叶(敵)わぬ理由
サロヴァーラ王城、謁見の間。
そこは妙に張り詰めた空気が漂っていた。
って言うか、イルフェナ勢とか私がいるからなんだけどねっ!
ただの外交じゃないぞ、『騒動が起こることが予想された訪問』ですよ。
サロヴァーラ王の思惑がどんなものかは知らないが、第二王女の執着は皆に知られている模様。第二王女の性格を知るゆえに、嫌な予感しかしないのだろう。
しかもやって来たのはレックバリ侯爵。今後にどう響くか判らない相手なのだ……そりゃ、怖いわな。
そこに第二王女の執着する対象、もとい想い人であるアルジェントが『自身の想い人(仮)』を引き連れて御登場。しかもその相手はキヴェラを敗北させたという魔導師。
『守護役達が魔導師を溺愛している』という噂が事実でなければ、彼らもそこまで緊張はしなかっただろう。守護役としての義務による接触しかないので、第二王女とて不快に思う程度なのだから。
……しかし、現実は厳しいものでして。
到着するなり仲睦まじい様を見せつけまくった挙句、同行者達はそれを呆れながらも黙認。これで『噂は事実だった』と盛大に広まった。当然、第二王女の耳にも入っただろう。
私が異世界人ということも含め、向けられる視線はかなり多かった。そこをアルがさり気なく庇ったりしていたので、信憑性ありと判断されたと思われる。膝にも座ってたしな、私。
ここまで来ると、サロヴァーラの人々が警戒するのは第二王女オンリー。このピリピリとした雰囲気は王の傍に控えている第二王女を警戒してのものだ。
――頼むから何もしないでくれ、と。
アルジェントを怒らせる=イルフェナが怒る。
魔導師を怒らせる=サロヴァーラが(国の滅亡方向に)ヤバイ。
レックバリ侯爵も怖いが、バシュレ公爵家とて十分怖い。しかもアルは守護役なので『他国の第二王女が国の決定に文句をつける』ということだ。
どちらを怒らせてもサロヴァーラ的にアウト。サロヴァーラ王は中々に危険な賭けに出た……というのが、皆の心境だろう。
さすがにイルフェナには事情を話しているだろう。……た、多分ね?
それくらいはしていると思いたい。魔王様が知らなかっただけとか、知っていても私に何も言わなかったとか。
なお、私に対する視線はそこまで悪意に満ちたものではなかった。見た目があまりに普通過ぎて脅威に感じなかっただけかもしれないが。
どちらかといえば、好奇心のままに向けられる視線の方が多い。悪意はないけど、まだ同じ人とも思ってない……みたいな感じ。やはり最初から人扱い――南はそこからスタートだった。アリサの場合は嫉妬が絡んでいたが、それでも人として見られていた――はされない模様。
この扱いに私が嘆く……なんてはずはなく。大いに喜んだことはいうまでもない。
珍獣? 素敵なポジションじゃないか。
ついでに『魔王殿下の飼い猫(珍獣)』っていう認識も宜しく!
よーし、よーし、このまま行けば『人と認識されてないので法に触れませんよね?』という言い分の下、第二王女と一戦に持ち込める。こんな視線を向ける周囲も同罪。異議は認めない。
そのまま向こうを煽りつつ情報収集していけば、黒幕について何らかの手掛りは得られるだろう。イルフェナが咎められることなく、黒幕に近付く貴重なチャンス到来ですよ……!
期待してるぜ、王女様! 一発平手を見舞うくらいの勢いでお願いねっ!
大丈夫、私は許す! 超許すから、こちらの思惑どおりに踊ってくれ。
「よくぞ、来られた。招いた者として歓迎しよう。楽にしてくれ」
サロヴァーラ王が穏やかに微笑みながら言葉をかける。私達はレックバリ侯爵を筆頭に頭を下げているので顔が見えないが、声の様子から悪意は感じられなかった。
っていうか、『王が招いた』とこの場で公言してるからね?
これで私達に難癖をつけてくる輩は『王の意思に背く』『王に恥をかかせた』という扱いになるので、よほどこちらが拙いことしない限りは安全が保障される。サロヴァーラ王は中々に気遣いのできる人みたい。
その言葉に周囲が息を飲んだ気配がしたので、ここで初めて王の意向を知った人もいる模様。
王女に魔導師の同行が伝わらないようにするための情報規制か? ……やっぱりこの訪問は裏がある気がする。
促されて頭を上げると、声の主が見える。サロヴァーラ王は見た目的には穏やかそうな人だった。
そして、最初にちらりとしか見れなかった王女達の姿を見る。一人は穏やかに微笑んでいる大人しそうな女性。私に対して特に敵意を向けてこないので、こちらが優秀と評判の第一王女だろう。
第一王女は控えめな印象ながら、決して霞んでいるわけではない。何て言うか……聡明そうな印象を受ける。周囲も彼女に対して敬意を払っているような感じだ。
で、もう一人。顔を上げた途端、アルに熱の籠もった眼差しを向けて顔を輝かせた金髪の女性。こちらが間違いなく第二王女と思われた。
アルを堪能すると速攻で私を睨みつけてるもんな〜……他人事ながら、そんなに感情を表情に出していいのだろうか? 感情制御ができてない王族ってヤバくね?
噂どおりで非常に判りやすい二人の王女にこっそり視線を向けている間、サロヴァーラ王はレックバリ侯爵と言葉を交わしている。
と言っても、社交辞令程度の簡単なものだ。いきなり本来の目的を話すわけにはいかないので、その導入……といったところか。そんなことを思っていると、サロヴァーラ王の視線が私に向いた。
「さて、そちらが噂の魔導師殿かな?」
「ええ。ミヅキといいましてな、殿下の後見を受けております。……ミヅキ、挨拶を」
周囲の視線が集中する中、レックバリ侯爵に促されるまま微笑み。
「ミヅキと申します。どのような噂をご存知か測りかねますが、エルシュオン殿下の後見を受けた魔導師……と名乗らせていただきます」
若干暈しながら挨拶し、一礼する。
相手がどれほど情報を持っているか判らないのだ、誰でも知っているもの程度に留めておくべきだろう。第二王女がビビって喧嘩を売ってくれなくなっても困るしね。
そんな私の思惑に気づいたのか、サロヴァーラ王は僅かに目を見開き……満足げに笑った。合格点をいただいたらしい。
「おやおや、『守護役達に溺愛されている』という噂はサロヴァーラまで聞こえておるぞ? そこにも一人いるだろう? この国でも実に仲睦まじいと報告を受けておる。『守護役としての役目だけ』とは、誰も思わぬだろうよ」
そう言って、サロヴァーラ王はアルに視線を向けた。
その表情は面白がっているようであり、微笑ましいと思っているようでもある。おそらくは、私達に視線を向けてきた者達の中に王の手の者がいたのだろう。それをここで暴露した、と。
……。
容赦ねぇなぁ、王様!
この国の最高権力者自ら『守護役達に溺愛されてるって噂を聞いてるよ!』と宣言しますか。これで『そんな噂なんて知らなかった!』という言い訳が使えなくなりましたよね?
『アルジェント殿も溺愛しているという守護役の一人だよね』と再確認させましたか。つまり、『守護役って国の決定だから他国の者は口を出せんよ』と暗に提示。
それ以上に『自分もイチャついてると報告を受けた。噂は事実でした!』と明言しましたね? これでサロヴァーラでは『噂は事実』と決定ですよ、王が断言したんだもの!
う〜わ〜……第二王女、これを察せなかったらマジで無能の烙印押されるぞ? 王様がしっかり口にしたもの、『知らなかった』は通らない。
第二王女の性格は父親であるサロヴァーラ王も理解しているだろう。それを承知で逃げ道をビシバシ塞いでますよ。
一見、親切に解説したようにも見える、大変えげつない手段です。やはり優しげに見えても、王ならばそれだけではない。
サロヴァーラ王の思惑を知ってか、アルは若干照れたような笑みを浮かべた。
「お見苦しいところをお見せしたようで、申し訳ございません。彼女はあらゆる柵のない立場ですので、常に伝え続けなければ忘れられてしまいそうなのです」
「はは! そなたを想う女性は数多いだろうに、唯一は振り向かんとはなぁ……少しは令嬢達の苦労を理解できたのか?」
「ええ。日々、痛感しております。ミヅキは己が立場を放り出す男など、見向きもしませんので……どうしてもこういった些細なことの積み重ねになってしまうのです。そういったところも惚れ込む理由なのですが」
ほのぼのと会話を続ける二人も暗に警告を行なっている。アルも王の言葉を私と同じように解釈したらしく、それに添って言葉を選んでいるもの。
アルは噂を肯定しつつも地道な努力の日々を語り、サロヴァーラ王は微笑ましいと言いつつもアルを恋する男認定。それに加えて今回メインと思われることを暴露している。
つまり、『立場を放り出す奴って最低! 価値なし!』である。
それに加えて『第二王女との縁談? そんなのあったっけ?』と言わんばかりのノロケっぷり! しかも煽っているのは王の方。
第二王女が青褪めているのにも気づかず――実際には気づいているだろう――『私が、彼女を想っているんです! そこを間違えないように』と言わんばかりにアピールしている。
腹黒騎士様は許される範囲での報復に抜かりはない模様。ザックザックと絶好調で第二王女の精神を削っております。
……絶対に煽る目的だけじゃなく、過去の報復も兼ねていると思う。ウザかったんだな、第二王女。
そして、これまでの会話は周囲に十分な影響を及ぼしていた。アルと王の会話に、周囲がチラチラと第二王女に視線を向け始めているのだ。
王との会話に割り込むことはできないが、それでも第二王女が心配な模様。これは『問題行動を取らないか』という意味で。
だが、周囲の心配がピークに達して王に進言するよりも早く、第二王女が我慢の限界を迎えたらしい。
「アルジェント様!」
二人の会話中、いきなり響く第二王女の声。
いくら王族であろうとも、王の会話にいきなり割り込むのは不敬である。それを無視した第二王女に対し、王は不快げな視線を向けた。
それでも第二王女は止まらない。今を逃せば二度と機会はない。それが彼女を焦らせ、行動に移させたのだろう。
「私はアルジェント様をお慕いしております! どうか……どうか、私を選んでくださいませ!」
縋るような、王女からの告白。普通ならば無碍にできず、個人では決めかねることでもあるから一旦保留となるだろう。
……だが。
「お断りいたします」
アルは一瞬サロヴァーラ王に視線を向け、王が頷くや即答。その返事の早さに周囲は驚愕の視線を向けて――前述した理由があるので、即答したことが意外だっただけだ――判断を仰ぐように王を見た。
彼ら的には『公爵子息だろうと、独断で返答していいのか!?』という気持ちなのだろうが、理由が判っている少数の者達は納得の表情だ。寧ろ、第二王女に批難の目を向けている。
「な……ぜ、どうしてなのですか!?」
「私にとって『そう答えるのが当然』だからです」
暈した言い方をするアルに第二王女は縋るような目を向けるが、アルが頷くことはない。寧ろ、微笑んだままきっぱりと言い切ったアルが信じられないようだった。
そしてアルの言い分はこの場合、本当に『当然』なのだ。正しくは『第二王女にとっても』となるのだが、残念ながら第二王女が気づいた様子はなかった。
そんな王女の姿にサロヴァーラ王は失望を滲ませる。この場を乱したことに加え、そう言われてさえ理解できない娘に呆れている……そんな感じだ。
第二王女はアルに何を言っても無駄と悟ったのか、今度は私を睨みつけた。
「お前……お前如きが選ばれるなどっ! 異世界人という化け物のくせに!」
「リリアン! 控えよ!」
「何故です、お父様! 事実を言っているだけではありませんの。ほら、その異世界人も事実を言われて言い返せないではありませんか」
黙っている私に、第二王女――リリアンは勝ち誇った笑みを浮かべる。王の叱責の意味を理解していないのだ、だからそんな言葉が出るのだろう。
そして私は傷付いているわけでも、反論の言葉が見つからないわけでもなく。リリアンに向けていた視線を再びサロヴァーラ王に向け。
「発言をお許しいただけますでしょうか?」
「……え?」
サロヴァーラ王に許可を求めた。
呆けたような声はリリアンだ。逆にアルは満足げに笑みを深めている。レックバリ侯爵は表情すら変えず、それが当然とばかりな態度。
あのね、リリアン。
ここ、謁見の間。しかも王の御前です。
私が売り言葉に買い言葉で発言できるはずなかろう……!
イルフェナの一員扱いですからね、私。イルフェナ――魔王様に恥はかかせられません!
王族のリリアンならば叱られるだけで済むかもしれないが、私はアウト。アルもさっき視線で王に許可を得たじゃないか。
アルの場合は王女に問い掛けられてしまったので、仕方なしにああなっただけである。私の場合は『反論』になるので、許可が必要だ。
ただ、サロヴァーラ王は私の発言が意外だったらしく、少々驚きながらも許可をくれた。
「あ、ああ、よい。許す」
「ありがとうございます。説明の際に少々、不敬にあたることが含まれてしまいますが……」
「構わん。全ては我が娘の愚かさが原因だ」
不敬を咎められないよう事前に確認し、許可を得られたことに感謝の言葉と礼を。そしてリリアンの方に向き直る。リリアンは……若干怯んでいた。
民間人でしかない私がそう来るとは思わなかったらしい。魔王様の教育はこういった場面でもお役立ち。
「リリアン様は理解されていらっしゃらないようですので、順を追って説明いたします。まず、貴女様とこちらのアルジェントの婚姻が成立することはございません。これは個人の感情の問題ではなく、それぞれの立場が原因です」
「立場ですって? 王族との縁談など良縁ではありませんか」
リリアンは馬鹿にしたような目で見てくるが、私は首を横に振った。
「アルジェントはイルフェナにおいて『翼の名』を持つことを許された身。彼らは能力だけではなく忠誠心を国に認められているのです。そして……国に仇成す者は勿論、主の命あらば親しい者さえ手にかけます」
リリアンは未だ不満げな表情をしている。そんなことくらい知っている、とでも言いたげだ。
「イルフェナは身分に比例する能力を求められる国。相応しくなければ、表舞台から『消される』のが当然です。そしてアルジェントはその在り方が当然と考えている。……不要ならば妻だろうと手にかけるでしょう。それが王族であっても」
「……っ……それは、そうでしょう。ですが、相応しくあれば問題はないでしょう!?」
『イルフェナの常識』。リリアンはそれに一瞬怯むも、これまで王女として過ごしてきた時間がそうさせるのか未だ諦めることはないらしい。
だが、私はそれを打ち砕くカードを手に入れていた。
「貴女様では無理です。今、それをご自分で証明なさったではありませんか」
「な……この場を乱したことは謝罪しますわ。ですが……」
「そういう意味ではないのですよ」
少し頭が冷えたのか、謝罪を口にするリリアン。だが、彼女がイルフェナにおいて『不可』とされる十分な理由はそれだけではない。
「先ほど、王はこう仰られたはず。『招いた者として歓迎しよう』、と。それが『国としての方針』ということです。にも関わらず、貴女様は反意を示された。これは『最高権力者の言葉に力がない』とも受け取られますし、王女自ら王の顔に泥を塗ったことになります。そして、私達はイルフェナという国の代表……報告の義務がある。滞在していた間のことは全て報告されます。イルフェナはサロヴァーラという『国』にどのような判断を下すのでしょうか」
「あ……わ、私は、そんなつもりでは……」
さすがに理解できたのか、真っ青になるリリアン。だが、もう遅い。『謝罪は何の意味もない』んだよ、すでに貴女は行動してしまったんだから。
それをどう受け取るか、どんな判断を下すのか、決めるのはイルフェナという『国』であって私達ではない。
さて、もう少し付け加えておくか。
「話を戻しますね。そのような状況を作り出したことを指摘されるまで気づかぬ貴女様が無理矢理アルジェントの妻となった場合、一体どれほど生き長らえていられるでしょうね? 己の感情を優先し、自国の王にさえ恥をかかせる貴女様が」
ちらり、と視線をリリアンに向ける。彼女はもう反論する気力がないらしく、口元に手を当てて肩を震わせている。
厳しいようだが、これがイルフェナの現実だ。リリアンを諌めた人々は間違いなくこの可能性を危惧していたはず。
「逆にアルジェントがこの国に……ということもありえません。翼の名を持つことを許された騎士が忠誠を捨てることなど、ありえないのです。他国に赴こうとも忠誠誓うのは祖国、そして能力も十分ある。そんな者を国の内部、しかも王女の伴侶などという立場に置こうと誰が思いますか? 危険過ぎるでしょう」
アルが翼の名を持つ騎士である限り、他国に行くことはない。
リリアンが自国でさえ頭を抱える存在だからこそ、イルフェナでは生きていけない。
イルフェナはそういった在り方が当然であり、公言してもいる。そこに思い至らなかったリリアンが失望されるのは当然なのだ……彼女は『王族』なのだから。それを『知らなかった』など、通用しない。
リリアンがイルフェナでさえ生きていけるような存在ならば、可能性はあったかもしれない。だが、そんな人物ならば『最悪の剣』に嫁ぐという選択はしないだろう。
その場合はサロヴァーラ以上に、イルフェナを選ぶということなのだから。王族としての自覚があるならば、祖国の裏切り者になる可能性がある婚姻など決して選ばない。
「貴女様が王族という立場にある限り、貴女様の恋が叶う可能性などなかったのです。そしてアルジェントは決して今の立場を捨てることはない。それを理解できなかったことが、選ばれぬ証」
納得していただけました? と微笑みながら尋ねる私に、リリアンの肩がびくりと跳ねる。かなり物騒なことを何でもないように口にし、それを当然と受け止める様は彼女に恐怖をもたらしたようだ。
私の意見が正解だと言うように、アルも満足げに微笑む。そのどこか誇らしげな笑みに、周囲は息を飲んだ。
微笑みは先ほどから変わっていないのに、今のアルに向けられた視線には明らかな怯えが宿っている。彼らは改めて『イルフェナの誇る最悪の剣』を認識したらしい。
さて、リリアン。貴女の恋敵は守護役達に『同類』と認められている魔導師だ。しかも(真実を知る人からは)外道と評判です。
……この状況を利用しても悪く思わないでね?
リリアンの願いが『叶わない』とされた理由。
そこに気づかなかったリリアンが主人公に『敵う』はずはない。




