どこの国にもある問題
※前話の続きです。
あれから監視の下、無事に料理を作り終え。
私は今、給仕――ではなく。
「ミヅキもこちらで食べなさい」
という、魔王様のお誘いによって、同じテーブルに着いていた。
普通ならありえないことだが、言い出したのは親猫様。そして、そのことに対して特に驚かない人々に、思わず生温かい目を向ける。
……。
魔王様、これは彼らからの要望でしたね?
レシピの件で世話になったから、サービス精神出しましたね……?
疑惑の目を向けるも、魔王様はガン無視している。疑われる自覚はある模様。
まあ、彼らから言質を取れたのだから、これくらいは仕方がないのかもしれない。迂闊にレシピを流せない以上、要求されても困るのだから。
理由を言って断ったところで、相手が納得するかは判らない。『彼らから言質を取った』ということは、こういった面倒事を無条件に潰せるので、魔王様としても感謝しているのだろう。
「いいじゃないか、魔導師殿。『気楽な食事の席』だぞ? 『こういう状況ならば、話せることもある』じゃないか」
「ウィル様、それが狙いですね?」
「さあな? まあ、俺達も腹の探り合いばかりでは、相手の人柄など判らないよな?」
「……」
つまり、私は『それを可能にするための理由』なのですか。
あれだ、民間人を一人混ぜておけば『重要な話などしていない』という言い訳にはなるってやつ。私が異世界人だろうとも、扱いは民間人。私がいる以上、政治的な難しいお話しなど『できない』もの。
サロヴァーラの一件は、キヴェラを含めた国々の距離を見極める切っ掛けになっていた。不可侵条約を結ぶこともあり、相手のことを知っておきたいと思うのは当然なのだが、『立場を抜きにした機会』なんて滅多にない。
迂闊に企画すれば、裏工作を疑われる可能性とてあるのだ。だからこそ、『そう見えない工夫』が必要なのだろう。
それが今回の、サロヴァーラにおける一件の報告の場……の合間の昼食。普通にご飯食べるだけです、その最中の雑談です。
ただ、本当に民間人を参加させるわけにもいかないので、私を呼んだらしい。
「まあ、いいですけどね。今回のことって、どこの国でも起きる問題でしょうし」
肩を竦めてそう言えば、皆が一斉に私を見た。
これは『その可能性があった』という意味。本人達にその気がなくとも、貴族達が勝手に勢力争いをやらかす可能性だってあるじゃないか。
事実、サロヴァーラの王女二人は超仲良しである。それでも、次代の王が誰なのかをはっきりさせなければならなかった。
本人どころか母親同士が仲良しでさえ、サロヴァーラはそういった対策を取るしかなかった。ならば、異母兄弟がいる他国の王家はどうだったのか。
「ほう、魔導師殿もそう思うのか」
「思いますねぇ」
キヴェラ王は面白そうに私を眺めた。私の言い方に含まれるものに、気づいたからだろう。
それは皆も同じ。キヴェラ王同様に、面白がるような目を向けてくる。
アルベルダは『先代とウィル様が揉めている』。
カルロッサは『血を分けるという名目で、その可能性が回避された』。
そして、キヴェラは。
「キヴェラ王、一度聞いてみたかったんですけどね。……先代キヴェラ王はどのような方でしたか?」
「おや、聞いたことがないのか? 父上は好戦的な方だったぞ」
突然の質問にも、淀みなく答えるキヴェラ王。だが、私が聞きたい答えはそれではない。
「それはよく耳にしますよ。キヴェラは『侵略という形での統一』を国の方針としていたんじゃないかとは思っていますが、それを抜きにしても好戦的な方だったようですね? 私の協力者となってくれた復讐者達の国を『滅ぼした』のは先代ですか?」
「うむ、そのとおりだ」
キヴェラ王の表情は崩れない。余裕のある笑みを浮かべたまま。
「それ、貴方の方針とは少し違いますよね。貴方は『他国を手に入れること』を狙ったから、『殺し過ぎることはない』。ですが、どうも話を聞く限り、先代は『領地を手に入れること』ではなく、戦そのものが目的みたいに聞こえるんですが」
「……」
復讐者達は『生き残った者達』。『そこに留まって、支配を受ける』という選択は与えられていない。
だが、かつては別の国だったという、現キヴェラの領土に住まう人々も『存在する』。
王家とかそれに連なる者達が生かされないのは判るが、それでも殺し過ぎじゃないか? 自国の領土として支配したいのならば、そこにそのまま住まわせる者――民間人には手を出さないはず。
キヴェラはそういった方針を取ってきたからこそ、『滅ぼした国出身の貴族』なんてものがいたはずだ。現に、復讐者が名乗りを上げた場だとて、彼らに批難の声が挙がった。能力を認められていながら、裏切るのか……と。
これは現キヴェラ王の方針だろう。だが、先代の在位期間は、妙に殺伐とした話しか聞かない。どう考えても、温度差があった。
ただ、その先代の在位期間にばっちり当たっているエレーナの祖父であるアディンセル伯爵は何故、無事だったか謎なんだけど。
私の疑問に、キヴェラ王は暫し考えているようだった。だが、やがて小さく息を吐くと、どこかすっきりした顔で話し始める。
「まあ、魔導師殿ならば気づくよな。うむ、その通りだ。我が父上……先代キヴェラ王の異名はな、『戦狂い』よ」
「戦狂ぃ? え、王なのに!?」
何だ、その異名は。
思わずジークを思い出すが、あれとは立場が全然違う。基本的に王は前に出てこないので、『戦狂い』というよりも『野心家』とかの方が正しいだろう。
自ら軍を率いる……という可能性もなくはないが、王がそうほいほい国を空けることを配下達が許すとは思えない。そもそも、戦は金がかかるじゃないか。大国だとて、そう簡単にやらかすかね?
そんな私の疑問は全て顔に出ていたらしく、キヴェラ王は苦い顔で頷いた。
「そう、『普通はありえんこと』だ。だがな、父上は……心底、殺し合いが好きだったのよ。おそらく先祖返りだったのだろう。邪魔をする者は切り捨てて、己が道を進む。そういう方であった」
「お、おう……何て物騒な」
それしか言葉がない。ちらりとカルロッサの宰相閣下に視線を向けると、彼も苦い顔のまま話を聞いている。
フェアクロフの先祖である英雄が実在した以上、彼とて他人事ではないのだろう。これで英雄が姫の婿となっていたら、似たような状況になっていた可能性とてあるじゃないか。
ただ、英雄は単なる脳筋だったらしいので、誘導次第でどうとでもなったのだろう。……もしかしたら、彼が王家に入ることへの危険性を考慮され、王女の婿ではなく伯爵位を賜わらせる方向にしたのかもしれない。
「父上が王であられたこと、そして王としての才覚……まあ、立場に付随する義務を全うする気はあったというか。それらがあったことは、かなりの幸運であった。そういった『鎖』がなければ、どこへなりと解き放たれ、心の赴くままに戦を『起こした』だろうからな」
「確かに、あの方ならば、やりかねませんよね……」
苦々しく言い切ったキヴェラ王に賛同するような、宰相閣下の言葉。深い溜息を吐いているのは、当時を思い出したからだろうか?
だが、他国の宰相である人にここまで言わせるのだから、キヴェラ王の言葉は間違っていないのだろう。
何とも、物騒な王様だ。その時代が緊張感に包まれていたのは、そういった可能性もあったからなのかもしれない。
『先祖返り』というものがどこまで出るのかは判らないが、先代キヴェラ王は能力・精神共に強い影響が出てしまっていたのだろう。ジークは『戦闘中のみ』という限定された状態なので、そこまで問題にならなかっただけらしい。
魔王様の先祖にいた可能性があると言われている『知力・魔力特化な種族』が存在していたならば。
逆に、『身体能力特化の好戦的種族』がいてもおかしくはないわけで。
ただ、それだけでは『種族として存えられなかった』。先代キヴェラ王のような性質を持つならば、そこに滅びた原因があるのかもしれない。戦で全滅とか、十分ありえそうだ。
「ミヅキ、どうして急にこんな話題を口にしたんだい? サロヴァーラの王女達のことが原因かな?」
沈黙が落ちる中、それまで黙っていた魔王様が聞いてきた。サロヴァーラの王女達……というか、『どの国でもある問題』としながらも、先代キヴェラ王に拘ったのが気になったらしい。
「いやぁ……私も色々な国にお邪魔してるじゃないですか? そうしていると、キヴェラの『奇妙な点』に気づくんですよ」
「奇妙な点、とは?」
聞きながらも、魔王様の表情は確認をするようなもの。私が感じた『奇妙な点』が何を示すかなど、とっくに気づいているくせに。
私とて、自分の人脈を使うようにならなければ……関わった国の情報を得ようとしなければ、気づかなかったに違いない。『異世界人はそんなことまで学ぶ必要などない』のだから。
「特殊な状況を除き、どの国にも王族の男性が最低二人はいました。私が知る限り、という範囲ですけど。それを踏まえると、そういった存在が最も必要と考えられるキヴェラに……『現キヴェラ王の兄弟がいない』のは、奇妙に思うのでは?」
「降嫁された王女なら、何人かいたはずだよ」
「いえ、継承権を持つ兄か弟。あの国で次の代が王子一人って、危な過ぎません?」
キヴェラは男性にしか継承権がない。優先順位があろうとも、側室の子だって継承権を持っている。
あれだけの広さを持つキヴェラに、現キヴェラ王一人だけってのはおかしくね? ルーカスでさえ、弟が二人いるじゃないか。王本人にその気がなくとも、周囲が王子の誕生を願うだろう。
最低でも、スペア扱いの第二王子は必要なはず。何故、いないんだ?
「いないのではない」
キヴェラ王が呟くと、皆の視線がそちらへと向く。
「いないのではなく、『いなくなった』のだ。病死と事故死……となっている」
ピシッと室内の空気が凍りつく。……いやいや、何か、キヴェラの『聞いちゃいけない話』になってない!?
「はは……じゃあ、キヴェラ王に兄弟がいないのって……」
顔を引き攣らせながら尋ねれば、キヴェラ王は深々と頷いた。
「そなたの予想通りだ。父上を諌めようとした者もいたし、父上を討ち取って力を示し、次代の王位を狙った者もいた。だがな、それもまた父上の掌の上のことだった」
「……。自分以下の者に、次代は任せられないって?」
そういった可能性もある。王としての才覚はあったようだから。
だが、そんな希望的観測は木っ端微塵に打ち砕かれた。
「いや? 父上は戦狂いと言っただろう? 内部の権力争いでさえ、心躍る遊びだったのよ。上層部に有能な者しか残らなかったのは、その結果だな。ゆえに、儂は無能であることを許されなかった。儂とて、キヴェラの王族よ。国や民、その全てを背負う覚悟も、矜持もある。そして、父上を諌められるだけの力と味方をつけ、今に至るのだ」
「貴方への側近達の忠誠心は、そういった苦難の時代が原因でしたか。じゃあ、アディンセル伯爵みたいな人達が殺されなかったのは?」
「退屈凌ぎ、ではないか? 滅ぼした国の貴族ならば、一矢報いてくるやもしれんとな」
「本当に物騒な人だったんですね……!」
ああ、うん、そんな発想してたなら、当時のアディンセル伯爵が無事だったことも納得だ。力をつけさせて、自分を狙わせる……そんな展開を望んでいたってことでしょ? これなら『王が国を空けることはない』んだし。
そして、思い出すのはキヴェラ敗北の場。復讐者達はキヴェラ王の若かりし頃の苦労など知らないし、キヴェラ憎しの一念だった。
だが、キヴェラ王への忠誠を見せる者達とていたじゃないか。それが当時からの側近達なのかもしれない。
「そなたには敗北したが、誰も儂を見放しはせなんだ。そう考えると、あの時代も必要なものだったのやもしれん」
感慨深げなキヴェラ王は、その事実にどこか嬉しそうだ。実に微笑ましい配下との絆である。
が、そんな内部事情をさらっと暴露された私達は沈黙。……まさか、内部でも『戦上等!』でいるとは思うまい。
「……ミヅキ、グレン殿と逆にならなくて良かったね。君、先代キヴェラ王は徹底的に遣り合うタイプだろう?」
「ですねー……私がその時代に居たら、当時のキヴェラ王と殺し合いをする未来しか見えません」
お互い微妙な表情になりながらも、言っていることはほぼ同じ。我らは相変わらず、仲良し猫親子。
うん、絶対にそうなる。と言うか、先代キヴェラ王は絶対に『謝罪し、敗北を認める』とか『退く』っていう発想がないと思う。個人主義の奴が国の最高権力者になっているようなものだし、賛同する奴だっていたはずだ。
……個人でここまでできるはずがない。先代キヴェラ王とて、無条件に従う奴がいたと思う。
「うむ。魔導師殿ならば、父上の恰好の遊び相手であっただろうよ。まあ、儂は遠慮したいぞ。父上は国さえも、己が手駒として使ったであろうからな」
キヴェラ王が更に私達の言葉を肯定し、その内容に他国――イルフェナ、アルベルダ、カルロッサ――の皆様が顔を引き攣らせる。
彼らには私の性格もばれているので、その可能性が物凄く高いことが判ってしまったらしい。
「その時は私、間違いなく災厄の魔導師と呼ばれているでしょうねー……半分以上が先代キヴェラ王のせいで。私個人に興味が向けば、他国は平和かもしれませんけど」
「そうなれば、他国からは救世主扱いだろうな。あの先代キヴェラ王を一人で引き受けてくれたんだから。まあ、魔導師殿とグレンが逆にならなくて良かったよ。……俺もグレンがいないのは寂しい」
「ウィルフレッド王はグレン殿を弟の様に可愛がっていますからね。私もこの状態で良かったと思いますよ。……手が掛かる馬鹿猫ですが」
それぞれ、ぽつりと付け加えられた一言に、その場が少しだけ和む。魔王様は微妙に素直じゃないが、それくらいは聞き流してあげようじゃないか。
ウィル様、魔王様、この場の救世主はまさに貴方達です……!
先代キヴェラ王は(自分の相手として)実力者を歓迎する傾向にありました。
その結果、周囲には有能なものしか残らない(意訳)ことに。
もういいか、と思って暴露したキヴェラ王。予想以上だったため、周囲は硬直。
今後、キヴェラ王に対する周辺諸国の評価が変わることは確実です。
なお、主人公とグレンが逆だった場合、予想通りのことが起こります。
キヴェラ、大迷惑。主人公は間違いなく、災厄認定。
どちらにも『退く』という発想がないので、(主に)キヴェラの被害が拡大。
ただし、若い現キヴェラ王もいるため主人公も圧倒的有利にはなれず、泥沼化。




