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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
魔導師の受難編
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思わぬ拾い物 其の五

――カルロッサにて (宰相視点)


「お帰りなさい、と言うべきでしょうか?」


 わざとらしく微笑んで王の執務室にやって来た二人――フェアクロフ伯爵と宰相補佐、もとい我が愚息だ――を迎えてやると、二人は笑えるほど顔を引き攣らせた。

 まさか私が出迎えるとは思っていなかったのだろう。それ以外の理由は……机に書類を山と積まれて黙々と執務をこなす王の姿だろうか。

 王に関しては二人がイルフェナに行っている間、たっぷりと小言と仕事をくれてやったので二人を庇う事もないだろう。やらかしたことが馬鹿過ぎるということだけは嫌でも理解できただろうから。

 だが、細かい事はこれからだ。仕事をこなしつつ、盛大に反省していただこう。


「さて……とりあえず報告を聞きましょうか。どうせ盛大に噛み付かれてきたとは思いますが」


 促しつつそう言ってやればフェアクロフ伯爵はびくりと肩を跳ねさせ、息子は深々と溜息を吐いた。その様に内心「おや」と首を傾げつつも、先を促す。


「当然といえば当然なのだが、断られた。だが、契約ならば交渉の席に着くとは言ってもらえた」

「簡単に言えばミヅキ……異世界人の魔導師の機転で無事だった、と言うべきですわ」


 フェアクロフ伯爵の言葉を補うように息子が告げると、気付いていなかったらしいフェアクロフ伯爵が驚きを露にする。

 その様子に頭痛を覚えながら、息子に対して抱いていた疑惑は益々濃くなっていった。


「ほお……それはどういうことですか、『宰相補佐セリアン・オルコット』? 貴方個人の見解も含め『報告』なさい。勿論、個人の情を交えずに」


 さりげなく逃げ道を断ってやれば息子は少々顔をしかめる。

 この私が何年お前の父親をやっていると思うのだ。まして私は公私を分けろと徹底的に教育した……息子がその実力を認められ今の地位に就いたのは、決して身内贔屓ではないと言われるほどに。

 そのセリアンが付いていながらこの状況。どう考えても乗り気ではなかったのだろう。

 その理由は親しい友人がイルフェナに居ることと、気のせいでなければ……私が赴いたバラクシンの一件に何らかの形で関わっているから。

 まあ、これは我が国にとっても良い方向になったといえるので咎めるようなことはしないが。


「断られた後にミヅキが『契約ならば応じる』と提案したのです。彼女としても味方をする国が多いというのは自己保身の面から言っても有益ですし、守護役になればジークも婚姻しない十分な理由になりますもの」

「それを異世界人の側から言われた、と」

「ええ。『契約ならばそれ以上を求められることはない』……カルロッサ王家にもフェアクロフ家にもそれ以上は望まず、親しく付き合うことはないと言い切られました」


 セリアンの報告に内心、魔導師への評価を益々上げる。まさか相手もこんな馬鹿な提案をされるとは思ってもいなかっただろうし、その場でこれだけの判断が出来るなら大したものだ。

 ……キヴェラを敗北させた手腕は伊達ではないということか。

 ただ、フェアクロフ伯爵と聞き耳を立てている王には『魔導師の機転で無事だった』という意味が判らなかったらしい。

 ちらりと視線を向け、盛大に溜息を吐く。それはセリアンも同様だったようで、私は若干の哀れみをもって息子を見た。

 いくら何でも王と王弟の二人を止める――しかも片方は暴走癖がある――のは荷が重かったのだろう。私の息子という立場を利用しなかったのならば、彼の立場は宰相補佐でしかない。

 逆らえるはずはないのだ。この場合は同行を命じた王に最も罪がある。

 これは徹底的に理解してもらわねばなるまいと決意を固め、王の傍に行くとその胸倉を掴んで上を向かせた。


「さて、陛下。言い訳を聞かせてもらいましょうか」

「う……」

「それとも先にセリアンの報告の意味をお教えした方が宜しいですか?」

「う、うむ……先にお前の見解を聞かせてもらいたい。私としてもジークを守護役にするというのは魔導師との繋がりという意味でも良いことだと思うのだが……」


 その言葉に私は益々冷たい目で王を見る。それだけならば一理あるだろう。それが『通常の外交』であったならば。


「陛下。相手は魔導師……いえ、彼女が拒めば魔王殿下やイルフェナとて彼女の味方となるでしょう。あちらに決定権がある以上は間違っても対等などではない。いいですか、『交渉の席に着かせる』なんてことすら言えないのですよ!」


 そもそもイルフェナも魔導師殿も我が国に縋るような状況にないでしょう――そう付け加えれば、兄弟が揃って青褪める。

 『王直々の外交』ならば確かにイルフェナも無碍にはできないだろう。ただしそれは『強要されたもの』であり良い印象など抱くはずはない。


「次。一方的な事情を押し付けようとしておいて……こちらはどんな土産を用意しました? ま・さ・か! 何も用意していないなんて思いませんよねぇ?」


 これは話を聞いてくれたことに対するものなので、言い換えれば貢物だ。

 ご機嫌伺いと言われようが『国にとって有益な条件』でも持っていれば、イルフェナとて魔導師殿を取り成してくれただろう。魔導師殿……彼女は『国に属する者』なのだ、無視は出来まい。

 この場合は魔導師殿のみに嫌われる可能性があるが、重要なのはジークが守護役として受け入れられることなので問題はない。好かれたければ勝手に努力すればいいだけだ、そこまで責任は持てない。


「で。貴方達の主張を相手の方から見た場合ですけどね、『英雄が手に余るから首輪としてそちらの魔導師に協力させろ、代わりに国が味方してやるからありがたく思え。魔導師は家族扱いしてやるから国のために働く事も親愛の情を抱くのも当然だ』と上から目線で言われたも同然なのですが?」

「な、そんなことはっ!」

「そこまで言ってないぞ!」


 はっきり言ってやると二人はぎょっとして声を上げる。

 だが、これが現実だ。いくら個人で『そんなつもりはなかった』と言っても、相手からすれば今回のことは見下された挙句に喧嘩を売られたようにしか見えまい。


「フェアクロフ伯爵。貴方は息子であり我が国としても手放せない駒であるジークのためにイルフェナに行ったんですよね? それ、『息子と国のために犠牲になれ』という押し付けというか脅迫です」


 異世界人は民間人扱いですよ、貴族どころか国が強要すれば立派に脅迫です――そう告げると伯爵も思う所があったのか押し黙る。


「貴方達が家族として接する、なんてものは『自分達のため』であり、単なる自己満足です。それを拒絶すれば事情を知らない周囲から悪者扱いされるのは魔導師殿。で、その場合は裏事情を公言できるのですか? これまでジークのことを隠していたのに?」


 事情を公言できるならそんな事態にはならない。だが、ジークのことはこれまで必死に隠してきた……隠す必要があった。

 国としてもある意味弱点扱い――ジークが誘導される可能性とてあるのだ、英雄の名は厄介である――なので話すことは出来ないし、話したところで今までそんな話は出なかったのだから信じる者がどれほどいるというのか。


「それに仲が良い様を見せ付ければ『魔導師が我が国に味方している』と思い込む者も当然出るでしょう。それを外交に使われたら? 魔導師殿には実績があるんです……相手はそれを踏まえて対応を決める。魔導師殿は知らぬ所で駒扱いをされるんですよ」


 ゼブレストのように魔導師殿と個人的な繋がりのある国もあるだろう。だが、それは信頼関係にあってこそ許されているものだと思う。いや、『駒として使うことを魔導師本人が許している』。

 でなければ抗議くらいはするだろう。先ほどの話を聞く限り、そういったことに思い至らぬ人物ではないようだし。

 

「貴方達は勘違いをしているんです。魔導師殿にとってのイルフェナとゼブレスト……いえ、友好的な者達への対応が我々にも適用されると。そんな都合のいい思い込みをしているから、こんな無茶苦茶な要望を通そうとしたんですよ! イルフェナも不快に感じたでしょうね、特に魔王殿下は魔導師殿を可愛がっていると評判ですから」

「「……」」


 そこまで言えば理解できたのか二人は黙り込んで俯く。王の胸倉を掴んでいた手を離して私は……私は深々と溜息を吐いた。


「これで判ったでしょう? セリアンが『異世界人の魔導師の機転で無事だった』と言った理由が。もしも当事者である魔導師殿本人がそう言ってくれなかったら、交渉どころか間違いなく魔王殿下に叩き出されていますよ」

「レックバリ侯爵もお怒りでしたわ、宰相閣下」


 付け加えられた一言に天井を仰ぐ。あの古狸すら怒らせたのか、我が国は。

 これでは次にイルフェナへと外交に赴く者が相当いびられるのではないだろうか。

 軽く首を振り、項垂れたままの二人を見る。どうやら随分と平和ボケしていたようだ、これは少々現実を知ってもらわねばなるまい。


「少し話が逸れますが宜しいですか?」

「う、うむ? 構わんぞ」


 唐突な願いに、陛下は面食らったようだがそれでも許可を出す。それに感謝を示す意味で軽く頭を下げると私は話し始めた。


「先代がご存命でらした頃は常に危機感を持っていなければなりませんでした。先代キヴェラ王は野心家であり、その息子――今のキヴェラ王も同じく。ですから先王様は後に備えて有能な者達を国の要所に就けることを計画したのです。身分が足りぬ場合は養子縁組、というように」


 初めて聞く話なのだろう。私以外の三人は驚愕を滲ませながらも黙って聞いている。


「問題はその機会をどうするか。上層部に組み込む予定の者を複数の家が一度に養子縁組などすれば当然訝しがられます。ですから貴方の『フェアクロフ令嬢との婚姻』という騒動は想像以上に大事になった……大事にされたんです」

「あの騒動の隙に養子縁組が行なわれたと?」

「ええ。王弟殿下がフェアクロフ伯爵となるならば、それに伴った勢力の変動も十分にありえることでしょう? 私を筆頭に『王弟殿下の抜けた穴を埋めるため』という大義名分も使えましたから」


 相手の令嬢がフェアクロフだろうとも王弟の我侭があっさり通るはずはない。先王様が婚姻を簡単に許さなかったのは殿下が騒動を起こすことを期待して……という事情もあった。

 その騒動の最中に『殿下は言い出したら聞かない、今のうちに殿下が抜けた後に備えなければ』とでも言って養子縁組し、有能な人材確保を行なったというのが真相である。

 王弟殿下の暴走癖は割と知られていたから疑う者はいなかった。対外的にも計画は漏れていなかったと思う。


「私もその一人です。オルコット公爵家の婿養子になったのは偶然ではなく、事前に決まっていたのですよ。個人的にもフェアクロフらしくない妹には王族が付いた方が安心でしたから」


 フェアクロフは何かしら才能が特化された者が多い。そんな中、妹は極々普通だった。

 かといって自分を卑下することもなく平穏に過ごしていたのだが、フェアクロフに求められる役割がある限りは問題である。情勢的にも才能ある者が求められる、悪く言えばかなり危険な状況だったのだ。

 妹にとって王弟殿下という相手は最強の守人だったと言えるだろう。伯爵となるのは彼なのだ、暴走する夫を諌めていれば『良妻』という印象を周囲に抱かれる。

 現に元からの性格もあって『控えめで優しいフェアクロフ伯爵夫人』という評価になっているのだ、息子達の評価もあって悪評は囁かれてはいない。


「私は……父上に頼り無く思われていたのだろうか」


 陛下がどこか呆然と呟くのに、私は首を振って否定する。


「いいえ。王だけでは足りぬという判断からです。言い方は悪いですが……手駒は多い方がいい、ということですよ」


 失うことも含めて、と暗に匂わせれば複雑そうな顔になる。この方も若かりし頃の状況は理解できていたはずだ。ただ、父に守られていたと思うと複雑なのだろう。

 この国を導いてきた実績があるのに、と思うと小さく笑いが込み上げる。折角だ、もう一つ暴露してやろうじゃないか。


「関わった者達は先王様にこう言われているのです。『仕えるも見捨てるも好きにせよ』と。価値がなくば仕える必要なしという意味ですが、貴方の傍から去った者がいないのなら結果は判るのでは?」


 これは国を見捨てろという意味ではない。新たな王を立てろ、という意味だ。

 『王を支える者達の国に対する忠誠は疑わぬ』という先王様の心の籠った御言葉に深く頭を垂れた、懐かしくも誇らしい思い出。それは常に我々を奮い立たせてきた。


「そう、か……」

「ええ」


 はっきりと頷く。それでも甘やかす気はないわけで。


「……今回のことで見限りかけましたが」

「な!?」

「判ったらさっさと仕事してください。私はフェアクロフ家に行って参ります」


 話を戻して今後の予定を告げると、『見限る』という発言にぎょっとした陛下をよそに残る二人が首を傾げた。


「フェアクロフ家へ……ですか? ジークにもお怒りで?」


 元凶とはいえ、さすがに気の毒に思ったのかセリアンが口を挟む。だが私は曖昧に微笑み答えを暈すだけ。

 ジークに裏などない。そんなことは判りきっている。

 一言二言は小言を言うだろうが、それ以上のことをするつもりはない。私が怒りを向けているのは自分勝手な周囲の者達に、だ。


「ジークだけではありません、フェアクロフ家と使用人全てにです! どうやら私がいた頃に比べて随分と腑抜けているようですからねぇ。ああ、貴方にも確認したい事がありますから同行なさい」


 意図的に笑みを深くしてセリアンに告げると、心当たりがあるのかがっくりと首を垂れ。

 フェアクロフ伯爵は矛先が家族に向いたことに対しかなり動揺しているようだったが、一睨みで黙らせる。

 この状況で無関係などという言い訳を許すつもりはない。現実をしっかりと知ってもらわねば。

 同じことを繰り返すようなら相応の処罰もあるのだと……軽はずみな行動からそういう事態を招く可能性もあるのだと理解させなければならなかった。

 それがジークを英雄……『国の駒』として扱う者の責任なのだ。

 日頃からそう認識しておいて、都合のいいときばかり『家族』だの『息子』といった扱いをする性根を叩き直してやらねばなるまい。



 そういった姿勢が最もイルフェナを怒らせた。同じことを魔導師殿にもしようとしたのだから。



「本当に家族としての情のみだというならば、ジークの自由にさせるべきだと言うでしょうね」


 手放せないくせに、と批難するように視線を向ければフェアクロフ伯爵は気まずげに視線を逸らした。

 その様にジークがカルロッサを捨てるような発言をした可能性もあったと悟り、益々目を据わらせる。

 これは本当に甘やかし過ぎたかもしれない。かつては王族でありながら何と中途半端なことか。

 そんな憤りを隠し切れないまま、私はフェアクロフ家へと向かうべく部屋を後にした。

宰相無双は場所を変えて続きます。

なお、ジークが国を捨てる云々は婿発言のこと。

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