敗因ですよ、御二方? 悪夢は音も無く忍び寄るものなのです。
装備者の私には効きませんしね……こんな使い方をしたことがバレたら怒られそうです。
「では、失礼しますね」
立ち上がり言葉だけ紡ぐと音を立てて扉を閉ざす。
朦朧とした意識に退室の挨拶と扉の音を記憶させるのです。これでいい訳には十分ですね。
勿論、私は室内にいます。裏工作はこれからですもの! 鍵をかけて行動開始です。
「さあ、私に弄ばれてくださいな?」
まずは防音結界ですね。これ以降の音が漏れては計画に支障が出ますから。
次にハンカチに睡眠薬を染み込ませ二人の顔にあてがう。これで当分は起きません。
完全に眠ったら上着とシャツを脱がせて殴る蹴るの暴行です!
用意された部屋、酒、探りを入れるような発言……無事に帰す気だったとは思えないのでエイダさんの報復も兼ねて痛い目に合ってもらいます。二人の『お話』がどういう計画だったのか実に気になりますね。
気が済んだら治癒魔法をかけて完治。私の治癒魔法は対象の体力を奪って回復するものなので適度な疲労感が残るのです、この追加要素で悪戯に少々現実味を持たせることができるでしょう。
最後に服を適当に乱して脱ぎ散らかしたように偽造、体は二人ともベッドに押し込んでおく。
重力緩和をかけておけば女の力でも二人を楽々運べるし、疑われたら『私の力では引きずらなければ無理ですが……お二人の体には引き摺った跡でも残っているんですか?』と言えば問題なし。
寝室への扉を少し開けて上着を挟むようにしておけば侍女の誰かが見つけてくれるでしょう。
ほーら、BL的な情事風景(未遂)の完成! 今更、同性愛疑惑が増えたところで構わないでしょうよ。
美形は無条件で絵になるって言うし?
振られた令嬢方も納得できる理由があった方が良いしね?
覚えの無い疲労感と現状から本人達も盛大に悩むでしょう。未遂ですが。
ろくに着てないシャツとか散らかった上着から寒々しい状況を連想して青くなりやがれ。
何より女好きなのに『幼女趣味』『熟女萌え』『同性愛者』という三重疑惑が一生涯単位で付き纏うのですよ!
貴族としては辛かろう、屈辱だろう、今後の苦労を思うと涙が止まりませんね!
……笑い過ぎ的な意味ですが。
まあ、二人が誠実な人柄だったら噂が流れたところで誰も信じないでしょうけど。
……。
それは無いか、絶対。話を聞く限り男女共に敵が多いみたいだし。
仕上げに酒の勢いの所為にすべくテーブルの上にグラス(使用済みっぽく偽造)を二つと封を切った酒――中身は窓から捨てて適度に減らし偽造です――を用意し。
窓を開け酒気の名残がなくとも不自然ではないよう換気を十分にしてから目薬で涙目を装いつつ、部屋を後にしたのだった。勿論、落とした魔道具も回収。
ふ、白いカーテンが靡いてるのが良い感じ。これで戸締りの為に必ず人は来るからね。
ルドルフに『女って怖い』と言わせた悪質過ぎる悪戯です、私の努力が報われるといいな♪
その後、人の集まる場所で『ダニエル・オルブライト様とアシュトン・ビリンガム様のことなのですが……』と相談の振りをしてもっともらしく状況説明、貴族のサロンで待ち構えていたエイダさんに『思い出さなくていいのよ……!』と抱きしめられた挙句、多くの貴族に同情的な目で見られ。
ああ、事前に根回しを御願いしたのでサロンには二人に弄ばれた令嬢の皆様が集っていました。自分が選ばれなかった理由を見つけた皆さんはとても優しかったです。
果ては休憩室に居た女官長に『ごめんなさいね……!』などと謝られました。良心がちょっと痛みます。
……熟女萌え発言で『私にもチャンスが』と聞こえたのは気の所為ですよね、きっと。
魔道具を通して聞こえた声に反応した侍女により二人の密会現場が見つかるのは暫く後のこと。
仕事の振りをして部屋に突撃した侍女さん達の根性と好奇心に拍手喝采ですね!
盛大に目撃証言を広めちゃってくださいませー!!
※※※※※※
その後、執務室にて。
「貴女という人は……」
そう言ったきり宰相様は黙りこんだ。やだなぁ、側室連中に苦労させられた人の台詞とは思えませんよ?
「女って怖いよな。……いや、こんなことはお前以外やらんだろうが。何故思いつく」
「私の世界には腐女子とか貴腐人とかがいるんだよ」
「婦女子に貴婦人? それならこちらにも居ますが」
御二方、充てている字が違います。同じ読みでも意味が違いますよ、漢字って凄いね!
親戚には自分で薄い本とか出してる姉妹がいるので私はその手の話題に事欠きません。
「大丈夫じゃない? 『私こそはお二人を救ってみせる』的発想の肉食系お嬢様方もいるみたいだし」
「肉食系?」
「既成事実を作ろうと自分から襲い掛かる人達」
「「ああ、絶対いる」」
二人とも実感が篭ってますね。苦労が偲ばれます。
まあ、その特攻が成功したら『どんな人だろうと想い続けて立ち直らせた一途な女性』として美しい愛の物語に仕立て上げれば問題なし。
二人も噂を打ち消す為に愛妻家になるしかないから結果的に良いんじゃないのかね?
「でね、これがトドメの品」
二人の前に大半が焼け焦げた紙を差し出す。
エイダさんに貰ったダニエルからの愛の手紙です、宛てた人がエイダさんじゃなくアシュトンになってますが。
「え、あいつらマジだったのか!?」
「ううん、名前だけ変えた」
「でもこれ奴の筆跡だぞ!?」
うん、それも正しいですよ。こんな事ができるのは異世界人だからでしょう。
手紙とは紙とインクの組合せ。だからそれを別々だと認識すればインクを別の場所に移し変えたりできる。
元の手紙から文字を拾って別紙にダニエル筆跡の『アシュトン』の言葉を製作。紙の記憶を読み取って別紙に写すので部分コピーみたいなもの。
↓
『エイダ』とかかれた個所のインクを除去。文面は使い回しらしく宛名以外は『君』としか書かれていなかったので問題なし。別紙に作った『アシュトン』という文字を移植。
↓
証拠隠滅を図ったかのように適度に焼き完成。
製造過程はこんな感じ。魔力を『作業する為の力』として捉えている私だからこそ可能ですね!
『インク(文字)を移動させる』『文字を転写する』という発想さえあれば誰でも可能なのです、要は魔力をどう使うか。
いやあ、悪戯の為に魔術が上達しました。目標があるって素晴らしいね!
「また技術の無駄遣いを……。で、何に使えと?」
「元凶が私だから公の場で何か言ってくるかもしれないし先手必勝で黙らせる」
「ああ、証拠があるとでも言うのか?」
「それもあるけど『事実はどうでもいいが日頃の態度がそう思わせた、王宮を混乱させた責任についてはどう思う?』みたいな感じで日頃の態度も追求。不敬罪も十分適用範囲でしょ、あれ」
イルフェナの侍女がいるのに王へのあの態度は無い。ルドルフ達が黙っていたのはあんな雑魚に割く時間が惜しかったからなのだ。
だから今後同じ事をさせない見せしめとして必要だと思うのですよ。
まあ、王に噂どころか証拠を握られた以上は逆らう気は起きないだろうけどね。
身分のある人間にとって醜聞は命取りなのです、ライバルの不幸は蜜の味。
「頼もしいというか鬼畜というか……あの人が単独で送るわけだ」
「上には上がいるものですね。側室達が可愛らしく思える日が来ようとは」
「いいんじゃないか? ミヅキにやられるか俺たちにやられるかの差なんだし」
「法で裁かれる方がマシな場合もあるんですね……」
微妙に気にかかる発言は無視しておこう。
やりたいことは終わったし次は後宮で事を起こしますよ。待っててねー、側室の皆さん!
その後、王宮であの二人がどうなったかは私の知るところではない。
基本的に後宮生活だしね? 元凶は災いを残しひっそり消えるのです。
たかが女と侮っていたことが二人の敗因です。
主人公だけでなく利害の一致した女同士の繋がりは恐ろしい、という話。