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帰り道の雑談 ~猫親子編~

――帰り道にて


 サロヴァーラでの報復……じゃなかった、事件も終わり。

 魔王様に促され、皆でイルフェナに帰ることになった。今のサロヴァーラに、部外者は居ない方がいい。

 そんなわけで、帰り道の真っ最中。と言っても、転移法陣の後は馬車なので、気楽に揺られていくだけだ。

 ふと、サロヴァーラを思い浮かべる。私達ができる限りのことをしてきたとはいえ、一度根付いた価値観や体制を変えていくのは容易ではないだろう。救いは民まで染まっていないことくらいだろうか。

 ただ、ティルシアがあの状態ならば、サロヴァーラはそこまで心配する必要はない気がする。


『これで、この国も変わるわ……変えてみせるわ』


 別れ際のティルシアの言葉である。普通に考えるなら、今後に向けての決意を示す心強い言葉だろう。

 ……が、それを言ったのはティルシア。


 奴はシスコンである。


 これまでの分も、しっかり報復するつもりなのである。


 そんな奴が決意表明。なんという、恐ろしいお言葉か!


 彼女の辞書には『妹の敵は滅すべし』の一文が刻まれていると、私は信じて止まない。

 そんな王女が、目を輝かせて獲物を狙ってるなら、ねぇ?

 そもそも、ティルシアは誘拐事件の黒幕こと仕掛け人。『あの』事件を組み上げたブレインなのですよ!

 絶対に、絶っ対に! 生き地獄をみせる勢いで、じりじりと追い込むに違いあるまい。『証拠を提示して処罰、はい終了!』なんて、温い方法を取るわけがない。

 ティルシアのことだ、妹日記くらいつけているだろう。きっと、別冊でリリアンが受けた嫌がらせも記録しているに違いない。

 普通ならば冗談で済む話なのだが、ティルシアは割とマジなのだよ。一度、『妹エピソード集とか残してそう』と冗談で言ったら、満面の笑みで見せられたもの。


 ……シスコンの愛の深さを知った。一歩間違えれば、奴は病気だ。


 ティルシアとて、始めからあの状態だったわけではないだろう。長年に渡って可愛い妹を守り続けた結果、過ぎる使命感と度を越した保護欲が生まれた挙句、溺愛……シスコンになっただけで。

 ある意味、王家を軽んじ続けた貴族達による弊害だ。そう思えば、ティルシアも連中の被害者と言えなくもない。……本人、全く己を恥じてないけど。


「王女達が心配かい? ミヅキ」


 一緒の馬車に乗っている魔王様が声をかけてくる。魔王様とて、サロヴァーラの状況を良く判っている一人……王族という立場にあるからこそ、今後に待ち受ける苦労が判ってしまうのかもしれなかった。

 無駄に地位のある馬鹿が一人いると、厄介ですものね。そういった奴を上手く転がしてこそ、立派な王族なんだろう。

 ティルシアは馬鹿ではないが、暴走することは確実だ。その軌道修正をするべき存在が、あの善良そうなサロヴァーラ王と素直なリリアン。どんな苦行だよ!


「心配といえば、心配ですね」


 主にティルシアの暴走が。


 心配しているのは事実だが、王女よりも周囲の人間が苦労しそう。いや、どちらかと言えば、サロヴァーラ王の方を心配した方がいいような気がする。

 胃は丈夫なのだろうか? 下手をすれば、穴が空くぞ?

 考えながら答えると、魔王様は何ともいえない表情で頭を撫でてくる。


「今後はサロヴァーラの王族が成すべきことだと、君だって判っているだろう? 我々が下手に手出しができないからこそ、王家の後押しという形になったんだ。これ以上は関わるべきじゃない」

「ですが、リリアンが心配なのですよ」


 これから王族……いや、女王になるための勉強も始まるというのに、側にはシスコン姉。サロヴァーラ王がその暴走を抑えきれなかった場合、その役目が回ってくるのはリリアンなのだ。


 不憫。なんか、不憫。せめて、姉の幻想が壊れなければいいのだが。


 だが、魔王様は緩く首を横に振る。『それ以上は、踏み込むな』というように。

 魔王様とて、リリアンの状況は判っているはず。さすがに荷が重過ぎるとは、思わないのだろうか?

 私の不満が伝わったのか、魔王様は軽く溜息を吐いた。


「リリアン王女とて、成長しなければならないんだよ。彼女には女王になる道が始まっている……ティルシア姫の王位継承権が剥奪された以上、どうしようもないんだ。周囲の者達を押さえる術とて、学ばなければならない」

「だけど、難易度ってものがあるでしょう! あの子、これまで何も学んでないんですよ?」


 女王どころか、王族としての価値を見出させないため、『出来損ないにされていた』リリアン。

 そんな子に、生きた最終兵器みたいなティルシアの手綱を握れだと!?

 いくら何でも、それは無理というものだ。しかも、リリアンにとってティルシアは『大好きなお姉様』。この幻想が崩れ去った場合、リリアンの精神的なダメージは計り知れない。


「それでも、だよ。王族である以上、その責務から逃れることはできないんだから。君だって、異世界人という括りからは逃れられないだろう?」

「私の場合、異世界人というより、珍獣扱いのような気が」

「うん。君をこれまでの異世界人に当て嵌めるのは、どう考えても無理があるからね」


 突っ込めば、即座にそう返される。そうですか、魔王様は己を『珍獣の飼い主』と認識してらっしゃいましたか。

 微妙な表情になる私をよそに――本当に、さらっと流された!――、魔王様は呆れたように笑う。


「仲が良くなったのは、いいことだと思うけど。それでも、彼女の成長を妨げるような真似はしてはいけないよ」

「でも! 成長する前に、心が折れそうじゃないですか!」


『大好きなお姉様』に対して、リリアンが抱くイメージは素晴らしいものばかり。

 一度聞いたら、嬉しそうに『えっと、美しくて、聡明で、優しくて、思いやりがあって……』という答えが返ってきた。

 思わず、突っ込みそうになりましたよ……『【優しくて、思いやりがある】ってのは、家族限定だ!』と。

 この答え、リリアンにとっては事実なのである。おそらく、サロヴァーラ王も似たようなことを言うだろう。

 ……が、問題は『それ以外の人々』について。

 誘拐事件を思い出して欲しい……ティルシアは手駒をあっさり殺している。あの護衛騎士とて、私と一緒に地下採掘場跡に落とされているのだ。

 そんな彼女に対する周囲の認識は『優しく、聡明な王女』。誰にも本性を悟らせなかったからこその評価である。

 エレーナのように『必死に演技していた』のではなく、おそらくティルシアは素であの状態。何の躊躇いもない、その在り方……そこに良心の呵責など、あるわけがない。

 猫を被るにも程がある。しかも、これからは己を偽る必要などないわけで。


 結論……今後、その他の皆様にとっては『非情で、冷酷で、人を騙す術に長けた女狐』。


 今のサロヴァーラだからこそ、こういった王族が一人はいた方がいいとは思う。だけど、ティルシアの場合はストッパーも必要だ。

 一応、リリアンには『ティルシアは頑張り過ぎる(=暴走)から、時々止めてやってね』とは言ってきたけど、どこまで効力があるかは疑問だ。妹の気遣いに喜び、ちょっと優しくなる程度な気がする。

 魔王様は少し困った顔になりながらも、言葉を続ける。


「だけど、リリアン王女には頼もしい姉姫がいるだろう?」

「だから、その姉姫が問題だって言ってるじゃないですか!」

「え?」


 ぽかん、とした表情になる魔王様。……おや? 一体、どうした? 


「今後のサロヴァーラのことを心配してるんだよね?」

「そうですよ?」


 まずは確認、とばかりに魔王様が聞いて来る。勿論だと即答すれば、魔王様も頷いた。


「ミヅキは特に、リリアン王女のことが心配なんだよね?」

「一番心配なのはリリアンですね。次点でサロヴァーラ王でしょうか」


 これも間違っていない。ティルシアは放って置いても大丈夫……というか、奴が問題の中心だ。

 だが、魔王様はティルシアの名が挙がらなかったことが意外だったらしい。不思議そうな表情になる。

 はて、魔王様は一体何を言いたいのだろう? どうにも、妙なズレがあるような?


「……ティルシア姫のことが心配じゃないのかい?」

「あいつがいるからこそ、馬鹿どもに関しては心配してません。大人しく狩られる性格してませんって! お忘れのようですが、誘拐事件の黒幕ですよ?」

「い、いや、それはそうなんだけど」


 魔王様も誘拐事件を思い出したのか、微妙な表情になる。ですよねー!

 そして、不意に怪訝そうな顔を私に向けた。


「じゃあ、ミヅキは何を案じていたんだい?」

「ティルシアの暴走ですけど。あれ、そのことについて会話してましたよね?」

「え?」

「え!? あ、あの、魔王様は別のことについて話してました!?」


 お互いの話題がずれていると悟り、暫し見つめ合う。あ、あれ? 会話は繋がっていた気がするんだけどな!?

 ……暫しの沈黙が落ちる。その沈黙を破ったのは、魔王様だった。


「ミヅキ、正直に答えなさい。ティルシア姫には何か秘密でもあるのかい?」

「これまでは盛大に猫を被っていたことですか? 後は……秘密というか、奴はシスコンです」

「しすこん?」


 聞き慣れない言葉なのか、魔王様が首を傾げる。ああ、そっか。シスコンって省略されちゃってるから、自動翻訳されないのか。


「姉妹大好きってことです。ティルシアはかなり重症でして……はっきり言えば、『リリアン大好き』。これに尽きます」

「ああ、それは私も知っているけど、特に問題は……」


 ないんじゃないか、と続くはずだった魔王様の言葉を打ち消すように、私の暴露が続く。


「これで終わればいいんですが、ティルシアは『リリアンを守り甘やかすのは、私の存在理由』とか血迷ったことを言ってまして。『これまでリリアンを苛めていた馬鹿どもよ、目にもの見せてやらぁっ!』とばかりに、馬鹿どもを殺る気満々です。もう隠している必要がないですから」

「え?」


 ぴしり、と魔王様が固まった。


「正直、ドン引きするレベルなんですよね。もう自分に継承権がないことに加え、望まれているのは『忠誠ある悪役』。自分にとってのベストポジションを得たとばかりに、嬉々として準備してました」


 マジである。今のティルシアに、恐れるものなどありはしない。

 あ、魔王様が顔を引き攣らせている。シスコンのことは知らなかったのか。

 

「……。ミヅキは何を心配してるんだい?」

「サロヴァーラ王の胃でしょうか。暴走する娘にストレスを溜め過ぎて、胃に穴が空くかと案じています。倒れられても困りますし。リリアンはこれまでの姉と違い過ぎて、慣れる前に心が折れなければいいなぁと」

「……」

「思い込みが崩れるって、結構な精神的ダメージですよね」


 魔王様は何も言わなかった。ただ、深々と溜息を吐いた。

 ――その後。


『君が【遊びに行く】には構わないんだから、時々様子を見に行ったら? それから、セレスティナ姫に胃痛に効く薬草を分けて貰って、手土産にすればいいんじゃないかな』


 魔王様からこんな提案をしてもらい――魔王様が言った以上、許可をくれるってことだろう――、とりあえず落ち着くこととなった。

 こちらが案じても仕方ないということ、そして『ティルシアが妹の幻想を壊すようなヘマをするか?』という結論に達したせいでもある。

 確かに、ティルシアなら妹の夢を壊す真似はしないだろう。ただ、サロヴァーラ王に対しては良いアイデアがないらしく、酷く同情しているようだった。

 ……生温かい目で私を眺めていたのは、どういうことでしょう? 魔王様?

話題に微妙なズレがあるのに、会話できてしまっていた猫親子。

ティルシアの現実を知り、魔王殿下はサロヴァーラ王に同情中。

多分、さり気なく労りの手紙を送ると思います。

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