魔導師の遊戯 其の四
魔王様達に手紙を送ってすぐ、『計画に賛同する』とのお達しが来た。色々と準備もあるし、私の役目も判っているから、こちらに来るのは数日後とのこと。
商人達は先行して動かしてくれたらしく、城には徐々に嘆願書が届きつつあった。
しかし、この事実は伏せられていたりする。
ある程度の量が溜まってからでないと効果がないし、今知られたら貴族達が握り潰そうと動く可能性があるのだよ。
そういった可能性を徹底的に排除すべく、私は本日も盛大なイビリ……じゃなかった、おしおきに興じていたり。
『魔導師の恐怖』はフェイクとしては最高なのだ。利用しない手はないだろう?
何せ『明日は我が身』という人多数の、この状況。聞こえてくる噂に、戦々恐々としている人がかなりの数に上っているのであ〜る。
つまり、心当たりがあるということだね?
そうか、そうか! 遠慮は要らん、是非とも参加してくれたまえ!
余談だが、侍女の方はエリザとエマに完全に任せている。セシルをそちらを置いてきたので、『虐げているのではなく、厳しい指導です』という証言もバッチリさ!
コルベラ王女直々の証言があるので、侍女達が『不当だ!』なんて喚いたところで、そんな言い分は通用しない。罪人一歩手前な連中の抗議より、王族の言葉が優先されるのは常識だ。
素晴らしきかな、権力! 証拠隠滅を可能にする身分制度に乾杯!
奴らは忠誠心よりも、強い者に媚びる方を優先してきたのだ……今回は私達が『強者』なので、この対応に不満なんて出るはずはない。
大人しく従ってもらおうじゃないか、身分制度は理解できてるだろうしね?
強い者に従う方針でこれまでやってきたのだ、こういった展開も納得していただこう。異議は認めない。
で。
本日、私は何をやってるかと言いますと。
「しかし、お嬢ちゃんも極悪なことをするな」
「やだなー、アルが忙しいから応援を呼んだだけじゃない! 私を野放しにする方が拙いでしょ」
呑気にお世話係こと、キースさんとお話中。目の前では、馬鹿騎士ども(複数)VSジークの一戦が繰り広げられております。
……。
ええ、ただの手合わせですよ? どう見ても一方的な蹂躙にしか見えなくとも、それは奴らが弱過ぎるだけなのです。
セイルは壁に寄りかかりながら、にこやかに観戦しております。というか、最初はセイルがやるはずだったのだ。
チェンジが起きたのは、セイルの立場を知る奴らが文句を言ったからである。
『そちらはクレスト家の方……しかも、王の親衛隊長でしょう! 実力が違い過ぎます!』
『将軍の地位を賜わる方と我々では実力に差があって当然です!』
こんな感じに抗議しやがったのだ。……本能的にヤバさを感じた、とかではないと思いたい。
まあ、連中の言い分も一理ある。セイルの立場を考えると、弱者ということはありえない。紅の英雄に次ぐ実力者、くらいの認識をされていても不思議じゃないものね? ルドルフを守る立場なんて。
そんな訴えを聞き、私は彼らに理解を示すことにしたのだ。
今現在の私のキャラクター設定は『心優しい乙女』(笑)。
それくらいの気遣いはしてやろうじゃないか。
とはいえ、アル達も忙しそうだ。ならば、私が伝手を使ってセイル以外を呼んでやろうと思ったのです。
……ただし、呼べるような知り合いは守護役しかいないけど。
そんなわけで、脳筋美形ことジーク召喚。ジークは他国に顔を知られていない上に、立場も一般の騎士。近衛ですらないので、連中の言い分に適っているだろう?
何より、無駄に顔が良い。
奴らの劣等感を煽る存在としては、最適なのだ……!
この読みは大当たりで、連中はジークを侮っていた。というか、自分達(複数)の相手が一般の騎士一人という現実に、プライドはいたく傷付いたらしい。
ジークも奴らの弱さを感じ取ったのか、話をした当初は難色を示した。
『雑魚の相手をするのか? 鍛錬にもならないぞ?』
……こんな台詞を、初っ端から吐きやがったのだ。そりゃ、奴らも怒り狂うわな。
ただし、ジークは清々しいまでに脳筋なので、嫌味や相手を軽く見た上での発言ではない。
正真正銘、それが彼にとって『事実』というだけである。
ただ、ジークの見た目も相まって、そんな発言が見下しているように聞こえることも事実。
ジークの強さを知っていれば納得できる発言なのだが、連中はそんなことなど知るはずもない。こちらの思惑どおりに憤った挙句、この手合わせとなったわけです。
自分で逃げ道を塞いだのだ、連中はただのアホである。
折角、ジークにやる気がなかったのにね? このままスルーしていれば、少なくとも『プライド木っ端微塵』という事態と、『カルロッサの一般騎士一人にボロ負け』という評価は免れたのに。
やだなー、お馬鹿さんなんだからぁ♪
私こと魔導師の知り合いなんて、警戒して当然なのにぃ♪
当たり前だが、私に罪悪感などというものはない。奴らの要望に応えて、『近衛騎士ではない』、『名も知られていない(家名の方が有名なので、本当)』奴を用意しただけだもの。
ジークが戦にでも出ていればともかく、未だ英雄的エピソードはないのだ。彼の評価は『英雄の末裔に相応しい能力を持った者』であり、フェアクロフとしてはそれが当然。
要は、未だ目立ってないのです。そりゃ、北にあるサロヴァーラは知らんだろうよ。
余談だが、ジークのバイト代は『強化した剣』だったりする。ただし、管理はキースさんにしてもらうという条件で。
あの大蜘蛛のような奴が他にもいるかもしれないし、タイミングよく私が駆けつけられるか判らないという心配もある。
そもそも『攻撃が通らない』という事態になれば、ジークがいたところで被害を食い止めることも厳しいだろう。全滅回避のためにも、これは必要と判断させてもらった。
キースさんに管理を頼むのは、必要な時を見極めてもらう必要があるから。おそらくは、強敵オンリーの使用になるに違いない。
ジークも日頃は必要と思わないらしく、この条件に納得してくれた。彼は脳筋だが、理由を説明してやればちゃんと理解できる子である。……応用とかは無理そうだが。
「ところで、何でお嬢ちゃんは何もしないんだ?」
ジークの一方的な蹂躙を眺めていたキースさんが、不意に話を振ってくる。首を傾げると、『誤魔化すな』とばかりに額を突かれた。
「痛いじゃないですか」
不満げに返すも、キースさんは誤魔化されてはくれないようだ。腕を組んで、じとっとした目を向けてくる。
「質問に答えろ。……あれはジークがやる必要はないよな? 痛めつける……っていうか、圧倒的な強さを見せつけるなら、お嬢ちゃんでもいいはずだろ? 何で、自分でやらないんだ?」
さすが、キースさんは鋭い。理由を知っているセイルは、キースさんの言葉に僅かな反応を見せ……どこか面白そうな笑みを浮かべた。
そんな『何かを期待しているような姿』も、キースさんを不審がらせた要素なのだろう。
私は決して弱くはない。騎士相手だろうと『接近戦も可能』。
それを知っていれば、『セイルが駄目でも、自分でやればいい』という発想にならないことを奇妙に感じるのが当然だ。
そして、キースさんは私が戦えることを知っている。疑うな、という方が無理か。
「今はね、あの連中に屈辱を覚えてもらいたいんですよ」
肩を竦めて、小さく笑う。視線の先では、奴らがジークに憎々しげな視線を向けていた。ジークには手加減を頼んでいたので、それくらいの余裕ならあるのだろう。
「顔が良くて、自分達よりも地位のない騎士一人にやられるのって屈辱じゃない? 私がそれを面白そうに眺めていることも含めて」
「まあ、そうだろうな。ジークというより、言い出したお嬢ちゃんの方に怒りは向いてそうだが」
「そりゃ、私は人を使っているだけに見えますからね」
訝しみながらも、キースさんは納得したように頷く。キースさんの言うように、私に向けられる憎悪の視線は順調に強くなっているようだ。
「このまま続けば、私が相手になった時は盛大に鬱憤を晴らそうとしてくるでしょ? 魔法を使う者は接近戦に向かないのが『常識』だし、私は明らかに武器を扱う体をしていない。……痛い目にあわせようとしてくる可能性、ありますよね?」
この国の人間は魔導師をそれほど恐れていない。というか、大規模な破壊活動でもしない限りは、明確な恐怖に直結しないだろう。
そもそも、魔導師=おっかない的な認識ができていれば、こんなことにはなっていないのだ。魔導師に接する機会がないゆえに、危機感が育たなかったことが原因である。
ならば、それを逆手に取ったらどうなるか?
「ストレスを溜め込んだ果てに、元凶が目の前に。きっと、全力で『遊んで』くれると思うんですよ」
「おい、それって、誘導……」
「ちなみに、私が彼らと『遊ぶ』のは、被害国の代表達がこの国に来てから。……私は被害者なんですよ? そんな姿を目撃されれば、奴らが反省してるなんて思われませんよねぇ……?」
にたり、とした笑みを浮かべる。キースさんは意味が判ったらしく、顔を引き攣らせていた。
侍女達は割とあっさり引き籠もってくれるだろうが、こいつらは騎士を簡単に辞めるとは思えないのだよ。彼らは生活どころか、己の人生がかかっているのだから!
跡取りでもない限りは別の家に婿入りするか、自分で身を立てるしかない。騎士に貴族出身の者が多いのはそのためだ。
ぶっちゃけ、一番手軽な就職先なのである。
次点で文官だが、こちらは頭脳労働方面なので少々、難易度は上がる。立場的にも地味だしな。
騎士ならば民に『騎士様』と呼んで貰えて、特出した才が必須というわけでもない。悪く言えば、『目立つ功績がない人が遥かに多い』。
そりゃ、騎士を選ぶってものですよ。今は戦とか起きてないもの、命の危機にだってなるまい。
というか、命の危険があるような仕事はこいつらに回ってこないだろう。実家が煩いし、自己保身最優先の奴が危険な任務などこなせるはずはないもの。
「盛大に見せつければ、サロヴァーラ王とて処罰しなきゃならない。被害国は連中に直接関係ないけど、不快に思う可能性は高い。そもそも、今回の一件の発端を知っているなら、被害国の代表達はこういった奴らこそを疎む」
「なるほど。今は『守られるだけの乙女』という印象を植え付けておいて、本番で奴らが牙を剥くことを狙っているのか。しかも、後見人がいる時にそんな真似をされたら、抗議くらいは当然だな。元々、お嬢ちゃんは被害者なんだし」
「そういうこと♪」
そんな姿を被害国の代表達に見せ、ついでに魔王様あたりから抗議が寄せられれば……まず確実に『クビ』だ。私の見た目も相まって、誰が理由を聞いても『反省しない奴が悪い』という方向に持っていける。
勿論、私も『か弱い乙女』で終わるつもりは欠片もない。
被害国の代表達に奴らの反省しない姿を見せつけたら、次は魔導師による蹂躙がスタートだ。これでサロヴァーラ側も危機感を持ってくれるだろう。
被害国の抗議は、異世界人を思いやるだけの意味ではない。
『あいつを暴れさせるな』という、優しさ溢れる忠告にもなるのだ。
「『連中が反省してない』っていう報告は、私か私の親しい人の証言しかないもの。それだけだと、処罰されたとしてもサロヴァーラ側に不満が出ると思うんですよね。だから、『誰の目にも納得できる状況』を作り上げなきゃ」
「あ〜……まあな。確かに、多くの国の代表達の目に触れるってのは、何よりの証拠だろうよ。他国からの抗議、そしてお嬢ちゃんを納得させるという二つの理由で叩き出されるってことか」
複雑そうに、けれど納得したようにキースさんは呟く。このままでは叩き出すだけの理由がない、ということに納得できてしまうのだろう。
今回の一件において、こいつらが処罰が必要なほどの罪――乱入者君関連の奴とて、軽い処罰でしかない――を犯したという証拠はない。しいて言うなら、職務放棄とも受け取れる『傍観』である。
私が民間人扱いだからこそ、『大した罪にはならない』と侮っていた面もあっただろう。それに未だ貴族達が力を持っているので、彼らにはお叱り程度がせいぜいだ。
それだけで叩き出せるかと言えば……不可能に近い。王命によって無理矢理クビにしても、横暴だと批難が向けられてしまう。
そこで私は『騎士をクビになるまでのシナリオ』を用意した。『連中は反省している振りをして、実際には不満を持っている。しかも、報復する気満々だ』ということが証明できれば、内部に奴らを留めておく方が拙いと嫌でも判る。
言い方は悪いが、『サロヴァーラに疑わしい奴らを切り捨てさせて、被害国と魔導師のご機嫌を取る』ということだ。国のために必要、みたいな?
実際、被害国に睨まれるとサロヴァーラは非常に拙いことになるので、そういった危機感を持っているなら賛同を得られるだろう。
それでも足りなければ、更に魔導師の恐怖がプラス。少し怖い思いでもさせてやれば、現実が見えるに違いない。
……サロヴァーラは後がないんだよ、冗談抜きに。毅然とした対応を見せることは、今後を考えても必要なのだ。
『国が変わる』など、簡単であるはずがない。その一歩を明確にすることによって、決意表明をしてもらおうじゃないか。
本番までには嘆願書もそれなりに集まっているだろうから、それも含めて狙いどおりになるだろう。楽しみね♪
「お嬢ちゃんは本当に裏工作に特化しているというか、知恵の使い方を間違っているよな。必要なことだと判るのに、悪事にしか聞こえない」
キースさん、しみじみ呟かなくて宜しい!
「そのままで処罰できないなら、仕立て上げればいいじゃない!」
という発想の主人公。
セイルは主人公の狙いを知っているので、連中を哀れな獲物として見ています。
(でも、自分が狩れなかったので同情せず)
親猫は抗議しつつも裏事情を察して、後から主人公にお説教(の予定)。
※活動報告にお手紙のお礼と小話を載せました。




