小話集15
小話其の一 『実力者の国ですから』
「そういえば向こうはどうなっているんでしょうね?」
一段落して落ち着いた後、仲良く食事をしつつ――宰相様のリクエストである。どうやら宰相補佐様経由で興味を持ったらしい――宰相様がそう口にした。
こちらは謝罪のみで済むけど、あちらはそうはいかない。契約も関わってくるので、立派に外交の一環だ。
「素直に『ごめんなさい』してれば大丈夫じゃないですかね? ちくりとはやられるかもしれませんけど」
無難にそう答えるも宰相様は微妙な表情だ。どうやら伯爵夫妻に対して信頼がとことん無い模様。
そんな顔されてもねぇ……魔王様は徹底的に私を関わらせないようにしてるからどうしようもない。
そもそもアルとクラウスが今回こちらにいるのだ。これは自分がこちらに来られないからだろう。
そんな状態なので私は向こうにどういった人選がされたのかを知らない。知る必要が無いから聞かなかったことも事実だが、魔王様も知らせる気はないと見た。
……で、そんな話をしている間にジーク――呼び捨てと言葉遣いは普通でいいと言われたのでこうなった――達は日頃とは異なる料理に嬉々として手をつけている。体が資本の騎士だけあって食べる事が好きなのだろう。
イルフェナって他国に比べて食材が豊富みたいだから豪華に思えるのかもしれない。折角だ、たんと食っていけ。
「それだけで済むのでしょうかね……」
「済むとは思いますよ。……最終的には」
そう、最終的にはそれで話がつくと思う。ただし、そうなるまでにチクチクやられるだけで。
しっかり理解させることも重要なので、そのやり方が間違っているわけではない。伯爵夫妻にとっては恐怖の時間だろうけどな。
そんな意味を正確に読み取ったのか宰相様は納得したように「自業自得です」と呟いた。お怒りなのですね、貴方も。
「そういえば向こうは誰が居るの? 外交扱いってことはそれなりの人選がされてるでしょ?」
何となく気になってアルに尋ねると、アルはにこやかに微笑み。
「姉上とレックバリ侯爵、ブロンデル公爵夫妻ですね」
さらっと凄まじい『事実』を暴露した。宰相様は思わずフォークを皿に落とす。
「……何その豪華面子は」
「契約内容が貴女の守護役になるということですから、こちらも現在守護役に就いている者達の保護者というか家族が呼ばれたのですよ」
言い分としては正しい。さりげなく狸様が混ざっていることを除けば、だが。
もしやセシルの保護者代表という建前で混ざったのだろうか? セシルの場合は事情が少々異なるのでレックバリ侯爵が出て来る必要は無い気がするけど。
「へぇ……で、本音は?」
「妙な気を起こさないようにする為の牽制ですね。貴女相手では軽く見られるかもしれませんが、姉上達では嫌でも『外交』なのだと理解できるでしょうから」
返されたアルの言葉に納得する。ああ、なるほど。私が民間人扱いだから侮られる部分もあったと、そう言いたいのか。
確かに身分制度がイルフェナよりも明確だろうし、そういった牽制は必要なのかもしれない。
「我々はエルシュオン殿下にとことん信頼されなかったんですね」
溜息を吐きつつ、それでも納得できてしまうのか宰相様が緩く首を振る。その表情はなんだかとても疲れて見えた。
「言葉にすれば問題になるやもしれませんしね、無言の意思表示ですよ」
あれほど身勝手な事を言われれば当然です、そのままにしておけば嘗められるだけじゃないですか――と、アルは笑みを深めて宰相様に追い打ちした。
対して宰相様も「そうですよね」と理解を示す。
伯爵夫妻の味方はどこにも居ないようです。それでいいのか、カルロッサ。
これではカルロッサで愚痴ろうとも『お前が悪い』で片がつくだろう。
それを理解しているからこそ、宰相様は伯爵達を助けるような真似はしない。……身内の説教ではなく他国からの苦言、そう受け取らせるために。
「ミヅキも一言くらい言っても構わなかったんですよ? 貴女はキヴェラを敗北させた魔導師なのですから」
面白そうに私を煽るアルに私はにこりと笑い返す。
……伝言なら頼んであるよ? 勿論。
「伝えて欲しい言葉なら頼んであるけど」
「ほう、どのような?」
興味津々とばかりにアルが続けると、周囲も気になるのか聞き耳を立てているようだった。
ああ、そうだろうね……皆からすると私が何もしないってのは考えられないのか。知らない所でこっそり報復でもすると思っていたのに、伝言で済ませたことが意外らしい。
勿論、期待に応えられるとも!
「『顔も見たくない!』って伝えてもらうよう頼んだ」
「おや、それは……」
「しかも魔王様に。だから発言は記録されるし、明確な拒絶の証拠になる」
『会いたくない』なら今回のことに限定され、契約も済んで落ち着けば後々仲良く……なんて都合のいい解釈をされるかもしれない。
だが、『顔も見たくない』ならば明確な拒絶だ。誰が聞いても嫌悪しているようにしか受け取れないので、私がフェアクロフに対し好意的ではないと理解できる。
ぶっちゃけ絶縁宣言です。
特別なのはジークだけなのよ、みたいな?
「今後の付き合いが要らないなら最初からはっきり拒絶する言葉も必要だと思うの」
「そうですね、その事実がある限り『フェアクロフは魔導師を利用できない』と周囲に認識されるでしょう。『関われないならばそこから友好的になることもない』とも受け取れますしね」
楽しげに隠された意味を暴露するアルも中々に性格が悪い。宰相様が聞いてるもの、これで『思いつかなかった』という言い分は通用しない。
しかも宰相様に聞かせることで『あの連中にしっかり言い聞かせてね』との意思表示。……お仕事が増えたようです。すまない、宰相様。
「はあ……何故あの馬鹿は貴女を丸め込めると思ったのか……!」
「ここは実力者の国って呼ばれてるんですけどねぇ。私だけじゃなく、皆を侮っていたんじゃないですか」
魔王様一人が強いわけじゃないんですけどね、国が一人でどうにかなるわけではないんだし。
そう続けると宰相様はがっくりと肩を落とす。予想以上の現実が見えたのだろう。
そして色々と疲れたらしい宰相様は気付かなかった――
……宰相様のそんな姿を見て、騎士達が視線を交し合い笑みを浮かべたことなど。
ここは実力者の国イルフェナ、魔王殿下が率いる騎士達が暮らす騎士寮。
実力・性格共に様々な意味でぶっちぎってる人達の巣窟です。オプションで私も居ます。
そんな場所で彼らの主たる魔王様をただの保護者扱いした伯爵がどう思われるかなんて、ねぇ?
※※※※※※※※※
小話其の二 『頭脳労働系は迷いません』
「しっかし、よくジークは生きてたな」
改めて当時のジークの状況を聞いたせいか、キースさんがしみじみと呟く。
うん、そうですねー。あれは凄い生命力だと思います。
「ミヅキでなければ死んでいただろうな。この子の治癒魔法でなければ無理だったろう」
近くにいた先生が同意するように言うとキースさんは不思議そうに首を傾げた。
「お嬢ちゃんでなければ……ってどういうことですか?」
「あ、キースさん。私ね、この世界の詠唱できないから普通の魔法とちょっと違うの」
「へぇ……って何で俺は『キースさん』のままなんだ?」
「保護者に敬意を表す意味で」
きっぱり言うとキースさんは複雑そうにしながらも納得したようだった。
いや、私も親猫様だの言ってるしさ? キースさんは完璧に保護者枠だと思うのですよ。
「で、話を戻すがね。この子は当時魔血石を大量生産するために増血作用の薬草をかなり所持していた。それを強制的に効かせ、さらに治癒魔法を使うことによって失われた体内の血液を補ったからだよ。一般的に普及している治癒魔法にそんな効果は無い」
先生の補足にキースさんは暫し考えるように目を眇め、やがてそれが事実だと思い至ったらしい。おそらくは自身が治癒魔法をかけてもらった時の経験から、それが事実と理解したのだろう。
「理解は出来るが、もう少し詳しい説明してくれ」
聞いておくべきだと判断したのか、キースさんが真剣な目を向けてくる。私と先生は顔を見合わせて、それぞれの見解を彼に告げた。
「私の治癒魔法は人の治癒能力を爆発的に高めるものだと言えば判り易いかな? そして薬は体に吸収されて効果を発揮するもの。だから体に負担は掛かるけど……」
「逆に言えばその体力があれば通常の治癒魔法のように『欠けた部分のみ補う』のではなく、『新たに構成される』という状況になるのだろうな」
私の治癒魔法は病原菌とかが体内にある場合、かなり拙いと思う。下手をすれば一気に重症コースである。
先生も当然その可能性に思い至っており、これは村に居た頃からの課題だった。詠唱が使えないという状況なので、冗談抜きに命に関わる問題です。
その危険を回避する意味で『薬を強制的に効かせる』という手段を思いついたので、増血作用は完全に嬉しい誤算なのだ。
「治癒魔法ってのは万能なんだと思ってたんだがな」
「ふむ、怪我を治す……というか『欠けた部分を補う』と考えれば判り易いのだろうな。魔法はイメージが重要となるからね、体内から失われた血液までは戻ることはない」
治癒魔法の意外な欠点を聞き、複雑そうな表情になるキースさんに先生が判りやすく解説する。
これは私も同じ事を思ったんだよね。目で見て判る怪我だけなの、治癒魔法が治すのは。
確かに普通に考えれば失われた血がどうとか思い至らないし、思いついたとしても体内の状況など判るはずがない。上級魔法にはそれも補うものがあるらしいが、一般的な治癒魔法は初級……簡易版なんだそうな。
「つまり、全ての要素を備えていたお嬢ちゃんだからジークは助かったと」
「その可能性は高いね。優先順位のはっきりしているこの子だからこそ、必要な手順に躊躇うということをしなかったのだろう」
ちらりと先生が私に視線を向ける。
……。
先生、地味に気付いてましたか。まあ、普通は思い至りますよねー……。
「貴方が色々教え込んだことに加えて、元の世界の知識があったってことですか?」
「それに加えて行動力が必要なのだよ。考えてみるといい……血塗れで瀕死の重傷を負った人物を前に即座に行動できるかね? 民間人では治癒魔法が限度だろう。解毒や体温低下を防ぐという発想まではない」
「ああ、そりゃそう……」
「何より『どうやって気を失っている人に増血作用の薬を飲ませたのか?』ということもあるだろうな」
生温かい目で先生は私を見ている。その表情は以前レックバリ侯爵に『年頃の女性にあるまじき発想じゃの』と呆れられた時と酷似していた。
やっぱり狸様の血縁者! ここで言いますか、先生!
ジト目になる私にキースさんは驚いた視線を向ける。
ええ、それしか方法がなかっただけですよ。それ以上の理由はない。
「……お嬢ちゃん?」
「そりゃ口移ししかないでしょ! 迷ってたら確実に死ぬと判ってたんだし」
ええ、マジで余裕がありませんでしたとも。
ただし内心は『お願い! (私が拘束されずに無事この国を通過するために)起きて!』だったことは秘密だ。先生はこちらの事を言っていると思われる。
当時の私の優先順位はセシル達>(超えられない壁)>その他。
ここで騎士団の人間が死ぬような事態にでもなれば強制的に足止めだ。イルフェナの魔術師という点からも協力を求められる可能性が高かった。
すいません、めっちゃ個人的な感情で躊躇いなく行動しました!
謝ったし、幸いにも不問にされたので許しておくれ。後から気付いても抗議は受け付けません!
いいじゃん! ジークは助かったし、蜘蛛も倒せたんだから!
後ろめたさに視線を泳がせる私に、キースさんは何故か……何故か頭を下げた。
……あれ? 当時の思惑がバレたんじゃなかったの?
「感謝する。いくらあいつが美形でもそんな真似は抵抗があっただろうに」
……。
もしや『口移し!? 年頃の女性にそんな真似させたのか!?』という方向になった?
え、そんな善良な方向に考えてくれた!?
多分この話を聞いてる全員、誰もそんな方向に考えてないと思うけど!?
「非常事態ですから仕方ないですよ」
「決断力と行動力は褒めるべきだがな」
苦笑しながらも宥める婚約者――守護役だが、一応はその括りだ――であるアルとクラウスの言葉に、キースさんはなんともいえない表情になって再度頭を下げた。
キースさん。貴方を見つめる皆の目が大変生温かいと気づけ。
騎士sはこそこそと『気付かないって幸せだな』と囁き合うんじゃない。バレるだろう!
※活動報告に魔導師四巻の詳細を載せています。




