姉姫様の事情
「まずは誘拐事件についてかしら。改めて言うけど、あれはサロヴァーラへ注意を向けるため。そして……私は『選んだ国が解決できると確信していた』。これが前提ですわね」
頬を冷やしながらも、ティルシア姫は話し出す。先ほども聞いた情報だが、わざわざ口にするあたり、これも重要な要素となっているのだろう。
というか、先ほどから口調が完全に個人的な話をする時のものになっている。王女というより、ティルシアという個人の計画であることを明確にしたいらしい。
「その過程で私が手駒にした者達は死ぬでしょう。けれど、捕らえられた者の口から『二人が茶を好んで定期的に口にしていた』という情報さえ伝われば、サロヴァーラへと辿り着く」
「その殺害方法の茶葉はどうやって安全と思わせたのですか? こちらの見解では、貴女が魔道具を外した状態で共に口にしたからじゃないかと言われていますが」
主犯の自白なので、こういった確認も必要だろう。そう思って口を挟むと、ティルシア姫は「正解よ」と頷いた。
「依頼する時に、彼らの目の前で茶葉の封を切り、一緒に飲んだわ。あれは回数というか、ある程度の蓄積量がなければ無害なままだもの。それをそのまま渡してこう言ったの……『それが終わる頃、戻ってきてね』と」
「それで元々の習慣もあって、連中は『定期的に飲んだ』のですね。まさか姫様が毒を口にするとは思わないでしょうし、疑いにくくもなる。……彼らも特別報酬として高級茶葉貰ったことですし、次の御褒美を期待する気持ちが湧くかもしれませんよね」
含まれるものを感じ、ちらりとティルシア姫を窺えば。
「きっちり働いてもらうためには、御褒美を目の前にちらつかせることも重要よ?」
にこやかに返してきた。人を扱うということが良く判っている。
ティルシア姫の顔に罪悪感などは浮かんでいない。静まり返ったままの謁見の間に響く楽しげな声は、凍りついた人々の姿も相まって中々にホラーな状況です。
聞いているだけなら、割と親しい女子二人の会話。ただし、内容は物騒という言葉に尽きる。
「解毒の魔道具だけが偽物というのは、どうやって誤魔化しました?」
「渡す前に、私がその魔道具を身につけて指を切って見せたのよ。その傷が治れば、治癒の魔道具は本物と判るわ。だけど、毒は試すわけにいかないでしょう? だから、茶葉を試した後に魔道具を渡したの。信頼させた後なら、疑う言葉も出にくいでしょう?」
なるほど、手渡す順番も考えられていたらしい。毒茶で安心させておいて、次に魔道具。これも彼女が自分の『王女』という立場を利用して信頼させたのだろう。
治癒魔法や魔道具があるといっても、日常生活において王女が怪我を負う機会など殆どない。それなのに、わざわざ指を切ってまで本物と証明してくれた。
ティルシア姫への敬意が少しでもあるなら十分、信じる要素になるね。『私達の信頼を得るために、そこまでしてくださったとは……!』って感じで。
だが、そんな状態だったならば何故、ティルシア姫は彼らを捨て駒にしたのか?
少なくとも、そこそこ忠実に動いてくれる存在だった気がするのだが。
「さて、本題にいきましょうか。私が彼らを捨て駒にした理由、それは……『彼らが私の派閥を自称する貴族達から送り込まれた存在だったから』よ。良く言えば『表向きは忠実な存在』、けれど悪く言えば『取り入るために派遣された者達』」
その言葉に、はっと息を飲む人々。先ほどのティルシア姫に対する糾弾を体験していれば、彼らに本当に忠誠心があったか怪しむのは当然だ。
ティルシア姫は愚かではない。この場でそう言い切るということは、何か証拠を掴んでいるのだろう。
現に、何人かの貴族達が驚愕の表情を浮かべている。バレていないとでも思っていたか。
「あら……それならば誘拐事件にも喜んで協力しますね! 大チャンスじゃない……貴女に対する脅迫材料も手に入るなんて」
パチン! と両手を合わせて笑顔のまま、より嫌な方向に掘り下げれば。
「でしょう!? 一応、選択権は彼らに与えたの。だけど、身の安全が保障されたと思った途端、かなり乗り気になったわ。そうそう、彼らの実家さえこの事実を知らないのは『信頼している貴方達だけにお願いしているから、他言無用よ』と言ったからよ。個人的な野心もあったのでしょうね」
ティルシア姫もより詳しい事情を暴露する。わざとらしいまでに笑顔な私達に周囲はやや引き気味だが、私達が本当に言いたいことはこの後だ。
ノリノリで会話しつつも、視線を交し合う私とティルシア姫。そして、二人揃って蔑みを多分に含んだ笑みとなり。
「馬鹿じゃねーの、そいつら。自分の意志で話に乗ったなら、野心を持って美味い餌に飛びついた奴も悪いじゃない。殺されたのも、どう考えても本人達の自業自得でしょ。選択権があったなら強制されたことにはならないし、最初から納得づくの『共犯』じゃない!」
「そう思うわよね。そもそも、そんな発想に至る時点で私をどう思っているかが知れるわ。表向き忠実な姿さえ見せていれば懐に潜り込めると思っていたから、『重要』な役目さえ任せてもらえたと思ったみたい。……忠臣ならば、止めてみせるべきでしょうにね」
二人揃って、次々と毒を吐いた。呆気にとられている人達の視線が突き刺さるが、私達はどこ吹く風だ。
殺された手駒への哀れみ? ないない! 今の話を聞く限り、連中は納得づくの共犯者だもん!
利用されたというよりも、ティルシア姫に自分達の野心を悟られたからこそ殺されたようにしか見えん。
そもそも、ティルシア姫の話から察するに……彼らは間違っても忠臣ではない。多少の敬意はあるかもしれないが、それ以上にティルシア姫を『自分達にとって利となるもの』として見ている。
連中、ティルシア姫にはそれを見抜けないと思っていたからこそ、安堵していた部分もあるんじゃないのか? だから自分達が殺される可能性に対する危機感が薄かった……とは考えられないだろうか。
はっきり言って、ティルシア姫は先手必勝かましただけだ。連中は味方じゃない。
利用される未来が判りきっているというのに、手を打たない奴は馬鹿である。
「それにね、私は自分の敵を葬りたいと思っただけじゃないの。誘拐事件の被害国が本格的に調査を開始すれば、彼らの情報を差し出す用意はしてあったのよ? ……勿論、彼らを送り込んだ人達のものも含めてね。そのような罪人を出した一族に対し、疑惑の目が向かないはずはないもの」
くすり、とティルシア姫は笑う。その可憐な表情の中で、目だけが全く別の色を宿した。
「我が国では随分と好き勝手しているようだけど、それが被害国の目にはどう映るかしら? これまでは誤魔化されてきたけれど、他国に被害を与えた罪人を出した以上は徹底的に糾弾されるわね」
――だって、処罰されていれば誘拐事件なんて起こらなかったんですもの。
そう続いた言葉に、サロヴァーラ王が俯いた。
そう、これは事実。主犯はティルシア姫だろうが、彼女は殺した手駒達を『送り込まれた敵』と認識している。それを辿ればどうしたって送り込んだ者達に辿り着き、彼らも処罰は免れない。
自己犠牲とも言える方法だが、確実にティルシア姫の願いは叶えられるだろう。視線を向けた先のイルフェナ勢も、感心したようにティルシア姫を見ていた。これが王族としての意地か、と。
敵を葬るならば、他国を巻き込むならば、それなりの覚悟を見せるべき。それをティルシア姫は証明して見せた。
現に、ティルシア姫は自分の未来など考えていなかった。リリアンが次期女王に相応しいという気持ちもあるのだろうが、彼女は正しく『王族』だったのだろう。
これ以上は好き勝手させぬという気概、そして王族としての矜持。リリアンとは違うが、彼女も女王に相応しい人物であることは間違いない。
「なるほど! それで自分の派閥……いや、利用しようとする者達を『共犯』にして、一族郎党を潰そうと画策したと。王を糾弾するような連中ですもの、自国だけでは無理だから『他国からの糾弾』を利用したというわけですね」
「ええ、そう。情けない話だけれど、サロヴァーラでは証拠があろうとも大した罪に問えないでしょう。だけど、今回ばかりは誤魔化せないと思わない?」
晴れやかなティルシア姫とは逆に、心当たりのある貴族達は顔面蒼白だ。『今まで断罪されなかったことが不思議な者達』ならば、そりゃ被害国だって遠慮すまい。処罰されていれば、誘拐事件自体が起こらなかったはずだもの。
「お父様のやり方も、状況によっては間違いではないのでしょう。けれど、それを『当然』と思う輩が相手ならば……今以上の増長を招くだけ。先代より続いた負の遺産を放棄しなければ、近いうちに国の崩壊を招くわ」
ほんの少し、ティルシア姫の顔に悲しみが宿る。サロヴァーラ王の優しさも個人としては素晴らしいものだろうが、先代の状態に慣れた者達にとっては都合のいいものでしかなかった。
親から子へと受け継がれた傲慢さ、薄れてしまった罪の意識。それらを払拭するには盛大にリセットをかます必要があった。
それを請負ったのがティルシア姫ということだろう。聡明な王女はその聡明さゆえに、国に必要なものが何かを理解した。
同時に自分の性格や能力を踏まえて、己が役割を定めた……といったところか。
人々にもそれが判ったのか、ティルシア姫に先ほどまでのような批難する視線は向けられていない。不敬罪まではいかなくても、何らかの心当たりはあるのだろう。
今更ながら、ティルシア姫一人に背負わせたことを自覚し、後悔に俯く人さえ出る始末。勿論、彼女にも協力者がいただろうが、今ここには居ないらしい。
『全てを知っています』的な顔をしている人がいないのだ。疑問に思うも、即座に彼女の計画を思い出して一人納得する。
……リリアンに残すため、私達が来る前に遠ざけた可能性もあるか。さすがにリリアンだけを残して姉上退場、というのは不安が残るし。
答え合わせのように言葉を重ねていく私達を、イルフェナ勢は面白そうに……正確には私を眺めている。彼らはティルシア姫と取り引きをした私が、何もしないとは思っていない。切り返しを期待しているのだ。
というか、私もこのまま済ませる気はない。ないのだが――
このしんみりとしたシリアスな状況では、大変言いにくいのですよ……!
あのさー……ここからはティルシア姫の予想とは違う展開になると思うんだ。っていうか、私も含めて誰もがそう動く。これは確信に近いものがあった。
まず、ティルシア姫は王が庇うと推測。これは自責の念という意味もあるが、この状況でティルシア姫にいなくなられると困る、という理由もあるから。立場ゆえの判断です。
王族の数が少ない上、リリアンに教育が全くされていない。ここでティルシア姫に舞台を下りられると、次代のことで間違いなく問題が起こる。
被害国もさすがに国を傾けようとは思わない――誘拐事件の被害者が下級貴族であったことに加え、無事だからだ――ので、恩情という建前の裏取り引きが行なわれる線が濃厚だ。
よって、ティルシア姫を庇うために王が全力を使い切ってしまうので、貴族達まで手が回らない。いや、己が不甲斐なさを自覚した王様ならば、この際だからと盛大に生贄にする可能性もある。
というか、初めから責任を取る覚悟を決めているティルシア姫には大変申し訳ないのだが、そもそも誘拐事件自体はそこまで痛手ではないのだ。ぶっちゃけると、得たものの方が遥かに多い。
加えて、被害国の王達が『どういった展開が最良か』を考えられない人達ではないことも影響してくるだろう。
それに……そのあたりの提案はきっと魔王様から出る。
保護者な親猫様は、こういった事情には大変理解がある人なので、最良の選択をしてくれると思う。
ティルシア姫の行動理由がはっきりしている以上、最良の選択とばかりに馬鹿どもを根絶やしにする提案と救済措置をしてくれることだろう。
それ以前に、今後のことも踏まえて私も色々提案する気だ。ティルシア姫との取り引きもあるし、彼女がいなくなったサロヴァーラの今後を考えると恐ろしいもの。
……。
そう、彼女は介入する被害国にとって、ある意味では救世主。
他に誰が責任を持つというのだ、この国の立て直し!(本音)
愛国心なり、熱いシスコン魂を持つ人間――ティルシア姫は次代をリリアンに託すつもりだ――くらい偏った理由がなきゃ、立て直しなんて苦労はしたくないだろ!?
私は民間からの勝手な期待、もとい『魔導師様にお願い♪』が一番怖い。私は自分の分の報復をしたいだけだ。多少は手伝うつもりだが、延々と付き合いたくはない。
人より自分が可愛くて何が悪い! 自己中魔導師に期待するでない!
「貴女は主犯ではあるけど、ある意味では被害者ですからねぇ……恩情が出る可能性は高い。寧ろ、行動したことを評価されるかもしれませんね?」
まさかいきなり『いや、多分大丈夫よ?』とも言えず、地味〜にそう諭す。本音は当然ながら言えず、けれどこの雰囲気を壊すことはしたくない。
この空気のまま誘導すれば、ティルシア姫への糾弾はかなり和らぐもの。生贄……じゃなかった、この国を立て直す要となる人物に対する批判は少ない方がいい。
「そうかしら?」
「少なくとも、『行動できる王族』として評価されるかと」
自分が助かる気がないティルシア姫は否定的だが、私は絶対に彼女が残されると思う。
ごめんね、こちらの都合もあるのだよ……馬鹿どもを〆られる人材を失った果てに国が荒れるとか、冗談ではない。
まあ、これは被害国の意見を聞いてからだ。次いこ、次。
「じゃあ、あの侍女は? 一応、彼女はリリアン様の味方だったらしいですけど」
話題を変えるべく、次の質問へ。さすがにリリアンが顔色を悪くするが、それでも姉姫への信頼が勝ったらしく、口を挟むことはしなかった。
そんなリリアンに、ティルシア姫は視線を向けない。毅然と前を向く姿に、誰かの「お労しい」という声が響いた。
……。
多分、シスコンは妹に泣かれるのが怖いだけだぞ?
罪悪感なんざ、女狐様には存在しない。
これには確信がある。彼女はあの侍女を嫌っていたと思うのだ……おそらくは、リリアン絡みで。
あの侍女だけはしっかり罪人に仕立て上げているというか、随分と特別扱いだったからね。あの後に起きた乱入者君の一件を見ても、彼女は手駒にそれほど関心を示さないタイプじゃないか。
「彼女はね、最悪の裏切り者だからよ」
にこりと微笑み、開口一番この台詞。滲む怒りがいと恐ろし。
「日頃から、彼女が自分の評価のためにリリアンを利用していたことは知っているかしら?」
「……ええ、聞きました。問題のある王女に良く仕える侍女、という評価でしたっけ」
イルフェナ勢が連れて来たのか、この場には乱入者君もいる。彼は凍り付いてはおらず、立ってこの話を聞いているのだが……それでも幼馴染の行ないには思うところがあるのだろう。その表情は複雑そうだ。
「それだけじゃないのよ。ねえ、おかしいと思わなかった? 『どうしてリリアンの失態を多くの者が知っていたのか』って」
「……! それって……」
思わず眉をひそめると、ティルシア姫も頷きつつ話を続けた。
「あの侍女が情報を提供していたのよ。リリアンの評価は今更だもの、少しくらい悪評が増えたって構わないと思ったんでしょうね。勿論、伝えていたのは悪い話ばかりじゃないわ。彼女の感覚では『親しい友人の話を漏らす』程度だったんでしょうけど」
未だ怒りが収まらないのか、深く息を吐くことで平静を保とうとするティルシア姫。リリアンは思わぬ言葉に驚きつつも、それでも理由を聞き漏らすまいと必死に耳を傾けていた。
おいおい、あの侍女最悪じゃねーか!
職業における守秘義務ってあるよね!? つーか、王女の侍女がそれってどうよ!?
勿論、あの侍女に明確な悪意があったわけではないだろう。だが、だからこそ性質が悪い。無自覚の悪意なのだから。
おそらくは、この国の在り方が影響しているのだ。平然とリリアンへの侮辱を口にする者達が罰せられないならば、その程度なら大丈夫と思うだろう。
要はあの侍女もこの国における負の遺産の犠牲者なわけだ。最悪なことに変わりはないが。
それに。
侍女がそんな奴なら、ティルシア姫の怒りも判る気がするんだ。
「……。その、あまり言いたくはないんですけどね? その侍女は条件次第で勝手に動くような人でした? 例えば……『リリアン様のためにも、しっかりとした家に降嫁させるべきだ。こちらに都合よく取り計らってくれれば、君にも恩恵があるようにする』とか言われたら……」
「乗ったわね、間違いなく。自分に利があることを最優先にしている人だから、王家の血を欲する男をリリアンの部屋に招きかねないわ。しかも彼女としては『リリアンのため』という言い分になるのよ。言い包める自信もあったでしょうね」
「はは……何か確信できるような情報があった、と」
顔を引き攣らせて問い掛ければ、シスコンな姉姫様は本日一番の笑顔で頷いた。その笑顔に人々がドン引きするほど、壮絶な笑みだ。
あら〜……これは殺されても文句言えん。ティルシア姫の地雷を踏み抜いてるもの。
ただ、侍女の性格については非常に納得できる。私も彼女の被害者なのだから。
「それで『異世界人ごとき、私の利のために死ね!』という状態だったと。しかもその言い分が『姫様のため』。はは、そっか〜……随分と都合のいい忠誠心なことで」
「ふふ、あれは私が指示したわけじゃないわよ? 話をする時に『リリアンのため』とは言ったけれど」
「もしくは、話を振ってきた貴女のためだという意味だったわけですか」
「ええ。自己責任という言葉を知らないのかしらね?」
ちらりと視線を向けた先の乱入者君は固く拳を握り、唇を噛み締めていた。反論がないということは、彼にも納得できてしまう侍女の一面なのだろう。
その死に憤ったことも事実だが、事情を聞いて情けなく思うことも事実。彼は騎士なのだ、そんな侍女の言動に何も思わぬはずはない。
対して、リリアンは顔面蒼白。侍女のことを信頼していたのか、信じたくないようだった。
そんなリリアンに、ティルシア姫は近寄って慰めるように抱き締めた。小さく震えるリリアンは姉姫にされるままとなっている。
「お姉様……あの子は、いつも私の味方をしてくれて……アルジェント様との縁談を断られた時だって……」
「そうね、それも事実。だけど、人は変わるのよ? 彼女は最初から良い縁談や家のために侍女という立場を利用していた……個人的な野心があった。その中で貴女と仲良くなれたけれど、彼女の一番はいつだって自分だっただけなの」
「私は……」
「貴女達は近過ぎたのよ。明確な主従関係というよりも、友人同士のようだった。だから、彼女は忠誠心を抱くことがなかった。貴女が絶対に自分を遠ざけないと……味方を失わせないと確信していたのだから」
落ち着かせるようにリリアンの背を撫でるティルシア姫。言葉もなく見守る人々も、どこか気まずげにしていた。
彼らは侍女を責められない。周囲の者達の態度こそ、侍女を思い上がらせた何よりの原因。
リリアンを貶める傍ら、侍女を褒めてきた。あの侍女を調子に乗らせたのはそういった人達であり、それに目を付けた者がいた。
それが侍女の死の理由。彼女は己が身勝手さゆえの破滅だったのか。
というか、後悔を滲ませている人達は先ほどの私の言葉が相当効いたんだろう。あれです、勝手にリリアンの部屋に男を招きかねないってやつ。いくら何でも、この拙さは理解できるだろうよ。
王族への裏切り、要は反逆罪と言われても不思議はない。招いた男が他国と繋がっていたらどうする。
その間接的な原因が自分達だった場合、『悪気はなかった』で済むか?
周囲に褒められていたから、『自分の考えは正しい』と思い込んだ可能性もあるぞ?
これを自分、もしくは自分の家族に置き換えてみろ? 怒るのが当然だろ?
あの侍女を思い上がらせた者は立派に共犯だ。そんな事態を招きかねなかった――多分、姉姫が阻止した――と知れば、たやすく口にしてきた言葉がどんな影響を与えてきたか怖くなるはず。
「ティルシア姫、彼女を嫌う原因はそれだけですか?」
これだけでも十分だが、一応聞いておく。すると、彼女は緩く首を振った。……おい。
「誘拐事件の時と同じように、彼女にも話に乗るか乗らないかの選択権は与えたわ。さすがに迷いを見せたけど、それ以上に次期女王である私から信頼を向けられるという状況が魅力的だったんでしょうね。結果は貴女達が知るとおりよ」
「……それじゃあ、未だお怒りの原因は?」
「ふふっ。あの侍女ね、リリアンから私に乗り換えようとしたのよ。私の方が旨みがあると思ったんでしょうね」
ああ……完全に裏切り者だったわけですか、あの侍女は。
何て言うか、とことん自分のことしか考えてはいない。言葉でどう取り繕おうとも、結局は自分だけが大事。
そう言えば、乱入者君も弟ポジションのような気が。もしや、昔から振り回されるのが当然の関係だったのだろうか。
遠い目になる私をよそに、ティルシア姫はリリアンに言葉をかけ続けていた。
「リリアン、私を憎んでくれてもいい。だけど、私は後悔なんてしてないのよ」
「お、お姉様を憎むなんて……」
ぎょっとしてリリアンがティルシア姫に視線を合わせる。ティルシア姫は微笑んだままだった。
「優しい言葉で手懐け、味方だと言って信頼させながら裏切ることは、ただ悪意を向けるより性質が悪い。彼女自身に罪の意識が薄いことも許しがたいけれど、私が一番怒ったのはそれよ? 貴女を傷つける者は誰であろうとも許さない」
きっぱりと言い切るティルシア姫に、リリアンは驚いたように目を見開いた。けれど、すぐに笑みを浮かべる。体の震えはいつの間にか止まったようだ。
「私がお姉様を憎んだり、嫌うなどありえません。あの子のことはまだ気持ちの整理ができないけれど、それでも自分なりにお姉様の言葉を考えてみようと思います。それに、変わらぬものを私は知っているのです」
「え?」
「……お姉様はずっと私を守ってくださっていましたから。これは幼い頃から変わらぬものでしょう? ですから、その信頼が揺らぐこともありえません」
「……そう」
リリアンの思わぬ言葉に、ティルシア姫は嬉しそうに笑った。そうして、姉妹で微笑み合う。
言葉は少ないが、ティルシア姫も嬉しいのだろう。いや、心の中では『うちの妹最高!』くらいに大フィーバーしているのかもしれないが。
シスコンの愛はブレない。妹姫にもバレてるじゃねーか、お姉様?
手駒達の事情はこんな感じでした。
王女として、それ以上に姉として、お怒りだったお姉様。
そして、主人公の見解はかなり的を射ていたりします。
他国の立て直しにかなりの労力なんて割きたくありません、あの人々。




