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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
サロヴァーラ編
185/696

親猫の後悔

――イルフェナ・エルシュオンの執務室(エルシュオン視点)


「……と、言うわけです。今回ばかりは諦めるしかないでしょうな」


 レックバリ侯爵が淡々と説明していくが、その声に苦いものが混じるのは気のせいではないだろう。


「まさか、カルロッサでの行動が切っ掛けになるとはね」

「そう仰いましても……儂から見ても当時のミヅキの行動は最良だったと思いますぞ? 下手に能力を隠せば護衛という立場に不審を抱かれ、キヴェラからの追っ手達にも無抵抗ということになりますからな」

「……」


 さすがにそれは反論できない。あの当時、ミヅキがとった行動はある意味正しいのだから。

 カルロッサでの大蜘蛛騒動は完全に予想外だった。これが普通の事件――人が犯人であるもの――だったならば民間人という立場を利用し、無関心を貫くことができただろう。

 だが、問題となったのは巨大な森護りという大蜘蛛。

 これは即戦力が求められるし、騎士だけでの討伐が困難ともなれば……協力を要請された場合、断ることは不可能である。

 当事者の一人として自分や護衛対象が含まれているだけではない。被害を最小限にする意味で村周辺の道が封鎖――村は蜘蛛を倒せる戦力を集結させるまでの餌だ――されようものなら、コルベラに着くのがいつになるか判らない。

 ……いや、この場合は到着以前に命の危機か。ここで姫と侍女が死ねば全ては終わりなのだから。

 しかも時間が経てば経つほどキヴェラの混乱は沈静化され、不利になることは判りきっていた。それに伴って『本物』の追っ手達が派遣されるだろうこともたやすく予想がつく。

 ミヅキは姫達の安全と時間を最優先として行動したのだろう。現実問題として、あそこで足止めを食らうわけにはいかなかった。


 だが、それが後に厄介事に巻き込まれる原因となるなど誰が想像しただろうか?


「旅券の情報では養女とはいえ、騎士団長の娘となっておりますからな。まだ大人しくしていたならば『遠縁の娘を引き取った』とでも言えたのじゃが」

「行動しちゃってるからね、ミヅキは。しかも騎士達が打つ手無しだった大蜘蛛の討伐。間違いなく『闘える』と判断されただろう」

「その上、担当したのはジークフリート殿の補佐。カルロッサの極一部では彼が戦うこと『だけ』に特化していると知られているじゃろう。となると、大蜘蛛討伐の司令塔は……」

「ミヅキしかいないよねぇ、それだと。『ただ闘うだけでは倒せなかった』と騎士達は知っているしね」


 こう言ってはなんだが、闘うだけならばある意味単純な作業である。目の前の敵を倒すことだけを考えればいいのだから。

 だが、大蜘蛛はそれだけでは倒せなかった。武器の性能に加え、『倒しやすい状況にもっていく』という条件が必要不可欠だったのだろう。

 いくら個人で強かろうとも限界があるということだ。キース殿もそれが判っているから、二人で行動することが多い……というか、実際に部隊を動かしているのは副隊長のキース殿だろう。


 つまり頭脳労働担当。しかもミヅキの場合は十分戦力になっている。


「騎士と村人との蟠りをなくすと同時に貴族への牽制、さらに……」

「追っ手達への制裁。恐れることもなく、的確に状況を判断する能力に優れてもいる……と思われても不思議はありませんな。日頃から相手を煽って手痛い反撃をする、という対応をしますからなぁ」

「……」

「……」


 レックバリ侯爵と揃って溜息を吐く。駄目だ、言葉を交わせば交わすほどミヅキが囮として最適に思えてくる。

 というか、実際ミヅキしか該当する人物がいない。これが我々さえ安易に断れない理由なのだ。

 仮に女性の騎士や宮廷魔術師を囮にしたとしよう。

 武器を扱う者はそれなりに筋肉がつく。これまで攫われたのが力仕事などしたことがない令嬢という以上、見る者が見れば確実にバレるだろう。

 そうなると近衛騎士はまず無理、一般の騎士や新人では単独行動に不安が残る。そして犯人達の人数が不明な上、ほぼ武器がない状態で送り出すのは無駄死にさせる可能性が高い。

 魔術師では喉を潰されれば終わり……というか、そもそも接近戦に向かない。令嬢達が囚われているのが建物内であると想定されているので、使う魔法にも制限がかかる。

 対してミヅキの場合。

 武器は全く扱えない――包丁とクラレンスから贈られた鞭は除く――ので華奢である。種族的な意味でも周囲と比べてちまいので非力に見える。というか、実際非力だ。

 基本的に氷結を使っているので、建物内での戦闘だろうと問題無し。これには接近戦も含まれ、戦闘だけでなく状況に応じた犯人との会話や情報収集といったことも得意。


 要はミヅキが例外中の例外なのだ。さすが、珍獣。


「騎士団長の娘……というのも断りにくい立場でしょうな。アルバート達は己の立場に誇りを持ち、国を最優先に考えておる。実子でなかろうとも協力せねば彼らの顔に泥を塗ることになりかねん」

「そうなんだよねー……『アルバートの娘』ってのも大きな要因なんだよね。なまじ戦える姿を見せているから、今更病弱とか嘘はつけないし」


 家族揃って近衛騎士。しかも貴族という立場がある以上、当主であるアルバートが『命じれば』娘だろうと逆らえない。婚姻なども親が決めるのが普通なのだ、娘である以上は従う義務がある。

 そしてアルバートは騎士の頂点に立つ人物……王に命じられれば断ることはできない。我が国にも被害が出ている以上は父上とて命じざるをえないだろう。

 父上達がミヅキを割と好ましく思ってくれているのは知っている。だが、個人的な感情を優先させるような方ではない。

 アルバートは立場を重んじなければならない王の気持ちを知るからこそ、命じられる前に自ら当主として命を下す。

 今それが成されていないのは……ミヅキが正しくは養女ではないから。後見である私の判断待ちなのだ。


「そうは言ってもキヴェラの件に絡む以上は『魔導師だった』とは明かせませんしなぁ」


 困った顔をしながらレックバリ侯爵が呟く。それに同意するように私も頷いた。

 ここで『あれは魔導師でした。魔導師を囮にしようとは良い度胸だね』と言えば、魔導師の怒りを買うことを恐れてカルロッサは提案を撤回するだろう。

 そもそも騎士団長の娘=ミヅキ=魔導師と知るカルロッサ上層部は反対したかったに違いない。


 ミヅキはカルロッサの極一部に好意的なだけであり、国はどうでもいいのだ。

 後に利用した報復が待っていると知っていて利用しようとは思うまい。


 カルロッサとてキヴェラが弱体化したことを喜んだのだから、今更イルフェナとキヴェラに新たな火種を投じたくはないだろう。

 ゆえに提案した者にそれを伝えられない。『大蜘蛛退治に協力したのは騎士団長の養女』でなければならない現実、けれど強要すれば魔導師の怒りを買う可能性ありという非常に難しい立場なのだ。

 これには私も同情した。宰相補佐殿が送り込まれて来たのは事情説明とミヅキへの緩和材要員である。ある意味、生贄だ。


「……。無駄だと思いますよ?」

「ああ、そうだな」


 諦めたような苦笑を浮かべつつアルジェントが、そしてどこか遠い目になりながらクラウスが初めて口を開いた。その視線は大変生温かい。

 彼らは私とレックバリ侯爵が会話をしているので口を挟まなかったのだが、それ以上に何も言えなかったのだろう。彼らとて騎士という立場なのだから。


「……? どういうことだい?」

「あのですね、今更何を言っても無駄……と言いますか、魔導師だろうとアルバート殿の養女だろうと変わりはありません」


 ほら……とアルジェントが指差した報告書の一部、そこには。『彼女はエルシュオン殿下の配下を名乗っており……』という一文。


「本人がエルの配下だと名乗ってしまっているのですよ。これで『無能』はありえません」

「十分な能力を見せつけた上でその発言だぞ? 誰が聞いても『能力のある配下に身分を与えるために騎士団長の養女にした』としか思えん」

「アルバート殿は伯爵位ですから、エルの配下としては妥当な立場だと思います。侯爵や公爵では民間人との縁組は少々無理がありますし、子爵位や男爵位では上層部と遣り合う場合に身分的な意味で弱い」

「しかも騎士団長一家は近衛……情報の伝達や密かな命を受ける意味でも最適だろう。どう考えても『有能な国の駒』だな」

「「ああ……」」


 二人の解説にがっくりと項垂れる私とレックバリ侯爵。確かに拒否は不可能だ。追っ手達の件に近衛が出て来たことに加え、私の『魔王』という渾名も手伝って二人の言い分が物凄く正しく聞こえる。

 というか、騎士団長の娘だからという安直な理由ではなく、こちらが原因ではあるまいか。


 つまり『魔王殿下の配下』だから最適。


 名乗ったのはミヅキ本人、しかも名乗る必要は特になかったわけで。



 ついつい、ノリで言ったミヅキ本人の自業自得……!



「あの、馬鹿猫……!」


 ぐしゃり、と手にしていたカルロッサ王からの手紙を握り潰す。レックバリ侯爵は片手を額に当てて天井を仰いだ。

 何をやっているのだ、一体。自分から隙を作ってどうする、馬鹿娘!


「そういえば殿下の配下と名乗っておりましたなぁ……いつものことなので敢えて止めはせんかったが」


 遠い目をしながら呟いたレックバリ侯爵の言葉に己の最大のミスを知る。そうだ、自分達はミヅキがそう名乗るのを止めなかった。それは『いつの間にかミヅキを自分達の仲間だと無意識に思っていたから』。

 今更止めても無駄だろう。ルドルフでさえ自然にそう認識しているのだから。


「親猫としての姿が自然過ぎて誰も止めなかったんですよね」


 アルが乾いた笑いを浮かべながら現実を告げると、全員が大きく頷いた。


「保護者根性通り越して親猫根性を発揮しとりましたからな、殿下は。あれだけ守られれば当然と誰もが思い、ミヅキが殿下の配下と名乗ることに違和感を覚えなかったんじゃろう」


 レックバリ侯爵。保護者根性は判るが、親猫根性ってなんだい、親猫根性って!

 そう思うも私もまたそれを止めなかった一人……普通は勝手にそう名乗れば咎めるだろう。それをしなかった時点で事実と思われても反論できない。


 そこへ響くノックの音。入室の許可を与えると入って来たのは問題の馬鹿猫、もとい問題児ミヅキ。続くのはクラレンスとカルロッサの宰相補佐殿。

 単独行動など許されていない上に守護役であるアルとクラウスが執務室に居るので、本来ならばミヅキはここに来れないはずである。だが、どうやらクラレンスに連れて来てもらったらしい。

 ……? 宰相補佐殿がなにやら遠い目になっているのは気のせいだろうか?

 それは別として、私はミヅキを手招きし。とことこと近寄って来た彼女に向かって微笑み。


 ぺしっと頭を叩いた。


「ちょ!? いきなり何するんですか、魔王様!」

「喧しい、この馬鹿猫!」

「意味判りませんよっ!」


 じとっとした目を向け反論してくるミヅキに「文句あるかい?」とばかりの目を向ける。アル達は……さすがに呆気にとられたようだが、直前まで話していた内容から私を止める気はないようだった。


「あ〜……今回はお前さんが悪い。というか、囮の件は自業自得じゃぞ」


 生温かい目で「諦めろ」とばかりに諭すレックバリ侯爵に、ミヅキは首を傾げ。


「え? 最初からやる気ですよ? この世界に来た直後に比べたら難易度低いし、安全ですって! 抗う術だってばっちりです!」

「え……いや、その……」


 予想外の反応に言葉に詰まるレックバリ侯爵。宰相補佐殿達も軽く目を見開いて聞いている。確かに当初と今を比べればそういう考えにもなるか。

 そういえば、ミヅキは様々な国の上層部に親しい者達がいる。未だ被害に遭っていない国のためにも早期解決を望んでも不思議はない。

 皆も同じ結論に達したのか表情に苦いものが混じる。結局はこの魔導師を都合よく利用することになるのか、と。


「ミヅキはそれでいいのですか?」


 アルジェントが複雑そうに、けれど最終確認をするようにミヅキの意思を問う。本人の承諾をカルロッサの宰相補佐殿が聞いているのだ、ならばアルバート達を悩ませることなく決めてしまいたいとでも思ったのか。

 逆に言えばこれで『嫌だ』と言えば動く気があるのだろう。見る限り宰相補佐殿も賛成しているようには見えないのだから。


 ただし、当のミヅキの思考回路は常に斜め上。


「私の辞書に敗北と敵前逃亡なんて言葉はない。最後に笑うのが私というのは決定事項です、ついでに他国に恩を売れればなお良し!」

「「「「ああ……そう……」」」」


 大変素直でろくでもないお答えである。これが心配させないよう演技したとかならばまだマシなのだが、どう見ても違和感は全くない。

 つまり馬鹿正直に本音を言っただけ。しかも本人は大真面目。


 感動的な参戦理由はどこ行った! それが本音かい!


 隠された心の声は誰もがそう言っていた。というか、ミヅキに向けられた視線がそう言っている。

 クラレンスと宰相補佐殿は騎士寮で何を聞いたのか無言。ただし、ミヅキに向けた視線は妙に生温かい。

 そう思うも、とりあえず用があるらしいミヅキに意識を向け、視線で話の先を促す。……が、彼女の思考は斜め上継続中だった。


「魔王様! 囮になるのはいいんですが、どうやったら誘拐されますかね?」

『は?』


 私達――クラレンスと宰相補佐殿除く――の声が綺麗にハモった。何だい、それは。

 訝しげな私の視線を感じてか、クラレンスが口を挟む。


「団長の娘ともなれば、その、自主的に動く者が続出する可能性が高いとミヅキは言っているのです。そんな情報を得ていたら誘拐の対象にはならない、と」

「だから『確実に誘拐されるような要素はないのか』って、貴方達に聞きに来たのよ。……最初は顔の出来で無理じゃないかって言い出したけどね、この子」


 呆れたように補足する宰相補佐殿の言葉に頭が痛くなる。ミヅキ……何故自分からそういうことを言うのかな? 君は一応、女性なんだけど。


「これまで誘拐された令嬢達に共通点ってありませんかね? それを狙った方が確実だと思います! 団長さんのファン全員を敵に回すような気合いの入った犯人じゃない限り、絶対釣れません。そもそも私に惹き付けるだけの美貌はない!」

「ミヅキ、アルバートのことはともかく自分で言ってて虚しくならない?」

「現実を冷静に受け止めることは重要じゃないですか。少なくとも私は魔王様達に囲まれてるんですよ? しかも全員男。空しくなんてなりませんよ、対人戦において重要なカードになるじゃないですか!」


 いい笑顔で言い切るミヅキには欠片の憂いも感じられない。彼女にとって美貌は見惚れたり羨んだりするものではなく、人を誑かす要素の一つか。

 状況によっては利用する気満々のその態度に、幼馴染二人が視線を逸らしたのは気のせいではないだろう。

 ……今更ミヅキに何を言っても無駄だよ? 二人とも。君達だって日頃から似たような発想をしているじゃないか。

 『ミヅキだけは例外』なんて言葉が通用するはずないだろう? 良かったじゃないか、理解があり過ぎる婚約者で。

 私から見れば君達の好みとやらは非常に納得できるとも。立派に同類だ、同類。


「で。何か情報ありません?」


 そんな私達の気持ちに気づかず、ウキウキと尋ねてくる馬鹿猫に――


「痛っ!?」


 ぺちっと額を叩いたのは許されると思う。

 ……クラウス? 「そういえば猫は前足で叩いて躾けるな」と呟いたのは、どういう意味だい?

子猫は常に斜め上思考。相変わらずのアホ猫です。

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