カエル様のお願い
カエル様の『物騒なお願い』に私達は唖然となった。
私の知る限り、カエル達は基本的に善良である。しかもカエル様の口調からはその対象を気遣う様が窺えるのだ。これは何か事情があると見て間違いないだろう。
「カエル様。なんで『何とかする』じゃなくて『殺す』なの?」
『それしか方法がないからだよ。いや、正確には違うけど……原因を取り除くと死んでしまうというのが正しいかな』
「……」
どうやらその『原因』を何とかしなければならないらしいが、それは同時に命が失われることにも繋がるようだ。
カエル様は賢い。私がここを訪れるまでに何らかの方法を試みていた可能性だってある。
お仲間達――隠し通路を教えた子とか――だっているみたいだし、情報を集めなかったわけでもないのだろう。
それでも解決方法は見つけられなかった。
新たに可能性を見出したのは、異世界人であり魔導師の私。
随分とまあ……厄介な問題みたいだ。
ただ、私だって確実に解決できるとは言い切れない。魔術師レベルのカエル様が解決できないならば、そう簡単な問題じゃあるまいよ。
そんな思いが顔に出たのか、カエル様は目を伏せる。
『ある意味では凄く単純なんだ。だけど、魔術師ならば人数が必要だろう。そもそも、私の話を聞いてくれるような酔狂な人間は殆どいない』
「え、めっちゃ聞きますよ、私。他にもいますって」
『だから君が特殊だと……』
「いや、イルフェナの騎士寮にいる黒騎士達は私と同類です。今ならゼブレストも話を聞いてくれるかと」
『え゛』
私の言い分にカエル様が絶句した。うんうん、まさか『滅多にいない酔狂な人間』が一箇所に群れてるとは思わんよね。
ゼブレストは魔術があまり盛んではないから、話を聞くだけになってしまうかもしれないが……親身にはなってくれるだろう。
その筆頭が王様とか、その周辺の高位の皆様とか、騎士達が。下手すると国単位で動く可能性が否定できないあたり、ある意味では最も頼もしいカエル達の味方ではあるまいか。
『えーと……その、知らない間に私達の種族への認識が変わった、のかな?』
「ここ一年ほどの間にイルフェナの一部とゼブレストでは変わったでしょうね。さっき話していたタマちゃん達の功績ですよ」
ええ、タマちゃん達がその常識をぶち破り……訂正、認識を変えたのです。ゼブレストでは『魔導師のカエルだから』と思っている奴もいるだろうが、私はタマちゃん達に命じてなどいない。
そもそもカエル達にはお兄さんやお父さん達がいるのである!
そんな命令なんてしてみろ、ルドルフ経由でイルフェナまで抗議が来るわっ!
よって『ルドルフの敵は死すべし』なカエル達の行動は、あの子達が自発的に行なっているものだったりする。
良い子である。さすが私達が育てたカエルだ、望むことがよく判っている。
ゼブレストでもカエルを罪に問うことなどできず、日々楽しい戯れが繰り広げられているようだ。
なお、人間がカエル達を害した場合は重罪だとか。これには『魔導師を怒らせたいのか』というルドルフの言葉が深く関っているらしく、知らぬところで私の恐怖伝説が模造されている。
ルドルフ、今度ゆっくり話そうな? 洗い浚い吐いてもらおうじゃないか。
『えーと……とりあえず今は君に聞いてもらいたいんだ』
「オッケー、何でも来い!」
『いや、まずは内容を聞いて……』
「聞く前から承諾する気満々なので、事情説明として宜しく」
カエル様は私の態度に呆気に取られている。ちょっと間抜けな顔が微笑ましい。
うん、そんな態度も仕方ないと思います。でも、私はカエルの味方です。この世界の最初の任務で味方をしてくれた種族ですよ! 自分達の身を守る力もないのに!
実際に味方をしてくれたタマちゃん達とカエル様は違うが、カエル様は同族達が愛されることを喜んでいた。私にはそれで十分だ。
異世界人こと珍獣はカエル様をタマちゃん達の仲間と認め、ご恩返ししますとも!
「その、魔導師殿。もしや、魔獣の討伐……でしょうか?」
「そうみたい」
おずおずと騎士――漸く硬直が解けたらしい――が話し掛けてくるので、頷くことで肯定。すると騎士の表情が一変した。
「お手伝いさせてください! このままでは魔導師殿をお守りするどころか、助けていただくだけの役立たずなのです……!」
「あ〜……確かに出番ないものね〜」
「人間相手ならば多少は家の力を使うことも可能なのですが、ここでは権力など不要なもの。戦うだけしか能のない私が唯一お役に立てる場ですので」
……。
おい、騎士よ。お前、『実家の権力云々』ってどういうことだ?
もしや、良い家の御子息なのだろうか。私は君に散々な扱いをしていたのですが。
内心『やっべぇ、不敬罪きた!?』な私に気づかず、騎士は期待に満ちた目をカエル様に向けていた。
ああ、カエル様も何だか居心地悪そうにしてる。……いや、そんな目で私に助けを求められても。この騎士は私の配下じゃないし。
「とりあえず事情説明をしたらどうですかね?」
妥協案としてそう口にすると、カエル様も騎士も納得したらしい。話が進まないものね。
『判ったよ。これは見てもらった方が早いね、ミヅキは浮遊の術を使えるかい?』
「使えますよ」
『じゃあ、ここの対岸まで行ってくれるかな。君達の目指す場所はそこから少し奥まった所なんだ。そこに【あの子】はいるから』
「……え?」
カエル様の言葉に疑問を覚える。それって隔離されているような場所じゃないの? そんな所にいるって何かおかしくね?
私の疑問を察したのか、カエル様は頷いた。
『だから説明はあの子を見てからにしたいんだ。あそこからなら、あの子の様子をこっそり窺えるからね』
その言葉に少々含むものを感じつつ、私はとりあえず指定された場所に行くことにした。
あ、カエル様は騎士に持ってもらいました。私にとって大事な子なので、落としどころとしても十分です……騎士が微妙な顔になってるけどな。
で。
対岸に渡り少し歩くと、確かに奥に開けた場所があることが判った。奥に回り込むような形で道が続いていたので、さっきまでいた場所からは見えなかったらしい。
開けた場所付近の壁に貼り付いてこっそり様子を見た感じ、魔獣がいる場所は結構な広さがある。全体が罠に使われているならば、私達が使われたものとは規模が違うだろう。
この広さ……上は謁見の間で確定っぽいなぁ? 攻め込まれた時は『引き付けた敵を纏めて落とす』という手が使えるもん。かなり大規模な罠じゃあるまいか。
そんなことを考えつつも、魔獣の姿を探す。……が、探すまでもなくあっさりと見つかった。銀色の生き物がうろうろと歩き回っていたのだ。
魔光石の影響でそこそこ明るいという点も大きいのだが、何だか銀色の毛並がぼんやり光っているように見えることも一因だろう。これならば殺すにしても位置は掴みやすい。
見た目は狼の長毛種…みたいな銀色の獣だ。ただし、随分と大きい。アル犬の二回りはでかい。
大型犬ですらあのでかさだったので、魔獣ともなれば当然なのだが……それ以上に、顔立ちの凶悪さが目立つ。目付きが鋭いというか、迫力があるというか。間違ってもお気楽愛犬生活な犬とは比べてはいけない雰囲気だ。
だが――
それ以上に『異様』なのだ、あの魔獣。
「ねー、カエル様。さっき『そこにいる』って言ったよね。なんで断言できるの? 『そこが住処になっている』って言い方なら判るんだけどさ、まるで『移動せず、ずっとそこに居る』みたいじゃない? それにしては生活しているようには見えないけど」
『……』
私の問いにカエル様は無言。どうやら気づくと思っていたらしい。
あの魔獣の住処になっているらしき場所は他と変わりない……『生活の痕跡が見受けられない』。生きている以上は絶対におかしいだろう。
「生きているなら糧が必要、排泄だってある。あの魔獣は何を食べて生きているの?」
騎士も異様さは感じていたらしく、カエル様に視線を向けている。私達の視線を受け、カエル様はゆっくりと話し始めた。
『必要ないんだよ。あの子は人間達の罪の証なんだから』
「罪の証?」
その言葉に反応し、騎士は表情を険しくさせる。ここにおいて『人間達』はサロヴァーラの者という意味を持つ。他人事とは思えまい。
『昔……まだこの大陸中が不安定だった時。魔道具の開発が活発になった時期があったんだ。欠点を補ったり、より強力なものを作り出そうという動きが多くの国で見られた。魔道具に複数の術式なんて組み込めない、というのが今の定説。だけど、何故それが判ったと思う? どうしてその過程が伝わっていない?』
「……っ」
カエル様の問いに私は目を眇め、騎士は息を飲む。それは、つまり。
「……。実際に研究をして挫折したから? 研究成果のうち都合が悪いものは隠蔽し、『なかったこと』にした。それが可能だったのは……全てが国の主導で行なわれたから。それ以上に『残せない』と判断された……?」
『うん、正解。これはどの国も持つ暗部だろうね。自分達に使いこなせなければ脅威でしかない』
カエル様の寿命がどれほどかは判らないが、その頃から生きているということはないだろう。だが、この種族は仲間内で情報を共有する。タマちゃん達や先ほどのカエル様情報がいい例だ。
大陸中に散らばるカエル達ならば、そういった情報を仲間経由で得ていても不思議はない。人間はカエル達が見ていても気にしないだろうから。
その結果、こういった『伝えられない話』も知っているのだろう。
だが、カエル様にそれを批難する様子はない。不思議に思っていると、カエル様は小さく笑った。
『確かに犠牲はあっただろう。だけどね、それを咎める気はないんだ。彼らだって国を守るために必死だっただけなのだから。それに』
ぴょん、とカエル様は騎士の腕を抜け出し、私の足元にやって来て見上げる。
『人間と違って私達は全てを自己責任と考える傾向が強い。捕らえられたのは自分が弱かったから、といった感じにね。だから種としての滅びも受け入れ、世界の流れに殉じる。抗うのではなく受け入れるんだよ』
静かな口調で語られるカエル様の言葉は随分と重い。全てを許すようで、同時に謝罪も認めないとも受け取れる。だから加害者達は後悔しようとも、胸に抱えていくしかない。
事実、騎士は言葉もないのか俯いてしまっている。彼は立場上、非道なことも行なう可能性があるだろう。だから、そういった動物実験を行なった者達を批難できない。
私は一つ溜息を吐く。あの魔獣が異様に思えた理由、そして……カエル様が私に頼んだ理由も判ったのだ。
「それであの魔獣は妙な感じがしたんだね。あの魔獣、生き物としてはおかしいよ。普通はどんな生き物でも――魔法が使えなくても少しは個としての魔力があるはず。だけど」
そこで言葉を切り、視線を魔獣に向ける。カエル様や騎士も同じく。
「あの子には殆ど感じない。内部に三つの魔石の気配があるけど、まるで『ぬいぐるみの中に魔道具を入れてあるみたい』だよ。……『禁呪によって動かされてる』って感じに見える」
アル犬は『魔力によって器を作られていた』。この魔獣は『元の体を利用しつつ、生体兵器にしようとした』んじゃあるまいか?
ただ、生きている以上は自我がある。本能だってあるだろう。結果、破棄しようにもできなかったとかじゃないのかい? 体内の魔道具を壊さなきゃならないんだし。
「迷惑な話よね。後片付けまでが仕事でしょうに」
『偶然の産物か、予想外の成果だったんだろうね』
あまりにも無責任な当事者達に、思わず溜息が出てしまう。興味本位でやらかした、とかではないと思いたい。
人間が魔道具を持った場合、持ち主の魔力と魔道具の魔石の魔力の二つを感じ取ることができる。生き物ではない魔石の魔力は揺れが全くないので判りやすく、それゆえに魔道具は破壊しやすい。
なお、生き物の魔力が不安定なのは感情や体調なども関わってくるから。生きている以上はそういった波があるだろう。特に魔術師は感情制御が大事と聞くので、馬鹿にはできない。
余談だが、魔王様が常に冷静であれるよう努めたのも、周囲への影響を考慮したからだとか。自分のためじゃないあたりが親猫様らしいですな。
まあ、とにかく。
そういった情報が前提となっていると、あの魔獣は『アンデッドにしては体が普通だよねー?』という印象なのだよ。寧ろ、アンデッドの方が納得できたかもしれない。
『あの子は寿命を超えて生かされているんだろうね。おそらくは体内の魔道具がおかしな共鳴でもしているんだろう』
「魔石の魔力が切れていないのですか?」
騎士が困惑気味に尋ねるも、カエル様は視線を周囲に向けた。
『研究されていた内容に【周囲から魔力を取り込む】というものがあったらしい。ここの魔光石からヒントを得たんだろうね。だけど、魔力を取り込む対象を限定しない限りは無差別だ。それが失敗とされた理由だろう』
「あ〜……周囲の人間や身に着けている魔道具も魔力摂取の対象になっちゃうのか。治癒魔法とかがあるから『器』の維持も不可能には思えないし」
本当に維持だけなら、だが。魔獣だから変わってないように見えるだけで、これが人間だったら……ちょっと考えたくはない。顔つきとか、精神とか、絶対にヤバそうだ。
『この場で実験が行われたことも、あの子の不幸に繋がっているんだろう』
城からの魔力に反応して魔光石は光を放っている。ならば、その応用とも言うべき魔道具は……電池切れのないようなもの。
あの魔獣がここから動かないのも、僅かに残った本能で『離れたら死ぬ』と理解しているのかもしれない。もしくは制約めいたものがあるとか。
どちらにしろ魔獣の体内にある魔石を砕かなければ、この歪んだ命は終わらない。そしてこの魔獣が存在する限り、この『失われるべき技術』が誰かの目に止まる可能性がある。
『ミヅキ。君はあの子を哀れんでくれるかな? それとも、魔法を扱う者として可能性を手にしたい? 私は魔導師である君に判断してもらいたい』
「どちらでもいいんですか?」
意外な言葉に驚けば、カエル様はじっと私を見つめた。
『私自身には成し遂げるだけの力がないからね。何より、あの魔道具の破壊は賛否両論になるだろう。だから卑怯だけど、魔導師である君に任せる。魔導師の判断ならば、誰も文句は言えないだろうしね』
「そうですねぇ。破壊した場合に騒ぎそうなのは魔術師達ですけど、彼らならば魔導師の判断に納得しそうです」
魔術師達が騒ぐことが一番厄介だが、それを判断し成し遂げたのが魔導師ならば……まだ納得してくれるだろう。魔術師にとって魔導師は別格なのだから。
国の上層部にしても、わざわざ魔導師の敵になるような真似はすまい。サロヴァーラ的にも魔導師が問題の物を破壊したことまで報告してくれた方が『そんなものがあったと知らなかった・魔導師でなければ破壊は不可能だった』で通せる。
カエル様……めっちゃ賢いですな! 魔導師と知った段階でここまで考えていたのかよ!?
改めてカエル様の賢さに驚くも、私の答えは最初から決まっている。ごめんよ、騎士。君の出番はなさそうだ。
「壊しますよ、私は『あの状態』が気に食わないから」
にこりと微笑んで告げれば、カエル様は嬉しそうに笑う。
『いいのかい?』
「ええ。この国に利益があろうとも、魔術師達が惜しもうとも知ったことじゃありません。誰かが後始末をし損ねた禁呪なんてものに縋るより、自分の力で成し遂げることを望みますから」
個人的にもそんなものは残すべきではないと思う。失われた技術ってことは、そう判断するだけの要素があったと思うのですよ。
何より、私はカエル様の味方です! そこはブレません!
ただ、騎士がこの会話を聞いちゃってるんだよねー……さて、彼の反応は。
私とカエル様は揃って騎士の方を向いた。騎士も問われることが判っていたのか、難しい顔をしている。
だが。
「私はこの国の騎士として、まず陛下に報告をすべきだと思います。失われかけた技術であろうとも、決定は国にありますので。ですが」
そこで一度言葉を切り。
「魔導師殿と私が脱出するためには、あの魔獣が邪魔になります。ならば、事後報告も魔道具の破壊も仕方ありません」
「そう!」
顔を上げ、きっぱりと言い切る騎士。彼はサロヴァーラ王に今、自分が言ったことも報告するだろう。それによって処罰があろうとも見逃す、と暗に言ってくれた。
これで準備は整った!
再び視線を向けた先には銀色の獣。どれほど生きてきたのかは判らないが、それももうすぐ終わるのだ。
魔道具が今の状態に落ち着くまで色々ありました。
主人公がクラウスに忠告したのは『遣り遂げる可能性が高い』から。




