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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
魔導師の受難編
163/696

思わぬ拾い物 其の六

――フェアクロフ邸(宰相視点)


 幾つかの用事を済ませて向かったフェアクロフ家、その一室。そこには伯爵の家族だけではなく、使用人達も集められていた。

 そうするよう、先触れを出しておいたのだ。彼らの愚かさを自覚させるためには必要なのだから。

 なお、ジークと彼の幼馴染であるキースは別室待機である。すでに彼らからの話は聞いたのだ、何よりこの場に彼らがいる必要はなかった。


 改めて見回した室内は緊張に包まれている。特に妹は顔色が悪い。

 いくら家を出たとはいえ、自分の立場は宰相……しかも公爵家の人間。それすら理解できず『家を出た兄』程度の扱いをするようならば言い訳など聞かずに見限っていた。

 何せ現当主である伯爵は自分と共に居る。その手配をするのは妻たる妹だ。

 正直、彼女のフェアクロフとしての自覚の無さがここまで響いているのだと私は思っていた。

 英雄の血筋を奢ることなく使用人達にも優しく接する彼女は、確かに貴族という点では善良であり素晴らしい女主人なのだろう。

 だが、今回のような場合はそれが完全に仇となる。悪意無く……いや、善意で向けられる『我侭』がどんな結果をもたらすか気付いていないのだ。

 もしも魔導師殿がイルフェナの貴族であり、外交という圧力で無理矢理フェアクロフに迎え入れていたならば……と思うとぞっとする。

 その場合、かなりの確率でイルフェナとの関係が悪化するだろう。特に魔王殿下はカルロッサという『国』を目の敵にするに違いない。

 外交である以上は責任を持つのは『国』なのだ、契約内容に偽りが判明した場合は『そんなつもりはなかった』で済まされるわけがなかった。

 ちらりと視線を向けた先には愚かさを自覚したらしい伯爵の姿。これならば口出しはして来ないだろうと思い、同時にそこまで愚かではなかったことに安堵する。

 彼は……陛下ほど苦労はしていないのだ。殿下がフェアクロフへ行く事は万一に備え、王家の血を分ける目的があったのだから。

 当時、王家に何かあった場合は次の王として即位が期待されていた。王が暗殺でもされれば国が揺らぐのだ、その混乱を収める意味で『英雄の一族を味方につけた王族』という立場は民に絶大な支持を得るだろうと。

 ……まあ、現状を見る限り一度くらいは国の明暗を分ける外交の場を任せておけば良かったとは思うのだが。

 当時の緊迫した外交事情を経験していれば心の傷として残り、暴走癖の抑えになったのかもしれない。


「さて、私がここに来た理由ですが……心当たりがありますよね?」


 わざとらしく微笑んでやれば、妹を始め一同は顔を青褪めさせた。ただ、使用人達はどうやら『宰相閣下が来た』ということに動揺しているようだった。

 その様に内心溜息を吐く。これでは有事の際に頼りにならぬかもしれない。

 少なくとも先代当主である父が存命であり、自分が居た頃はここまで腑抜けてはいなかった。フェアクロフの使用人は与えられた仕事に従事するだけではなく、誰より一族を護る者であったのだから失望は当然である。

 忠実であることと馴れ合いを勘違いした果てにこの状況なのだろう。


「ジークは確かに国にとって必要な駒です。ですが、その事情に他国を巻き込んでいいわけがない! その程度の頭もありませんか、貴方達は」

「お兄様……ですが、一つくらいジークの我侭を叶えてやりたいのです。母として何もできないのですし、彼女にも家族として接するつもりでした」


 必死に言い募る妹の姿に益々失望を覚える。いや、それは妹だけではない。

 次男の妻――長男の妻は出産を終えたばかりで実家に戻っている。事情を知らせたので今頃卒倒しているかもしれない――や妹の傍仕え、そして何人かの使用人達はそれを正しいと思っているようだった。

 その光景に少々目を据わらせる。私の怒りに気付いた伯爵とその息子達は顔色を変え、連れて来たセリアンは……同じように視線を険しくさせていた。

 恐らくは彼らの言い分を知らなかったのだろう。自身が魔導師と繋がりがある上に伯爵の暴走癖、そして王命。『カルロッサのため』という事情だけで動かされたに違いあるまい。

 本人がやる気ならばもう少し準備を整えるだろう。……断られると判っていて息子はイルフェナに赴いたのだ、明らかに伯爵の一方的な要求の緩和材要員である。

 つまり抑え。やはり最悪の事態を回避することが同行の理由だったようだ。セリアンの個人的な訪問――とりあえず事情説明を、と懇願したらしい――としたこともその一環なのだろう。

 だからと言って魔王殿下が完全に見逃してくれるとは思えなかったが。


「ほお? 『母として』、ねえ? あちらの魔術師殿にも『家族がいる』のに? ご両親はどう思ったでしょうね?」

「そ、それは……ですが、異世界人ならば守護役としてっ」

「黙りなさい」


 ぴしゃりと下らぬ言い訳を終わらせる。この期に及んで馬鹿なことを言い出す妹に対する目は益々冷たいものになっていった。

 なお、彼らには『ジークの想い人は異世界人の魔術師』と伝わっているらしい。これは伯爵が城からそのままイルフェナへ向かったことが原因だ。

 そしてそうなるよう暗躍したのはセリアンだろう。下手に対策を用意しているなら『ジークのことは建前で本命は国と魔導師の繋がり』と思われる可能性があるのだから。

 イルフェナに調べられてもフェアクロフ家は何もしていないので、その可能性は否定される。ただ……軽率という評価はつくだろうが。

 彼ら自身の言い分を聞く意味でもその事実は知らせない方が都合がいいのだ。魔導師と聞けば絶対に『どうするつもりだったのか』という問いの答えは変わってしまうだろうから。


「彼女が異世界人だったのは偶然です。私は『イルフェナの魔術師』と思っていた貴方達の言い分を聞いているのですよ。ああ、聞くまでも無く馬鹿な言い訳を並べるだけだとは判っていましたがね」

「お待ちください! 家族として接したいというお義母様の優しさが何故咎められるのですか!」

 

 深々と溜息を吐きながらそう言えば、気が強そうな女性の声が批難を浴びせてきた。

 その声の主に視線を向ければ、声の主は次男の妻。

 彼女は確か……私と同じく養子となった仲間の娘だったか。精神的な強さ――有事の際に泣くだけでは困る――と貴族の腐敗を嫌う性格からフェアクロフに相応しいと縁組されたはず。

 ただ、その気の強さと感情的な面はしばしば問題視され、実家の両親や義姉に窘められていた。それも年と共に落ち着くかと思っていたが、どうやら悪化したらしい。

 そしてそれは悪い方へと作用したようだ。『次男の妻』という存在が声を上げたことで妹の味方をする使用人達は私に批難の目を向けている。

 その様子に視線を向け……失望というか、もはや期待をするのは止めた。ただ、伯爵は事前に説教をしていたせいか私の懸念が現実になっていただろうことを悟り、己の所業を後悔する素振りを見せている。


「優しさ? ただの我侭でしょう?」

「な!?」

「向こうからすればこれは政略結婚ですらない『契約』です。魔王殿下の配下を名乗る魔術師が主を変えるなどありえません。……こちら側に染まることなど無いのです」


 ここで伯爵の息子達も気付き始めた。自分達とてカルロッサを裏切ることはないのだ、逆の立場になったとしても向こうに尽くすことはない。

 そこに気付けば『家族として接することが我侭』だという理由に納得できるはずだ。家族として接するなら……『それを免罪符にして利用することが出来る』。

 拒絶は立ち位置を明確にするものであり、利用されぬという意思表示なのだ。それは国に忠誠持つ者ならば当然のこと。

 それを理解せず押し付けようとする者がイルフェナからどう見られるか彼女達は理解していない。そして被害者となる者が彼女達……いや、カルロッサに対しどう思うのかも。

 自覚をした者はそれに気付いたからこそ私を止めることはしない。彼らとて国の政に関わる立場なのだから。

 今の状況を見てもそれは理解できるのだろう。伯爵夫人の我侭によって義姉や使用人達にすら批難される、そんな理不尽な状況に魔導師殿は置かれようとしたのだから。


「拒絶されれば相手が悪いと周囲を煽って批難する。……ああ、『そんなつもりはない』なんて言い訳は通りませんよ? 彼女が声を上げた時、明らかに味方を得て安堵したじゃないですか」

「私、は……ただ家族として……」

「ですが! 政略結婚だろうとも嫁いだ以上は歩み寄る努力をするものではありませんか!? 時が経てば夫と良好な関係を築けますし、そう見せる義務もあるはずです!」


 私とてそうでしたもの、と告げる彼女の言い分も『通常の政略結婚』ならば間違いではないだろう。

 寧ろ良好な家族関係を築く事が可能だ。ただし、互いに納得し歩み寄った場合のみ。


 そして自分の経験からそれこそが正しい、と自信満々に言い切る彼女に手加減してやる気は私には欠片も無い。


「ならば貴女もまた魔術師殿と同じ状況を受け入れると?」

「勿論です! 国のため、家のための婚姻を当然と受け入れるのは貴族としての義務ですわ」

「そうですか、ならば……」


 そう言いながら懐から一枚の紙を取り出す。念のために陛下に書いていただいたものだが、それを使うことになるとは何と情けない。

 そう思いながらも紙を開き、印まで押してあるそれを彼女に突きつけた。


「受け入れてもらいましょう。王命により貴方達を離縁させます。今すぐ荷物を纏めなさい」

「な!? 何故そんなものが……っ」


 降って湧いた話に彼女だけではなく妹や使用人達までもが驚愕を露にするが、夫である次男――マーカスは拳を固く握り締め俯くばかり。

 彼にも警告はされていた。度々諌めてはいたのだろうが、妻の言葉は強い正義感からのもの。こういった事でもなければ理解させることはできなかったのかもしれない。


「今回の件で一番の元凶はフェアクロフ伯爵夫妻です。ですが、伯爵夫人を増長させた貴女もまた罪がある。『責任を取るのは国』だと言ったでしょう? 貴女が居ては妹は味方を得た安心感からいつまでも成長できません」


 それに、とこうなった『一番の原因』を続ける。


「これはこの一年検討されてきたことなのですよ。貴女にも心当たりがあるでしょう? 実家の父親や義姉から言動に気を付けるよう、感情的にならぬよう注意されていたはずです」

「え、ええ。でもそれは」

「フェアクロフは英雄の一族として特別な意味を持ちます。感情優先で失言され、言質を取られたらどうするんです? 人を動かすことだってある。……さり気なくですが調査はされていたのですよ」


 なお、離縁を最も望んでいるのは彼女の父親だ。全く成長できない娘が情けなく、またそんな愚か者をフェアクロフに送り出した事実に落ち込んでもいる。

 普通の貴族ならば問題ないがフェアクロフは特殊なのだ、相応しい言動を求められるのはジークだけではない。


「離縁と婚姻の差はあれど『逆らう事の出来ない王命』、夫婦と婚約者がいるという点も『無理矢理引き裂く』ことに変わりはありませんし、フェアクロフに相応しくない言動と家人の我侭に付き合わないという点から『批難されても仕方が無く、批難した側が正しい』。どうです? 同じでしょう?」


 そこまで言われれば理解できたのか、彼女は顔を青褪めさせた。同じ条件なのだ、ただし後者は誰が聞いても強要した側が外道である。

 そして彼女をこの家から出さねばならない事情もあるのだ。


「貴女が自分を正しいと信じていられたのは同調する者がいたからです。それが義母である伯爵夫人という点も大きかった。使用人達も貴女達二人が纏まっているならば比重はどうしたって相手よりも貴女達に傾く」

「……そのとおりだ。家という狭い世界に閉じ込めた挙句悪者にしようとした、と言われても否定できん。自分達の側からだけの言い分が周囲……特に魔術師殿の側の者に通用するわけがない」


 溜息を吐きながらもフェアクロフ伯爵はそう言い切った。最大の味方を失い、彼女達の顔が絶望に染まる。


「貴女達は離さねば互いに慰め合い、いつまでも自覚しない。イルフェナは契約ならばと言ってくれました。その際、使用人を含めたこの家の住人全てに誓約をしてもらいます。命に関わる誓約ならば利用されることはないと向こうも納得してくれるでしょう」

「今後イルフェナに対し失言をする可能性があるから家から出す、ということですか。死なせないために」


 夫であるマーカスが悲痛な表情で尋ねて来るのに、私は頷いた。


「この家でなければ幸せを掴む可能性もあります。ささやかな恩情ですよ」


 同時に彼女の反省など信頼できないことも事実だ。マーカスはそれを読み取っての発言だろう。

 視線で促すとやがて彼女はのろのろと部屋を出て行った。縋るような視線に止める声は……無い。

 私を納得させる言葉が無いのだ、下手に言い募ればその恩情すら取り消されると判っているから口を挟まない。

 今ならば理解できるだろうと思い、私は口を開く。


「貴方達はジークのことばかり言っていますが、フェアクロフである以上は貴方達とて当てはまる。……ジークがあの性格であったことは幸運だと私は思うのです」

「幸運?」


 予想外だったのか視線が集中する。それに頷き私は続けた。


「ジークには国の駒であることを強いておきながら貴方達は罪悪感から逃げている。国の駒ならば責任を持って飼い殺し、家族ならば何よりジークの味方でいるでしょう。中途半端なんですよ、貴方達は」

「私達はそこまで酷かったか?」


 家族として慈しんできた自覚があるだけに伯爵は悲痛な表情だ。それは他の者達も同じく。


「ジークにのみ国の駒でいることを強いながらも、嫌われるのが嫌なのか家族という扱いをする。これが罪悪感からの逃避でなくて何だと? 普通は恨みますよ、家族としての扱いはご機嫌取りだとも取れますし」


 彼らがフェアクロフとして常に厳しく自らを戒めていたならばジークとて『自分もフェアクロフの一員として国の駒であるのは当然』と思うだろう。

 フェアクロフの人間ならばそれが『当たり前』と認識するのだ、間違っても『婿に行く』という選択肢は出てこない。

 逆に家族としての情のみだったならば……自分だけ家を捨てる事は無い。家族を第一に考えるなら、ジークは必ず彼らを守ろうとする。

 洗脳紛いだろうとどちらかに傾倒させれば国の駒となるのだ、意図的にそうさせた周囲が罪悪感を抱くことになるだけで。


「ジークは仲間を見捨てるような真似はしません。特にキースを助けるのは当たり前なんです。……で? 貴方達は日頃ジークの世話をキースに頼み、今度は魔術師殿に押し付けようとしました。どう考えても自分達が楽をしたいからですよね?」

「「「「……」」」」


 思い当たる事があるのか全員黙ったまま俯く。その光景に再度溜息を吐いた。

 ジークは単純だがその分嘘が無い。家族からの扱いが軽ければ当然ジークの執着も薄いだろう。

 それでも良好な関係が成り立っていたのはジークが細かいことを気にしないからだ。これが一般的思考回路の持ち主ならば、そんな扱いに不満を抱いても仕方あるまい。


「ジークが一般的な思考回路をしていたら恨まれるのが当然、下手をすれば自由を欲して反逆……ということもありえました。心酔する主でもいれば別でしょうが、ジークにそんな相手はいないでしょう」

「確かに……ジークは弱い者を守るのは当然とは考えているだろうけど、絶対的な忠誠を誓う主がいるかといえばいませんね」


 騎士であるマーカスから見てもそれは当たっているらしい。ジークの中では国に尽くすことは騎士であることの一環であって、『騎士である以上はそれが当然』だからだ。

 さすが脳筋というか、深く考えてはいないのだろう。大変残念な頭の出来をしている。


「イルフェナへの謝罪はフェアクロフ伯爵夫妻に行っていただきます。謝罪だけして来てください。交渉は外交の一環として私が行ないましょう。事前に先ほども言った誓約を行なっていただきます。これはフェアクロフの恥を他者へと漏らさぬ意味も兼ねているので使用人も該当します」


 外で暴露される可能性を示唆してやれば使用人達の顔色が変わった。自分の命がかかっているならば口外はすまい。

 それに……破って死んだ場合は『命をもって償った』という言い訳ができる。国がそんな行いを許しはしなかったというイルフェナへの誠意であり、周囲への見せしめだ。

 それは理解できたようで、伯爵が誰より早く頷き同意する。漸く王族であった頃の自覚が戻って来たらしい。


「了解した。他にもあるのだろう?」

「次にジークですが、名を変えぬまま私が引き取りましょう。うっかり貴方達が下らないことをして死ぬ……という可能性もありますから。勿論あの子の面倒は『全て』みますよ、貴方達も負担が減って嬉しいでしょう」


 ちくりと嫌味を言ってやる。これで彼らの更生にジークが言い訳として使われることはない。

 比較対象が彼ら以外のフェアクロフなのだ、控えとなっている分家と比較されるがいい。


「フェアクロフは有能な者が生まれるのではありません、有能である事を求められる一族です。使用人も然り――夫人付きの侍女は交代させます、諌めず主の味方であるだけの傍仕えなど必要ない!」

「そんな!」

「すでに手配は済ませてあります。分家から来てもらいますからなんの問題もありません」


 声を上げた傍仕えの女の教育は隠居していた元使用人に頼んである。たしか彼女の叔母だった気がするが、身内だからと甘やかす人ではない。しっかり躾け直してくれるだろう。

 静けさに視線を向ければ伯爵一家が固まっている。どうやら『ジークを引き取る』ということが随分と衝撃的だったようだ。少々哀れに思い、その理由を言ってやる。 


「ジークは貴方達に憎しみなど持っていない。言い換えれば『いつでも許してしまえる』。家族という言葉に縋らずしっかり反省できる環境にする必要があるでしょう」

「それは……そうなのだが」

「別に養子にするわけではありません。そもそもジークも子供ではないのですから、いつでも顔を見れる距離にいるのに恋しがることも無いでしょう」


 きっぱり言い切れば伯爵は項垂れ……そして即座に顔を上げた。その表情は気合に満ちている。


「判った! つまり我々がフェアクロフとして恥じない存在になればいいのだな!?」

「そういうことです」

「ならば今度こそ尊敬される父親となってみせよう!」


 伯爵はそれはそれは前向きだった。こういう所は良い意味で先祖に似たなと実感する。

 

「ですが、一年は戻らないと思ってくださいね。フェアクロフが馬鹿なことをやらかしましたから、イルフェナも警戒しているでしょうし」

「う……た、確かに魔王殿下とレックバリ侯爵の目は厳しそうだ」

「自業自得です」


 こればかりは仕方ない。そのために誓約を行なうのだし。

 誓約は重い。マーカスも妻を哀れに思わないわけではないだろうが、誓約という枷が設けられた場合に最も死ぬ可能性が高いのも彼女だと気付いているから従ったのだ。

 何より激怒しているのは彼女の父親である……これから徹底的に再教育されることは確実だ。


「それでは私達はジーク達を連れて行きますね。説明が必要でしょうから」

「うむ、判った」

「ああ、そういえば……例のジークの想い人ですけどね、彼女は魔術師ではなく魔導師です。キヴェラを敗北させた魔導師に喧嘩を売ったんですよ、貴方達は」

『な!?』


 そう告げると驚く人々を残しセリアンを連れて退室する。あの場で驚かないのは伯爵だけだ、しっかり説明して現実を理解させてやってくれ。

 対してセリアンは大人しく従いつつも首を傾げている。


「父上、私が来る意味がありましたか?」

「貴方は情報を最も持っている人物です。どちらかといえばジーク達に聞かせるべき方面で」

「……」

「キヴェラからの追っ手達の件、コルベラでの王太子の断罪、それに加えて個人的な繋がりもありますよね? 魔導師殿に接することになる二人に情報を提供してもらいましょうか」


 にこりと微笑みながら言えば、セリアンは何ともいえない顔で頭を垂れる。最大の情報源を逃してやるはずはないだろう、息子よ。

 そう思うと同時に魔導師殿に少しの期待を寄せるのだ……ジークと似て異なる立場の彼女ならば、あの子と向き合ってくれるのではないかと。

 私達は立場を忘れる事が出来ない。けれど全ての柵が存在しない彼女にとっては、どのような評価だろうと『ジークフリートという個人』でしかないのだから。

かなりキツイ事を言っている宰相ですが、『国が被害を被らず、フェアクロフを潰さず、イルフェナに誠意を示した上で誰も死なせない』という条件の下でのことです。

元々お説教の予定があったのに、不在時にとんでもないことをやらかされた感じ。

魔王殿下とレックバリ侯爵に加えて噂の魔導師さえ敵に回した可能性ありとの報に宰相はかなり必死。

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