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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
サロヴァーラ編

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魔導師の遊戯 其の五

――サロヴァーラ・ある一室にて(エルシュオン視点)


「……以上が、魔導師殿に対する彼らの態度です」


 怒りを滲ませた声音と厳しい表情で、一人の騎士が報告を終える。

 目の前のテーブルには一つの魔道具。それが伝えてきた内容――映像と音声――は、この場にいる者達にとって、非常に不快になるものだった。

 特にサロヴァーラ王は、私が無意識に向ける威圧さえ気にしていられないらしい。眉間に深く刻まれた皺に、その握り込まれた手に、彼の怒りが窺えた。


 魔道具が伝えたもの。

 それはミヅキ一人に対して、一斉に攻撃を仕掛ける騎士達の姿であり。

 攻撃以上に、彼らはミヅキへと憎々しげな視線を向けていた。


 誰が見ても『反省し、謝罪する姿』ではない。そんなことは嫌でも判る。

 手合わせだとしても、ミヅキが使うのは魔法のみ。しかも、武器さえ携えていない状態だ。

 一斉に襲い掛かるなど、騎士の行ないではない。手合わせどころか、痛めつけることが目的の私刑か何かではなかろうか。

 何より、彼らの視線。あれは反省する者の目ではなかろう。憤り、不満を持つ者の目だ。


「……。あの者達は己の立場が判っていないのか」


 深い溜息と共に、サロヴァーラ王が騎士へと視線を向ける。対する騎士もいたたまれないのか、若干視線を落としながらも口を開いた。


「罪の意識そのものがない……のではないでしょうか。彼らは魔導師殿に直接何かをしたわけではありません。そのせいか、処罰自体を不服と思っている可能性があります」

「傍観していただけ、というのも罪じゃないのかい。彼らは騎士なのだろう?」


 つい、口を出してしまえば、騎士は申し訳なさそうな表情のまま深く頭を下げた。


「申し訳ございません! 我が国の教育は、まさにお言葉のとおりにございます。偏に、彼らの職務態度を諌めきれなかった我々に責任がございます」


 その誠実な姿に、サロヴァーラの騎士全てがああいった状態ではないのだと知り、安堵する。

 騎士の中には貴族出身の者も多い……この国は特に貴族達の力が強かった。その影響が出てしまった結果なのだろう。

 実家が力を持てば、当然それに連なる者達の意識とて変わってくる。『お貴族様』のままだろうとも、下手な注意などできまい。迂闊に注意をした挙句に辞職を余儀なくされ、まともな騎士が減ってしまっても困る。


 それこそ、ミヅキがこういった手段を取った理由なのだろう。

 すなわち……『権力には権力で対抗』。多少の抗議など押さえ込める状況を作り上げたのか。


『被害国の代表』という立場の者に『反省しない騎士の姿』を見せつける。ただでさえ、サロヴァーラの評価は地に落ちているのだ。そこにこんな映像を見せれば、嫌でも不快になろうというもの。

 最低限、この者達を叩き出せという声は上がるだろう。この場合、いくら彼らの実家が力を持った貴族であろうとも意味がない。我々は『国の代表』であり、その権力は桁違いなのだから。

 しかも、こちらにはキヴェラがいる。イルフェナ共々、こちらは実力行使可能なのだ。その上、今回の被害者である魔導師も加わるので、サロヴァーラが否と言えるはずもない。

 

 日頃は貴族達が煩かろうとも、今回ばかりは彼らも黙るしかないだろう。

 状況を見極めそこなった愚か者を切り捨てない限り、明日などないのだから。


「あの者達を騎士にしておくわけにはいかん。家に戻ってもらおうか」


 サロヴァーラ王が厳しい表情のまま、宣言する。この場に集う者達――各国の代表達――の前での言葉は重い。口約束だろうとも、覆すことは不可能。

 それを実行できねば、サロヴァーラ王は今後、我らの仲間とは認められないのだから。『王の言葉は重い』という意味が、嫌でも痛感できる瞬間だ。


「はっ! では、そのように取り計らいます」


 騎士も王の判断を歓迎しているらしく、一礼すると即座にマントを翻して退室していく。その様に、安堵を覚えたのは私だけではないだろう。国を立て直すことが不可能ではないと、知れたのだから。


「処罰はお約束しよう。貴方達にも不快な思いをさせて申し訳ない。特に……エルシュオン殿下」


 そう言って、サロヴァーラ王は私に視線を向けた。威圧を感じるだろうに、その目は真っ直ぐに私へと向けられている。


「貴方は魔導師殿の後見人であり、彼女を可愛がっていると聞いている。本当に申し訳ないことをした」


 言うなり、深々と頭を下げるサロヴァーラ王。異世界人には家族というものがいないゆえに、保護者のような認識をしたのだろう。

 まあ、それは間違いではない。間違いではないのだ、決して。



 だからこそ、こんなことを計画する馬鹿猫の飼い主として!

 謝罪しなければならないだろう、どう考えても!



 現に、今回も同席しているグレン殿は大変生温かい目で私を見ている。その目は『大変ですね』と言っていた……やはり、このまま済むとは思っていないらしい。

 彼はミヅキの性格を熟知しているのだ。『処罰確定』の報を聞いたミヅキがどのような行動にでるかなど、お見通しなのだろう。


「頭を上げてください。私こそ、貴方に謝罪しなければならないのだから」

「は?」


 頭を上げ、怪訝そうな表情をするサロヴァーラ王。そんな彼の人の姿に罪悪感を覚えつつ、後ろに控えていたクラウスに声をかける。


「ミヅキに連絡がつくかい?」

「勿論です。現在も通信中ですが……少々、音が聞き取りにくいと思われます」

「何故かな?」


 疑問を口に出すと、クラウスは一瞬サロヴァーラ王を気の毒そうな目で見た。


「現在も、先ほど魔道具によって伝えられた状態が継続中だからです。剣の弾かれる音が絶え間なく聞こえますので、ミヅキが自身に張った結界へと絶えず攻撃がなされているかと」

「……」

「本当に……っ、本当に申し訳ない!」


 思わず、部屋にいたほぼ全員の視線がサロヴァーラ王へと集中した。そのサロヴァーラ王は、先程よりも深く頭を下げて謝罪の姿勢だ。

 彼の誠実な人柄が窺える一幕である。馬鹿がいるだけではなく、この事態が『ミヅキによって作り上げられたもの』であることも含め、涙を誘う展開だ。

 しかも、さらに酷い状態になるなど……気の毒過ぎて言えない。

 それでもこの茶番を終わらせなければならないので、クラウスから魔道具を受け取ってミヅキと通話を試みた。


「ミヅキ、聞こえるかな?」

『あれ、魔王様? ……ああ、話し合いは終わったんですね。ご機嫌麗しゅうー♪』


 即座に、物凄く呑気な声が聞こえてきた。皆の表情が怪訝そうなものへと変わる。

 ……。

 私の機嫌が麗しいかは別として。……君の声はこの部屋にいる人達にも聞こえてるんだけど。

 いや、それ以前にね? 君は今、騎士達の総攻撃を受けているんじゃないのかい!?


「クラウスは今、君が総攻撃を受けていると言っているんだけど」

『受けてますよ? でも、誰一人として結界を揺らがせたり、ぶち抜いたりできないんですよね。騎士寮面子って、三重くらいに結界を張っていても皹入れたり、壁に吹っ飛ばすくらいはするじゃないですか。さすが、国の恥。どこに出しても恥ずかしい、役立たずっぷりです』

「……」


 さらりと告げられた『事実』と『毒』に人々は呆気にとられた。サロヴァーラ王も何と言っていいか判らないらしく、沈黙している。

 ミヅキが接することができる人が限られているとはいえ、彼女の基準は騎士寮に暮らす者達。彼らは特に優秀なのだと伝えたはずなのだが……基準が彼らとなっているらしい。

 ただ、ミヅキ一人にその状態というのも少々、情けないかもしれない。


「ええと……とりあえず無傷なんだね?」

『この程度じゃ、掠り傷さえ無理ですね。っていうか、怪我をしたら私に負けてきた人達の立場がないでしょ! キヴェラの騎士団長さんとか、両腕の骨や武器が砕かれ、足は凍り付いてるのに戦意は喪失しませんでしたし。セイルの立場を知って【勝てるはずない!】なんて寝言言う奴らに負けたら、騎士寮面子に説教くらいますよ』

「……」


 無言になる人々が続出した。そして、今度は私へと視線が向けられる。

 ……ミヅキは日頃、アル達にどういった扱いを受けているのだろうか? 完全に彼らの仲間として認識され、鍛えられていっているような。

 ただ、今の言葉に感心したような表情になる者もいる。それは良いことだと、ひっそりと思った。

 今の『キヴェラの騎士団長を認めている』とも受け取れる発言は、『魔導師とキヴェラが険悪である』という思い込みを壊す要素になるに違いない。

 普通ならば根に持つのだろうが、ミヅキは切り替えが物凄く早い。というか、農地の交渉やゼブレストへの謝罪であの一件は決着しているので、流すしかないとも言う。

 不可侵条約を結ぶ予定があることを踏まえると、キヴェラが孤立しているような認識は宜しくない。そういった思い込みを壊す意味でも、こういった発言は好ましかった。

 まあ……ミヅキのことだから、狙って口にしている可能性もあるのだけど。


「魔導師殿は敵だろうとも、認めるべきものは認めるのですな」


 どこか嬉しそうに、キヴェラの代表が口にする。敗北したとはいえ、その強さの象徴が評価されることが嬉しいのだろう。

 どことなく穏やかな空気になりかけ……けれど、それを壊すのもミヅキだということを私は忘れていた。


「ミヅキ、彼らは騎士でなくなる。処罰は確定だ。だから……」


 遊ぶのは止めなさい。そう続くはずだった私の言葉は、口から出ることなく消えた。


『マジで!? やりぃ! じゃ、早速ですが、報復に移りますね! いやぁ、防戦一方なもので、ストレス溜まってたんですよ! 弱いから、面白くもないし』

「……え?」


 私だけではなく、こちらにいる人々の心の声さえハモった気がした。同時に頭痛を覚えて、掌で額を覆う。

 うん、この展開になるのは判っていた。それなのに、穏やかな空気に流されるまま、騎士達の処遇を伝えてしまった私にも責があるのだろう。

 私の言葉を遮るように、ミヅキは歓声を上げた。回避不可能な災厄はこれから牙を剥くのだ……!

 ミヅキの歓声に、凍りついた室内の面々。その視線は、一斉に魔道具へと注がれる。


『それでは、奴らの阿鼻叫喚をお聞きくださいませー!』

「は!? いや、ちょ、ちょっと待ちなさい!? この会話は他の人にも聞かれているんだから……!」

『嫌でーす。私は異世界人凶暴種にして、世界の災厄たる魔導師ですよ? 十倍返しは当然ですし、寧ろやらなきゃ嘗められます。それにこのままだと、大人しく処罰に従わないでしょう。素直に退場してもらうためにも、躾や教育、調教といったものが必要です!』

「だからっ……! 躾や教育はともかく、調教は違うと言っているだろう!?」

『私が施す時点で、大差ありませんよ。そもそも、こいつらのルールって【強者に従う】ってやつでしょ? 正しい行ないじゃないですか。苦痛と恐怖と羞恥心で完膚なきまでに心を折ることになったとしても、従ってもらいましょう』


 とんでもない単語に、皆の顔が引き攣る。いやいや、君は一応、被害者なんだよね? そういう設定だっただろう!?

 突っ込みたいが、当のミヅキが絶好調なのだ。無駄に頭が回る娘は、こういう時にやりにくい。

 それでも最後の抵抗を……とばかりに、あまり意味のない説得を。


「君は女性だろう!」

『あ、さっき化け物って言われたので、その言葉は無意味です』


 さらっと返された。思わず、がっくりと項垂れる。  

 ……。

 誰だ、最後の砦を壊しやがった馬鹿は。この言葉が出た以上、ミヅキはノリノリで化け物になりきるに違いあるまい。

 化け物=人の法に縛られない。この事実が成り立ってしまうため、黒猫は盛大に『遊ぶ』のだ。


 普通は人を傷つける、この言葉。

 異世界人凶暴種にとっては、自身の外道な行ないが許されてしまう『素敵な言葉』である。


 そうしている間にも反撃が開始されたのか、こちらには先ほどとは違う声と音が届きつつあった。

 例の騎士達はミヅキが弱者ではないと悟ったのか、『魔法は卑怯だろう!?』などと言っている。思わず顔を顰める者が出る中、私は微妙に納得していた。

 まあ、『通常の』魔法を前提とするなら、ミヅキの使う魔法は卑怯とも言える。無詠唱に加えて複数行使が可能など、規格外もいいところなのだから。


 だが、こちらにその光景は見えていない。ならば、どう思われるか?


「まったく……一人に複数で襲い掛かる方が遥かに卑怯であろうに」

「恥を知らんのでしょう。こやつら以上の愚か者達に周囲を固められては、サロヴァーラ王もご苦労されたことでしょうな」 


 ミヅキを知らない人々は口々に連中の醜悪さを批難し、よりサロヴァーラ王への同情を深めていた。

 さすがにこれを狙っていたということはないだろう……多分。

 微妙な気持ちになりつつも、聞こえてくる声に意識を向ける。一般的には被害者だろうとも、相手はミヅキ。正直言って、彼女の報復がまともなものとは思えなかった。


『魔法が卑怯? 今まで誰もそんなことを言い訳に使わなかったけど? 魔法の使い手が襲撃してきた場合、どうするのよ? そもそも【勝てない】じゃなくて、【何があっても勝たなきゃならない立場】でしょ、あんた達。そんな恥ずかしい言い訳を並べてるなら、さっさと騎士を辞めれば? 役立たずなんだし』

『貴様に言われたくはな……ぐ!?』

『はい、黙って聞けー。それってさぁ、自分より強い奴が襲撃してきたら【素直に道を開ける】ってことでしょ? それだけで十分、辞めさせる理由になるじゃない』

『そ、それは……』


 割 と ま と も な こ と を 言 っ て い る … …!

 予想外の言葉に内心驚くも、連中が反論できない態度をこれまで見せていたのは事実。僅かに聞こえる守護役――セイルリート殿とジークフリート殿だろうか?――の声も、ミヅキの意見を後押ししていた。

 ただし、それで終わるミヅキではないわけで。


『美味いエサをくれるなら主でなくとも懐く馬鹿犬、あんた達が玩具振り回したって怖いはずないでしょ!』

『ちょ、ちょっと待て! 何だ、この氷片の数……っ』

『言いたいことがあるなら、この程度は避けてから言ってごらん、この駄犬! 守るべき主を貶める発言をする奴が騎士を名乗るな、この面汚しどもが!』

『待て! 待ってくれ! さすがに避けきれなっ』

『煩い。さすが、駄犬。キャンキャン吼えるばかりで掠り傷さえ負わせられないなんて! はっ、所詮は継ぐ家もなく仕方なしに騎士になったボンクラ息子。武器を持ってもボンクラなのね。だったら……要らないでしょ?』

『な!? 武器が砕け……』


 ……。

 本性が出てきたようだ。しかも武器破壊をしてないか?

 この状況で、武器すら破壊する。ミヅキは正真正銘、鬼畜である。彼らには避けるしか生き長らえる手段がない。


『ほらほら、どうしたの? 立ち止まったら死ぬわよ? うっかりザクッっとやっちゃっても仕方ないわよねぇ……貴方達は私に暴言を吐いたし? 魔導師がどういう存在か有名よねぇ?』


 いたぶるような発言の後、何かを踏みつけるような鈍い音と呻き声。

 これは、おそらく……。


「どうやら、力尽きて倒れ込んだ者を踏みつけたようですね。ミヅキの性格からして、踏まれた男が暴言を吐いた一人ではないかと思われますが」

「いやいや、冷静に解説をしている場合じゃないだろう!」


 さらっと解説するクラウスに突っ込めば、クラウスは涼しい顔をして一言。


「守護役が止めていないのです。止めても無駄、ということでは?」


 大変嫌な現実を言った。反論できずに黙り込む私の姿に、周囲の人々は顔色を悪くさせていく。

『異世界人凶暴種』。その現実を彼らは知ってしまったのだ。『守護役達が溺愛している』などという噂は信じていなかっただろうが、それにしたってこの展開は予想外だろう。


『王族に対する忠誠心もない役立たずに使う金なんざ、この国にはないんだよ。さっさと実家にお帰り、穀潰しども。ああ、忘れているようだけど……私は【王を糾弾する連中に利用されかけた】の。あんた達って、半数以上があいつらの血縁だってね? 一族郎党、覚悟はできてるんだろうなぁ……?』

『ひっ……ば、化け物』

『まだ言うか。これでも女性達の憧れの騎士様達に(様々な意味で)大人気の乙女なのに』

『そのとおりです! 彼女は理想の女性ですよ!』


 ミヅキの発言に続く、よく知った声に半目になる。

 ……。

 

 そ こ に 居 た の か い 、 ア ル ジェ ン ト 。


 周囲の人々は驚愕の表情となり、アルの性癖に理解のあるグレン殿は哀れみの籠もった生温かい目で私を見た。

 ああ、これはミヅキも止まらないだろう。つまり、『守護役達が誰一人として諌めていない』のだ!

 今回はミヅキが殺されかけている。それが守護役達自身や、彼らの主に該当する存在の逆鱗に触れたのだろう。

 ルドルフから派遣されたセイルリート殿はミヅキと一緒になって奴らを殺しそうだ。確か、本人も殺害上等な思考をしていると聞いている。

 セレスティナ姫とて、ミヅキと仲がいい。今回のことを不快に思っているのは間違いないだろう。

 ジークフリート殿は、ミヅキの凶暴さが彼の至上とする『強さ』に認識されている上、今回は強化剣という報酬が約束されていた。

 この報酬はジークフリート殿の命を繋ぐ意味もあるので、常識人であるキース殿もミヅキを諌めまい。


 つまり、ジークフリート殿(大事な幼馴染)>(超えられない壁)>馬鹿ども。


 あの騎士達は様々な暴言をミヅキに吐いていたらしい。ならば真っ当な騎士であるキース殿に嫌悪され、比べる対象にすらなっていない可能性もある。現に、彼の声は聞こえてこない。

 連中は自業自得の果てに、最後の良心から見捨てられていた模様。こうなると、打つ手なしだったろう。

 そして、アルジェント。彼は難儀な性癖もあるが、冗談抜きに『ミヅキが理想の女性』とのたまう希少種。ミヅキに虐げられている連中への嫉妬と羨ましさから、絶対に、絶対に! ミヅキを諌めない。

 クラウスは参戦こそしていないが、涼しい顔で私の護衛を担当しているので、こちらに魔導師の恐怖を伝える役でも自負しているのかもしれない。

 魔法による攻撃を相殺できそうなクラウスがこちらに居るあたり、微妙な悪意を感じるが……偶然だと思いたい。


「魔導師殿は相変わらず元気だね……」


 乾いた笑いを漏らすガニアの王太子殿下。サロヴァーラには無関心なのかと思っていたら、どうやら事情があっただけのようだ。この集いとて、次代の王が来ることで誠意を見せていた。

 まあ、彼の『サロヴァーラ王からの要請がない以上、こちらは何もできないよ』という言葉も事実である。要請もなく勝手に動けば、侵略行為や内政干渉と受け取られかねない。

 ただ、『相変わらず』という言葉に引っ掛かりを覚えた。視線を向けると彼も意味が判ったのか、笑いを堪えながら理由を口にした。


「キヴェラの一件の際、密かに私がコルベラへと赴いたからね。魔導師殿に接触はしていないけど、彼女の言動は興味深く見学させてもらったよ」

「ああ、あの謝罪の時ですか」

「うん。まあ、衝撃的ではあったよ……拳も使うんだね、魔導師って」


 若干、遠い目になっているのは気のせいだろうか? 『ミヅキが特殊なだけ』と言っておくべきか迷うも、他の魔導師を知らないので、肯定も否定もおかしい気がする。

 そんなことで悩む私を現実に引き戻したのは、更にとんでもないミヅキの台詞。


『ふむ、子作りできない体にするのもいいかも。馬鹿の血じゃ期待できないし、馬鹿が親なら子供も真っ当に育つ可能性低いものね。うん、我ながら名案!』

『あ、その場合は薬なんて温い真似はしないから。宦官ってのもいるし、切り落としても死なないわよ。手当てくらいはしてあげるわ……生き延びた方が地獄だもの』

「止めなさい、ミヅキ! アル! そこに居るなら止めなさい!」


 ぎょっとして思わず叫ぶも、室内の空気は完全に凍り付いていた。ちなみに、室内には男性しか居ない。己に向けられた言葉でなくとも、十分に心を冷やす類のものである。

 

「そ、その、エルシュオン殿下? 魔導師殿は……冗談を言っているだけでは?」


 顔を引き攣らせたサロヴァーラ王が、それでも取り繕うかのように尋ねてくる。頷けばいいだけだ。それを期待しているのだと、私に向けられた人々の目が言っていた。

 だが――


「エルシュオン殿下。話し合いは一旦休止にしましょう。どうぞ、保護者の責任を果たしてください。どちらかと言うと、我々の心の平穏のために」


 ミヅキの同郷、グレン殿の理解に満ちた言葉が突き刺さる。彼の言葉は重かった……彼は『やりかねない』と判断したのか。

 室内に微妙に漂う絶望感。そんな彼らを放置していくことに心を痛めつつも、保護者としての責任感から深々と頭を下げる。


「うちの馬鹿猫がはしゃぎ過ぎているようだ。大変申し訳ない……!」

『……』

 

 誰からも言葉はなかった。ただ、視線だけが突き刺さる。

 そこに『魔王』と呼ばれる存在への恐れなど、欠片もない。あるのは哀れみと、『魔導師を止めることが可能な存在』へと向けられた多大なる期待だけ。

 

「この一件で、殿下への認識が一気に変わりましたね」


 薄っすら笑みを浮かべたクラウスが憎らしい。……まさか、わざとやっていないよね?

親猫、苦労しまくりな一幕。クラウスは従者モードでそ知らぬ顔。

印象改善を狙っているのでは?と疑う一面もあるけど、この面子の前では聞けず。

知れ渡る主人公の本性に、魔王殿下は救世主扱いへ。

多分、今回の報告を受けたルドルフに爆笑されます。

※魔導師11巻のお知らせを活動報告に載せました。

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