そして事態は動き出す
ディーボルト子爵家を辞した私達は速攻で魔王様の執務室へ突撃した。
襲撃ではない、『何もなくても報告しろ』と言われてるの。私としても他国と連携を取ってもらわなきゃならないので、早ければ早いほどいい。
……で。
執務室内から返事が返るなり、私は室内へと足を踏み入れる。
その様子に少々驚いた顔を見せた魔王様だが、即座に何か掴んだと察したようだ。アルとクラウスも居るあたり、彼らも話し合いをしていたのかもしれない。
だって二人とも実家込みで情報収集は得意ですもの。
クラウスは黒騎士達共々、個人的な趣味――最高権力者が見逃しているので犯罪に非ず――を活かしている。
アルは本人も情報を引き出すことに長けている上にシャル姉様という社交界の華が持つ情報網があり、そして義兄であるクラレンスさんは近衛副騎士団長。
ご家庭内で其々の分野からの情報交換が可能です。不審に思われることもありません。
ただ、そこまでしても犯人の影は見つからなかったということ。だから魔王様とて焦りを見せていた。
基本的に私まで巻き込まないからねー、親猫様。
なんでも『一度楽を覚えると君を利用することが当たり前になるから』という理由らしい。
確かにそれが当たり前になっても困るし、実力者の国としては少々情けない展開だ。それに私が部外者ということを考えると、それが最善なのだと思う。
「どうしたんだい、ミヅキ。何か掴んだのかな?」
「ええ、バッチリです! 騎士sを知ってると物凄く納得できる理由でクリスティーナは体調不良起こしてましたから」
ぐっと親指を突き出してイイ笑顔。だが、私の言葉に騎士sが慌てだす。
「ちょ、お前、まだ確実じゃないだろ!?」
「決め付けるな! 頼むからもう少し慎重にだな……」
「ああ、絶対大丈夫。寧ろあんた達の過去があるから確信あるんだもの」
「「は?」」
意味が判らなかったのか騎士sは怪訝そうな顔になった。
うんうん、君達は無意識に発動してるからね、あの特殊能力。だけど、あれには『ある法則』があるのだよ。
「ミヅキ、詳しく話しなさい」
元々クリスティーナの体調不良を特殊能力ゆえと疑っていた魔王様は理解が早い。疑うよりも私の話を聞いた方が確実だと判ってらっしゃる模様。
アルとクラウスも興味深そうな顔で聞き耳を立てている。彼らとしても騎士sの能力は認めているので、無視できないと考えたのだろう。
「それじゃ、一枚紙を貰えます? 書きながら話し合いした方が判りやすいと思うので」
「いいよ。ああ、この机を使って」
それまで仕事をしていたらしい魔王様は引出しから一枚の紙を取り出すと、執務机のスペースを空けて広げた。そしてペンを手渡してくれる。
「まず私の質問に答えてくださいな。……誘拐された令嬢達が最後に訪れた場所は友人とか知り合いの家じゃありません?」
「え? あ、ああ、そうだね。確か帰り道で馬車が襲われたということだったと思うよ」
それを受けて私は紙に『・誘拐された令嬢達が最後に訪れたとされる家』、『・襲われたのはそこからの帰り道』と書いた。
箇条書きにするのは一番判りやすいから。シンプルな方が重なった条件は明確になる。
「次。先ほどの質問と被りますが、令嬢達が訪れた家には彼女達の友人と呼べる程度は付き合いがある人がいる。これも合ってます?」
「合ってるぞ。状況は様々だが、比較的良好な関係だったとのことだ」
今度はクラウスが答える。やはり『表面的には』お友達だったらしい。
これも当然紙に記入。『・訪れていた家、もしくはその家の誰かと誘拐された令嬢は懇意とされている』。そしてこれらを受けてその下にもう一文を。
『※上記の共通点が全ての被害者に該当した場合、彼女達が訪ねていた家は誘拐犯の共犯という可能性あり』。
それを見た途端、魔王様達の顔色が変わった。
「共犯だと考えるのですか?」
「うん。『犯行現場を誰にも見られない』ってこれしかないと思う。ドレス着たお嬢様を攫って目立たないはずはないよ、最初から馬車に乗っていない……と仮定する」
「私達も訪ねていた家が犯行に及んだ可能性は調べたんだよ。だけど、何の証拠も出なかったんだ」
あ、やっぱり調べられてましたか。そういえば、派閥関連での誘拐も考えられてましたっけ。
だが、私とは根本的に視点が違うのだ。
私は『クリスティーナの話から共犯と仮定して、行動を予想する』、魔王様達は『証拠を探し、見つからなければ疑惑で終わる』。
証拠ありきで動くのは当然なんだけど、今回はそれがない。だから捜査が全く進展しなかった。
そこで私は『共犯だった場合、どうやれば関与を誤魔化せるか』という方向で考えた。魔王様達とは逆の発想ですな。
この場合も証拠はないのだが、納得できる説明がされれば疑惑は深まる。限りなく黒に近いグレーくらいには。
「確か……誘拐されたと証言したのは怪我をした御者でしたね。ただ、自分は視界を塞がれたとも言っていましたが」
すでに私が関係者となっているせいか、アルが得ていた情報を口にする。つまり記憶を魔道具で見ても意味がないということだろう。
馬車に令嬢が乗っていなかったとするならば、これも計画の内。やはり頭脳労働者が混じっているっぽい。
「その馬車、相手の家が用意してない? 馬車が襲われたのは事実でも襲うだけなら犯人は十分逃走可能でしょう。まして御者が共犯なら犯人が捕まらないように証言してるだろうし」
アルの情報に対する仮説は私が非常に不思議だったこと。民間人を攫ったわけじゃないのだ、貴族令嬢はドレスが標準装備です。
目立つ。超目立つ。馬車か何かで運搬する必要もあるし。
それに、その目立つ『荷物』を商品とするなら、荒っぽい真似はできないと思うのですよ。
何よりドレスの女性を連れていなければ『犯人ではない』という何よりの証明になる。逃亡も楽々です。
加えて御者が共犯ならば、捜査そのものを虚偽によって撹乱することが可能だ。姿は見ていなくとも声が違うとか、襲った人数とか。
視界が塞がれていたならば証言が少々曖昧でも仕方ないだろう。だから『できる限りの協力をした』という姿勢を見せれば嘘とは思われにくい。
それに。
御者を怪我させる程度なら一人居れば十分だ。たとえ制約によって嘘を禁じられても『馬車が襲われた』ということと『犯人によって怪我を負わされた』ことが事実ならば、十分誤魔化せる。
『誘拐された令嬢が訪ねていた家が共犯者となっている』……この仮説が立つだけで事件はあっさり解決だ。さすがにここまで揃えば無視はできない。
折角なので『目撃者の居ない誘拐の謎』という項目を作り、こちらも箇条書きでこれまでの予想を書いていく。
後は其々の国が項目に該当する事柄を調べてくれるだろう。そこが埋まれば仮説が正しかったか判るはず。
「……。ミヅキ、これはクリスティーナ嬢に会ったから確信が持てた仮説なんだよね? どういうことだい、彼女の能力と確信できることでも?」
それでも魔王様は慎重な姿勢を崩さない。そうですねー、ぬか喜びは切ないですもの。
勿論、これも説明できる。正しく言うなら『騎士sのこれまでと今回のクリスティーナの件を知っているなら理解できる』のだ。
「これはクリスティーナというよりも騎士sに焦点を合わせた方が判りやすいです。彼らは兄弟全員が危機回避能力に恵まれていますが……直前なんですよ、それが発揮されるのって」
「え?」
「思い出してくださいね? 団長さんが言ってたじゃないですか、『こちらが動いてから動くのではなく、動こうと思った途端に逃げられ振るった剣もギリギリで届かない』って」
「ミヅキ、あれは手合わせだからでは?」
その言葉を聞いた時に居合わせたアルは否定的だ。魔王様達も報告は聞いているので、即座に納得はしない。
だが。
「次にヘンリーさん。彼もグランキン子爵から狙われている時に『直前で避ける』という回避方法を取ったそうです。これは近衛騎士からの情報なので確認してください」
「ふむ、それだけかい?」
まだ理由としては弱い。身内だけのことではなく、他国にも説明しなければならないので曖昧さは不審がられるだけだろう。真面目に捜査してもらうためにも決定打は必要だ。
ご安心ください、魔王様! 貴方が当事者になった決定打がございますともっ!
「で、多分誰もが納得できる理由なんですが。私と初めて会った時って騎士sは黒尽くめに追い駆けられていたんですよ。それも襲撃直前に村を抜け出して、何故か私が居る方向へ一直線! ……この時、騎士sを先生の所に向かわせたのって魔王様、ですよね?」
「あ、ああ、そうだよ」
よし、これならいける。……騎士s、思い出して微妙な顔になるでない! 君達が『助けてくれ!』と縋り付いて来たのが記念すべき初対面だぞ?
「それを踏まえて考えてくださいね? ……それより前に危険を察知したならば、『何故、当初からのルートを変えなかった』んです? この二人に死亡フラグを感じつつ強行する根性はありませんよ、道を変えます」
「「「……ああ!」」」
「そういえば嫌な予感はしても道は変えなかったな」
「物凄く嫌な予感がしたのは村の宿屋……確かに襲撃の直前だ。確信に近い感じがしたから抜け出したんだよ」
魔王様達、綺麗にハモった。……いや、騎士s? 君達も何納得の表情してるのさ?
そもそも事前に危険が判るなら魔王様に直訴でもしてそう。それにあの黒尽くめとてプロだ、襲えるポイントを外されれば簡単に手を出せまい。
おそらくは騎士sが馬鹿正直に先生の元を目指し、騒ぎを起こしても即座に騎士が動けない僻地に入ったところで襲撃……となったと思われる。
連中の誤算は私の戦闘能力と先生の医療活動だろうな。まさか追い駆けている時に合流されるとは思うまい。
「魔王様の命令は『ゴードン医師の所へ行け』ということのみ。それなら道は他にもありました。ですが騎士sは当初のルートのまま行動し、そして最終的には『追っ手達を倒す能力を持つ私の方へと逃げてきた』」
「……。つまり彼らの能力は直前に発揮されるばかりでなく、可能な限りその時点での最良の選択をすると」
「多分。少なくとも『命の危機からの脱出』、『本命である魔導師と会い、追っ手を撃破してもらう』、『先生と合流する』という全てを叶えていますよ」
全員が揃って騎士sを見た。褒めて良いのか呆れるべきなのか判らず、揃って複雑な顔をしている。
いやいや、ここまで話せば他国の皆様とて納得するだろう。魔導師大絶賛の能力とでも言えば確実です。
ここまでやらかして『偶然』はなかろう。だが、騎士sは魔王様達の視線を無視して私を引き攣った表情で眺めている。
「お前さ……実は根に持ってた? 持ってるんだよな!? こんなに詳しく覚えてるんだから!」
「謝る! 本当に悪かった! 頼むから報復は止めてくれ!」
……。そっちかよ、お前ら。
あの、魔王様? その『そう思うよね』的な表情は何故。
「心配しなくても根に持ってないって! 謝らなくてもいいよ、別に」
「……何でだ?」
「……お前、そんなに優しくはないだろ?」
……ほほう、そう思うのかい。疑り深い双子に向かって私はにっこり笑う。
びくぅっ! と騎士sの肩が上がった。その態度はどういう意味だ、お前達。
まあ、疑ってるなら理由を話してやるか。
「いつか使おうと思ってアイデア帳の一ページに記入済みです」
「「おいっ! なんだ、その『アイデア帳』って!」」
「異世界の知識と私の個人的趣味をつらつら綴ったもので、あらゆる悪戯のアイデアはここから生まれています」
「それ、お前が時々書いてるノートじゃねぇかっ!」
「悪魔の書の間違いだろっ! 俺達その一部!? 一部に数えられてんの!?」
煩いぞ、双子。許してはいるが、『利用しない』とは言ってないじゃないか。
あ、魔王様が呆れた眼差しでこっちを見ている。いいじゃないですか、ちゃんと貢献してるんだから!
まあ、馬鹿な話はこれくらいにして。さっさと説明の続きをしようじゃないか。
「とりあえず話を戻しますね。クリスティーナは『茶会に行くこと』に対して体調不良を起こしていました。彼女の能力ならば『茶会の帰り道』にこそ反応するはずです。この場合は『道を変える』という方向になると思います」
お兄さん達だってグランキン子爵が雇ったゴロツキの回避をやっている。あれと同じことになるに違いない。
「ですから、結論として『茶会そのものが危険だった』という解釈をしました。誘拐が最近起きているものと連動する場合、茶会の主催である家が共犯でない限り成り立ちません」
「誘拐犯達との接点がなくないかい?」
魔王様が当然の疑問を投げかけてくる。勿論、その点についての仮説も組み立て済みだ。
「誘拐犯から接触があったとしたらどうでしょう? これならば共犯者となった家同士の接点はなくて当然ですし、家が疑われても『誘拐そのものはしていない』から証拠がないんですよ」
「確かに……それならば調べても証拠など出て来ないだろう。商人などを装って出入りし、目的の令嬢を受け取るという方法も可能だ」
「令嬢は薬などで眠らせ、一時的に荷物に隠せば判らないでしょうね。貴族の家は商人を呼びつけたりするのが普通ですから、誰も怪しみませんし」
クラウスとアルも納得できるようだ。確かに商人に扮して家を訪れていたら誰も不審には思わない、荷物もあるのが普通だ。
「判った。君の推測を各国に通達してみよう。魔導師発案とでも言えば無碍にはされないだろう」
ただ……と続けながら魔王様は難しい顔になった。
「そうなると確実にその知恵を授けた者がいるだろうね。表面的に仲良くしていても実際は疎んでいる、なんて情報はそう簡単に手に入らないし、ただの犯罪者はそんな発想をしにくいだろう」
「そうだな。少なくとも『その情報を提供した人物』がいるだろう。ある程度、貴族社会を知っていなければそういった考えにはいくまい」
そう言って二人揃って私に顔を向けるが、首を振ることで否定を示す。
さすがにそこまで調べていない。っていうか、そこまでは判りませんよ。
「とりあえず各国に通達すべきではないでしょうか。もしかしたら何か有力な情報が出て来るかもしれません」
アルがそう締め括り、皆が頷く。
あ、一個黒騎士達にお願いすることがあったっけ。
「魔王様。囮になるために必要な情報があるから、黒騎士達に頼んでもいい?」
「おや、囮の問題も解決済みなのかい?」
意外とばかりに魔王様が声を上げた。そうですねー、魔導師ということを抜きにしても厳しかったですし。
でも突破口ができたのですよ。これもクリスティーナのおかげだったりする。
「勿論! 多分、確実に行動を起こしますね」
にやりと笑えば、魔王様の片眉が上がった。
うふふ〜、これは私が適任だ。ただ、クリスティーナにも協力してもらうことになる。下手をすれば一緒に攫われます。その時は全力でお守りいたしますが。
魔王様が視線をクラウスに向け、それを受けたクラウスが頷く。
「何を調べればいいんだ?」
「えっとねー……」
それを告げるなり、皆の表情が微妙なものになった。視線も物凄く生温かい。
「ミヅキ……それは必要なことなのですか?」
「うん、超重要」
やや呆れた表情のアルにも元気にお返事。マジです、これが囮作戦成功の要です。
でも黒騎士達の使い方としてはどうかと思うんだ。こんな情報を調べるために彼らを使う奴もいまい。
「あ〜……とりあえず調べてやってくれないか」
「……判った。詳しいことは後で聞くからな」
クラウスの言葉にもしっかり頷き。事態は漸く進展を見せ始めたのだった。
実は伏線だった騎士sのあれこれや団長さんの言葉。
※活動報告に魔導師六巻の詳細がございます。