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相互理解は必要です

前話の続きです。

 キースさんとの妙に真面目な話を終え、一緒に皆を呼びに向かった訓練場。

 そこは――


「ちょ、待て! アンタ本気だろ!?」

「っ……殺そうとしてる? これ、当たったらヤバくないか!?」

「チッ! 当たらん!」



 ある意味、地獄と化してました。正しく言うなら極一部というか、三名限定で。

 その他は感心しながら遠巻きにギャラリーと化していた。

 ああ、ジークVS騎士sなのですね。強さに差があり過ぎるので二人掛かりというハンデですか。

 相も変わらず騎士sの危機回避能力は絶好調らしく、極々僅かに掠った程度だとアルは苦笑しながら教えてくれた。


 おお、凄いじゃん! カルロッサでも居ないレベルだろ、これは。


 ……ただし、攻撃力&精神がへたれなので攻撃は一切できていないらしいが。明らかに迫力負けしてるもの。

 どうも避けるだけで精一杯な模様。というか、訓練用なので刃を潰してある筈なのだが……二人が避けてるってことは当たったら大惨事確実な感じ? 

 大蜘蛛を相手にできちゃう人外な身体能力の持ち主なので、当たったら骨が砕けるとかありそうだ。


「ジ……ジーク?」

「あっらぁ〜、戦闘狂モード発動しちゃってる」


 絶句するキースさん。まさか一般騎士相手にこうなるとは思わなかったのだろう。

 単純な戦闘能力だけで言うなら、ジークのお仲間達の方が上だろうしね。なにせジークと一緒にお仕事してるんだから。

 しかし、ここまで騎士sが健闘するとは予想外。あれか、攻撃がほぼ当たらなくてジークがキレたとかいうオチか。


「凄いな。まさか、あの二人がジーク相手にここまでやるとは……さすがイルフェナ」

「いや、あの二人は特殊。それに攻撃できてないでしょ! 確かに『一度手合わせしとけ』って推薦したのは私だけどさ」

「は? お嬢ちゃんがジークの相手に推薦するほどなのに?」


 キースさんが不思議そうな顔で聞いて来る。うん、そうですね。私はジークの強さを知ってるから『私が推薦=ジークと打ち合える』と思っても不思議はない。

 でも、見てもらいたかったのは別のことなのだ。


「あの二人ってね、危機察知能力が凄まじいの。落とし穴仕掛けても本能で全回避するレベル」

「ほう、そりゃ確かに凄……」

「ちなみに近衛騎士団長様の剣も避けるんだわ、これが」

「はあ!?」


 キースさん、改めて騎士sをガン見。よもや目の前のへたれ二人がイルフェナの近衛騎士団長の剣を避けるなどとは思うまい。

 しかし、これは事実だったりする。そもそも団長さんが二人と手合わせしたのは『魔導師のお付きとして十分な能力があるのか?』という理由。

 要は私を心配してくれたのですよ。常に一緒にいる二人がどの程度使えるのか試したい、と。

 なお、団長さん曰く『こちらが動いてから動くのではなく、動こうと思った途端に逃げられ振るった剣もギリギリで届かない』だそうな。おそらくは相手の動きや攻撃範囲を本能で察知し、避けていると思われる。


『だから言っただろう? この二人はミヅキの傍付きに最適だと』


 後日、魔王様に苦笑しながらそう言われたそうだ。魔王様としては『特殊能力として話すよりも、一度自分で闘えば確実に理解できる』という思惑だったとか。

 そんなわけで騎士sはいつの間にか『一般騎士なのにエルシュオン殿下直属となり、あの騎士団長殿にも認められた存在』というポジションをゲットしている。

 加えて私こと魔導師のお付き。ある意味正しいのに、強さ的な意味ではないといった非常に説明に困る位置付けだ。

 そんな理由もあって手合わせを勧めてみたのだが……ジークが戦闘狂モードになるとは予想外。


 騎士sよ、すまんかった。へたれ二人にあれは恐ろしかろう。


「大変興味深い一戦ですが、そろそろ拙いのでは?」

「あ〜……あの二人の体力が尽きるな。ジークは無駄に持久力もあるからなぁ」


 アルの言葉に頷くキースさん。そして私の脳裏に思い浮かぶ大蜘蛛との一戦とその後……確かに体力ありまくりでしたね。あれだけ治療したのに普通に動けてたし。


「しかし、俺の声が届くかどうか」

「あら、キースさんでも無理?」


 お世話係の困ったような声に私だけではなく、アルを含めた周囲の騎士達が顔をこちらに向ける。その視線は明らかに問題児ジークの保護者を見る目だ。

 ……皆からのお世話係認定、おめでと〜う! キースさん。

 そんな馬鹿なことを思っていた私をよそに、キースさんは大変言い辛そうに口を開いた。


「脳筋だから無駄に集中力があってな、しかもかなりムキになってるから一発入れた方が早いかもしれない」

「脳筋……」

「つまり単純だから目の前のことに集中し過ぎて周囲の声が聞こえない、と」


 何ともいえない表情で呟くアルに続く感じで補足すると、キースさんは『そのとおりだ!』とばかりに大きく頷いた。その姿に彼のお世話係歴の長さを知る。

 周囲の皆も同じような表情になり、ジークへと向ける視線が生温かいものへと変わった。


 いやいや、なんて残念過ぎる英雄予備軍なんだろうね?

 特出した能力に感心すべき場面なのに、褒め言葉が見つからないよ!?


「そうは言ってもそろそろ昼食なので終わらせないと。皆さん昼食ですよー、片付けて食堂に来てくださいな」

「待て。お嬢ちゃん、あの二人より昼飯が大事なのか!?」


 ここへ来た目的を口にすると即座に突っ込むキースさん。

 だが、ここはちょっと特殊な人達が集っているわけで。


「ああ、それなら仕方ありませんよね」


 さらっとアルが同意し、皆も徐々に動き始める。その光景が衝撃的だったのか、キースさんはぎょっとし言葉を失った。

 キースさん、ここは魔王殿下直属な野郎どもの巣窟です。こんなの日常茶飯事ですって、下手すると黒騎士と私が『何か』を試してたりするからさ!

 ……その光景が騎士sには『悪魔の実験』扱いされてるのだが。

 あれですよ、実用化に向けて努力しなきゃね! ということです。極稀に交渉によってモニターを引き受けた人――多分、罪人じゃあるまいか――が来るのだが、何故か二度とは引き受けてくれない不思議。

 体験してレポートを書くだけの簡単なお仕事なのにね。なお、悪魔の霧の時は『二度と悪いことは致しません!』と盛大に怯えられた。苦しかったことに加え、魔導師発案という事実を知りビビったらしい。


「お、おい? 本当に見捨てるのか!?」

「やだな、キースさん。ちゃんと回収するって! アル、お手伝いお願い」

「判りました」


 ちらちらと三人を気にしつつ焦るキースさんに笑顔でお答え&アルに協力要請。アルも慣れたものなのか微笑んで承諾。

 そんな私達にほっとしたキースさんは――


「ちょ!? 待て、アンタ達まで混ざるのか!?」


 訓練用ではない剣を抜いて歩き出したアルと、同じく彼らの方へと向かう私にぎょっとし声を上げる。

 アルは正しく私の意思を読み取ったようだ。というか、キースさんも『一発入れるしかない』って言ってたしねぇ……ジークの意識を向けるには新たな獲物を用意するしかないでしょ、普通に考えて。


「ジーク!」


 声を掛けながら氷の刃をジークに向けて放つと、騎士sを狙っていたジークは即座に反応して氷を打ち砕く。そして新たな『獲物』を見つけ薄っすらと笑った。

 その表情はいつもと随分と違う。戦うことが楽しくてたまらないといった、まさに戦闘狂という感じ。


「私も混ぜてください」

「っ……!」


 私に遅れる形でアルが背後から切りつけると、ジークは素早く振り返って刃を受け止める。

 力が結構入っている感じに見えたのだが、それでもジークの剣が弾き飛ばされることはなかった。そのことにアルが感心したような表情になる。

 単純な力比べならジークが上なのだろう。即座に距離を取り、今度は互いに仕掛ける隙を狙うように相手を窺っていた。


「「すまん! 後は任せた!」」


 そして騎士sはその隙にめでたく逃亡成功。アルがジークの相手をしたのは自分達を逃がすためと理解していた模様。さすが自覚のあるへたれである、こういった隙は逃さない。

 情けない話だが、私一人だとジークに興味を示されない可能性があるのだよ。基本的に魔術師レベルの魔法の組み合わせってだけだから。何より命の危機という可能性も十分ある。

 それに完璧に騎士sをロックオンしていたからねぇ……そのまま追い駆けて行きかねん。

 ちらりと視線を向けた先ではキースさんが心配そうにこちらを見ている。そろそろいいだろう。


「お片付けの時間だよ、ジーク!」


 対峙したままの二人に呑気に声を掛け同時にパチリと指を鳴らすと、魔力の気配を察したジークが僅かに反応する。ちらりとアルに視線を向けると、アルは軽く頷いて行動を起こした。

 ジークがこちらに意識を向けた瞬間、アルは後ろに大きく下がる。その途端、ジークの周囲から鋭い氷の刃が彼の動きを制限するように次々と出現していく。

 さすがのジークも全方向から生み出される刃を一太刀で砕くことはできず、刃の一つを喉に突きつけられると同時に動きを止めた。その背後から再び近付いていたアルが剣をジークの喉にぴたりと当てる。

 そして私はジークの動きが止まったことを確認し、彼の頭に水を落とした。


「……っ!」


 バシャッという音と共にジークは水も滴るいい男に変身。アルが突きつけた剣に滴った水がキラリと光る演出も良い感じ。


「動くと死にますよ」

「頭と体冷えた?」

「……ッ……ああ」


 アルの脅しと私の確認。ジークは視線を動かし改めて状況を把握すると、打つ手なしと悟ったようだ。

 僅かに悔しそうな表情をすると、大人しく剣から手を離す。そして軽く頭を振って周囲を見回し。


「おや? 皆はどうした?」


 頭から水を滴らせながら不思議そうに首を傾げた。その表情はいつものジーク……どうやら『敗北もしくは戦意喪失=正気に戻る』ということらしい。

 大変戦闘狂らしい、単純な解除方法だ。冷水をぶっ掛けたことも効果があるのかもしれない。


「食堂に行った。ってことで、御飯だよ」

「ジーク、もう終わりだ。俺とお嬢ちゃんは迎えに来たのさ」


 言葉と共にパチリ、と指を鳴らして拘束していた氷の刃共々水分を蒸発させる。その光景に目を瞬かせたジークだが、続くキースさんの言葉に意識をそちらに向けた。

 そしてキースさんと私に交互に視線を向け、こっくりと頷く。


「判った。すまないな、楽し過ぎて時間を忘れた」

「……そう」


 楽しげに笑うジークに偽りは感じられない。本当に楽しかったのだろう……周囲で見ていた連中も楽しそうだったしね。災難だったのは騎士sだけだ。


「それにしてもあの二人は凄いな! 全く当てられなかった」

「あの二人が私のお付き。危険を察知して避ける逸材だよ。覚えておいてね」

「判った。彼らは一般の騎士のようだが、この騎士寮に暮らす騎士達の仲間なんだな?」


 楽しげに話すジークに念を押すと、言葉よりも体で理解したらしく納得したと頷く。やはり体験学習だと一発なようです、さすがだ脳筋。


「ええ。ですから、扱いは我々と同じでお願いします」


 アルも魔王様公認をアピールすべく言葉を重ねた。僅かにキースさんの表情が動いたのは、アルがわざわざそう告げる意味を悟ったからだろう。

 つまり騎士sもこの寮に暮らすに相応しい存在である、と。そしてそんな二人が傍にいるのだから、くだらぬ工作など不可能だとアルは暗に告げていた。

 キースさんも見ていたし、カルロッサへの報告も問題なく行なわれると推測。微妙に騎士sの評価が上がってゆくが、本人達は何も知らないのだ……ビビって騎士を辞められても困るしな。

 なお、ディーボルト子爵家の皆様はクリスティーナを除いて皆知っている。口止めを兼ねて伝えられたらしいが、逆に『大切な友人の役に立てるなら、あの子達は傍を離れませんよ』という言葉を貰ったとか。


「それじゃ、行きましょ。皆はもう食事始めてるかも」


 お疲れ! と軽くアルの肩を叩いて労えば皆が頷きつつ歩き始めた。

 二人は今日ここに泊まることになっている。いつもより賑やかになりそうだと思ったことは秘密。



※※※※※※※※※


 ――その後、食堂にて


 楽しい手合わせも終わり、現在食事中。今日は私も皆と一緒に食べている。いつもは手伝いつつ、料理人さん達に混じって昼食取ってるからね。

 そんな和やかな食事中、ふとキースさんがこんなことを言った。


「そういや、セシルとエマは元気か? あの二人もお嬢ちゃんの協力者だったんだろ?」

「……え?」

「お嬢ちゃん一人で姫さんと侍女の護衛とかキツイもんな。やっぱりイルフェナの女性騎士なのか?」


 もう隠さなくてもいいぞ、と笑うキースさんに思わず固まる。

 ああ……そういえばセレスティナ姫は一般的に『冷遇されようとも祖国のために一年耐えた健気なお姫様』という認識をされているんだった。

 あれですよ、私が見た目的に魔導師のイメージと重ならないのと同じ。狙われることを防ぐべく、印象操作しておこうという作戦です。

 キースさんはセシル達が黒尽くめを狩っていたり、人間椅子な拷問モドキに嬉々として協力していたことから私の護衛とか協力者と思ったようだ。


 そういえば『イルフェナの女はおっかない』なこと言ってましたっけね。


「……コルベラにいるよ、二人とも」

「ああ、コルベラからの協力者だったのか!」


 視線を泳がせながら言えば、キースさんは別方向に勘違いした模様。見かけないと思った、と口にしながらどこか安堵した表情だ。


「お嬢ちゃんのやらかしたことは犯罪に該当するものもあるからなぁ。全然名前を聞かなかったのはコルベラの人間だったからなのか」

「……いや、それは……」


 ある意味、正しい。

 正しいんだけど微妙に違うよ、キースさんっ!?


 どうやらキースさんは二人のことも心配してくれていたらしい。私の正体及び言動が中途半端に伝わっているので、二人も処罰されるんじゃ? と思っていたのか。

 実際、二人がコルベラからの協力者だった場合は少々拙いことになる。魔導師と結託してキヴェラを貶めた……とか言われるかもしれないから。

 あくまでキヴェラのあれこれは『姫の境遇を憐れんだ魔導師が復讐者達と共に断罪し、姫を祖国へと返した』という、善意溢れるストーリなのです。世間的には。


 王様や王子様ボコった?

 

 拷問紛いの手で追っ手達を泣かせた?


 そんなもの民間に流すわきゃない、不透明な部分は全て『強大な力を持つ魔導師だから』で済まされている。

 キヴェラとしても情けなさ過ぎて――普通に負けた訳じゃないからね――隠したいし、私としても日頃の自分とイメージを分けるためにもそうしたい。

 利害関係の一致なのです、歴史はこうして作られる。

 まあ、そんなことは置いておいて。

 どのみち顔合わせすることもあるだろうし、キースさんには伝えておくべきだろうと口を開く。


「ええとね……逃亡に手を貸したのは私だけだよ。私と一緒にいたのがセレスティナ姫と侍女」

「は?」

「だから。セシルがセレスティナ姫で、エマが姫の侍女のエメリナなの」


 えへり、と笑いながら暴露すると、怪訝そうな表情のままキースさんは首を傾げた。思わず私も同じ方向へと首を傾げてみる。


「……。あれが、姫と、侍女、本人、だと……?」

「うん、本人。だいたい、繊細な人が一年もあの状況に耐えられるわけないじゃない!」


 というか、存在を無視されてただけだから! と笑って誤魔化せとばかりに明るく言えば、キースさんはがっくりと肩を落とした。


「おいおい……随分と世間の噂と違うじゃないか、お嬢ちゃんや」

「狙われることを考慮しての措置でーす! だから黙ってて」


 バラしてもいいけど、これ言い出したのは魔王様だから! と最強のカードを突きつけることも忘れませんよ。宰相様も言ってたしな。

 事情を把握したキースさんは頷きつつも深々と溜息を吐き、遠い目になった。


「コルベラって……恐ろしい国だったんだな……!」


 そこまでは知らんが、女傑の宝庫ではあるみたいですぜ? キースさん。

キースの中で騎士sとコルベラに対する評価が変わった日。

※十月に『魔導師は平凡を望む 6』が発売予定となっております。

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