事件は突然に
周囲の国さえ騒がせた『王太子妃逃亡から始まったキヴェラの災厄(仮)』の影響も一段落し。
ここ最近はイルフェナ騎士寮で平和な日々を送っている。本日はカルロッサの宰相補佐様がいらっしゃっています。
ああ、バラクシンは色々と騒がしいみたいだけど。宰相補佐様曰く『この機会にこれまでの恨みを晴らしたいのよ……』とのこと。勿論、攻撃しまくってるのは王家の方。
ただし、その根底にあるのが『貴様らのせいで可愛い盛りのライナスに兄上・姉上と呼んでもらえなくなったじゃねーか、覚悟はできてるんだろうな?(意訳)』という感情らしいが。
私達が会わなかった王妃様――万が一を考えて第二王子共々離宮に避難させていたらしい――も王様と同類らしいですよー……詰んだな、教会派貴族。身に覚えのある連中はさぞ怖かろう。
なにせ時間は戻せない。
幼いライナス殿下にそう呼んでもらうことは不可能なのだ。
さすがに宰相補佐様の言葉に『冗談ですよね?』と確認したのだが、遠い目のまま首を横に振られた。宰相補佐様も当時は冗談だと思い、信じたくはなかった模様。
ちなみに王妃様はカルロッサのある公爵家のお嬢様だったそうな。そしてその父親は王族。
「フェアクロフ伯爵と血の繋がりがあるのよ? 正しくは英雄を力技でものにした王女の血筋って言えばいいのかしら」
昔から時々暴走癖があったのよねぇ、伯爵ほど酷くはないけど。
そう付け加えられた言葉に聞いていた全員が『よく判った!』な顔になったのは余談だ。騎士寮面子は伯爵の暴走をリアルに見てるもんな……説得力抜群です。
そうか、あれは王家の血が影響していたのか。どうりで宰相閣下が慣れていた――優秀な人なら不敬罪とかを気にしそうなのだが、全く気遣いがなかった――と思ったよ。
そんなわけで。
バラクシンはもう私達が手を貸す必要はないっぽい。聖人様も全面的に協力しているので、もう教会が派閥の組織として利用されることはないだろう。
元々が王家の対抗勢力として作られた組織だろうと民の心の拠り所になったことは事実。飢えた際には貴族からの寄付によって生き長らえた者多数という状況では、潰すという選択肢は反感を買う。
そこらへんが簡単に手を出せなかった理由だが、少し前の騒動で流れが完全に変わっている。
『聖人様の断罪(信者フィルター発動中)』と『魔導師の助力(超善意方向に意訳・ただしそれが一般的な認識)』という二つの要素+殺る気になった王家、更に聖人が加わっているので敗北などありえない。
噂では聖人様は常に本を携帯しているとのこと。そろそろ強化版予備を贈った方がいいのだろうか。
何せ新・教会では『聖人の手にした本で軽く体の一部を叩いてもらい、邪念を追い出す』という儀式(笑)が流行っているらしいし。
相手が聞き分けのない信者(笑)相手だとフルスイングで一撃が見舞われるんですね、判ります。そして良い子になるのだろう……多分。
「ところで。そのことだけを態々言いに来たわけじゃないですよね?」
唐突に話を振れば、宰相補佐様が目を眇めた。
貴方は世間話をしに来るほど暇じゃないでしょ。そもそもバラクシンでのあれこれは既に報告されていたはず。
だからカルロッサ滞在中に色々聞かれることがなかったのだ。『小娘、アンタ随分と派手にやらかしたのねぇ』という言葉と生温〜い視線を向けられはしたがな!
「正確には今のうちに事情を伝えておきたい、というところでしょうか?」
「クラレンスさん?」
本日、宰相補佐様を連れてきたのはクラレンスさん。つまり建前的には『個人的な訪問』です。
どうやらそうしなければならない事情があった模様。
視線を再び宰相補佐様に向ければ、一度溜息を吐いて話し出した。
「小娘、アンタ逃亡中に持っていた自分の旅券の情報を知ってる?」
「旅券の情報って……団長さんの娘設定なあれですか?」
「そう。アンタはね、『イルフェナの近衛騎士団長の娘として大蜘蛛討伐に助力し、村人と騎士達の蟠りを取り除いた』……ってことになってるのよ」
「ああ……まあ、ジークの婚約者とイコールにしない場合はそうなりますね」
裏事情をぶっちゃけると感心されるどころか、『そこへ座れ、説教してくれる』と言われかねない個人的な事情満載ですがな。
実はカルロッサの皆様は極一部を除き、『大蜘蛛騒動に拘わったのが魔導師だ』という情報を知らない。
シンシア嬢達に情報が伝わることを警戒する意味もあったが、逃亡旅行中の姿を知られているという点が拙いのだ。
だって……カルロッサではセシル達もばっちり行動しちゃってるからね?
印象操作を行なっているというのに『あれは魔導師でした』と公表すれば、セシル=セレスティナ姫だと連想する奴が出るだろう。
キースさんはセレスティナ姫の顔を知らないから印象だけでああ言ったけど、それなりの立場の貴族なら判ってしまう可能性があるのだ。
身長と服装は変わっても顔までは変わらないからね。嫁ぐ前のドレス姿のセシルに会ったことがあれば『現在のセレスティナ姫』をある程度想像できるだろうよ。
気づきにくいのはそこに『冷遇に耐えた健気な姫』という儚げ〜な悲劇のヒロイン要素が加わっているからである。以前は身長が低かったらしいし、まさか真逆の『凛々しい男装の麗人騎士』にジョブチェンジしているとは思うまい。
とはいっても念には念を……ということで、セシルに強行手段が取られる可能性があるうちはできる限り情報規制を行なう方針なのだ。
守護役といえども完璧な守りではない。あくまで『コルベラが他国の圧力に屈することがなくなるだけ』。
引退可能な立場である以上は既成事実を盾に手に入れようとする輩がいるかもしれないじゃないか、気を抜いてはいけない。
「しかし、それがどうかしました? たしか『騎士団長夫妻の養女であり、ゴードン医師の弟子』ってことになってたと思いますが」
さすがに実子ではバレるので養女という設定だ。加えて社交界デビューをしていない理由や縁談を持ち込ませないため――貴族は血筋に拘るそうな――という意味もある。
ジャネットさんが『娘が欲しい』と口にしていたことは事実なので、調べられても怪しまれないらしい。養子縁組にしても『子作り&子育ての暇がなかったんだろう』と誰もが納得できる『夫婦揃って近衛騎士』という理由もある。
しかし、宰相補佐様の口調ではこれらの設定が関係ありそうだ。考えられるのは団長さんとの繋がりを求めて縁談……くらいじゃないか? それは魔王様が止めてくれることになっているはずだけど。
訝しげに見つめ返すと宰相補佐様は溜息を吐いた。
「アンタが逃亡中にカルロッサでやらかしたことは報告書に纏められてるの。今回はその『的確に状況判断できる賢さと戦う力がある』ってことに目を付けた奴がいるのよ。加えて『騎士団長の娘』って立場上、断れないと思うわ」
「は?」
意味が判らん。ただ、何かを任せたいらしいということは理解できる。
そこへ若干表情を暗くしたクラレンスさんが続けた。
「実は最近、令嬢の誘拐事件が起きているのです。しかも被害が報告された国はキヴェラ、カルロッサ、アルベルダ……そしてイルフェナ。組織的な犯行というのが我々の見解です」
「随分広範囲ですね? まあ、今は色んな国がごたごたしてるから仕事がしやすいのかもしれませんけど」
そこまで行動範囲が広く情報がないってことは、おそらく人身売買系だろう。脅迫や身代金目的ならば何らかの接触があるだろうし、もう少し的を絞る気がする。多くの国や家が動けば行動しにくくなるもの。
何不自由なく育ったお嬢様達は放っておいても日々己の美を磨く生活だ。確かに高く売れそうだもんねぇ……。
そんなことを口にすれば、クラレンスさん達も頷いた。
「我々もそう思っています。そしてここまで情報がないということを奇妙に思っているのですよ。そこに先日の魔術師の件がありました」
「向こうにかなり優秀な魔術師がいるんじゃないかって話になってるのよ。他所から来た可能性も含めてね」
……。なんとなく話が見えてきました。
もしや今ここに魔王様達がいないのは、レックバリ侯爵あたりに承諾するよう説得されてるからか?
物凄くありえそうだ。その姿がたやすく思い浮かびますよ、親猫様……!
「それに攫った令嬢達を隠しておくならば港町のあるイルフェナが最適と我々は予想しています。人の流れが多く、移動させるにしても便利ですからね」
「つまりイルフェナとしてはその点も踏まえて犯人を確保したいと。逆に言えば捕えられなければ実力者の国という評価を落とす」
勿論、イルフェナだけが無能扱いされるわけではない。だが、うっかり犯人達の痕跡でも見つかろうものなら……ばっちり無能評価を戴きますね。魔導師が居ることも踏まえて『何やっとるんじゃ!』と。
てゆうかさ、宰相補佐様が態々来るってことは『犯人達がイルフェナに向かった』的なたれ込みでもあったんじゃないか?
特にクラレンスさんは基本的に私が隔離状態であることを知っている。にも拘わらず、今回は協力してもらわなければならないって感じだもの。
私が承知していないから未だ部外者扱い、二人からの情報は暈されていると見るべきだろう。
うーん……妙に悪意を感じる事件だね。犯人の目的って本当に誘拐? イルフェナ狙ってないか?
考え込む私の思考を察したのか、クラレンスさんはそれが正しいというように一度頷いた。どうやら彼らも私と同じような結論に達しているらしい。
「そのとおり。現在、各国は混乱を避けるため秘密裏に捜査していますが……これ以上は正直厳しいと思います。よって、囮を使うという選択がなされました」
「ごめんなさいね、被害にあった家の当主が大蜘蛛の件で事情聴取されたアンタの情報を見ちゃったのよ」
宰相補佐様がすまなそうに頭を下げる。つまり、私が出ていく羽目になったのはカルロッサが原因、と。
ああ……確かに断れないわ。というか、事実をバラすとイルフェナ的に拙いもの。
国が旅券偽造しましたってのは拙いよね……!
事情があった、なんて言えば『魔導師の協力者だった』と言っているようなもの。しかも騎士団長様も偽造に荷担したってことですよ、旅券の内容が正しいと認めちゃってるから。
事実なんて間違っても言えないわな、これ。『騎士団長にはご指摘のとおり娘がいます』で通すしかない。
それに。
魔王様から『今後も踏まえて旅券は残しておくべき』って言われてるから、そのままだったんだよね。これから単独行動する可能性があるかもしれないからって。確かに一々作り直してたら怪しさ満載だ。
何よりもう一つの使い道がある。魔導師という立場とは別に、騎士団長の娘というポジションを別人として残しておくべきだと魔王様は考えたんだろう。いざとなったら、そちらの立場になれってことですな。
「つまり。魔法の心得があって大蜘蛛相手にビビリもしない精神の持ち主、かつ騎士団長の娘ならば断れまいってことですね?」
「そういうことよ」
「まさか団長の娘である立場を逆手に取られるとは……迂闊でした」
溜息を吐く二人。宰相補佐様は頭が痛いというように、クラレンスさんは思い至らなかった己に不甲斐なさを感じているようだ。
いや、それ言ったら元凶は私なんですけどね? お二人さん。
イルフェナにも被害が出ているし、誘拐しやすい状況をもたらしたのも私だろう。だから協力するのは全然構わない。
ついでに言うと目的がイルフェナの評価を落とすことだった場合、私が関与できるのは逆にありがたい状況だ。
ただ――
「その『誘拐された令嬢』に共通点はないんですか? 囮になるにしても、そこを狙った方が的確かと」
私の言葉に承諾の意を悟った二人が即座に考えるように目を眇めた。
「そうですね、今のところ男爵家と子爵家に限られているということでしょうか」
「対立する派閥の家が動いた……とも考えられるけど、それならば取り巻きではなくもっと上位の家を狙うでしょうしね。主だった家が動いた形跡もないわ」
……私兵を動かしてはいないってことか。確かに派閥の下っ端狙っても大したダメージはなさそう。
じゃあ、本当に普通に誘拐なんだろうか。攫いやすい奴を狙ってみました! みたいな?
「囮になるのは構いませんけどね。重要な事を忘れてますよ」
「重要な……」
「こと……?」
私の言葉に二人が反応する。そんな二人に頷くと、私は自分を指差す。
「私で攫ってくれますかね? ついでに言うと『あの』騎士団長様の身内に手を出す馬鹿っているんですか?」
物凄〜く重要だと思います、そこ。いくら囮を引き受けたところで攫われなきゃ意味がないわけで。
二人は虚を突かれたかのような表情で固まった。今まで『どうすっかなー、断れねえよ!』という事ばかりに意識が向いていて、最重要ポイントがすこーんと頭から抜けていた模様。
「大丈夫だと思うわよ? 今までの被害者ってそこまで派手な顔してないから」
慰めのような、貶されたような微妙なお答えありがとう、宰相補佐様。
でもね、『騎士団長の娘』ってだけで普通の犯罪者は裸足で逃げ出すと思うんだ。……ああ、クラレンスさんも私が案じている部分に心当たりがあるのか、微妙な顔をしている。
騎士を志す理由第一位が『団長のようになりたいです!』となるほどにファンがいらっしゃるのだよ、団長さん。
しかも妻、息子共々近衛騎士。つまり全員、誘拐後の捜査には多分関われない。
そんな状況に憂う団長さんの姿なんぞ見せてみろ。間違いなく野郎どもが一丸となって犯人検挙に熱意を燃やす。
個人的な人脈を駆使して犯人達を血祭りに上げてくれることだろう。しかもそれは自発的に行なわれる。
ある意味、非常に頼もしいのだが……そうなるにはまず私が攫われることが前提だ。いるのかね? そんな騎士全員を敵に回すような根性のある犯罪者は。
「確かに……団長が慕われていることを知っているならば、動かない可能性が高いですね」
難しい顔で納得するクラレンスさんに、宰相補佐様もその落とし穴に気づいたようだ。
微妙に顔を引き攣らせながら周囲の騎士達に視線を走らせている。
宰相補佐様、騎士寮面子は違いますって。彼らの地雷は魔王様です。
先日のバラクシンが良い例じゃないですか。出発前に玩具を沢山貰ったし、誰からもお咎めなかったもの。
「そうなると狙われそうな家の令嬢の身代わり……ということになりますけど。基準が判りませんしねぇ」
これには誰からも意見が出されなかった。というか、現時点で何も言えないというのが正しい。
さて、どうしましょうね?
親猫達もたまにはミスします。
※なろう様のメンテナンスにより、いつもより遅れましたことをお詫び致します。




