たまには真面目なお話を
誘拐事件の説明のため、イルフェナに関係者が集った翌日。
皆は自国へと帰っていった。その表情が晴れ晴れとしているのは予想以上の成果だったからか。
暗い奴もいる?
自業自得です、気のせいです。
なに、ちょっと『お話し』しただけだ。後ろめたいことがなければ、全くダメージがないはず。
グレン達も事情を魔王様から聞かされたらしく、生温かい目で彼らを眺めるだけだった。グレンはいい笑顔だったが。
抗議なんてできないよなぁ、さすがに!
『魔導師を利用しようとして、逆にちくりと警告されました。って言うか、利用しようとしたことがバレて目を付けられたかもしれません!』
こんな報告を王にしなければならんのだ。その場で叱責、もしくは盛大にからかわれることだろう。
グレンは『馬鹿なことをするな』と警告していたらしいので、今回のことは完全に彼らの驕りが原因である。
アルとクラウスが居なくて良かったね? 馬鹿どもの温〜い考えは『守護役は魔導師を利用するために親しくしている』と言っているようなものなのだ……馬鹿にするにも程がある。
親しき仲にも礼儀あり。魔王様は騙すような真似をせず、きっちり説明して私の意思を問うぞ?
『我々が普段そのような真似をすると、遠回しに侮辱されているのでしょうか』
『エルシュオン殿下が俺達にそう命じた……と?』
こんな台詞と共にイビリに加わることだろう。自分の立場に誇りを持つ人達を怒らせちゃいけません。
忘れているようだが、アル達は魔王様直属の配下だぞ? 翼の名を持つ騎士だぞ?
守護役は主に命じられたお仕事なのですよ……この立場に関する責任は魔王様。つまり、『エルシュオン殿下がそう命じた』ということになる。
魔王様の性格と日頃の親猫ぶりを知っている幼馴染二人が、そんな言いがかりを許すはずはない。即座に否定し、心の底から理解させることだろう。……泣くかもしれないが。
そもそも、私は言うことを素直に聞かん。
基本的に最重要は『自分の意思』なのです。それを覚えておいてねー、皆様?
で。
私も一応は関係者なので、魔王様の執務室にて色々と知らされることになった。
内容は誘拐事件関連のことなのだが、今回はちょっと特別だ。これ、本来ならば私が関われないことだもの。異世界人は基本的に部外者です。
さすがに今回の一件においては、そうも言っていられなくなったらしい。どことなく苦々しい表情の魔王様も、本音を言えば『このまま終わらせたかった』という心境か。
被害国同士の協力――不可侵条約を含む――は取り付けられたらしいので、後は黒幕に関することだろう。
どうやら、私が対黒幕要員として加わるのが不満な模様。相変わらず、過保護な親猫様だ。
「魔王様、そんなに悩まなくてもいいですってば」
苦笑しつつ言えば、魔王様は自分の浮かべていた表情に気づいて息を吐いた。どうやら無自覚だった模様。
アルとクラウスも思うことがあるのか、顔を見合わせ肩を竦めている。
まあ、そうですよねー。……二人の立場的に部外者を関わらせるって、結構屈辱ではなかろうか。私に対する教育ならばともかく、今回は完全に『魔導師を巻き込んだ』から。
状況的に考えて最良の決着とは言っても、部外者を巻き込んだ挙句に黒幕まで到達できず。これじゃ、色々と思うことは出てくるわな。
そう、黒幕……。
……。
まだ〆てないのだよ、今回! 『予想がついた』だけなの、予想だけ!
勿論、このまま済ませる気なんて欠片もない。このまま終わらせてなるものか。
『世界の災厄』の名が泣く、私も(悔しさで)泣く(かもしれない)!
レッツ、リベンジ! 決着は『私』が黒幕の頭を踏むまでよ!
さ あ 、 報 復 の は じ ま り だ … … !
ああ、今からわくわくが止まりません。誘拐事件は『誘拐された令嬢を害されたら拙い』という制限がついてたからね、今度こそ全力で殺り合おうじゃないか……!
うふふ、今後は魔導師としての参戦だ。魔法も使用可能な、何でもありのデスマッチ! ……デスマッチだよね、黒幕にとっては。身分があろうとも、ここまで大事にした以上は『それなりの処罰(意訳)』で済まないもの。
私も娯楽に溢れた世界の知識を駆使して、敵を辱める気満々にございます。(私が)楽しいぞぉ〜?
ええ、『辱めること』が目的ですよ? 誘拐犯の共犯者達にした『個人的な報復』程度が私の限界。非常に残念だが、こればかりはイルフェナを含めた国に譲るべき。
国としての立場もあるし、『国として』事件の決着もつけなければならないからね。そのくらいは理解できてます。
ただし、個人的な感情と『皆の期待(意訳)』には素直になろうと思うわけで。
絶対に、絶対に、温い報復にはしない。覚悟しやがれ、黒幕よ。
そんな気持ちが駄々漏れな私を、魔王様は生温かい目で見つめていた。
「……。ミヅキ、そのやる気は一体」
「頑張るという決意の表れです。主に個人的な方向に」
「いやいやいや、今回ばかりはそう簡単じゃないからね!?」
「大丈夫です。目標が定まれば、後はとことん堕とすのみ! 今からどんな手を使って辱めようかと、絶賛元の世界の知識を掘り起こし中ですから!」
きぱっと言い切って、いい笑顔。魔王様は呆気に取られ、その後深々と溜息を吐いた。
大丈夫ですよ、親猫様。貴方の教育が疑われるようなことにはなりません。ってゆーか、もはや関係国は『あの魔導師は外道』という認識だと思います。
今更です、手遅れです! 夢を見ている人々はバレるまで放っておきましょう。それが優しさです。
「いや、元の世界の知識って、そういう使い方をするものじゃないと思うよ?」
魔力の影響か、私の固過ぎる決意を感じ取ってしまったらしい魔王様が、顔を微妙に引き攣らせて待ったをかける。
だが、アルとクラウスは賛同してくれているらしく反応なし。今回ばかりは魔王様の味方をせず、私の意思を尊重してくれる模様。
「私にとっては利用できるものなので、問題なしです」
「一応、国としての面子があると思ってくれないかい?」
「だから『辱めるだけ』ですって。処罰も功績も国に譲ります、私は自分が楽しめれば良い」
ほら、十分な利害関係の一致! と笑顔を向けたら、魔王様は無言で私の後頭部を叩いた。
何故だ、今回ばかりは私の方が正しいぞ?
不満そうな顔を向けると、今度は頭を押さえつけられる。……あの、それって、リアルに猫が子供叱る時にやってませんか、ね!?
そんなことを思う私を無視し、魔王様は頭をぐりぐりと押さえつけた。
「いいから、聞きなさい。今回は君でも難しいんだよ。なにせ、『異世界人も含めた異端』をよく思っていない国が相手なんだから」
「は?」
疑問の声を上げると、魔王様は漸く押さえつけていた手を離してくれた。髪を整えながら魔王様を見れば、何故か複雑そうな表情の魔王様が。
いや、それ以上にさ……。
「……まだ他にも国があったんですね?」
「うん。君が知っている以外にも四つの国がある」
そう言われるも、私の顔は訝しげになっていることだろう。だって、キヴェラの件の時に見せてもらった地図にはなかったぞ?
そう思って口にしかけ……キヴェラより上が海ではなかったな、と思い出す。
キヴェラを囲むように他の国があって、両端の一番上がコルベラとノーランド。その上にも国があるならば、私が知らなかったとしても不思議じゃない。
ただ、不思議な地図ではある。あれか、上下に分かれてでもいるのか。
「君に大陸全てが載っている地図を見せなかったのは『必要がないから』だよ。これは魔導師という意味でも、異世界人と言う意味でも同じだ」
私の疑問を察した魔王様が先に応えてくれる。だが、その言い方はおかしくね?
「何故、そう言い切れるんです?」
異世界人の持つ知識は有益なものと考えられている。ならば、それらの国だって速攻で追い出すような真似はしないだろう。守護役制度や国が保護する義務だってあると言っていたじゃないか。
魔王様は机の上に一枚の紙を広げた。どうやら地図らしい。それを覗き込むと、確かにキヴェラの上にも国があるのが判る。キヴェラの上に一国、その上に三つの国となっている。
「まず、この地図を見て欲しい。これが大陸の地図だよ。キヴェラの上に国があるだろう?」
「キヴェラのすぐ上が他より領土のある国ですね。……うん? この国にあるのは……」
思わずその個所を指差すと、気づいた魔王様が「ああ」と呟いて説明してくれた。
「その国はガニアという。ミヅキが指差しているのは湖なんだ。随分と大きいだろう?」
「確かに大きいですね。領土全部と考えると北にある他の国より広いですけど、湖を除くとそこまで広くないんですか」
「そうだね。でも、水も土地も豊かな国だから、実質このガニアが北を纏めている」
どうやら、このガニアという国がポジション的にこちらのキヴェラらしい。水源を握っているというのは、十分に発言力を強める要素だろう。
ただ、このガニアが『纏め役』にならなければならない理由があるようだ。私に大陸全体の地図を見せなかった理由もそこに起因するのだろうか。
魔王様は説明する気らしいので、今は黙って話に耳を傾けた方がよさそうだ。アルとクラウスもそれを事前に伝えられていたのか、特に邪魔をする気配はない。
黙って聞く姿勢に入った私に、魔王様は一度視線をこちらに向けてから言葉を続けた。
「二百年前の大戦は大陸全土を巻き込んだものだった。とりあえず落ち着くまでの十数年の間、いくつもの国が滅びたらしい。独立して自治都市のようになった例もあるみたいだね。ただ、その後も完全に平和とはいかなかったけど」
それはキヴェラが纏め上げた一帯のことも含まれるだろう。ブリジアスのように国として残っていたものもあっただろうが、自治都市のような形で残ったものもあった。
どうもキヴェラは先代が好戦的だったようだ。もしも歴代キヴェラ王がやり方を間違えなければ、そして『国のための侵略』という建前にしなければ。
それさえなければ、キヴェラに『侵略国』というイメージはつかなかったのかもしれない。
そのキヴェラでさえ、奪った領地はきちんと管理している。おそらく、キヴェラは『統一による平和』を望んでいたんじゃないかと思うのだ。まあ……途中で目的が掏り替わったようだが。
キヴェラ以外の国も魔道具という『力』を手に入れ、抗う術を得た。これにより力関係が拮抗し、今の時代があるのだろう。
少なくとも、『魔道具の開発から始まった泥沼戦争』は二百年前に終わった。その後、魔道具が普及したことも含めての『一つの終わりであり、始まり』。それが二百年前だったということ。
「一つの区切りという形だね。これ以降だよ、魔道具が平和な意味で普及していったのは」
私の考えを読んだ魔王様が一つ頷き、補足してくれる。いきなりは無理だったろうが、魔道具は受け入れられた。そこにはクラウス達のような、魔法を尊ぶ魔術師の苦労と努力があったに違いない。
だって、魔道具は『兵器』という扱いをされていないのだから。
大戦の傷跡がそれほど深かったのか、守護役制度を提示した魔導師が怖かったのかは謎だが、魔道具が殺戮兵器として攻撃に特化されることはなかった。
これは結構凄いことだと思う。不安定な時代に、力を得ることを否定したのだから。
「で。その時に残った国はこちら側が圧倒的に多かった。それは『異端』と呼ばれる人を受け入れていたからだ」
そう言って魔王様はキヴェラ以下、私が知る国々に指を滑らせる。
「過去存在した種族の血が我々の中に残っているんだろうね。だから特出した能力を持つ者も稀に生まれるんだ。それが『異端』と呼ばれている」
「魔王様やジークは判りやすいですね。それなりに影響を受けている人もいそうですが」
「クラウス達もそうじゃないかな? あと、アルもその可能性がある」
二人の方に視線を向けながら告げる魔王様。その視線を受け、二人は私の方を向きながら頷いた。
職人気質のクラウスは判る。だが、アルはそれらしき要素が思い浮かばない。
「クラウスは判りますが、アルもそうなんですか? 確かに強いですが」
「私の場合は精神面において、ということですよ。言ったでしょう? 『人嫌い』だと。そうなった過程も当然ありますが、私はそれだけが原因とは思えません。そして、周囲が何故それを労しく思うのかも判らない。……私にとってそれが『当然』なのです。ですから、相手に合わせて己を偽ることも……騙すことも苦ではない」
首を傾げた私の疑問に、アルはさらりと答える。内容的に随分重いような気がするのだが、アルは相変わらずいつもの笑みを浮かべたまま。
日頃の態度は腹黒いというだけではなかった模様。本人もそう口にする以上、『他者とは違う』という自覚があるのか。
「私とて意識して周囲に合わせなければ孤立するでしょう。こういった認識の壁は人同士の繋がり……群として見れば異質です。それが排除に繋がった一因でしょう。……ミヅキも恐ろしく思いますか?」
軽く首を傾げて問うて来るアルに、私は――
「いや、全然。特殊性癖に納得しただけ」
素直に答えた。その途端、アルは軽く驚愕の表情となり、魔王様やクラウスも安堵したような表情になる。
いやいや、その程度でビビリませんって。寧ろ、納得しました……あれは先祖の血が影響してた可能性があるのかよ!
精神方面に影響が出た弊害でおかしな性癖になったのだろうか。潜在能力的な恩恵もあっただろうが、マイナス要素もばっちりあったと。
つまり、あの性癖は生まれつき。どうにもならないってことですね!
勿論、馬鹿なことだけを考えているわけじゃない。
以前、先生から言われた『周囲に馴染むよう努力なさい』という言葉。あれは異世界人が『異端』に分類されるから、という裏があったからではあるまいか。『異端』を受け入れる人ばかりではない、と。
そんなことを考えていた私に、アルは嬉しそうに笑った。それは珍しくも、作り物ではない笑顔。
「ミヅキはそう思ってくれるんですね」
「いや、だってアルであることには変わりないでしょうが。セイルだって殺伐思考が前面に出てるし、それが主のために活かされるなら良いことなんじゃないの?」
少なくとも、私は異端に対して何も思わん。異質だろうと、本人が納得してるならいいんじゃね? 人なんて所詮、個人主義なんだしさ。
そもそも私自身が化け物予備軍ですがな。それを隠すどころか、利用してます。
魔王様は安堵したように息を吐くと、先ほどの続きを話し始めた。
「君はそう言ってくれるけど、先祖返りや異世界人はどうしても『他と違う』。それを個性と受け入れ、能力を評価したのがこちら側。イルフェナは昔から実力至上主義だから、貴族や王族にその血を混ぜている」
「つまり、特出した能力と残念要素はそのせいだと」
「……そうだろうね。私の魔力も先祖返りだと思う……魔力が強い種族の血を持つ先祖がいたんだろう。その血が内面のみに出たから、体に強度がなくて使いこなせない」
あ、そっか。『部分的な先祖返り』だとそういうこともあるのか。
先祖、もしくは先祖の種族は『その魔力に見合った体の強度』だったけど、今の人間にはそこまで体に強度がない。魔王様の体が弱いとかではなく、それが普通。
同じく先祖返りらしいジークは『戦闘』という切っ掛けがなければ豹変しない。ジークの場合は戦闘がスイッチになり、先祖の血が表面化するのだろう。
こちらは生まれつき体に強度がある……というか、生まれながらに普通の人間以上の身体能力を備えている可能性が高い。キースさんも、それらしいことを言っていたし。
なるほどと頷く私に、魔王様は続きを話し出す。
「逆に北は排除してきたんだ。その考えを一変させた決定打が大戦後の状況だよ。ただ、長い間排除してきた意識がそう簡単に改善させることはない。魔導師という存在もそれに拍車をかけた」
「あ〜……『世界の災厄』ですもんねぇ……」
「うん。印象が悪過ぎるだろう? ガニアは難民を受け入れてきたから排除意識は殆どないけど、二国は少し残っている。残る一国は……」
そう言いかけ、魔王様は言いよどむ。だが、伝えた方がいいと判断したのか、口を開いた。
「排除というより、利用している。この国は前の世代に栄えた種族の血と能力を受け継ぐ者がいるんだ。彼らを隷属させている。その国の民に該当する以上、他国が口を挟むことはできない」
魔王様の口調はどことなく苦みを感じさせた。哀れに思っても手が出せない状況なのだと、嫌でも判る。
これ、内政干渉になっちゃうんだよねぇ。その扱いに思うことがあろうとも、変えようとするなら侵略でもして支配下に置くしかない、と。
唯一脅迫が可能なのがガニアという国だが、迂闊にやらかして戦になっても困るのだろう。その戦に隷属させられた人々が借り出されたら意味がない。
そしてガニアは現在、行動を起こしていない。つまり、関わる気はないのだ。
「くだらない連中だ。能力がある者に取って代わられるのが許せないんだろう」
「クラウス!」
嫌悪も露にクラウスが吐き捨てると、魔王様の咎めるような声が飛ぶ。だが、クラウスはそれに肩を竦めただけだった。止める気はないらしい。
そして今度はアルも会話に加わってくる。
「『能力を評価する』ということは、逆に言えば『自分以上だと認める』ということでもある。大戦でそれを学んでおきながら、そういった者を隷属させることを選んだんだ。そのうち滅ぶと思うぞ?」
「エルを『魔王』と言い出したのもこの国ですからね。物語に語られる『脅威』という存在にでもしなければ、自分達が負けたことを認められないのでしょう。『魔王が相手だから仕方ない』という、負け犬の戯言ですよ」
ピシリ、と空気が凍った。魔王様は引き攣った顔で、ゆっくりと私の方を向く。
「……へぇ? 随分と粗末な思考回路なのねぇ?」
驚愕の事実判明です。二人がその国に対して辛辣なのは魔王様のことがあったから、らしい。
って言うか、『魔王』っていう渾名の元凶かいっ! しかも理由が情けねぇ!
「機会があったら遊びたぁいっ! ……物語の雑魚って扱いが酷いのが定番よね?」
「好きにやれ」
「応援しています」
「ちょ、止めなさい、ミヅキ! アルとクラウスも煽るんじゃないっ!」
「『機会があったら』ですよ、魔王様。向こうが仕掛けてこなければ、非常に残念なことに何も出来ませんから」
知り合い連中には、この溢れんばかりの憎しみを伝えておくけどな。きっと、皆は理解してくれることだろう。
ああ、過去に魔導師の通称を考えてくれた人々にも感謝しておこう。
『世界の災厄』。『災厄』ですよ、さ・い・や・く! 素敵な渾名をありがとう! 私が何をしようとも諦めがつくだろ、絶対。
笑顔で気持ちを確認し合う私達に、魔王様は諦めたように溜息を吐いた。無駄だと悟ったらしい。
「……それはいいとして。話を戻すよ。国としての認識が簡単に変わることはないから、この三国に異世界人が来た場合はガニアに保護されるんだ。異世界人の恩恵は全ての国に関わってくるからね。扱いに困る存在ということもあって、これは三国とも納得している」
「魔王様に渾名を付けた国なら、所有する可能性がありそうですが」
浮かんだ疑問を口にすると、魔王様は首を横に振る。
「いや、ない。バレたら全ての国から抗議される上に、ガニアが行動に出るだろう。異世界人の知識は価値があると思われていると同時に、警戒されてもいるからね。大戦の発端になった国のこともある以上、実力行使されても文句は言えないよ。だから『国』が保護し、王族が後見になるんだ」
「幸いなことに、北では異世界人がガニア以外に現れたことはありません。この世界も知識を与えてくれる異世界人に対し、気を使っているのかもしれませんね」
アルの言葉に安堵するも、私の意識は魔王様の発言に向いている。
……。もしや、脅迫済み? 水の豊かな国って言ってたし、北の食糧庫みたいな感じかもしれないよね? マジでポジション・キヴェラか?
ここまで対策が練られているのだ、しっかり通達もされているだろう。要は他の二つの国はともかく、その国は信頼がないと。
ガニアが纏め役になる理由が良く判った! おそらく当時は北で唯一異端への偏見が薄く、他を押さえ込める国だったんだな。
一人納得していると、クラウスがついでとばかりに続けてきた。
「貴族がご機嫌取りをして親しくなろうとするのはこのためだ。所有しようとすれば、厳しく罰せられる」
「あらら……ルドルフ達が気をつけろって言ってたのは違法な拉致監禁だけじゃなくて、取り込まれることも含まれてたんだね」
君はそういった連中も自力で何とかしそうだけどねぇ……と呟き、魔王様は生温かい目で私を見つめた。思わず、親指を立てていい笑顔を向ける。
私に繊細さや悲嘆なんてありませんよ! 下心を見抜いて報復あるのみです。
「今回、この国は関係ない。ただ、北はそんな感じだと覚えておくように。だから、君に教える気はなかった……これまでは」
そう言って、魔王様は机の上で指を組む。その表情はどことなく厳しい。
「今回の黒幕と推測される国はここ。サロヴァーラ、という」
魔王様が指差したのは北の一番左の国。まだ少し異端への偏見が残っているという国の一つ。
「今のサロヴァーラ王は穏やかな方で、先代も同じような方だった。そのせいか、異端に対する差別意識を持っているのは、古くから続く貴族……の極一部」
「随分、意識改革が進んだんですね?」
「仲良くした方が得だからね。こういったことに即座に対応できなければ、やがて家が潰れるだけだよ」
どこか皮肉めいた言い方は、それが権力争いに通じているからだろう。確かに、貴族にとっては必須な能力だ。
極一部がそれでも何とかなっているのは、『異端を必要としないほどに有能』ということか。
こういった在り方も十分ありだと思いますぞ、私。それはそれでいいんじゃない? という感想だ。
「だから確信が持てない。言い方は悪いけど、『やりそうな者もいる』という状況なんだ。王の意向を知っているならば、今回のような真似はしないだろうからね」
「証拠がない、という点が痛いですね」
「そうなんだよねぇ……まあ、サロヴァーラとしても本当に犯人がいるならば厳しく対応せざるを得ない状況なんだけど」
魔王様は難しい顔をしている。アルとクラウスも、今回ばかりは手の出しようがないらしい。
何か動きがあるといいんだけどなぁ?
ゴードンは主人公を案じて最初に『目立つな』と忠告。
しかし、その本人が『化け物? よっしゃ、法に触れない!』という性格でした。




