小話集1
本編・茶会騒動の関連話。
番外的なお話3つ。
小話其の一『茶会にて舞台裏よりお送りします』
「……という状況ですわ、陛下」
「最初からそれか。ミヅキには悪いことしたな」
連絡を受けて即座に茶会が行われている部屋へと急行したルドルフ。
仕事中だった為、宰相や護衛も同行だ。
エリザから話を聞くにつれルドルフの機嫌は下降の一途を辿り、宰相様に至っては殺気が駄々漏れである。
ミヅキには後宮問題としか話していなかったが、貴族も侍女もかなり最悪といえるのが現状だ。
民間人であるミヅキならある程度は理解があり察してくれると思ってもいた。
が。
まさか常識を疑われる行動を初っ端からとるなど誰が予想できただろうか?
イルフェナへの報告書を書かれようものならゼブレストの教育が疑われるレベルである。
普通に考えても侍女とイザベラの行動は絶対おかしい。
公爵家に生まれて何故そんな行動を取れるのか。
イルフェナでそんな行動をとる馬鹿がいるとは思えず、ミヅキの様子から察するに珍獣を通り越して害悪認定されたのだろう。
「で、エリザ。貴女はなぜミヅキ様の傍にいないのか?」
「ミヅキ様より『顔が売れる必要も無いし危険だから外に出ていて欲しい』と」
「……。危険?」
ちら、と扉に耳を着け中の音を聞いているルドルフに視線を向ける。
騎士達も似たような行動をしているので大変間抜けだ。
中では一体何が行われているのだろうか。
「中にはセイルが控えているのだな?」
「はい、いつでも抜刀できるようにしておくと仰せでした」
抜刀!?
何故、側室主催の茶会で将軍自ら殺戮を行う準備がある?
あれか、暗殺者の集いにでも放り込まれたとか言いたいのか!
頭を抱える宰相様を他所にルドルフ以下数名は実に楽しそうに中の様子を窺っている。
エリザが羨ましそうに見えるのは気の所為だ、気の所為。
と、その時――
ガッシャーン!
何やら盛大に破壊音が響いた。鈍い音は人、だろうか……?
恐る恐る視線を向けた先でルドルフは服に付いた埃を払い真面目な顔を作って一言。
「じゃ、行って来る!」
顔と声の調子が合ってません――などという前に騎士を引き連れ颯爽と入室していった。
大変楽しそうで何よりだ。気にしたら負けだ、そういうことにしてくれ。
宰相様は深々と溜息を吐くと壁に寄りかかった。
彼が今までとは違う意味で頭痛薬を常備するようになるまで、あと少し。
※※※※※
小話其の二『半分は優しさでできています』
「……こんな感じでいいかな?」
「お、良いんじゃね?」
ルドルフとミヅキは仲良しである。
その仲良し具合はお互いに『親友』『心の友』『悪友』『共犯者』などといった言葉から察していただきたい。
たまに物騒な言葉が混ざっても気にしてはいけない、知らない方が幸せなこともある。
年頃の男女、王とその側室という関係なのだが、そんな雰囲気を微塵も感じさせない……いや、無い。
二人揃うと色気の欠片も無いのだ、ミヅキの保護者が安心して送り出すわけである。
ある将軍はこう言った。
「お二人が一緒に居ると和みますよね、とても楽しそうで。まるで子犬や子猫が兄弟と戯れているようです」
ある護衛騎士は語った。
「戦場で背中を預けられる戦友って感じですよね!」
ある側室は怯えた。
「あの二人は何なのよ! 私もいつか殺されるわ……!」
……一体何をしてるんだ、お前ら。
特に最後。本来ならば寵を競い合う相手にすら恐れられるとは何事か。
そんな二人は本日仲良く作業中。
「あの……一体何をなさってらっしゃるのですか?」
お茶の用意をしつつエリザが遠慮がちに問い掛ける。
本来ならば侍女がそんな事をしてはいけない、だが彼女はルドルフの幼馴染であり許されている。
「えーと、絵本作り?」
「絵本、ですか?」
「うん。絵の得意な騎士さんが居てね、描いて貰った」
テーブルには絵本の原稿だろう紙が何枚も広げてある。
幼い子向けなのか、ほのぼのとした可愛らしい絵柄だ。文字も大きく読みやすい。
「まあ、孤児院にでも送……」
送るつもりですか? と続く筈だった言葉は原稿を手にした途端あっさり消えた。
『たのしいれいぎさほう(楽しい礼儀作法)』
(一部抜粋)
「みぶんとはぜったいです。おうのふきょうをかえばしょばつされてももんくはいえません」
『はじめてのおさそい(初めてのお誘い)』
(一部抜粋)
「みぶんのひくいひとからたかいひとをおさそいすることはしつれいにあたります」
『やさしいみぶんせいど(優しい身分制度)』
(一部抜粋)
「くにとはおうさまをちょうてんとしておうぞくのみなさまがさいこういにあたります」
内容はともかく判り易い言葉で書かれている。
そう、幼児レベルの理解力が最適な。
「あいつら全然理解してないからな。同じ失敗を繰り返させるのはまずいだろう?」
「まともに教育されてなかったんでしょ? これなら理解できるよね」
「読んだら感想文書かせるか? それとも簡単な例題を出してみるとか」
「折角だからそれを親御さんに見せてあげようね! 我が子の成長の証だし」
「感動して泣き出すかもな!」
(……それは感動ではなく情けなさからくる涙なのでは)
そう思っても口にしてはいけない。いや、出来ない。
お二人は優しさからの行動であって、先日のようなことを起こさぬ為の措置なのだ。
無邪気というには微妙に悪意と蔑みと嫌がらせが混じっていたとしても。
自分は侍女であり、二人の行動に口を出すなどあってはならないのだから!
そう、沈黙は正しいことなのです!
無理矢理自分を納得させたエリザは何事もなかったかのように一礼して仕事に戻った。
その後どうなったかは彼女の知るところではない。
ミヅキとルドルフの半分は優しさでできています。
ただし、残りの半分のお陰でその優しさも真っ白ではなく灰色です。
※※※※※
茶会騒動後、某国某殿下の執務室にて
「ほらね、やっぱり大丈夫だっただろう?」
遠方より届いた映像と音にエルシュオンは満足げだ。
実のところミヅキ派遣についてはゴードンを始めとする数名から反対があったのだ。
まあ、当たり前といえよう。普通に考えるなら彼等の方が絶対正しい。
ろくに教養もない娘を破壊工作員として派遣するなど誰が賛同するというのか。
実際に賛成派もエルシュオンを信頼するという者達であり、ミヅキを信じているわけではない。
「認識を改めるべきでしょうね」
苦笑しながらアルジェントは何名かの騎士達に視線を向ける。
気まずそうに視線を逸らす彼等を責めている訳ではない。彼等はミヅキの身を案じただけなのだから。
「あいつが簡単にやられるとは思えんがな」
「クラウス? 随分と信じているじゃないか?」
「あいつに持たせた俺達の努力の結晶が役に立たないなどありえん」
当然、と己が技術に自信を持つ黒騎士は言い切った。
実際に彼等の手に成る魔道具は高い評価を得るものばかり。
そんな彼等でさえ作り出せぬ魔術具を容易く作るミヅキへの評価はかなり高い。
職人達の基準は常に己の才能であるようだ。
「ですが少々不愉快ですね……」
すい、と瞳を眇めアルジェントが魔術具を見つめる。
「不愉快? 側室連中はあれが普通だったぞ?」
「違いますよ、クラウス。そんなゴミなど初めから視界に入れてません」
白騎士、微妙に本音が漏れている。
素敵な騎士様の仮面を外すほど気に食わないことがあったらしい。
「彼は何故ミヅキの腰に手を回しているんでしょうね? 側室という立場は形だけのもののはずですよね?」
「……。お前、今全部見てたよな? だったら理解しろ」
「理解は出来ても感情は収まらぬものですよ」
「そんなに気に入ってるのかい……」
エルシュオンもやや呆れ気味……だが、同時に面白そうでもある。
幼馴染達から居心地の悪い視線を受けアルジェントは拗ねたように顔を背けた。
まるで子供。いや、子供時代にさえ滅多に見られなかった光景である。
「放っておいてください! 愛されてる自覚はありますから」
「ほう、どこがだ?」
「抱きつけば必ず報復の一撃が入ります。痛みはそのまま愛の重さです」
それは愛情表現ではない。
「お前ね……そんなことしてると嫌われるぞ?」
「クラウス? 貴方も人の事は言えませんよね?」
「何だと?」
むっとした表情のままアルジェントはクラウスを見る。
クラウスは訳がわからんとばかりに首を傾げた。何故自分までそうなるのかと。
「彼女がゼブレストに留まりあの技術を利用されたら……」
「奴等を殺してミヅキを取り戻そう」
即答。
黒騎士の惚れる基準は才能! とばかりに人格その他を無視したお答えである。
技術(術者含む)への冒涜は許せないらしい。
尤も普通そんなことを言われて愛されていると感じる奴は居ないだろうが。
「あの子は人気者だねぇ……この際、君達二人の婚約者にでもしておくかい?」
「御願いします」
「頼む」
「はは、検討しておくよ」
冗談交じりのエルシュオンの言葉にも即座に反応。
対するエルシュオンも随分と楽しそうだ。
内容はともかく室内には穏やかな空気が流れていった。
……誰か止めてやれ。
一方その頃――
ゴードンと騎士sは教会にて祈りを捧げミヅキの無事を神頼みしていた。
自国の魔王に気付け、保護者。
半分冗談といえどミヅキは婚約の危機だ。
時間軸的に一纏めなので連続更新にしてみました。