彼女の覚悟
さて、微笑ましい(?)姉妹愛に感動した皆様には申し訳ないが……まだまだ言うべきことは残っているのだよ。
視線でティルシア姫を促すと、それに気づいた彼女は一つ頷いてリリアンから体を離した。
ええ、リリアン絡みでもまだ謎は残っているのです。
この場である程度のことを知っておきたい身としては、少しでも疑問の答えを得ておきたい。
「じゃあ、次にいきますか。私が地下に落とされた時、リリアン様を疑った者が大半でした。よく考えれば否定する要素は十分あるはずなのにね」
呆れた目で凍りついた連中を眺める。彼らは気まずそうに視線を泳がせるが、私はそれで許してやるほど優しくはない。
「……いえ、正確に言いましょうか。結局は王を糾弾して退位させようとした連中と同じ、でしょう? リリアン様の継承権が剥奪されれば、選択肢はティルシア姫のみになる。それを望むゆえに、周囲を誘導する意味で話を大きくしましたね?」
疑問系で言っているが、私は確信している。前も言ったが、リリアンは陰口にも言い返せずに落ち込む子なのだ。
感情的になる面こそあれ、ぶっちゃけ悪質な罠を張るとか策略方面には向かない。平手がせいぜいだ、しかも絶対に後で後悔するタイプと見た。
そんな子が殺人をやらかすか? 無理があるだろ。
滞在期間のみでも、私は……私達はリリアンをこう評価している。日頃からリリアンを見ている人達がその可能性に全く思い至らない、なんて方が不自然だろう。
「まあ、ご丁寧にも『リリアン様は姉姫に比べて不出来です』って、私達に聞かせるようにしていたし? その理由に気づけば、意図的にやらかしたって判るでしょー!」
馬鹿にするにも程があるわ、と私は笑う。ただし……目は全く笑っていなかっただろうけど。
不意に笑いを収めて、蔑みの目を向ける。びくり、と肩を跳ねさせたのは思い当たることがある者達か。
「私達には報告の義務があるもの。だから、それを情報として持って帰ることを期待した。情報収集なんて当然だもの、だけど……気づかれれば、これ以上ないくらい馬鹿にする行為だって判らなかった?」
「ふふ、嘗められたものよな。これでもそれなりに場数をこなしてきたと思うのじゃがな」
私に続く形でレックバリ侯爵が言葉を重ねてくる。穏やかな口調、穏やかな声音……その表情さえ穏やかなのに、レックバリ侯爵の言葉に息を飲む者達が続出した。
「やれ、イルフェナは実力者の国と呼ばれておるのじゃがなぁ……よもや、己が立場さえ弁えぬ者どもに利用されるとは思わなんだ。年はとりたくないものですな、それほど腑抜けて見えるとは」
「……っ」
誰かが小さく声を漏らすも、謝罪の言葉は出てこない。
言えるはずはないのだ、謝罪すれば……それが『事実』と認めることになるのだから。
ちらり、と視線を向けた先のティルシア姫は満足そうに微笑んでいる。やはり、私達の周囲に『そういった連中』が配置されていたらしい。
女狐様……えげつのうございます。その凶悪っぷりに乾杯!
私達にバレると判っていて、好きにさせたことは確実だ。イルフェナ勢もしっかり利用するあたり、このお姫様は本当に容赦がない。
女であることが実に悔やまれる。……いや、シスコン兄のせいでリリアンの男性に対する理想が高くなり過ぎ、婚姻相手がいなくなっても困るから、これでいいのか、な?
あらやだ、心配する方向が何か違う。途中までは『頼もしい王子様だったら』という話だったのに。
まあ、馬鹿なことを考えていてもしょうがない。つーか、レックバリ侯爵の言葉に答えようなんてないのだ、これ以上は時間の無駄である。
では、何故こんなことを? と思うのは当然なのですが。
……所謂『脅し』です。『イルフェナ嘗めんな☆』と主張したいだけ。
まあ、私は部外者扱いだし、立場的にもレックバリ侯爵がチクリとやるのが最良だったのだが。
まさか、きゃっきゃとはしゃぐ私達に混ざりたかったなんてことは……ない、よね……?
疑惑の目を向けるも、狸様は何も語らない。……語ってくれないので、話を進めることにする。
「こいつらの名簿は後から貰うとして。ティルシア姫にお聞きします。貴女には彼らが盛大にリリアン様を疑うと予想できたはず」
「ええ、予想していたわ」
「ならば、その後はどうするつもりでした? 疑惑のままにしろ、そのままで済むとは思えませんが」
シスコンなティルシア姫がそれを許すとは思えない。ただ、そんな状況を許すならば……『何か理由がある』だろう。
リリアンもそれは疑っていないらしく、ティルシア姫に向ける視線に怯えといったものはない。
というか、リリアンもお姉様には絶大な信頼があるらしく、自分が責められる事態を招こうとも信頼が揺らいだ気配がない。どちらかと言えば、行動するに至った姉姫を案じているといった気持ちが強いのかもしれなかった。
「証拠もなしに断罪はできないわ。けれど、あれほどに疑惑の目を向けられては……そのままというわけにもいかない。そうなったら幽閉あたりが妥当でしょう? 私はそこでリリアンに『お勉強』をさせるつもりだったわ。勿論、周囲は信頼できる者達で固めてね」
「あ〜……鬱陶しい連中からの隔離ですか」
思わず呟くと、ティルシア姫は苦笑して首を横に振った。
「それだけじゃないわ。先ほどの私への糾弾を見れば判ると思うけど、私を女王にと望んでいる者達は『自分に都合のいい最高権力者』が欲しいだけなの。だけど、私はそうはならない。……荒れるでしょう? 間違いなく。盛大な勢力争いが起こるわ」
確かに、とティルシア姫の言葉に納得する。ティルシア姫は愚かではない上、その内面も大人しくはないからだ。今でさえ、証拠をしっかり握った上で叩き潰そうとしているもの。
そんな彼女が女王になったら、間違いなく揉める。いや、揉めるどころか血で血を洗う争いが勃発する。
ティルシア姫は『行動できる人』なのだ……今の王に不満を抱く者達から期待されていると見て間違いはない。
ただし、これまで好き勝手してきた連中にとっては脅威以外の何物でもない。
どちらが勝つにせよ、最終的にはサロヴァーラの血塗られた歴史となるだろう。ティルシア姫は敵に容赦がないだろうし、『血塗れの女王』とか呼ばれそうだ。
そして、そんなティルシア姫では民から信頼を得られるか怪しい。事情を知らない民から見れば、粛清しまくって殺したようにも見えるのだ。今の王が穏やかなことも、そう思われる一因となる。
だが、そこで彼女の策が活きて来る。教育され、しっかりと必要なことを身につけた第二王女リリアン。彼女が姉姫を退けて王位に就けば、民は安堵するだろう。リリアンの性格的にも、姉姫と同類扱いされることはあるまい。
何より、『血塗れた女王を退けた』という実績ができる。ティルシア姫はそれも踏まえて、徹底的に駆除に勤しむに違いあるまい。
国を愛するゆえに、姉姫は血塗れた女王となって不要な者達を滅ぼし。
彼女の後には、民と共に努力することが当然と考えるリリアンが国を導く。
「そうなった場合、敵対する者達が担ぎ出そうとするのはリリアンよ? ううん、リリアンの伴侶や子といった狙いもあるかもしれない。……許さないわ、そんなこと。私達の争いに巻き込まれるのも嫌。リリアンには私の後を継ぐという役目もあるのに、潰させるわけにはいかないわ」
「守るために隔離されるような状況を狙った、と?」
確認するように問い掛ければ、ティルシア姫はしっかりと頷いた。
「私はあの子を守ると約束したの。それにリリアンだって、きちんと教育されれば素晴らしい女王になるのよ? 私は王族としての義務を果たし、姉として最愛の妹と交わした約束も違える気はないわ。だから、次代のためにできる限り場を整えるのは当然のことなのよ」
それは犠牲とも言うだろう。できる限り負の遺産を抱えて表舞台から去り、妹姫に後を託すなど。『民に望まれる女王』のため、ティルシア姫は己の持つ全て――命も含まれるだろう――を使うことを決意したというのか。
けれど、そこまでの愛情と信頼を向けられれば……リリアンとて奮起するに違いない。彼女には教育が足りていないだけなのだ、それが補えるならば十分に即位は可能。
勿論、苦労はするだろう。けれどそれが姉姫の望みであり、リリアンが唯一できることならば遣り遂げる気がする。そう思うほどに、この姉妹は仲が良いのだ。
「お……お姉様……あの約束のために……」
姉の行動理由と覚悟を知り、呆然と呟くリリアン。そんな彼女に、ティルシア姫は振り返って優しく笑う。
「ごめんなさいね、リリアン。私にはこんな遣り方しか思いつかなかったわ。最後の最後で負けてしまったから結局は貴女に後を任せてしまうことになるけど、私に共感してくれた者達が貴女を守るでしょう。……多くを学びなさい、そして良き女王におなりなさい。貴女ならできるわ」
ティルシア姫の言葉に、リリアンは答えない。否と言えば姉姫の策に乗ることへの拒否となるし、賛同すれば……ティルシア姫を犠牲にすることへの了承となってしまうから。
まともに王族として教育されていたとしても悩む事態である。何の教育もされていないリリアンに答えを求めるのは酷というものだろう。
ただ、私は微妙な表情で姉妹の感動的な場面を眺めているわけで。
つーかね、ティルシアさん?
お前、私の存在をまるっと無視してないかい?
「あ〜……難しい問題に悩んでるところを申し訳ないんですがね? 多分、その計画どおりにはならないから」
こっちの話聞けよ〜とばかりに、ひらひらと手を振って二人に話し掛ける。怪訝そうな表情でこちらを見る二人には、私の言葉の意味が判らないようだった。
これにはイルフェナ勢も怪訝そうな顔になっている。被害国の介入はあくまでも『誘拐事件の関係者』に限定され、主だった貴族達を含む勢力が削り取られようとも、全てではないからだ。
そいつらが残っている以上、どうしたって勢力争いは起こる。しかもティルシア姫はもう動けないとくれば……それなりに厳しいんじゃなかろうか。現王が時間稼ぎをしている間にリリアンの教育、となるだろうし。
他国ができるのは『リリアンが次代になる』ということへの支援程度。属国にするわけではないので、今後もずっと関わることはない。冷たいようだが、自国のことは自国にお任せするのだ。
「どういうことかしら? いくら他国の介入があったとしても、その後の勢力争いは免れないと思うわよ?」
そこまで面倒を見てくれないでしょう――そう続けるティルシア姫の言い分も正しい。正しい、のだが。
彼女達……いや、この場に居る人達は大変重要なことを記憶の彼方にすっ飛ばしておられるようで。
「あのですね、その前に『私個人の報復』は残ってることを忘れてません? 誘拐事件とは別扱いですよ? この国に来てから印象操作に利用しようとして、殺されかけて、しかもその出来事が王への糾弾に使われて? ああ、馬鹿騎士達の行ないもありましたね。何故、『世界の災厄』こと魔導師にやらかして無事に済むと思う?」
『あ』
皆の声が綺麗にハモった。おそらくは忘れていた人が半分、私をイルフェナという国に属すると考えていた人が半分だろう。
あはは……温い考えしてますね? 私が『もう一つの思惑』に気づかないとでも思ったか。
「私には守護役達がいますし、キヴェラの件で得た『断罪の魔導師』という妙に善人方向の名もあります。そして、健気な王女として知られるセレスティナ姫との繋がりもある。……貴方達の思惑どおりに情報を運べば、どうなったと思います?」
「ああ……そういえば……」
「ミヅキは儂らとは別枠じゃからのう」
「私は『正しく世界の災厄だ』とか言われてるんですがねぇ」
ティルシア姫が納得したように頷き、レックバリ侯爵がポン! と手を打って呟いた。
ええ、お忘れのようですが私の個人的な報復はイルフェナに含まれません。あくまでも『私個人の持つ繋がり』や『個人的な評価』を利用しようとしたので、報復の権利は私個人に発生しております。
『やだ、お馬鹿さんっ! そこまで利用しようとしていたのに何もしないなんて、あるはずないじゃないっ! 困っちゃうなぁ、このお馬鹿さんめっ☆ 大事なことだから二度言うね!』
意訳:『魔導師嘗めてんのか。いい度胸だな、このクズどもが!』
個人的な言い分としてはこんな感じかね? というか、私を正しく知る南の国々は非常にこの流れに理解があると思う。自国で目にしてるもの、彼ら。
サロヴァーラは魔導師を恐怖の代名詞として認識してはいなかった。だからこそ、こんな風に魔導師を利用することを思いついた。
全ては……魔導師への恐れも、情報もろくになかったゆえのこと。
でもね、私はそんな事情を考慮してあげるほど優しくないの。
大人しく利用なんてされるわけがない。しかも、報復の仕込みはすでに終わっていたりする。
私は徐に一つの魔道具を取り出す。小型化されたそれは、本来ならば私の言葉を記録しておくもの。要は義務として身に着けているので、意図的に記録するようにしたとかではない。
……相手の言質を取ることにも利用してるだけで。
そして聞こえてくる、少し前にあったサロヴァーラ王との会話。
『サロヴァーラ王。私は貴方【は】信頼します。貴方を知っているイルフェナの者達の言葉を信じる、という意味で。ですから』
『個人的な報復は許していただきたいのです。この状況ではサロヴァーラとてそういった輩を野放しにはなさらないのでしょう?』
『ああ、そうだな……【国】という括りではないのだね?』
『ええ。お許しいただけるならば、その対象はあくまでも【個人】だとお約束しましょう』
『いいだろう。念のために私に一言確認をしてほしい』
サロヴァーラ王だけではなく多くの者達も思い出したのか、顔面蒼白になる者が続出した。
ええ、報復対象は個人ですよ? ただ、その人数が多いだけで。
「ふふ、この国において最高権力者である方の言質を取ってありますもの! 皆がそれぞれ個人的な思惑で動いていたのですから、その報復対象はその全て……複数の『個人』ですよね!」
「あ、ああ。まあ、そうなる、のか? しかし、数が……」
「なりますよね? というか、その目でこれまでも色々見てましたよね? 知らない振りでもする気でしょうか?」
「そ、そんなことは……」
「……」
「う、うむ。認めよう」
期待を込めて熱く見つめる――後に、『獲物を見定め、威圧しているようだった』と言われた――私に、半ば押し切られるように頷いたサロヴァーラ王。私達の遣り取りに、心当たりがある者達は絶望の表情を浮かべる。
一つ言うなら、今回ばかりはサロヴァーラ王も彼らに対して恩情云々と思ったわけではない。その報復対象が結構な数に上ると嫌でも判ってしまったので、『報復対象が国に該当しないか?』と迷っただけだ。
ただ、言質を取られてしまっているのも事実なので、困った……というところだろう。
でも、最終的に許可が出ました。
さて、これで問題は一気に解決だ!
「と言うわけで! 私個人の報復が可能になりました。……で、その報復対象って王家を軽んじていた連中ほぼ全てが該当しますし、確認の意味でもティルシア姫から一覧表をいただくとして。残るんですか? 勢力争いしそうな連中」
「……」
私の問いに、ティルシア姫は暫し考えるように首を傾げ。
「あら? 殆どいなくなるわね」
トドメにも聞こえる一言を言った。ですよねー!
この国に来てから無闇やたらとリリアンを貶める発言を聞いてるし、地下に落とされた時も連中は盛大に『リリアン犯人説』を『証拠もなく』触れ回っている。
王を糾弾した奴らのように、行動していなければいいというものではない。それらをカウントするなら、一部を除いたほぼ全員がアウトである。
「情報って重要だもの。だから、他国の者には注意するのが当然でしょうに」
「……そうね、それが普通だもの。『情報を持ち帰ることを狙っていた』と言われても、言い逃れはできないわ」
ビビる皆様には大変申し訳ないのだが、他国からすればそれが『普通』。『サロヴァーラでは処罰されませんでした!』なんて言い訳が通じるはずはない。
「貴方達に常識があれば、こんなことにはならなかったのにね」
にこりと微笑んで、漸く自分達のしてきたことの拙さを理解した者達に『お前達の自業自得』と教えてやる。
そう、これはただの自業自得。王が甘かったとしても、他国まで同じとは限らないと思わなかったことが敗因だ。
「自分達の行ないがそれぞれの首を絞めただけよね。貴女はそれを狙ってお父様から言質を取っていたのかしら?」
「さあ、どうでしょう? ただ、手持ちのカードは使う直前まで隠しておくものだと思いますよ」
呆れたような声音、それでもサロヴァーラの……リリアンの苦労が減る未来が嬉しいのか、ティルシア姫は笑みを浮かべている。
曖昧な言葉を返す私に向けた目が多少潤んで見えるのは……気のせいということにしておこう。
言質を取っていた主人公。『最高権力者』の許可は強し。
姉姫的覚悟:私は国と妹(重要)のために自己犠牲も厭いません!
魔導師的覚悟:今後嘗められる未来回避のため、報復を決意した!
妹姫的覚悟:何があっても、お姉様を信じます!
多分、一番まともなのがリリアン。




