小話集16
小話其の一 『暗躍する者達』
――処罰当日、ある部屋にて (宰相視点)
「良かったんですか、本当に」
久方ぶりに会う友人へと声をかける。彼女から提案された『ある計画』は、本来ならば彼女が慈しむべき相手を更に追い込むことになるのだから。
「ふふ……ご心配ありがとうございます。ですが、これが最後の機会ですから」
そう言って老婦人――ノーラは寂しげに俯く。
「私はあの子に反省を促しました。そして今後は私を頼っても無駄だということも伝えたつもりです。それが理解できていれば愚かな真似はしないはずですもの」
だけど、とノーラは続ける。
「あの子は貴方の策に乗るでしょう。感情のままに、憎いものへと牙を剥く。……思い知ればいいのですよ、世界は自分中心に回っているのではないと。だからこそ、ジークフリート様に相手にされないのだと」
その表情にも声にも深い後悔が感じられた。彼女が悪いわけではない、けれど周囲は無関係でいることを許さない。
孫と祖母という間柄だからこそ『諌めるべきだった』という批判はどうしても出るのだ。
だからこそ、彼女を知る者達はシンシアとバートレット家に対し非常に憤っている。
亡き彼女の夫も含めて、友の名誉を地に落とした者達を許すまいと……密かに動いているのだ。
「魔導師様にもご迷惑をおかけしてしまいますね。まさか、彼女に協力を頼むなんて……」
溜息を吐きながら、やや非難めいた視線を向けて来るノーラに苦笑する。彼女は魔導師……ミヅキの性格を知らないのだ。だからこそ、巻き込んだことに罪悪感を覚えるのだろう。
「心配は要りません。彼女は快く引き受けてくれましたよ。しかも主導は自分だということにすると言っていましたから、カルロッサがイルフェナに詫びる必要もありません」
尤もそうなったのは自分の誘い方に多大なる『遊び心』が含まれていたからなのだが。思い出すのは数日前の会話。
軽く目を見開くノーラを視界の端に収めつつ、魔導師――ミヅキとの会話を回想する。
『ミヅキ。貴女はまだ遊び足りないのではありませんか?』
『そう見えます?』
『シンシアは未だ反省していないようですからね、実家に引きこもる前に徹底的に理解させるべきだと思うのですよ。逆恨みをしたまま、妙な行動をされても困りますし』
『あら、楽しそう! じゃあ、私主導で構いませんか? 決着は私が選べと魔王様からも言われていますし、イルフェナに配慮したり協力者が責任を追及されたりしなければ派手なこともできますよね!』
『宜しいのですか? それではこちらが貴女に依頼したことにしましょう、実際必要なことですから。……ああ、お言葉に甘えるついでに一つの情報を。ジークはね、シンシアの祖母であるノーラ殿のことは認めているのですよ。彼女は近衛まで務めた立派な騎士だったんです』
『……マジで?』
『はい』
『ぶ……ははっ! お婆様に負けたっての!? やだ、絶対伝えたい、心を折りたい、心に残るイベントにしたい!』
『お好きにどうぞ』
楽しげな彼女の様子に奇妙な期待と少しの恐怖を覚える。……これまでのことは本当に娯楽だったのだ、彼女にとっては。
そもそも魔王殿下からの課題とやらの真意も彼女はしっかり理解しているだろう。
『どう決着するのか任されている』などと言ってはいるが、逆に言えば『イルフェナでさえ納得する決着に持って行け』ということだ。つまり『望まれた結果を導き出し、仕向けろ』と。
聞くと『いつものこと』だと平然としていたので、どうやら魔王殿下の教育方針では普通らしい。まあ、あの国ではそれが普通だと言われても驚かないのだが。
それに。
これはエルシュオン殿下からの警告でもある。我が国が正しく異世界の魔導師を理解し、安易に利用できるなどとは思わないように、と。
あの魔王と呼ばれる王子の庇護があるから恐ろしいのではない、という現実を突きつけてきたのだ。どうやらジークの件――国の駒扱いしながらも都合よく家族という立場に縋る姿勢――から、我が国への信頼はないらしい。
「その、魔導師様はシンシアとそう変わらない歳に見えたのですが。そこまで任せてしまうのは酷ではございませんか?」
謁見の間での出来事を見ていようとも、ミヅキの外見を気にしたのかノーラが案じる言葉を口にした。
彼女がそう思うのも仕方ない。実際、ミヅキは己が外見を利用している。いや、見た目と能力……内面の差が凄まじ過ぎるからこそ策に組み込めるのだろう。
「歳はそう変わらないらしいですけどね、中身は真逆ですよ。見た目さえ利用する人ですから」
「は、はあ……」
それでも納得できないのか、ノーラは罪悪感を覚えているらしい。その姿に己が息子……セリアンの策が多大に影響していることを感じ、ひっそりと溜息を吐く。
セリアンはキヴェラの騒動の時からミヅキを知っている。友からの情報も含め、間違っても『見た目どおりの女の子』という評価はしていない。
事実、イルフェナへの特攻の折も『普通じゃないから止めとけ』とばかりに諌めているのだ。
そのセリアンがミヅキを『小娘』と呼んでいる。不自然過ぎるだろう。
おそらくは『小娘』呼びと面倒を見る姿を見せつけることで、周囲から異端と恐れられる状況を防いでいるのだ。『世界の災厄』と呼ばれる存在は普通の人と変わらないのだと、皆に伝えている。
宰相補佐とはいえ戦闘能力などほぼないに等しい――ミヅキを基準にした場合だ、勿論――セリアンが『小娘』と呼び格下扱い、けれどミヅキはそれに怒ることはない。
こんな姿を見れば誰だって警戒が薄れるだろう。少なくとも恐怖は随分と遠退く。
また、セリアンは決してミヅキを軽んじているわけではないのだ。何というか、妹分的な扱いなので周囲の目も大変生温かい……いやいや、微笑ましげなものになっている。
現在のミヅキは『魔導師として恐れられる』というより、『宰相補佐の保護下にある』という認識が広まりつつあった。普段は何の問題もないことに加え、警戒心を抱かせるような見た目をしていないことも影響しているだろう。
ノーラの思い込みもそれが原因と思われる。決して彼女が魔導師を侮っているとかではない。
様々な意味で厄介な魔導師である、『問題児』という渾名は彼女を的確に表していると妙に納得してしまったのは余談だ。
ノーラは完全には納得できないようだが、それでも私に対する信頼が勝ったらしい。軽く息を吐くと、小さく微笑んだ。
「それではお任せしましょう。どのような結果が出ても全てはあの子の責任なのですから」
凛と背筋を伸ばし、そう告げる姿はかつて騎士として仕えていた頃から変わらない。何故この女性の片鱗がシンシアに受け継がれなかったのだと残念に思うも、変わる機会を無視してきたのはシンシア本人。
自業自得、ということなのだ。
「さて、結果は後ほどお知らせしましょう。楽しいことになるか、何も起こらないか。……どうなるでしょうね?」
「どちらでも構いませんわ。反省し自覚する時が早いか遅いかの違いしかありませんから」
本当に孫を庇うつもりはないらしいノーラの声は、厳しくも少しの悲しみを宿している。
彼女の『賭け』がどのような結果に終わるのかは、もうすぐ判るだろう。
※※※※※※※※※
小話其の二 『ちゃぶ台返し、その後』
「だ・か・ら・ね? 世の中には見た目よりも能力重視って奴は沢山いるのよ。だいたい、英雄の家系とやらが見た目だけで選ぶなんてないでしょ? 気づけよ、それくらい」
ちゃぶ台返しを盛大に食らって撃沈したシンシア嬢は。
現在、目の前の椅子に座った私に頭を踏まれながら説教されとります。
「腹の探り合いが当然の貴族だもの。裏工作、情報操作、陰謀、何でもありだってのも理解してるわよ? だけどバレたら終わりなの、証拠残ってたらアウトなの、どんな犯罪も証拠隠滅が鉄則に決まっているでしょう!」
「おい、何故そこまで言い切るんだ? お嬢ちゃんや」
きぱっと言い切った私にキースさんが突っ込む。
何故だ、キヴェラを相手にする時も先生から『証拠隠滅だけは気を付けるように』って言われていたし、特権階級どころか悪企みをする奴にとっては最重要項目じゃないか。
「何言ってるの、キースさん。基本的なことじゃない」
「……。聞き方が悪かったな。なんで『犯罪を犯す者の心得』みたいなことになってるんだ?」
「基本的に自分が最後に笑えるよう、努力を怠らない方針です」
「努力の方向が間違ってるだろうがよ!?」
キースさん、再度突っ込み。はっは、元気な人だな!
そうは言っても基本的に私に求められる役割って『どうしようもない事態を好転させる切っ掛け』もしくは『協力者として暗躍』だからねぇ?
異世界人という柵のない状況を活かした適材適所なお仕事が割り振られるのだ、はっきり言ってそれが最大の強みだったりする。
『世界の災厄・魔導師』が使えるようになったのはごく最近、キヴェラの騒動以降。それもキヴェラを敗北させたという功績があって初めて使えるようになったカードだ。
そんなわけで。
それ以前の功績は『とっても念入りに仕掛けた策(超善玉方向に意訳)』によるものっつーことですよ。
性格悪いを通り越して凶悪・最悪・鬼畜と称されることを連発しまくらなきゃ勝てるはずなかろう!
勿論、後悔など欠片もない。最後に笑うのは私だ、それは決定事項。
そこに到達する前の状況にさえ口を出さなければ望んだ結果に持って行くとも、周囲が少しくらいトラウマを抱えたり自己嫌悪に陥るくらいは些細なことじゃないか。
お国のためだ。流せ、許せ、乗り越えて進め! 異議は認めない。
「お嬢ちゃん……もう少し善人的な思考に行こうや」
深々と溜息を吐きながら、キースさんが疲れたように言う。
その問いには勿論――
「嫌です♪」
「……」
「嫌です♪」
じとっとした視線に負けずに元気にお返事。大事なことなので二度言いました。改善する気も予定もありません。
まあ、そんな馬鹿なことをやっている間もシンシア嬢を踏んでいるわけなのだが。
……誰も止めないでやんの。
ジークはともかく、他の人はどうかなー? 止められるかなー? とか思っていたんだけどな。どうやら、彼らもジークを狙っていたシンシア嬢が嫌いな模様。
まあ、その理由も判るんだけどさ。
「嫌われてるねぇ、シンシア嬢。どうしてか判る?」
「う……」
判らないのか、答える気力がないのかシンシア嬢は視線だけ私に向ける。その目は涙目にはなっているが、屈辱からか敵意が微妙に感じ取れた。
……逆らう気力だけはごっそり削がれたようだ。ちゃぶ台返しは偉大なり。
「彼らはジークの友人だからだよ。フェアクロフの評価と外見から勝手な理想を押し付けてくる人に良い印象なんて抱くわけがない、何よりジークの意思を無視して自分のものにしようとする貴女は最低。っていうか、とことんジークを馬鹿にしてるよね? 『本人の個性よりも自分の理想優先』なんて」
恋人同士とかなら『私のもの』って独占欲丸出しの台詞に聞こえるけどさ、一方的な場合って『所有物扱い』じゃないのかい? それって物凄く失礼だと思うぞ、シンシア嬢。
これは一般論ではあるが、それ以上に実体験として私は現実を知っていた。
私はクラウスに『(魔術的意味で)俺のもの』扱いされましたが?
極端な例だが、あれを思い浮かべるとその失礼さがよく判るだろ?
『誰が貴様の所有物になったんじゃぁぁぁっ! 人ですらねぇのかぁぁぁっ!』と全力で突っ込みたくなるぞ、あれは。あの当時はクリスティーナのことがあったから軽く流したけど。
……いや、クラウスのことは嫌ってませんけどね? ただ、『生きた魔術扱いは人としてどうよ!?』と思うのです。アルも視線反らしてたしな、実際。
「貴女、ジークに気に入られるよう努力した? ジークの好みとか、誇りとか理解しようと思った? 『振り向かない』って自覚あったみたいだけど、何でジークが貴女に合わせなきゃならないの?」
「……え?」
シンシア嬢が初めて反応する。その表情に浮かぶのは困惑。
「貴女の言い分って『自分にはジークが相応しい』って聞こえるんだよ。自分の方を上位に捉えてる。本当に上なら腹も立たないだろうけど、格下にそんな扱いされたら嫌なんじゃないの」
ジークは脳筋である。つまり、自分の感情に大変素直な精神構造をしているのだ。
そんな彼の好みは『強さ』一択! ……明らかに自分より劣る相手に格下扱いされればムカつくだろうよ。女の魅力など彼に通じるはずもなく、女性だからと特別扱いすることはないだろうし。
ジークの場合はそういった無意識の見下しを感じ取ったら本能レベルで嫌悪しそうだ。加えて騎士にあるまじき彼女の言動。好かれる要素が無いだろう、どう考えても。
「これ、貴女の信者じゃない限り絶対判るから。だからジークに想いを寄せる人がいたんじゃないの、貴女が選ばれることは無いって思うもの」
「……っ」
思い当たることでもあったのか、シンシア嬢は唇を噛み締めた。妨害もそれを感じ取ったことが原因の一端かもね、嫌がらせにしては少々度が過ぎるもん。
こう言っては何だが、シンシア嬢はジークの相手として相応しい立場にはいた。彼女の祖父母のこともあり、これで本人の条件が揃っていたら縁談が持ち上がっていた可能性は高い。
だけどシンシア嬢は不適格とされた。影で囁かれた縁談を潰したのは間違いなくフェアクロフ側だろう。
だってジークが脳筋だってバレるじゃん!?
理想を押し付ける奴なんて、最悪の相手だぞ!?
思い出すのはフェアクロフ伯爵の必死な姿。……あれを見れば『(様々な意味で)フォローできる相手』が欲しいのだと理解できる。
ジーク基準ならジークを補佐する能力を持つ者。
フェアクロフ家基準ならジークにボロを出させないフォロー要員。
夢見る乙女は要らんのだよ、シンシア嬢。特にフェアクロフ家は『英雄』という幻想を存えさせなければならないんだから。
「……お嬢ちゃんは何でそんなに理解があるんだ?」
口にしなかった意味も感じ取ったのか、キースさんが不思議そうに聞いて来る。周囲も同様、ジークは……何も考えてないっぽい。こちらをガン無視して興味深げに机を眺めている。
私が言うのもなんだがこっちに興味はないんかい、ジーク。
私はちらりとクラウスに視線を向け、肩を竦めてキースさんへと説明を。
「私の基準はイルフェナです。そして周囲には魔王様の配下達」
「よく判った! 物凄く納得できた!」
即答。納得していただけたようで何よりです。
実力者の国の王子様は実力主義者にして現実主義者、その周囲は同類ばかり。『素敵な騎士様』が自分の顔さえ武器だと言い切る国に乙女の幻想など無い。
今回はクラウスだからまだマシなのだ。アルだったら……軽く人間不信にされてるぞ、シンシア嬢達。
そう、まだマシ――
「まったく、くだらない女だな。努力もせず、自分に価値がないと認めることもできんとは。ジークを想っているのではなく、装飾品のように自分を飾りたいだけじゃないのか? 並んだらさぞ、惨めだろうに」
「ちょ、クラウス殿!」
「事実だろう? 価値のないものには誰だって興味など示さん」
キースさんがぎょっとして声を上げるけど、クラウスはしれっとしている。
……。
ごめん、こっちの方が酷いかも。職人は正直だよね、しかもその基準は自分。
ただ、言っていることは間違っていない気がする。とりあえず足を退けて現実だけでも教えてやるか。
「ジーク! ノーラさんて知ってる?」
唐突にジークに話題を振ると、何故かジークとクラウス以外がぎょっとして私を見た。
あれ? この情報知ってるのかな? 駄目じゃないか、一番聞かせたい人にしっかり教えてあげなきゃ。
「知ってるぞ? 夫婦揃って近衛を務め、皆に慕われていた女性騎士だろう。今でも彼女を尊敬する騎士はいるだろうな」
「その情報って誰から聞いた?」
私の問いにジークは軽く首を傾げると、暫し思い出すような仕草をし。
「伯父上に聞いた。俺が共にあるなら背中を預けられる人物がいいと思ったのも、この話を聞いてからだ」
……ざっくりシンシア嬢の心を抉ることを言った。いや、そこまで聞いてないよ!?
予想外のことに、シンシア嬢へと視線を向ける奴が続出。シンシア嬢は『自分の祖母がジークに覚えられていた』ということに加え、祖母の教えを守っていればジークの隣に立つ可能性があったと知り呆然としている。
た……確かに『伴侶は魔術方面限定』とは言ってなかったね。
「うわぁ、興味どころか理想の夫婦像だったんだ」
「知ってるどころか婚姻条件の元凶かよ。これ立ち直れないんじゃないのか……?」
微妙に顔を引き攣らせる私とキースさん、意味が判らず不思議そうにしているジーク。
周囲はひそひそと小声で話しては、シンシア嬢に憐れみの目を向けている。
「ほう、自分で機会を潰したのか。愚かだな」
「う……うう……」
トドメを刺された――ジークがクリティカルヒット、クラウスがトドメだ――シンシア嬢が泣き出す。
「クラウスは少し自重しようよ……」
正直過ぎるクラウスに突っ込むのは、私がシンシア嬢を憐れんだから……なんてことはなく。
「あのさ、好き勝手言っても問題にならないのは私だけだからね? 今後ブロンデル公爵が困るかもしれないでしょ!」
「……。そうかもな。だが、父なら大丈夫だ」
「全く根拠の無い台詞を吐くんじゃない!」
「……」
黙った。やっぱり自分の立場を考えてなかった模様。
公爵子息が直々にトドメ刺すとか、今後の外交に響いたらどうするのさー!?
「お嬢ちゃんもシンシア嬢はどうでもいいのかよ……」
「副隊長、問題児に常識求めちゃ駄目ですって!」
ひそひそ聞こえる声はシカトさせていただきます。
前話の裏話とその後。
微妙にトドメをさしたクラウスやジークに悪気はない。
主人公も心配しているのはシンシアではなく、別方面。
※魔導師五巻の詳細を活動報告に載せています。