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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
サロヴァーラ編

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239/705

女傑達は微笑む

 愚か者どもとの一戦を終えた数日後。

 一通りの『報復(意訳)』を終えた私達は、ティルシア主催のお茶会に招かれていた。


 あの後、魔王様には問答無用で後頭部を叩かれましたよ。

 そのまま説教に突入しましたとも!


 倒れる馬鹿どもを背景に、魔導師が正座したまま説教されるというシュールな光景です。様子を見に来たサロヴァーラの騎士は呆気に取られていたしな。

 その光景を、守護役達が笑って見物していたことも一因だろう。彼らには『魔導師を溺愛している』という噂があるのだから。

 ただし、噂と真実に差があるのは当然であって。彼らの最上級は魔導師ではなく、それ以外の『誰か』である。


 私が馬鹿どもを〆ようとも、笑ってみているばかりだった守護役達は。

 当然の如く、魔王様の説教も止めなかった。というか、説教までがワンセットと認識しているような気がする。

 

『他国の代表達にも聞こえているのに、何をやっているんだい!』


 そう叫んだ魔王様は、即座に説教を開始した。その光景に、調子に乗った馬鹿どもが何か言いかけても『君達にそんなことを言う権利があるのかな?』という言葉と共に、冷たい視線と威圧が向けられる。

 不機嫌な魔王様の威圧に当てられた馬鹿どもは硬直していた。化け物云々という言葉が聞こえた気もするが、私や守護役達が動いたので問題なし。

 なに、言い終えるまでにちょっと怪我を負っただけだ。死んでなきゃいいんだよ、死んでさえいなければ!

 魔王様が『君達、そういった言葉には反応するのかい』と呆れていたけど、後悔など欠片もない。そのまま説教が再開されたしな!


 でもね、魔王様。お説教も被害国の代表達に聞かれていると思うの。


 そんなことを思いはしたが、説教される側としては無言になるしかなく。

 再び話し合いの席に戻った魔王様は、まるで救世主の如く尊敬の目で見られたらしい。なお、情報提供はクラウスである。

 そんなわけで。

 あれから数日が経過しているのであった。処罰に関しては大まかなものは決まり、今は細かなことを決めているらしい。数が多いと大変ね。


 で。


 本日は、前述したように密やかなお茶会なのであ〜る。セシルの本当の身分を知る面子ということも踏まえ、極秘扱いであったり。

 さすがに拙いと思って、ティルシアには私から伝えたんだよね。だから、セシルは『エマの護衛だけど、高位貴族令嬢』のような認識をサロヴァーラ内でされていた。

 まあ、当然だ。当のセシルが『何かされたら、不敬罪で抗議する気満々』ということも含め、最低限の情報は必要だろう。残念ながら、今のところ抗議するような出来事はないらしいが。

 そんな状況でのお茶会なのです。女子会にしては怖い面子が揃っているのは、気のせいだ。

 そもそも、お茶会と言っても極少数による情報交換の場である。ティルシア以外の面子はリリアン、私、セシル、エマ、そして……新たに呼び寄せたヒルダんことヒルダ嬢。

 元々、ヒルダんも呼ぶつもりではあったのだ。さすがにライナス殿下を呼ぶわけにはいかないしさ。

 バラクシンは今回の一件と無関係なので、『個人的な友人』であるヒルダんにお願いしてみたのだ。バラクシンにも情報は必要だしね、今の状況では騒動の元になりそうな輩に亡命されても困るだろう。

 このお誘いに、ヒルダんは快く応じてくれた。というか、がっつり心配された。


『私とて、魔導師様……いえ、ミヅキ様を案じているのですわ。もっと早く教えてくだされば宜しいのに』


 少々いじけながらそう言われたのだが、こればかりは被害国の代表達が来てからでないと無理である。

 前述したように、バラクシンは本来ならば無関係な国。しかも、個人的に物凄く親しい国というわけではないので、サロヴァーラが難色を示す可能性もあった。

 まあ、今回の一件って国の恥だしね。こればかりは仕方がない。

 よって、『バラクシンの一件で個人的に親しくなった令嬢が、魔王殿下から偶然話を聞いてしまった』という建前となっている。


 わざわざ伝えたんじゃないのよー、魔王様がうっかり口を滑らせただけなのよー、みたいな?


 あくまでも『ヒルダ嬢が魔王殿下に無理を言って、個人的に連れて来てもらった』という設定です。文句があるなら、言ってみやがれ。魔王様に言う度胸があるならな! 言っても、異議は認めない。

 ただ……サロヴァーラ側に裏はバレてると思うけど。そこは大人の対応をしていただけたようで、何より。

 なお、今回は『ある理由』から、エリザは侍女としてこの場に参加している。

 エマは今回の訪問理由が『魔導師と親しい未来のブリジアス領の奥方が、魔導師の要請に応じてやって来た』ということになっている――つまり、セシルやその他の人々はエマの護衛だ――ので、客人扱いだしね。


「我が国も人のことは言えませんが、信じられませんわね」


 茶会の席で一連の出来事を聞いたヒルダんは呆れ顔。ティルシアは少々、困った笑みを浮かべている。事実なので、反論などできないのだろう。

 案ずるな、ティルシア。その感覚が普通だ、常識人の反応だ。

 絶対に、平然と王族を見下したりする奴の方がおかしい。不敬罪で首を落とされても、文句を言えないレベルだったぞ? サロヴァーラは。


「そうだな。我が国は比較的身分制度による壁などがないと思うが……親しいことと、見下すことは別物だぞ? 今回はミヅキが巻き込まれる形になったとはいえ、彼らの処罰は当然の結果だろう」

「そうですわね。親しくしていただこうとも、私達は王族の皆様に敬意を抱いておりますもの。今回、どのような処罰が下されるかは判りませんが、誰も同情などしないと思います」


 セシルの言葉に、エマが同意する。確かに、コルベラは身分差というものをあまり感じない。そう思ってしまうほど、仲がいいのだ。セシル兄も、配下の騎士達とは親しい友人同士という印象が強い。

 ただ、それはあくまでも表面的な部分。

 エマとてキヴェラの一件の際、自身は姫の騎士であると自負していた。友人だろうとも、『守るべき存在』がはっきりとしていたのだ。セシルとて、それは理解できていた。

 

 馴れ合いではなく、親愛。民が王族・貴族へと向けるのは、畏怖ではなく敬愛。


 セシルのために滅亡覚悟でキヴェラに挑もうとしたのも、きっと嘘ではない。民でさえ、最後までコルベラの民であることを選んだことだろう。

 互いに労わり合って生きてきた時間が、彼らの絆を育てた。小国だろうとも、侮れるものではない。

 ただ、サロヴァーラの現状は、先代サロヴァーラ王の負の遺産でもあるのだ。

 

「先代が無能過ぎたのよ。証拠を徹底的に集めておいて、自分が死ぬ時にスパッと切り捨てるべきだった。その決断ができなかったことが、ここまで酷い状況にしたんだから」


 呆れながら言えば、皆の視線が私に向いた。それに促されるように理由を口にする。


「見せしめを作るべきだったのよ。それがなかったから、貴族達は『王族を侮っても大丈夫』だと勘違いした。一族郎党が処刑でもされていれば、こうはなっていないもの」

「その決断ができなかったと?」


 セシルが不満げに問い掛けるのに、私は頷く。


「恩情って便利な言葉よね。幼い子供を盾にして、外交事情を考慮して……そんな言葉を免罪符にしたんじゃないの? 一度許せば、他の貴族達だって処罰は出来ない。あくまでも予想だけどさ、先代サロヴァーラ王って無能だったんじゃない? 周りに支えてもらわなければならないからこそ、貴族達に侮られた。貴族達がいなくなれば、国が立ち行かなくなると判っていたから」


 ぶっちゃけ、これが正解なんじゃないかと思うんだ。

 頼ることに慣れた王は、その恩恵を手放すことができなかった。そのせいで、まともな貴族達に呆れられようとも、彼ら不在の自分というものを想像できなかったんじゃないのか?

 この考えに至ったのは、ルドルフの父親のことを聞いていたから。


 無能な王は楽な方へと逃げ、『王家の影』と言われたクレスト一族から見捨てられた。自分で選んだ結果の癖に、そのことを認められず、クレスト家に認められたルドルフを羨み疎んだ。

 それに便乗したのが、都合よく王を利用していた貴族達。


 準王族とも言えるクレスト家が最後の砦となっていなければ、ゼブレストとて似たような状況になっていた可能性がある。処罰された貴族達は王族であるルドルフを見下していたのだから。

 エリザもそう思っているのか、どことなく苦い顔だ。過ぎたこととはいえ、長かった苦難の時間はそう簡単に忘れられるものではない。

 アデライド――エリザの双子の姉が自身の望みを叶えようとしたことは、無自覚の見下しが原因ではないかと思う。王の望みよりも自身の願い優先なんて、ルドルフの幼馴染だった令嬢が抱く野心ではないだろう。


「でも、もうそれも終わり」


 うっそりと笑う。


「被害国への誠実さを示す意味でも、処罰は徹底的に行なわれる。逃げ場なんてないのよ、これまでしてきたことの証拠があるなら……それが『聡明な第一王女』が集めたものなら、確実に詰む。他国の王族達の監視、魔導師の目……それらを無視する気概があの連中にあるとは思えないもの」


 ちらりと視線を向けると、にっこりと笑ってティルシアが頷く。証拠は万全のようだ、連中は絶対に逃げられない。


「バッサリ切り捨てたとしても、これまでの贖罪代わりに残った者達が死に物狂いで働けばいい。切り捨てられる連中は元々、職務に対する態度がいい加減だったみたいだし、国を立て直すために頑張ってもらおうじゃないの」

「なるほど。ミヅキ様はその行いこそ、残った者達が処罰されないための理由になると思っていらっしゃるのですね? 確かに、『国に必要な者』と判断されれば、諌めきれなかった咎は許されるやもしれません」

「そういうこと! 罪を犯していないけれど、諌めきれなかったことも罪に該当する。けれど、それ以外は恥じない働きをするならば……『国にとって、失えない存在』よねぇ? 罪に問うか、今後の働きに期待するか、天秤にかけるだけの理由にはなるでしょ」


 ティルシアのことだから、該当人物達の情報は得ていると思う。というか、私の報復に遭わなかった時点で『とりあえず残す』という選択はされている。

 彼らとて、今後の働き次第なのだ。今回の一件に対して思うことがあるならば、素晴らしい働きをしてくれるに違いない。


 頑張れよ! シスコン姉が目を光らせてるからな〜!

 お姉様はおっかないぞぉ、役立たずは速攻排除するつもりだし。


 当然と言うか、ティルシアの王位継承権は剥奪されるらしい。ただ、リリアンの補佐という立場を被害国からは望まれていると聞いている。

 話の判る王族にして、貴族達を締め上げることができる存在。それがティルシアなのだ。リリアンが王位に就くならば、そのシスコン属性も相まって、これ以上はないくらい頼もしい味方となってくれるだろう。 

 リリアンはこれから教育されることになるので、補佐として実の姉であるティルシアが付くのが最適と思われている。多分、補佐就任は確定だな。

 そのリリアンは、今は顔を青褪めさせているけどね。見慣れない面子とのお茶会に加え、被害国からのプレッシャーがあるのだろう。ずっと黙ったまま、話を聞いている。

 それでも嫌だと言い出すことはない。これは彼女が生まれ持った資質なのだろう。

 こういった点は好ましいが、彼女は後ろ盾というものがない。ティルシアを頼りにするのも、限界というものがある。

 では、本日の目的を。


「そういうわけだから。リリアン、いつまでもティルシアだけに頼ってるんじゃなくて、私達との繋がりを武器にしなよ。立場的にも潰される面子じゃないんだし」

「え!?」


 唐突な提案に、驚くリリアン。ティルシアは軽く目を見開いた程度だが、彼女の頭の中では即座にその有効性が吟味されていると見て間違いはないだろう。

 対して、セシル達は納得の表情で頷いている。彼女達は自国のことも踏まえ、サロヴァーラの次期女王との繋がりに価値を感じているらしかった。互いに利がある提案なのです、これ。


「で、ですが、ミヅキお姉様のお手を煩わせるわけにはっ! 私はご迷惑をお掛けしましたし、皆様にもご自分のお立場があるでしょう。……利用するような真似は……」


 謝罪はしたというのに、思い出して落ち込むリリアン。しかも、私を気遣っての発言です。

 ……いや、だから、ティルシア? その『どうです、うちの妹は可愛いでしょう!?』な得意満面の顔やめい。

 ただ、セシル達は意外そうな顔になって、私とリリアンに視線を向けた。


「おや、ミヅキはリリアン姫に『ミヅキお姉様』と呼ばれているんだな?」

「うん。私はティルシアを呼び捨てているし、リリアンも同じように呼び捨てることにした」


 その言い方に、疑問を口にしたセシル以外の人達が納得の表情になった。さすがに察してくれたらしい。


「この子、立場が弱過ぎなんだよ。後ろ盾と称した繋がりを作らなかったのは正解なんだけど、このままだと少し拙いから……」

「ミヅキ様をお姉様呼びするほど仲がよい、と周囲に知らしめておくのですね。ミヅキ様の噂は色々と耳に入って来るでしょうし、サロヴァーラでの言動もあります。恐怖伝説を築くのはそういった意味もありましたか」


 私の説明を補足する形で、ヒルダんが言葉を続ける。バラクシンでも似たようなことをやらかしているので、その効果は期待できると思っているようだ。


「利用するのが嫌なのですね? ならば、理由があれば宜しいのでは?」


 にこり、とエマが微笑む。皆の視線が集中する中、エマはリリアンへと微笑みかけた。


「私達とお友達になってくださいませ。これならば、お互いの立場を忘れることのない繋がりですわよ?」

「え、ええと!?」

「ああ、それならば問題はないな。あくまでも『個人的な繋がり』だ」

「そうですわね。私達といたしましても、有益な繋がりですわ」


 戸惑うリリアンに、次々とかけられる声。ティルシアはその光景を嬉しそうに眺めている。

 ……セシル達はティルシアから合格点を貰っていた模様。却下ならば、言葉を使って妨害するだろう。

 なお、セシル達は同情で言っているわけではない。彼女達にも利があるのだ。


「貴女の立場だって価値のあるカードなんだよ、リリアン。その繋がりがセシル達にとっても有益ってこと! 基本的に、私達は互いに利のある方向に考えるから。それでも友人でいられるよ」


 事実を言えば、更に驚くリリアン。普通に仲が良いから、まさかそういった利害関係の一致も含まれるとは思わなかったらしい。

 ただ、ここにはシスコンもいるわけで。


「驚くのも無理はないわ、貴女はミヅキと違って純粋だもの……でもね、そういった繋がりも必要なのよ? 悔しいけれど、私が貴女の苦難を全て背負ってあげられるわけではないのだから」

「お姉様にこれ以上、背負わせるなんて!」

「私はいいのよ? 貴女のために血塗られたとしても、可愛い妹を守ったことが誇らしいだけですもの」

 

 最愛の妹を宥めつつ、ティルシアは微妙にアレなことを言った。シスコンは本日も平常運転、彼女は本当にブレがない。

 ってゆーか、『ミヅキと違って純粋』ってどういうことだ? 人のことだけ言うんじゃない、お前も同類だろ。


「甘やかすんじゃないっ! リリアンだって成長しなきゃならないんだから」

「この子を守り甘やかすのは、私の存在理由ですっ!」


 諌めれば、速攻で更にどうしようもないシスコンぶりが発揮される。ペシッと軽く頭を叩けば、一瞬じとっとした目で睨むも、ぷいっと横を向いて『言うこと聞きません!』な態度を取るティルシア。

 そんな私達の遣り取りを、リリアンは呆気に取られて眺めていた。


「お姉様がそのような態度を取るなんて……初めてです」


 呆然としながらそう呟くと、不意に表情を穏やかなものにするリリアン。そして、改めてセシル達に向き直ると頭を下げた。


「私は未だ未熟で、王族としては本当に役立たずです。それでもお友達になってくださいますか?」


 彼女なりの自己評価。それは状況的に低くて当然なのだが、リリアンはそれを言い訳にするつもりはないらしい。

 リリアンはこれまで見下され続けてきた。その影響からか、人を恐れる傾向にあると聞いている。セシル達とは殆ど面識がない状態なのだ、この言葉も勇気を振り絞ったに違いない。

 そんなリリアンの姿を見たセシル達は顔を見合わせ――


「ああ、宜しく頼む。私はコルベラ第一王女セレスティナだ。今回はお忍び扱いだが、いずれ正式に挨拶に来よう」

「私はエメリナと申します。数年後にアルベルダのブリジアス領に嫁ぐ予定ですが、お手紙の遣り取りはできますわ」

「バラクシンのヒルダと申します。今は公爵家に籍を置いておりますが、一年後には第三王子であらせられるレヴィンズ殿下に嫁ぐこととなっております」


 それぞれ改めて名乗り――自分達の立場を正しく伝えたことが、彼女達の答えだ――、笑みを浮かべて挨拶をした。ティルシアとは先に名乗りあっているので、これはリリアン個人と友人になったということである。 


「ありがとうございます……! 皆様に恥じぬよう、これから精一杯努力しますわ」

「努力するのは良いことだが、気を張る必要はない。私達とて未だ未熟だ」

「そうですわね。同じですわ、リリアン様」


 感謝の言葉に返される、セシルとヒルダんの言葉。それはリリアンが今まで言われたことがなかった『自分を受け入れてくれる言葉』であり、『対等な存在』と認めるものだった。

 リリアンもそれが判ったのか、とても嬉しそうな笑顔でティルシアに報告している。ティルシアも先ほどまでの不機嫌を直し、リリアンを祝福していた。妹が幸せそうだから嬉しいんだろう。単純な奴である。

 まあ……王女二人の背後では、ティルシアの腹心と思しき侍女が、ひっそりとハンカチで目元を抑えているのだが。やはり、心配だったのだろう。彼女は本当に二人の王女を大切にしているらしい。


「はいはい、姉妹で喜び合うのは後にしなさい。まだ、やらなきゃならないことが残ってるんだから」


 唐突に話題を変える。ちらりと視線を向けた先のティルシアは、私からの合図にひっそり笑みを深めた。

 さて、本日のもう一つの目的といきましょうか。


「そういうわけだから。情報収集、お疲れ様。そして……さようなら」


 言うなり、私の側で給仕をしていた侍女の一人へと氷の刃を向ける。侍女は突然のことに意味が判らないようだったが、それでも命の危機ということだけは理解できたらしく、体を硬直させた。

 リリアンはティルシアに抱き締められ、背後にいた侍女は二人を守れる位置に移動する。そしてセシル達は……面白そうに私達の遣り取りを眺めているだけだった。エリザも余裕の笑みを浮かべている。


「くだらないことをするなと言ったよね。コルベラの王女、そしてバラクシン王族の婚約者が集った場。一体、誰に情報を暴露するつもりだったのかなぁ? これは極秘の集いなのに」

「な、何を仰られているのか、判りません」


 震えながらも言い返す侍女に、ティルシアから冷たい言葉が投げかけられる。


「媚を売って、私のご機嫌を取りたい方は沢山いるのよ? ……お友達を売ってでも、ね」

「な……」


 絶句する侍女に、ティルシアは楽しそうな笑みを向ける。そこには慈悲などなく、ただ獲物を追い詰める強者の余裕が見え隠れしていた。侍女の顔が絶望に染まる。


「こ、この裏切り者が! 祖国を貶め、国を売った王女が……、出来損ないの王女の癖に……っ」


 逃げられないと判ったからか、ティルシアだけではなくリリアンにまで暴言を吐く侍女。僅かにリリアンの肩が跳ねたが、ティルシアは妹を庇うように抱き締めるばかり。

 ……その分、視線は鋭くなっているのだが。侍女はティルシアの地雷を踏みまくっている。 

 

 ――そこへ響く、笑い声。


「おやおや、これは我が国は抗議しなければならないな。このような者を茶会に紛れ込ませるとは」

「本当ですわね。私もレヴィンズ殿下に報告の義務がございますのに」


 彼女達の表情は、言葉とは逆に楽しげなもの。セシルとヒルダんが『事実』を口にした途端、ティルシアはリリアンを一時的に離して二人に微笑みかけた。二人もまた、ティルシアへと微笑んで一つ頷く。

 その光景に、侍女は首を傾げた。漸く、『何かがおかしい』と気づいたらしい。

 彼女が疑問を口にするよりも早く、ティルシアが口を開く。


「申し訳ございません、お二方。そちらからの抗議の下、必ずや筋を通させていただきますわ」

「え……?」

「このような間者を紛れ込ませてしまったのですもの、非礼をお詫びすることは当然。……処罰も当然、ですわ」


 そう言って、呆けたような表情をする侍女に向け、ティルシアはにやりと笑う。セシル達もまた、侍女へと顔を向けていた。

 侍女は未だ状況を理解できていないらしい。それならばと、私はわざとらしく解説を。


「判る? 『他国からの抗議』を受けて、サロヴァーラは『見合った対応をしなければならない』のよ。貴女は『他国の王族を不快にさせた』。けれど、その時点で責任を問われるのはサロヴァーラという『国』。だけど、貴女は王女達を罵ったから……『貴女が王女達の手の者という線は消える』わね」

「あ……!」


 状況を理解した侍女が青褪める。ティルシアが反論しなかった理由に思い至って。


「今更、遅いって! 王女達はサロヴァーラの王族として誠意を見せなければならない! つまり、貴女達一派の処分!」


 くすくすと笑う私達。魔導師、王族の姫、公爵家の令嬢……そういった立場にある者達が楽しげに笑う姿は、この場に酷く不似合いだった。 セシル達の護衛と問題の侍女の逃亡阻止の役目を請負ってくれたエリザとて、手にナイフを遊ばせながらも楽しげな笑みを浮かべている。

 その異様さに、待ち受ける未来への恐怖に、侍女は顔を引き攣らせる。先ほど向けた氷の刃が、彼女の恐怖を煽っていることも一因だろう。

 その上、エリザの手にあるものを見てしまえば……逃亡どころか、お仲間に連絡を入れることさえ不可能だと悟るに違いない。エリザ達のナイフ投げの腕前は噂になっていたはずだしね。


 私達は『これが当然』。先手を打ったのはそちらなのだから、私達がそれを利用して何が悪い?


「貴女と、貴女の飼い主、それから、それぞれの家が処罰対象ね。ふふ、他国の王族の不興を買ったなら、これくらいの規模は当然。ああ、王族に対する間者行為だから、サロヴァーラ側から見ても処罰対象か」


 私が楽しげに口にすれば。


「我々の目の前で、二人の王女を罵っているからな。私達が証人であり、言い逃れはできん」


 セシルが頷いて、自分が証言する気だと明言した。


「セシル、それだけではありませんわ。彼女は随分と王族というものを見下していらっしゃいますもの。我が国、いえ他国において、そのような真似は許されません。今回は『仕掛けた者達が、コルベラとバラクシンさえも軽んじている』と、受け取られるやもしれませんわ」


 エマは『この一件がもたらす影響』をわざわざ教え。


「貴族という特権階級を主張するのならば、王族はそれ以上に特別だと知っていて当たり前なのですけど。それなのに、あの暴言……この場合、彼女はサロヴァーラの王女様方のお立場を悪くなさろうとしたと思うのが普通ですわね」


 ヒルダんが冷静に、『侍女の目的は王女に恥をかかせること』という流れに持っていく。

 次々と紡がれる言葉に、侍女は言葉がないようだった。リリアンは罵られたことも忘れて、呆気にとられている。

 なお、この一連の流れに打ち合わせなどない。私が伝えたのは『間者がいるかもしれないんだって。それって、自滅覚悟で王女二人に責任を取らせようとするのが目的でしょ』という言葉のみ。

 後は、彼女達が勝手に言葉を重ね、それが正しいかのような流れに持っていってくれた。


 当事者達の推測なのである。身分のある皆様直々の証言なのである……!

 誰が『それは勘繰り過ぎだ』なんて言える? 実際に、侍女は王女達を罵っていたじゃないか。


「どう考えてもそっちでしょ。茶会のセッティングは王女達なんだから。ま、あんたが罵ってくれたお陰で、すんなり馬鹿どもの駆除はできそうだけどね。同時に反逆罪確定、おめでとう!」

「貴女方の策ですわよ? 私達は皆様に誠実な……いえ、当然の対応をさせていただくまで。これまでと同じようにはいかないのです。今後は我が国であろうとも厳しく取り締まられますわ」


 断言するように告げられる『魔導師の言葉』と『第一王女の決定』。侍女はさすがに気力が尽きたのかへたり込み、引き摺られるように騎士に連行されていった。

 そして、再び戻る和やかな空気。ティルシアはリリアンへと向き合う。


「リリアン、優先順位をつけなさい。情けをかけ続けた結果が、我が国の惨状なのです。時には過ぎるほど厳しい処罰も当然のこと。血塗られるのは私だけど、貴女も覚悟を持たなければ」

「は……い。はい。そうですね、お姉様」


 今の一幕を見ていたせいか、リリアンはティルシアがこれまで担っていたものを理解したらしい。顔を強張らせはしたが、それでもはっきりと頷いた。


「リリアン、お勉強といこうか。今やったように、他国の地位ある人達の証言ってかなり影響力がある。私の場合は地位というより、単純に暴力方面だね。後は柵のない立場ってやつ。これはセシル……セレスティナ姫を守護役の一人にして、利用しようとする輩からの干渉を防ぐことにも使われている」


 そうだよね? と視線を向ければ、セシルは勿論だと言うように頷き返してくれた。そして、セシルはリリアンへと顔を向ける。


「私も君達の友という立場だ。一国の王女との繋がりはそれなりに有効活用できるだろう」

「私も混ぜていただきましょう。未来のバラクシン第三王子妃ならば、それなりに効果があるやもしれません」


 セシルはヒルダん共々、自分達との繋がりを利用しろと口にした。自分達がそれを口にすることで、リリアンの罪悪感を和らげたいらしい。

 まあ、身近にいないタイプだものね。『放って置いても何とかしそうな女傑ども』にしか縁がないと、リリアンのような子は応援してやりたくなるものだ。


 しかし、実の姉がティルシア。『どこに向かわせても、策を講じて頂点に君臨しそうな生き物』ことティルシアは、間違いなくリリアンと血が繋がっている姉なのだ。


 遺伝子の不思議である。母親が何もしていないところをみると、性格は母譲りということはないだろう。あれか、アルみたいに『性格に難が出た異端』とやらか。

 ただ、リリアンやサロヴァーラにとっては良いことだと推測。

 リリアンの言葉なら、ティルシアは無視できないもの。妹主導の下、平和的にその能力が発揮されることだろう。

 ティルシアみたいなのが二人いたら平穏とは程遠い国になりそうだし、これはこれで釣り合いが取れているのかもしれない。

 まあ、馬鹿なことは置いておいて。

 利用の仕方は多種多様、けれど適切な状況を選んで助力を仰げば、それなりの成果を期待できるだろう。ティルシアも側にいるし、今後に期待しよう。


「私はお姉様だけではなく、ミヅキお姉様にも守られてばかりですわ。このままでは、皆様にも頼るばかりになってしまいそうですね。本当に、自分の未熟さを恥じるばかりです」

「リリアン、一緒に考えましょう。彼女達は私達二人を友人と言ってくれるのだから」


 落ち込みかけるリリアンをティルシアが励ます。そんな姉妹の姿は大変微笑ましい。


「こういった繋がりは我々にとっても利となるものだ。それにミヅキには返しきれない恩がある。個人的にも、君達の手助けとなるならば喜ばしい限りだ」

「個人的な繋がりではありますが、こういったものも馬鹿にはできませんのよ? それに……ミヅキ様にご恩があるという点では私も同じですわ。皆、同じですわね?」


 二人の言葉に、姉妹は顔を見合わせて笑みを交わす。からかうように言われた『同じ』という言葉に、奇妙な連帯感と親近感を覚えたのかもしれない。彼女達の遣り取りに、さくっと何かが突き刺さる。

 私は魔王様には返しきれない恩どころか、一生頭が上がらないレベルですが、何か?

 基本的に『互いを利用する』という方針だろうとも、魔王様に関しては返すものがほぼないのだ……だから保護者なんて言われてるんだけどさ。

 あれですよ、『与えたり、守ったりする側』という認識。私を諌めることもあるけれど、どちらかといえば、こういった姿勢が保護者扱いされている理由だろう。

『あいつが言うことを聞くのも、自分以上だと認識しているからだろ』と、誰もが納得しているのが現状なのだ。魔導師は頭脳労働職なので、間違ってはいない。

 さすが魔王様です、周囲も納得の有能さ! そんな完璧な王子様にアホ猫が与えられるものは……日々の笑いくらいでしょうかねー?


「ありがとう。漸く、この国も変われそうだわ」


 そう言って、ティルシアは深々と頭を下げる。リリアンも慌てて姉に倣い、頭を下げた。

 血塗られた王女の微笑みは、これまでとは比べものにならないほど温かかった。彼女もまた、漸く本来の笑みを浮かべることができたのだろう。

きゃっきゃと楽しげに遊ぶ女性達。嘘は言っていない。

姉妹は無事に、互いに利がある友人ゲット。微妙に恐ろしい人ばかりなのですが、

リリアンは気づいていません。

全員、一番大事なのは自国なので、何の問題もなし。

これでサロヴァーラ編本編は終わりです。

後は幕間にて後日談や小話を投下予定。

※来週の更新はお休みさせていただきます。

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