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一方、馬車の外では

――馬車内において、擦れ違い(?)が起きている頃 (クラウス視点)


「……。何やら、ミヅキが騒いでいるようなのですが」


 不意に、アルジェント――アルがこちらへと馬を寄せてきた。馬車の傍で馬を走らせているとはいえ、普通は内部の音までは聞こえまい。おそらく、ミヅキが持っている魔道具がそのままなのだろう。

 困惑気味なアルの様子から、普通に念話を使って話し掛けているわけではないらしいと悟る。ミヅキが感情的になっているため、部分的に聞こえてきてしまうといったところか。


「ミヅキのことだ、エルに説教でもされているんだろう。念話の魔道具は所持者の感情が高ぶれば、無意識のままに相手に伝わることもあるからな。まあ、その場合はかなり曖昧な状態だろうが」

「ああ、確かにそんな感じです。単語と言うか、サロヴァーラでのことを話しているというのは、予想がつくんですけどね」


 奇妙な伝わり方の理由を伝えれば、納得した顔になるアル。二人の様子だけではなく、そちらも気になっていたのだろう。

 アルは魔法を使えるだけの魔力がない。ゆえに、どうしても剣の腕を磨くことに重きを置くことになる。

 その結果、魔法の知識が一般的なものしかないのだ。ただ、黒騎士達は魔法に重きを置くので、剣の腕は白騎士に劣る。

 それでも、お互いを見下すことはない。互いの欠けた部分を補い合うことで、より事を有利に進めてこれた実績があるのだ。必要な時には頼る、ということで納得できていた。


「今回は特に、エルはミヅキが心配だったでしょうね。あの誘拐事件の黒幕が居ると推測される国、しかも途中の報告において行方不明という情報までもたらされましたから」

「ああ、あれには驚いた」


 苦笑しながらも、エルの姿を思い浮かべているらしいアル。釣られるように、俺にも苦笑が浮かぶ。いや、俺は実際にエルの傍にいたので、その時のことを『知っていた』。


「実に判りやすい、親猫ぶりだったぞ? 意味もなく窓の外を眺めたり、レックバリ侯爵からの連絡を待つように転移法陣へと目を向けたり」

「ああ、やはりそうなりましたか」

「目の届く所ならば、エルももう少し落ち着いていただろうがな。さすがに、今回は案じずにはいられなかったらしい。黒幕の存在は脅威だったからな」


 これまでは見られなかった、主の姿であった。エルは誰かに――俺達だろうとも、例外ではなかった。今は違う――隙を見せることを嫌う。

 と言うか、自分が『率いる側』という自覚があるために、特にその意識が強い。上に立つ者が迷いを見せれば、当然その影響は下の者にも出る。最悪、不信感を持たれるだろう。

『翼の名を持つ騎士』はその特異性ゆえ、公にできない任務とてあるのだ。そういった仕事に、迷いは禁物である。

 それは俺達を率いているから、という理由だけではない。魔力による威圧の問題もあるが、エルはそれ以前に王族なのだ。王族が頼りない姿を見せれば、従う者達はどう思うか。


 だが、ここ一年ほどはエルに変化が出てきた。何が起ころうとも表情を変えなかった『完璧な王子』は……とある異世界人の破天荒さに、徐々に素の表情を見せるようになったのだ。


 ……まあ、表情を変えるだけの騒動が起こっているのだが。

 それを抜きにしても、これまであらゆる生き物に怯えられてきたエルからすれば、懐いて来る珍獣――ミヅキが可愛くて仕方がないのかもしれない。

 そう思っても仕方がないのだろうが……この珍獣は大変ぶっ飛んだ性格をしていた。それはもう、平然と大国に喧嘩を売り、あっさり勝利してくるほど。

 なお、ミヅキが珍獣扱いされるのは『異世界人だから』という理由ではない。『あの』性格や、誰にも理解できない思考回路が原因だ。それで結果が出るのだから、疑問は更に深まってゆく。

 そんな誰の手にも負えない珍獣が唯一、言うことを聞くのがエルである。そして周囲はそのことに対し、非常に納得してもいた。


 ミヅキの情報がもたらされた時、エルは(ミヅキの性格を見誤っていたとはいえ)いち早く、ミヅキの保護に動いた。その後は遣り過ぎとも言えるほど学ばせ、『一人でも生きていけるように』教育したのだ。


 ミヅキは愚かではない。エルからの教育や自分を取り巻く環境が『誰のためのものであるか』をすぐに理解し、同時に『誰の采配であるか』に気づいたのだろう。だから、あれほどエルに懐いている。……エルのために、牙を剥く。

 母は『猫は一番面倒を見てくれる人に懐くものよ』と言っていたので、まさにその通りだったということだろう。事実、エルとミヅキは『猫親子』――エルの甲斐甲斐しさを見る限り、確かに似ている――などと言われているのだし。

 そして、そんな姿は皆に微笑ましく見守られ、同時に受け入れられていっているのだ。 


 常に隙を見せず、どんな問題にも余裕ある態度で挑む『完璧な王子』は。

 ……『己が保護した子猫に対しては、過保護気味な親猫と化すらしい』と。


 以前の『魔王殿下』を知る者が二人の遣り取りを目にすれば、目の前の光景を疑うほどである。そんな者を目にする度、エルを案じてきた者達は満足げな笑みを浮かべるのだ。

 ただ、何と言うか……子猫は相変わらず腕白盛りなのが、少々問題だ。少しは落ち着け、と思わないでもない。


「サロヴァーラでの会談で、エルの印象は完全に保護者になっただろうよ。それだけではなく、ミヅキの怖さも伝わったと思うぞ?」


 微妙に呆れながら、当時を思い出せば。


「はは! 保護者でいいじゃないですか、エルを見縊る者には実力をもって間違いを正してやればいいのですから。それに、ミヅキに関しては知らない方が気の毒ですよ」


 アルは、実に楽しげに返してきた。思わず、これまでを振り返る。

 ……。

 それもそうか? エルのことはともかく、ミヅキの本性を垣間見た――あれで極一部だ。ミヅキの怖さは際限なく手を思いつくことである――ことは、十分過ぎる警告になるだろう。

 だが、アルはそれだけではないようだった。 


「守護役としての我々が侮られるなど、私は我慢できません。『世界の災厄』たる魔導師の守護役……それもミヅキは実績持ちなのです。『溺愛』などという噂を流すだけで、どうして『魔導師のご機嫌取り』のように思われるのか。理解できませんよね」


 妙に怖い笑みを浮かべるアル。だが、それは守護役達の総意でもあった。

 俺達とて、誇るだけの能力を身につけている自負がある。それを『魔導師のご機嫌取り』扱いされて、気分が良いはずはない。

 少なくとも、サロヴァーラと会談に出席した国はミヅキのことを『正しく』理解したと思う。守護役に就いている者達にしても、多少は認識の改善が行なわれるはずだ。

 これで『知らなかった』という言い訳は通じないので、自国の愚か者達へとしっかり言い聞かせるべきだろう。


「一番暴れていたのはジークでしたが、彼はいかにも不満そうでしたね」

「ああ、あいつらが雑魚過ぎたからな。ジークは明らかに手を抜いているというのに、全く相手にならないとは情けない」


 アルの言葉に、ジークとサロヴァーラの騎士達の一戦を思い出し、改めて呆れ果てる。そう、連中は弱かった。弱いくせに、文句だけは一人前。

 ミヅキ一人に手も足も出ず、ジークには雑魚扱いされ。その上、セイルには最初から『敵わない』と諦めるなど。

 それで騎士を名乗るのだから、呆れても仕方あるまい。ミヅキに馬鹿扱いされるのも、当然だろう。


「ですが、彼らも現実が見えたでしょうね」

「まあ、な」


 くすりと笑ったアルに同意するように、俺も小さく笑みを浮かべる。そう思える出来事があったのだから。

 やはりと言うか、エルはグレン殿の気遣いを受け、ミヅキを止めに行ったのだ。そこで当然、説教となったのだが、そこにはセレスティナ姫を除いた守護役達が揃っていたわけで。

 ――エルの提案により、ミヅキと守護役達の手合わせとなったのだ。

 自分達が確かに『雑魚』なのだと、突きつけられるサロヴァーラの騎士達……親猫は地味にお怒りだったらしい。子猫がいくら凶暴であろうとも、一対多数などという真似をされては、怒らぬはずはない。


「エルのお説教を挟んで、我々やミヅキとの手合わせになりましたから。どちらかと言えば、彼らは手合わせの方に青褪めていましたよね」


 楽しげに話しているアルだが、あの騎士達への嫉妬――本気で羨ましかったようだ。こいつの性癖は理解できん――もあり、俺達の手合わせに呆然とする連中に向けた言葉は刺に満ちていた。


『何を驚いた顔をしているんです? この程度、魔導師の守護役ならば当然でしょう? 貴方達のように忠誠なき騎士モドキには判らないかもしれませんが、我々は【主の命】として【守護役の任に就いている】のですよ。【できない】ではなく、【全うしなければならない】のです。その程度の頭もありませんか』


 優しげな顔のまま、この言葉。しかも、迂闊に反論すれば『では、その証拠を見せてください』とでも言って、奴らをボコる口実にしただろう。

 連中もそれが判っていたからこそ、青褪めたり、悔しげに俯いたり、憤りに顔を赤らめたりと、様々だった。……それだけ、だった。身をもって反論する者など、皆無だ。

 

 ミヅキどころか、待ち構えるアルやセイルの狙いを悟ったのかもしれないが。


 ミヅキ以外は世間的に非常に真っ当な評価をされているため、『うっかり』重傷を負わせたとしても、事故という言葉で方がつく。

 少なくとも、アルは実行しただろう。セイルとて似たようなものだと思う。

 連中はある意味、口を噤んだお陰で、今も命があるのだ。まあ、『腑抜け』『雑魚』という評価は得たが。

 俺としては何の問題もないので、アル達を止めることなどしなかった。寧ろ、ミヅキの魔法の餌食となることを願っていたので、実に残念である。


「そうだな。だが、良い経験だぞ? 魔導師による『魔法を使った接近戦』なんて、当事者でもない限りは拝めないだろう? 是非、新たな魔法を見てみたかった」

「クラウスは本当に、魔法関連に偏っていますね……」


 呆れたようなアルの声も、全く気にならない。それが俺であり、エルや仲間の役に立てているなら、何の問題もないじゃないか。

 そんな会話に興じていた俺は、唐突に話題を変える。


「ところでな、そろそろ城に着くんだが……エルの説教は終わるのか?」


 俺の言葉に、アルも固まった。現実問題、そろそろ旅は終わる。エルが報告する以上、ミヅキからも話を聞かなければならないだろう。

 だが、今現在、親猫は子猫に説教中(仮定)。こうなっては、先に説教が行なわれる可能性が高い。


「え……いや、クラウス? 何も説教と決まったわけでは……」

「可能性としては、一番あるだろうが。言っておくが、普通に会話をしているだけなら、念話になんてならないぞ」


 魔道具を通して聞こえてくるほど、魔道具所持者の感情が高ぶっている。どう考えても、ミヅキが自己の正当性をエルに訴えているようにしか思えない。


「……。ゆっくりできるのは明日ですかね」

「さあな。ミヅキを野放しにしていたお前達にも、エルは言いたいことがあるようだぞ?」

「う……」


 自分にもエルの説教があると知り、溜息を吐くアルを視界に収めつつ。

『お前も変わったよな』と密かに思い、俺はひっそり口元に笑みを浮かべた。



 この変化を俺達は歓迎している。そして、ミヅキのことも。

 だから、破天荒な魔導師が何をやらかそうとも、俺達は呆れながら受け入れるのだろう。……金色の親猫が、黒い子猫との時間を望む限り。

 ――その時間が長く続くことを願う。

前話と同時刻、馬車の外ではアルとクラウスが会話中。

気づかぬまま、生温かく見守られている猫親子。

※活動報告に『魔導師は平凡を望む 12』のお知らせを載せました。

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