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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
サロヴァーラ編

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221/705

第二王女の独白

侍女との再会の前に一話挟みます。

――ある部屋にて(リリアン視点)


 ――どうして、こんなことになってしまったんだろう。


 手にしたカップをぎゅっと握り、今の自分の状況に思いを馳せる。それはとても辛く、改めて自分が周囲にどう思われているかを嫌でも実感させるものだった。

 そうして改めてこれまでを振り返り、全ての始まりとも言える記憶を掘り起こす。

 始まりは……アルジェント様に会ったことだろうか。イルフェナから訪れた方達の中にいた、一際目立つ容姿の騎士。

 思わず声をかけてしまったら、少々驚いた顔をされてしまったけれど。それでも、優しく微笑んで言葉を返してくれた。


『アルジェントと申します。お声をかけていただき、光栄です』


 その姿も、仕草も、全てが綺麗だと思った。それ以上に優しい微笑みと声音に私は恋をした。

 この人ならば……私を傷つけないかもしれない。そう錯覚させるのに十分だったのだ。

 調べるうちに、アルジェント様はバシュレ公爵家の方だと判った。そう知った時に浮かんだのは歓喜。

 王女である自分には身分に釣り合う伴侶が求められる。ただの騎士ではどれほど優秀だろうとも、決して許されはしない。

 私が最も頭を悩ませた点はそれだった。これは私が王女である以上、どうしようもないことなのだから。

 

 その問題が存在しない。許される身分だったのだ、と。


 そう知った時、私の味方をしてくれている侍女達と手を取り合って喜んだ。……ああ、あの子は涙を流して『良かったですね』と手を握ってくれたっけ。

 すぐにお父様に私の気持ちをお伝えしたのに、お父様は何故か良い顔をなさらなかった。誰が聞いても良縁であるはずなのに、お父様は明らかに難色を示された。

 今にして思えば、お父様はアルジェント様の立場を理解なさっていたのでしょう。身に纏う色、それが示す忠誠。それを知っていれば、私の恋が叶うことはないと判っただろうから。

 それでもイルフェナに伺いを立ててくれたのは、お父様なりの優しさ。はっきりと断られてしまえば諦めがつくだろうという、今後来るであろう私の縁談を見据えた采配だった。

 結果は……当然、『否』。優しい言葉で取り繕っても、一言で言うならばこれだろう。

 何故、と問うことは許されなかった。アルジェント様ご本人が言葉にしてくれたなら私とて納得できるのに、と。

 そう口にするも、お父様から返って来た言葉はとても鋭い刺を持っていた。


『リリアン。これは【何があろうとも婚姻することはない】という明確な拒絶なのだ。理由を言えばお前はそれに適うべく努力しようとするだろう。だがな、あちらはその努力さえ認めぬと言って来ているのだ。努力しようとも無駄だ、と』


 その言葉は私を心底震えさせた。だって、それは『何があろうとも伴侶となる未来はない』という私自身の否定であるのだから。


 第二王女だから。


 身分的に釣り合うから。


 国同士の繋がりになるから。


 そういったあらゆる意味を考慮してなお、『要らない』と言われてしまったのだから!

 私が至らないせいだというならば努力するつもりだった。私自身でさえ、今の自分では相応しくないと思っていたのだから。 

 数年かかるだろうけれど、婚約者となってくれるならば努力して相応しい女性になってみせる。そう、侍女達とも話していたというのに。

 そんな私に優しい言葉をかけてくれたのは……お姉様だった。


『リリアン。私達は義務に縛られているわ。けれど、私は貴女が身分や王族の血で判断されなかったことを良かったと思うの』


『それだけしか価値がないなんて言われてしまったら。……それだけが必要と思われてしまったならば、貴女はまるで血を残す道具、国同士の繋がりを作るための犠牲みたいじゃないの』


『そんなの駄目よ。貴女は私の可愛い妹。貴女の母上様にも必ず守ると誓った、大事な家族だというのに』


 お姉様の言葉はとても優しくて、抱き締めてくれる腕はとても温かくて。

 私よりもずっと重いものを背負ってらっしゃるというのに、いつだって私のことを考えてくださっていた。

 泣き出してしまった私に、お姉様はいつものように優しい声で約束を口にした。



『大丈夫よ、リリアン。貴女のことは私が守ってあげるから』



「そうですね、お姉様。お姉様はいつもそう口にしてくださっていた」


 記憶に思いを馳せていた中、そう呟くと口元に笑みが浮かんだ。

 幼い頃から不出来と言われ続けた自分。周囲の声が怖くて、辛くて。一人隠れるように泣いていると、いつだって探し出して慰めてくれたのはお姉様。

 失望の声が怖いと、蔑みの視線が辛いのだと訴える幼い自分に、お姉様はいつだって約束してくださった。


『大丈夫よ、貴女のことは私が守ってあげるから』

『いつかきっと、貴女が泣かなくて済むようにしてあげる』


 そんなことは無理だと、幼い私にだって判っていた。生まれはどうにもならない。王族の血を持つ以上、周囲の声が途絶えることは決してない。

 それでも……それでも、お姉様の言葉が嬉しかったのだ。私にとって絶対の味方である人から向けられた愛情は!


 亡きお母様から『決して私の実家と仲良くしてはならない』と言われていた私には派閥などというものはなく。

 それゆえに、後ろ盾となる家も人もない。


 ……もっとも距離を置いたからこそ、私は愚かな王女でありながら利用されることはなかったのだろうけど。

 歳をとるにつれ、お母様がそう言い聞かせた理由とて見えてくる。気づいた時はお母様に心から感謝したものだ……『お姉様の敵にならずに済むのですね』と。

 お母様と王妃様はとても仲がよろしかった。けれど、互いの実家の者達が敵対し合い、自分達に便宜を図れと煩く口を挟み。お二人とも疲れ果てて、儚くなられてしまったのだと私は思っている。

 お母様達は私とお姉様が敵対する可能性を潰してくださった。おそらくは、お父様も関わっていらっしゃる。

 

 だから……私の状況に対して恨み言を申し上げる気はない。

 私が愚かなのは本当なのだから。


 ふう、と息を吐く。きっと、ここで諦めておけばよかったのだろう。そう思い至って。

 私に婚約者ができるのは仕方がない。そう思っていたはずなのに、私の耳に届いた噂が私に恋を諦めなくさせたのだ。


『守護役達は魔導師を溺愛している』


 耳を疑った。だって、守護役の一人はアルジェント様だと聞いていたのだから。

 あの方が誰かを愛することがあるの?

 主への忠誠を何より尊ぶ方と聞いたのに?

 足元が崩れていくような気がした。私へと向けられた断りの言葉は『誰も要らない』という意味ではなく、『貴女は要らない』なのだと理解してしまったから。

 異世界人の噂もその予想を裏付けるようなもので……何故、私では駄目なのかと思ってしまった。『実力のある魔導師だから欲する』ならば王女である私の価値とて認められたはず。そうではない、ということは……。

 じりじりと胸を焦がす感情……会ったことすらない魔導師へと向ける嫉妬。

 誰もが噂の根底にあるものを『守護役としての義務』と思っても、私は、私だけはそうではないと知っている。否を突きつけられた私だからこそ……『そうではない』と言い切れてしまう。


 悔しかった。私は努力することさえ許されなかったのに。


 悲しかった。誰にも振り向くことがないからこそ、諦めようと思ったのに。


 そんな感情を抱えた私にもたらされたのは、サロヴァーラを訪れたアルジェント様と魔導師が非常に仲睦まじいという報告だけ。

 誰が見ても『溺愛』という言葉が相応しいほどに、アルジェント様が甘やかしているのだと。

 予想が確信に変わり、私の中に憎しみが育っていく。侍女達とて私にかける言葉がないのか、その扱いは腫れ物に触るよう。

 決定打は謁見の間でのアルジェント様の態度と言葉だった。誰が見ても『恋をする者』だったのだから!

 耐え切れなくて口を挟んだ。お父様には睨まれてしまったけれど、それでも一言言わずにはいられなかったのだ。


 私は貴方を想っているのだと。

 せめて貴方自身の言葉が欲しかったのだと。


 それでも……返された答えは立場を重視したもの。『リリアン』という一人の女性である以前に重要なのはその『立場』なのだと、あの魔導師からも突きつけられてしまった。

 今更だが、魔導師には酷いことを言ってしまったと思う。八つ当たりで言い放った言葉は、異世界人に対して決して言ってはならないものだというのに。

 けれど彼女は怒らなかったのだ。それどころか傷つくことさえしなかったように思う。

 

 勝てない。


 漠然とそう思った。それが当然だという態度に、驚きながらも恐怖したのだ。

 だって、そうでしょう? 異世界人に向けられる感情は優しいものばかりではない……利用しようとする者とて多くいると聞いている。魔導師である以上、化け物扱いとて一度や二度ではないだろう。

 それなのに彼女は平然とその言葉と向き合うのだ。いや、それを当然と受け止めながらも笑って切り返す。

 アルジェント様が『彼女ならば』と思う理由はそういった一面も影響しているのだろう。そう、すんなり納得できてしまった。

 一度そう思ってしまえば諦めもつく。そして残るのは後悔と自己嫌悪。


 謝ろう。許してもらえなくとも、彼女がこの国にいるうちに謝罪しよう。


 そう思わせたのはアルジェント様の態度も影響している。あの時に見せた、冷たい眼差し。それは私が思い描いていたアルジェント様とはかけ離れたものだったのだから。

 きっとアルジェント様は私が思うような方ではない。確信にも似た想いは私の中からアルジェント様への思慕を急速に失わせていった。

 酷い方ではないと思う。けれど、優しい方でもないと思えてしまったのだ。


 そんなアルジェント様に気に入られている彼女は本当に幸せなのだろうか? 


 悲壮な感じはなかったと思う。けれど恋をしている風でもない。親しい友人、もしくは信頼できる仲間。溺愛されているとは聞いたけれど、どうにもそういった印象を抱いてしまって。

 きっと私の知らないことが沢山あるのだろう。それを踏まえて彼女は守護役達との関係に納得している。

 そう思えてならなかった。そういった関係が望まれるのならば、私がアルジェント様の隣に立てないのは当然。

 いや、伴侶となれたとしても私が望む関係にはならなかっただろう。きっと、結婚生活は冷えたものになった気がする。

 だから……私は納得できた。諦めることができたのだ。

 なのに――


『貴女様の侍女が魔導師殿と護衛の騎士を害した疑惑がもたれております』


 そんなことを告げられ、連れて行かれたあの子。驚く私に対し、あの子は何も言わなかった。


『私は姫様の味方です』


 いつもそう言ってくれたあの子。もしや、私のために何かをしていたのだとしたら……皆から向けられる疑惑が事実だったなら!

 私はあの子にどれほど謝罪しても足りないだろう。己の愚かさにあの子を巻き込んでしまったのだから!

 

「ねぇ、どうして……何も言ってくれなかったの?」


 呟くも返って来る言葉はない。あの子は拘束され、魔導師は行方知れず。その現実がじりじりと私を蝕んでいく。罪悪感に押し潰されそうになっていく。

 あれほどアルジェント様のことを想っていたというのに、今はあの子のことばかり。味方として傍にいてくれた存在を失うことがこれほど怖いなど、思いもしなかった。

 だからこそ、私は一つの決意を固める。独り善がりで、私ごときではとても吊り合わぬほど重い罪なのだと判っているけれど。

 もしも。

 もしも、あの子が罪を犯したというならば。

 私は魔導師に跪いて謝罪し、許しを請おうと思う。何も知らなかったでは済まされない、全ての元凶は私なのだと、この身を投げ打って謝罪しよう。

 この国が、お父様が、お姉様が、そしてあの子が許されるというならば……私の命で済むのならば安いもの。


 愚かで、この国には不要な私。できの悪い第二王女。

 それでも心を寄せてくれた者達に対する感謝はしっかりと覚えているのだから。

第二王女視点でのあれこれ。感情的な面や至らぬ部分もあるけれど悪い子ではありません。

というか、アルやイルフェナ勢も悪いという現実。素直なお嬢さんは被害者と言えなくもない。

なお、主人公と差がついた最大の原因は周囲の人々の態度。

イルフェナ的過保護……見守りつつもスパルタ教育

           →有能な駒に成長

サロヴァーラ的過保護……優しい言葉で慰める

           →少々考えが足りない子のまま成長ストップ

ある意味、リリアンの場合は仕方がないのですが。

納得できる理由さえあれば反省も謝罪も気遣いもできる子なので、

『姉上大好きな妹姫』として民には割と好かれていたり。

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