予想外な『お誘い』
誘拐事件解決から数日。
事態は全く進展を見せず、黒幕としての決定打も見つかっていない。
いや、ある意味では何事もなく平穏だけどさ。これって、『いつ次の事件が起こるか判らない』ということなんだよねぇ。
おかげで近衛騎士達はいつも以上に厳戒態勢。一般の騎士達にもある程度の通達がなされ、目を光らせている状態だ。
サロヴァーラを黒幕と断定できない以上、これしかできることがない。そりゃ、イラつくだろう。
何も言わないが、団長さん達も少々ストレスが溜まっているようだ。魔王様達も微妙に厳しい表情をすることが多い気がする。
そうは言っても、私にできることなどない。ぶっちゃけると、事件が起きた時限定の助っ人しかできん。
『イルフェナを貶めることが目的』という可能性が捨てきれない以上、魔導師はあくまで『お手伝い』程度にとどめなければならないだろう。
『魔導師に縋った』『自国のことさえ解決できない』なんて噂を流されても困る。
本当に、本っ当に! ムカつく黒幕である。
覚えてやがれ、絶対に泣かす……!
そんな決意を抱きつつ手を動かし、差し入れを作っては関係者の皆様に配っております。
お土産用に作った猫のクッキーと足型マドレーヌが中々に好評だったのだ。大量に作っていろんな所に配ったからな〜、関係者にとって気の抜ける……いや、緊迫した状況の中でのささやかな癒しだったのだろう。
そして、そのついでに世間話をして情報収集。皆も私の立場を判っているので、『ついつい口を滑らせて』情報をくれる。
これならばイルフェナが最初から私を巻き込んだことにはならん。情報を『偶然』知っていた魔導師が『興味を持った挙句に巻き込まれて』、黒幕とドンパチやるだけです。
『魔導師を利用した云々』と北の国が言い出しても、悪いのはイルフェナに仕掛けてきた奴という主張で通す。キヴェラさえこの主張を支持するなら、納得せざるを得まい。
それにしても。
状況的に仕方ないとはいえ、ストレスの溜まる展開だ。『国』を守るって大変ね。
ただ、相手だって馬鹿じゃない。引き分けになったとはいえ、疑惑は生まれたのだ……暫くは動きを見せないだろうというのが皆の見解だった。
そうだね、私もそう思う。
そう、私とて現状に納得していたのだ……魔王様に予想外のことを告げられるまでは。
※※※※※※※※※
唐突に呼び出された魔王様の執務室。
そこにはアルとクラウスだけじゃなく、レックバリ侯爵まで揃っていた。
……。
そこに魔導師として私がプラス。この面子で仲良くお茶を……なんて展開になるわきゃないわな。状況が状況だし。
「すまないね、ミヅキ。少々、予想外の展開になった」
「でしょうねー……」
そりゃ、この部屋に集まっている面子を見る限り『何か進展があった』としか思わん。しかも、それが良い方向とは言い切れないんじゃないか?
事態が好転するなら、ここに団長さんとかも居るだろう。それが居ない。
つまり……『ここに居る面子の意見を聞いておきたいと魔王様は思っている』。
ただ、レックバリ侯爵まで呼ばれていることが気にかかる。
レックバリ侯爵の『強さ』は外交方面だったはず。それが必要とされているということは、北の国から何か言われたんだろうか。
内心首を捻る私をよそに、魔王様は話し始めた。
「実はね、サロヴァーラ王から招待を受けたんだ。理由は『王女の恋を諦めさせるため』」
「は?」
なんだ、それは。しかも黒幕(予想)の国からだと!?
唖然とする私に、魔王様は生温かい目を向けた。ただ、それは呆れているというより『君もそう思うよね』的な脱力感溢れるものだ。
おいおい……こっちは『国を貶めるための策略か!?』と盛り上がっていたというのに、いきなり『王女の恋』だと? しかも『諦めさせる』って何さ?
私のそんな気持ちを察したのか、魔王様は溜息を吐きながらも話を進める。
「サロヴァーラの第二王女はアルを気に入っているんだよ。それで一度、縁談が来たんだが……」
「勿論、お断りさせていただきました」
魔王様に続いて、アルが笑顔できぱっと言い切った。……否定する言葉の早さに、アルの個人的感情が透けて見えたような。
だが、私は別の意味で呆れた。勿論、その対象はアルではなく。
「馬鹿ですか、その王女。そんなことをした時点でアルだけじゃなく、バシュレ家やイルフェナに拒絶されるでしょうが」
「おや、ミヅキはどうしてそう思う?」
「アルと王女の立場を考えたら当然かと」
面白そうに聞いて来る魔王様に、微妙に暈したお答えを。
もしかしたら、これ以外に理由はあるのかもしれない。だが、断る理由はこれだけで十分だ。
魔王様達もそれが判ったのか、満足そうな顔をしている。どうやら正解だったらしい。
「うん、ミヅキの答えが正しいよ。アルもその王女には欠片も興味がなかったしね」
「あらら、『そういう人』なんですね」
「うん」
互いに暈して会話する。ええ、そうですよね。馬鹿正直に言っちゃ駄目ですよね!
ちなみに意訳するとこうなる。
『ミヅキが思っている理由でアルは必要としなかったんだよ(意訳)』
『ああ、相手の王族という立場があっても利用価値はなかったと(意訳)』
『うん。アル個人の好意もないけど、それ以上にイルフェナには不適格だ(意訳)』
おそらく互いに言いたいことは間違っていない。
というか、魔王様も言い切ってるしね……本当に『恋する乙女』というだけだったな、さては。
私が居なかった頃のことだし、魔王様の反応を見る限り、その話が再燃したとかではなさそうだ。それ自体は済んだことなのだろう。ただ……それが全くの無関係というわけではないみたいだが。
「私はミヅキ一筋ですよ! 個人として欲したのは貴女だけですから」
「うん、そうだろうね。アルの性癖やら、個人的な理想を踏まえると該当者がいないだろうしね」
「判っていただけて何よりです」
生温かい視線になりながら『判ってるから、心配すんな!』と言ってやれば、アルも満足そうに頷く。そんな私達を他三名は生温かく見守っていた。
ええ、アルの理想は判っていますとも。特殊性癖だけでも十分狭き門だが、そこに『自分達の仲間として認められる』『有能な駒』という無理ゲー要素が追加される。
はっきり言って、これらを全て備える令嬢とか姫がいたら見てみたい。
間違いなく、アル以外に嫁ぎ先はないだろう。いくら王族でも、敬遠されるぞ。
その王女様はアルを『素敵な騎士様』としか認識していないのだろう。その姿が作られたものであり、本性は真逆なものだとは思いもせずに恋焦がれている。
こういった令嬢はイルフェナでもよく見かけるのだが……彼女達にアルが応えることはない。そんな風に接する対象はアルにとって『利用する存在』でしかないのだから。
しかも、アル本人がそういった在り方を恥じていない。
アルの世界は私に匹敵するほど狭いのだろう。それに加えて先祖返りの影響があり、現在のような状況だと思う。
「……で。その国の王が今更、何を言ってきたんです?」
微妙に嫌な予感を覚えつつ聞けば、魔王様は難しい顔のまま話し出した。
「どうやら『魔導師は守護役に溺愛されている』という噂を第二王女が聞いたらしくてね。これまでは守護役という立場からの婚約と思っていたから納得していたけど、そんな噂を聞いて平静ではいられなくなったらしい」
「それでも、彼女がアルに嫁ぐ未来だけはありませんけど?」
即座に突っ込めば、魔王様も「そうなんだよね」と同意した。
一度は断ったのだ。しかも現在は私がいる。最低限、私以上の価値がその王女にないと婚姻という選択肢はない。
ついでに言うなら、さっき言った立場的な意味でも可能性は間違いなくゼロなんだが。
「サロヴァーラ王は理解されているんだ。ただ、王女もそろそろ縁談が持ち上がってきているらしくてね。それで諦めさせるために、君とアルを国へ招きたいそうだ」
「ああ……実物を見せて納得させると」
「うん。どうやらそれが大人しく縁談を考える条件になっているみたいだね」
サロヴァーラ王としても困ったゆえの最終手段なのだろう。年頃の王女が婚姻拒否なんて、皆が納得できる理由でもない限り許されるはずはない。
だから諦めさせるために、その条件を飲んだのだろう。
……が。
これ、絶対に王女のためだけじゃないと思う。だって、私まで招待してるからね?
「これって、王女の失恋を周囲に認識させるためですよね。私達を国に呼ぶ以上、この条件は知られているでしょうし」
「そうだと思うよ? 望みがないと本人に自覚させるだけじゃなく、周りにもそれを知られるようにする……第二王女は今度こそ逃げ場がないだろう。自分で条件を出したならば、大人しくするしかないからね」
「で、傷心の王女様は婚約者候補が優しく慰めるわけですね? 周囲に味方がいない状況ならば、優しい言葉にぐらっといくかもしれませんし」
魔王様も皆も何も言わなかった。ただ、意味深に笑みを深めただけ。
一見、第二王女の我侭を叶えただけに見えるだろうが、実際は外堀を埋めて思いどおりに事を進めるためというのが本音なのだろう。
魔王様ならば、それを即座に見抜くと踏んでの協力依頼。恐ろしや、最高権力者。
まあ……これでアルもウザイ第二王女から逃げられるので、向こうも魔王様が協力するという確信があっただろうけど。
「王族の姫ならば、政略結婚など当然でしょうになぁ……まったく、相変わらず成長されない方だ」
仕方ない、と言いつつもレックバリ侯爵の言葉は刺に満ちている。狸様、『くだらねーことに巻き込んでるんじゃねぇっ!』という気持ちが駄々漏れです。
「やはり、北は色々と大変そうだな」
他人事、という態度を隠そうともしないのはクラウス。クラウスは間違っても王女の願いが叶うことはないと確信している模様。
「ミヅキ、いつも以上に仲良くしましょうね」
楽しげに――第二王女が暗に誘導されると判っているのに、心の底から楽しそうだ。そんなに嫌いだったんかい――笑いながら、私に向かって提案するアル。
……。
第二王女がちょっと気の毒になってきました。
や、十分迷惑を被る可能性があるけどさ。ここまで味方がいないというのも、ねぇ。
「気にしなくていいよ、ミヅキ。そもそも、王女が自分で気づかなければならない問題なんだ。もしくは周囲が理解させるべきだった。そのどちらもなかったから、こうなった」
魔王様も呆れながらそう締め括る。確かにそのとおりだ。
少なくとも、アルにはっきり振られる未来はなかった。それを周囲に知られることも。
このまま黙って王に従い婚姻していれば『以前は精神的な幼さゆえに、ご自分の立場を理解されていなかっただけなのだ。成長された今は立派に王女としての自覚を持たれたのだろう』ということにはなったはず。
実際は全然成長してなかったわけだ。サロヴァーラ王も頭が痛かったことだろう。
という感じに話し合っていたけど、勿論この機会を逃す私達ではないわけで。
「でね、君はどう思う?」
表情を変えて魔王様がそう切り出す。勿論、皆も先ほどまでの雰囲気を一変させていた。
第二王女の話はあれでお終い。ここからは私達の話し合い。
「予想は三つですね。其の一、罠。其の二、罠。其の三、罠」
全部『罠』なのだが、それぞれ意味が違う。魔王様達もそれは判っているようで、無言で私に先を促した。
「まず一つ目。例の黒幕が単純にサロヴァーラという可能性ですね。国への招待はアルが目的というより魔導師である私を一時イルフェナから引き離すため……という意味で。だから、何か起こるならばイルフェナでしょう」
そう言って指を一本折る。
「二つ目。サロヴァーラ以外の北に属する国が黒幕という可能性。この招待が他国の誰かの提案であり、サロヴァーラに疑惑の目を向けさせるためだった。特に第二王女は私に対しては当然のこと、アルを差し出さなかったイルフェナや魔王様を恨んでいるかもしれない。疑惑の目を向ける要素は十分です」
もう一本指を折る。皆は黙って私の言葉に耳を傾けていた。
「三つ目。サロヴァーラ国内に黒幕がいる場合」
「待て、ミヅキ。サロヴァーラという『国』が犯人ではないと?」
クラウスが待ったをかける。魔王様達は少々表情を厳しくしながらも、私の答えを待っているようだ。
クラウスに一つ頷き、私は話を続けることにする。
「これは犯人が『自分の策を実行した後に逃げ切るため』っていう場合だよ。さっきも言ったけど、第二王女は疑われる要素が十分過ぎる。それに私達を招くことが可能なのはサロヴァーラ王のみ。この場合、『国そのものが疑われる可能性があり、よほど明確な証拠でもない限りは追及できない状況となる』」
ここまではいい? と小さく聞けば、クラウスは頷いた。
「だから『第二王女が悪者になる』か『国を疑って、証拠不十分のまま』かどちらか。明確な証拠がないから私達は動けない、それを黒幕も理解している。今回の私達の招待はイルフェナ狙いの策ではなく……」
「黒幕が逃げ切るための一手、ということかい。もしくは疑惑の目を他者に向けさせるため」
「私はその可能性もあると思いますよ」
私の言葉を繋いだ魔王様に一つ頷く。皆は難しい顔で考え込んでいるようだった。
今回の黒幕の特徴。それは『自分の姿が判らないよう、細心の注意を払っていること』だと私は思っている。
誘拐事件を複数の国で起こしたり、一般にも出回る程度の魔石を使った魔道具を用意したり、協力者だったはずのあの二人さえ殺したり。
信頼させておいて、トカゲの尻尾切りをする……あっさりと死なせる。そんなことを平然と行なう人物ならば、舞台裏から自分の都合が良いように事態を進ませることも可能じゃあるまいか。
それこそ、国を隠れ蓑にするくらいやりそうだ。『国』を咎めることは『個人』を相手にするよりも遥かに難しいのだから。
「正直言って、あまりにもタイミングが良過ぎると思います。それに、あの二人の死因の特定がされているとは思っていないでしょう。だったら、意図して疑惑の目を『誰か』に向けさせようとしても不思議じゃありません」
「サロヴァーラに疑惑の目を向けさせるのも計画の内ということか。確かに、万が一を考えていた可能性は捨てきれないね。第二王女、そして国。どちらも明確な証拠がなければ追及なんてできるはずがない」
黒幕は細心の注意を払って『明確な証拠』が残らないようにしていた。それはサロヴァーラに疑惑の視線が向くことも含めての『計画』の内だったとしたら。
「まあ、どちらにしろ乗り込む口実ができましたね。勿論、招待に応じますよ」
肩を竦めて、にやりと笑う。黒幕にとって逃げ切る手段かもしれないが、私達にとっては証拠を掴むチャンスである。
どう転ぶかは判らないが、黒幕は何らかの策を用意していることだろう。それを上手く利用できれば、追及する機会ができるかもしれないじゃないか。
これで単純にも『第二王女が犯人でした!』とかだったら、関係者全員が脱力するだろうけど。さすがにそういったオチはないと……思いたい。
っていうかですね。
黒幕が私の情報を正しく知らない、という確信だけは持てた。
でなきゃ、わざわざ『規格外魔導師』なんてものを招こうとは思わない。
おそらくは『圧倒的な力を持つ』という伝承、そしてセシルに同情したことがキヴェラ敗北に繋がったとされる疑惑――『感情のままに力を振るう魔導師』という噂を踏まえて、この策を狙った気がする。
感情で動く存在ならば、第二王女に嫌悪を抱くだろう。
圧倒的な力を持つならば、国でさえたやすく敵に回す。
黒幕の誤算は『私を直接知らなかったこと』、『アルの真実を知らなかったこと』、そして『私がアルに対して理解があることを知らなかった』ことだろう。
ここらへんは情報規制をしてくれた魔王様の功績とも言える。黒幕にとって予想外の要素が、その計画に綻びを作ったのだから。
そして私はそれを『楽しむ』。私にとって黒幕との知恵比べは心躍る娯楽だ。
「楽しみですね、サロヴァーラ訪問! ふふ、色々準備して行こうっと!」
皆の呆れたような、どことなく安堵したような顔を見ながら。
私は事態の進展と黒幕との一戦に思いを馳せ、楽しげに笑った。
※アリアンローズ公式サイト様に魔導師八巻の刊行予定が掲載されました。
主人公が『王女の縁談は成立しない』と言い切った理由は後日出てきます。




