隠されていた想い
――サロヴァーラにて(カエル様視点)
『……』
「申し訳ございません、カエル殿。あの採掘場跡での出来事を説明するため、どうしても一度は陛下に会っていただきたかったのです」
『いや、うん……まあ、その気持ちも判るんだけどね』
今現在、私が居るのは城内のある一室。備え付けられたテーブルの上に体を置かれ、目の前には驚愕の表情を浮かべる男――この国の王が居た。
事情は非常に単純である。あの時、ミヅキと一緒に居た護衛騎士に捕獲され、強制的にここへと連れて来られただけなのだから。
どうやら、あれから私を探していたらしい。私の居場所が採掘場跡の出入り口付近の川であることくらいは予想できるだろうが、それでも私はカエルである。見つけられたのは奇跡に近いだろう。
まあ、さすがに私の姿を見て悲鳴を上げられても困ると思ったのか、ここへは隠し通路を経由して来たのだが。
大型のカエルを捕獲し、拉致する護衛騎士(多分、近衛)。
彼の行動が微妙にズレていると思っても、仕方がないことだろう。
「いや、すまない。話は聞いていたのだが、その、どうにも信じられなくてな」
『それが普通の反応だと思うよ、サロヴァーラ王』
思わず、揃って護衛騎士へと視線を向ける。……私達の気持ちは通じ合っているようだ。友好度が上がったように感じるのは気のせいではないだろう。
「こやつは真面目でな。それが長所であり、時に短所でもあるのだ」
『ああ、確かにそんな感じだったよ。だからこそ、気づきにくいこともあるんだろう。だけど、ミヅキに指摘されれば理解していたから、頭が固いわけじゃないだろう?』
「うむ。真っ直ぐ過ぎるところが少々、欠点になりやすいだけだ」
王の表情はそこまで困っているように見えなかった。彼にとって、この護衛騎士が信頼できる人物であることは間違いない。
ただ彼は応用というか、総合的に見たり、一歩引いた状態からの視点というものが苦手らしい。おそらくは、任務に忠実であろうとするあまり、視野が狭くなってしまうのだろう。
「あの、私のことはどうでもいいのですが……」
「いや、場を和ませる役には立ったぞ?」
『気にしなくていいよ。私達が勝手に話をしているだけだから』
さすがに居心地が悪そうな表情になる護衛騎士だったが、私達はさらっと流す。私はある意味、強制的に拉致されてきたのだから、これくらいは許されるだろう。
だが、いつまでもくだらないことに時間を割くわけにはいかないらしい。サロヴァーラ王は表情を改めると、私に向き直った。
「この者から、あの採掘場跡で何があったかは概ね聞いておる。……あの守護獣のことも」
『へぇ……貴方はあの子の真実を知っていたんだね』
「ああ。王となった者に伝えられる出来事の一つだ。国が抱えていかねばならん罪を忘れるなど、できるはずがなかろう?」
そう告げるサロヴァーラ王は、苦い笑みを浮かべていた。それは、彼が該当する出来事を良く思っていない証。
魔術による、生き物を使った実験。当時はどの国でも、ある程度は行なわれていただろう。
だが、それらはきちんと『処理』されてきたはずだ。あれは後世に残していいものではないのだから。
ところが、この国はそれができなかった。いや、実行しようとはとしたのだろうが、予想外の成果に断念せざるを得なかったと言うべきか。
『生き物に複数の魔道具を組みこむ』などという非道な実験に加え、『成果が出てしまった』。普通ならば成功を喜ぶのだろうが、それはあまりにも不完全であり、制御もできない代物。
……隠すしかなかったのだろう。それでも隔離という方法で人々の目から遠ざけ、その姿が目に触れる機会をなくした。それができることの全て。
「言い訳のようだが、聞いて欲しい。当時は我が国も必死だったらしい。魔道具の開発は、良くも悪くも世界を動かしたのだ。そして、そのような期間があったからこそ、今の状態に落ち着いたというのも事実」
『そうだろうね。だから、私は……私達は貴方達を責めるつもりはないんだ。ミヅキも理解していたよ』
「魔導師殿が?」
『うん。私が語ったことを貴方は騎士から聞いたんだろう? ミヅキもまた魔術を使う者……私が語った以上のことを想像できたんだろうね。それもあって、快く協力してくれたと思う』
魔導師であるミヅキが興味を示さなかった、ということが意外だったのだろう。サロヴァーラ王は少々、驚いたようだった。
これはミヅキ本人を知らなければ、予想外に思えてしまうのかもしれない。魔術師は知識の探求や研究を好むのだ、その上位ともいえる魔導師が無関心というのも、不思議に思えたのだろう。
採掘場跡で会った魔導師を思い浮かべる。彼女……ミヅキは。良くも悪くも、自己中心的な性格をしていた。
彼女にとって、あの魔獣……その内部に込められた魔道具の価値など、心底どうでもよかったのだ。
脱出に邪魔だから。
あの魔獣を哀れんでくれたから。
そして……魔獣に使われた技術を残したくなかったから。
このあたりが行動理由だろう。個人として、魔導師として、その感情のままに行動したに過ぎないのだ。
そんな単純な理由でも成し遂げるあたり、ミヅキも凄い。気持ちばかりがあっても、どうしようもならないことがある。『やりたいこと』と『できること』は違うのだから。
『それを踏まえて、ミヅキは【破壊する】という行動に出た。守護獣なんてものにされている以上、真実に辿り着く者がいるかもしれないからね。【罠によって落とされた魔導師は、襲い掛かってきた魔物を殺した】という事実があれば、後から【地下に住み着いていたのは、守護獣ではなく魔物だった】ということにできる』
「……そう、だな。守護獣というのも意図的に流された噂に過ぎん。『上に戻るついでに、魔導師殿が討伐した』ということにすれば、今度こそ忌まわしい出来事は過去のものとなってゆくだろう」
サロヴァーラ王の表情は、どこか申し訳なさそうなもの。ミヅキを利用する形になることに、思うことがあるのだろう。
彼が気にしなければならない問題は山積だろうに、この態度。この国でさえなければ、彼とて善良な王と呼ばれて穏やかに生きていけたのかもしれない。
「ティルシアといい、魔導師殿といい、エルシュオン殿下といい……私は本当に皆に助けられてばかりだな。守っているつもりだったリリアンやティルシアさえ、悪意から遠ざけたとは言えなかった」
「陛下、そのようなことは」
「よい。それが事実なのだ。私は強行な手段に出ることも、貴族達を抑えることもできなかった愚王よ。己が不甲斐なさは、私自身が痛感しておる」
深く溜息を吐くサロヴァーラ王は、酷く疲れているようだった。
それでも、周囲の環境のせいにしない点は好意的に映る。己が責任を受け止め、事実を受け止め、囁かれる評価を知ってなお、その立場に相応しくあろうとする王。
……その姿に、ある人物を思い出す。彼は目の前の王と非常によく似て、けれど違う在り方をした人だった。
『昔話をしようか』
そう言うと、二人の視線が私へと向けられる。二人の視線を感じつつ、私は話を続けた。
『昔、多くの兄弟の一番下に生まれた子がいた。幼い頃はそれなりに兄弟達の仲が良かったはずなのに、成長するにつれて敵対するようになってしまった。それぞれの母親の実家が後ろ盾となり、権力争いを始めたんだ』
仲間達に聞いた、遠い日々。この国がこうなってしまった元凶ともいうべき時代。
『権力争いに破れれば、それなりに厳しい処罰を受ける。特に王族は血を残されることを恐れ、殺されるのが珍しくはない。そんな中、末の王子はその争いに加わらなかった。母親の身分が低かったし、何より本人は兄弟達と争う気がなかったんだ』
「……王になる気がない、ではないのですか?」
『そうだよ。【王位を争う以前の問題】ってことが重要なんだ』
疑問を口にした騎士に頷くことで、肯定を。そう、『王になる気がない』だけならば、この国とてこれほど歪まなかったのかもしれない。
『兄弟達の仲が良かった時を知っている上、末の王子は自分が王の器でないことを自覚していたんだ。そして、周囲もそれを理解していた。だから……【無事だった】。放って置いても何もできないと、周囲どころか本人も判っていたのだから』
王族としては駄目なことだと思う。だが、その才や野心がないならば、王位など重荷でしかない。
末の王子はそれを理解していた。兄や姉の誰かが王位に就き、自分は手駒として使われる。そんな未来が当然と思っていた。
『ところが、予想外のことが起きた。末の王子以外の兄弟が皆、死ぬか処罰されてしまったんだ。さすがに罪人を王位につけるわけにはいかないと、末の王子は王となることを強制された』
建前、というものもあるだろう。争いに一切加わらなかった王子の評判は悪くはなかったし、貴族達は権力争いの責任を率いていた王族に押し付けた。
何より、『一人では何もできない王』であることは、権力を握りたい者達にとって非常に都合が良かった。
『周囲の貴族達を頼らなければならないから、彼らが勝手をしても処罰することはできない。そして、自分の命を守るために逆らうこともできなかった。だけどね、これだって【国を守る】ってことなんだよ。【政を行なうため】、【王族の血を絶やさせないため】、彼にできる精一杯のことだったんだ』
「血を絶やさせない、とは?」
『兄弟が多かったって言っただろう? 『母親の身分が低かった』という理由の下、一人くらい仕立て上げられても判らない。彼を暗殺して、都合のいい人物を王位に就ける可能性だって十分考えられる』
「魔術による確認などが必要では?」
護衛騎士は訝しむが、王には私の言いたいことが理解できたようだった。
「その確認を行なうのは王自身ではない上、魔術師が奴らの側ならば捏造は可能だろう。今でさえ、それを否定できん。魔導師殿が問い詰めねば、宮廷魔術師だった者とて口を噤んだままであったろう?」
「あ……! た、確かに」
どうやら、納得できるような出来事があったらしい。
まあ、『魔導師が問い詰めた』と言っているので、泣き寝入りにはならなかっただろう。ミヅキはそんなに大人しくはない。
『……血を正しく伝えるために、無能を装うこともあるんだよ。彼の周囲は敵ばかりだったのだから』
私の言葉に、サロヴァーラ王と護衛騎士は難しい顔をして黙り込む。今代とて、王女達の婚約者の選定にはかなりの苦労をしたに違いない。貴族達は誰もが自分の血縁を推そうとしただろうから。
だが、こればかりは王女で良かったと思う。……王女が産んだ子ならば、間違いなく王族の血を持つのだ。血は守られる。
『彼からすれば、王となったことが不幸なんだろう。必要以上の苦労を背負うことになったし、後世の人達からは王族の権威を地に落とした愚王と呼ばれるのだから。だけど、彼は精一杯抗った。国が存えたし、正しい血筋も残せた。何より……彼が自分の幸せを選んで勝手なことをしなかったから、【今】がある』
「そういう言い方もできるな、確かに」
頷き、納得の表情をするサロヴァーラ王と護衛騎士。だが、私が伝えたいのはそれだけではない。
『隠された真実』があるのだ。ひっそりと行なわれた、末の王子の小さな抗いが。
『末の王子は……先代サロヴァーラ王は押し付けられた王位であっても、逃げなかった。そして、自分の子供に兄弟を作らないことで、自分の代にあった争いを避けたんだ』
「な……父上がそこまで考えていたと!? 母上が非常に嫉妬深い方だからとは言われていたのだが……」
知らなかったのか、サロヴァーラ王が驚愕の声を上げる。護衛騎士も声こそ上げないが、驚いた顔をしていた。
『他に子がいなければ、兄弟で争うことはない。そして、唯一の王位継承者であれば、貴族達とて簡単に廃するわけにはいかない。先代サロヴァーラ王に貴方以外の子がいないのは、周知の事実だったろう? ……貴方は苦労をしただろうが、ちゃんと守られていたんだよ』
「父上……」
呟くと、サロヴァーラ王は片手で顔を覆った。この状況を作り上げたことを恨んだことがあるのかもしれないが、真実を知れば愚王などと言えるはずもなく。
まあ、ミヅキが先代を罵るのは当然の権利だ。彼女は『この国の』被害者なのだから。元凶に文句を言うのも仕方ない。
だが、王族達にとっては違うだろう。自身がどれほど愚かと言われようとも、守るべきものは守りきった。『苦難にあろうとも、責務を全うした人物』じゃないか。
次の代には、次の代ゆえの苦悩がある。事実、王女達はこの王を……父を愚かと罵ってはいない。それは『守られていると、彼女達が知っているから』。
『良し悪しなんて、後世の人が判断するものなんだよ。貴方達だって例外じゃない。暴君と呼ばれる王族が出て、【あの時、王族がお飾りのままであれば】なんて言われるかもしれないよ? 逆に、勝手をする貴族達を潰した世代と呼ばれるかもしれない。そして……貴方には【そう呼ばれることができる】んだ』
意味ありげな言い方に、サロヴァーラ王は手を離して私を見た。
『今回のことはティルシア姫の主導だったんだろう? だけど、今の王は貴方だ。そして、暫くは王位に在り続ける』
「私の在位中に成された改革ならば私の功績、もしくは咎となる。妹のため、国のために行動を起こしたティルシアを、世間の醜聞からは守れると?」
『不可能な話じゃないよね。ほら、落ち込んでいる場合かい? 娘が先に行動したのに、貴方は不甲斐ない親で終わるつもりなのかな?』
挑発するような言い方であることは判っている。けれど、このまま罪悪感に苛まれることだけはして欲しくなかった。
先代サロヴァーラ王はできる限りのことをした。そんな両親――多分、王妃も彼の共犯だったのだろう。でなければ、子が一人はありえない――に守られた子が、何もしないなんて情けないじゃないか。
「カエル殿。貴方の時は我々よりも長いのだろう?」
『先代のことは仲間から聞いたことだし、私自身は先代を晩年しか知らないけど……まあ、人間よりは長いだろうね』
「ならば、これからを見守っていてくれまいか。そして、娘達が迷った時は伝えて欲しい」
何かを決意した表情で、サロヴァーラ王が私と視線を合わせる。
それは今の自分の状況と同じものを期待してのことだろう。彼が世を去り、彼の娘が王位に就いた後……自分の知らない父の姿に、勇気づけられることがあれば良いと。
『いいよ、私の命が続く限りは約束しよう』
「感謝する」
短く伝える感謝の言葉に、王だけではなく護衛騎士もまた深々と頭を下げる。彼にとっても、この時間は有意義なものだったらしい。
――いつか、目の前の王が世を去って。再び、この国が荒れる時が来るのならば。
彼の娘達に必ず伝えよう。『貴女達の父上は咎も功績も背負うことで、最愛の娘達を守ろうとした』と。
だけど、あの王女達にそんな心配は要らないのかもしれない。
そうなる前に、ミヅキが暴れるんじゃないかな? 優しくて、惨酷で、自分勝手な魔導師は、友の苦悩を見過ごさないような気がするんだ。
……あの子は本当に、こちらの予想外のことばかりするみたいだからね。
駄目な子なりに、色々と考えて頑張った先代サロヴァーラ王。
主人公からすれば『駄目な奴』という評価ですが、サロヴァーラの王族からすれば
別の見方もできる人でした。
なお、カエル様が先代のことに詳しいのは、そのことを教えてくれた仲間が
先代と友達だったから。
何でも話せる相手がカエルだったので、貴族達にバレなかったという……。
そして、相変わらず面倒見がいいカエル様。そのうち王女達とも会わされます。
※11月12日に『魔導師は平凡を望む』11巻が発売されます。




