お世話係の思うことは
アル犬騒動――騎士寮面子には本当にこう呼ばれている――も一段落ついた日。
新たに守護役となったジークがキースさんを引き連れて遊びに来ました。
『慣れるまでお世話係を連れてけ!』とか言われたんだな?
『野放しにすると帰って来ない』とか思われたんだな?
そういった事情がたやすく思い浮かんでしまう脳筋美形ことジークは……騎士寮面子との鍛錬を行なっておりますよ。
私? 昼食の手伝いがあるから不参加。それでも文句がないあたりアル達との手合わせを楽しみにしてきたと思われる。
……頼むからカルロッサでは『婚約者? そういえば目的それだったね』とか言うなよ? 前回裏工作で無駄にイチャつき、仲の良さをアピールしたのが嘘だとバレるじゃないか。
なお、これは宰相閣下――おかんと区別するために今後こう呼ぶ。私にとって宰相様=アーヴィレン=おかんである――の指示だったり。
シンシアの事は終わったとしても魔導師に対する恐怖を軽減する意味で『普通のお嬢さんに見えるようにしておきなさい』だそうだ。宰相補佐様の小娘呼びもこんな意味があったとのこと。
確かに色々やり過ぎましたものね、私。
『キヴェラを敗北させた魔導師が今後遊びに来るかもしれません』なんて言ったら、絶対に恐怖が先に立つ。
特に政に拘わる人達と騎士に対しては重要らしい。まあ、元々の魔導師に対する認識+私の功績(善意方向に意訳)前提では警戒心を抱くなという方が無理だ。明日は我が身だもの。
そんなわけでカルロッサでは『魔導師や他の守護役達とジークは仲良し』ということにされている。ジークがフェアクロフであることも含め、大変納得されているとはキースさん談。
これなら私もカルロッサという『国』ではなくジークという『個人』と仲がいいということになるので、そこらへんも考慮してのことだと思われる。
魔王様達から提示された『守護役だけね、利用しようとするなよ?』な契約へのアピールだろう。きちんと理解できてます、みたいな。
……最初から宰相閣下が出てくりゃ問題なかったじゃーん! と思わんでもない。どうも目を離した隙に暴走したらしいけどさ。
そして、現在。
ジークに付いて行かなかったキースさんと騎士寮の食堂におります。キースさんがいるから少し早めにお休みもらったのです、もう少ししたら皆を呼びに行くけどね。
「しっかし、予想通り過ぎる展開だ」
深々と溜息を吐くキースさん。その表情は疲れているような、申し訳なく思っているような微妙な感じ。
「まさか……まさか……本当にお嬢ちゃんを放置して騎士達の鍛錬に嬉々として混ざるなんて……!」
「あはは! 平常運転じゃん、ジークがそっちに行かない方が焦りますって」
どうやら先ほどジークの胸倉を掴んで叫んだ『婚約者に会いに来たんじゃねぇのか、てめぇは!』という台詞のままに呆れていたらしい。
……日頃が偲ばれる光景に皆が生温かい目になったのは余談だ。苦労してるんだねぇ、キースさん。
ジークは相変わらず『強い者大好き!』な脳筋である。これでは確かに近衛なんぞにはできないし、プライドが高い令嬢の婚約者とかも無理だろう。騎士、しかも男に負ける日々にプライドは粉々だ。
「そうは言ってもなぁ……あれだけ必死になってこの展開ってのは」
「じゃあ、キースさんはジークが『想い人云々』って言い出した時、意味を理解できてると思ってた?」
「……」
黙った。やっぱり違和感ありありだった模様。
酷い言い方だがそれが現実だ。ジークは『自分の理想的な人物を女性というカテゴリーにおいて発見!』であり、間違っても恋愛方向ではないのだから。
沈黙したキースさんにもそれが理解できていると思われる。単に私に対して申し訳ない的な感情からそう言っているのだろう。
「噂が勝手に一人歩きしてるけどさ? 私と守護役達、誰もそんな不確かなもので繋がってないもん。だいたい、そんな個人の感情優先の騎士なんて信頼できるわけないじゃない!」
「なんでだ?」
「え、だって恋の終わりが縁の切れ目だよ? 明確な終わりが判らない分、金より性質悪いじゃん。しかも憎まれたら敵になる可能性だってあるんだし」
そう言うとキースさんは呆気に取られたようだった。
いやいや、これ現実ですぜ? 守護役=国から命じられたお仕事。これが感情優先で異世界人への対応に差があるとか怖過ぎだろう。しかも嫌われたらアウトってことですよ?
金なら利害関係の一致がなくなった時点で関係終了だもの、ある意味大変判りやすい。
だが、私の考えを聞いたキースさんは複雑そうな顔をしたまま溜息を吐いた。
「お嬢ちゃん……もう少し夢を持って現実を見ようぜ。なんだ、その冷めた発想は」
「現実的に、冷静に、状況を判断することが自分の利益に繋がります。私は敗者になる気はありません!」
「いやいやいや! 何でそこで勝ち負けになるんだ!?」
「やだなー、現実なんてそんなものですよ」
ひらひらと手を振りながら笑顔でそう言えば、キースさんはがっくりと肩を落とした。……キースさん、下を向きながら「異世界人って……お嬢ちゃんの世界の奴って……!」ってのはどういう意味だ。
「気楽にいきましょうって! 悩んだってなるようにしかなりませんよ」
「お嬢ちゃんはもう少し真面目に考えろ!」
バシバシと慰めるように肩を叩けば即座に反応が。
おお、復活した。やはりジークによって鍛えられているのだろうか。……主に突っ込み役として。
ただし、今の言葉はいただけない。私は不満一杯な顔でキースさんに抗議する。
「え、酷い。物凄く考えてるから色々結果を出してきたじゃないですか!」
「……っ、そ、それは認める。確かに凄いと思う」
先のカルロッサのこともあるので、さすがにキースさんが言いよどむ。その隙を突き、私は更に続けた。
「だから方向性を見直すことも反省もしませんよ。今後もその予定なし。目指せ、有能な魔導師! 目指せ、世界の災厄! 邪魔なものは自力で破壊して進め、妥協は要らん、自分を見失うな! ……という精神で生きてます。異世界だもの、自分を見失わないことって大事だと思う」
「いや、ちょっとは見失え。まともなこと言ってるようでおかしいからな!? それじゃ悪役一直線だろうが」
「それが私なので個性と諦めて」
「諦められるかっ! こっちに被害が来るかもしれないんだぞ!?」
かなり必死な顔で怒鳴ったキースさんに対し、私は怯むことなく超笑顔。『反省? 何それ、美味しいの?』を地で行く私が怒鳴られた程度でビビるものかい。
はっは、元気だなキースさん。でも大丈夫、多分カルロッサは宰相閣下が押さえてくれる。
先日の一件でも妙〜に接触が多かったからね。会話をすることで探ってただろう、あれはどう見ても。
「先日の一件で私が『どんなことを得意とするのか』って理解したと思うよ? それと私の交友関係を知ってたら馬鹿なことはしないでしょ」
「まあ、な」
さすがにそれは納得できるのか、頷くキースさん。
「だから大丈夫だって! それにジークに恋する令嬢達から喧嘩売られても、ジークの真実を知っているから生温かい目で見守ることができるし」
気の毒過ぎるだろう、あれは。周囲からジークの話を聞いても『それ、誰のこと?』としか思わなかったもの。
思わず視線を逸らして「そうだね」としか言えませんでしたよ!
令嬢達に喧嘩を売られたところで「そうだね、でも国から命じられたお仕事だよ? 理解しようね?」と小さい子を諭すように言う自信がある。それで聞かなければ宰相閣下からの説教という地獄の展開になるだろうけど、そこまで責任は持てん。
キースさんは暫し先日のことを回想していたようだったが、やがて首を横に振るとがっくりと肩を落とした。反論することを諦めたらしい。
「はあ……アルジェント殿達といい、お嬢ちゃんといい、やっぱり異世界人や付き合っていける奴ってのは普通じゃないのかね」
なにやら随分と失礼なことを言われた気がする。
思わずジト目でキースさんを見ると、肩を竦めて呆れたように……何故か少し嬉しげに笑った。
「今だから言うけどな、俺はお嬢ちゃん達がジークを受け入れてくれたことに感謝してるんだ。俺はいつかきっとジークに付いていけなくなるだろうから」
「え、そんなことはないでしょ?」
思わず即答。だが、キースさんは笑みを浮かべたまま、がしがしと私の頭を撫でた。
「お嬢ちゃんは自分が異端だって理解してるし、ここはイルフェナでも特出した奴らが集まってるんだろ? だからあまりその自覚はないのかもしれないが……やっぱりなぁ、判るんだよ『自分とは違う』ってさ」
あ〜……まあ、アル達の立場は特殊だね。団長さん達も見ているせいかあまり特出した才能をもつという印象はないけど。
ただ、黒騎士達は明らかに別格だろう。これはおそらくイルフェナにおいても。
この騎士寮に暮らす黒騎士達、ブロンデルの名を持つクラウスがいたから同類が集ったような気がするのだよ。禁呪の魔術師だってブロンデルの名に反応していたじゃないか。
そのクラウスが魔道具製作に特化という、今までにない方向の魔術師だから同志が湧いたような気がしなくもない。居場所がバレてるからね、クラウスって。
しかも本人は魔術大好きというだけなので、自分だけ成果を出すというより皆でより良いものが作れるなら喜んで協力する傾向だ。
研究職っぽいからね、魔術師って。引き籠もって個人で研究を……ということが多いらしいし、個人の成果に拘らなければ最適な環境なのだろう。
……私が良い例じゃないか、『異世界の知識を元に悪戯したい!』であっさりOKを出すんだぜ? ちなみに他に使い道がなくとも可。
「でも、キースさんに劣等感はなさそう」
素直な感想を言えば、自分の言いたいことと私の受け取り方が違うことに気づいたのかキースさんは首を横に振る。
「ああ、そういう意味じゃないんだ。単純に能力……強さってことさ。そりゃ俺だってできる限りのことはするつもりだが、正直ジークに付いて行ける奴は居ない。たった一人で戦うことになって、生き残って……その果てにある英雄の名は本当に誇らしいものか? あいつ一人に戦いを押し付けたってことじゃないのか?」
「う〜ん……ジークにそういった悲壮感は期待しない方がいいかと」
馬鹿正直に少々失礼なことを言うと、キースさんも「確かにな」と頷く。
「だから、だよ。あいつは拒まないだろう、それが余計に『国の駒』として最適に見える。失って初めて無理をさせたと、『戦うことが当然の存在』に仕立て上げていたと気づいても遅いんだ」
キースさんとしてはジークに英雄になって欲しくないようだ。確かにジーク一人が頑張ったというより、『誰も付いていけなかっただけです』という状況。これはかなり情けない。
しかも一度でもそういった実績ができてしまえば、先祖の如く『たった一人で敵を倒した云々』という話が作られ、結果的にその後もジーク一人を酷使することになる。
『英雄』の名はそういった厄介事を押し付けるのに最適だと、キースさんは理解しているらしい。
というか、キースさん的には『一緒にいてやりたいけど能力的に無理』と思っているようだ。それが可能な者、しかも立場的にも文句が出ない奴が複数できたから嬉しい、と。
「けどな、お嬢ちゃんはジークを見捨てないだろう?」
「うん?」
自分の考えに沈んでいた私に向けられたキースさんの声に意識を向けると、そこには穏やかな表情で微笑むキースさん。
「お嬢ちゃんはそうなった場合を予想できるからジークを見捨てない。いや、俺がこう思ってるって聞いたからこそジークが英雄と呼ばれる未来は避けるだろう?」
「まあ、私は極一部だけが幸せであればいい人間なのでそうなりますね。カルロッサに英雄が必要だったとしても知ったことじゃないです、ジーク一人に押し付けない打開策を考え出すかと」
カルロッサが英雄の名を欲したところで知らねーよ、ということですな。外交においてのカードになるだろうが、私はそんなものよりジーク達が大事です。
外交なんざ、戦いで役に立たない奴らの見せ場じゃないか。死ぬ気で頑張れ、超働け! 馬車馬の如く酷使されれば英雄の辛さが少しでも判るだろうさ。
英雄に負けることを許さないなら、外交においても同じ結果を出してもらおうじゃないか。
「はは! そうだな、お嬢ちゃんはそれでいいよ。それに戦いになった場合でもお嬢ちゃんなら最前線一択だろうし、守護役達だってそこに居るだろう。……ジークが一人になることはない。たった一人で化け物扱いされることはないんだよ」
そもそもお嬢ちゃんからして異世界人だしなぁ、とキースさんは締め括った。
ええ、そうですね。英雄よりも災厄扱いされる魔導師の方が断然脅威ですとも。しかも私の守護役連中は無駄に地位が高い――実家含む。セシルに至っては王族だ――ので、おおっぴらに化け物扱いはできない。
個人的にはそうしてくれてもいいのよ? と思っている。
仕掛けてくる馬鹿が減る素敵な渾名じゃないか。
バラクシンでばっちり『異世界人を婚約者扱いするのは人の法に当て嵌めるためです』って聞いちゃったからね! 法に触れないならガンガン行きますとも!
ぶっちゃけ今まで協力者という立場だからこそ、頭脳労働になっていたに過ぎない。『災厄だから仕方ない』で諦めてくれるなら、さくっと上層部を〆ればいいだけだ。
権力のピラミッドはどこの世界でも共通。ならば私は食物連鎖――この言い方が正しいかは微妙だが、意味的には正しい気がする――の頂点に君臨し牛耳ってみせようじゃないか……!
……まあ、それを決行する前に親猫様に叩かれて大人しくなるだろうけど。上には上がいるという典型です。
「つまり様々な意味で私を利用できてラッキー、ということですか?」
こてん、と首を傾げて問えば、キースさんは苦笑しつつも頷いた。潔いね、キースさん。取り繕うことはしないのかい。
「勝手なことを言ってるのは判ってるんだけどな。それでも俺は……いや、俺『達』はジークが大事なんだよ」
「なるほど、ビルさん達もですか」
「ああ」
仲良さそうだったもんね、ジークの隊って。おそらくはジークの脳筋振りに呆れながらも笑い合ってきたんだろう。
そもそもジークは初めて会った時に村や仲間のために囮となっている。村に関してが仕事なら仲間に対しては完全にジークの個人的な感情だ。言葉にせずとも大事なんだとは思う。
「別に気にしなくていいですよ? っていうか、私より優先するものが国か個人か程度の違いですし。キースさん達ならその想いが揺らぐことはないでしょうしね。判りました、その時は私が動きます」
「はぁ? お、おい、いいのか? そんなにあっさり承諾して」
さらりと言えば何故か驚愕を露にされた。私がそういう考え方をすると知っている割に、キースさんには意外に思えたようだ。
はて、私は何か余計なこと言ったっけ……と考えて、彼らには他の守護役連中の情報が全くないことに気づいた。
あ〜、『守護役は仕事だから監視と保護が最優先』とか思ってるのね。いや、もしかしたら普通はそうなのかもしれないけど、私達は全く違う。
「あのね、キースさん。私の守護役達全員、最優先は国か自分の主。そのために私を利用するのが普通。しかも約一名、笑顔で『我が主のために頑張ってください』っていう言葉と共に戦場真っ只中に向かわせそうな奴がいる」
「え゛」
さすがにキースさんの顔が引き攣った。
そうですねー、騎士が民間人(女)を敵陣に放り込むとか普通ないもの。
でも、絶対にあいつはやる。セイルとか、紅の英雄とか、ルドルフの護衛担当の将軍とか、クレストの若様――全て同一人物だが場合によって肩書きを使い分けそうだ――は笑顔で放り込む。
拒否権? そんなもの私にはない。「ルドルフ様のために頑張ってください」という一言で反論を封じるだろう。
聞いていたキースさんは顔を引き攣らせたまま絶句している。まさかそう来るとは思わなかったらしい。
「いや、その、そんな殺伐とした関係なのか? 異世界人と守護役って」
「さあ? ただ、私達にとっては判りやすい判断基準です」
「そ、そうか」
納得はしていないが、比較対象がないのでそれ以上言葉が続かないらしい。アリサは普通に守られていた……んじゃないかなぁ? あの子、戦闘能力皆無だし。
そしてトドメの如く私は続けた。
「ついでに言うと私はカルロッサという国を信頼してないので、宰相補佐様やキースさん達が唯一の繋がりかと」
「おおいっ! それ、止めてくれ! 冗談? 冗談だよな!?」
「マジです」
キースさんがぎょっとして声を上げるが、即答しばっさりと反論を切り捨てる。
嫌っちゃいないけど、フェアクロフ伯爵夫妻――特に夫人の方――は警戒対象です。
利用しようとしたら魔王様と共に報復するから、今のうちにしっかり言い聞かせておいた方がいいよ?