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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
サロヴァーラ編
198/696

楽しい雑談

 報復終わって、気も済んで。

 私は上機嫌である部屋の準備に勤しんでいた。立食形式の軽い食事の場です。

 そこそこ広い部屋には異世界料理各種に酒。全て私の手作りである。

 折角、他国の人達が来るのだから異世界料理の営業を――というわけではなく。

 なんのことはない、今回の功労者達への労いなのだ。いや、ちょっとは営業を兼ねてるけど!


 ぶっちゃけて言えば『顔で選ばれた皆様』用。


 これは私の我侭なので、何の報酬もなしとはいかないだろう。本来ならば同行者に口を出すことなんてできないしね。

 インパクトのある顔となった共犯者連中に冷たい視線をビシバシ向けてくれたお礼として、珍しいものでもどうか? と思ったのです。

 別にレシピを渡すわけではないので、特に問題視はされなかった。

 魔王様としても『そんな馬鹿なイベントに付き合わせることに対する罪悪感』があったと思われる。

 すいませんねー、自分の気持ちに正直なアホ猫で。

 でも、被害者達……特に家族の皆さんは凄く喜んでくれたの! それはもう、『今度遊びに来なさい』という、お言葉をもらうほどに。

 誘拐って貴族にとっては醜聞もいいとこなのです。特に年頃の令嬢達にとっては致命的。

 魔王様が対策を考えてくれたといっても、気持ち的には収まらないものなのですよ。


 考えてみて欲しい。純潔を疑われた貴族令嬢がどんな運命を辿るかを。


 それを考えると、私の報復が絶賛された理由も判るだろう。

 下手をすると令嬢達は人生終了の危機だった――醜聞に耐え切れず、という可能性もあった――のだから、娘を愛する親達にとってはどれほどの心労となったことか。

 まあ、共犯者連中は今頃とっても素敵な目に遭ってるだろうけどな。いい気味だ!

 ちなみにカルロッサからはジーク、そしてセイルも魔導師の守護役ポジションとして参加中。情報の共有をするなら働け、と私が推薦したことも大きい。

 ゼブレストが狙われない保証などない。セイルを通じてゼブレストにも注意を促さなければ。

 そんなことを考えていたら、用事を終えたらしい皆様が部屋に入ってきた。

 おお、眼福、眼福! 中身までは見えないもの、顔だけならとっても素敵。


「あら、小娘。アンタが給仕でもするの?」


 カルロッサの宰相補佐様が意外そうな声を上げる。

 ……。

 そういや、この人も顔の造形良かったね。てっきり『お話し合い』の方で来たと思っていたのだが、どうやら違うらしい。


「宰相補佐様もこっち? え、じゃあ向こうには?」


『今回の情報の共有と建前の擦り合わせは?』と暗に聞けば、宰相補佐様は肩を竦めた。


「今回は父上……宰相閣下が担当しているわ。さすがにここまで大掛かりなものだと、ね」

「ああ……確かに性質悪そうな黒幕ですものね」


 優秀だろうとも未だ補佐。カルロッサとしてもかなり警戒しているからこそ、国のブレインを寄越したということだろう。


「アンタがいたのに黒幕は逃がしたんでしょ? そりゃ、本気になるわよ」

「ですよねー。敗北とはいきませんが、証拠となるようなものはありませんし」


 そう、今回はあくまでも『黒幕の予想』というだけ。それでもあの二人の死因を特定されたのは黒幕にとって、十分予想外のことだと思う。



 だって、囮作戦とクリスティーナの危機察知能力がなければ死因なんて判らないもの。



 こちらが動く前に、あの二人が死ぬ可能性の方が高いだろう。そうなれば、死体なんて誘拐犯達に始末されてしまったはず。

 死因の特定が黒幕と思われる存在への疑惑に繋がっているのだ。これだけでも快挙だろう。


「ま、仕方ないですよ。令嬢達の護衛役が私しかいない以上、そちらが最優先ですし」


 肩を竦めれば、宰相補佐様は複雑そうな表情のまま頭を撫でた。


「その点は感謝してるわ。よく守ってくれた」

「えへ」

「でもねぇ……」


 そのまま、撫でていた手で頭をがしっ! とばかりに掴む。


「誘拐犯達を窓から吊るすって、どういう発想してるのよ!?」

「いたたたたっ」

「アンタだって女性でしょう!? 何やってるの!?」


 ギリギリと力を込める宰相補佐様は私を案じているのか、それとも叱っているのか判らない。

 って言うかですねー……。



 皆の視線が痛いっす、宰相補佐様!



 お、落ち着いて!? ここは『顔で選ばれた皆さん、お疲れ様でしたー!』という、慰労会会場ですよ!?

 周囲の人々は呆気にとられ、こちらをガン見している。

 ……。

 いや、呆れていると言うか苦笑している奴もいるな。

 そんな人達は私達の遣り取りに苦笑しながらも、どことなく楽しげだ。


「ミヅキ、今度は何をやったんです?」


 苦笑しながら美貌の将軍様が話し掛けてくる。

 すでに知っているだろうに、この態度。相変わらず性格が宜しくないな、セイル。


「きっと楽しんだんだろう? 是非、聞きたいな」


 お世話係を引き連れてやって来たのはジーク。どうもこちらは『誘拐犯撃破! 令嬢救出!』程度の発想しかないのだろう。

 顔に反比例して粗末な頭である。本当に、本当に残念な英雄候補だ。

 あ、キースさんが呆れた顔で溜息を吐いている。私の予想が正しかったか、やっぱり。


「聞いたとおりだよ。令嬢の安全を確保しつつ、犯人をいたぶりつつ、私が八つ当たりできる方法をとった」

「それが『誘拐犯達を拘束して窓から吊るす』、と」

「うん。悪気は全然ない、殺すつもりもない。だけど、今回はここで手打ちと思うと抑え切れぬ苛立ちに『畜生、少しはこの悔しさを味わいやがれ!』とか思ってね……」


 馬鹿正直に話すと宰相補佐様とキースさんは呆れ、セイルは「さすが、ミヅキ」とよく判らない評価をし、ジークは――


「それを一人で遣り遂げたんだろう? 是非、手合わせを!」


 相変わらずの脳筋だった。『誘拐犯達を窓から吊るす』という所業のみに注目したと思われる。

 そこへ、もう一人顔見知りがやって来た。セイルの表情が微妙に強張る。


「……やっぱり、騎士団長の養女ってアンタでしたか」

「へい、玩具君! 久しぶりー」

「誰が玩具ですか!」

「ごめん、間違い。サイラス君だったっけ」


 キヴェラの近衛騎士サイラス君。セイルとは無条件に相性最悪な立場にある人だ。

 まあ、セイルの気持ちも判る。誰よりルドルフを守ってきたセイルからすれば、キヴェラに良い感情を持つはずはない。

 もう終わったことだと理解していようとも、感情がついていかないのだ。それが普通。

 ……あの、宰相補佐様? いい加減、頭から手を放して欲しいのですが。


「聞きましたよ、無茶苦茶な囮作戦。よく全員無事でしたね?」


 複雑そうにサイラス君は話を振ってくる。これは……もしかしなくても心配してくれたのだろうか?

 宰相補佐様の手を頭から外し、私はサイラス君に向き直った。周囲の人達はまだキヴェラに対して思うことがあるのか、複雑そうだ。

 やはり『共闘するのだから過去を水に流して親しく』……というわけにはいかないらしい。


「私に敗北なんてないわ」

「……っ、それは知ってますけど!」

「事実でしょ。だいたい、令嬢達を守ったのは『騎士団長の養女』であって『魔導師』じゃないの。魔法が使えないなら、それなりの準備をしていくわよ」


 キヴェラの時だって色々と準備したじゃない。

 そう言えば、サイラス君も沈黙するしかない。キヴェラの敗北には私の『事前の準備』が多大に影響しているのだから。

 今回イルフェナに来た人達は私が……『囮となった騎士団長の養女』が魔導師なのだと知っている。正確には『イルフェナの誠意を見せる意味で伝えられた』のだが。


 まあ、私を知ってると即座に連想できますね!


『隠しても無駄と判断された』とも言う。そりゃ、個人的な付き合いのある人が王の傍にいるカルロッサやアルベルダ、私の性格がバレているキヴェラ相手では無理か。

 ただし、詳細を伝えられるのは上層部の中でも極一部。王を含めた彼らが帰国後、魔王様が用意したプランに従って情報操作をしてくれる手筈らしい。

 ここに居る人達は王が選んだ『顔・忠誠共に合格な人』という扱いだ。要は『信頼できる手駒』。酷い言い方だが、こういった人がいてくれないと困る。

 比較的動ける立場にいる彼らの顔合わせをしておけば今後が楽、という狙いも含めての慰労会なのです。情報交換の場とも言うだろう。故に魔王様達は別室だ。気楽にやれ、という配慮ですな。


 勿論、それだけではない。互いに情報を探るという意味も兼ねている。


 魔王様は愛国者なのだ。他国の王とその側近を信頼はするだろうが、無条件の信頼というわけではない。特に今回はイルフェナが狙われたっぽいので、慎重にならざるを得ない。

 他国上層部の皆様もそういった事情には聡いので、あっさり受け入れてくれたらしい。いくら親しそうに見えても所詮は他国、自己防衛を兼ねて魔王様の対応に理解を示してくれたのだろう。

 黒幕の予想がついている以上、こちら側に裏切り者がいるという事態は遠慮したい。互いに監視するという姿勢はイルフェナにとっても、そして他国にとっても必要なことなのだ。

 サイラス君とて、そういった事情説明はされたはず。それでも私を案じてくれたからこそ、先ほどの言葉なのだろう。あれは相手を探るためのものではない。

 本当に……割り切ることが苦手な人なんだろうな。ヴァージル君のことも案じていたみたいだし、基本的に面倒見が良い人なのかもしれない。

 今だって、返された言葉に納得している感じはない。

 今回はある意味『魔導師を都合よく利用した』とも受け取れるのだ。私と知り合っているサイラス君としては、その扱いに思うことがある模様。

 それ以上言葉が続かず、サイラス君は沈黙するが不満そうにしている。そこに話に割り込む勇者が声をかけた。


「ミヅキ、彼は? キヴェラの騎士なのか?」


 脳筋ことジークが。キースさんはジークの空気の読めなさに、天井を仰いでいる。


「彼はサイラス。ノーランドを相手にした『魔導師の娯楽』の際にキヴェラから派遣されて来た近衛騎士だよ。私の監視要員って扱いだったかな」

「ノーランド?」

「うん」


 ちなみに、少し前に起きたノーランドとの騒動とは『劣等感を拗らせたノーランド王が「我侭姫をゼブレスト王妃に!」と画策したことから派生したあれこれ』のこと。

 国の上層部は魔王様経由で詳細を知ってるし、私こと魔導師が動いたのも事実である。

 ただし、それはあくまでも裏事情込みのもの。一般的な認識とは少々異なる。

 詳しく言わないのは、ここに居る人達がどこまで知ってるか判らないから。彼らが国にとってどういった立ち位置なのかを知らんしね。

 軽く室内を見回すと、やはり詳しくは知らないのか首を傾げている人が結構居る。


「まあ、『キヴェラのサイラス君』で覚えてやって。何も聞かされず、私の監視につけられた気の毒な人だ」

「ちょ、ミヅキ殿!?」

「ちなみに私にとって玩具」

「結局、それか!」


 煩いぞ、玩具君。お前、自分から喧嘩売って玩具認定されたじゃん。

 ただ、私との遣り取りに周囲の人達は警戒心を緩めたようだった。どうやら不幸の人とでも認識されたらしい。

 ……。

 どういう想像をしたんだ、お前ら。一気に哀れみの視線がサイラス君に向いてますけど。


「そうか、それは楽しかっただろう」

「え……」


 脳筋ジークは相変わらず空気を読まない。顔を引き攣らせたサイラス君の心の傷を抉っていくジークの発言には、一欠けらの悪意もなく。

 しかも今回はそれに便乗する奴がいた。


「ふふ。とても楽しかったと思いますよ? こうやってミヅキを心配するくらいですから」


 穏やかな微笑みのまま、美貌の将軍様がさらりと追い詰める発言を。言葉と表情こそ穏やかなのに、何故か雰囲気は真逆である。……苛めっ子か、お前。

 ただ、ジークと違って含むものがあるセイルの発言にはサイラス君もカチンときたらしい。


「おや、婚約者を溺愛していると評判の守護役殿か。嫉妬は見苦しいですよ?」


 挑発的な表情でセイルに返すサイラス君。その雰囲気にキースさんはジークを引っ張って後退り、宰相補佐様は背後から私を抱えるようにして引き摺り距離を置いた。


 キヴェラVSゼブレストの個人戦勃発ですか?

 っていうか、周囲の皆様ってば、空気読み過ぎ!


 さすが王の信頼を受けるだけはある。顔だけじゃなかったかー……と呑気に考えている私をよそに、二人は大変楽しそうに会話を続けていた。


「嫉妬などする必要はありませんよ。私は必要とされていますから」

「はは! その顔ですからね。同性に話し掛けるような気安さなのかな」

「いえいえ、玩具と称される貴方ほどではありませんよ。『彼女』が楽しく遊ぶのでしょう?」

「……」


 皆は呆気にとられ二人を見、続いて宰相補佐様の腕の中に保護(=捕獲)されている私を見た。

 普通にこの会話を捉えたなら『女の取り合いか!?』と思うだろう。だが、ここに集っているのは優秀な人達……裏のある会話にも慣れている。


 連中の会話に嘘はない。

 そう、嘘はないのだ。ただ、言葉が足りないだけで。


「嫉妬などする必要はありませんよ。私は(ルドルフ様の守りとして)必要とされていますから」

「はは! その(性別不明の)顔ですからね。(男として意識しているような雰囲気もありませんし)同性に話し掛けるような気安さなのかな」

「いえいえ、玩具と称され(弄ばれ)る貴方ほどではありませんよ。『彼女』が楽しく遊ぶのでしょう?(ええ、遊ぶのはミヅキですとも)」


 多分、これが正しい。私を共通の話題として言葉の応酬をしているだけである。

 ……共通の話題がないんだよ、私しか。さすがにこの場でキヴェラとゼブレストの間にある、殺伐とした歴史を口にしたりはしない。

 その結果、平和な口喧嘩モドキへと発展したわけだ。


 いいぞ、もっとやれ! この程度で蟠りが解けるなら安いもの。

 一国の王の守護筆頭と大国の近衛騎士。ただし、やっていることは子供の口喧嘩レベル。

 その恥ずかしさに気づき、後になってのたうちまわるがいい!


 私は思わぬ娯楽に、きゃっきゃとはしゃぎ。

 周囲はそんな私と二人を生温かい眼差しで見つめていた。どう対応していいか判らないらしい。 


「小娘。アンタ、モテるのねぇ」

「それ、本気で言ってます?」

「……そういうことにさせてちょうだい」


 そう言って、深々と溜息を吐く宰相補佐様。そういや、報告の義務とかありますものねー……マジで報告するのか、このくだらない遣り取り。

 でも、このままでは埒があかない。この慰労会も目的がある以上、こいつらの観察で終わらせるのは問題だろう。

 ふむ、じゃあ奴らを止めますか。


「仲良しだねぇ、二人とも」


 ぴたり、と二人の会話が止まる。


「誰が聞いても恥ずかしい子供の口喧嘩レベル、それをやらかしてるのがあんた達ってのも笑いを誘うわ。……体を張った娯楽? 報告の義務とかあるのに?」


 その言葉に今度は室内の空気がぴしっと凍った。二人以外が『言ってはならないことを言いやがった!?』とばかりに、速攻で私をガン見。

 いいじゃん、気づかせてあげるのは優しさだ。……優しさですよ、ええ。


「後ね、セイル。サイラス君で色々遊んだのは事実だけど、私はあんたも利用する気満々だからね? 他人事じゃないからね? いつか色仕掛けにでも使いたいって言ってるの、冗談じゃないから」


 サイラス君のことを守護役どもは笑えまい。私達は『利害関係の一致は素敵な絆・互いに有能な駒でいましょうね』を地で行く関係じゃないか。

 セイルは言葉にしなかった部分も感じ取ったらしく、盛大に顔を引き攣らせる。……あれ? 何でサイラス君や周囲の人達も同じように顔を引き攣らせているのさ?


「小娘……アンタ、本っ当に容赦ないわね」

「お嬢ちゃん、頼むからジークを巻き込まないでやってくれ! こいつは脳筋なんだ、純粋なんだ! 妙なことを覚えたら困るだろう!?」


 何やら、本気で危機感を覚えたらしいキースさんが私を諌めにやって来た。お世話係よ……保護者か、アンタ。


「精神的に逞しくなっていいじゃないですか」

「それは逞しくなったって言わないでしょ!」

「違う! 絶対に、違うから!」


 何故か宰相補佐様を含む二人から速攻で否定される。そうかー? 似たようなものだと思うけど。

 そんな私達をよそに、サイラス君は私とセイルを交互に眺めていた。


「……。守護役達が溺愛?」

「……」

「溺愛? 本当に? ……あれを?」


 セイルは答えを返さない。苛めっ子は素朴な疑問に敗北したようだった。 

※『ノーランドのあれこれ』は書籍七巻のこと。読まずとも大丈夫です。

サイラスは書籍七巻に登場。主人公に耐性ありと判断され、今回も登場。

(書籍七巻人物紹介イラストにサイラスがいます)

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