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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
サロヴァーラ編

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第一王女と魔導師 其の二

 ティルシア姫は面白そうに私を眺めている。もはや儚げというイメージは消え失せ、策略家といった表情を覗かせていた。

 これも彼女の一面、ということなのだろう。私を交渉相手に足りると評価したからこそ、見せたと言ってもいい。


 父王や妹姫のことを大切に思う姿も本当。


 そして、国のために冷酷になれる姿も本当。


 彼女からすれば、何も変わっていないのだろう……ただ、周囲が気づかなかっただけなのだから。


「それが貴女の一面ですか」


 半ば呆れながら――これまで隠し通してきたのだから、当然だ――呟けば、ティルシア姫は益々笑みを深めた。

 完全に楽しんでいる。敗北や今後の不利な展開を予想しているだろうに、私との会話を楽しむことを優先している。


 ああ……確かに『次期女王の器』だろうねぇ。


 彼女は状況に応じて感情面の切り替えができる上、冷酷な判断も戸惑わない。それに加えて、どんな状況だろうとも余裕を失わない姿を見せ付けられる『強さ』を持っている。

 生まれ持った資質と言われてしまえばそれまでだが、これはそう簡単に身に付くものじゃない。王族として生まれれば、特権階級ゆえの傲慢さや選民意識が根付く可能性があるのだから。


 優しさ溢れる性格ならば、その権力を感情のままに使い、法を歪める。

 傲慢ならば、弱者を踏みにじることを当然と思う。


 良くも、悪くも、傾倒し過ぎると困る立場なのだ。バランスが重要なのである。

 ティルシア姫はそれを完璧に使い分けていると思っていい。それが彼女の二重人格のような行動に表れているのだから。

 

「手駒を切り捨てる冷酷さ、使い捨てる傲慢さ、そして……国を想う姿も、妹姫を庇う姿も本心からのもの。こりゃ、判りにくいはずだわ。貴女個人の利となるものが抜けているもの」


 黒幕……彼女の行動を大雑把に解釈すれば、『国のため』に含まれるものも該当する。ただ、そこにティルシア姫本人の自己保身が全く含まれていないため、私達は確信を持てなかった。

 ここまで有能な王女を国が手放すか? とか。

 自分が表舞台から退いた後のことを考えているのか? とか。

 まあ、ぶっちゃけるとティルシア姫がいなくなった後のサロヴァーラというものが想像できないからなんだわ。彼女の代行者みたいな人がいない限り、国は間違いなく傾くもの。


「王族の血は残りますもの。私だけが王族ではないのだから」


 楽しげに『私がいなくなることがそれほど重要?』と首を傾げる彼女に、処罰されることへの恐怖は見られない。

 そして、私が口を開く前にこう続けた。


「あのような状況でさえ、リリアンは反省し、他者へと八つ当たりはしていませんわ。貴女に対しては必死になるあまりあのようなことを口走ってしまったけれど……その後は深く反省して直接謝罪に赴こうとしたのよ?」

「あら、素直……別に怒ってなかったんですけれどね」


 予想通りのリリアンの行動に感心半分、呆れ半分に答えれば、ティルシア姫は誇らしげに笑った。



「ですから。教育を受けていなくとも、本当に大事なことを知っているリリアンの方が王位は相応しいのよ。私は策を講じることは得意でも、他者から……他国の王族達からは信頼されないでしょう。教育は今からでもできる、至らぬ点は誰かが支えればいい。けれど民と、そして国の代表として同じ立場の皆様と向き合うことは王にしかできないわ」



 自分を卑下するのではなく、ティルシア姫は本心からそう思っているようだった。口調も姫らしく気取ったものから少し砕けたものになっている。本当に、本音を語ってくれているのだろう。

 ……そして、その意見には私も同意していたりする。 

 ティルシア姫が本格的に公の場に立った場合、その評価は間違いなく『女狐』だろう。私は魔王様達から彼女の評価を『優秀』としか聞いていない。

 だが、その『優秀』という点が今の彼女を指しているのだとしたら……。


「サロヴァーラが他の国と同じ状況ならばともかく、そのうち必ず他国に縋らなければならなくなる。その時に貴女では駄目だと?」


 今のサロヴァーラは貴族達が己の利のみを追求している。これが続けば、近いうちに内乱くらい起こるだろう。

 貴族達が『国を治める・支配する』という方向で考えていればまだ大丈夫と言えるのだろうが、先日の王への糾弾を見る限り何も考えていないに違いない。

 南はキヴェラという共通の脅威があったゆえに他国へと気を配り、内部は結束する方向にあった。

 だが、北にはそういったものがない。内部の権力争いのみが続いた結果が今の状況なんじゃないか?


「そのとおりよ。ガニアに頼るにしても、信頼されなければ手は差し伸べられない。一時的に国が傾くような状況になったとしても、民の協力がなければ立て直すことは不可能でしょう?」

「民の方は貴女でも可能では?」


 当然の疑問をぶつけると、ティルシア姫は苦笑して首を横に振った。


「私はすでに結果を出している。……それが『当然』と思われているの。それが崩れれば、後は失望されるだけよ? 一度失った信頼はそう簡単には取り戻せない。何より、私に『共に苦労する』という印象を抱けるかしら?」

「あ〜……外交においては優秀な点でも、民相手ではその余裕ある態度が不満を煽ることになっちゃうのか」

「日頃から民に近く、『できが悪い』なんて噂を囁かれるリリアンならば、その必死になる姿は『姫様でさえ、あれほど努力している』という風に受け取られるでしょうね。実際、リリアンは何とかしようと努力するもの」


 お姉様は中々に考えていたらしい。もしや、これまでの態度は妹姫に全てを渡すための前準備……。

 そう思いかけた私の思考を遮ったのは、他ならぬティルシア姫。


「ああ、私が今までそう装っていたということはないわよ? 私はこれが素なの。ふふ、リリアンは可愛いでしょう? 良い子でしょう!? 民に愛される王女っていうのはあの子のことを言うのよ!」

「いや、それ個人的な感情……」

「事実よ」


 きっぱりと言い切って、満面の笑みで力一杯主張するティルシア姫。その表情には欠片の迷いも浮かんではいなかった。側に控えていた侍女も深く頷いている。


 いや、侍女は頷くな! そこは止めるか、突っ込めよ!

『主より王に相応しい』って、普通は屈辱なんじゃないのかい?

 君達、主従の思考は繋がってでもいるのか!?


 そう思えども、彼女達に突っ込む気は起きなかった。だって、二人には『それが正しいです』みたいな空気が流れているんだもの。一人だけハブられてます、私。栄誉ある孤立です。

 ……。

 あの、途中までは大変感動的なお話だった気がするんですがね? その後はどう考えても、シスコン発言にしか思えんのですが。

 ただ、ティルシア姫の意見には賛成だ。私から見て、ティルシア姫はどうにも『民と共に苦労する』という印象を抱けないもの。

 あれだ、魔王様が良くも悪くも『畏怖される存在』みたいに思われているのに近い。私とて、魔王様が民に混じる……というイメージは湧かないもん。

 お高くとまっているわけではないのだが、いかにも『生まれながらの王族』的な印象なのだ。国が乱れている時にそんな人から『共に苦労し云々』とか言われても、説得力ないわな。

 そもそも、主だった貴族達があの状態ってことは、苦難の時はかなりの長期になるだろう。その中で当然、不満も生まれる。


 ティルシア姫はその不満の矛先に自分を、と考えているんじゃないのか? 彼女ならばそう簡単には潰れないし、上手くかわすことも可能だろう。

 妹を守り、民の不満を受け止めつつも国に尽くす。まさに王族の姿(一部、個人的理由)。

 

 思わず溜息を吐く。これはもう、さくっと済ませてしまった方がいい。次……いや、本命が控えている。勿論、本当の元凶どもの駆除のことだ。

 というか、被害国は『黒幕の目的』が気になっているだけである。誘拐事件は解決したので、その行動理由と目的さえ判れば助力することも可能だ。

 これは誘拐事件が国の弱点――個人的な感情で、国を裏切ってまで他者を陥れる者がいたこと――を炙り出し、その対策を取るよい機会になったことが一つの理由。

 そして、今後を踏まえてもう一つの『理由』ができるから。

 この二点を被害国に提示すれば、ほぼティルシア姫の願いは叶うと見て間違いはない。重要なのは正義ではなく、利のある結果なのだから。


「え〜、話を戻して。とりあえず、南で起きた誘拐事件の黒幕は貴女ってことでいいですか? できれば理由を説明して欲しいんですが」


 パンと手を打って――『妹可愛い!』な思考から戻って来いよ〜、という意味だ――尋ねれば、ティルシア姫はあっさりと頷いた。


「ええ、黒幕は私。巻き込んだ国は事件を解決できる国を選んだつもりよ。バラクシンとゼブレスト、コルベラあたりだと少し負担が大きそうだもの」

「キヴェラにまで手を出したのは? 危険過ぎません?」

「混乱させる役として最適だったの。それに、ガニアが出てきた場合はキヴェラでないと対抗できないもの。私が我が国への介入を望んでいるのは『南に属する国』なのだから」


 すらすらと答えるティルシア姫。どうやら、『南に属する国』ということが重要だった模様。

 そんな私の疑問に気がついたのか、ティルシア姫は言葉を続けた。


「介入は望むけれど、侵略までは望まないわ。ガニアがある以上、キヴェラだって侵略はしないし、何より貴女と争った後だから余裕がない。北では近過ぎるのよ」

「ああ、そういうこと。確かに、北の国だったら侵略っていう可能性もありますね」


 なるほど。被害国はキヴェラ、カルロッサ、アルベルダ、そしてイルフェナ。イルフェナは最南に位置しているし、カルロッサやアルベルダもサロヴァーラのほぼ対極に位置している。

 元々侵略行為をしていない上、そこまでの距離をわざわざ遠征とかありえない。キヴェラだって、侵略する場合はガニアを通らなければならないし、別の疑惑を持たれて絶対に許可が下りないだろう。

 ……それが建前で、本当はガニアを狙っていると思われるから。これまでの侵略の歴史から警戒されないはずはない。


「それによって被害国同士が揉めるって思いませんでした? それはちょっと見逃せないんですけど」


 この可能性も否定できないので、ちくりとお小言を。すると、ティルシア姫は意外そうな顔になった。


「あら、エルシュオン殿下がいらっしゃるなら、それは回避されるでしょう?」

「へ?」


 思わぬ言葉に、つい間の抜けた声を上げる。だが、ティルシア姫は私がこんな反応をしたことの方が意外だったようだ。


「エルシュオン殿下は確かに自国が関わっている場合は容赦ない決断をするでしょうけど、基本的に穏便な解決を望まれるでしょう? 勿論、穏やかに……とばかりではないでしょうけど、これまでも一方的に虐げるような真似はしていないわ。例外は仕掛けられた場合でしょうね。そもそも、被害国の王達はこの程度のことで争うような愚かな真似はしない方ばかりよ?」


 ティルシア姫は本心からそう思っているのだろう。そういえば、さっきも『事件を解決できる国を選んだ』って言ってたね。

 被害者になったのは下級貴族のみ。確かに、これで国同士がドンパチやらかすとか、険悪になる可能性は低い。国が動く理由として軽過ぎる。

 仕掛ける機会を窺っていたとかなら話は別だが、それを見越しての『エルシュオン殿下がいる』発言なのだろう。イルフェナはこれまでも仕掛けたことがない国みたいだし、魔王様とて周囲の国が争うことは望むまい。

 って言うかですね?



 魔王様を色眼鏡なく評価してる人、初めて見た!



 能力だけじゃなく、性格まで! 親しい人ならともかく、それ以外の人からの魔王様の評価って能力的なものしか合ってないことが大半なのに。

 私にとって、それだけで十分だった。いや、私どころかイルフェナ勢も同じ気持ちだろう。


 許す! 私はこれまでの貴女の行動を超許すぞ、ティルシア姫……!


 私は今から(勝手に)貴女を心の友に認定。そのシスコンにも理解を示そうじゃないか!

 がしっ! とティルシア姫の手を握り締める。ティルシア姫は驚いたようだが、それでも手を振り解こうとはしなかった。


「ありがとう! 魔王様のことを最初からそう評価する人って超貴重なんですよ!」

「……。もしかしなくても、貴女はエルシュオン殿下が大好きなのね?」

「懐きまくってる飼い主です!」

「……飼い主? え? え、と、その?」

「うん、飼い主。保護者とか親猫でも可」

「……」


 沈黙が落ちた。ティルシア姫としては恋愛的な意味の『大好き』とでも思ったのだろうが、その後に続いた私の言葉で意味が違うと悟ったらしい。

 ただ……それも『飼い主』という微妙なものだったため、反応に困ったと見える。

 だが、やがて納得したような顔で頷いた。


「まあ、普通に考えれば異世界人の貴女がそこまで強いのは誰が原因かなんて、一人しか思い浮かばないものね。そう、そこまで懐かれるほどにエルシュオン殿下は貴女の味方なの」


 わざわざ『味方』という言葉を使うあたり、ティルシア姫の気遣いを感じる。魔王様は決して私を『所有している』わけではないのだから。これも彼女が正しく理解してくれたからだろう。

 よし、護衛騎士との約束もあるし。ここは一つ、交渉に切り替えてみようじゃないか。


「貴女の目的は『リリアン様が正当な扱いを受けること』、『サロヴァーラの立て直しのための他国の介入』、そして『馬鹿どもの駆除』。これでいいですか?」


 手を握ったまま、視線を合わせて問い掛ける私に何かを感じたのか、ティルシア姫の表情がすっと外交用のものになる。

 ティルシア姫は暫し考えるような素振りを見せ、そして。


「ええ、そうね。そのために私が黒幕として処罰を受けることも厭わないわ」


 きっぱりと言い切った。これは最初から決めていたのか、侍女も口を挟んでこない。

 だが、私はそれに笑って新たな提案を。


「……『私』と取り引きする気はありませんか?」

「え?」

「それは国に対してのけじめでしょう? 私と……魔導師の提案に乗ってくれるなら、それに『サロヴァーラの立て直しのために他国が手助けする』、『馬鹿どもの処罰と後始末を魔導師が引き受ける』、『貴女の今後』をお約束できますよ?」


 唐突な提案にティルシア姫は驚きを隠せないようだった。侍女も目を見開いて主を窺っている。

 実はですね……これ、ティルシア姫が考えていた筋書きに少し追加要素を加えただけなのです。

 ティルシア姫の予想通り、被害国の介入はたかが知れている。その理由は先ほども言ったように『距離がある』ことと『関係ない国を刺激しないため』、そして……『サロヴァーラ王族の協力を得られないから』。

 ティルシア姫は主犯なので、これ以上のことはできない。それを見越して、彼女は動いていたと思う。


 だが、そこに予想外の『魔導師』という存在が出てきたら?


 私は被害国側だが、基本的に柵はない。よって、『被害国を納得させる』という手が使える。

 それを前提にしてサロヴァーラの立て直しを図るなら、そこには当然、ティルシア姫がいるわけで。


「だけど、私が許されるとは思えないわ」


 そんな予想を見越したのか、ティルシア姫が顔を曇らせる。ええ、普通ならば無理だと思いますよ。普通なら、ね?


「完全に許されるわけじゃないけれど、『必要な人材』として残すことはできますよ? そうですねー、リリアン様の補佐とかそのあたり。継承権はさすがになくなるでしょうけどね」

「……そうまでしてくれる理由を聞いても?」


 訝しげに、それでも希望を覗かせて尋ねてくるティルシア姫。そんな彼女に向かって、私は満面の笑みを浮かべ。


「私の考える『本当の元凶』を〆るために必要だからに決まってるじゃないですか!」

 

 いい笑顔で言い切った。後悔は欠片もしていない。

 これは冗談抜きにマジなのだ。彼女がいると、いないとでは、随分とできることの差が出てくるのであ〜る。

 ここまでやらかすくらいだ、馬鹿どもを排除するための証拠と該当人物のリストは完璧に握っていると見て間違いはない。それに加えて民の心象というものもある。

 他国の介入に怯え、不満を覚えぬはずはない。それが『国を憂う姫の自己犠牲によって成し遂げられたもの』であり、『他国の王族がそれに同情し、介入と言う名の手助けを行なった』とすれば、印象は全然違う。


 お咎めなしは無理だが、魔王様は無駄に争うことを好まない。

 ならば、『正当なこと』に仕立て上げれば良いじゃないか。


「貴女は本当に……自分に正直なのね」

「よく言われます」


 呆気に取られていたティルシア姫が呆れたように呟く。ええ、よく言われます。それが鬼畜だの外道といった評価をされている理由ですから。


「だいたい、この国が盛大に揉めても困るんですよね。私って世間的には『断罪の魔導師』とか言われてるじゃないですか? 他国にまで飛び火した挙句、『何とかしろ』って依頼が来る可能性があるんですよ! 嫌です! そんな手に負えなくなってから丸投げされても困ります!」


 これ、どこかの国が依頼するとかではない。民間の噂を都合よく解釈した民間人(国不問)が声高に言い始めたら……ということだ。

 はっきり言ってイルフェナは無関係なのだが、そんな声が高まれば無視はできない。期待という名の脅迫に屈する形で私が出ていくしかないだろう。

 ……まあ、その場合は殺戮の宴になる可能性もあるのだが。


 そんな厄介な未来を回避したいと思って何が悪い!? 

 あの馬鹿どもを見る限り、そのうち盛大にやらかしそうなんだもん!


「貴女の事情、よく判ったわ。つまり、我が国はとことん信頼がないのね……私も否定できないもの」

「この国に来てから目にしたものが悪過ぎますね。私達の周りの侍女とかは『お馬鹿さん』を揃えたとしても、王に糾弾した貴族とか、騎士とか……明らかに素じゃないですか」

「本当にごめんなさいね……!」


 頭痛を耐えるような表情のまま、謝罪するティルシア姫。数々のイベントを企画した立場であろうとも、やはり予想通りの行動をされるのは頭が痛かったのか。

 うん、予想通りの展開でもあれは嬉しくない。恥を晒しているのが自国の者達だもんねぇ。


「で、ですね。私が貴女と手を組む上で重要なことは、一度『決着』をつけるべきだと思うのですよ。それが被害国側においての『落としどころ』にもなるとも言いますが」


 手を離して、にこりと微笑む。その内容までは判らずとも、必要と判断したのかティルシア姫は頷いた。


「そうね、一つの決着は必要でしょう。それを踏まえて貴女の助力が得られるならば是非」


 改めてそう宣言し、はっきりと頷いて見せるティルシア姫。いい覚悟です。

 では、早速!


「殴らせろ!」

「え……っ!」


 返事を待たずに、拳で一発ティルシア姫の頬を殴る。勢いのまま倒れるティルシア姫を、侍女が慌てて支えた。

 

「これで私的に南で起きたことは終わり。そして、現時点で『王族を殴った』という事実が追加されました」

「……! それ、は」

「ああ、無理に喋らないで。冷やすくらいは認めるけど、治癒魔法は皆に事情説明が済んでからにしますね」


 私が言いたいことに気づいたティルシア姫が目を見開いて言葉を続けようとするのを、視線と言葉で止めさせる。彼女を気遣う意味もあるが、それは今言うべきことではないからだ。


 落としどころ。それは『南側にもサロヴァーラに対して非を持たせること』。


 このままでは一方的にサロヴァーラが悪いので、南側にも話し合いに応じるだけのものを得てもらった。

 何せ、私は民間人。それが次期女王――今はまだ彼女が継承権一位だ――を殴るとか、不敬の極み!

 これを盾にすれば南側も煩いことは言えなかろう。やらかしたのが私なのだ、『ちょっとお話を聞いて欲しいな♪』という言葉と共に『私がこれまで得てきた情報って、売れますかね?』と耳元で囁けば完璧。


 当事者でしたからね、私。バラされると拙い情報は色々あるぞぅ♪


 脅迫? それがどうした、私は『世界の災厄』呼ばわりされてるじゃないか。

 そもそも、私は博愛主義者でも善人でもないと公言している。今更、悪名の一つや二つ増えたところで、何の問題もありません!


「ふ……ふふっ、初めから貴女を共犯者に選んでいれば良かったわ」


 侍女に冷やしたタオルを当てられて痛そうにしながらも、ティルシア姫は楽しげに笑う。


「どうでしょうね? 私がこういった手段を思いついたのは、これまで貴女がしてきたあれこれがあったからこそですし」


 事実である。ティルシア姫が起こしたあれこれを逆手にとって、自分のカードに仕立て上げているだけなのだから。

 そこにサロヴァーラにおける最強のカード『ティルシア姫』が加わって、これ以上の策が可能になった。


「さあ、手を取ってくださいな? 私達の『遊び』は今から始まるのだから」

「ええ、宜しくね」


 そう言って笑い合い、ティルシア姫は私の差し出した手を握った。

 契約は確かに成立した。イルフェナ勢は頭を抱えているかもしれないが、私は『より大きな利がある道を選んだ』だけ。


「楽しい時間になりそうね」

「ふふ……っ、笑うと少し痛むわね。でも、凄く楽しみだわ」


 さて、本当の元凶――サロヴァーラの馬鹿どもよ、覚悟はいいか?

 お前達がまともだったら、誘拐事件さえ起きていないのだ。『無関係』で済むはずはなかろう?

主人公は超自己中娘。それでも、本来の役目を忘れておらず。

黒幕な第一王女は自分勝手ながらも国を想うシスコン。

先を見ることができる姉姫は、自国のみでの建て直しが無理だと悟るや、即行動。

今回は姉姫が国の建て直しを前提に動いていた&被害国に斜め上の方法でアプローチというオチでした。

微妙に似た性格の二人は手を取り合い、全力で互いに利のある決着を目指します。

なお、現在のリリアンは教育されていない状態なので、化ける可能性大。

※活動報告に魔導師10巻の詳細を載せました。

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