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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
幕間

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帰り道の雑談 ~幼馴染編~

 ――帰り道・宿の一室にて (キース視点)


 宿の部屋に落ち着いた俺は、呆れた目で幼馴染――ジークを見つめた。今のジークは上機嫌だと、誰が見ても一目で判るだろう。

 その理由は明白である。

 ミヅキの要請で訪れたサロヴァーラ、そこで頼まれた『仕事』の数々。これだけならばジークは不満を覚えただけだったろうが、きちんと報酬が用意されていたのだ。


 言うまでもなく、ミヅキが製作した強化剣である。

 しかも、異世界の知識とやらを駆使しているためか、ミヅキしか作れない代物。


 その威力は、通常の剣が全く通らなかった大蜘蛛をたやすく切り裂くほど。一体、どのような強化をすればこうなるのか……非常に悩む出来である。

 だが、ミヅキがこれを報酬とした理由も判るのだ。


 俺は……イルフェナの騎士寮でミヅキに『ジークを死なせたくはない』と言ったのだから。


 ジークの戦闘能力が特出している以上、厄介な『敵』が現れれば、即座に討伐命令が下されることは必至。

 だが、ジークはともかく、『ジークの扱う武器』が並のものでは、あの大蜘蛛の様に『逃げるしか手がない』という状況に立たされるかもしれない。

 こればかりは仕方がないことなのだろう。魔法による何らかの効果が付与されない限り、剣は作られた時以上のものにはならないのだから。

 例外として、魔術師に剣の加工を頼むこともあるが……これができる魔術師は数が少ない。ある意味、剣の形をした魔道具とも言えるので、得意とする魔術師はほぼ個人的な研究をしている者になってくる。

 野心でもあれば、王家や貴族のお抱えになっているだろうが、こういったものを得意とする者に限って、己が研究を突き詰めることを最上とするのだ。はっきり言って、隠者と化している。


 それが普通であり、それゆえに、加工を施された剣は価値が跳ね上がる。

 あの騎士寮の黒騎士達が特殊極まりないだけなのだ!


 ……ただ、あの黒騎士達もどうかとは思う。ミヅキ発案の『悪戯』に嬉々として乗っているので、『やっぱり、特殊型の魔術師って普通じゃねぇ』と呆れたのは余談だ。


『そこは、止めろ。ミヅキと一緒になって人体実験紛いをやらかすとか、拙いだろ!?』


 思わず突っ込んだ俺に対し、彼らは不思議そうな顔を向けこう言った。『何か問題があるのか?』と。

 恐ろしいことに……実に恐ろしいことに! 彼らは己を恥じても、疑問に思ってもいなかったのである……!

 これを聞いた時、俺は固まった。傍にいた白騎士達でさえ、『いつものことですよね』で済ませているあたり、これが彼ら――この騎士寮に暮らす者達の当然なのだと思い知った。


 この時に痛感した。『イルフェナ、普通じゃない』と。


 実力者の国という通称は伊達ではなかったのだ。どちらかと言えば、精神的な方面も普通ではない。

 そんな彼らに、何故かしっかり馴染んでいるのは『異世界人』という『異端者』であるはずのミヅキ。やはり、ミヅキも普通ではなかったのだろう……あの性格も納得だ。この世界の人間だとて、ここに馴染める奴など稀だ。

 そんなことを思い出し、改めてジークに目を向ける。ジークは嬉々として剣を眺めており、その威力を試せる日を心待ちにしているのだろう。

 ……いや、ジークの上機嫌の理由はそれだけではないのだが。


「やはりミヅキ達は強いな! 手合わせがあれほど楽しいものだとは思わなかった!」

「あ〜、まあ、そうだな」


 つい、曖昧に返す。ジークの上機嫌の理由のもう一つ……それが『守護役や魔導師との手合わせ』。

 エルシュオン殿下によって提案された手合わせは、あのクズどもの目の前で行なわれた。いや、エルシュオン殿下はそれこそが狙いだったと言うべきか。

 

 サロヴァーラは、魔導師や守護役達を侮っていた。

 その認識を崩すべく、手合わせという形で見せつけたのだから。


 ジークにたやすく負ける奴らなので、その強さなどたかが知れている。その程度の者達にとって、彼らの手合わせは実力の差を思い知らされるものであって。

 事実、ジークやミヅキはたった一人で、奴らの相手……『騎士の集団』の相手ができていた。そんな彼らが、一対一で遣り合う様は、何と言うか凄まじかった。


「魔法が脅威に感じたのは、あれが初めてだな。詠唱や魔道具を使用することによる僅かな時間、その隙がなければ規模が大きいものでなくとも脅威だと理解できた」

「そうだな、お嬢ちゃんは威力の高いものを使ったわけじゃない。首といった箇所を的確に狙い、お前の動きを防衛に回させていた。しかも、転移魔法は出現するまで気配が読めない。いい勉強になったろう」

「ああ! まさか、俺が負けるとは思わなかったがな」


 満面の笑みで言い切るジーク。勉強になったかは怪しいが、体では学べたようだ。脳筋振りは相変わらずである。

 そして、この会話の通り、ジークはミヅキに敗北している。遠距離からの攻撃も可能なミヅキの方が有利とはいえ、『あらゆる魔法を手足の様に使えるならば、ジークだろうとも負ける』という『実績』を作ったのだ。

 ミヅキは武器をジークに渡すだけではなく、ジークを使い潰しそうな奴らへの牽制も兼ねて、ジークに勝利したと思われた。

 それに思い至ったのは、二人の手合わせを共に眺めていたアルジェント殿の言葉。

 あの時のことを思い出す。報酬を受け取ったのはジークだけではないと、改めて思い返しながら――




『ミヅキが勝てば、【英雄の末裔は、英雄本人ではない】とカルロッサも理解するでしょうね。ああ、同時に【ジークが圧倒的な強さを有していようとも、絶対はないのだと悟る】でしょう』

『は? どういうことです?』

『ミヅキは魔導師……【武器は一切扱えません】。しかも、【手合わせゆえ、攻撃に使っているのは氷結のみ】。術の組み合わせ、そして使い方次第で、魔術師だろうとも勝利することは可能だという証明になりませんか? 【ジークの敵が一人だけとは限らない】のですから』

『……!』

『人は常に変化し、新しい物を作り上げていきます。【魔道具は英雄の時代よりも、遥かに優れている】のですよ?』


 かの英雄が生きていた時代より、今は魔道具が発達している。ならば、同じくらいの強さを有していようとも、英雄のような働きができるとは限らない。

 ジークが弱いというわけではなく、魔術師が魔道具という武器を持つようになったことが主な理由だ。組み合わせ次第では、かなり隙なく攻撃魔法を打てるに違いない。

 ただ……その『器用なこと』ができる魔術師が、滅多にいないだけで。だが、あの騎士寮にいる黒騎士達は可能なのだろう。何となく、そう思った。

 そして、俺達へと向けられた気遣いはそれだけではなかった。


『私達は唯一の主を傍で支えるため、優秀でなければなりませんでした。……忠誠心だけではなく、結果を求められた。完璧な王子と呼ばれた我らが主は、それはそれは苦労してきました。それ以上に努力してきたことを、私達は知っています。ですから、私達も努力したのです……頼ってもらえるように、と』

『ああ……今なら判りますよ。それなのに、エルシュオン殿下はお嬢ちゃん――異世界人の面倒さえ見ているんです。これで内面に気づかない奴はいないでしょう』


 これまでのミヅキの状況を知り、俺達は魔王殿下への思い込みを恥じたのだ。あれは自分が苦労してきたからこそ、ミヅキに必要なものを身に付けさせただけだろう。

 そこに外交方面に関わるものさえ、加えられている。魔導師の優秀さは、間違いなくエルシュオン殿下が彼女を案じたからこそなのだ。

 アルジェント殿は満足そうに俺に微笑み、こう告げた。

 

『貴方達はジーク一人に押し付けたくはないと……叶うならば、最後まで共に歩みたいと願っていると、ミヅキから聞きました。その気持ちがあるならば、強くなればいいだけです』

『しかし……っ』

『ジークは守護役です。ですが、彼はあの通り。ならば、お目付け役として貴方以外の信頼できる者……そう、例えばジークの部下達が付いて来ても不思議はありませんよね?』


 一瞬、何を言われたのか判らなかった。


『我々はこれでもイルフェナにおいて【最悪の剣】と称される実力を持っていると、自負しています。魔法に対する実践も黒騎士達やミヅキがこなせるでしょう。【ついでに手合わせをする】、【ついでに学ぶ】、ああ、【魔導師から手土産がある】かもしれませんね? ミヅキは貴方達の部隊には好意的ですから』

『ありがたい申し出ですが、それはアルジェント殿の一存では決められないでしょう?』


 とても魅力的で、とてもありがたかった。けれど、俺達のために彼らに迷惑をかけたくはない。

 だが、アルジェント殿は楽しげに笑い、ふとエルシュオン殿下へと視線を向けたのだ。


『おやおや……何のために、エルがこの手合わせを貴方に見せたと? 危機感を持たせるためでしょう、どう見ても。貴方の報告は十分、私の提案を受けるだけの理由になりませんか? 貴方達が強くなれば、ミヅキを頼る機会も減るでしょう。それに……ジークへの報酬もエルは納得していますよ?』

『あ……!』

 

 最後の言葉に、思わずエルシュオン殿下へと視線を向ける。そうだ、ミヅキが勝手に強化剣を譲渡するなど、あの方が許すはずはない。

 そして、それが納得できてしまえば、アルジェント殿の言葉もエルシュオン殿下の代理のような気がしてくる。


『魔王様は私自身に学ばせる方法を取ったんだよ』


 いつかのミヅキの言葉が、脳裏を過ぎる。

 直接俺達の力になるのではなく、学ぶ機会と場を与えて成長を促す。それはまさに、ミヅキがエルシュオン殿下から施された教育そのもの。

 俺達がジークに付いて行きたいと言ったから。

 ……そう願っていても、実力が足りないことを自覚しているから。

 その機会を与えてくださったというのか、あの方は……!


『私達の姿を知っているから、貴方達も応援したくなるのでしょう。エルだけではなく、それは私達も同じ……後は貴方達次第です。努力するか、否か。実力差に打ちのめされようとも、這い上がってくるならば、ジークの傍に貴方達はきっと居るでしょうね』


 優しげな声で語られる未来は酷く屈辱的で、けれど伴う結果は魅力的で。

 俺は嫌でも、己が望みを自覚せざるを得なかった。いや、目を逸らし続けてきた本心か。

『俺達はいつかきっと、ジークに付いて行けなくなるだろうから』と、諦めながら口にした未来。けれど、本当はそんなことを言いたくはなかった。最後まで付いて行きたかった!

 諦めながら口にしたのは、それが不可能だと判っていたから。けれど……それが可能になる可能性があるならば、俺達は賭けてみたい。

 視線を向けた先では、ジークに勝利したミヅキがエルシュオン殿下にじゃれついている。『褒めて!』と言わんばかりのミヅキに、苦笑しつつも彼女の頭を撫でるエルシュオン殿下。そんな姿はどう見ても主従ではなく、仲の良い猫親子。


『俺達も貴方達のようになれるでしょうか』


 思わず呟けば、今度は後ろからセイルリート殿が声をかけてくる。


『なれる、なれないという問題ではありません。私達は【それしか道がなかった】。それだけのことです』


 セイルリート殿の……いや、ルドルフ様の過去は朧気ながら聞いている。それを知るからこそ、セイルリート殿の言葉は重かった。

 ……彼らが諦めれば終わり。そういう状況にあったのだ、ゼブレストは。 


『そう、ですね。俺達も努力することにします』


 ただそれだけの言葉だが、決意は伝わったのだろう。俺に向けられた笑みは、どちらも満足そうなものなのだから。

 帰ったら、皆に伝えよう。きっと皆も同じ選択をすると、奇妙な確信があった。

 ああ、それでも。その前に――

 ジークに謝って、決意を伝えるとしようか。『俺達も強くなるから』と。




「キース? どうした?」


 かけられた声に我に返ると、ジークが不思議そうに俺を眺めていた。どうやら、回想に浸り過ぎていたらしい。

 そして、ふと気づく。

 ――ジークは俺達のことに限っては、割と気づくじゃないか、と。

 ならば、俺達の諦めにも似た感情を知っていたのかもしれない。勿論、漠然としたものだろうが。 


「なあ、ジーク。俺はさ、お前に一つ、謝らなければならないことがあるんだ」

「ん?」


 首を傾げるジークに、俺に対する失望といった感情は見受けられない。けれど、芽生えた不安は払拭しておきたかった。


「お前の強さを知るからこそ、俺はいつかお前に付いて行けなくなるって思ってたんだ。気持ちばかりあっても、能力的な意味で足手纏いだからな。だから、まずはそれを詫びたい」


 そう言って、頭を下げる。だが、ジークからは予想外の言葉がかけられた。


「それは俺の負担を思いやってのことだろう? それに、キース達は『俺には付いて行けない』とは思っても、それを悔しく思ったりしてくれたんじゃないか?」

「あ、ああ」


 見抜かれていたことに驚くも、頷く。するとジークは笑った。


「だったら、何も謝る必要はないぞ? 『見捨てる』のではなく、『できることが違う』というだけじゃないか? 大蜘蛛の時のミヅキの様に、共に戦うと言っても後方支援という場合がある。俺には無理な、交渉といったものだってあるだろう。そういった面を担ってくれていることも、『共に同じ問題に挑む』と言うんじゃないか?」


 ……言葉が出なかった。もしや……ジークは自分の不得意な部分を任せることで、俺達に居場所を作ってくれていたんじゃないか? 

 そう思わせるほど、俺達が担ってきたものをジークは理解できていたのだから。


「はは……そうだな、そういった考え方もあるか。だけどな、俺達だってお前の傍で戦いたいんだよ。だから、強くなるよ」


 それは手を差し伸べてくれた存在があったからこそ、選べるようになった未来。叶わないかもしれないが、それでも必死に食らいついていけば……今よりはマシだろう。

 大蜘蛛の時のように、ジーク一人に囮を任せなくてもよくなるかもしれない。それだけで、快挙だ。


「それは良いな! 是非、強くなってくれ。キース達も一緒ならば、きっと戦場さえ楽しいぞ!」

「いや、その発想は止めとけ!」


 相変わらずなジークに、思わず突っ込む。それでも『一緒ならば楽しい』というのは、きっとジークの本心だろう。

 だから、胸の内でエルシュオン殿下に感謝を。面と向かって言ったところで、あの方は『偶然』という言葉で誤魔化すだろうから。

 サロヴァーラから始まった騒動は、本当に多くの影響をもたらした。その中核となったミヅキは、この世界の居場所とも言えるあの騎士寮に帰るのだろう。

 あの場所が、いつまでも暖かい場所であればいい。俺はひっそりとそう願った。

彼らにも得るものがありました。

アホ猫が世話になった礼も含まれているとは、気づかれていませんが。

今後、騎士寮に来たジークの部隊は、スパルタ教育が待っています。

それに伴って、精神面も大変鍛えられていくことは確実。

※活動報告に魔導師12巻のお知らせを載せました。

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