第二王女についての考察
侍女の罠に嵌って――嘘は言っていない。期待しただけだ――、地下に落とされて。
ここはサロヴァーラ王城の下にある採掘場跡。
そして、今現在――
「申し訳ございません! どうか! どうか、あの侍女の愚かな所業を陛下のご意向などと思わないでください!」
一緒に落ちた護衛の騎士が絶賛土下座&謝罪してます。
まあ、そりゃ必死にもなるわなー……敵に回した国とか人物が悪過ぎるもの。
イルフェナはまだいいとして、魔導師に喧嘩を売った国ってのも珍しいんじゃなかろうか。話を聞く限り、そういった国って『過去のもの(意訳)』になってるみたいだしさ。
どんな意味でも歴史に名を残したいとか、華々しく散りたいといった願望がない限り、選ばない選択じゃないかと思う。
これが『自称・魔導師』くらいならばまだしも、私はバッチリ実績持ち。しかも、大国キヴェラが負けを認めたというオプションまでついている。
普通は必死になる。滅亡の足音が聞こえるもの。
と、言っても私はサロヴァーラを『今のところ』どうこうする気はない。目的が誘拐事件の黒幕だからね。
この罠も待ちに待った好機というか、自ら嵌りに行ったようなもの。少なくとも、レックバリ侯爵達は私が居ないことに気づいてもそこまで慌てないだろう。
『玩具でも見つけたか、あの黒猫』
謝罪する騎士には悪いが、彼らはきっとこう考える。表面的には心配しているように装うだろうが、その内面はにやりとした笑みを浮かべると推測。
彼らとて誘拐事件の黒幕を特定したいのだ。その手掛りを掴んだ可能性があるならば、全力で協力してくれるだろう。
つまり。
現在、私がしているように――被害者を装い、相手の有責という認識を押し付けるよう工作する。
小賢しいというなかれ。こうしておけばサロヴァーラ王が黒幕でなかった場合、自動的にこちら側として動いてくれるのだよ。
ちなみにサロヴァーラとしても『内部のクズを許さず、きっちり追い詰め責任を取らせました!』という『実績』になるので、被害国からちょっと優しい目で見てもらえるようになるという特典がある。
このままだと南から厳しい目で見られる――責任ゼロにはならないだろう――ことになるので、これはかなりお得なプランだ。『知らなかった』で許してくれるほど状況は甘くないのだから。
そんなわけで、騎士に謝罪してもらっています。
異世界人に対して偏見がなく、個人としても善良っぽいこの人をこんな状況にするのもどうかと思うが、彼の訴えである『陛下は命じておりません!』が事実だった場合は必須。
『陛下の命を受けた侍女』がやらかしているので、その対抗&尻拭いとして『陛下の命を受けた騎士が誠心誠意謝罪し、魔導師を無事に城へと戻した』という『実績』が必要になるのだ。
私達とて報告の義務がある。このままだと疑われるのはサロヴァーラという『国』。
よって、それを払拭する証拠が必須となる。
騎士さん、私は黒幕を特定できるような情報をくれた貴方に感謝している。
君のお願いは聞いてあげるから、私の都合のいいように動いておくれ。まあ、今すぐにはそういった裏事情を伝える気はないけどね。重要なのは『この騎士が自分の意思で私を守ること』なのだから。
魔王様達ならば、速攻で私の思惑を見抜くだろう。そして君の健気な姿に深い同情と哀れみを抱くに違いない。――私に利用された、ということに対して。
少なくとも被害国の同情は買える! 特に魔王様は優しくなる!
お国のためだ。耐えろ、今を耐えるのだ!
そんなこととは露知らず、彼は未だに土下座中。残念ながら口にするのは謝罪ばかり……これはそろそろ世間話モードに移行した方が情報を得られるか?
そう決めると、私は土下座している騎士の肩を軽く叩いた。すぐさま騎士は顔を上げる。
……いや、その、そんなに必死というか、縋るような目で見られましても。
「えーと……とりあえず、もう謝罪はいいです。貴方は何も知らなかったみたいだし」
ええ、それだけは確信できました。妙に落ち着いてたりとか、こちらを探ってくる雰囲気皆無ですからね。
そういったことはある程度判るようになりましたとも…アルとかセイルのおかげでな。人間不信になるか、そういったものに慣れるかという状況です。
美しい騎士が清廉潔白とは限らない。世の中って惨酷だ。
「し、しかし……っ」
「そうしていても時間の無駄ですから。状況確認を兼ねて雑談でもしましょう。落ち着いたら行動開始です」
そう言いつつ、騎士に手を差し出す。こうすれば、彼はいやでも手を取って立ち上がるだろう。
その思惑どおり、少々困惑しながらも手を取って騎士は立ち上がった。ふらつくのも予想済みさ、初めての正座で足が痺れてるだろうしな。
「申し訳ありません。情けない姿をお見せして」
「それだけ必死だったということでしょう」
騎士は自分を情けなく思っているようだが、それは違う。普通の反応です、寧ろやらせた私が鬼。
そんな気持ちを綺麗に隠して、二人で適当に座り込む。暫くはこのまま雑談タイムです。
やがて騎士はおずおずという感じにこちらに顔を向けて迷うような素振りを見せ、やがて口を開いた。
「……リリアン様を疑ってらっしゃいますか」
「いや、全然」
「そうですよね、やはり……。……。……? は!? 今、何と仰いました!?」
事実なので、きぱっと答える。すると暫しの間の後、正しく言葉を理解したのか騎士は私をガン見した。
おい、その反応は何だ。
「な、何故です!? あの侍女は『姫様の視界に入って欲しくはない』と言ったのですよ! それに、謁見の間での一件もあります。リリアン様にとって貴女は邪魔者なのですよ……あのような、酷い言葉を口にするほどに」
言いながらも騎士は唇を噛み締めて俯く。この人の視点では『王に恥をかかせた挙句、自分勝手な感情で人を侮辱するなど王族にあるまじき振る舞い』なのだろう。
確かに、それは事実である。私の価値が認められている以上、王族として相応しい態度が求められるのだから。
国のため、陛下のため、噂の魔導師を怒らせてどうする! といった気持ちなのか。
まあ、それも間違いではない。……私達に目的がなければね?
私は許す! 超許す! だから、こちらも見逃せ?
誘拐事件の黒幕確保に燃える私達にとっては非常に有利な展開ですものー。あの一件から今の状況が繋がっているならば、最大の功労者と称えても良いくらい。
この罠がリリアンの指図だったら、満面の笑みで握手を求めるぞ? 相手の有責でこの国を調べられるもの。
まあ、リリアンが指図した可能性は低い。どちらかと言えば、あの侍女の独断だろうな。
とりあえず解説するかと、私は騎士の肩をぽんぽんと叩いて落ち着かせる。彼にも冷静になって判断してもらいたいのだ。
「不自然だからだよ。これはリリアン様の指示ではない可能性が高い。貴方は彼女が私を疎んでいるからこそ疑っているみたいだけど、『そんな彼女だからこそ無理がある』と私は考える」
「え?」
騎士は意外という感情をそのまま顔に出した。確かに、彼から見れば奇妙に思えるかもしれない。
だが。
「彼女は考えが浅く感情的に動く。策を廻らせるタイプではない上に……手駒、いる?」
「それ……は」
騎士は言いよどむ。彼から見て、リリアンにそういった存在はいないのだろう。個人的に所有する配下なんて忠誠心の塊か、派閥的な意味で配下になっているか、金で雇ったかのどれか。
今回はどのタイプも賛同しないだろう。主(=リリアン)を窮地に陥れることに繋がりかねないのだから。
「王族が自分から動くなんて殆どない。手駒を使う、これが普通。だけどさ、言いたくないけど今の第二王女のご機嫌を取って得るものって何? 普通は味方をするどころか離れるよ」
これがリリアンを黒幕候補から外した理由の一つ。傀儡にするにしても、今の彼女は状況が悪過ぎるだろう。
王からの評価、次期王からの評価、周囲の評価……全てが悪い。そんな彼女の唯一の武器は血筋なのだが、降嫁するにしても醜聞はできる限り避けたいと考えるのが普通。
「彼女の後見とか降嫁先となりたいならば、これ以上の醜聞を避ける。そしてリリアン様自身の手駒はいない。王の意向がはっきりしている以上、忠臣ならば諌めるしね。これでどうやって仕掛けるの、無理があるわ」
「ですが、あの侍女は……」
「独断、もしくは『誰か協力者がいた』可能性は? それに本当にリリアン様の味方をするなら、これ以上立場を悪くするような真似なんてするかな? 諌める側でしょ、どう考えても」
王の意向がはっきりしている以上、私を亡き者にしようとすることは悪手だ。私が行方不明になった時点で疑いを持たれるじゃないか。
それはこの騎士も証明している。彼はリリアンを疑った。正しいか、間違いかではなく、『そういう認識』を周囲に抱かれるのだ。
「策にしては目立ち過ぎ、悪手過ぎ、自分を追い込むことにしかならない。どちらかと言えば、嵌められたと考える方が納得できるわね」
「そう、ですね。確かに思い込みからリリアン様を疑っておりました」
さすがに納得できたのか、騎士も頷く。
「それにね、この策って『リリアン様が感情重視で行動する』って思い込みが前提なんだよ。一つ聞くけどさ、彼女は今までこれほどに悪質なことをやらかした? せいぜい、我侭を言うとか王族に相応しくない言動程度な気がするんだけど」
これ、重要。ぶっちゃけると小物どころか『貴族にありがちの我侭な女の子』程度にしか見えんのだ、彼女。
「私に正論を突きつけられて、現実を知って。それで青褪めるような子が確実に死ぬような罠なんて仕掛ける? 貴方は彼女の『感情優先で動く浅はかさ』を前提にしたから疑ったみたいだけど、私からすれば『そんな度胸あるのか』って感じなんだよね。仕掛けるなら『落として終わり!』で済まないもの、協力者どころか共犯者が必要でしょ」
生きていようが、死んでいようが、時間が経てばここだって当然探される。
で、死体でも見つかったらどうするんだ? 最低でも、死体回収&始末要員は必須だろうよ。
「その場合、共倒れは確実。……暫くここで待ってみたのはね、そういう連中が来るかもしれないと思ったから。だけど、誰かが来る気配はない。やりっぱなしのまま。これ、隠す気ないってことじゃないの。だからリリアン様が疑われれば、そのまま『犯人に仕立て上げられる可能性が高い』」
「……!」
騎士は息を飲む。さすがにここまで詳しく解説されると、素直に『第二王女が犯人』という疑惑は晴れるのだろう。
犯人だった場合は『策に粗がある』どころか、『疑って欲しいんかい!』と突っ込むレベルです。
ない。絶対、犯人の可能性はない。
黒幕(仮)はリリアンの普段の姿と周囲の思い込みを利用したかったに違いない。だが、私からすれば『ないわー。絶対にあの子、犯人じゃねぇっ』と逆に確信を持ててしまう。
「魔導師殿は……何故、そこまでリリアン様ではないと言い切れたのですか? 貴女こそ、まずリリアン様を疑う立場でしょうに」
疑問に思ったのか、騎士が聞いて来る。……ああ、これも『思い込みが前提』ゆえの疑問なのか。『魔導師は己の敵を許さないと言われている』という噂があるから。
そう一人納得し、その疑問に答えを。
「私はどこまでも自分を部外者と捉えているからですよ。自分の立ち位置さえもね」
「部外者、ですか?」
「うん。私は普段のリリアン様の状況を察することはできても『直接は知らない』。だから、謁見の間での出来事のみで判断する。判断材料は彼女の言動の全て、そして周囲の状況。彼女は『感情優先の言動をする』けれど、『納得できる理由を告げられれば、それが敵意を抱く相手であっても聞く素直な面を持っている』」
騎士はその評価に意外そうな顔をするが、それが私のリリアンに対する認識だ。
リリアンは私の指摘を大人しく聞き入れた。『聞き入れた』んだよ、あの子。本当に反発しかしないならば、「戯言を!」とでも言って怒鳴り返してくるだろう。
少なくとも、カトリーナやシンシアとは別物だ。
あれは私が何を言おうとも、絶対に自分を曲げなかった。怒鳴り合いにしかならん。
それに比べたら、何と可愛らしいものだろう。叱られてしょげる生き物ですよ、彼女。
そもそも、北において異世界人は『異端』どころか『化け物』という認識が根付いていたはず。勿論、それは随分と薄れてはいるようだが……それでも好奇の目で見られたからね。
おそらくは私の見た目が多大に影響したと思われる。セシル達を連れてキヴェラ王都を脱出する際にも、『気品がない』やら『ちまい』と言われまくったしな。
……ええ、どーせ姫様には見えませんよ。黒髪でもキヴェラの騎士達にスルーされましたとも。
そんな私に魔導師という『世界の災厄』的な威厳などあるはずもなく。
要は『災厄』のイメージが先行していたのに、実物は全然違ったから安堵したってことなのです。これで魔王様並みの存在感だったら、周囲から向けられる視線は全く違ったものになっていただろう。
まあ、とにかく。
彼女の『化け物』発言も、この国の認識ではそれほど間違っちゃいないと思うのです。勿論、わざわざ口に出すことじゃないけどね。
「そして周囲の反応。あの時、第一王女以外に彼女を庇う者はいなかった。『彼女が拙い発言をすることを恐れていても、庇う気はなかった』と推測される。つまり、共倒れをする気はない。これは彼女に味方がいない……『彼女の手駒はあの場に存在せず、貴族達が個人的に動くこともない』ということ」
「では、あの侍女は?」
「そこが面白いところなんだよ」
当然の疑問を口にする騎士に、私は楽しげに笑う。ええ、それこそ『リリアン犯人説』を否定する最も大きな理由だ。
「貴方は罠、そしてここが逃亡用にも使われると言っていた。ならば、その情報を持っている人物は限られるはず。あの侍女がリリアン様の味方だとしても、そんなことを侍女に教えたりする? リリアン様は貴重な自分の味方を捨て駒にする覚悟がある? あの侍女が『リリアン様のため』に私達を嵌めたとしたら、切り捨てられる覚悟があったってことでしょうね」
「リリアン様がそうする、と?」
リリアンがそういった対応をするかは、騎士も疑問に思うらしい。勿論、私は首を横に振る。口元には笑みさえ浮かんだ。
「大事な『姫様』が犯人にされないためには『実行犯一人が罪を被ることになる』。さっきも言ったけど、リリアン様には味方がいない。擁護する声よりも犯人と疑う声の方が大きくなる。そうは言っても王族を証拠なく処罰できないし、被害者が他国の者である以上は『犯人が必要』。……侍女が初めから覚悟してなくても『侍女が犯人』にされる」
ちなみに、この場合の処罰って多分コレでしょ――そう言いながら、親指で首を掻き切る動作をすれば、騎士の顔色が一気に変わった。
「……っ……侍女が初めから一人で罪を被る覚悟をしていない限り、いや、していなくとも口封じは可能……!」
「それでも罠を発動したからリリアン様へ疑惑の目が向くわよ。他に候補者がいても、証拠がなくとも、疑惑はただ一人に。これまでの言動が彼女を追い詰める。……どうあっても犯人扱いされる未来しかないじゃない。その程度のことは誰だって判る。それでも侍女が実行したのは……」
そこで一度言葉を切る。騎士も私と同じ結論に辿り着いているようだった。
「自分が疑われても、リリアン様が疑われても、最悪の事態を回避する術があると知っているから……じゃない? 勿論、リリアン様にそんな真似は無理でしょうね。あの方自身にその状況を覆す術はない」
「疑惑を集中させ、後から助ける。その力がある人物……でしょうか?」
「可能性としては高いと思わない? 侍女だって『その人ならば』って危ない橋を渡るくらいなんだもの、有力貴族、王族あたりに絞られるでしょうね」
侍女を切り捨てるだけで済むならば、リリアンが黒幕という可能性があった。
だが、今の彼女を見る限り、侍女を切り捨てたところで疑惑の目から逃れることはできない。しかも、知っている人間が限られる罠が使われているので、疑惑は限りなく確信に近いもの。
で? あの子にそれを乗り切る術があるとでも?
下手に動けば、逆に立場を悪くするだけだぞ? 疑惑から逃れるための工作にも見えるもの。
一見、リリアンが感情のままに行動したように見えるこの策。実際は彼女を追い詰めるだけである。
正直言って、彼女が侍女に命じたというのは無理があるだろう。侍女だってリリアンが命じたならば、止めるに違いない。自滅の未来しか見えん。
それにリリアンが普段から平気で人を切り捨てるようなことをしているならともかく、今回に限って殺そうとするのはどう考えても無理があるだろう。
この騎士の様子を見る限り、その予想は正しいと思う。彼は『リリアンが考えなしな真似をしたかもしれない』とは思っても、『侍女を切り捨てること前提だった』ということには納得してないもの。
っていうか、そんな奴なら周囲だって『できの悪い王女』なんて噂できん。言い方は悪いが、『陰口を言われても何もできないと思われている王女』なのだろう。
ただし、扱いやすくはある。感情優先で行動すると知られているから。
だから……『誰か』は『周囲のリリアンへの認識』を利用して、彼女に疑惑の目を向けさせる。彼女を隠れ蓑にして、その後も行動するために。
『一時、貴女とリリアン様は疑われる。けれど、その間に助かるよう私が手配する』
侍女がこんな説明をされていたなら黒幕の手を取るんじゃないのか? それが可能な人物からの誘いならば。
侍女だって自分のすることのヤバさを理解できていただろうし。
「でね、決定打。謁見の間で彼女は焦るあまりに口を挟んだ。その後にこんな罠が控えてるなら、焦る必要なんてないでしょ」
「あ!? そう、ですね。ええ、確かにそんな必要はありません。逆に疑惑の目を向けられることになってしまう」
「だから、私はリリアン様が命じたとは思わない。私同様に嵌められたと見るべきだと思う」
騎士はこれまでのこと、そして私との会話を思い出しているのか、何度も頷きながら考えているようだった。
私一人の考えではなく、サロヴァーラの騎士から見ても不自然な点。それを報告という形で皆に暴露すれば、説得力があるだろう。
サロヴァーラの貴族達とて他人事ではないのだ。いつ自分がリリアンの立場になるか判らないと知れば、証拠なくリリアンに疑惑の目を向けることを避ける。
妙な行動も取らないだろう……自己保身の意識から。自分を誘った相手が黒幕だった場合、切り捨てられる未来しかないのだから。
黒幕よ、じわじわ包囲網は狭くなっているぞ? 手駒はあとどれくらい残っているのかな?
「魔導師殿。今の会話を陛下に報告しても?」
「勿論。私も報告の義務があるしね」
騎士の中で結論が出たようだ。黒幕を絞り込むことはできないが、放っておけない事件だと悟ったらしい。私としてもサロヴァーラが事件解決に動いてくれるのは大歓迎だ。
……黒幕は魔導師の噂くらい知っているだろう。ならば、報復するという方向に考えることくらい予想済みのはず。その場合、まず疑わしいのはリリアンだ。
罠で死んだら問題ないが、念には念を。私達が上に戻って騒ぐことすら予想していたとしたら――
……。
随分と人を馬鹿にしてくれたわねぇ? 黒幕さん。
私がリリアン程度のフェイクに騙されるとでも思ったのかな? お馬鹿さんねっ☆
い い 度 胸 だ 。 宣 戦 布 告 は 受 け 取 っ た 。
頭 脳 労 働 職 を 嘗 め ん じゃ ねぇ ぞ … … !
「さて、足の痺れは取れた? 誰も来ないみたいだし、そろそろ脱出しましょうか」
内心の怒りと決意を綺麗に隠してそう告げれば、騎士は頷き立ち上がるも少々困った顔になった。
ん? 何か問題でもあるのかい?
「はい。ですが、この採掘場跡はかなりの広さなのです。私も内部構造を把握しているわけではありません。必ずお守りしますが、すぐには出られないことを覚悟なさってください」
「あ、それ大丈夫。最短距離で行こう」
「は?」
意味が判らないのか、首を傾げる騎士。ま、そりゃそうか。私が構造を知ってるような言い方だもんね、今の。
「ここの構造を知ってるとかじゃないから、安心して。イルフェナの皆には私の魔血石を使った魔道具を身に着けてもらってるの。だから、今からその真下に向かって歩いて、最後は上をぶち抜く」
「え゛……?」
「ぶち抜く前に念話で指示を出すよ。大丈夫、大丈夫! 私にとっては上に上るのも楽勝だ!」
騎士は顔を引き攣らせたまま、未だ疑いの眼差しを向けている。
ええ、この世界の魔術師を基準にするとそうなると思います。非常にまともな反応ですね!
でも、私は魔導師にして異世界人なのですよ……この世界の常識が通じません。
「あの、その方法が可能かという以前にですね、どうしてそこまで準備されているのか聞いて……」
「聞くな」
「え、と」
「聞くな。『今は』知らない方がいいこともある」
下手すると『実はその黒幕が南の国にやらかしまして。サロヴァーラはすでにヤバイ状態です』ということまで説明しなければならなくなる。
精神力をガリガリ削られるどころか、自害しかねない状況ですぜ? 今の状況ってある意味、決定打だもの。
「とりあえず、行きましょ。ああ、判っていると思うけど」
「勿論、前を歩かせていただきます。お守りするという意味もありますが、今は私も警戒対象でしょう」
「理解が早くて何より」
当然と頷く騎士に、私も笑いかける。そんな遣り取りに、騎士の表情が少し和らいだような気がするのは気のせいか。
そして私達は感じ取った魔力を手掛りに歩き出した。
リリアンが命じたと思わない理由、それは『(様々な意味で)能力不足』。
そして、黒幕の一番のミスは主人公(=頭脳労働・自己中)に喧嘩を売ったこと。
これまでの行ない全てが、馬鹿にしているようにしか見えない状況です。




