共犯者の条件
騎士二人は顔を強張らせたまま沈黙している。言葉もない、という感じか。
まあ、それが当然だ。
私達どころか、南に属する複数の国がサロヴァーラに誘拐事件の犯人がいると思っている……なんて聞かされれば。
それが単なる疑惑程度で済めばいいのだろうが、微妙に今回の侍女の死と関連性があるために否定できない。遣り方が似過ぎているだろう、どう考えても。
私の考察もそれに拍車をかけている。侍女の死に関すること、乱入者君を利用しようとした者達の存在、それを裏付けるようなサロヴァーラの『闇』。
護衛騎士が常に感じている要素があるからこそ、否定の言葉が出て来ない。……『やりかねない』と思ってしまえる。これは謁見の間で貴族達が王を糾弾していた場を目にしていることも大きいだろう。
乱入者君に至っては仲間達から裏切られたようなものなので、ショックも大きかろう。
感情的になっていたとはいえ、それは幼馴染の死という出来事があったからこそ。それを判っているだろうに、『侍女が犯人ということにして、事件を終わらせたいから』なんて理由で利用されたのだ。
その侍女こそ、乱入者君の幼馴染。幼馴染は利用されたのだと信じている乱入者君からすれば、二重の意味で裏切られたようなものである。
イルフェナ勢が優しい目になろうというものだ。この国、このままだと絶対にそう長くは持たないだろうな。
ここまで来ると、黒幕の目的が『サロヴァーラの馬鹿どもを纏めて滅ぼしたい』とかだったとしても信じるぞ?
つーか、王が厳しくなった程度じゃ立て直しは無理だろ?
バラクシンにも言えたことだが、基本的に自国のことは自国主導で解決してもらわなければならない。そうしなければ『他国にも認められない』。
誰かにやってもらったならば、それは『借り』となってしまうからだ。当然、国の評価にも響く。
だが、今のサロヴァーラの状況を考えると……無理! という言葉に尽きる。
王族は基本的に『権力者』。指示を出す側であって、実行部隊ではない。手駒ありきの階級なのです、だから忠実に動いてくれる駒達の存在が必須。
しかし、現状はご覧の通り。『誠実に対応する』とサロヴァーラ王が明言したにも関わらず、ふざけた真似をする輩がいるわけで。
賭けてもいい。乱入者君を犠牲にしようとした奴――黒幕ではないだろう、こんな馬鹿は――は絶対に、『国のためにやった』と言い出す。
ある意味では正しいが、それはサロヴァーラ王が誠実な対応を約束していない場合であり、私達がその思惑に気づかなかった時だ。
黒幕だって『イルフェナ勢が乗せられてくれればラッキー』程度の期待しかしてないだろうよ、これ。上手くいけば不安要素を消せるが、第一王女が黒幕ならば私達がたやすく騙されない可能性も視野に入れているはず。
謁見の間での一連の出来事を見ているもの、素直に騙されるとは思わないだろう。
ただ……『不快な思いをさせる』ことはできる。
その場合、加害者に該当するのは乱入者君と彼を利用しようとした皆様。乱入者君を利用する策を授けていた場合は証拠(人)隠滅もできて、一石二鳥です。
乱入者君も問題行動をしたといえるので、彼らを纏めて『サロヴァーラの恥を一斉に排除』という見方も可能だ。サロヴァーラ王が『誠実な対応を約束している』から。
一歩も二歩も先を読んで行動してるっぽいですな、黒幕は。マジでサロヴァーラの立て直しのために動いてないか、黒幕……いや、お姉様は。
まあ、黒幕にとって『予想外の出来事』が再び生じてしまったわけだが。
言うまでもなく、私が乱入者君を許してしまったことである。
そして護衛の騎士共々、利用しようとしていることも予想外だろう。
私と護衛騎士が無傷で素早く採掘場跡から戻って来たのが一つ目の『予想外』、そして今回のことが二つ目の『予想外』。
二つ目に関しては、手持ちのカードが少なくなっていることが影響しているだろう。誘拐事件と比べてお粗末だもの。
予定外のことが起きた影響で、黒幕も手が尽きていると見た方がいいのかもしれない。そうなると、こちらから動くしかないのだが。
ちらり、と騎士二人に視線を向ける。二人は未だ悩んでいるようだった。
乱入者君は自分のことで手一杯なのだろうが、護衛騎士は動き方を決めかねているような感じだ。おそらくは、乱入者君の件があくまでも『魔導師の予想』に過ぎないからだろう。
うん、私の予想通りなら、乱入者君を拘束しに来なきゃおかしいものね?
騒動が起きてないから来ないとも思えるし、私がサロヴァーラを悪意ある方に捉え過ぎにも思える。大変、判断が難しい状況だと思います。悩むのが普通だよな。
ただ、逆に言えば……『それを証明できれば、こちらの言い分を信じてもらえる』ということでもあるだろう。
彼の立場は『王の信頼を受けた騎士』であり、『サロヴァーラの公爵家の人間』。ジョーカーとして十分じゃないか、是非ともこちら側に都合よく動いてもらいたいものだ。
「迷ってるねぇ、信じられない?」
小さく笑いながら尋ねると、護衛騎士は困惑した表情のまま緩く首を振った。
「正直なところ、判らないのです。判断すべき要素……いえ、証拠が少なくて」
「そうね、あくまでも私の考察だもの。そう答えるのが普通でしょう」
理解を示せば、護衛騎士は何故か顔を歪めた。
「ですが、私はこれまで貴女と行動を共にしてきました。その過程で納得できる多くの出来事があったのも事実。そして、何より私自身が『サロヴァーラは潔白だ』と言い切れない。……魔導師殿の言葉に、納得してしまえるのですよ」
そう言って俯いてしまう。どうやら、護衛騎士は自分の立場を理解しているらしい。ゆえに、軽率な判断ができない、と。
ふむ、必要なのは証拠か。これは乱入者君の件に限定すれば何とかなるだろう。
だが、それだけでは駄目だ。重要なのはその後に『必ず結果を出してくれる』と信用してもらうこと。
単なる国の恥の排除で終わるのではなく、『黒幕を討ったことでサロヴァーラにも利点がある』。これが確約できなければ、護衛騎士は動いてくれないだろう。
それが、彼の持つカードなのだから。
彼は『個人的にここへ来た』。よって、『口を噤むことも可能』。
国を想うゆえに、魔導師との交渉の場に立つ。それが彼の選択だろう。
悩んでいるのは、私が命の恩人だからだろうな。真面目そうな性格だし、『恩返しもしないうちに……』とか思ってそう。
……。
本当〜に真面目だね、君。
私と利害関係の一致で手を組む奴って、大抵がそんなこと気にしないけど。というか、それが私という存在に価値があると思わせる要素となっているので、単なる判断基準扱いだ。
判りにくい人は『お試しサンプルの使い勝手が良かったから、本格的に購入する』と言い換えれば、理解しやすいと思う。あれと同じことをしている。
私は民間人だし、国の上層部に噂=真実なんて信じる奴はいない。実績があって、初めて交渉の席につくことを認められるのだから。
「それなら、証拠を……ううん、『貴方の信頼を得るために必要なもの』を見せようか」
「え?」
にこりと笑って提案すれば、護衛騎士は驚いた顔をして私をガン見する。乱入者君は意味が判らず怪訝そうにしているが、イルフェナ勢にはばっちり通じているらしく、皆は無言を貫いてくれていた。
本当に駄目ならここで待ったがかかる。何も言わないならば……了承、ということだろう。
「私達は犯人とその目的をはっきりさせたい。貴方はサロヴァーラに利をもたらしたい。丁度いいのがあるじゃないの」
ほら、と乱入者君を指差す。
「この人をここへ通した連中は『勝手な言い分で魔導師を攻撃した人物を厳しく処罰することで、サロヴァーラの実績を作ろうとした』。それに乗ってやろうじゃない」
「え、と、その、俺は処罰されるんでしょうか?」
私の言い分に乱入者君が不安そうに問うて来るが、それに笑って首を振る。
「ううん、貴方はもう謝って許されたでしょ? 私は連中に責任を取らせつつ、その願いを叶えてあげようと思うの」
にこやかー、とばかりに微笑むと、乱入者君と護衛騎士は揃って首を傾げる。現行犯になる予定だった乱入者君が許されるならば、どうやって? とでも思っているのだろう。
お任せください! 悪企みに関しては定評のある魔導師です!
仕 立 て 上 げ れ ば い い ん だ よ 、 そ ん な も の 。
まず、前準備。テーブルに私、護衛騎士、乱入者君の分のお茶を用意。
私の意図を察したアルが「これも必要ですよね?」と言って、持ち込んだ御茶菓子――私が手作りした猫足型マドレーヌ。今現在、私しか作れない――を皿に移して渡してくれるので、受け取ってテーブルに設置。
「あ、お茶とお菓子に適当に手をつけてくれる? 仲良くお茶してた証拠になるから」
「は、はあ?」
騎士達は怪訝そうにしながらも、大人しく手を伸ばす。この頃にはイルフェナ勢も他のテーブルにてお茶とお菓子の準備完了。優雅なティータイム中となっていた。
お茶ととっておきのお菓子を用意した、おもてなし。誰が見ても乱入者君と護衛騎士は客である。
「んじゃ、そろそろ呼ぶか。乱入者君、ちょっとこっちへ来てくれない?」
立ち上がって、テーブルから離れた場所でちょいちょいと手招き。あら、マドレーヌを頬張る姿が結構微笑ましい……甘いものが好きなのかい、乱入者君。
「気に入ったのなら、後で進呈するから。ほれ、いらっしゃい!」
「えーと……魔導師殿の前に立てばいいんですね?」
「うん。扉を背にしてね」
やや顔を赤らめながらも、乱入者君は大人しく従ってくれた。さて、準備完了。
これで、扉を開けた直後に見える光景は『魔導師の前に立つ乱入者君』というものになる。乱入者君の方が背が高いので、私の表情などが一切見えないというのもポイントです。
さーて、釣れるかね〜?
「いい? 何があっても驚かず動くな! 成功がかかってるからね!?」
「は、はい!」
半ば脅すように念を押せば、こくこくと頷く乱入者君。護衛の騎士も頷いたのを確認し、悪戯の決行を!
「じゃ、いってみよっか!」
パチリ、と指を鳴らすと、扉へと衝撃波がぶつかり盛大に音を立てる。イルフェナ勢はそのまま気にせず、騎士達は呆気に取られるも、私の言いつけを守って動くことはしなかった。
そして。
「何をしている!」
「ご無事ですか、イルフェナの皆様!」
すぐにサロヴァーラの騎士達が扉を破って駆けつけた。その姿をちらりと確認し、成功に口元に笑みを浮かべる。
あまりにも芸のない登場……いや、予想通りの展開に、イルフェナ勢も若干苦笑気味なご様子。
ほほう、随分と素早く行動できるんだねぇ? 一人なら不審に思わないよ、一人ならね?
どうして数名が一度に来るのかなぁ? 一緒にいたの?
なんで、『何かがあったこと前提』になってるのか、聞いてもいい?
などなど、突っ込みどころ満載である。それ以前に、駆けつけるのが早過ぎませんかねぇ?
なお、これまでの会話がちょっとヤバイものだったので、この悪戯の直前まで防音結界が張られていた。お茶会の準備をする時に効果を消したので、今の音が聞こえたのだろう。
そうは言っても、扉を破壊したわけではない。『何かが扉に叩きつけられた程度の音』がしただけだ。
なのに、彼らは扉を蹴破って室内に突撃してきましたよ。これを『乱入者』と呼ばずに何と呼ぶ。
そうしている間にも、彼らは乱入者君を押さえつけていた。私が『何もするな』と言ったせいか、押さえつけられて苦しいだろうに乱入者君は無抵抗。うむ、良い子だ。もう少し頑張れ。
やがて、代表らしい一人が私の前に立つ。一瞬ぎょっとしたのは、護衛騎士もこの場に居たからだろう。だが、テーブルに用意されていた物を見て、報告がてらお茶をしていたとでも思ったらしい。
……ええ、護衛騎士も『動くな』という言葉に従ってくれました。押しかけてきた連中からすれば、『魔導師を糾弾した愚か者の捕獲を見ていた証人』。都合がいいとでも思ったのだろう。
予想通りの展開に内心大爆笑です。仕掛けた側として感無量。
時折覗く、連中の得意げな顔が更に笑いを誘いますね!
「ご無事でしたか」
「……彼は」
「はっ。この愚か者はこちらの警備に当たっている我々を謀って、こちらに来たのです。不審に思ったものですから、控えておりましたら……」
「扉に何かが叩きつけられるような音がした、と」
「はい。イルフェナの皆様にはこれ以上、ご迷惑をお掛けするわけには参りません。陛下のお言葉どおり、厳しく処罰されることでしょう」
誠実そのものといった感じに、代表らしい騎士は告げる。その言葉が、彼らの破滅を招くとは知らずに。
「何故、彼が処罰されるの? 私からすれば、不快なのは貴方達なんだけど?」
「は?」
私の言葉に、揃って呆けたような顔をする連中。その隙に指を鳴らして各自に衝撃波を一発ずつ。連中が呻きながら倒れる隙に、私は乱入者君を救助。ついでに頭を撫でてやる。
よしよし、よく頑張った。暫くは嫌な話が続くけど、我慢しような。
乱入者君を背に庇うようにして、彼らと対峙する。その頃には、レックバリ侯爵も私の側に来ていた。
予想外の私達の行動に護衛騎士と乱入者君は唖然としているが、アル達は笑みすら浮かべて傍観体勢。
さあ、ここからが本番だ。
「この人がこの部屋に来たのは『個人の意志』。それは事実だけど、謝罪はきちんと受け取っている。しかも、それを提案したのはレックバリ侯爵……こちら側なの。今は立派に客としてお話ししていたけど?」
「そうじゃよ? ミヅキが少しばかり、ろくでもないことをしおってなぁ……謝罪せねばなるまいて」
同意し、証言するレックバリ侯爵。その途端、連中は痛みに呻いていたことも忘れて硬直した。
ふふ、今更逃げ道はないぞ? 自分達の言葉を思い出してみようなぁ?
「私達にとって招かれざる客は貴方達。客どころか、せっかくのお茶会に許可なく乱入した不届き者ね。そうそう、おかしなことも言っていたわねぇ?」
「おや、ミヅキも気づいたか。まあ、『不審がろうとも、任されている仕事をこれだけの人数が放棄するなどありえん』からの」
レックバリ侯爵の指摘に、乱入者君は目を見開いた。
一人が代表で様子を窺うとかなら、ありだと思う。だけど、彼らは『同時に突入してきた』。職務放棄して中の様子を窺っていなきゃ、無理だろ。
日頃から頭脳労働をしていない奴が狙ったところで、計画は穴だらけ。
慣れないことはするものではない。少なくとも君達には無理だ、私と狸様の玩具にもならん。
「まるで『全員でタイミングを計っていたみたい』ですよね! だって、『現場を見てもいないのに、この人が何かをしたことが前提』なんですもの。しかも、『同じ騎士だというのに何故、事情も聞かずに罪人扱いなのか』。不審に思っても、状況証拠は必要でしょう? 決め付けるのって、おかしくない?」
「イルフェナの騎士達が居ることをお忘れかね? 彼らが動かずにいることからも、その騎士は我らを害したわけではない。それとも……」
レックバリ侯爵は笑みを消し、私はより笑みを深めて、硬直している連中へと視線を向ける。
「イルフェナの騎士達は腑抜け揃いと、隠された悪意を見抜くこともできんと言いたいのかね?」
「少なくとも、事情聴取さえ忘れている貴方達より優秀だと思うわよ? お仕事をサボって、この部屋の会話に聞き耳を立てて。それ、『私達を探っている』とも受け取れるんだけど?」
狸様とノリノリで追い詰めると、連中は顔を青褪めさせた。漸く、自分達の言動の拙さに気がついたらしい。
つーかね、『叩きつけられるような音がした』なら、何で私の目の前に乱入者君がいるのさ? 明らかに、ミスリード狙いだろ?
そもそも、まずはこちらの事情を聞くのが先じゃないのかね?
「まるで、その騎士に何かを言われては困るようじゃったのう。そうさなぁ……『ここに来るまで、警備の者が誰もおらんかった』とかな?」
「ですよねー! 本人からそう聞いてますもの。今もそれを不審がって、お茶しながら話していたのに」
ほら、と指差した先には乱入者君の分のカップ。明らかに減っているそれに、連中は言葉もない。
「で、答えてくれるかね?」
「どうして、その人が『何かをやったことが前提』なの? 『こちらの許可なく踏み込み、私達の話も聞かずに拘束した』のは、何故? 私達の話に疑問を持ったとしても、室内の様子を見れば、私達の証言が正しいと判るのに?」
「そ、それは……」
まさか、私達が乱入者君の味方になっているとは思わなかったのだろう。そもそも、許可なく室内に踏み込んだのは彼ら。糾弾されても文句は言えまい。
お馬鹿だねー、『不審な物音がしたので』とでも言って、ノックしてから入室すれば問題なかったのに。
それをしなかったのは、乱入者君に『警備不在』を言われたら拙いから。サロヴァーラ側は連中を信じるだろうが、私達には不審な点として映る。指摘された場合、こいつらだと其々の証言にばらつきが出るに違いない。
そうなると当然、私達が指摘したことも調べられる。制約を使って証言させれば、どちらが嘘を吐いているかなどすぐに判るだろう。ついでに色々聞けば、『計画』も判明しそう。
まあ、計画的だったことがバレなくても職務放棄と受け取られ、自分達が処罰対象になってしまうが。
『犯人を捕らえて誠意ある態度を見せ、速攻で退場!』という、勢いに頼るしかない強行策。引っ掛かる奴は、きっと連中と同レベル。
「私、罠に落ちたばかりでしょう? だから、ついこんなことも考えてしまうの」
微笑みながら連中に話し掛ける。
「貴方達は計画的にこの人をここに通した。私に対して理不尽な糾弾をすることを期待して。だって、そこを貴方達が取り押さえれば、サロヴァーラの実績になるものね。 それに、王様の言葉があるから厳しく処罰されるでしょう。……侍女が死んだからこの件は終わり。そうしたい人、そしてイルフェナに誠意を見せたという実績を作りたい人が得をする」
「……っ」
微笑んだまま話す私の意図が見えないからなのか、それとも単純に怖いのか。連中は若干震えているようだった。
もしくは……『全てバレていた』と悟って、報復という可能性に気づいたのか。今更なんだけどね。
「この人は侍女の死に疑問を持っていた。だから、事件を曖昧なまま終わらせたい人には邪魔になる。よって、イルフェナへの無礼な態度は排除のいい機会。……なんてね!」
「くだらぬことを考えるのう? それは『我らを利用する』ということであり、余計に怒らせるとは思わなんだか」
「馬鹿なんでしょ、そんなことを考えるくらいなんだから」
レックバリ侯爵の嫌味に青褪めたところへ、『馬鹿』という言葉を投下。連中はがっくりと項垂れ、待ち受ける処罰を恐れるかのように震えていた。
当たり前だ。『誠実な対応』と言ったサロヴァーラ王の言葉を裏切る行為なのに。
さて、それでは迷惑料代わりに利用させていただこう。
「安心して? 『不届き者を捕らえた』という実績はきちんとできるから。さあ、拘束してくれるんでしょう?」
前半は連中に、後半は護衛騎士と乱入者君に対してだ。二人ははっとするなり、即座に行動に移ってくれた。イルフェナ勢もお手伝い。護衛ですからね、彼らも。
連中は半ば呆然としたまま、拘束されていく。私の言葉の意味を測りかねているのかもしれない。
「この二人『は』誠実な対応をしてくれたもの、サロヴァーラ王の言葉は事実と信じましょう。そうそう、そこまでして実績を作りたかったのならば……言い訳なんてしないわよね?」
「するはずなかろう、ミヅキ。そのようなことをすれば、これも茶番となってしまう。忠誠ある騎士だからこそ、国の犠牲となるは本望じゃろう。なぁ?」
私とレックバリ侯爵の言葉に、連中は言葉を返せなかった。これで『忠誠ゆえの茶番』と言えなくなったのだ、しかも護衛騎士もこの言葉を聞いている。言い逃れなどできまい。
そうしている間にも、いつの間に呼んだのか部屋の外には数名の騎士が控えていた。彼らは護衛騎士の同僚――近衛じゃないのか、それ――らしく、簡単な事情説明を聞き顔を顰めている。
そして、不届き者達はドナドナされていった。あ、黒幕に殺されないよう忠告するの忘れた。
……。まあ、いいか。
そして、室内には再びイルフェナ勢と護衛騎士、そして乱入者君のみとなる。
「ふふ、『不届き者』が貴方である必要なんてないのよ。判った? 感情的になる奴って狙われやすいから注意しなさいね」
「……はい。よく、判りました」
乱入者君はやはり顔色が悪い。半分くらいは信じたい気持ちがあったのだろう。彼は良くも、悪くも、この国に染まっていないようだから。
そんなことを考えていると、護衛騎士が話し掛けてくる。
「魔導師殿」
顔を向けた先の護衛騎士は何かを決意したような、吹っ切れたような表情だった。
彼とて、今この場でこの国の腐敗を目にした一人。そして……私がその腐敗した部分を逆に利用したことも目にしている。
こちらの手は見せた。後は、彼次第。
「私は何をすれば宜しいですか? 陛下への忠誠を損わないことならば、お手伝いいたします」
護衛騎士の言葉に、乱入者君は驚愕の表情を浮かべる。下手をすれば裏切りともとれる言葉に、「いいのか」と視線で告げていた。
それに対し、護衛騎士は一つ頷く。彼の覚悟は決まったらしい。
「それじゃあねぇ……」
さあ、こちらからの反撃を。覚悟なさいませ? 黒幕様。
愚か者に待っていたのは報いではなく、魔導師に利用される未来。
※魔導師10巻のお知らせ、10巻特装版付属の小冊子の詳細が活動報告にございます。




