偽りの中で探り合え
本日、回復したクリスティーナに招かれディーボルト子爵家でお茶会です。
アーシェ嬢のことで沈み込んだ気持ちを少しでも紛らわせたい、という想いもあるだろう。ささやかなお茶会には、あの時の主催であった令嬢も招かれている。
つまり……囮作戦決行、です。
「メイベル様、こちらセレネ様と仰いますの。少し前から仲良くしていただいておりますのよ」
気の強そうな青い目に焦げ茶の髪のメイベル嬢はクリスティーナの紹介を受け、私に視線を向けた。
彼女の顔立ちは割と派手な印象だが、化粧やドレスによって若干柔らかい雰囲気となっている。総合して『ちょっと我侭っぽく見える御嬢様』といったところか。
まあ、クリスティーナの人脈目当てに近付くくらいなので、大人しくはないだろうけど。
「初めまして、メイベル様。セレネ・クレイトンと申します」
自己紹介と共に微笑む私の髪は銀色、瞳は緑。……別に幻影を纏っているわけではない、色彩チェンジしただけです。
本日の私の設定は『セレネという名のクレイトン男爵家令嬢』。元ガルティアの方に家を持つ、実在する男爵家なので疑われても問題はない。
……功績によって爵位を得て、その後は辛うじて爵位を維持している程度の家なんだってさ。つまり、後一歩で庶民という、完全にノーマークなお家です。
そんな家なら知らなくても無理はない。そう思わせ誤魔化す……それに加えてメイベル嬢を煽る意味もある。彼女に疎まれなきゃならんからね、今回。
「クレイトン……? 申し訳ございません、聞いたことがないわ」
「ふふ、貴族とは名ばかりですもの。元々商人ですので、そちらが本業ですわ。功績によって賜わった爵位はそのうち返上かしら?」
訝しげに、けれどどこか見下した表情のメイベル嬢は首を傾げる。私は気分を害した様子もなく穏やかに返した。理由としては十分ありです。
対してメイベル嬢は私の様子に特に不審を抱かず、興味なさげな視線を向けただけだった。
彼女は少々子供っぽいというか、自分の感情に素直なのだろう。毒にも薬にもならない家など無関心……悪く言えば人を利用する野心家、というところだろうか。
だが、甘い。こういった会話によって情報を与えるという行為が、その後の罠に繋がると思わないのだから。
ここでさり気な〜く実家の情報を暴露しておけば、彼女の脳内に『セレネ・クレイトンは商人上がりの格下令嬢』という認識がされるだろう。それが目的の一つ。
この茶会で重要なのは彼女を知ることではない。当然、叩き潰すことでもなく。
『メイベル嬢が対抗意識を燃やす存在となること』なのだ!
地位が高過ぎても張り合ってくれないし、どちらかと言えば格下と思ってくれた方が『罠』の成功率が上がる。
その罠こそ、黒騎士達に依頼した『情報』が要となっているのだ。それを活かすだけの前提を私が作り上げなければならない。
「セレネ様は普段こちらにいらっしゃいませんもの。今回は親しくされている方に誘われたのでしょう?」
こちらの依頼どおりにクリスティーナが話題を振る。それに頷きながら微笑み、『罠準備・其の二』を発動。
「ええ。幼い頃からとても良くしてくださっている方がいますの。家族ぐるみで仲良くしていただいていたものですから、ついつい甘えてしまって」
「……ああ、以前伺った『お兄様』ですね?」
からかうような口調のクリスティーナ。対してメイベル嬢は先ほどとは違い、興味深げに聞いている。
……やはり彼女は情報収集をして相手の価値を決めるタイプのようだ。私を踏み台にできるか否かを考えているのだろう。
でなければ興味なさげだった私の個人事情に耳を傾けまい。単なる女子会で済まないあたり、微妙に悲しい貴族事情です。情報大事。
そしてそれをメイベル嬢は興味深げに聞いている。とりあえず興味を引けた、かな?
「あら、そのような方がいらっしゃるのね。婚約者なのかしら?」
「まあ! そのような関係ではありませんわ」
不自然ではないメイベル嬢の問いかけ……いや、探りか。それを受け、私は恥ずかしげに否定するも嫌がる様は見せない。
そんな姿は益々メイベル嬢の興味を誘ったようだ。僅かに目を眇める姿は獲物を狙う狩人のよう。
勿論、それに気付かない振りをして情報を暴露しますとも。
「兄のように慕う方ではありますの。幼い頃には結婚の約束じみたことも口にいたしましたわ。ふふ……あの時は小父様達にも微笑ましがられてしまって」
罠・『幼い頃の約束』発動です。
これは親しさをアピールすると共に、実際は婚約者ではないことを追及された時の保険だ。
囮が成功しなかった時は突かれかねないからね、『婚約者だなんて言ってません、向こうが勝手に勘違いしました!』で通します。
貴族の婚約とは家同士の契約だもの、思い出として語られた子供の口約束を信じる方がおかしい。
「あらあら、セレネ様ってば!」
「どんな方なのかしら? 私の知っている方かもしれないわね……教えてくださらない?」
クリスティーナが微笑ましいとばかりに笑う。メイベル嬢も笑みを浮かべてはいるが、それ以上に『どんな家の誰なのか』が気になるようだ。
普通に聞けば『女同士の恋バナ』なのだが、そこはお貴族様。メイベル嬢は相手によっては狙う気満々なのだろう。
よーし、よーし、そのまま気にしてろ?
後で本人来るからな? 見て驚くがいい……!
私としては興味を持ってくれたことが大変ありがたい。
もう少し興味を引きたいので、まだまだ焦らさせていただきますね。
ついでに貴女の好みもばっちり調査済みです、それを踏まえて情報を出そうじゃないか。
「ご存知だとは思いますよ? 『お兄様』は近衛騎士ですから」
「え……!?」
さらりと『お兄様はエリートです』な情報を口にすると、メイベル嬢の顔色が変わった。
即座に取り繕っているけど、良い反応。期待通りの彼女の姿に、私は内心笑いが止まらない。黒騎士達よ、素晴らしい働きだ!
うふふ……メイベル嬢の想い人って近衛騎士なんだってさ。一気に踏み台としての価値が上がった私だが、それだけじゃないのです。
「騎士となってからも時々我が家を訪ねてくださいますの。その時にお友達をお連れになることもありましたわ。……あら? メイベル様も近衛騎士の皆様に憧れてらっしゃるの?」
餌、増量です。近衛騎士(複数)は素敵な男性とお近づきになりたいお嬢様にとっては最上級の餌なり。
話に出てくる『お兄様』と仲良しですよ、そのついでに他の近衛騎士とも顔見知りですよ……と撒き餌に勤しみ、獲物が寄って来るのを待つ。
メイベル嬢にとって私は踏み台だろうが、こちらからすれば彼女が獲物だ。逃げないよう、十分な餌を撒いて挑発を。
そして。
利用価値があると、彼女が確信した直後に突き落とす。
それこそ、最も私が邪魔者認定される方法なのだから。
メイベル嬢の興味が最大限に引けたところで響くノックの音。クリスティーナが許可を与えると、入ってくるのはディーボルト家の執事さん。
今までの会話を隣の部屋で聞いていたので、タイミングはバッチリです。魔道具って便利だな。
「失礼致します。……セレネ様、お迎えがいらしゃっていますよ?」
お茶会半ばのお迎えに、私は不思議そうに首を傾げた。
「あら? お迎え、とは?」
「急なことですが、ご家族揃っての食事にお誘いしたいとのことですよ。素敵な『お兄様』でいらっしゃいますね?」
婚約のお話でも出るのでしょうか? と微笑ましげに付け加える執事さんに私は内心拍手喝采。穏やかな顔と声音だが伝えられた情報は完全にアドリブだ。
やるじゃねーか、執事さん! さり気なく参戦しますか。
事情説明をしてあったとはいえ、更にメイベル嬢を煽りますか。もしや、クリスティーナを落ち込ませた元凶が許せませんか。ムカついてましたか。
一方、メイベル嬢は執事さんの言葉に興味津々。噂の『お兄様』が誰か判明するのだ、今後のためにも是非会っておきたいという本音が透けまくっている。
「セレネ様、私達もご挨拶させていただいて宜しい?」
クリスティーナを巻き込みつつ、私に伺いを立てるメイベル嬢。そんな態度に呆れたのか、執事さんの目が何だか怖くなる。
これまでの会話で『まだ婚約してないけど、婚約者になるかも?』なことは言っている。それに気づきながらこの態度とは、いい度胸をしてるじゃないか。
自分が狙う気ですか? もしくは『お友達の近衛騎士』狙いで利用する気満々かい?
迎えに来た人物に興味があると隠そうともしないメイベル嬢の態度に、クリスティーナが僅かに困った顔をする。
明確に『紹介しろ』とは言ってないので諌められないのだ。メイベル嬢はこういったやり方が上手いのだろう。
私を格下に見ているからこそ『紹介しろ』的な言い方ができるわけですね? 拒否しようとも食い下がることは確実と見た。
こりゃ、クリスティーナにも上から目線で『紹介しろ』とか言っただろ。しかも相当しつこく。で、見かねたアーシェ嬢にばっさりやられた……という感じじゃないのか?
「いいじゃないか、セレネ」
そこに割り込む若い男性の声。少々笑いを含んだそれに、私は声の方を振り返って驚いた表情を作った。
ああ、スタンバイしていたから会話が聞こえましたか。それでタイミングを見計らって出てきてくれた、と。ノリの良さは相変わらずですね。
それでは登場願いましょう!
カモン、お兄様! 本日は御協力ありがとー!
「ディルク兄様!」
「え!?」
現れたのは近衛騎士団長様の御子息ディルクさん。両親だけではなく自分も近衛騎士である彼は……メイベル嬢の『憧れの方』だったりする。伯爵位なので家柄的にも優良物件なり。
情報提供は黒騎士です。それ以外にも色々情報探ってもらったけどな。
思わずガン見するメイベル嬢を無視して、ディルクさんは私の傍に来る。そして私が座っている椅子の背凭れに手をかけつつ、顔を覗き込むようにした。
「ごめんな、セレネ。父上達がどうしても一緒に食事がしたいと言ってな。普段忙しい人達だから、我侭をきいてやってくれないか?」
「小父様達が?」
申し訳なさそうにクリスティーナを見れば、彼女は快く頷いてくれた。
「構いませんわ。是非、ご一緒してらして」
「そう? ごめんなさいね」
「悪いな、クリスティーナ嬢。……セレネ、いっそ兄様のところに来るかい? そうすれば彼女にいつでも会えるし、俺も父上達も大歓迎だぞ?」
謝罪し立ち上がる私の肩を抱きながら、ディルクさんが意味深なことを言う。
……おお、メイベル嬢が睨みつけてくるよ。判ってるじゃないか、ディルクさん。
「あらあら……それはお似合いですわね」
本心からそう思ってそうなクリスティーナの援護射撃。ディルクさんは頷きながらも、わざとらしく肩を竦める。
「だろう? 幼い頃は『ディルク兄様のお嫁さんになる』って言ってくれたのにな、最近はさっぱりだ」
「もうっ! 幼い頃は立場が判っていなかったのですよ!」
「俺は歓迎するぞ? 何なら今度の夜会で跪いて婚姻を申し込もうか?」
ディルクさんは絶好調、順調に罠を発動中。
なお、この会話における煽りはほぼディルクさん頼みだったり。
《魔導師的・煽りプラン》
・できる限り近衛と知り合いというアピールをし、興味を引いておく。ここで婚約者候補的なものを匂わせる。
↓
・興味が引けたらディルクさん登場。『自分どころか家族も彼女を歓迎してます』な言葉で煽り、メイベル嬢に私を邪魔者認定させておく。
できれば婚約まで時間がないようなことを付け加えておくとよい。
↓
・メイベル嬢の殺意は私へ。邪魔者=消えて欲しい存在なので、誘拐を行なう可能性あり。
今回はこんな感じ。メイベル嬢に『あの女が邪魔!』と思われることが目的なのだ。
誘拐犯と共犯という可能性が成り立つならば、メイベル嬢は一度成功してしまっている。その一度がある以上、もう一度……と思うのは当然だ。
しかも、未だ誘拐事件は解決していない。証拠もないので自分達が疑われているとは思いもしないだろう。
その危機感があるなら、クリスティーナ主催のこの茶会にも出席すまい。自分とアーシェ嬢の接点が好意的なものではないと、クリスティーナは知っているのだから。
いや、危機感があったとしてもそれほど大事には捉えていない可能性もあるか。彼女の家が直接誘拐をしていない……ということが事実ならば。
だけど、それを許すほど状況は甘くないわけで。
これ以上、誘拐事件が長引くのは得策ではない。ならば外道といわれようとも結果優先で動こうじゃないか。
そのために黒騎士達に依頼したのです。……少々外道な『お願い』を。
『容疑者の貴族令嬢の想い人は誰か、そして最重要なのがその想い人の情報です!』
『まず、婚約者の有無。次に家族ぐるみでこちらの要望に従ってくれるか。口が堅いことは勿論ですが、茶番に付き合ってもらわなければならない以上は必須項目です』
『何より現時点では突破口がここしかありません。そんなわけで!』
『彼女の想い人どころかその家族、果ては一族郎党を脅迫できるような弱みを是非! 囮作戦が済むまでは協力者でいてもらわなきゃ困るんです、絶対に裏切らない……いえ、裏切れないような状況にしておく必要があります!』
『お貴族様って身分重視じゃないですか。私は民間人なので状況を軽く捉えられるかもしれませんし、魔導師だと暴露して構えられるのも困ります』
『よって不幸にも協力者となった方には【ミスったら後がない】くらいの覚悟で挑んでいただきます』
こんなことを依頼してみたのだったり。勿論、盛大に呆れられましたとも。
調べてもらったものはメイベル嬢の想い人、そしてその想い人に関する情報。婚約者がいたらこの策は成り立たず、しかも確実にこちら側でいてもらわなければ困る。
加えて言うなら、今回のことを貸しにするような輩でも問題です。国の上層部ならばまだ大丈夫かもしれないが、メイベル嬢は男爵令嬢……とんでもなく身分違いの相手は憧れ止まりという可能性があった。
つまり結婚相手と考えているなら男爵家や子爵家程度が妥当。高望みして伯爵家。
彼女が現実的に考えているならば、想い人=結婚したい人だろう。憧れは所詮、憧れでしかないのだ。夢を見るよりも確実な方を選ぶ。
よって、『想い人の弱み握ってくれ』と馬鹿正直にお願いしてみた。グランキン子爵みたいなのがいるのだ、彼女の想い人がまともという保証はない。
ならば保険の意味でも弱みの一つや二つ握っておけば確実じゃないか。
脅迫は犯罪? ……いえいえ、国のために働くのは貴族の義務です。問題無し。文句があるなら許可した魔王様に言え。
まあ、その想い人がディルクさんと判明した時点で杞憂に終わったのだが。
「ふふ……聞いていたとおり仲がよろしいのですね。さあ、未来のご家族をお待たせしてはいけませんわ」
そう言ってクリスティーナは私達を促す。今後はクリスティーナに頑張ってもらわなければならないので気が引けるが、そうも言っていられない。
クリスティーナは全てを承知で、メイベル嬢に私の情報を流す役を引き受けてくれた。予め提示しておいた情報を『茶会での会話』という形で流せるのは彼女しかいない。
「それでは失礼しますわ」
軽く会釈し、私はディルクさんと共に退室する。目撃情報を作るため――その目撃者もこちらの協力者なのだが――に本当に団長さんの館へと向かわなければ。
「……ふうん、結構あからさまな子だったね」
馬車に乗り込むなり、ディルクさんが感想を述べた。あからさま……うん、メイベル嬢は判りやすかった。
ただ、そうなるよう仕向けたのも事実である。これにより彼女と彼女の家は罪を増す。そのことが判っていても、私達は……私は事件解決を選ぶ。
「後はクリスティーナが情報を流してくれるはずです。上手くいけば……」
「彼女の家に招かれるってことか。それにしても考えたな? 騎士団長の娘じゃなくて『家族になるかもしれない存在』ならば、身内というより知り合いを案じることにしかならない」
「団長さん個人の感情の問題ですからね。目的がイルフェナならば、その守りの要に精神的なダメージを与える存在は人質としての価値がある。ディルクさんの婚約者候補だからこそ攫われた、という解釈もできますし」
騎士団長の息子だからこそ、危険を避けるために婚約者を隠していた……という考えもできる。
目的がイルフェナならば狙ってくるだろう。自分と親しいことが原因で娘になるかもしれない存在が攫われるなど、どれだけ団長さんを苦悩させることか。
立派な人だからこそ、自分が原因となって起きた事件に罪悪感を抱く。『団長の娘だと大事になってしまうことを恐れて攫われない』という認識とは逆の発想だ。
血縁ならば諦めもつくが、今回は親しい他人という設定だからね。
「……そういった意味でも攫われやすくなる、か。逆に言えばミヅキが危険に晒されるってことだぞ?」
「覚悟してますよ」
頷くことで肯定し、心配そうなディルクさんに微笑む。向こうに頭脳労働担当がいる以上、黒幕まで辿り着かないかもしれないけど。
――負ける気はないのだから。