第一王女
『貴女様がアルジェントと結ばれることはありえないのですよ』
そう告げた私に、リリアンどころか周囲も沈黙した。その反応に内心首を傾げ……レックバリ侯爵の何やら呆れたような視線に『原因』を知る。
ああ……そういや、この国って南ほど私のことを知りませんものね。
皆様、『何故、お前にそんな対応ができるんだ!?』という心境ですか?
今のは異世界人の受け答えじゃないってことですね! それにビビった、と。
これは私というか、私の周囲にとっては当たり前のことなのですが。というか、できなければ交渉や断罪の場に関わらせてもらえません。
ただ、普通はそこまで異世界人を教育する必要もないのだろう。私の場合は魔王様が遣り過ぎた(レックバリ侯爵談)らしいので、今回初めて私と接する皆様には驚愕の事態だった模様。
サロヴァーラ王も驚いてたみたいだしねぇ……リリアンと口喧嘩になることくらいしか予想してなかったんじゃないか?
そう思うと少々居心地が悪い。こちらに好意的な王様をビビらせるのは悪手だろう。
『拙い、対応ミスったか!?』とは思うものの、こればかりは仕方がないとイルフェナ勢は諦めていただきたい。国に恥をかかせるわけにはいかんのだ。
そう判断したはいいが、周囲の視線は相変わらず私に突き刺さっている。サロヴァーラ王もどうフォローしていいか判らないらしい。
私のことなんて気にしなくていいっすよ、サロヴァーラの皆様。スルーです、スルーしてください。それが大人の対応です!
飼い主の方針で『珍獣』から『ちょっと躾けられた珍獣』程度にランクアップしただけですってば!
寧ろ、驚く貴方達の方が一般的な反応だろう。私は過保護気味な保護者様がちょっと頑張り過ぎちゃっただけ。ただし、その『保護者』が普通じゃなかった。
南に属する国だと『魔王殿下の保護下にある』ってだけで、私が何をしようとも納得される。『それで納得されてしまう』のだよ、マジに!
……『外交において敗北知らずの魔王』なのですよ、我が保護者様。『飼い猫をお馬鹿なまま野放しなんて、ありえない!』というのが共通の認識だ。たまに哀れまれてるしな、私。
その成果を発揮しまくった果てが、南での実績なのだが……北は魔王様とそれほど接する機会がなく、私のこれまでの行動も『噂』や『結果』でしか知らなかったのだろう。だから私の態度に驚いている。
そもそも私の性格を少しでも知っていたら、招き入れるなんて真似はしない。先ほどアルを危険人物のように言ったが、それは私にも当て嵌まるのだから。
サロヴァーラ王はそこまで思い至らなかった模様。ま、それが普通だ。『異世界人という部外者』が保護者の配下を名乗ったり、魔王殿下とその周囲が異世界人を信頼するなんて、誰も思わん。
「エルシュオン殿下の教育方針かね?」
サロヴァーラ王が尋ねてくるので、私は肯定の意味で頷く。
「異世界人とは特殊な立場です。それゆえに利用されやすい。そして守護役達がいようとも、確実な守りなどないでしょう。エルシュオン殿下は『自分の身は自分で守れ』と私に様々な知識を授けてくださいました」
「ほう……随分としっかり身に付けさせたのだな」
そう答えれば、サロヴァーラ王は感心するように頷いた。
嘘は言っていない。
私が『それをどう利用してきたか』を言ってないだけで。
なに、ちょっくら『守りのための知識』を『攻撃・その他』にも使うようになっただけだ。『間違った知恵の使い方をしている』とよく言われるのは、魔王様が私を利用する気がなかったと皆が知っているからだもの。
今もレックバリ侯爵がとても生温かい目で私を見ている。色々と思うところがあるらしい。
そんなことを思っていたら、女性の声が割り込んできた。
「申し訳ございません、魔導師様。この子の非礼、姉である私がお詫び致します」
声の主は第一王女。ひっそり控えていた彼女は、妹の起こした騒ぎを収めるべく前に進み出た。
金髪に紫の目という色彩は一緒だが、纏う雰囲気は妹姫とは正反対。周囲が安堵の息を漏らすあたり、彼女は配下達にもその優秀さを認められているらしい。
「一つ言い訳をさせていただけませんでしょうか。この子はそちらにいらっしゃるアルジェント様に恋焦がれておりました。ですが、アルジェント様の視線の先には貴女様がいらっしゃる」
そう言って痛ましそうな目を第二王女に向け、第一王女はすぐに私に向き直った。
「恋が叶わぬだけではなく、妹は周囲から縁談を仄めかされておりました。……あのままでは想いを伝えることなど叶いません。焦ってしまったのでしょう、妹は。愚かなことだとは思いますが、どうか恋を諦める切っ掛けさえ許されなかった妹を哀れに思ってやってはいただけないでしょうか」
「お……お姉様……」
その言葉を言い切ると同時に頭を下げる第一王女。彼女の言い分はどこまでも妹を哀れに思う姉であり、その声音は妹を気遣う優しい響きをしていた。
青褪めていた第二王女も姉の言葉を聞き、目に涙を溜めている。
……だが。
私は全く別の評価を第一王女にしていたり。おそらくはイルフェナ勢全員が。
やるじゃねーか、お姉様? あんた、絶対に狙って頭を下げただろ?
第一王女の言い分は『妹はアルジェント様を諦めるために想いを告げたかったの!』というもの。
これは『アルジェント様を無理矢理連れて来ることなんて最初から考えてませんよ』という意味に受け取れる。
ご丁寧にも切羽詰った状況――縁談という義務――を明かした上で『イルフェナに理解と恩情を求めた』。
次に『南ほど異世界人を認めていない国の王族が、自国の非を認めた』。
このままいけば第二王女が十分な謝罪をするか怪しい。いや、謝罪をするかもしれないが……そこでヘマをしても困る。それを『反省していない』と受け取られる可能性とてあるだろう。
何より、貴族達が私に対してどういった感情を持つか。『王族に頭を下げさせるとは何様だ!』という感情のままに、使用人達と嫌がらせをしてくるかもしれない。
第二王女が口にした『化け物』という言葉。あれが彼女だけの認識とは絶対に思えないもの。
だが、彼女は認めた。『妹が悪い』と。
これで私が責められる可能性が消えたので、第二王女どころか貴族達から私を守ったという『実績』ができる。勿論、このまま無事が保証された場合だが。
最後。『王』ではなく、『第一王女』が『頭を下げた』。
これ、結構凄いことですよ。サロヴァーラの私に対する認識は『珍獣』もしくは『民間人』。魔導師という以前に同じ人として認識されているか怪しい。
そんな輩に対して次期王位継承者が頭を下げての謝罪。そこまでされたら、私どころかイルフェナだって不問にするしかなかろうよ。
『最高権力者』が簡単に頭を下げるわけにはいかないからこそ、次期王位継承者という存在が名乗りを上げた。何より私に対してサロヴァーラ王がそんな真似をすれば、内部に反発を招きかねない。
……で、そういった裏を察せないイルフェナじゃないわけだ。
これを私達がイルフェナに報告すれば、第二王女のことでサロヴァーラが不利益を被る可能性は低くなり、次代の第一王女に対する評価も上がる。『優秀な第一王女』という噂を事実にすることができるだろう。
中々やりますねー。これを全部この場で考えたとしたら相当だぞ、このお姫様。
ただ、私はもう少し捻った考え方をしたいものでして。
サロヴァーラ王と第一王女がこの茶番の仕掛け人じゃないか? とも思うのですよ。
何せ、今回の目的が『第二王女の恋を諦めさせる』というもの。アルに振られて納得できるなら、わざわざ私まで呼ぶ必要はない。
ついでに言うと、第二王女の言動はサロヴァーラ王が煽ったことが原因だ。わざわざ焦らせたようにしか見えなかったよなぁ、正直言って。
当初のプランでは『異世界人と第二王女が口喧嘩』→『王が諌める』→『アルの意思をはっきりさせつつ、第二王女に非がある以上は異世界人の不敬罪も不問』……とかなっていたんじゃないのかい?
だが、私がばっちり魔王様の教育の成果を発揮してしまったことが予想外だった。
サロヴァーラ王の驚きはそういった解釈もできる。私に非がない以上、サロヴァーラは一方的にイルフェナに突かれる側となるからね。
私が守護役を通じて話を広める可能性とてあるのだ、何らかの形で謝罪しなければならなくなってしまう。そんな状況に機転を利かせて、サロヴァーラを救ったのが第一王女。
どうよ、これなら周囲の安堵の表情も納得だ! 可能性としては十分にあるだろう。
――そして。
他国の第一王位継承者に頭を下げられた以上、私の対応は一つしかないわけで。
「お気になさらず。謝罪をいただいたことも、しっかり報告致しますのでご安心下さい」
微笑んで同意し、敬意を表すように頭を下げておく。相手の望む展開になったのは癪だが、これしかない。
おそらくは『報告の義務がある』ということも念頭に入れて、第一王女は動いたと思われた。だから『理解してるよ!』という意味も含め、わざわざ口に出しておく。
「ありがとうございます……!」
第一王女は私の言葉を聞いて下げていた頭を上げ、嬉しそうに微笑んだ。……その言葉が『こちらの思惑を理解していただいて、ありがとうございます』にも聞こえたが。
サロヴァーラ王は小さく息を吐き、事態の収束に安堵する様をみせている。その顔には笑みが浮かんでおり、先ほど見せた焦りは微塵も感じられなかった。
私と第一王女の遣り取りの裏を察していただろうに、表面的には第一王女の機転によって助けられた風にしか見えない。予定された茶番なのか、予想外の出来事なのか、よく判らん。
うーん……やっぱり王族は一筋縄じゃいかなそうだ。
「さて、今回はこれまでとしよう。これ以上の騒動は望まぬ」
「……っ」
ちらり、とリリアンに鋭い視線を向けるサロヴァーラ王。視線を受けたリリアンはびくりと肩を跳ねさせ、俯いてしまった。味方のいない妹を哀れに思ったのか、第一王女が寄り添い慰める。
その光景をひっそりと視界に収め、私は一つの確信を抱く。
リリアンが黒幕という可能性はゼロだ。それだけはない。この子は良くも悪くも素直過ぎるだろう、策を練るとかそういった方面には向くまい。
だが、『騒動を起こす駒』としては秀逸。理由があり過ぎるし、この場でのこともある。『今後何かが起きた場合、疑われる可能性が高い』。
別の意味でリリアンを警戒した方がいいだろう。正しくは『リリアンが起こす騒動』を。
「ああ、申し訳ないが……魔導師殿は先に部屋へと戻ってくれないか。アルジェント殿達には別室にて少々話がある。勿論、護衛をつけよう」
唐突なサロヴァーラ王の提案に、思わず訝しげな顔になりかけ……即座にその理由を理解する。
あれか、今回のネタばらしと言うか、説明か。私は部外者扱いなのでバラしていいか不明ってことですな。ついでにリリアンをさくっと撃破してしまったので、警戒されているという点もあると思うが。
イルフェナ勢ならば『外交の一環』だが、私相手だと『部外者に情報を与える』ってことになる。
どう考えても今回のことって国の恥ですからねー、噂の魔導師に内部事情をバラすとか絶対にありえない。
王様は『案内の侍女』だけではなく、『護衛を付ける』って言ったからね。私にとっても、サロヴァーラにとっても、そういった対応が重要だと理解しているのだろう。
そこは放置でもいいのよ? 迷子の振りして色々探るから。
というのが私の本音なのだが、サロヴァーラ王はこの短い時間でしっかり私を警戒対象にした模様。
『余計なことはするな』と。暗に警告しているのだ、サロヴァーラ王は。
内心舌打ちしつつも、そんな感情は表に出さない。レックバリ侯爵の方を窺えば、僅かに頷き『同意しろ』と示す。……レックバリ侯爵はイルフェナで裏事情を聞いていたのかもしれない。
「判りました」
「うむ。……では、参ろうか」
素直に頷くと、サロヴァーラ王も安堵の表情で場を切り上げるべく行動を起こす。当然、私達もそれに従った。
謁見の間を出ると、私はイルフェナ勢とは別行動。私には部屋へと先導する侍女、そして近衛らしいお兄さんが一人つけられる。
この二人は扉の外で待機していたので、私だけ先に部屋に戻るのは最初から決定事項だったらしい。二人とも唐突に異世界人を任されたにしては慌てる様子がないし。
侍女は軽く頭を下げた程度だが、近衛らしいお兄さんは微笑んで会釈してくれた。どうやら異世界人に偏見のない人選がされているっぽい。
アルに視線を向けると『こちらはお任せを』とばかりに小さく頷く。罠だったとしても対処できる、という意味ですな。
私に対してはそういった心配はしていない……というか、個人的に襲撃を期待していると知っているので、アルはやや苦笑気味。いーじゃん、確実に相手が悪い方が楽なんだから!
見送る人々の表情が安堵しているように見えたのは……気のせいじゃないな。ここで話を続ければ、またさっきのようなことが起こりかねないもの。
リリアンだけではなく、彼らとて私への接し方が判らなくなったに違いない。これまでの『異世界人=民間人程度の常識しかない』という認識が崩れたのだ、それに伴って言葉に気をつける必要もあると知れたのだから。
どんな『お土産』をイルフェナに持って帰るか判らないものね? そりゃ、会話を続けられても困るか。
私は『珍獣』から『扱いの困る異世界人』となったようだ。こりゃ、情報収集するにしても警戒される、かな?
そう思いつつも、彼らへの警戒は忘れない。王、第一王女、異世界人に良い感情を持たない貴族達……黒幕を絞り込める条件が少な過ぎて特定が難しい。
最悪、この国に黒幕がいないという可能性もあるのだから笑えない。間違うことができないのだから、何としても証拠が欲しい。
私に鋭い視線が向けられるのも仕方ないとは思うが、状況はあまりよろしくないだろう。
黒幕さん、目立つ行動取ってくれないかな? ちょっと候補者が多過ぎだよねぇ。
怪しい人が多過ぎて黒幕の特定が難しい主人公。
※活動報告に魔導師八巻の詳細を載せました。
活動報告に『魔導師は平凡を望む』朗読劇化のお知らせがございます。




