思わぬ拾い物 其の八
フェアクロフ伯爵の勢いしかない懇願――何故、私が向こうの家庭事情に絆されると思ったのか非常に疑問だ――から数日後。
本日、再びカルロッサ御一行がイルフェナに来ていたり。
ただし、今回は二手に分かれている。
フェアクロフ伯爵夫妻は魔王様と契約を含めた話し合い、もとい謝罪に。
キースさんとジークさんは再び騎士寮の私の下へ。
ただし、騎士寮組に宰相補佐様はおらず宰相様が保護者代理としてついて来た。
ああ、うん……まともな保護者が居るところを見せないと拙いものね。
さすがにフェアクロフ家――ジークさんの家族、という括りで――の誰かが来たならば皆の反応は微妙なものになったと思う。ぶっちゃけると『信用されない』。
何せフェアクロフ伯爵はジークさんを『国の駒として手放せない』と言いながらも、『家族』という関係に甘えていた節がある。
『駒扱い』ならば『当主(国)に絶対服従を強要する』だろうが、伯爵は『家族だから助けるのが当然』という認識で罪悪感から逃れていた。
先日、イルフェナ勢は誰もが思ったことだろう……『お前の我侭に何故こちらが付き合わねばならんのだ』と。
私はジークさんを大人しくさせるための餌か何かか?
家族扱いするというなら、後々私にも強要しようとするんじゃね?
本当の目的は魔導師との繋がりじゃないのかなー?
などなど、はっきり言って『伯爵家、もしくはカルロッサにのみ利がある提案』じゃねーか。それはいくら何でも虫が良過ぎだろう。
当たり前だが誰も『可哀相ですね、御苦労なさってるんですね、お手伝いいたします!』なんて心境にはならなかった。
だって、伯爵家は言うほど苦労してないだろ? それはジークさんを見れば判る。
魔王様という比較対象があるゆえに、イルフェナ勢は誰も伯爵に乗せられなかったのだよ。あの人と比較すれば……いや、私と魔王様の組み合わせで比較すればその違いはすぐに判るのだから。
「本当に申し訳なかった!」
「すまない、身勝手なことばかり言った事を許して欲しい」
私に頭を下げているのはキースさんとジークさん。脳筋美形改めジークフリートさん――ジークさんと呼ばせてもらう――、気にせんでいい。貴方達には怒ってないよ。魔王様もきっとそう言う。
「お二人には別に怒ってませんよ? 宰相補佐様も含めて」
暗に『原因は伯爵です』と言い切る私に、宰相様は意外そうな顔をした。残りの二人は未だ頭を下げたままである。
……宰相補佐様のお父上だそうな、この方。確かに雰囲気や顔立ちがよく似ている。頭の出来も激似らしいからちょっと怖いんだけどね。
っていうか、クラレンスさん……何故にそんな情報を直前に教えていくのさ!?
「怒っていない、と? あれは叩き殺したくなるほど貴女達を馬鹿にした発言をしたと思いますが」
……。
訂正、宰相補佐様以上に手加減無いわ。確か伯爵は元王族とか聞いた気がするのだけど、『あれ』扱いかい。
内心引き攣りながらも宰相様に視線を向ける。その表情は本心から驚いているようだった。
おそらくは魔王殿下&魔導師という恐怖の組み合わせから『何かろくでもない方向』を予想していたのだろう。日頃の行いが活きてますぜ、親猫様。すっかり恐怖の代名詞な模様。
「伯爵の言い分は『嘗めてんのか』としか言いようがないものでしたけどね、宰相補佐様はどう見ても立場的に逆らえなくて連れて来られたみたいでしたし」
「ああ、それで合ってます。私がアルベルダへ赴いていたため、セリアンでは抑えきれなかったのでしょう」
「アルベルダへ?」
「ええ。ブリジアスのことは我が国にとっても無関係ではありませんから」
そう言うと宰相様はやや悲しげに微笑んだ。
そっか、ブリジアスとも交流があったのか。言い方は悪いが滅びた国が盾になって自国は生き延びた……ような部分もあるのかもしれない。
まあ、これは私が口を挟む問題ではないだろう。そういった過去の傷は当事者達のみが語ることを許される、そう思いそれ以上聞くのは止めた。
私の雰囲気を察したのか、宰相様が微笑み小さく頷くことで感謝を示す。
「話を戻しますね。先ほども言ったように私は伯爵を信用できません。それはあの場での発言というより、ジークさんの扱いからですよ」
「ジークの扱い、ですか? 確かに中途半端だとは思いますが、それが判断基準になるのですか?」
宰相様は不思議そうに尋ねてくる。キースさん達も頭を上げて話を聞く体勢に入ったようだ。
「伯爵はジークさんを家族として大事にしてると言っていましたけど、ならば何故『ジークさんが国の駒であるための枷が必要』なんでしょうか?」
「え?」
「だって大事にされてるなら自分から守ろうとするでしょう? 言われなくても『家族に迷惑を掛けない努力はするはず』じゃないですか。手に余るってのがそもそもおかしいです」
ジークさんは脳筋である。清々しいまでに嘘とか利用するという発想はないだろう。
これはカルロッサで起きた大蜘蛛騒動で十分理解できた。
「カルロッサでの大蜘蛛騒動の時、ジークさんはキースさんや仲間、そして村を守るために囮となりました。無意識かもしれませんが優先順位はちゃんとつけてるでしょう」
もしも『戦い大好き!』という発想だけならば周囲のことは考えまい。囮になるという考えなど出るわけがない。
「言動が問題だと伯爵は言っていましたが、それは相手がジークさんにとって価値がないからではありませんか? もっと言うならその行動によって家族が困っても……」
「構わないと思っている。家族としての情がないわけではないけれど、そこまでする価値がない……ということですか」
「私はそう感じましたよ? 周囲のことを全く見ていないわけではないと知っていますから。後は……」
一度言葉を切って、何故か納得したような表情の宰相様に視線を合わせ。
「私とジークさんの立場がかなり似ているからですね。違いは保護者の対応だと思います」
「お嬢ちゃん、それは魔王殿下ってことか?」
キースさんが意外そうに尋ねてくる。宰相様も私の言い分に少々困惑した表情だ。
予想通りの反応に少し笑いならがら……セシル達も魔王様をそう見ていたと思い出した。どうやらかなり人格が誤解されているらしい。
ならば現実を話そう。おそらくは誰もが理解できる、レックバリ侯爵に『親猫』と呼ばれた我が保護者様の真実を。
「私はキヴェラを相手にした時、最初は一人で行動するつもりでした。異世界人という立場にあり、自由に行動できる唯一の存在だったから」
「エルシュオン殿下は貴女の味方をした、ということですか? 確かにそんな状況で出来る限りの手を打つならば愛情深い方だとは思いますね……」
ある程度は調べがついているらしい宰相様が納得したように頷く。だが、私が言いたいのはそれだけではない。
「それもありますけど、それ以前の問題なんですよ。『異世界人』で『この世界に来て一年経っていない』、なのに『国を相手に交渉が可能』で『人脈がある』。これがヒントです」
「……お前ならできるんじゃないか? 魔導師なんだし」
「キースさん、私じゃなくて『異世界人』って意味で考えてってば」
私の性格を知るキースさんは首を傾げ、ジークさんも同様。
宰相様も訝しげな表情をし……やがてはっとした表情になって私をガン見した。その様に私は笑みを深め、今回はこちらに居るアルとクラウスも苦笑を浮かべている。
気付いたようで何よりですよ、宰相様?
「単独行動できたんですよ、私。つまりそれだけの知識と人脈や生活の術、路銀すらも手に入れていた。教育の中に人脈を組み込んで、騎士寮での生活にこの世界で不自由しないだけの生活の術と稼ぎを合わせて。全て魔王様の采配です」
「それだけではありませんよ、ミヅキ。貴女が努力し身につけようと努力することが必要です」
「加えて結果を出すこともだな。実績が様々なことに繋がり、お前には簡単に手出しできなくなっている」
アルとクラウスの言葉に他の騎士達は驚いたりはしない。私の成長を見ていればそれを齎したのが誰かなど明白なのだ。
騎士寮では自分の事は自分で行なうのが基本。これが『この世界の生活に慣れること』。
先生や料理人達の手伝いという仕事は『この世界の物を学び金を稼ぐ事』に繋がる。
魔王様からの課題で周囲には『私がどんな存在か』を犯罪者にせず知らしめて。
その過程で『私の価値を上げ』、単独での交渉を可能にした。
「普通は無理なんだよ、キースさん。『やりたいこと』と『できること』は違うから」
「なるほど。ですが、それは貴女を簡単には利用できぬということです。……それがイルフェナであっても」
エルシュオン殿下の立場では国の決定に逆らうことは難しいでしょう、と暗に告げる宰相様に私は一つ頷く。
「ええ、魔王様から『最優先は国』と言われています。そして『従いたくなければ抗え』とも」
「な!? それではエルシュオン殿下は貴女を従わせる気はない!?」
「無理強いはしませんね。素直に言う事を聞くとも思ってないでしょうし」
これには宰相様だけではなくキースさんも驚愕の表情を浮かべている。そうだね、普通はそこまでしないだろう。まして魔王様は王族、利用できる駒に自由を与えるなどありえない。
「仕事を依頼されても受けるか否かは私に選択権があります。だから『どうしても嫌だという時はイルフェナを捨てる』。その選択肢を与えられているんですよ、私」
「そうでしょうか……生活の場を失うなど、普通は選ばないのでは?」
宰相様はその可能性を信じられないらしい。確かに『慣れた場所を捨て新たな居場所を見つけろ』と言われても普通は無理だと思う。
それはアリサが証明している。臆病なあの子はどれほど苛められようとも縋ったのはエドワードさんだけ……逃げ場がなかったのだ、単に。
一般常識どころか民間人の知識すらない状態で逃げれば待つのは野垂れ死にのみ。あの子はそれが理解できていたからこそ、逃げるという選択肢を選ばなかった。
まあ、それがエドワードさんへの依存と異世界人への過度の期待を招いたのだが。
「いいえ、その問題は一番初めに解消されています」
笑って首を振る。今だからこそ、あの無茶苦茶な『交換条件』の意味が判る。
「私が最初に行動したのはイルフェナではなくゼブレスト。その報酬に王とクレスト家の後見が含まれています。イルフェナを離れても生きていく場所があり、それ以上にそんな繋がりがあるならイルフェナとて無理に私を取り込むことはできないでしょう。最初から魔王様は全てを考えてくれていたんです」
『と言うか今回はお前の報酬しかない。ゼブレストでの戸籍と旅券、あとは俺達の後見だな』
ルドルフから提示された後宮破壊の報酬。普通に考えれば戸籍と旅券だけでも十分なはずだ、すでに魔王様が後見となっているのだから。
なのにルドルフだけではなく彼に味方するクレスト家が私の後見になるという。……明らかに万が一の時の避難場所だろう、ゼブレストは。
「貴女がエルシュオン殿下を無条件に慕うのはそういった理由からなのですね。確かに、確かにそこまでしてもらえば懐かぬはずはない……親猫とはなんと的確な例えだったことか」
深々と溜息を吐き、宰相様は片手で額を覆った。そしてどこか疲れたような顔で私を見た。
「そんな守り方をされている貴女からすれば伯爵はただ利用しようとする者にしか見えないでしょうね。殿下の怒りも当然でしょう……無自覚だろうとも愚か過ぎる」
「怒って当然ですね」
キースさん達も先日の事を思い出したのか自己嫌悪に陥っているようだ。
ただ、それで守護役にしない……というわけではない。
「だからキースさん達だけがここに来てジークさんの事情を暴露した上で『守護役に入れてくれ!』って言えば即座に了承したんですけど」
「「「は?」」」
「え、だって逃亡中にお世話になったから。カルロッサが最後の国だったから追っ手が当然いると思ってたし」
あの時はカルロッサ通過が最難関だった。迂闊な行動をしてカルロッサに拘束されても困るし、追っ手達とのドンパチの果てに罪人扱い……という事態が冗談抜きに恐怖だったのだ。
ビルさんとアルフさんのおかげでやや騎士達の態度が軟化し、大蜘蛛の件で信頼を得た。その幸運がなければ捕獲されて尋問コースだった可能性も否定できない。
そもそもカルロッサが味方についたのは追っ手達の一件があったからである。それ無しに見逃してくれるとは思えなかった。
なお、もしもの場合は強行突破ということでセシル達も同意していたりする。コルベラに入りさえすれば何とかなるという、非常に単純な力技……それでいいのかよ、姫様。
「だ、だがな、俺達だってあの連中だけじゃなく大蜘蛛のことで世話になったぞ?」
「あ、それ半分正しくて半分間違い。私が目立たないようにジークさんに倒してもらったから。重傷負ってふらふらの人を利用したからそれが守護役を認める理由。つーか贖罪、許してもらう交換条件、マジごめんなさい」
呆気に取られる人々を余所にジークさんに頭を下げる。
ええ、めっちゃ外道だった自覚はあります。いくら本人がやる気になっていたからとはいえ、そこは止めるべきだろう。
後から突付かれても困る。今のうちに謝罪しておくべきだ。キースさんも引き攣った顔しない!
「えーと……お嬢ちゃん? もしや、単独で、倒せた、なんてこと、は……」
「え、えへ? うん、上から狙えば多分いけた。でもその場合は術の複数行使がばれるから拘束されたね、間違いなく」
だってそれをしなくても事情聴取したじゃない――そう続けると見逃す事はしないと思ったのか、キースさんは複雑そうな表情で黙り込んだ。
対してジークさんは怒り出す……なんてことはなく。
「それは是非見てみたかった! 是非、手合わせを!」
目をキラキラとさせながら別方向に大絶賛。宰相様とキースさんの呆れた視線を物ともせず、私の外道な行いは綺麗さっぱりなかったことにしてくれるらしい。
……他人事ながらいいのか、それで。
「はあ……ジークも気にしていないようですし、貴女がそう言ってくれるならば守護役の件は何とかなりそうですね。判りました」
あまりにあっさりと話がついたせいか、宰相様が呆れた口調ながらも同意する。
よーし! 言質は取った、これで安心だ!
「ちょ、いいんですか!? ジーク! お前はもう少し物事を深く考えてだな……」
「俺は守護役になれてミヅキと手合わせできる。それに比べたら些細なことだろう?」
「結局それか!」
ジークさんの肩を掴んで揺さぶるキースさんは今後に危機を感じているようだが、それは彼が頑張って回避すればいいだけだ。
ふぁいとぉっ、お世話係! 言って無いけど守護役連中はそんなのばっかりだ、耐えろ。
アルとクラウスもさすがにジークさんの件はヤバイと思っていたらしく、無事に済んだことからジークさんが守護役になることに対して文句はない模様。
うん、カルロッサの有望株を犠牲にしかけたなんて普通に考えても拙いわな……私も知らなかったからこそ、利用しようと思ったんだし。
死なせるつもりはないと言えばいいものではない、その行動自体が拙いものね。宰相様も今回の事を帳消しにする意味で納得したんだろう。
多大なるズレがありながらも、にこやかに笑い合う私とジークさん。細けぇことはいいんだよ、互いに利があるならその決着が私達にとっては正しい。
そんなことを思っていると、宰相様がなんともいえない表情で私達を見ていることに気付く。
「ジークにもエルシュオン殿下のような方がいれば良かったのかもしれませんね」
ぽつりと呟いた台詞は自分を責めているよう。そういや、この人はフェアクロフ一家のことを随分と怒っていたっけ。
だが、どうやら一つだけ思い違いをしているらしい。
「え、いるでしょ?」
「はい?」
「私にとっての魔王様みたいな人。ジークさんにもいるじゃないですか」
ほら、と指差した先にはキースさん。
「は!? 俺ぇ!?」
一方キースさんは突然の指名に驚いているようだ。
「いや……俺は幼馴染ってだけでジークの助けには」
「え〜? 判り易いと思うけど。ジークさん、ジークさん、もしもイルフェナに婿入りしたとして、キースさんが危なくなったらどうする?」
「お、おい、お嬢ちゃん……っ」
婿入り=カルロッサを捨てた、ということだ。それはジークさんも説明されたらしいので理解できている。
唐突な質問にジークさんは一つ瞬きをすると、迷わずにきっぱり言い切った。
「助けに行く」
「それは何故?」
「俺にとってそれが当然だからだ」
即答。考えた結果とかではなく、ジークさんにとってはそれが当たり前の選択。
それは私が無条件に魔王様を信頼するのと似てはいないだろうか。宰相様もそれは思い至ったらしい。
「当然だから、ですか……」
「私にとっての魔王様みたいな関係は、ジークさんにとってのキースさんでしょ。だって初めて会った時に話がすんなり進んだのはキースさんの名前を出したからってのも大きいと思う」
「そうだぞ? キースは絶対に俺を見捨てたり、犠牲にすることはしないからな」
そこにあるのは無条件の信頼。言い換えれば『英雄と呼ばれようともキースさんはジークさんだけに背負わせる真似はしない』。それをジークさんは知っている。
その信頼を得たのはキースさんのみ。つまりそれ以外の人達は――
「はは……これまでの時間は無駄じゃなかったってことかな」
照れたように、それ以上に嬉しそうに呟くキースさんをジークさんは不思議そうに見つめている。……「今更何を言っているんだ?」という風に。
「良かった……救いはあったんですね」
そう小さく呟いた宰相様が安堵の息を漏らしたことは秘密にしておこう。個人より国優先の立場って大変だね、宰相様。
ルドルフの台詞は『一段落した後に』参照。
※活動報告に魔導師四巻の詳細を載せています。