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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
魔導師の受難編
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思わぬ拾い物 其の一

 イルフェナに戻り騎士寮に着くと、食堂にて待ち構えていた魔王様に御報告。やはり魔王様もゼブレストの反応が気になるのか、こちらに戻るなり呼び止められた。

 セイルは前回来なかったので本日イルフェナに同行中。セイルも交えて話が聞きたいらしい。


「宰相様が妙なことになってました」

「は……?」

「何やらフェリクスに海より深い恨みがあったようで」


 馬鹿正直にそうぶっちゃけると、魔王様は大変微妙な表情になった。その表情の中に憐れみが滲んでいるのは気のせいではあるまい。

 魔王様とて宰相様の性格は知っているだろう。それならばフェリクス――しかも今よりも性質が悪かったっぽい――との過去はさぞろくでもない思い出なのだろうと思ったようだ。


「そう言わないでやってください。あの人へ報復をしたのがミヅキだということも大きかったのですよ」


 付いて来ていたセイルが笑いを耐えながら言う。

 何だ、それは。私だからってどういうこと?

 訝しげにセイルを窺うと、セイルはわざとらしく微笑みながら私の頭を撫でた。


「アーヴィにとってミヅキは保護すべき存在……まあ、こちらでは子猫扱いされていますが似たような認識なのですよ。それに加えて今回は宰相としても話を聞かねばなりませんから拘束したのでしょう」

「……。つまり足の間に座らせて拘束したのは宰相として事情聴取するため、頭を撫でて褒めたのは敵に噛み付いてきた猫を褒めていたからだと?」

「はっきり言えばそうでしょうね。それが混ざってあの状態です」


 セイルの解説にジト目になる私、納得の表情になる周囲の人々。魔王様は……自分も猫扱いしている自覚があるのか、やや視線を泳がせた。

 ええ、最近の扱いは飼い猫だと思います。特にバラクシンでの態度はあからさまでしたからね!

 つまり今回は宰相様的に『でかしたぞ、猫! よくぞ噛み付いた!』という感情が頭を撫でるという行動に直結したんかい。

 そう、猫扱い……。

 ……。

 ……もしや貰った『ゼブレストの名産品』はお土産ではなく、『御褒美のおやつ』扱いだったりするのだろうか。

 あの、宰相様? 最近、私の珍獣扱いが定着してません!?


「あ〜……まあ、それは深く追求しないでおきなさい。君だって自分を珍獣と認識させて暴れているんだから」

 

 魔王様の呆れたような言葉に、思いっきり心当たりのある私は思わず沈黙。

 そうですねー、人の法が通じない珍獣認定は最強のカードだと思います。今後も使っていくならこういった扱いでも文句は言いませんとも。

 そもそも守護役連中は『我が主のために行って来い』と敵の中へ私を放り込む素敵な性格をしている。

 そういった裏事情がある限りは私の扱いが愛玩動物だろうと絶対に咎めないだろう。まあ、少々過保護気味なので肝心の主達が私の突飛な行動を諌めそうではあるけどさ。

 そんな馬鹿な話をしていると、魔王様が非常に決まり悪げに思いもよらなかった事を言い出した。


「ところでね、ミヅキ。君、守護役を増やす気があるかい?」

「は?」

「希望者がいるんだよね、しかも国を通してのことだから断り辛いんだ。……でね?」


 おいでおいでと手招きをするので近寄ると、にこりと笑って私の頭をがしっと掴み。

 意図的に威圧を加えながらもしっかりと視線を合わせる。


「……カルロッサで一体何をやったのかなぁ、君は。やらかしたことは詳しく話せと言ってあるだろう?」

「報告書に書いてあるままですって」

「それだけだったらこの話は来ないはずなんだよ。で、君の認識はどうでもいいから洗い浚い吐け、馬鹿猫」


 おおぅ……早速馬鹿猫扱いですか、親猫様。これが猫社会なら前足で叩かれているってとこですね!

 なんて馬鹿な事を考えている場合じゃなくて。


 新しい守護役?


 しかもカルロッサ?


 カルロッサにはセシル達を送り届けるために通っただけだ。しいて言うならビルさんやアルフさんとの再会があった程度。

 この二人やキースさん達が守護役候補ということはないだろう。アル達を見る限り家柄も必須みたいだし、近衛とかでもなかった筈。

 私は比較的色んな国に人脈を築いているから、魔導師と繋がりを持つという意味で生贄……訂正、新たな守護役を押し付けようとか考えたんだろうか。

 可能性としてはこれが一番高い。宰相補佐様あたりは進言してそうだ。

 だが、それにしては魔王様の様子がおかしい。

 魔王様……どうも『何拾って来やがった』的な表情なのだ。外交と言うより私に原因がある、みたいな?


「とりあえず説明するとだね……」


 そう言って手を離し、魔王様は話し始めた。その表情には呆れと諦めが色濃く出ていたのは言うまでも無い。


※※※※※※※※※


 ――数日前、カルロッサ (フェアクロフ伯爵視点)


 英雄と称えられた先祖の肖像画の前で溜息を吐く。肖像画の人物は大戦の折に凄まじい活躍をして王家の姫と伯爵位を賜わった人物だった。

 王家としては騎士であった男に姫を与える事で民に『英雄』と『物語のような明るい話題』を提供したかったというのが真実なのだろうが、夫婦仲は良かったらしい。

 暗くなりがちな状況において二人の話は民に生きる力を与えた事だろう。


 しかし、現実は部分的に都合よく弄られている。


 騎士が強かったのは本当だ。ただし、『戦い大好き、戦場こそ第二の我が家!』を地でいく物騒な脳筋だった。大喜びで最前線に向かったというのだから相当だろう。

 単に国の状況と自分の趣向がばっちり合ってしまったゆえに、男は英雄となったのだ。おそらく本人は何も考えてはいなかったに違いない。


 姫が夫となった男に好意的だったのも事実である。その姫の好みが顔でも賢さでもなく『強い男一択!』だったとしても。少々残念な美姫である。

 ……当時の王家にとって『何故、英雄との婚姻まで婚約者すらいなかったのか?』という当然の疑問は禁句だったようだが。どうも自分より弱い男は自力で退けるような、外見と中身が一致しない姫君だったらしい。


 二人の出会いが『庭園で偶然出会った』というのも本当なのだ……姫がその直後英雄に一騎打ちを申し込み、敗北後にはあらゆる権力を駆使して周囲を黙らせ目当ての男を追い込んだ肉食系だろうとも!


 ここまで来ると『素敵なロマンス』『憧れの英雄』というのには無理がある。弄らなければならなかったのだろう。民は極々一部の姿しか知らないのだろうし。

 今となっては王家と極一部の関係者にしか知られていない事実は『知ったからには責任を持って墓の中まで持っていくべし』と厳命されていたりする。

 英雄やロマンスの裏側なんてこんなものだ。『英雄の子孫』という枷を背負わされている我が一族がそういったものに冷めた考えを持つのも仕方のないことだろう。


 しかも現在は二人に恨み言を言いたくなるような事態が発生しているのだ……!


 ぐっと手にしたグラスから酒を煽る。

 そして肖像画をやや潤んだ目でキッと睨みつけ。


「お恨みしますぞ、ご先祖様……! 何故に、何故にもう少しその血を抑えてくださらなかったのか!」


 先祖に対して恨み言を言っても仕方が無いとは判っているが言いたくもなる。これはジークが婚姻可能な年齢となってからの恒例行事と化しているのだから。

 先祖への恨み言の原因……問題は我が息子の一人、ジークことジークフリートである。

 英雄の直系であり、良縁とばかりに上流階級の血が入ったせいか生まれる奴は男女問わずに顔・能力共に恵まれた優良物件。上の息子二人も家を継ぐ長男は自分の補佐、次男は騎士として近衛に属し周囲にも認められている。

 貴族の婚姻とは顔か能力、もしくは家柄での政略結婚が常なのだ。『英雄の一族と縁続き』という事実は非常に魅力的に映ったらしく、一族に加わる者達も相応しい人材が送り込まれてきた。

 その結果、『フェアクロフ伯爵家=優良物件の宝庫』という認識が出来上がった。加えられた血のお陰か、実際に有能な者達が生まれていたので嘘ではない。

 二人の息子も婚約者を得る時は非常に苦労したものだ。今となっては素晴らしい妻を得てくれたものだと思っているが、あの当時は本当に鬱陶しかった……殺意を抱くほどに。


 そして最後に残っている三番目の息子、ジークフリート。

 偉大な先祖の名を戴いたせいか、幼い頃から騎士になるのだと言っては周囲に微笑ましく見守られていた。

 ……あの頃は良かった。今から思うと『何故、性格矯正に勤しまなかったのか!』と平和ボケしていた自分を殴ってやりたいほどだが。

 自分とて昔はジークの「強くなりたい!」という言葉を頼もしく思っていたのだ。だが、貴族や騎士……もっと言うなら英雄の血筋である以上はそれだけで済む筈は無い。

 最低限の社交性は必須である、もしくは周囲の思惑を上手くかわせるような賢さが。


 ……が。


 我が愚息はこういったことが綺麗さっぱり頭の中から抜けていたのである。それはもう、清々しい程にすこーんと欠落していた。

 なまじ整った顔立ち――しかも黙っていれば賢そうに見える――だからこそ発覚は遅れた。それまでは「英雄を先祖に持つからこそ、そういったものには疎いんだな」で済ませていたが、現実はそう甘くは無い。

 そろそろ婚約者がどうとか煩い連中が騒ぎ出すだろうと、ジークの好みを聞いた時の衝撃は今でも覚えている。


『自分より強い者……もしくは背中を預けられる存在ですね』


 ……繰り返すが聞いたのは『婚約者に対する希望』であって、『人として、仲間として好ましい人材の理想』ではない。本人に再度確認を取るも同じ答えが返って来たのだ、勘違いではなく本心なのだろう。

 これを聞いていた妻は己が血筋に恐れ慄き――自分は婿なので彼女が直系だ――二人の息子は頭を抱え、私はジークを揺さぶって「真面目に答えろ!」と無駄な足掻きをした。

 この時点でジークは十代後半。これを本心から言っているのだ、ヤバさが知れる。

 即座にジークの幼馴染を呼び出し事情聴取をすると更に衝撃の事実が語られた。


『ジークは女性の特徴を顔と名前程度しか認識してませんよ。魔物とかなら「どんな動きが凄かった!」って感じで楽しそうに話してるんですが、女性相手だと欠片も興味を示しませんし』


 知ってると思ったんですが――そう気の毒そうに付け加えるキースの視線は憐れみ一杯だった。おそらくは彼が上手く立ち回って隠してくれていたのだろう。

 ただ、そういう報告は聞きたくなかったと思う自分は悪くない。



 おい、興味が無い通り越して極一部以外を『人間』って括りにしてないか?


 男としての性はどうした、全部闘争本能にでもなってるのか?


 ってゆーか、お前にとって令嬢は魔物以下ってことかい?



 その後、家族会議の末に『ジークは絶対に近衛にさせない』という結論に達した。元々、騎士になりたい・強くなりたい程度の希望しかないのだ。近衛でなくともいいだろう。

 何より近衛になってしまえば必然的に目を付けられる確率が跳ね上がる。カルロッサならばともかく、他国の姫君や令嬢に目を付けられるなど笑えない。

 ジークに駆け引きやお世辞など無理である、馬鹿正直に何を言うか判らない。しかも見た目だけは賢そうなので『こいつは普段からこんなんです』と言っても信じてもらえず、相手は侮辱されたと受け取るだろう。 

 下手をすると外交面で支障が出る。いや、それ以前に魔物以下の興味も無いという態度を取られて激怒しない令嬢など居ない。政略結婚を当然と思っている面があろうとも、基本的にお嬢様なのだから。

 とりあえず昔から付き合いのあった男爵家の息子であるキースに御守を頼み、できる限り貴族とは縁の無い方面で活動するということで落ち着いた。

 男爵からは


『うちの子で良ければ存分に使ってやってください。ご恩返しができるなら安いものです!』


 という状態で差し出されているので、本当に拙い状態になったら男色家という噂を流す事で話がついていたりもする。

 親同士の企みであった。なに、事実にしろというわけじゃないのだから否とは言わせない。

 申し訳ないとは思うが、男爵も事態の拙さは理解できているのだ……個人より国、である。


「せめて……せめて人間に興味を持ってくれれば婚姻まで持って行ってみせるものを……!」


 ぎり、とグラスを握る手に力が篭る。無駄とは知りつつも願わずにはいられなかった。

 と、そこへ――


「い……一大事でございます!」


 自分に長く仕えてくれている執事が息を切らせて駆けて来た。その様子に軽く目を見開く。

 彼は自分がこの家に婿に来る時も付き従ってくれた人であり、昔から私をよく支えてくれた落ち着きのある人物だ。

 その彼が余裕のある表情を崩すなど大変珍しいことである。これは相当な事なのだろうと、思わず気が引き締まった。


「どうした」

「ジ……ジーク様、がっ……っ」

「ジークだと!? ついに何かやらかしたのか!?」


 その言葉に血の気が引く。怪我をしたとかで暫く大人しかったはずだが――「死んでないなら大丈夫だろう」と放っておいたのはいつものことだ――何をしたのだろうか。

 思わず最悪の事態を思い浮かべ、ごくりと喉を鳴らした。しかし、告げられた言葉は予想外の事だったのだ。


「ジーク様が、婚姻したい女性ができたと、申しておりまして……旦那様に許可を得たいと」

「おい、嘘を言うな。そんな慰めなど要らんぞ?」


 即座に突っ込み、ふっと乾いた笑いを浮かべると執事の肩を軽く叩いて落ち着くよう促す。

 そういえばこいつは恒例行事と化した先祖への恨み言を知っていたなと思い出す。嘘で一時慰めなければと思うほどに心配させたのかと、少々申し訳なく思った。その優しさに涙が滲む。


「いえ、事実にございます! 奥様はお倒れになられました!」

「おいおい、慰める為の嘘とはいえ過ぎると腹立たしい限りだぞ? ジークにそんな甲斐性があれば苦労はしないだろ? 落ち着け?」

「落ち着かれるのは旦那様の方です! 現実逃避はお止めください! ……お気持ちは十分過ぎるほど理解できますが」


 落ち着かせようとするも逆に一喝され、思わずまじまじと執事の顔を見る。

 その表情は真剣そのものであり、嘘を言ったり慰めようと憐れんでいる風でもなかった。


「……。事実、か?」

「はい! とりあえず話をなさってくださいませ!」


 その言葉を受け、即座に走り出す。

 これが事実ならばめでたいかぎりだ、我々の心労が無くなるやもしれない機会を逃してたまるものか!

 万が一、熱か怪我のせいでおかしくなっていただけだとしても一度言い出したのだから否とは言わせない。

 家族達よ! 皆の平穏のため、私は遣り遂げて見せるぞ……!

 決意を固めつつジークの元に向かう私は期待のあまり綺麗さっぱり忘れていた。


『あの脳筋が普通の女を選ぶのか?』


『そもそもキースからの報告も無いのに見初めたってどういうことだ?』


 そんな当然の疑問すら浮かばなかったのは、私自身が舞い上がっていたからだろう。

 そしてそれはジークとの会話で突きつけられる……いや、現実を思い知らされる事となる。

 ……令嬢を最低限の情報でしか認識しない愚息が、どうやってその人物を想い人認定したのかを。

 まさか『誰だか判りません、女性であることは確実です』なんて言われるとは思わなかったのだ、この時は。

次話に続きます。

※活動報告にて『魔導師は平凡を望む』三巻の御報告をしています。

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