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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
幕間

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242/702

その経験を糧として

――コルベラにて(セレスティナ視点)


「ふむ、そういうことだったか」


 私達の報告を受けた父上は一つ頷き、小さく「なるほど」と呟いた。やはり、父上はミヅキが被害者で終わるとは思っていなかったらしい。

 これは兄上も同様で、どちらかといえばエルシュオン殿下と話すことが多かったせいか、私の話に納得の表情をしている。

 

 兄上は我々の護衛という名目で同行し、イルフェナの者達から情報を得。


私はミヅキの願いに沿う傍ら、彼女の思惑を聞いていた。


 サロヴァーラにおける役割り分担はできていたのだ。それが父上……陛下の采配であることは言うまでもない。

 というか、私だけでは感情的な言動を取りやすいと見抜かれているのだろう。

 ミヅキからの手紙を読んだ時は彼女のことを案じた。それは友人として、または守護役の一人としては当然の行動だろうが、それ以上に私は『コルベラ王女セレスティナ』である。

 たとえ一時驚こうとも、即座に手紙に込められた思惑を見抜かねばならなかったはず。それができなかったあたり、私はまだまだ未熟なのだと自覚せざるを得なかった。


「何というか、相変わらず魔導師殿は自己保身を考えない人ですよね。自分から罠に嵌りに行くだけではなく、それを逆手にとってサロヴァーラ王から報復の許可を得るんですから」


 兄上が呆れたように苦笑しながら言えば、陛下も微妙に困ったような顔になる。

 これは私がこの場に居ることも関係しているだろう。何より、ミヅキは私とこの国の恩人である。自己犠牲を褒めるような真似はさすがに……と思うのが当然だった。

 ただ、非常にミヅキらしいとは、誰もが思っているだろうけど。


「謁見の間で言質を取られては、魔導師殿が民間人扱いであろうとも無視はできまい。イルフェナの者達もいたのだろう? 確実にイルフェナへと報告が成されるだろうからな」

「そうなんですよね。ですが、どうも話を聞く限り、イルフェナの者達もそれを狙ってやらかしていたような感じなのですが」

「……」

「怖い国ですよね、ある意味」


 陛下が微妙な表情になった。その原因となった兄上もまた、乾いた笑いを浮かべている。


「よく言えば『強固な信頼関係がある』。悪く言えば『勝ちを狙うことしか考えていない』。アルジェント殿やレックバリ侯爵とも話しましたが、どちらも『ミヅキならば大丈夫』という考えでしたから。魔導師殿を案じるよりも、『玩具を見つけて遊びだした』って感じですよ」

「ほう? 『玩具』か」

「ええ。『魔王殿下の黒猫』は大変腕白で、何を仕出かすか判らない。けれど、帰って来る時には獲物を咥えてくるそうで」


 その言葉に、陛下と私は目を眇めた。

『魔王殿下の黒猫』。それはエルシュオン殿下に(割と)従順である魔導師――ミヅキを指す呼び名だ。

 規格外の魔導師は、これまでも数多くの功績を成してきた。それは魔導師の功績とされるものばかりではなく、今回のように『切っ掛け』となることも多かった。

 ゆえに、国の上層部にある者達は彼女を警戒した。『魔王』と呼ばれる優秀な王子、その子飼いかと。

 たやすくイルフェナに借りを作っても困るのだ、警戒するのが当然と言えるだろう。


 だが、現実は全く違う。

 ミヅキは単に、保護者に懐いているだけだった。


 魔導師の功績と言われる行動の数々も、ミヅキが個人的に動いただけであり、エルシュオン殿下が命じたことはほぼないという事実。

 何のことはない、ミヅキが面白がって首を突っ込んだり、喧嘩を売られた果てに報復しただけだったのだ……!

 その報復の規模や遣り方があまりにも規格外なこと、そしてエルシュオン殿下に懐く姿を見せていることから付いた渾名が『魔王殿下の黒猫』。

 冗談抜きにこれが真相である。真面目に警戒していた者達はさぞ、脱力したことだろう。

 確かに……確かに、ミヅキがエルシュオン殿下に懐く理由も判るのだ。『異世界人としては異例なほど、ミヅキは守られている』と私でも判るのだから。

 指摘されて気づいたが、ミヅキは私達と旅ができていた。全く異なった文化の世界に居た以上、それを可能にしたのはエルシュオン殿下の教育であろう。

 あれでは『異世界人はあらゆることに無知』などとは言えまい。利用しようとする者が出ることを想定し、教育が行なわれているに違いない。

 それは納得できるが、彼女の『恩返し』は誰の予想も斜め上に裏切るものであって。

 結果として、エルシュオン殿下の噂――悪意を含めた様々なものと、その能力――とミヅキの言動が結びついたことにより、『魔王殿下は魔導師を手駒にしている(=魔王殿下の黒猫)』ということになったのだろう。


 なお、この思い込みはエルシュオン殿下に叱られるミヅキを見れば、一発で壊れる。

 誰がどう見ても、子猫を叱る親猫だ。良くて飼い主である。


 久々に顔を合わせたセイルリート殿に言ってみたところ、『ルドルフ様とミヅキが一緒に居ると、子猫と子犬がじゃれているようですよ』と返された。

 どうやら、ゼブレストでも妙な認識が根付いているらしい。『ミヅキはルドルフ王の腹違いの姉ではないのか?』という声もあるとか。……何をやった果てにそうなったのか、気になるところではある。

 ……。

 二人のことを『確かに、茶色い犬と黒猫に似ている』などと思ったことは秘密だ。


「被害国を介入させ、サロヴァーラの改善を図る。そして、次代の王となるリリアン王女にお前達との人脈を授ける、か。ああ、魔導師殿がサロヴァーラに恐怖伝説を築いた上で、リリアン王女と懇意である姿を見せつけることもあったな」


 ふむ、と陛下は暫し考える素振りを見せた。思わず、私達の視線も陛下へと向けられる。


「さて、セレスティナよ。勉強だ。お前が此度のことで得た情報を踏まえ、見解を述べてみるがいい」

「は!?」

「ふふ、あの魔導師殿の守護役ならば、少しは成長を見せねばな?」


 唐突な問いかけに驚くも、陛下は楽しげに私を見ている。兄上もまた、苦笑しながらも私の答えを待っているようだった。

 そんな二人の姿に、考えながらも口を開く。


「ミヅキが成したことは先ほども申し上げたように、サロヴァーラの改善が目的でしょう。あの国は貴族の力が強過ぎた。そういった前例を作れば、他国でさえ似たようなことが起こるやも知れません」


 まずは一つ。おそらくだが、ミヅキや被害国の面々が最も避けたいのがこれであろう。国は決して一枚岩ではない。王が唯一絶対の国など、ないのだ。

 キヴェラでさえ、王が独断で決定することはあまりしないだろう……反発を招いた場合、内部に『敵』を抱えることになるのだから。多少の不満はあれど、『他者の意見も聞いた』という事実は緩和材となる。


「次に、被害国だけではなく私達も関わらせたこと。これは南にサロヴァーラ関連の情報を与えるためであり、今後の対策を各自に取らせる意味もあったと思います。また、私達がティルシア王女やリリアン王女と繋がりを持つことにより、今後は北の情報も得ることが可能となりました」


 この大陸は南と北に分けられる。これは、異端や異世界人に対する考え方の違いが主な理由だったはず。

 異質なものに対する排除意識というものも理解できるので、住み分けという意味では仕方のないことだと思う。ただ、微妙に情報が得にくいという難点があった。

 だが、今回の一件によりそれも解消される。サロヴァーラと接点を持ったことにより、情報の収集――被害国への賠償に入っていると思われる――が可能だ。

 ガニアからも使者が来ていたらしいので、この程度ならば見逃すという見解を示したのかもしれない。逆に、南の情報を得ることも可能なのだから。


「最後に、ティルシア姫とサロヴァーラ王が行なう予定の改革の手助け、でしょうか? ティルシア姫は色々と情報を掴んでいるようでしたし、他国の後押しの下に処罰へと踏み切れる。……これくらいですか?」


 サロヴァーラで得た情報を思い出しながら言い終えると、陛下は満足そうに頷いた。


「そうさな、概ねそのとおりであろう。だが、もう一歩踏み込んで考えねばならん」

「もう一歩、ですか?」

「うむ。特に最後の『サロヴァーラの改革』という点だな。セレスよ、国を変えるということは大変な労力が伴う。ティルシア姫がいくら後ろめたいことがある者達の証拠を握っていようとも、それだけでは貴族は納得せん。民も理解を示してくれるかは怪しい」

「それは……確かに」


 陛下の言葉に、己が考えの甘さに思い至る。そうだ、あの状態のサロヴァーラでは……それだけでは難しい。

 主だった貴族達が処罰を受け、ミヅキや私達にいびられた者達が姿を消したとしても、全てが変わるわけではない。根付いた認識や考え方など、そう簡単に消えないだろう。

 それがあるからこそ、ミヅキも『処罰が難しい者達を引き籠もらせ、間違った認識が次の代にも続くことを防ぐ』という手段に出たのだから。


「おそらくな、魔導師殿はサロヴァーラに何かを仕込んでおるぞ? ティルシア姫と王あたりには伝えられているだろう。『民の意思を示すもの』……嘆願書、とかな。『いつ、どこで使うか』。その采配はサロヴァーラに任せる、といったところか」

「ああ、確かに嘆願書が集まるように仕向けていましたね」


 ぽん、と手を打ち、兄上が同意する。


「魔導師殿は基本的に協力者という立場を崩さん。今回とて、王手をかけるのはサロヴァーラの者でなければならんのよ。そして、此度の主犯はサロヴァーラ王ではなく、ティルシア姫。何故だか判るか?」

「……。いいえ、そこまでは……」


 行動できる、という点だけではないだろう。さすがに、サロヴァーラ王も現実が見えたに違いないだろうから。

 考えの至らなさに唇を噛んで俯くが、陛下の声はどこまでも穏やかだった。


「……継承権を失った王女、という点が大きいと儂は思う。次代にはリリアン王女がおり、王位にはサロヴァーラ王が就いておる。王族としての権力を持ち、証拠さえ握っている王女に、『敵』を討つ躊躇いなどありはせんだろうよ。そして、遣り過ぎて押さえ込めぬほどの反発を受ければ……『処罰されることが可能』なのだよ。そのような声が上がるまでの時間を稼ぐための魔導師殿の後ろ盾、という意味もあるのではないか?」

「な!? では、ティルシア姫は最初から自己犠牲を覚悟しておられると?」

「考えられん話ではあるまい。勿論、これは最悪の場合という意味だぞ? 上手く押さえ込むなり、味方を増やすことができれば、ティルシア姫は妹姫の補佐として存える。被害国もそれを望んでおるのだろう?」


 陛下の言葉に、あの茶会で会ったティルシア姫の姿が過る。『忠誠ある悪役が必要』だと、ミヅキは言っていた。だが、それは今回動いたミヅキだけではなく、今後のティルシア姫も含まれていたというのか。


「ティルシア姫は覚悟を持って、此度のことに挑んだのであろうな。ゆえに、魔導師殿は味方した。利害関係の一致ということもあろうが、『ティルシア姫の働きと覚悟が信頼できた』という点が大きかったように思う」

「確かに。ミヅキや被害国の代表者達を納得させるものがなければ、こういった決着にはならなかったでしょうね。言い方は悪いのですが、その、厳しい判断を下すという点では、サロヴァーラ王は信頼されていらっしゃらないかと」


 善良な方だとは思う。だが、王が持ちえる惨酷さがあまりないような方に思えた。

 そこに付け込む者がいるならば、それを排除するのがティルシア姫の役目なのだろう。


 だから、ティルシア姫は生かされた。彼女に相応しい役割りがあるゆえに。


 そう考えると、被害国があっさり引いたことも納得できる気がする。その役目がたやすいなどとは、とても思えない。『罰は正しく与えられていた』のだ、気づかなければ『許されたように見える』だけで。

 

「まあ、魔導師殿としてはティルシア姫を生かしたいのだろう。それゆえ、お前達と知り合わせるという行動に出た。他国の王族や魔導師と繋がりを持つ姫ならば、その価値は嫌でも判るだろうからな」


 苦笑する陛下が思い浮かべているのは、ミヅキのことだろう。私達を呼ぶ理由に自身の報復を挙げてはいたが、陛下の仰られた思惑もあったように思う。

 自分勝手な魔導師は、己が慕う保護者殿にすら内緒で行なった可能性が高い。まあ、その保護者殿もミヅキの言動に慣れているので……今頃は説教でもされているのかもしれないが。

 あの場でミヅキの思惑に気づこうとも、エルシュオン殿下ならば口を噤むに違いない。魔王などと呼ばれてはいるが、本当は大変優しい方なのだ。


「私は本当に未熟ですね。途中まではともかく、その先まで思い至ることができません」


 深々と溜息を吐けば、聞こえてくる陛下の楽しげな声。


「よく学べよ、セレス。王女という立場上、お前とて辛い決断を迫られる時が来るやもしれん。魔導師殿の側ならば、学ぶ機会も多かろう。お前は『魔導師殿の友となりたい』と願った。ならば、それを無駄にしてはならん」


 亡き父上とレックバリ侯爵とて、互いに競い学び合う仲であっただろうが。

 そう続いた言葉に在りし日の二人を思い出し、思わず苦笑する。ああ、そうだ。私はお二人のような関係が心底、羨ましかった。それは今も変わっていない。


「精進、いたします」


 苦笑したまま告げると、陛下も満足そうに頷いた。

 この一件がサロヴァーラにとって良きものであればいい。そして、私にとっても良い経験となればいい……いや、してみせる。

 そんなことを考えさせられた出来事だった。

報告を受けつつも、しっかりセシルの教育に使うコルベラ王。

セシルはティルシアが犠牲になるところまで思い至らない甘さがあります。

……ただ、ティルシアはそのことも踏まえ、殺る気満々で待ち構えているわけで。

ティルシアの現実を知らないからこそ、コルベラ王も少々見誤っていたり。

※活動報告に魔導師十一巻の詳細を載せました。

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