小話集17
小話其の一 『元凶は静かに時を待つ』
――ある場所にて(???視点)
「ふむ。中々派手にやっているようですね」
テーブルに置かれた地図、そこに一つの印を新たに加える。
幾つか付けられたそれは『彼女』が影響を与えた証であった。そしてそれは徐々に増えていく。
興味本位で召喚してみた――しかもその時点では現れなかったので、失敗だと思っていた――だけだったのだが、どうやら予想外の展開になったようだ。
「何と言うか……変わるものですね」
呆れとも賞賛ともいうような感情を僅かに込め、思わずそう口にする。それほどに彼女は『規格外』であった。
いや、正確には『彼女』だけではない。長い時間をかけて少しずつ変えられてきたもの、仕込まれたものが『彼女』を切っ掛けに行動を起こしたのだ。
その中には『彼女』の『弟分』も含まれている。『彼女』とは性格の違う、けれど有能な『弟分』は『彼』が言ったように守ることに特化していた。『彼』曰く『彼女』は攻撃特化らしいが。
あの王とその側近達を守ることが可能だったのは彼だけである。もしも居なければ、誰かが欠けていただろう。そうなると当然王の影響力というものも下がる。
内に守るべきものを抱えていた王は争いを好まぬ。それは周囲の国と平穏を保つことに繋がった。
そんな王を唯一の主と定めている『弟分』は……持てる知識を全て使ってその望みを叶えており、『彼女』がこの世界にやって来た時には、この世界の住人として頼れる存在となっていたのだ。
そしてその繋がりが今は互いを助けることになっている。
『彼女』一人が与えられる影響などたかが知れている。
『彼女』を共犯者にして行動する者がいるからこそ、事態は動いた。
単体では大した脅威にならぬであろう、『部外者達』は。
それはそれは自分の立ち位置を理解し、効果的な方法を取っていた。
それこそ主犯ともいうべき、この世界の住人が望んだ結果を得られた理由。
『ミヅキならもっと効果的に勝ちを狙うだろう』
『グレンならもっと信頼を勝ち取り、上手く纏め上げるに違いない』
かつて自分にそう言った者がいた。特に無条件に信頼する相棒は非常に性格が悪く、賢く、人を利用する術に長けているのだと。
けれど身内とするなら、あれほど頼もしい奴はいないのだと『彼』は言い切った。
ちらり、と地図に視線を向ける。
あの時とは違い、随分と平穏な世界は……多くの者達が少しずつ抗ってきた証。そんな世界だからこそ、『彼女』は思うがままに動けるのだ。ならば彼女の功績は長い時間と多くの人の手をかけた共同作業。
「……とは言っても、やはりこの結果は彼女だからこそ。なのでしょうね」
そもそも『彼女』は彼らの思惑など知らぬ。ただ自分の思うがままに生き、そうするための努力を怠らないだけなのだ。
その理由も善人とはお世辞にも言い難いものであった。
はっきり言えば……『彼女』にはこの世界においての善悪など関係ないのだろう。『自分がどうしたいか』という人としては少々問題ありな基準で行動が決定されている。
『彼女』は異世界人だから。
そう割り切るどころか利用する、とても自己中心的な性格をしているから。
言葉にするならこれに尽きる。絶対に正義とやらのためではないのだ、『彼女』が善人のように扱われる――あくまで直接拘わらなかった者に限る――のは『彼女を利用した共犯者の望んだ結果が多くの人々にとって都合がいいから』。
大変に都合のいい、最強の駒である。まあ、利害関係の一致で動いているので『彼女』の根底にあるのは『楽しめるか』もしくは『自分にとって都合がいい』か。
これを聞けば大抵の者は呆れるだろうが、それが現実であった。
「さて、ミヅキ。貴女はこれまでの行動で『手駒』と『人脈』を手に入れ、『足場を強固なもの』にしました」
コツ、と指先で地図をなぞる。イルフェナ、ゼブレストは勿論、アルベルダ、バラクシン、カルロッサにコルベラ……キヴェラも含まれるか。これらの国はまず間違いなく『彼女』の味方といえるだろう……それも『決して敵にならない』。
仲がいいというだけではない、魔導師の脅威を考えた末に味方になった方がマシ、という理由だ。
国の上層部は『彼女』の性格を目の当たりにしているので、自分達にその興味が向くことを避ける意味でも味方という立ち位置を選ぶ。
圧倒的な力――と思っている――とは非常に判りやすい判断基準なのだろう。しかも『彼女』の場合はとんでもなく嫌な方向になるので、それも英断とされ周囲に理解されやすい。
「やるべきことはまだ残っています。貴女が何らかの形で拘わらなければ、そのまま貴女に……いえ、貴女の大切な者の災いと化すでしょう。しかし……」
思い浮かぶ『彼女』は不屈の精神を持ち、どんな苦境だろうとも楽しめる性格をしている。きっと命の危機さえ心躍る『遊び』だ。
おそらく、どのような苦難に直面しようとも潰れることだけはないだろう。そんな可愛らしい性格ではないと今では十分理解できていた。
ふと、彼女の姿に懐かしい友の姿が重なる。『ミヅキは自分以上に状況を覆す術に長けている』と言い切った『彼』は、欠片の疑いもなく『彼女』を信じていた。
その言葉は事実だったと今ならば理解できる。安っぽい友情などではなく、実績と同類だからこその言葉だったのだろう。思えば『彼』も相当な性格をしていた。
「できることなら皆の期待を裏切らぬように。私も貴女に期待しているような気がするのですよ」
自分に人間らしい感情などないはずだ。それでも彼女のもたらす多くの『災厄』に感情の揺れを感じる。
これは過去に拘わった者達が自分に与えた変化である。だからこそ、決着を見届けたいと思うのだ。
「貴方達を歓迎しますよ……グレン、そしてミヅキ」
ようこそ、この世界へ。
貴方達の日常を奪った元凶から歓迎の言葉を。
※※※※※※※※※
小話其の二 『キヴェラ編・裏事情』
――騎士寮・食堂にて
ちゃぶ台騒動も終わり、シンシア嬢の心もばっちり折れたみたいなので私達はさっさと帰還した。
色々と突っ込まれることを避ける意味でも、居ない方がいいだろう。そもそもすでに処罰が言い渡されているのだから。
魔王様には一応報告したのだが、すでにクラウスとカルロッサの宰相様から報告が行っていたらしく。
『これでカルロッサも君を簡単に利用できないと知っただろうね』
というお言葉のみで終わった。
あの、魔王様? 今回、期待するものが何だか普段と違いませんか?
ばっちりそんな思いが顔に出ていたと思うのだが、魔王様は笑みを深めただけだった。そうですか、今回は何をしても許されますか。
その後、セシルへと事情説明をするよう言われたのだ。『バラクシンのことも伝えていないんだろう? あまり放っておくと姫が拗ねるよ』というお言葉で。
そんなわけで、セシルは久々にイルフェナへ来ることになったのだった。……騎士寮でのお喋りなら見逃すよ、ということですな。
「というわけで、教会派貴族は数年で大人しくなるよ。詳しくは各自情報収集してね」
カルロッサから戻って来て数日。守護役も増えるので事後報告だがセシルを呼んで事情説明。一応、姫様なので御付きのエマも一緒。
エマは忙しいかと思ったら、実はそうでもないらしい。……まあ、ブリジアス領は全然整ってないもんね。正式な婚約は一年後ということだそうな。
私も今後『ブリジアス領主の奥方は私の友人です。困らせたら〆る』と周囲に伝えておこうと思う。それくらいの介入ならウィル様も許可してくれるだろう。
で。
折角なのでジークのことだけではなく、バラクシンのことも『世間話として』暴露してみたり。
コルベラって立場弱いみたいだし、追い出されるだろう教会派貴族に対して警戒しておいた方がいいだろう。
魔王様もそれを判っているから、これに関しては許可が出ている。『私がセシルに話した』ということなら、特に問題はない。守護役ですから、セシル。
「ふむ……私はフェリクスに会ったことはないんだが、その、随分と無知なのだな?」
セシルが困惑気味に言う。うん、そうだよねー。吃驚ですもの、あのお花畑思考は。
「どうもライナス殿下っていう前例があったから極端な方向になったみたい。ある意味、犠牲者といえば犠牲者なんだけど」
「ですが、手を差し伸べてくれる家族が居た以上は言い訳できませんわ。幼子ではないのですから、ある程度の歳からは自己責任です」
エマがばっさりと切り捨てると、セシルもうんうんと頷いた。
これが一般的思考なんだよね。ただ、フェリクスの場合はカトリーナという母親がべったりだったことが多大に影響しているだろう。
はっきり言って洗脳に近いレベルだったんじゃなかろうか。『あの』カトリーナが物心着く前から己の妄想を聞かせていたとしたら、まっとうに育つ未来が全然見えないもの。
だからと言って魔王様を軽んじたことは許さないけどな。別問題です、あれは。
そんなフェリクスの今後はサンドラにかかっていると言っても過言ではない。彼女が嫁姑戦争に勝利し、夫であるフェリクスを教育しなおせば間に合う可能性はあるだろう。
幸い彼女の実家は権力争いをするような家ではないようだし、貴族として学び直すには良い環境だ。絶縁したとは言っても、そういった理由ならば受け入れるかもしれないじゃないか。
……あくまで学び直す意思があり努力する、ということが前提にはなるが。全ては本人次第。
「セシル達の話でもしてやれば良かったかな。物語と現実は違うって理解できたかも」
「ああ、それは誰でも理解できるだろうな。そもそも『祖国を想って冷遇に耐える姫』という時点で既に違うぞ」
思わず呟くとセシルが同意する。
まあ、現実にはそんなことなど公表できない。美談で終わらせた上に『守護役として魔導師の保護下にある姫様』というイメージが世間一般の評価だから。
こういった儚げなイメージを定着させておけば狙われにくい、とは魔王様談。セシルとセレスティナ姫がイコールにならず、強行手段を防ぐ意味でも有効な手です。
そんなわけでセシルの真実は理解ある各国の上層部しか知らなかったり。なに、私と魔王様が揃ってちょっと『お願い』しただけだ。皆さん快く受け入れてくれましたとも!
「祖国の為に嫁いだのは事実ですけれど、冷遇というよりひたすら存在を無視されていただけですし。エレーナのお陰で貴族からの贈り物という名の嫌がらせも皆無、しかも追いやられた隅の部屋は秘密の通路の入り口がありましたしね」
エマが軽く首を傾げながら当時の様子を語れば。
「嫌味や毒入りの食事を時々持って来た侍女もエレーナの指示で我々の様子を見に来ていただけだしな。煩わしい夜会に同行する事も侍女達に嫌がらせをされる事も無く実に快適だった。唯一困ったのが食事くらいだ」
セシルがエマの話を補うように続けて口にする。
傍で二人の話を聞いている騎士sは大変微妙な表情になっているのだが……それが普通の反応だろうな。クリスティーナに何か聞かれたのかもしれない。
「酒盛りしてもバレなかったもんねぇ……実際、困ったのって誓約と金が尽きることくらいじゃない? 死んだらコルベラが黙っていないだろうし」
「そのとおり。誓約の内容から何らかの思惑を感じてはいたが、確信はなかった。キヴェラ王も王太子以外に注意を払わなかったのだろうな。侍女が最低限のことさえこなさないとは普通は思わん」
「まともな方は王太子殿下の不興を買って追い出されてしまいましたもの。そんな姿を見ていればあの状態も仕方ないのやもしれません」
「『快適に過ごしていたけど、そろそろ食うに困るから逃げます』っていう、悲惨さもロマンスの欠片も無い逃亡理由だもんね。しかも救助じゃなくて拉致……セシル達から見て、だけど」
口々に言い合い、改めて喜劇にしかならんと悟る。うん、これ絶対に民間に漏らせないな。
キヴェラは絶対止めるだろうが、コルベラも姫の教育を疑われる。儚げな悲劇の王女セレスティナ様のイメージが崩れ去ってしまう事態は避けたい。
「……ミヅキの言動はともかく、確かに詳細は暴露できないだろうな」
「悲劇的な要素が一気に減ったな、おい!?」
騎士sよ、正直だな! でも現実です。
そして私に関してはもはや驚かんのだな、君達。いい加減、学習したか。
「で、更にどうにもならないのが私の行動。ぶっちゃけると犯罪やらかし過ぎて公表できない。追っ手を退ける方法も誰が聞いても私の方が外道だし、逃亡というより旅行。だから『魔導師は追っ手を退け姫を祖国へ送り届けました』としか伝えられない」
「はは! 事実を知ったらミヅキは断罪の魔導師とは呼ばれなかったな」
裏事情を暴露すれば、セシルが楽しげな笑い声を上げた。
この反応を見ても判るように、セシルは世間一般に広がる噂話に大笑いした一人である。この様子だと一番笑ったのは私の評価だな……ええ、全部知られてますからね!
「ですが、とても楽しかったですわ。それに公表されて困るのは関わった方達全てに言えることですし、レックバリ侯爵様が容易く行動に移せなかったのも能力的な面の他に『助け手になる者は罪人になる』ということからですもの」
ジト目になる私を宥めるようにエマが言うと、騎士sは暫し思案顔になり。
「それを言うとミヅキも罪人じゃないのか?」
やや私を気にしながら、アベルが聞いてきた。どうやら今後捕縛される可能性を心配してくれているらしい。カインも同様に私を見ている。
しかし、私は彼らに胸を張り。
「私は異世界人だもの! 一部以外はどうでもいい上に無知を理由にできるし、利害関係の一致で『なかったこと』にすることも可能。人の歴史は仕立て上げられるものなのだよ、騎士s」
「いやいや、それ何か違う!」
「胸を張るな、得意げになるな! 聞いてる限り一番の悪党じゃないのか、お前は!?」
言い切ると同時に即座に突っ込みが入った。まあ、落ち着けよ。
「『そうしなければならない理由があった』ってことになってるから、本当に大丈夫なんだって! っていうか、一番ろくでもないのが私という意見は否定しないよ」
だって個人的な用事に利用したもの、レックバリ侯爵の依頼を。
それを口にする気も該当人物に告げる気もない。一般的には『断罪の魔導師』、極一部には『災厄・外道・触るな危険』でいいじゃないか。
だいたい、どのイメージとも実物がイコールにならないから!
「まあ、キヴェラのことは終わったことだし、どうでもいいや。セシル、さっきも言ったけどバラクシンには注意してね。あと、カルロッサの守護役のことも了承してほしい」
話題を切り替え、今回の目的を告げればセシルは真面目な顔をして頷く。
「判った、父上にも伝えておこう。ジーク殿にも近いうち会っておきたいな。顔合わせは必要だろう」
「私達はジークフリート様と直接お話する機会がありませんでしたもの。一度ご挨拶はするべきですわね」
エマの言葉にそういえばと思い至る。
大蜘蛛騒動の時、ジークは村に戻った時点で気を失っていた。二人はジークの顔もよく見ていないだろう。
キースさんとは面識があるので、会う時はキースさんも来てもらった方が良さそうだ。
「近いうちに機会を作るよ。っていうか、多分何もしなくてもジークはキースさんを引き摺ってこっちに来ると思う」
「何故だ?」
非常にありそうな未来を口にすれば、セシルは不思議そうに尋ねてきた。騎士sは……理由に思い至ったのか顔を見合わせて無言。
その表情に多大な呆れが滲んでいるのは気のせいじゃないだろう。
「脳筋だから」
「「は?」」
きぱっと一言で告げると、セシルとエマがハモる。
「ジーク本人は戦うことが大好きな脳筋、強い奴大歓迎! ……で、ここは翼の名を持つ騎士達の巣窟、しかも魔王殿下直属」
「……。それで釣れるのか、ジーク殿は」
「うん。こっちからのお誘いを待っている可能性・大」
言い切るとセシルは微妙な表情で黙った。彼女は騎士団に所属したことがあるから、隣国の英雄について噂くらいは知っているのかもしれない。特に初代の英雄とか。
その英雄様が脳筋の戦闘狂とかないわなー……夢見る乙女なら泣きそうな現実だ。顔くらいしか知らない二人とっても衝撃的な事実かもしれないが。
カルロッサでも思ったけど、本当に、本っ当に脳筋でした。フェアクロフ初代の英雄も脳筋&戦闘狂らしいしね。
「先祖返りの方は変わり者が多いと聞きますが、ジークフリート様もそうなのでしょうか」
微妙な表情のエマが呟く。
否定はしないよ、エマ。私の周囲にもそういう奴らが一杯だから。
※※※※※※※※※
小話其の三 『血塗れ姫とは』
――カルロッサにて (宰相視点)
「今回のことは我々にとって予想外の収穫でしたね」
王の執務室で今回の報告を終えてそう呟くと、王もまた「確かに」と同意する。
国の内部にあった膿を出せたことは勿論喜ばしい。だが、それとは別にこれまで存在以外が不明とされていた『異世界の魔導師』に接する貴重な機会だったのだ。
「イルフェナ……いや、エルシュオン殿下がこれまで隠しておったからな。キヴェラ王が手を焼いたというのも、あの娘ならば頷ける」
「ですよね……」
『規格外過ぎるだろう、能力も発想も』
互いに言いたいことはこれに尽きる。非常に突飛な性格をしているというか……行動の予想がつかないのだ。これでは対策を取ろうにも何をして良いのか判らない。
しかも『あの』言動が最終的には望まれた結果をもたらす術になっているのだ。どうにも彼女の思考回路は不思議な造りとなっているらしかった。
「ですが、これで『ゼブレストの血塗れ姫』という渾名も理解できました。今回と同じことをしたんでしょうね、彼女は」
「む? どういうことだ?」
私の言葉に王は訝しげに問うて来る。いや、これが普通だろう。これまでの『魔導師』という存在ならば行動の差こそあれ、『力』や『強さ』なのだから。
特にキヴェラを相手にした時のあれこれを報告で知っていれば、そう思っても不思議はない。
「おかしいと思いませんか? ゼブレスト王は『粛清王』の異名を取った……つまり断罪は王を含めた上層部の功績です。にも拘わらず彼女はまるで殺戮でもしたような呼ばれ方をしている。そんな事実はないと言うのに」
「……確かに。そういえば奇妙な渾名だな?」
説明に王は納得しつつも、更なる疑問に首を傾げる。
そう、『粛清王』と『血塗れ姫』が同時に存在することはおかしいのだ。そもそもゼブレストで大量殺人でも犯そうものなら、彼女は犯罪者である。
いくらゼブレスト王に協力を要請されたとはいえ、彼女はイルフェナに属する者。他国の者にそこまでやらせて無罪放免……というのには無理があるだろう。
つまり彼女は『殺人を犯していない』。
勿論、自己防衛ならば例外とされるだろうが。それでも物騒な名で呼ばれるような行動はしていないだろう。
ゼブレスト内部に巣食った『敵』を葬った――法と証拠に基づいて、という意味だ――のは王である。だからこそ、『粛清王』などと呼ばれたのだから。
「おそらくミヅキは囮だったのでしょう。尻尾を見せぬ敵を煽って誘き出し、相手の有責を誘って自滅させる。証拠があり他国からの客人を害したならば、当然放っておくわけにはいきませんから」
「その根拠は?」
「あの渾名ですよ。『血塗れ姫』とは粛清王の協力者、つまり『彼女の行動の果てに粛清が行なわれ、多くの者の命が消えた』。これならば成り立ちます」
切っ掛けは彼女への悪意、けれど相手が国に牙を剥くような致命的な行動を起こしたら?
いや、『意図的に陥れられて、そう行動するに至っていた』としたら……?
「きっととても楽しく『遊んだ』のでしょうね、ルドルフ様と。彼女を恐れるのではなく、頼もしき味方と認識して利用する……それを許されている。根本的にあの二人はとても近いのかもしれません」
ミヅキは自分の行動がどこへ繋がるかなど理解していただろう。それでも手を緩めなかった……『多くの命が消えることを知ってなお遊びを止めなかった』!
それが『血塗れ姫』などと呼ばれるに至った真相だろう。楽しげに、惨酷に、罪人達を追い込む異世界の魔導師。彼女にとっては彼らの価値など友の足元にも及ばない。
そしてゼブレスト王ルドルフは……彼女が認めた『友』である。
「近いうちにルドルフ殿と一度会っておくべきだろうな」
「ええ、そうですね。これまで宰相が外交を一手に引き受けていましたが……決して王が未熟という理由ではないのでしょうね。表に出て来なかっただけかと」
事実、我々にはゼブレスト王に対する情報が殆どない。目立った功績がないので、先代とは違っても特出した才はないと思っていたのだ。
方向性さえ間違わなければクレスト家が味方となり、王を補佐するだろう。それゆえに表に出て来ないゼブレスト王は『悪くはないがそれなり』と評価していた。
だが、それこそ他国を欺く術だったのではないかと今は思うのだ。
キヴェラに狙われた国と思われれば他国は拘わらずに静観するだろう。自国ではないことに安堵し、他人事と目を背けた。それが現実だ。
これが有能な王と知れば手を組むと言い出す者もいたかもしれない。魔導師を信じたように『勝てる可能性があるなら』と味方し、本格的に戦に突入する可能性とてある。
しかし、当時のゼブレストに戦をする余裕があったかは怪しい。加えて同盟を組むだけの判断材料も乏しいのだ、『味方をしてやる』と上から目線で相手に有利な条件を突きつけられても困るのだから。
そんなゼブレスト王が信頼し頼ったのは古くから親交があったイルフェナ。これまでのイルフェナの姿勢がそんな状況でさえ信頼できると思わせたのだろう。
「魔導師と魔王殿下を味方につける人が今のゼブレスト王なんですね」
「敵になりたくはないな、そんな奴とは」
思わず問題の二人を思い描き、揃って溜息を吐く。
魔導師や魔王殿下と同類にして、あの二人をすんなり友と呼ぶ人物。それを恐れるなという方が無理だろう。
とりあえずジークが他の守護役達と友好的な関係を築いてくれることを、今は願っておこう。ゼブレストからも守護役は出ていたはずなのだから。
※活動報告に魔導師五巻の詳細を載せてあります。




