小話集14
小話其の一は前話からの続き(という名のおまけ)。
小話其の一 『美談ではなく恐怖伝説』
「そういえば……あの美談は夫人が慕われていたからこそ、美談になったのだったな。あれは現実問題として可能なのか?」
全てを暴露した後、グレンはそう口にした。
可能性としては限りなく低い、そう私が言ったからこその疑問だろう。
「確かに。ミヅキの話だと『そうなった経緯』も含めてのことだから厳しいね」
「魔導師殿の説明を聞くとなぁ……そこまで恨まれない人物などいるのだろうか」
魔王様やバラクシン王も首を傾げている。
彼らの場合は単に『貴族と民の信頼関係』という意味で言っているのではない。立場的にどうしても敵がいるからこそ不可能なのだと思っている。
『そんな善良なだけの人間が国の政に関われる立場に居るか?』
『政敵に狙われない人物であり、恥にならないような行動ができる民も必要じゃないのか?』
言いたい事はこんな感じだろう。
確かにこれは個人の犠牲だけではなく、協力者が必須な団体競技。連携が取れなければアウトである。
「エルシュオン殿下ならば可能そうだな。イルフェナの民は挙って協力者となるであろう?」
自国の民には慕われているものな、とバラクシン王は続ける。『民には』ってなんだ、『には』って!
込められた感情は好意的なものだと判るのだが、頷くことも出来ずに魔王様は苦笑い。
……そもそも、そんなことにはならないと思う。そこまでに必ず手を打つから。
だが、微妙にそんな空気が読めない人物が存在した。
「その場合、魔導師殿ならばどのような行動をとるのだ?」
ぴしり、と空気が凍った気がした。
勇気ある人物、聖人様。おそらく彼には欠片も悪意はない。単純に『抜け道あるの?』と聞いただけだろうな、きっと。
「私? イベントに敵の妨害要員として参加する。絶対に仕掛けて来る奴がいるもの」
「ほう? 殿下が狙われると?」
「港町だからならず者がいるし、それを装った他国の間者とかも混ざるね、絶対。後は『死んでもいいから一目見たい!』っていう馬鹿も含めて、そこそこいるんじゃない?」
「待て待て待て! 最後は何だ、最後は!」
即座にグレンから突っ込みが入った。魔王様は顔を引き攣らせ、その他の人々は無言。
いや、だってねぇ?
「見なさいよ、この美貌! しかも服着てないのよ、絶対いる! 否定できないでしょ!?」
「う……そ、それはそうなんだがな……」
魔王様を指差すとグレンもやはり否定できないようだ。
さすがに襲われる心配はない――そんな状況ならばアルとクラウスが傍についているだろう――が、血迷った奴は湧きそうだ。
下手をすると、そういった輩が一番しつこいだろう。
「ミヅキ……君、ねぇ……!」
顔を引き攣らせた魔王様は綺麗にスルー。怖いのでまだ顔向けない。
「だから私が妨害するんじゃない。確実な手段を用いて」
そうきっぱり言い切ると、誰もが怪訝そうな表情になった。
「……。あるのか? 恥とならないようにする方法が」
「ありますよ?」
さらっと言い切ると皆の興味はそちらに移ったようだ。魔王様でさえ思いつかないらしい。
あれ? そんなに難しいことかね?
「ミヅキ、一応聞かせてくれないか。私は思いつかない」
「私もだ。魔導師殿の口調では酷く簡単に聞こえるが……」
王族二人が釣れました。魔王様とバラクシン王は今後のためにも聞いておきたい模様。
口にしないが、その他の人々も興味津々らしい。
「え、魔王様がその対象ってことで良いんですよね?」
「ああ、それで構わない」
許可が出た。しかも魔王様本人から。
ならば話しても大丈夫だろう。
「では、前提として該当者は魔王様。その傍に付いているのがアルとクラウスということにしますね。これで彼らは『敵』に手出しが出来ません」
「いいのかね? 彼らこそ敵の排除に動きそうだが」
疑問を口にしたのはライナス殿下。それに私は首を横に振る。
「彼らは魔王様の傍を離れませんよ。優先すべきは魔王様とその命ですから。護衛という意味も兼ねて最良の人事が選択されます。彼らも志願するでしょうけどね」
命が狙われる可能性とてあるのだ、だから彼らは絶対に傍に居るだろう。
その言い分にライナス殿下は納得したようだ。アル達からも否定の言葉は出なかった。
「次に当日までの告知ですが、今回と同じものに加えて『魔王様を狙う刺客がいる可能性があること』を民に知らせておきます。ついでに私が個人的に『家に閉じ篭らない奴は無差別に攻撃する。命が惜しくば引き篭もれ!』と脅迫」
「ちょ、待て! 最初は納得できるのに、その後がおかしい! お前は何をする気だ!?」
ぎょっとして待ったをかけるグレン。唐突な災厄の登場にその他の人々は呆気に取られている。
だが、出来る限り被害を小さくするならば脅迫紛いの告知は必須。
「私は騎士じゃないもん、民と同じ側だよ? だから『どちらに対しても』妨害可能だし、その告知も事前にしておく。それに魔王様を狙ってくる刺客の人質になる可能性もあるから、外に居ると危ないよ」
「お前の方が危険じゃないのか」
「どっちもどっち。警告したもの、巻き込まれても『不幸な事故』で片がつく」
きっぱり言い切ると、呆れを滲ませながらも周囲は難しい顔をする。難しい顔をしたまま頷いているのは王族の皆様。
私が危惧していることも否定できないのだ、ならば『災厄扱いの魔導師』を利用して危険から遠ざけておく事も必要だと理解できるのだろう。
それを無視する輩に同情なんて要らん。自業自得。
「お前なぁ、もう少し言い方があるだろうに」
「だって、告知無しで民が怪我でもしたらイベントを開催した魔王様達の評価に響くじゃない。だったら私に注意を向けさせる意味でも必須だと思う。危険と判る事前通達を無視して巻き込まれたなら文句を言えないでしょ」
呆れるグレンにそう返すと、アル達は困ったように苦笑するも諌めない。彼らの優先すべきは魔王様、命の危機などの個人的な事情の妨げにならない限り、その姿勢は私もブレません。
「さすが魔王殿下の黒猫。飼い主のために牙を剥くどころか悪役となるか」
グレンの言葉に皆は私と魔王様に視線を走らせ、呆れたように笑う。
……聖人様? 「黒猫……」と呟いてこっちを見た途端に顔を背けるのはどういうことだ。肩を震わせているのは笑ってんのか、もしや。
バラクシン勢に微笑ましげな目を向けられ、魔王様は極僅かだが顔を赤くしている。照れたらしい。
「で、次。イベント開始直前に警告の意味も兼ねて魔王様の通り道の左右に氷の壁製作。完全に隠れるわけじゃないから実行しているのが判るし、姿がはっきり見えることもない。どうよ、完璧でしょ!?」
『ああ、そういう手があるのか……』
胸を張って『最良の策』を告げると、皆の声がハモった気がした。妨害じゃないぞ、お馬鹿さん達を一掃するから魔王様の邪魔にならないようにしただけだ。
ただ……その方法が『氷で壁を作る』というものだっただけ。隠すつもりなら布でも掛ける……と言ってしまえば否定できまい。
完全に隠すと『実行していない!』と言われるかもしれないが、姿がぼんやり見えているのだ。透き通っていないから、はっきり見えないけどな!
「姑息な……貴女が騎士ではないこと、それに魔導師であることを利用するのか」
「魔導師じゃなくても魔術師で十分だよ、これ。民間の魔術師が数名いれば楽勝。王族に恩を売る意味でも頑張ってくれるんじゃないかな」
「知恵は剣より性質が悪いな。魔導師殿の強さは際限なく手を思いつくことにあるようだ」
聖人様は呆れ半分、感心半分といったところらしい。参加者の立場だったからこそ、それが可能だと理解できるのだろう。
武器を持たない信者に周囲を囲ませて逃げ道塞いだもんね、貴方は。私は提案しただけだ、実行と指揮は間違いなく聖人主導である。
些細な思いつきが多大な被害をもたらすこともあるのだよ……悪魔の霧みたいにね。
「魔王様達にはそのままやるべき事をやってもらう。その間、氷の壁に『何か』が叩きつけられたり、『赤いもの』が跳んでも無視してもらって……」
「待ちなさい。……それは何かな、一体」
今度は魔王様から突っ込みが。妙に顔色が悪いのは何故だろう。バラクシン勢に至っては私をガン見。
「え、ゴミ」
「ゴミ!?」
「じゃあ、昇格して私の敵。こちらの言い方だと捨てるだけじゃ済まないですけど」
ゴミはゴミ箱――犯罪者の収容先へ。魔導師の敵は……その後どうなるだろうね?
どちらにしろ連中を回収するのは騎士寮の皆になるんじゃないかな、暴れる私の対策要員として。だからその後はどうなるか知らないし、拘わることもできない。
自分の分はしっかり暴れてるから彼らを気にすることもないよ、知〜らない!
「私にやられるか一部の愛国者達にやられるかの差ですよ、魔王様。回収された方が幸せとは言えないでしょうね、その時ばかりは」
「あ〜……魔王殿下は慕われとるからなぁ」
含みのある私の言い方にグレンも同意する。
というかね、お馬鹿さん達は今後周囲に壮絶に冷たい目で見られるのは確実だから。周りの人達に個人的な報復をさせない意味でも、心の底から悔いるようにしないと危険じゃないのか。
「別の苦労が待っているようだな、エルシュオン殿下の場合は」
「慕われていることの弊害でしょうね、これは……」
バラクシン王族兄弟の言葉と、何ともいえないその視線に。
魔王様は深々と溜息を吐いたのだった。
大丈夫! 魔王様やルドルフに何かあっても私が知恵を尽くして抜け道探してみせるから!
……その方が色々と気苦労多そうだけどさ。
※※※※※※※※※
小話其の二 『ヒルダんと私』
それは些細な言葉から始まった。
「魔導師様が羨ましいです。私はどうも他のご令嬢方とは話が合わなくて」
「……それって貴族の一員として政の手伝いをしているからじゃないの?」
どう考えてもヒルダ嬢の場合はそれが原因だと思う。
本人がそれを当然と捉えているので、この場合の話が合うっていうのは『同じ価値観を持つ友人』ということだろう。
ただ、バラクシンでは女性がそういったことには参加せず、興味も持たないことが大半らしい。
だからといって男性と親しく……というのも難しそうだ。下手をすれば醜聞に仕立て上げられかねないし、立場という物がある。
そういった意味での『羨ましい』という言葉か。確かに私の周囲にはそんな女性達がいる上に、令嬢でもないから男性と親しく話していても文句は言われない。
「じゃあ、私で妥協しとく?」
「え、よ、宜しいのですか! 是非!」
「親しみを込めて渾名でヒルダんとか呼んじゃうぞ。私はミヅキで!」
ふざけた呼び方だが、ひーちゃんとかよりはマシだろう。一応、名前には聞こえるし。
だが、ヒルダ嬢は別の受け取り方をしたらしい。
「ヒルダン、ですか? ええ、それくらいならば構いませんわ。確かに手紙の遣り取りなどは偽名を使った方がいい場合もありますし」
首を僅かに傾げ、納得したように頷く彼女はどこまでも真面目だった。
ヒルダん……意味が違う。別に偽名ってわけじゃないんだぞー? いいのか、それで。
そう思いはしたが黙っておこう。ライナス殿下の負担を軽くする意味でもバラクシンに繋がりは必要だ。
ヒルダんとて私との繋がりを今後に活かすことを意識して『偽名』という意味にとっただろうし。
そんなわけでヒルダんと私は友人になりました。偽名としての『ヒルダン』も謎の人物として役立ちそうです。
※※※※※※※※※
『ヒルダんと私2』
※主人公とヒルダはお茶してます。クラウスと警護の騎士が何人か扉付近に存在。
「ヒルダん、ちょっと聞きたいんだけどさ」
「はい、何でしょう?」
これだけは確認しておかねばなるまいと思い、ヒルダんへと直球で質問です。
「レヴィンズ殿下との思い出ってどんなものがあるの? 幼馴染なら少しは好感度を上げるようなものがありそうだけど」
この二人、本当にそれらしき雰囲気がない。誰が見ても政略的な婚約にしか見えんのだ。
二人の婚約に一役買ったとはいえ、嫌なら別の方法も可能だ。教会派貴族という勢力が崩壊してるもんな、今。
私の問いにヒルダんは首を傾げて記憶を探る。
「そうですわね……殿下は昔から騎士を目指しておられましたから、私とはあまり話が合わなかったのですわ」
……。昔から体育会系だったようです。
脳筋と言ってはいけない、まだそこまで行っていないだろう。
「ですが、いつも見守ってくださったように思います。木陰で読書をしていると、気がつけば傍にいるような感じで。私が気がつくと笑いかけてくださいました」
懐かしいわと微笑むヒルダんを微笑ましく見守りつつ、生温かい視線を彼女の背後に向ける。
ヒルダん。それは大型犬の仕草そのものって言わないかい? ご主人様大好きなわんこが寄り添う姿が思い浮かんだのだが。
今も貴女の大型犬がこちらを気にしてるって言った方がいいかな?
っていうかさ?
人に『どう思ってるか聞いてくれ』って頼むくらいなら茶ぐらい誘えよ、ヘタレ犬!
※※※※※※※※※
『ヒルダんと私3』
「このままだと進展しそうにないから聞くけどさ、レヴィンズ殿下のこと好き?」
もう直球でいいと思う。面倒になったとかではないぞ、多分。
ヒルダんは私の質問に赤くなる……なんてことはなく。
「ええ、好ましく思っていますわ」
微笑みながら頷いた。
良かったなー、背後の生き物。好意的ではあるみたいだよ?
おお、無関心を装いながらも喜びが隠し切れておらん。「イルフェナからの客人だから」と言い張って、この部屋の警護についた甲斐があったじゃないか!
だが、喜びは続いた言葉に砕け散ることとなる。
「民の事をよく考え、ご自分も努力を惜しまぬ方ですもの。尊敬しておりますわ」
……。それ、王族としての褒め言葉。あ、犬がしょげた。
お仲間達からも憐れまれている模様。そういや彼らは君の部下だったね、事情を知ってるのかい。
クラウスにまで生温かい目で見られている彼らにちらりと視線を向け、小さく溜息を吐く。
ん〜……表情を見ていればそこまで悲観することはないんだけどなぁ。ヒルダん、彼らには背を向けちゃってるから判らないのか。
「ヒルダん……もう少し素直になろうよ」
「まあ、どういうことでしょう?」
にこにこと笑顔を崩すことなく聞き返すヒルダん。その表情にどこか悪戯っぽさを感じ、私は僅かに片眉を上げる。
うん、これはやっぱり確信犯だ。彼女は絶対に背後の惨状を知っている。
「私にも乙女らしい願望があったようですわ。努力してくださる姿を見たいのです」
こそっと呟かれた言葉は当然彼らには届かない。
ま、まあ、ずっと仕事尽くめだったのは殿下も同じだから仕方ない、のかな?
「あまり苛めると、私が泣きつかれるんだけど」
「ふふ、その時はお願いしますね」
才女と大型犬の組み合わせは、早くも才女が手綱を握ったようだ。アルに「殿下が頼ってきたらアドバイスしてやってくれ」と頼んでおこう。
……結婚までに恋人同士になる気がしないから。冗談抜きに。
しょげてる場合じゃないぞ、犬ぅー!
冗談で言ったら本気にされてヒルダん呼び決定。
主人公は公の場ではヒルダ嬢呼びするので、今後謎の人物として活用。
性格の差や夜会での事があるので、そこまで親しいとは思われず。
『ヒルダン宛てのお手紙』は見られても困らない超気楽な文章の中に、情報などが隠されます。