日常再び
闘い済んで日が暮れて。
私達は挨拶もそこそこにイルフェナに戻って来た。
いや、これからバラクシンは色々忙しそうだしね? 部外者は居ちゃいけないと思うのです。
なお、バルリオス伯爵は綺麗さっぱり無視された。
私だけじゃなく、イルフェナ代表の魔王様にすら説教されず。
意外に思っていたら、魔王様は麗しい微笑みと共にこうのたまわった。
『謝罪の場を与える事が必要かい?』
……。
はっきり言おう、絶句した。
さすがは私の保護者だ、親猫様だ。そう来るとは思わなんだ。
当たり前だが言葉だけの意味ではない。魔王様は暗にこう言っているのだ――
『私と会う機会がなければ謝罪したことにはならないよね』
と。意図的に行なうあたりが素敵です。言い訳の場すら無しか。
現時点で謝罪をしたのはバラクシン王家のみ。伯爵は元凶のくせに未だ謝罪せず。
その背景に私の暗躍があるのだが、それは魔王様が知らない筈なので問題無し。……知らないってことでいいの、魔王様とクラウスはバラクシン王に会っていたんだから。
私の暗躍に気付く可能性がある――ということになっている――のはライナス殿下なのだが、彼とて現場を目撃してはいない。
つまり目撃者ゼロの完全犯罪。
アル? 何もしてませんが、何か?
それを踏まえて魔王様は帰国を決定したのだ。今後伯爵はさぞイルフェナにいびられることだろう。
逃げるのが上手いとのことだったが、今回の事があるのでそう上手くはいかない。
いざとなったら『イルフェナのエルシュオン殿下が滞在しているにも拘らず、一切謝罪などしなかった』として責任問題に持ち込めばOK。
魔王様……伯爵が逃げることを踏まえて保険をかけたな、絶対。
そんなわけで今は騎士寮の食堂で事後報告していたり。
私は皆に貰った『玩具』を使って頑張った!
さあ、褒めろ、称えろ、少なくとも説教される謂れだけはないってばーっ!
「……。何故こうなるのじゃろうなぁ」
報告を聞いた後、レックバリ侯爵は生温かい視線を私に向けた。
騎士寮在住の騎士達は呆れを滲ませ苦笑している。個人としては『よくやった!』という気持ちだが、一応国としての抗議なので素直に喜べないらしい。
「首を取ってくることをお望みでしたか」
「いやいやいや、誰もそこまで言っとらんから!」
「じゃあ、これ以上に面白おかしく国の恥に仕立て上げろと!? 合格点、厳し過ぎですよ!」
「誰が今以上を目指せと言うたか! 逆じゃ!」
狸様、歳を考えず突っ込みますか。手緩過ぎだと叱られたと思ったのに、どうやら逆だったらしい。
ええ〜……半分くらいは向こうが悪いよ、仕掛けてきたんだしさぁ。
不満げな顔をすれば、レックバリ侯爵は呆れて溜息を吐く。
「『知恵は剣より性質が悪い』とはこういうことを言うのじゃろうなぁ……結果だけ見れば得難い駒じゃが、その根底にあるものがどこまでも個人的な感情とは。手に負えん」
「つまり超纏めると『珍獣』ってことですね。行動が予測不可能なことに加えて感情で動く生き物ってことで」
「……。否定はせんな」
私の中では珍獣=あらゆる柵無しの自由人。結果を出せば周りも狩ろうとはしないだろう。
ある意味名が知られている魔王様という飼い主がいるので、それが成り立っているとも言うが。
小型犬だって飼い主の敵には吼えるじゃないか。普通の行動ですよ、今回も。
「そういえば……バラクシンは珍しく宗教が力を持ってたけど、なんで? 他の国って違うみたいだけど。この世界って神より偉大な先人達って感じだよね?」
誰かが答えてくれれば良いやとばかりに周囲に聞いてみる。
いや、疑問に思ってたのですよ。この世界は神の価値が下手をすると日本以下だから。
事実、イルフェナなら『海の女神』となっているけど、実際には海での無事を願ったり海の恵みに感謝するというもの。その象徴として奉る神が造られたような感じなのだ。
そしてそんな認識をした理由もちゃんと存在する。
私が最初にゼブレストへ送り込まれた時に先生と騎士s達は教会――様々な国の人が滞在するからそれに対応してイルフェナにも小さなものがある――で無事を祈ってくれていたらしい。
そこで教会を選んだ理由が『海関係じゃない上に一番御利益ありそう』というもの。……確かに海での無事や豊漁には関係ないものね。人が相手の安全祈願ならダメ元でも教会を選ぶか。
そんな状況を知っているとバラクシンは少々異様だ。他国と差があり過ぎる。
権力を得たのは王族がトップになったからという理由でも、それだけで王家が無視できないほど大きい組織になるのか? そんなに信仰心旺盛なのか、あの国の人々は。
いや、『神=絶対者』みたいな認識がされているなら別なんだけどさ? 極一部の神殿関係者以外は冗談抜きに『偉大な先祖>想像した神』なのよ、この世界。
キヴェラでも忍び込んだ方は結婚式場扱いだったもんな~何故、元の世界とここまで違うんだろ?
「この世界には偉大な先人達がいたからだよ、ミヅキ」
それまで話を聞いていた先生が口を開く。
「最古の魔導国家アンシェスはお前達の世界に当て嵌めるとまさに神のような存在だ。彼らは自分達よりも劣る種族に様々な技術を与えたとされている。それを多くの種族が繋いで今がある」
「……実在の証明は?」
「最も有名なのは魔法だろうな。お前とて言っていただろう? 『技術で優れた世界出身だろうとも原理が判らない魔法が多くある』と。……彼らは自分達が当たり前のように使えた能力を自分達より劣る種族に伝えるために術式を作り上げたとされているのだ」
あ、凄く納得。
治癒魔法や解毒、髪や瞳の色変えなんて簡単な魔法と言われても原理不明だから使えないものね、私。
ただ、先生の説明で少し納得できた魔法もある。
『記憶を見せる』ってアンシェスが生まれながらに持っていた能力か何かじゃないのか? それを他の種族にも可能にしたのが、映像系の魔道具に使われている術式とか。
私達の世界の言葉で言うなら脳に刻まれた情報の映像化、もしくは同族間での共有といったところだろうか。
「神という曖昧な存在や奇跡を想像する必要がなかったんですね?」
「そのとおり。だから宗教というより『与えられる恵みに感謝し、今後を願う』といった方が正しいのだよ、この世界では」
私の言葉を肯定するように先生は頷く。本当に宗教的な要素が薄いらしい。
「じゃあ、バラクシンは?」
「あれはね……元は異世界人が個人的に祈っていたものが発端なんだよ。本来は異世界の文化の一つでしかなかったんだ」
今度は魔王様が答えてくれるらしい。異世界人が元凶? だから少々言い難そうにしてるんだろうか。
信者として紛れ込んだ教会を思い出してもキリスト教とかではなかった。あれは別の世界のものだったらしい。
「大戦があったのは知っているね? 国が荒れれば民は貧困に喘ぐ、そこに財力とそこそこの権力を持った王族が『心の拠り所』として大々的に立ち上げたんだ。……信者は自分と配下の貴族達の財で養うと告知してね。異世界からのもの、という点でも影響力は大きかった」
「……物で釣った? いえ、日々の糧さえ無い人にとっては本当に感謝すべきことだとは思いますが」
「そのとおり。だから上層部と信者の心構えに差があったんだよ。当時としては理想的な庇護者ではあったのだろうけど、立ち上げた人物の現実は慈愛の精神とは程遠かった」
魔王様は深々と溜息を吐く。ああ、そういうことだったんですか……私も聖人様を立ち上げちゃったから『同じことをやってどうする、馬鹿猫!』とばかりに気苦労が増したわけですね!
『感動的な出来事の裏には個人的な思惑あり』――自らの財をもって信者を養う慈愛の心(笑)と奇跡を作り出して聖人を仕立て上げた詐欺な行いは間違いなく同類項。
どうやら毒をもって毒を制すをリアルにやらかしていた模様。うん、絶対にあの宗教立ち上げた王族は王にならなくて正解だ。民を利用するだけじゃなく、今後の影響とか考えて無いもん。
バラクシン王家が教会派に強く出れなかった理由も漸く判った。その裏事情も原因か。
たとえ利用するためだろうとも、その人物の行動を一方的に批難することはできないと判っているから。
……そうしなければ餓えて死ぬはずだった民が多く存在した。それを事実だと認めているから。
民に責任のある王家としては恩人扱いだったんだろうな、多分。もう王族じゃなくなっていただろうし。
それに王家としても国を存えさせるだけで精一杯だったと推測。
さっきの先生の話を前提にすると『バラクシンには感謝するような自然の恵みが無かった』という可能性もある。結構、キツかったんじゃないのかね?
「まあ、今回のことでバラクシンの不安要素が消えたから良しとしよう。ただね、ミヅキ。規模が大きければ大きいほど周囲にも影響があるということは覚えておくんだよ」
「了解です。さすがに国の改革に発展すると他国も気にしますもんね」
そう締め括るも魔王様はしっかりと釘を刺す。確かに自分の視点と憶測のみで勝手な真似をしていい筈はない……私にも教訓として覚えておけ、ということだろう。
大丈夫ですよ、魔王様。今回は最初から共犯者有りで計画しましたから。
それを踏まえてアルベルダを巻き込んだし、カルロッサも宰相補佐様が関わっているから大丈夫だろう。
ゼブレストは私が直接伝えることが前提、キヴェラは……私が盛大に関わっている以上は貝になる可能性・大。
内部が安定しないのに、再び『魔導師襲来!』とかになったら今度こそ滅亡ルートだ。私も誘われる以上は期待された役割をきっちりこなしますとも!
「それじゃ、ゼブレストに行って来ますね。イルフェナはほぼ実況中継されていたようなものですけど、一応報告書は置いておきます」
紙の束を机に置く。言うまでも無くバラクシンで起こった全ての事の報告書だ。
これは私が義務として自己申告するものなので、魔王様達の物と照らし合わせて隠し事が無いかチェックされる。……日頃の行いって大事。
ただし、見る人が限られる個人的なものと知っていれば遊び心の一つも発揮したいものでして。
そのタイトルを『ドキドキ☆お隣の国を訪問』というものにしてみたり。
各項目のサブタイトルも『突撃! 聖人様へ会いに教会へGO!』、『罰ゲーム〜貴様に情など必要無い〜』といった遊び心満載のものである。
勿論、後悔は欠片もしていない。魔王様に叩かれた程度で私の心は砕けないもの。
自分に正直過ぎる真っ直ぐな心と遣り遂げる不屈の精神は簡単には折れないし懲りることもない。
障害なんざ逆に砕けばオッケーさ、証拠隠滅と取引も忘れない!
……。
……中身は普通だよ、中身は。
行動に至った経緯とその結果を求めた理由はアレだけど。
同じ物をルドルフに進呈してくるので、仕事の合間の息抜き程度にはなるだろう。人生には笑いが必要だ。
「セイル経由で今回のことを伝えてありますからね。どうぞ、存分に話して来て下さい」
妙に清々しい笑顔のアルや騎士達に見送られ、私はゼブレストへ向かった。
本日、セイルは向こうの転移法陣を出た先で待っていてくれるらしい。事前にイルフェナで待ち構えていたら今回の件に関わっていると疑われるかもしれないものね。
さあ、お土産を持ってゼブレストへ遊びに行こうっと。
※※※※※※※※※
やって来ましたゼブレスト!
さっさとルドルフの所へ行ってこの楽しさを分かち合おうじゃないか!
……が。
「よく来たな、ミヅキ。馬鹿の相手はさぞ疲れたことだろう。ゆっくりして行け」
「……」
迎えに来たのは何〜故〜か宰相様でした。
しかも私の姿を見るなり抱き締めて労わってます。
……おかんよ、一体何があった。
唖然とする私にセイルは苦笑するばかり。
セイルが来ている――私は一応監視対象であり、セイルが担当者だ――ってことは、宰相様が代理とかではないらしい。
え、ゼブレストで何か問題でも発生した!?
私は戦力として歓迎されてるのか!?
ひたすら頭を撫でて労わってくる宰相様は明らかにおかしい。ただ……『頑張った子供を褒める親』に見えなくも無いんだな。
「とりあえず移動しませんか? ルドルフ様も今か今かと待ってらっしゃいますし」
「そうだな。ああ、エリザが茶と菓子を用意してくれているぞ」
「……。じゃあ、行きましょーか」
そして引き摺るように私を連れて行く宰相様を見て、私はあることにふと気付いた。
……宰相様? もしかしなくとも物凄く機嫌が良かったりします?
視線を向けた先のセイルも妙に機嫌が良いような……しかも宰相様の奇行を微笑ましく見守っているし。
どうやらセイルには何か心当たりがあるようだ。ただ、この場では口に出来ない内容なので黙っているような気がする。
ってことは、ルドルフの所で事情説明か。さて、何を言われるやら?
活動報告にて三巻の詳細を載せています。