表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
ゼブレスト編
24/699

女が大人しいとは限りません

「ミヅキ様、本当に大丈夫ですか?」


 アーヴィレンが心配そうに確認してくる。

 まあ、協力者がルドルフの信頼の置ける者達限定なので心配にもなりますね。

 後宮より味方が少ない上に何をしても大丈夫というわけではないし。

 大丈夫ですよ、個人情報の設定その他はルドルフがやってくれたしね。

 一番心配なのが迷子になることなので見取り図も入手しましたから!

 ……無駄に広いんだよね、王宮って。



 中庭で害虫駆除が行われるという理由から側室達は数日を部屋で過ごすよう言いつけられている。

 私の部屋に乗り込んでくる可能性を考え扉に細工をしたので入室は不可能。

 ああ、開けようとすると水が降って来てずぶ濡れになるだけですよ?

 ただプライドの高い連中は自分のみっともない姿を誰にも見せたくないだろうと思ってのことです。

 私が見ていない状況でおもしろい展開にはしませんよ、笑い話のタネは逃しません。

 そして私は単身王宮のルドルフの執務室にお邪魔しています。

 側室は基本的に後宮から出られないって?

 大丈夫! 今の私はイルフェナから来た侍女ですから!

 先日の茶会で不安を感じたイルフェナより送り込まれたという設定です。

 事前の情報規制が未だ継続中で顔バレしていないからこそ可能。

 万が一、何か言われても『いざという時は影となるよう言い付かっておりますので』と言い訳します。

 影武者要員前提で送り込まれたから似てて当然ですよ、ということですね。


「大丈夫ですって。無駄に貴方達に心配される方が不自然ですよ」

「ミヅキ、イルフェナから来たという話はしてあるからどのみち興味本位で近づいてくるぞ?」

「だからいいんじゃない! 頭と地位で勝てないからって嫌味で優位に立とうとする奴が目当てなんだから!」


 今回のターゲットはルドルフに嫌味を言ってくる貴族なのです、当然接触してくるでしょう。

 来なかったら困るのでガンガン来て下さいな。


「お前の言ってきた条件で合うのはオルブライト伯爵家の長男ダニエル、もう一人はビリンガム公爵家の次男アシュトンだな。詳細は事前に渡した資料のとおりだ」

「公爵家の方は次男なんだ?」

「長男はまともなんだよ。親に反発して俺の方についてるからビリンガム公爵は弟に継がせたいらしい」

「そして現在長男は留学という名目で他国に飛ばされています。本人はそこで人脈を作る気満々でしたが」


 転んでもただでは起きない人なのか。頼もしいな、長男。

 どうせならイルフェナに来れば面白い……いや有意義な時間を過ごせるのに。

 そんなことを考えていた矢先、騎士が獲物の来室を告げた。

 さあ、侍女としてお迎えいたしましょう? どの程度か楽しみですね。





「陛下、先日の件ですが……」

「御苦労、アシュトン。ああ、これは……」


 その男は金髪碧眼のいかにも優男という感じだった。

 イルフェナの美形連中に慣れた私から見ると七十点くらい? 女にはモテるかもね。

 話が終ると大人しく部屋の隅に控えていた私に顔を向け、値踏みするような視線を向けられる。


「陛下、彼女は? 見かけたことの無い顔ですが」

「ああ、お前も話は聞いているだろう? 彼女がイルフェナから来た侍女だ」

「……へぇ?」


 明らかに疑ってます的な台詞ですねー、はい、大当たりですよ。

 腹の探り合いの始まりです、まずは微笑み返し一礼する。


「セレネ・ネームレスと申します」


 御月→月→セレネ、ネームレスはそのまま名無しです。

 この世界は貴族以上と平民の明確な差が名前。平民は名前のみ。といっても騎士が貴族の最下級に該当するので全く手が届かないわけじゃない。

 ただ近衛みたく家柄も考慮されるものや上級侍女は下級貴族以上じゃないと無理らしい。完全実力主義のイルフェナが例外なのですよ。


「セレネ殿ですか……アシュトン・ビリンガムといいます。お会いできて嬉しいですよ」

「ええ、こちらこそ光栄ですわ」


 お会いできて嬉しいですよ、獲物其の一。

 ナンパ師、詐欺師あたりが天職そうな顔立ちですね。女性関係が華やかだそうで……背後にお気をつけください。


「陛下は大層貴女の主がお気に入りなようですよ? 政務を疎かになさらなければ安心なのですが」

「あらあら、疎かにしていると決め付けていらっしゃるようですね?」

「そう聞こえましたか?」

「ええ。口を慎まれた方が宜しいのでは? ……貴方が王の執務室で無駄口を叩けるほど親しいというならば別ですが」

(訳:お前が王の行動を批判するなんざ不敬でしかないだろう、敵認定すらされない雑魚が!)


 そんなことも判らないのか、と可哀相なものを見る目をすればアシュトンは明らかに気分を害したようだった。

 こいつはあれか、女に見下されるのが許せない人種か。

 ルドルフの信用を落とす目的でしょうが同時にイルフェナの側室を馬鹿にしてますよね?

『イルフェナの側室は王を虜にし政に支障をきたさせる愚かな女』とも受け取れますよね?

 ……私を王の足を引っ張る役立たずとぬかすか、私を無能扱いするほど有能か貴様は。


「そうですね、気をつけます。……では、失礼します」


 そう言うと不機嫌なまま足早に出て行く。……根性無しめ、不利を悟ったか。

 上手く乗せて不敬罪というのも捨てがたいですが今回は私の楽しみを優先させようと思います。

 嗚呼、猫が鼠をいたぶるのはこんな気持ちなのでしょうか……!


「大丈夫そうだな」

「……そうですね」


 ルドルフ、宰相様。生温い視線を向けないでくださいます?

 私は貴方達の味方ですよー?



 その後。

 一人の騎士に王宮内を案内してもらいました。一応、全体的という感じですが重要なのは人の集まる場所です。

 侍女達の休憩室、厨房、貴族達の集まるサロン……などなど。

 娯楽の少ない環境らしく『イルフェナの侍女』はかなり皆さんの関心を集めているようです。

 騎士が傍に居る間は絶対に来ないと踏んでるので今日一日はじっくり観察できますね。


※※※※※※


「……ぅ……ひっく……」

「……ん?」


 案内役の騎士さんが用事を済ませてくるというので庭園の木陰に隠れて人間観察をしていた私に届いた微かな声。

 泣き声でしょうかね? こんな場所で?

 辺りを見回すと更に奥まったところにドレスらしき薄紫の布が見える。

 えーと……一応話を聞きに行きますか。泣いている子を放置するほど外道じゃないのです。


「あの、どうかなさったんですか?」

「っ……!」


 びく、と怯えたように肩を揺らすとその女性は黙りこんだ。

 いきなり背後から声をかけたのはまずかったか。


「わ……私に関わらないでくださいませ」

「嫌です」

「な……!」

「泣いている人を放置するような真似はしたくありません」

「憐れみなど必要ありませんわ!」

「憐れみではなく私が気になるからです。お気になさらず」


 そう言うとその女性は虚をつかれたかのように黙り込んでしまった。

 ……貴女を放って置けないとか言った方が良かったんだろうか。でも初対面の相手に言われても不信感しか抱かないよね。

 とりあえず乱れた髪を整えてやるとその人も少し落ち着いたらしく話してくれた。


「見苦しいところを見せてしまいましたわね……」

「構いませんよ。で、何があったんです?」

「ふふ、遠慮のない方ね」

「自分に正直なので。聞いただけですから黙秘もありですよ」


 無神経ということも理解してますよ。ですが、諦めたのか話し始めてくれました。

 茶色の巻き毛に青い瞳の気の強そうな顔立ちの美人さんです、笑顔が見たいですね。


「私はエイダ・アットウェルと申します。……お慕いしていた殿方に振られてしまったのですわ。いえ、初めから遊ばれていたということかしら」


 エイダさんの話を要約すると。

 エイダさんは以前から憧れていた男性と付き合えることになった。だが、その男性の周りには常に女性の影が絶えず口論になることも多かった。

 そして浮気の証拠を突きつけた際に自分が『恋人の一人に過ぎない』とはっきり言われてしまったと。で、恋人関係解消になったらしい。


「エイダさん、貴女が泣いていたのは『恋人に捨てられたから』ですか? それとも『その程度に扱われて口惜しかったから』ですか?」

「え?」

「いや、随分あっさり話しているので」


 前者は只の女性としての感情、後者は貴族としての誇り高さです。

 もう少し泥沼展開かと思いきや事実だけを話しているからね、この人。

 側室連中みたいな僻み、恨み、罵りが全くないのです。

 そう言うとエイダさんは口元に手を当てて呆然とした。


「そうですわね……口惜しいという感情が一番正しいような気がします」

「クズだったんですね、その男」

「顔立ちは素敵ですし家柄も申し分なかったですわね。性格は……今となっては最低ですけど」

「つまり顔と家しか取り得がないくせに強気になっている国の恥さらしですか」

「え゛」


 がし! とエイダさんの手を握る。


「いいですか、別れた言い争いも貴女が糾弾した側なんです。そして誰が聞いても貴女が正しい」

「は……はい」

「そいつは人を平気で裏切る奴なんです、貴族令嬢として家を傾かせる可能性がある不穏分子と手を切るのは当然です」

「それは……確かに……」

「振られたんじゃありません。貴女が捨てたんです! 最後に平手でも見舞えば完璧でした!」


 貴族としてそいつの行いも十分問題ありとみた。だって絶対多数に恨まれてますよ?

 拳で顔を歪めてやれば最高ですが、エイダさんには無理でしょう。

 私? 勿論やりますとも。一矢どころか十矢は報いてみせますよ。


「そう……そうね、私はアットウェル家の一人娘ですもの。そのとおりですわ」

「跡取娘なんですか? だったら余計に良い仕事しましたよ!」

「ありがとう! 落ち着いて考えれば答えは出ていたのに……私は何を嘆いていたのかしら」


 グッジョブ! とばかりに指を突き出すとエイダさんは綺麗に笑った。

 女性としての意識より貴族の跡取としての意識の方が高いんだろうね、エイダさん。

 自分の納得できる答えを見つけられれば立ち直りも早いです。

 その場のノリと勢いと洗脳紛いの強気発言も立ち直りには重要ですよね。


「で、そいつの名前は? 野放しも嫌なので復讐といきましょう♪」

「手伝ってくださるの?」

「私もやることがあるのでついでに始末しちゃおうかと」

「始末!?」

「殺しませんよ? 心に深い傷を負わせるのが目的です」

「それならば……。ああ、これが彼から貰った手紙ですわ。幸せな思い出だと思っていましたが今となっては何て安っぽい言葉に騙されていたのかしら」


 差し出された手紙には『君に会えないのが辛い』とか『愛してる』といった定番の言葉が書き連ねられている。

 そして差出人の名前を見た瞬間、私は目を据わらせたのだった。


※※※※※※


 その二日後。


「セレネ殿、少々お時間をいただきたいのですが」


 明るい日差しの差し込む廊下で私は整った顔立ちの貴族に声をかけられたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ