思わぬ拾い物 其の七
――オルコット邸にて (宰相補佐視点)
あれから父は待たせていたジーク達を我が家に招いた。
いや、招いたなどと言っても実際は強制だ。彼らの家族が煩い事を言い出さないうちに隔離した……そんなところでしょう。
そして穏やかな口調でフェアクロフへと通達した全てを二人に聞かせたのだ。ついでに私が持つ情報の暴露も行なったのだが。
話を聞き終えた後の二人の顔色は宜しくない。事態の大きさを嫌でも理解したのだから、彼らの反応は当然だ。
ただ……ジークよりは事態を理解できているらしいキースにはどこか『仕方ない』という諦めが漂っている気がする、ような?
「聞いたとおりです。ミヅキという女性は異世界人であり魔導師……それもキヴェラを敗北させた例の魔導師です。それに対してフェアクロフが見せた姿勢は最悪と言っても過言ではありません」
「あの小娘、それを判っていたから話を打ち切ることで逃がしたんだと思うわ。あれ以上食い下がっていたら魔王殿下は警告どころじゃ済まなかったでしょうね」
父の言葉を補足するように個人的な見解を告げると、キースはあの時の魔王殿下を思い出したのか顔を益々青褪めさせた。
『魔王殿下』という渾名は外交の面というだけではなく、生まれ持った魔力による無意識の威圧にも由来する。
何もしなくとも影響があるのだ、そこに怒りが加われば騎士だろうとも……いや、気配を読む術に長けた騎士だからこそよりいっそうの恐怖を感じるのだろう。
その魔王殿下がお怒りだった。
しかも曲者と名高いレックバリ侯爵まで不快そうにしていた。
彼らの立場からすれば身勝手なカルロッサの主張に怒りを覚えるのも当然である。しかもイルフェナには非常に優秀な者が揃っている……ジークの扱いを朧気ながらも掴んでいるだろう。
「幸運なのは『守護役ならば受け入れる』と言ってくれたことでしょうね。これだけでも十分だというのに、下らない言い訳をしたようですからねぇ」
「あれ、それ以上のことを言ってましたっけ?」
キースが首を傾げるのに父は深々と溜息を吐いて頷く。
「直接言葉にしなくとも『魔導師殿を都合よく利用する』という意味に取れることを言っています。ジークが守護役になった場合に対する対処を伯爵は何一つ提示せず、またフェアクロフの者達は魔導師殿に家族であることを強要しようとしていました。悪意はなくとも利用する気満々じゃないですか」
「ジークの事だけなら最初から契約だけにすべきだったのよ。『それ以外は何も望めない』もの、これならばイルフェナとてまだ納得したでしょうね」
未だ怒りが収まらないのか、人差し指でコツコツとテーブルを鳴らす父ははっきり言って怖かった。
だが、私達の言っていることは事実である。伯爵家の『家族として扱う』ということを受け入れれば、後に『家族ならば助け合うべき』なんてことを言い出しかねない。
政略結婚ならばその言い分もありかもしれないが、ミヅキの場合は違う。イルフェナという国、もっと言うなら魔王殿下の保護下から離れることはないのだから、それは『イルフェナを利用するカード』としてミヅキを扱うということだ。
何よりあの娘と守護役達は自身の在り方が絶対にブレない。互いを駒として使うのも信頼の賜物だろう。
そんな彼らを『同じ守護役という立場なのだから』などと言って都合よく利用しようとすれば……間違いなく揃って牙を剥く。これはミヅキに好意的な国も含まれる可能性があるので、カルロッサとしては脅威であった。
「最低でもフェアクロフの馬鹿どもの認識を徹底的に変えておく必要がありました。その上で『魔導師殿をいかなる場合においても利用しない』と王に認めさせるべきだったでしょう」
「確かに……そう言われればジークのことが建前で本命はそれに付随するものと言われても否定できませんね」
伯爵が自分の言い分をイルフェナに信じてもらえるようにするためにしなければならなかった事を聞き、キースは納得したように頷いた。
日頃外交に関わらぬ彼から見てもカルロッサ側の『ジークのため』という言い分には無理があると思ったらしい。
顔に後悔を滲ませながらキースは俯くと、やがてゆっくりと口を開いた。
「俺は単純にジークにとってそれが最良と思ってたんですが……随分と身勝手な主張だったんですね」
「貴方の立場からすればそう思うのが普通ですよ」
後悔しまくりらしいキースに父は小さく笑って否定する。
キースにとってジークはずっと面倒を見てきた幼馴染なのだ、ジークの特異性は誰より理解できていることだろう。
そんな彼から見れば『ジークが納得』しており『ジークを補佐することが可能』なミヅキは最良の人選だったのだろう。キースはどこまでも『ジークにとってどうなのか』という方向で考えており、それ以外の思惑など無い。
そんな様子につい微笑ましくなり、少々意地悪な質問をすることにする。
「貴方はどうなの? ジークのお世話からは完全とはいかないけど解放されるわよね?」
我ながら意地悪な言い方だと思う。キースはそんなことなど考えてはいないだろうから。
だが、キースは答えに困るどころか苦笑し首を振った。
「苦労をしたとは思っていますが、嫌だと思ったことは無いですよ。そうですね……良く言えばジークには嘘がないからそう思えるんだと思います。互いに向けた信頼が揺らいだ事はありませんから」
「当然だ。キースを疑った事など無いぞ、俺は」
「判ってるさ。だがな、どうしたって人間そんな奴ばかりじゃないんだよ」
即答するジークに軽く頷くキース。彼らの間ではそれが当たり前なのだろう。それだけでどれほど強固な信頼関係が築かれているかが知れる。
「もしもジークが守護役になったとしてもジークは何も変わらないでしょう。ミヅキも簡単に人を頼る性格はしていない。『守護役達が魔導師を溺愛している』って噂はミヅキが無謀な事ばかりするから周囲が放って置けないってのが真相なんじゃないですかね?」
「ああ……それは納得できるわねぇ」
魔導師の噂を知っていたらしいキースが苦笑したまま告げる予想に、思わず大きく頷いた。
確かにミヅキは予想外の行動ばかりするだろう。キヴェラの王太子を拳で殴りつけた姿は記憶に新しい。
魔王殿下やゼブレストの宰相とて彼女を諌めその背に庇っていたのだから、ミヅキはあの時が特別ではなく日頃からああなのだろう。
それでも最終的には結果を出すのがミヅキなのだ。大変に手の掛かる、けれど優秀な駒である。
「なるほど、溺愛ではなく過保護が正しい言い方ということですか」
キースの冷静な意見に感心したように父が頷き、ちらりとこちらに視線を寄越すのに肯定の意味で頷く。溺愛されるだけの存在ならば結果を求められはしないだろう。ミヅキの立ち位置は間違いなく本人同意の上での『駒』なのだ。
勿論、可愛がっているというのも事実だろう。それは先日の姿からも容易く想像がつく。
つまり、そんな存在をこちらの勝手に巻き込もうとしたわけで。
改めて気付く事態の拙さに頭痛を覚える。これは一服盛ってでも止めるべきだったのだろうと今更ながらに痛感した。
父の容赦無い説教――制裁までいかなかったことが救いだ――もこれで説明がついた。宰相として自分以上に情報を得ているに違いない父はここまで予想していたのだろう。
「なあ……魔王殿下は何故それほど恐れられるんだ? 外交という面ではともかく、日頃から恐れる理由が俺には判らん」
場違いな発言に皆が揃ってジークに視線を向ける。対してジークは不思議そうに首を傾げていた。
「ジーク、貴方も魔王殿下の威圧は感じたでしょう? 悪意や敵意などなくとも普通は恐怖を覚えるのよ」
「なまじ整った顔立ちをしていますからね。それも相まって『魔王』などと呼ばれるようになったのです」
もっとも物語に出てくる『魔王』という意味ではない。かつてこの大陸に繁栄した種族には今とは比べ物にならないほど魔力が高く、また高い知性を備えた存在がいたという伝承からついた渾名だ。
アンシェスという神にも等しい種族が実在していた上に先祖返りと思しき者も稀に出るのだから、エルシュオン殿下も先祖返りという可能性がある。特にイルフェナは異端に寛容な国だったのだから。
ただ……いくら先祖返りしようとも『そのもの』ではないために弊害は出るのだろう。事実、魔王殿下は体に負担が掛かりすぎるゆえに魔法を使えないと聞いている。
そして、おそらくはかの英雄やジークも先祖返りなのではないかと言われていた。どうも基礎的な身体能力が普通とは違うというか……差があり過ぎるのだ。
そういった『異端』を隠す意味でも英雄の名は役に立った。自分達とは異なる存在――言い方は悪いが化け物扱いされる可能性とて十分にある。
その一例が魔導師だ。私達は単純に魔術師の上位ではなく、『圧倒的な力』や『脅威』といった認識をしているじゃないか。
何よりそんな化け物を国が所有するなど、人々に恐怖しか与えない。それがいつ自分達に牙を剥くか判らないのだから。
だからと言ってミヅキが恐怖の対象かと言われれば……非常に悩む。あの娘は躾がしっかり行き届いている上に、保護者に従順だからだ。
ただ、性格が斜め上過ぎるので理解できないというのも事実。どちらかと言えば娯楽に仕立て上げて笑いを取ろうとする性格は、攻撃対象に認識されていない場合に限り結果を含めて好ましい。
まあ、あれが魔導師の典型だとは絶対に思わないのだが。異端の更に異端に属するだろう、間違いなく。
でなければ過去に魔導師とぶつかった者達があまりにも哀れじゃないか。娯楽の果てに歴史に敗北という形で名を残すなんて。
そんなことを遠い目になりながら考えていると、ジークは暫し先日の件を思い出すように目を眇め……やはり不思議そうに首を傾げた。
「確かにそれは感じたが、俺達に対する怒り以上にミヅキを守っての発言だろう? レックバリ侯爵も『親猫』と言っていたじゃないか、あれはまさにそれだと思うが」
「親……猫?」
父が怪訝そうな表情で反応する。そういえばレックバリ侯爵は魔王殿下のことをそう例えていたような。
「ジーク……仮にも王族を猫扱いってのはどうかと思うぞ?」
キースが呆れながら言うもジークは更に続ける。
「『親猫の腹の下の子猫』はミヅキのことだろう? 実際、彼女は周囲にそう見えるような守られ方をしているんじゃないのか? だから彼女の情報は殆ど流出しない」
「あ、ああ、確かに」
意外な人物からの指摘に思わず頷くキース。父は興味深そうにジークの言葉に耳を傾けている。
「俺にはまさに『子猫に手出しされぬよう威嚇する親猫』にしか見えなかったよ。皆の話を聞いてそれが正しかったと改めて思ったんだが」
確かにジークの言い分も納得できるものだ。見知らぬ者が無理に子猫を取り上げようとすれば親猫は牙を剥く。腹の下に仕舞い込み、威嚇してくるだろう。
魔王殿下をそんな可愛らしいものと同類に考えるのはどうかと思うが、あの時の態度とレックバリ侯爵の言葉をそのままの意味で捉えるならば似ている。
「それでは貴方はまずどうすべきだと思います?」
父の問いにジークは暫し考え、そして言い切った。
「まずは謝罪、それから信頼関係を築けるよう努力すべきだと思う。いきなり連れて行こうとすれば警戒されるのが当然だ」
大変単純で裏の無い方法だ。だが、魔王殿下を親猫と考えるならばそれが一番確実なものに思える不思議。
ミヅキも名前さえ知らぬ相手だからこそあの反応なのであって、親しくなればまた違ってくるに違いない。何よりジークは脳筋過ぎて嘘が無いのだ、ジークだけならば信頼してもらえる可能性は高かった。
「……本能っていうか、何も考えない方が現実を見れてたんですかね」
「そもそも『あの』魔王殿下を親猫扱いってのが普通は無理じゃないかしら」
思わずキースと呟き合ったのは仕方ないと思う。
……そんな方法で魔導師と魔王殿下が絆されてくれるなんて、思うわけないでしょ!?
何も考えていない方が事実を見ていたりします。
次話からは再び主人公視点。




