飼い主の責任
――イルフェナ・ある一室にて
「……」
無言で隣に座っている魔王様へと、ジト目を向ける。魔王様はそ知らぬ振りで、さらっと受け流しているけどな!
サロヴァーラから帰って来て、数日。魔王様に呼ばれて、城の一室に来てみれば――
被害国の大物達が勢揃いしていた。
向かい合って座れば、保護者同席の面談のようですね。嬉しくねぇっ!
というか、いくら当事者の話を聞くべきとは言っても、面子的にどうかと思うのよ?
カルロッサの宰相閣下はまだ判る。ただ、それ以外は『何故、ここに!?』な人達なのだ。
私の様子に、楽しげな笑みを浮かべているのはキヴェラ王。
ノリ良く、軽く手を振ってくれているのはアルベルダ王・ウィルフレッド様。
いやいや、二人ほどここに来ちゃ駄目な人達がいるだろうがよ!? 王様って、そんなに簡単に国を空けたら拙くね!?
「はは! 魔導師殿は相変わらずだなぁ」
いつもの調子でウィル様が声をかけてくる。その気安い調子と『付き合いがあることを匂わせる言葉』に、キヴェラ王は興味深げな顔をし、宰相閣下は軽く驚いた表情になった。
「あの、ウィル様? こういうことって、グレンの役目では……?」
呆れながらも尋ねれば、ウィル様も当然だというように頷いた。だが、そこはウィル様だった。
「いつもグレンばっかり狡いじゃないか! たまには魔導師殿の手料理が食べたいぞ」
「異世界料理目当てかいっ!」
「はは、いいじゃないか。生産量の都合でレシピが広められないんだろう?」
「う……それは、そうなんですけど」
速攻で突っ込めば、ウィル様は楽しげに笑った。グレンに言った『異世界料理を簡単に広められない理由』を聞いていたらしく、ウィル様の『目的』はそれも含まれているのだと気づく。
ウィル様はその事実をカルロッサとキヴェラに伝えるため、この話題を口にしたのだろう。
異世界料理のレシピの普及は、この世界の流通に大きな打撃を与える可能性がある。商人や貴族がいきなり特定の食材の買い占めを行なえば……かなりの混乱が起こるだろう。飢える民とて、出るかもしれない。
『一国の王でさえ、躊躇う理由があること』なのだ、これ。日本の感覚でやらかすと、とっても危険。
魔王様経由で止められているので、イルフェナもレシピの普及を望んでいない。それに加えて、アルベルダ王までもがその考えを支持した。
……イルフェナにレシピ公開の要請が来ても、これならば拒否が可能だ。『イルフェナが独占を望んでいるわけではない』のだから。
「ほう、そういった理由で流せんのだな。うむ、儂も納得だ!」
にやりとした笑み――多分、ウィル様の思惑に気づいた――を浮かべて、キヴェラ王がウィル様に賛同すれば。
「そうですね。残念ですが、我が国とて混乱は望みません」
宰相閣下も頷き、ウィル様の意見を支持する。
そして、この場にはイルフェナの王族である魔王様が居る。魔王様が彼らの言葉を聞いた以上、それは『守られる』。彼ら以下の貴族達がそういったことを匂わせて来ても、言質を取った以上は拒否が可能だ。
魔王様は軽く驚いた様子だったが、不意に表情を緩めると私に向き直る。
「ミヅキ、ここでの話が終わった後に昼食を頼めるかな? ここで食事をするから、今回は大丈夫だろう」
「魔王様が許可をしたなら、構いません。ただ、騎士寮で作るので監視の人を護衛の誰かから出してくださいね」
「勿論だよ」
これはキヴェラ、カルロッサ、アルベルダから一緒に来た護衛の騎士のこと。見張られながらお料理するんだぜ〜……これがなければ、まだ気楽なのに! 仕方がないとは、判っているけどさ。
ちらりと視線を向けた先では、ウィル様が満足そうにしている。
……。
あの、本当に、本当~に、こちらの事情を考慮してくれたんですよ、ね!?
「ほら、そうと決まったら、さっさと用事を済ませようか」
疑いの眼差しになる私に、魔王様はそう言って促す。そう言われても、私と魔王様は彼ら三人と向かい合う形で座っているだけだ。その内容までは聞いていない。
サロヴァーラ関連のことを聞く、とかだとは思うけど。
「魔導師殿が思っているように、俺達はサロヴァーラでのことを聞きたくてな? いやぁ、レックバリ侯爵から『魔導師殿が行方不明になった』なんて連絡が来れば、何があったのか心配になるだろう?」
「あれは素晴らしいタイミングでしたね」
「……」
狸 よ 、 お 前 が 原 因 か 。
うんうんと頷く宰相閣下と、私の隣で溜息を吐く魔王様の姿から察するに、レックバリ侯爵からの『お手紙』は素晴らしいタイミングだったのだろう。
こちらの状況など知らないはずなのだが……皆が『あの狸なら、やりかねない』と思った模様。
「ということは……えーと、地下採掘場跡に落とされた時のことを話せばいいってことですか?」
軽く首を傾げて問い掛ければ、キヴェラ王は笑みを深めた。
「それもある。だがなぁ、我々からすれば『何故、黒幕まで到達できたのか』ということを疑問に思って当然であろう?」
「あ〜……そういや、こちらからだと意味が判らない部分がありますね」
思わず、納得。そっか、サロヴァーラにおける私達への周囲の態度を知らないと、『どこで黒幕に確信を持ったか』ってのは謎なわけだ。
これは彼らが無能というわけではない。サロヴァーラのクズどもの態度が特殊過ぎるのだよ。
『そんな態度を取っていると思わない』という『常識前提の思い込み』があるからこそ、情報が圧倒的に少ない状態からの巻き返しが唐突に思えるのだ。
ある意味、サロヴァーラの黒歴史の暴露である。ただ、私としても話さないわけにはいかない。
いくら仲良くなったとは言え、元凶はサロヴァーラ。私には報告という義務があるので、生温かい目で見られるくらいは我慢してもらおう。
耐えろ、ティルシア。胸に渦巻く怒りの矛先は、沢山あるじゃないか!
「まず、普通の国とは前提が違います。罠に嵌る前からおかしい……という状況でしたから」
「「「「は?」」」」
皆の声がハモった。そうですねー、さすがに貴方達相手に『あの』態度は取ってないでしょうし。
「向こうに着いた途端、周囲の連中が挙って『第一王女は聡明な方ですが、第二王女は……』って感じで、私達にアピールしまくってたんですよ。だから、『その情報を認識させたいのかな』って思ったのが最初ですね」
「ああ……それは不審に思いますね」
「まあ、な」
「うん、魔導師殿が負けるはずないよな! ……そいつらが馬鹿過ぎて」
魔王様には伝えたし、実際に目にしているので今更な情報だ。だが、当事者として伝えると、さすがに他三名は微妙な表情になった。ぽつりと付け加えたウィル様、それが本音ですよね。
「普通は他国の客になど、そういった自国の恥は漏らさないからね。アル達も呆れていたよ」
「リリアンを煽るために、アルとイチャついてましたからね。そういった姿から『使える』って判断されたんだと思いますよ。『溺愛する魔導師に何かがあれば、守護役は黙っていない』、『無知な異世界人なら騙せる』って」
前者はティルシア、後者は王への糾弾に利用しようとしたクズども。狙ったものはそれぞれ違うが、どちらも私の情報がなかったからこそ『利用できる』と認識した。
ただ、ティルシアはどちらに転んでも、望んだ展開に持っていけると思っていたに違いない。要は、あの連中が行動してくれさえすればよかったのだから。
アルが公爵子息ということもあるが、私を狙った理由はこんな感じだろう。ぶっちゃけますと、黒幕狙いで煽りまくった私達の自業自得です。
「では、罠に嵌ったというのも……」
「仕掛けたのはティルシアですが、あの侍女は私を見下している節がありましたからね。サロヴァーラ王が私に付けた護衛騎士が非常に真っ当だったので、そこから『こちらを利用しようと狙っているグループは二つあるんじゃ?』って思いましたよ。同時に確信しました。『ここで何かが起これば、事態は動く』と」
宰相閣下は呆れているが、あの時点では最大のチャンスだった。それは判っているらしく、単に私を案じてくれたのだろう。まあ、無謀ではあるものね。
あの時……私の目の前で『サロヴァーラの二人が対立するような態度を取った』。あの時点では護衛騎士が何を思っているか判らなかったけど、侍女の方は非常に判りやすかったと思う。
「その後、採掘場跡に落とされたことで、護衛騎士は職務に忠実であっただけだと理解しました。サロヴァーラ王も自動的に白と思いましたね」
「ミヅキ、その根拠は?」
「私はイルフェナの一員扱いで『サロヴァーラに招かれた』。私に何かあれば、サロヴァーラ王は責められることになる……良いことは一つもありません。だから」
魔王様の問いに答えつつ、そこで言葉を切り。
「『サロヴァーラ王を責めること』が目的じゃないかと。まあ、アル達がしっかり目撃してくれたお陰で、あの連中は逃げられなくなったわけですが」
馬鹿よねー、あの人達の前でそんな姿を見せるなんて!
そう言って笑えば、三名の視線は魔王様へと突き刺さった。あの連中なら、私の心配よりも動きがあった方を優先するでしょうよ。
無関心ではない、信頼ゆえである。
そう、『あいつが大人しく罠に嵌るはずがない』という、経験に基づく確信があるだけで。
「しかし、無茶するよな。その罠がどういったものかも判らんだろうに」
ウィル様はグレンを見てきたため、世界の差というものに理解がある。それを前提にすると『魔法がない世界出身だからこそ、対応できない事態もあるんじゃないか?』という結論に至ったらしい。
それは残りの二人も同じ。どうやら、捨て身の方法を取ったと思われた模様。
――だが。
「何を言ってるんですか! 罠は回避することも重要ですが、今回は確実に今後の流れを期待できるものですよ!? そもそも、罠は回避するより『わざと嵌って、無傷』が一番仕掛けた奴をビビらせます。そこで『仕掛けたければ仕掛けろ、その程度で潰せるものならな!』とか超上から目線で言えば、気分爽快です」
「「「え゛」」」
「待ちなさい、ミヅキ。それは違う!」
胸を張って力説すれば、三人は顔を引き攣らせ、魔王様は突っ込んだ。何故か手には丸めた紙を持っている魔王様……慣れてきたようです。そうかい、こんなところも有能さが発揮されるのか。
「回避するなら、騎士sにもできます! ですが、『わざわざ罠に陥って無傷』、『仕掛けられた全てを捻じ伏せる』って、『圧倒的な力の差がある』って証明になるじゃないですか。狙うならこれでしょう! 恐怖伝説を築く第一歩です!」
「落ち着け、馬鹿猫!」
「痛っ」
ノリノリな私の頭に、紙での一撃が。ジト目で睨むも、逆に睨み返される。
ええ〜、こっちの方が格好良いじゃん? 大物悪役がたまに見せる『大物ゆえの余裕』みたいな感じで!
魔王様も絶対、こっちのタイプじゃないか。何故、私は怒られるのさ!?
「魔導師殿は相変わらずよな。何度話しても、その思考が読めん」
「……貴方は、いえ、皆様は魔導師と接する貴重な機会と思ったゆえに足を運んだのでしょうが、ミヅキの思考は常に斜め上なのです。参考になりませんよ、毎回の対応の基準は『どれだけ楽しめるか』ですから」
首を捻るキヴェラ王に、魔王様は溜息を吐きながら解説する。……ほう? やっぱり、この三人は私に慣れるために自らこの場へと足を運んだか。
これはキヴェラの敗北が影響している。キヴェラの敗因、そして他の国で私が勝った理由は『狙いが読めず、対応が出来なかったから』なのだから。
少し考えれば、圧倒的な力が原因ではないと気づく。『手が読みにくい』という理由に尽きるのだよ、私の強さは。
だから、この三人の判断は半分正しくて、半分間違い。
だって、魔王様でさえ、この状態。
学んだのは、私を一時的に黙らせる突っ込みだけだ。
「というわけで、詳細を纏めた報告書を用意いたしました。ミヅキに聞く部分もあるでしょうが、常に聞いていては疲れますし。まあ、この馬鹿猫の戯言は聞き流してやってください」
「酷っ!? 呼びつけられたのに、無視推奨!?」
「煩いよ」
そう言って、再び一撃を見舞う魔王様。
あの、皆さんが生温かい目で見てますけど? ちょ、魔王様、もう少しまともなイメージを植え付けてくれても、いいじゃん!?
「私は戦って交渉できる素人ですって。貴族の遣り方とか、作法なんて知らないもん!」
「素人は外交も裏工作もしないから。あと、君の思考回路は規格外を通り越して、理解不能。悪戯が過ぎると淑女教育を始めるからね?」
「嫌です! 誰も望んでないじゃん!」
「……。少しは婚約者がいる身だと自覚しなよ、馬鹿猫」
言い返すも、即座に言葉を返す魔王様。おおぅ……日頃を知られている上、保護者ってのもある意味では事実だから、反論できん……!
「……仲が良いことで」
「ミヅキの軌道修正は私の役目ですから」
乾いた笑いと共に温~くコメントする宰相閣下に、きっぱりと返す魔王様。他の二人も宰相閣下同様、呆れた目を私に向けていた。
キヴェラ王はその生温かい視線と呆れた表情、やめい。ウィル様、面白がらないの! お土産、渡しませんよ!?
軌道修正は飼い主の務めです。
※活動報告に魔導師12巻のお知らせがございます。




