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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
サロヴァーラ編

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219/706

同時刻、人々は

時間軸的に王への抗議を終えた後。

――イルフェナ・ある一室にて(エルシュオン視点)

 サロヴァーラでイルフェナ勢が反撃を開始した同時刻。

 イルフェナでは再び被害国の代表達が顔を合わせていた。


「……。レックバリ侯爵は狙ったと思います?」

「……」

「……」

「……」


 そこに集っていた全員が私の手にしている手紙に生温かい視線を向け、無言になった。うん、気持ちは判る。彼ならばやりかねない。

 ちらり、と視線を向けた先にいるのはカルロッサの宰相殿、アルベルダのグレン殿、そしてキヴェラ王。いつかの面子が再び顔を揃えた時を狙ったのかと思っても不思議はない。

 なにせ、この手紙を寄越したのはレックバリ侯爵だ。彼らがそろそろ極秘にイルフェナを訪ねて来ることは想像していただろう。

 誘拐事件の後、それぞれの国で行なった『後始末という名の対策』。それらの報告と情報交換を兼ね、私達は再び集うことを約束していた。

 今回ばかりは少々特殊な状況のため、他の者に任せることができないのだ。今、この繋がりを知られてしまっては新たに何らかの手を打たれてしまう可能性があるのだから。

 よって、不可侵条約はこの事件が一段落するまで告知されない。事件解決後はコルベラやゼブレスト、バラクシンといった今回無関係の国も交え、正式に結ばれる予定なのだ。

 今はその準備段階というか、まずは誘拐事件の解決が最優先。こうしてひっそりと情報交換をする中、イルフェナに舞い込んだサロヴァーラ訪問の話をしていた最中――


 テーブルの上に置いていた連絡用の転移法陣へと手紙が送られてきたのだ。

 丁度、『サロヴァーラにいるレックバリ侯爵との連絡手段』と伝えたばかりの時に。


 皆の顔に緊張が走ったのは言うまでもない。こう言っては何だが、サロヴァーラへの訪問は『第二王女の恋を諦めさせるため』のもの。途中で連絡など来るはずはないのだ、普通なら!


「……エルシュオン殿下、それは」

「……。レックバリ侯爵から、ですね」


 グレン殿の問いかけに、軽く封筒を確認してから答える。第三者に勝手に使われても困るので、送る時は身元が判るような封筒を使うのが普通。

 その封筒には見覚えのある家紋に、明らかに直筆と思われるサイン。昔から見慣れたそれは間違いなくレックバリ侯爵のものである。

 何より、ここにいる面子ならば見たことがあってもおかしくはない。私に聞いたのは確実な答えを欲したゆえだ。


「さて、『何』が起こったのやら」


 どこか楽しげに呟くのはキヴェラ王。


「そう考えるのが普通ですね」


 ふむ、と目を眇めて一つ頷く宰相殿。


「……ミヅキがおりますからなぁ」


 元の世界からの友人なせいか、二人とは別方向に妙〜な理解を見せるグレン殿。その言葉に全員――警備をしていたクラウス達騎士も含む――が一瞬固まり、『ですよねー!』とばかりに頷いた。

 彼らの表情に諦めとも達観ともとれる感情が浮かんでいたのは気のせいではあるまい。ミヅキは地道に理解者(意訳)を増やしていっているようだった。喜んでいいのか、頭を抱えるべきなのか判らない。

 そんな皆の様子に目を向けつつ、溜息を吐く。少なくとも『数々のぶっ飛んだ言動は私の教育の成果ではない!』と主張はしているので、ミヅキの言動にイルフェナの思惑が絡んでいるとは思われていない。

 思われてはいないのだが……最近では同情の籠もった目で見られる機会も増えている。『アレの保護者、お疲れ様です』と今日もキヴェラ王に付いて来ていたサイラスとかいう騎士に労られた。


 キヴェラの騎士が魔王と呼ばれている私に労りの言葉をかけるとは。

 彼は一体、ミヅキに何をされたというのだろう?


『……。報告書に書かれていないことがありそうだよね』と呟けば、それを見ていたクラウスにも激励のごとく肩を叩かれた。どうやらクラウスも同じ意見らしく、その目は『頑張れ』と言っている。

 私は問題児の保護者として認識されたらしい……どうしてこうなった。『異世界人の保護』とはこういうものじゃないだろう!? 絶対、違うはずだよね!?

 ……話が逸れた。

 まあ、ともかく。この場にいる全員、『何かが起きた』と感じたことだけは一致している。これは即座に手紙を開けた方がいいだろう。

 封を切り、中の手紙を取り出すなり目を通す。そこには――


「……は?」


 私の反応に、周囲は怪訝そうな表情になる。


「その、エルシュオン殿下? 宜しければ我々に読み聞かせていただきたいのですが」

「あ、ああ、そうですね。では、挨拶など礼儀的な部分は飛ばして読みます」


 宰相殿の言葉に我に返って頷く。確かに聞かせた方がいいだろう。私は目に飛び込んできた一部に声を上げただけなので、内容的には何も問題はない。いや、寧ろ知っていてもらった方がいいだろう。

 予想外というより、予想以上のことが書かれていたのだ。それは勿論、サロヴァーラでのことについて。


『いやはや、サロヴァーラという国は我が国と随分違いますな。まさか、自国の王女を貶める噂が我らの耳に入るとは。ああ、探るような真似はしておりません。普通に聞こえてくるのです』


『これは王が継承権に絡んだ思惑を叶えるため、叱責しなかったことが原因でしょう。処罰されねば悪いこととは思いますまい。じゃが、あまりにも過ぎるその態度……おそらくは第一王女の派閥もそれを利用したのでしょうな』


『サロヴァーラの第二王女については、予想通り王位を争わせないためだったようです。じゃが、王がそのような対処法をしてさえ、貴族どもは元気が有り余っているようでしてなぁ』


 これはどこの国も予想していた情報なのだろう。特に驚いた様子は見られなかった。

 そもそも、サロヴァーラ王家が割と深刻な状況というのは知っている。サロヴァーラの王族と他国の王族との婚姻が結ばれないのは貴族達が反発しているから、ということも含めて。

 他国の王族相手では貴族達が纏まろうとも分が悪い。何より、サロヴァーラにおいて他国の王族との婚姻は……間違いなく王となる人物の後ろ盾という意味なのだから。今の状態を維持したい貴族達の反発は必至だろう。

 とはいえ、このままでも困る。

 王家の立場が弱いというのは、他国の王族にとっても避けたい事態なのだ。王との約束事でさえ守られぬ可能性があるならば、多少の介入をしようとも立て直したいというのが本音。

 はっきり言えば、サロヴァーラと付き合いのある自国のためである。己が利益しか考えない無責任な貴族達にあれこれ口出しされるなど、冗談ではない。


 王には『最高権力者』であり、『責任者』でいてもらわねば困る。

 自国内のことならばともかく、外交は双方の問題なのだ。


「まあ、北は王族の数自体が少ないでしょうからね。立場が弱くなるのも仕方ないのかもしれません」


 そこまでの内容を聞いていた宰相殿が少々痛ましげに目を伏せる。それはこの場に居る誰もが思い当たる事情だった。

 サロヴァーラ王の力があれほどまで弱い理由。それは血の濃い王族の少なさ。

 大戦でこちらよりも酷い被害を被った北の国は王族の数が極端に少ない。それは人質として他国に王族を差し出すことが多かったためであり、それ以上に内部での争いの犠牲になったからだ。

 王族とは『王になれる可能性がある者』。ましてサロヴァーラは女性もそれに該当する。必然的に矢面に立ってしまうのだから、権力争いが起きた場合に狙われる筆頭となるのは当然だった。

 大戦の傷跡は簡単に癒えることはない。人々の不満は募り、より良い指導者を求めるのは仕方がないことだろう。

 精神的に余裕がなかった状況だからこそ起こった悲劇、と言えなくもない。ただの権力争いが正当な理由を持ってしまったのだから。

 その結果、王女の降嫁や新たな公爵家が作られることが少なくなり、血縁関係にある味方がほぼいない。バラクシンは王家派が存在し、王族でありながら王の腹心でもあるライナス殿下がいたからこそ、何とかなっていただけである。


「それもあるが、サロヴァーラ王は先代も含めて温過ぎるのよ。優しいばかりが良き王ではあるまい。民には慕われているやもしれんが、他国からはどう思われている? 少なくとも儂はあの方を盟友とは呼べん。寧ろ、あの魔導師殿の方がよほど信頼できるぞ。あの娘は綺麗事は言わん」


 苦い顔をしながらも口にするキヴェラ王。彼は大国を纏め上げているからこそ、この事態の責任の大半はサロヴァーラ王にあると考えているらしかった。


「まあ、ミヅキは己の役割を理解していますからね。協力者という立場だからこそ、できることが多い。そして魔導師だからこそ」

「その名に付随する恐怖、そして評価を利用する。悪となることも厭わぬだろう。まったく、怖い娘だな。異世界人という立場すら、あの娘にとっては手駒の一つだ」


 私の言葉を引き継ぐ形でミヅキの評価を語るキヴェラ王の顔に、かつて敗北したという悔しさは感じられない。自分に自信があるからこそ、己を負かした相手を評価するといったところか。

 確かに、サロヴァーラ王は先代共々、穏やか過ぎた。多少の強攻策を推し進め、容赦のない態度を取っていれば……もう少しましな状況だっただろう。

 そう思った途端、ミヅキを送り込んだことに罪悪感を抱く。ミヅキは己が大事なものにしか興味がない。言い換えれば、サロヴァーラに対してどこまでも惨酷な面を見せる可能性があるということ。……それも、物凄く嫌な方向に。

 嫌な考えを振り払うように、手紙を読み進める。問題はここからだった。  


『第二王女との接触は呆気ないほど簡単に終わりましてな。なに、ミヅキが暴れたわけではありません。あちらがミヅキの情報を第二王女に全く伝えていなかっただけですぞ。謁見の間での、少しの口論。それだけで十分、理解できたことでしょう』


『その後、儂らはミヅキと別行動になりました。サロヴァーラ王はミヅキを民間人として扱っておる……この判断は妥当でしょうな。第二王女の事情など、民間人に話せるはずがない。そして儂らは前述した継承権に絡んだ事情を聞きました。まあ、少々喋らせたような形ではありましたが』


 おい。


 グレン殿の無言の突っ込みが聞こえたような気がした。うん、言いたいことは判る。判るけど、黙っていてくれないかな、グレン殿。

 王を相手に『脅迫しました』はないだろうと、私も思っているからね?


『その後、与えられた部屋に戻ると……ミヅキの姿がありませんでした。いやはや、どこに行ったのでしょうなぁ? 侍女と騎士をサロヴァーラ王より付けられていたのですがな? それとも』


 皆の視線が一気に鋭くなる。それに促されるように私は続きを口にしようとし、けれど少しばかり言いよどむ。

 ……いや、その、私は別の意味で顔を引き攣らせているだけなんだけど。というか、絶対にこれが我が国の当たり前だとは思って欲しくはない……!


『黒猫は何か【玩具】を見つけたのでしょうか。自分がイルフェナからの客人の一人だと自覚がありながら、勝手な行動をとる……これは期待してもいいと思いませんか』


『勿論、儂らは即座にサロヴァーラ王に報告致しました。サロヴァーラ王は大変驚かれ、誠実な対処を約束してくださいましたよ。アルジェントも己が守護役ということを最大限に活用いたしまして。ああ、誘拐事件のこともちらりと口に致しましたぞ? その結果、内部を探る指揮をサロヴァーラ王にお任せすることになりましてな』


「え?」

「ああ、そうきましたか」

「ほお……サロヴァーラ王を手駒にしおったか!」


 思わず上がった声に溜息を吐く。宰相殿、グレン殿、そして最後はキヴェラ王。グレン殿はミヅキの同類なので驚かないとは思っていたが、やはり遠い目になっている。意外にも楽しそうなのがキヴェラ王だった。


「キヴェラ王、その、少し正直過ぎますよ」

「おお、すまん。はは、イルフェナの者も中々に……」

「状況的に仕方がなかったのだと思っていただきたい!」


 謝罪しつつも、楽しげな表情は崩れない。事態の進展とレックバリ侯爵達の行動、双方が面白いのだろう。

 何より、キヴェラ王の言葉は思いっきり正しかったりする。レックバリ侯爵達は明らかに『一国の王を己が手駒にした』のだ、言葉とミヅキの行方不明を利用して!


「さすが実力者の国、と申し上げるべきでしょうか」

「いや、ミヅキの悪影響という可能性も」


 ひそひそと宰相殿とグレン殿が言葉を交わす。誉めることもできず、けれど有利な状況の獲得に諌める言葉もない。そんな状況なのだ、これは。

 私は深々と溜息を吐く。手紙の文章はまだ残っていた。それはレックバリ侯爵自身の推測。


『我々はサロヴァーラに疑いの目を向けましたな。じゃが、【我々が訪れた途端】このようなことがサロヴァーラで起きている。……ミヅキの行方不明は第二王女が犯人ではないと、我らは思っております。あの方にそこまでの気概も、味方もありませぬ』


『そして、儂は前述したサロヴァーラの貴族達に着目すべきと思っております』


 この部屋に集っている全員の視線を痛いほど感じながら、私は手紙を読み進めた。


『ミヅキが行方不明となった以上、最低限の責任は取ってもらわねばなりませぬ。貴族達は異世界人に対する扱いが軽く、偏見も根付いておる。【死んでも困らない人物】、【疑いをかけられた第二王女】、【責任を取らねばならぬ王】、そして【愚かではない我が国】と【己が敵を許さぬ魔導師】。最終的にどのような結果となるか、殿下は想像つきませんかな?』


『普通に考えれば第二王女が怪しい。ですが、イルフェナはそのような手に騙されませぬ。第二王女と王を陥れようと騒ぐ者達にこそ、疑いの目を向けるでしょう。それに加えて【魔導師の性格】を知っているならば……この一件で排除されるのは【事態を利用し、騒ぎ立てた者達】』


『サロヴァーラ王は誘拐事件の黒幕ではないと思っております。彼の思い描いた次代のシナリオにこんな茶番はございませんでしたからな。じゃが、此度の事件でサロヴァーラは【邪魔者を正当な理由の下に排除できる】』


『勿論、サロヴァーラとて傷を負いますがの。そこが良く判らんのじゃが……少なくともイルフェナは周囲が眉をひそめるような要求はせん。誘拐事件の被害国とてサロヴァーラに介入するには距離があろう。やり過ぎれば北を代表してガニアが抗議してくるゆえ、支配するということもない。傷を負うことになろうとも、サロヴァーラ王は【他国の後押し】を得られるのですよ』  


『ミヅキの行動を理解し、正しく我らの情報を持った上で活かすことができる者。それこそ、誘拐事件の黒幕ではないのかと、儂は考えております。そうなるとサロヴァーラ王に忠誠を誓う者か、国の立て直しを図る者ということになるのじゃが……おりましたかなぁ、そのような者が貴族に。王族が行なうには少々不自然だと思うのですよ。自分達も被害を被る上に、次代の王は被害国との外交で苦労することになりますからな』


『ああ、そろそろ謁見の間の準備が整ったようです。なに、これから正式な抗議と通達がなされるのですよ。その際の動きと言葉をようく見聞きしておきませんと。後は……ミヅキが何か証拠を掴んでくれていればいいのですが』


 全てを読み終わり、私は三人に視線を走らせる。皆がそれぞれに考え込んでいるようで、その表情は厳しいものとなっていた。


「なるほど。国の立て直しに我々を利用する、か」


 ふむ、と頷くキヴェラ王の呟きに否定の声は上がらない。いや、上げられなかった。

 これまではイルフェナ、いや被害国を貶める意味での誘拐事件だと思っていた。だが、各国のその後の対応こそが狙っているものだとしたら。


「証拠がない、というのが痛いですね。あくまでもレックバリ侯爵の憶測でしかない」

「エルシュオン殿下の言葉が結局は全てなんですよね。どれほど可能性が高くとも、証拠がなければ何も始まりません」


 溜息と共に現実的な意見を口にすれば、宰相殿も悔しげに同意してきた。……だが。


「ですが、逆に言えば……『そのように事態を進ませるための決定打』が与えられれば、ただの憶測とは言えなくなる。今後の状況次第でレックバリ侯爵の憶測が正しいか否かが判るということでしょう」


 そう言い出したのはグレン殿だった。そうか、そういう考え方もあったか。


「レックバリ侯爵達は独自に真相へと辿り着こうとしている。あとは……」

「あの娘がどんな玩具を見つけてくるか、だな。もしくはレックバリ侯爵の憶測と周囲の状況から、黒幕を炙り出そうとするやもしれん!」


 無言のまま、キヴェラ王の言葉に頷くことで彼の意見に同意を示す。レックバリ侯爵もミヅキを様々な意味で待っていることだろう。


「次の報告で事態は更に動きそうですね」


 思わず口元に笑みを浮かべ呟くと、三人も笑みを浮かべ頷く。どうやら、黒猫の遊びはこれから本格的に始まるようだ。期待してしまっても仕方がないことだろう。

ここしか時間軸的に挟めないので、今回はイルフェナサイド。

王への抗議を終えた後、ばっちり報告してました。狸様、大はしゃぎ。

ちなみに手紙のタイミングは偶然です。でも、あの人なので疑われてます。

次話にて反撃の続きに戻ります。


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