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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
サロヴァーラ編

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209/706

罠は利用すべきもの

――時は謁見の間を辞した時に遡る。


「それでは、ご案内させていただきます」


 ちらりと私に視線を向けて侍女は歩き出す。その態度は少々刺があるもので、護衛のお兄さんは僅かに顔を顰めた。

 あ、気にしなくていいっすよ。寧ろ、こういう態度を取ってくれた方が私的にやりやすいので。

 フレンドリーだと見せかけているだけなのか、本心からなのか判りませんからね! 誰から見ても敵意を持っているという判りやすい態度は、目撃者がいることも含めてこちらに有利。


 何かされても『向こうが悪い!』って訴えることができるじゃない!

 たとえ私がそう仕向けたとしても、バレなきゃ相手が悪いのよ!


 セイルに『鬼畜』と言われた魔導師なのです、私。その腹の中も思考回路もただの黒どころか漆黒にございます。毛並艶々の黒猫さ~♪

 紅の英雄様、大絶賛ですよ! そう判断されたのがルドルフ関連の事件その他という時点で方向性が知れるがな。

 ちなみにセイル曰く褒め言葉らしい。奴の性格を知る限り、一般的に褒められるべきことではないということがよく判るだろう。私も全く恥じてないけどさ。

 というかね、こういった小細工を今後はしていかなきゃならんと思うのです。原因は勿論、先ほどの一件だ。

 今のところ無詠唱で魔法が可能ということまではバレていない……と思う。だが、先ほどのリリアンとの遣り取りで『常識さえ知らない異世界人』とは思ってくれまい。

 だったら、相手に対するカードはいくらあってもいい。

 折角、サロヴァーラ王が自ら『歓迎』という方針を示してくれたのだ。今後の私の行動で不敬罪を咎められないためにも、相手の有責という事実を作り上げておかねばな。



 ……ええ、『作り上げる』のですよ?



『嵌めるってことだろ!?』とか『それは裏工作っていうんだ!』という突っ込みが来る気がするけど、気のせい。

 気のせいです、気のせいでいいの! 黙っていればバレないし、アル達だって何も言わん。

 こっそりと護衛のお兄さんの様子を窺うと、どうやら周囲どころか案内の侍女も警戒対象にしてる模様。やはり、謁見の間の後に先ほどの態度ってのは拙いと思っているらしい。

 侍女は前を向いているから表情は判らないけれど、間違っても好意的な様子はない。

 しかも妙に緊張しているような……? あれか、背後から来る騎士の視線にビビっているのかい?

 そんな風に考えつつも観察していたら、護衛のお兄さんが訝しげな表情で侍女に声をかけた。


「待て。魔導師殿が滞在されている部屋に戻るだけならば、道が違うようだが……?」


 その声に侍女はぴたり、と足を止めて振り返る。その表情は相変わらず無表情のまま。


「先ほどの謁見の間での一件をご存知でしょう? そのまま戻れば、姫様と魔導師様は再びお顔を合わせてしまうかもしれませんわ」

「それは……そう、だが」


 どうやら、私達が部屋に戻る道とリリアンが自室に戻る道が微妙に重なっているらしい。確かに、折角落ち着いたところに再び私とかち合ったりしたら……第二ラウンドが開始されてしまうかもしれないね。アルもいないし。

 そもそも、あの場があの程度で済んだのはサロヴァーラ王と第一王女がいたからだ。

 リリアンを諌めきれる人物であり、私が無視できない立場の二人。この二人の不在時――少なくとも、今はサロヴァーラ王を頼れない。アル達と大事なお話中だ――にリリアンが私を怒らせるような発言をしたらどうなるか。

 サロヴァーラの者としては避けたい事態、という気持ちも判る。侍女も護衛のお兄さんもリリアンを諌める自信がないようだし、彼らには王への報告の義務がある。私が口を噤んだところで、彼らも黙秘というわけにもいくまい。

 あまり納得していないことは騎士の表情からも判っているだろうに、侍女はそれ以上の言葉を続けようとせず視線を私に向けた。


「お聞きになったとおりですわ、魔導師様。宜しければ少々お時間をずらさせていただきたいのです。勿論、お部屋を用意させていただきます」

「その許可は出ているの?」

「はい。……やはり今の姫様は少々、その、精神的に不安定になられていらっしゃるようですし」


 そう言うと、侍女は俯いてしまう。そこには確かに『姫様』を気遣う色が滲んでいた。

 と言っても、最低限の確認は必要なので。

 私は難しい顔をしている護衛のお兄さんの袖をちょいちょいと引っ張った。


「彼女の言っていることは合っています? 私は姫様の部屋を知らないので、判断ができません」

「え……あ、ああ、はい、それは合っています。イルフェナの皆様が滞在されている部屋に辿り着くまでに、確かにリリアン様の視界に入ってしまいそうな可能性がありますね」

「……」


 私達が滞在しているのは離れにある部屋だが、庭園を挟んで反対側に通路が見えた。『視界に入る』ということも含めると、侍女の言い分も嘘ではないということか。

 直接会いそうなのは謁見の間周辺だが、リリアンがどういったルートで自室に戻るか判らない。庭園で少し気分転換を……なんて提案を姉姫あたりがしていたら、ばっちり遭遇してしまう。

 しかも、私が一人のところを見れば、感情優先のリリアンが突撃して来かねない、と。侍女はそれを危惧しているらしい。

 お兄さん……もとい、『魔導師の護衛を命じられている騎士』の確認を取った途端、私は生温かい気持ちになる。


 リリアン……お前、騎士と侍女に感情で動く生き物と思われてるぞ……?

 もしや、日頃から感情的な行動が目立つのかい?


 命じられている以上は任務が最優先。つまり、この騎士でさえ『その可能性あり』と判断したわけだ。個人的感情からではなく、責任ある立場としての判断です。

 王族としては結構問題だと思うのだが、そう判断されるような性格なのかね? リリアンは。

 まあ、謁見の間でのことを思えば仕方ないのかもしれない。

 今のリリアンは異世界人に敗北&アルに振られたという、傷心と屈辱の真っ只中にいるわけですよ。プライドは多分ズタボロです。

 叱られて落ち込みはしたが、お姉様に慰めてもらっていた。あれで復活していれば、落ち込みが継続しているかどうかは怪しい。

 この二人にさえ『感情的な行動が多い』と認識されているのだ。つまり、こういうことが今までも複数回あったということだろう。でなければ、そう認識はされまい。

 侍女的には『これ以上、姫様に自分を貶めるような行動を取って欲しくない』ということでしょうな。そして、そうならないためにも『異世界人が気遣うべき』と。

 うん、この侍女は異世界人軽視派だな。リリアンの恋敵という意味も含めて、私に対する扱いは最低限の礼儀しかないだろう。

 ただ、騎士は侍女に対して厳しい表情のまま。こちらは自分が聞かされていない=侍女の勝手な判断? という疑いが継続している模様。

 許可を出した人物に心当たりはある――姉姫とか――けれど、護衛を命じられている自分に一言もないのはおかしいと思っているのだろう。

 自分の仕事に誇りを持つ騎士としてのプライドですな。こちらも間違っているわけではないので、私も納得させる言葉なんて持たない。


 ……普通はね?


「いいですよ、行きましょう」

「魔導師殿!?」


 私が了承の言葉を告げると、騎士が驚いて声を上げる。先ほどのことがあるのだ、あっさり侍女の言葉に頷くことが意外に見えたか。

 ええ、普通は頷いちゃ駄目だと思います。他国、しかも異端に優しくない北だもの、自己防衛という意味でも警戒心がないのはどうかと思います。 

 で・す・が!



 これが黒幕の罠かもしれないのですよ……! 

 行くしかねぇよなぁっ! 進むのみ!



 現状、黒幕候補がい過ぎて特定できないのだよ。しかも、謁見の間での一幕で『リリアンの恋を諦めさせる』というイベントは終了してしまっている。


 つまり、『黒幕の手掛りなしのまま帰国』という可能性が浮上してしまっているのだ!


 皆の期待を背負った身としては、ここは是非とも新たな展開へと持ち込みたいところ。しかも、侍女の行動を疑っている騎士――サロヴァーラ側の証人付き。

 侍女が私に対してどう思っていようが、誰かの指示で動いていようが、どうでもいい。これで何かあったら、『サロヴァーラに黒幕がいる』という説が確定だ。

『国』として動いたんじゃない、ということがポイントです。だって、サロヴァーラとしては私を狙う意味なんてないもの。これまでの噂もあるし、各国との繋がりもある。手を出すのはどう考えても悪手だろう。

 リリアンが誰かを使って行動に出る、という可能性も低い。さっき怯えさせちゃったし、王やアル本人の言葉もあるからね。それに事前に準備していたなら、謁見の間で焦る必要などない。

 そういった悪質な手を思いつかない子みたいだし、彼女の周囲だってリリアンを諌めるんじゃなかろうか。自己保身という意味もあるけど、これ以上やらかしたらリリアンの立場がヤバそうだもの。



 現時点で私に仕掛けてくる可能性、その後考えられることは――



・『王と第二王女、ついでに第一王女の場合』

 サロヴァーラは拙い立場になるし、リリアンも同じく。デメリットの方が大きいというより、メリットがないだろう。

 アルの正式な『お断り』もあり、婚姻を結ぶという可能性は消えているのだ。私が消えたところで意味がない。ゆえに、王と第二王女は除外。

 第一王女は次期王として見るならメリットはない。個人としては不明。


・『異世界人軽視の貴族の場合』

 イルフェナの一員として同行している以上は、私が気に食わないとしても仕掛けることはしないだろう。

 今回は『民間人』ではなく、『イルフェナからの同行者』という扱いになっているからだ。よって、貴族達が仕掛けてくる可能性も低い。

 今の地位を保ちたいならば、イルフェナを敵に回すことはすまい。そんなことをすれば、サロヴァーラという『国』に影響が出る。間違いなく犯人は王によってイルフェナに差し出されるだろう。


 ――よって『仕掛けてくる可能性』があり、『魔導師を消すことに利がある』のは黒幕のみ。ただし、新たな事件なのか、誘拐事件の隠蔽工作かは不明。

 黒幕の行動(仮)は反撃を狙う私達にとって願ってもない好機であ〜る。

 罠に嵌ったターゲットが不幸など誰が決めた? 私は歓迎するぞ? すでに誘拐事件において前科があるしな。


 生き残った後からがお楽しみの始まりじゃないか! 皆の期待に応えてみせますわ……!


 ついでに護衛の騎士が何も知らないことから、サロヴァーラに対し『犯人を見つけて誠意を見せてください。それまで滞在します』という要求ができる。これだけでも十分私達にとっては利があるだろう。

 それ以上に『私が被害者』なのですよ! 魔導師こと『世界の災厄』を敵に回すことを回避する意味でも、サロヴァーラは誠意を見せなければなりません……!


『サロヴァーラ王は疑ってませんよ、王はね? 護衛の騎士は守ろうとしてくれたもの。でも、迷惑を被ったことは事実だから、無実であることを証明して見せてね?』


 意訳するとこんな感じ。サロヴァーラは焦り、私達が生温かく事態を観察できる素敵な状況です。

 こう言っちゃなんだが、他国の者がサロヴァーラでできることなどたかが知れている。だが、それが『サロヴァーラという国の無実を証明するため』に、王の主導で行なわれたら?

 当然、死に物狂いで動いてくれることだろう。私達が踏み込めない部分まで徹底してくれることは確実だ。

 イルフェナが相手なのです、魔導師の怒りを買っているのです、『犯人を仕立て上げて誤魔化す』という真似なんてできまい。

 動きが悪ければ誘拐事件のことを仄めかし、『……南が敵に回るかも』と呟けば状況の拙さが理解できるだろう。下手をすれば被害国が揃って介入して来るぞ、怖かろう!

 それは脅迫に該当する?

 勝手に情報を流して良いのかって?

 大丈夫! それを実行するのは『異世界人』の私だもん。『迂闊にも口を滑らせて自分が得た情報を暴露するだけ』だから!

 イルフェナに問合わせされても『あの子が持つ情報が全てではない』って返されて終わるな、多分。あくまでも『保護されているだけの異世界人ですら知っている情報』です。

 そして問い合わせた結果、サロヴァーラは状況の悪さをよりいっそう痛感するだろう。『南が敵に回る』という可能性が嘘ではないと確認できるのだから。

 二段構えの脅迫なのです、やるならば一捻りを見せたいじゃないか。


「……納得していただけたようで何よりでございます。では、参りましょう」


 私の気持ちも知らずに、侍女は再び歩き出す。護衛の騎士も私に了承されては仕方ないと思ったのか、警戒しながらも歩き始めた。

 ――そんな二人の背をすぐ後ろから眺め、私は口角を吊り上げたのだった。


※※※※※※※※※


 ……で。

 侍女が私達を連れて来たのは、滞在していた客室と遜色のない部屋だった。

 位置的には滞在していた部屋の近くなのだろう。窓から見える庭、その向こうに通路が見えるし。


「ここならば姫様がお部屋に戻られたかを確認できますわ。少々、お待ちください」


 そう言って侍女は窓から外を覗き込む。……やがて確認し終わったのか、侍女は私に座るよう促した。

 私のすぐ傍には厳しい表情の護衛騎士。やはり、侍女を警戒しているらしい。

 だが、侍女は騎士に警戒心を抱かれていることなど気にも留めないようだ。淡々とお茶の用意をし、私にティーカップを差し出した。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 短い遣り取りの後、侍女は壁にかけられた絵の位置にまで下がる。控えるにしては離れ過ぎ、なような?


「貴女には姫様の視界に入って欲しくはないのです」


 改めて侍女が私に告げる。やはり彼女はリリアン側の人らしい。一方的な言葉に騎士の眦が吊り上がる。

 だが、騎士が言葉を発するより早く彼女が動いた。


「ですから。要らないのですよ、魔導師様」


 その言葉と同時に私の視界が切り替わる。一瞬感じた魔力は……転移か!?

 だが、思わず振り返った背後には護衛の騎士の姿。しかも私達は何故か『落下中』。



 この時、私は思った……一瞬がスローモーションに見えるのは本当なんだな、と。



 即座に重力軽減を発動し、騎士の腕を抱き込む。万が一、重力軽減が間に合わなくても、結界があるから死ぬことはないだろう。

 騎士が驚いた顔をしているが、今は説明する暇も余裕もない。とりあえずは生き残ることが最優先!


「ま、魔導師殿!?」

「黙ってろ! 重力をコントロールしてるんだから!」

「は、はあ」


 緩やかになった落下速度に、騎士が疑問を口にする。その疑問も尤もなのだが、今の私は自分と騎士の分までコントロールしているのだ……無駄話は遠慮したい。割とマジに。


 そして私達は無事、下に着いた。


 いきなりの浮遊に慣れてないのか、騎士は暫し硬直中。腕を抱きこんだのは私なのに、逆に縋りつかれている状態だ。

 騎士に抱きつかれたまま腰の小物入れを探り、クズ魔石を数個取り出して『明かり』のイメージを込める。そして放り投げると同時に、クズ魔石は簡易ライトと化して周囲を照らす。


「明かり、が……」

「はいはい、落ち着けー。もう離れても大丈夫ですよ」

「……。……っ……申し訳ありませんっ!」


 明かりがあるせいか、足元がしっかりとしているせいか、騎士は正気に返ると飛び跳ねるように離れた。

 その間も私は周囲を観察中。

 洞窟……それも人工的なもの、だろうか? 岩の成分に何か含まれているらしく、クズ魔石の影響を受けたのか周囲が徐々に明るくなっていく。壁とか周囲全体が発光しているのだ。

 青白い光とかじゃないの、ほんのりオレンジがかった白色灯系の暖かな色。加えて簡易ライトと化したクズ魔石がばら撒かれているので、薄暗くとも歩くのに不自由しない程度にはなった。

 勿論、私達の周囲は手にした簡易ライトのお陰でもっと明るい。これならば進むのに問題はないだろう。

 ふむ、クズ魔石を簡易ライトにしてバラ撒きながら歩けば、暗闇を進むことは避けられるな。何かがいても見えているのだ、十分な対応が可能と見た。罠とは言え、そこまで深刻な事態じゃない模様。

 はっきり言って、忠実に再現されていたゲーム内のダンジョンの方が暗かった。だから怖さもあまり感じないのかもしれない。

 命の危険はあるかもしれないが、気分はダンジョン探索。この後に控える『お楽しみ』も含め、気分は高揚の一途を辿っておりますよ……!

 そんな感じで内心一人盛り上がる私をよそに、騎士は周囲を見回して状況把握に努めていた。そしてこの明るさの原因を知っていたらしく、声を上げる。


「これは……魔光石!? ということは、城の地下にあるという採掘場跡、か?」

「マコウセキ? っていうか、サロヴァーラって城の地下にこんな場所があるんだ?」


 疑問の声を上げた私に、騎士は一瞬怪訝そうな顔になり……すぐに納得した様子で頷く。


「ああ、異世界人である魔導師殿には馴染みがないのですね。魔光石とは魔道具が開発される以前に明かりとして用いられた物です。魔力に反応して光るので、よく使われていたそうですよ」


 つまり異世界版簡易ライトですな。光らせるための魔石とか魔力を電池に喩えると判りやすい。確かに火とかランプよりも安全だ。

 魔光石そのものではないのだろうが、この採掘場跡には純度が低くとも魔光石が含まれているようだ。そこにクズ石とはいえ魔石が投下されたから、ここまで明るくなったということか。

 しかも場所は城の下。城には魔道具などが複数あるだろうし、じわじわと魔力の影響を受けているから完全な暗闇にはならないのかもしれない。


「採掘場跡が城の下にある? 勿論、部分的だろうけど」

「ええ。城の地下全てがこのようになっているわけではありませんし、すぐ下が空洞というわけでもないですよ。確かこの採掘場を確保するため、そして……」


 そこで騎士は一度言葉を切り。


「賊などの侵入者対策として利用するために城が建てられたと聞いています。いざという時の逃亡用、それから」

「内部に侵入された場合の罠として利用、ね。上に上がるのは困難でも、下に落とすのは楽だもの」


 さらりと口にすれば、騎士は申し訳なさそうな顔で頭を垂れる。

 うん、絶対に発動したのは罠の方ですな。だって、空中に放り出されたんだもの――浮遊の魔法が使えなかったらアウトですよ。

 加えて私達は重力軽減により、ゆっくりと落下した。……普通なら詠唱が間に合わないような距離じゃありませんかね、出現した場所から下までって。

 ただ、良い情報もある。ここが洞窟ではなく採掘場跡ならば脱出口はあるってことだ。加えて空気の確保もできてると見て間違いはない。

 何より上にはさっきまで居た城がある。『城の地下』って口滑らしたからね、この人。これを知ってるとそこまで不安になる必要はないのだ。

 それにしても……私が座った周辺は登録された物以外をすり抜けるようにでもしてあったんだろうか。あの侍女も罠が発動する際は離れたし、それなら侵入者のみ地下送りが可能だ。

 魔導師としては少々興味を引かれる術ですな。まあ、今は好奇心に封印を。

 はっきりしているのは、あの部屋には罠の術式があって地下へと落とすということのみ。だが、悪意の証明はこれで十分だった。 


 つまり、私達は痕跡を残さず行方不明。目撃者もゼロ。

 黒幕とその配下が警備方面に影響を持つなら冗談抜きに消えた状態。


 悪意満載だよねぇ? 罠を使われた可能性に思い至ったとしても、時間が経過していれば生きている可能性は低い。

『要らない』ってのは『口封じを兼ねた強制退去』って意味にしか取られんぞ? これで偶然の事故とか、悪意がないは通るまい。

 ……ただ、私は南の人々から見ても『規格外』でして。


 上にぶち抜けば確実に出られるじゃん? と思うのです。 残念!


 さすがにこの場でやろうとは思わない――対策が取られていたら面倒だ――ので、少し歩くけど。

 つーか、そんな手を使うとは夢にも思わないんだろう。脱出以前に普通の魔術師なら落としただけで死んでるかもしれないし、生きていたとしても脱出まで長い道のりです。上にぶち抜けなきゃ、現在地がどこか判らないまま行き倒れて死ぬわな。

 私が無詠唱で魔法を使うということを知らなかったゆえの判断ミス。護衛の騎士が罠について知っていたことも加えると致命的です。

 騎士は馬鹿正直に『いざという時の逃亡用』とも口にしているのだ……これ、知る人間が相当限られる情報だろ。あの侍女は『主犯に教えられたから』知っていたみたいだし。

 つまり黒幕は魔導師を亡き者にしたいと思っているだけではなく、『罠の存在を詳しく知るサロヴァーラの人間』ってことですな。

 うん、事態は凄く進展した! 怪我もないし、証人もいるし、未だ正体の掴めぬ黒幕の姿がより明確になった上に、私が被害者で確定。成果は十分だ。

 よっしゃ、もう用はない。さくっと脱出しましょうか。上に戻ったら侍女の確保が最優先!

 そう言いかけ……申し訳なさを全身で表している騎士に気づき、生温かい目を向ける。静かだと思ったら、彼は未だ落ち込んでました。真面目です。


 騎士さん……貴方の言葉で脱出方法どころか色々と判明してるのですが。

 っていうか、私は今後の有利な展開に内心大喜びしてるのですが。


 多分、罠に嵌めたのが自国の人間ってことに申し訳なさを感じて説明してくれたとは思うんだ。普通はこんなことをあっさり口にしないだろう。

 まあ、罠でさえあの状態だ。脱出用の出入り口なんて普通の方法じゃ利用できまい。そういった情報も知っているからこそ、口にできたと思う。


 そんなことを考えつつ、生温かい目で騎士を眺めながら。

 折角なので、彼の罪悪感に少〜し付け込んでみようかなー? とも思うわけでして。


「……で。先ほどの侍女の行動について説明していただきたいのですが」


 うふふ! と笑いながら問えば、びくぅっ! と騎士は肩を跳ねさせる。

 怒ってますよ、という姿勢を見せつけることが重要なのです。この人に証人になってもらわなきゃならないからね!


「そ、その、大変申し訳……」

「その前に。言い訳はこの姿勢でお願いします。私の真似をしてくださいね」


 騎士の言葉を遮り、私は座って見せる。所謂、正座です。騎士も不慣れながら大人しく従ってくれる。


「元の世界にある私の故郷において、最上級の礼儀とか謝罪を示す時に使われる姿勢です。こんな風に手を着いて、頭を下げます」

「こ、こうでしょうか……」


 私を真似て、騎士も同じような姿勢になった。

 人はそれを土下座という。どちらの力関係が上か非常にはっきりするポーズにございます。

 私は立ち上がって腕を組み、頭を下げたままの彼の後頭部を見下ろした。


「では、言い訳をどうぞ。あの侍女をつけたのは王様でしたよね……?」

「そ、それは事実なのですが。大変申し訳ございませんっ!」


 柔らかな光に照らされた地下、もとい採掘場跡に。

 土下座をした青年の必死な声が響き始めた。

前話の事情判明。

主人公は計画的に罠に飛び込んで行きました。

ターゲットになった方が獲物を狙う目をしてます。

※朗読劇化と魔導師八巻のお知らせが活動報告にございます。

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