日が暮れたら夜が来る
すっかり外も暗くなり、室内には明かりが灯っている。
あれほど盛大にイベントが行われたというのに、現在ではすっかり日頃の落ち着きを取り戻していた。
それは城も同じである。
いつもと違うのは極一部の人達――イベントの一部始終を見ていた蓑虫達だ――が私にいびられ、それを見て更に不安になった教会派貴族達が顔面蒼白のまま家に戻ったくらい。
いや、大変だな心当たりのある連中は! これで後からじわじわ甚振られるのだ、提案をした身としては笑いが止まらないじゃないか。
で。
現在、元凶とその仲間達は魔王様の前で正座していたり。
私は勿論、グレンと聖人様も一緒。やっぱり魔王様にはバレている。
魔王様の手には紙を丸めた物が握られ――鞭は似合い過ぎの上、聖人様も居るので却下された――『魔王』と呼ばれる存在を鬼上司程度に留めていた。
いや、個人的には鞭もいいけどハリセンとかもいけると思うんだ。
正統派悪役路線で行くなら酒の入ったグラス片手でお願いします。
なお、正統派王子様は今の雰囲気では絶対無理なので却下。どう頑張っても善人には見えません。
「……で? 何か言いたいことがあるかな?」
笑顔の魔王様は何だか怖い。アルは苦笑し、クラウスは我関せず、バラクシン王とライナス殿下は……ドン引きしていた。これまでのイメージとは違った恐怖を覚えたようだ。
「背後に雷鳴轟かせたら、何処に出しても恥ずかしくない立派な大物悪役みたいですよ、魔王様」
「そう。それで君は私に従う腹心かな?」
「いえ、雑用Aです。物凄く頑張って飼い猫」
周囲の微妙な視線を物ともせず馬鹿正直に答える。
いや、間違っても腹心やら幹部ではない。そもそもアル達の仕事を知らないのだ、私は。
魔王様から直接言われない限りは部外者ですよ、当たり前だけどさ。
そんな私の立ち位置は任される仕事の内容的にも雑用だろう。
「ふうん、飼い猫ねぇ? では、今回の裏を全部吐きなよ、馬鹿猫」
にっこり笑顔で馬鹿猫扱い。飼い主に黙って好き勝手する猫には躾が必要だと判断しましたか、魔王様。
グレンは諦めの表情で沈黙しているし、聖人様に至っては『ああ、やっぱりな』と納得の表情で私を見ている。
いいじゃん、言わなければイルフェナが画策したとは思われないんだから!
「えーと……まず協力者は聖人様。聖人になった経緯はすでに暴露済みなので省略」
「うん、確かに聞いてるよ。……済まないね、この子が迷惑をかけて」
言葉の後半は聖人様に向けての謝罪。
やっぱり『いきなり押し倒して仲間になるよう脅迫しました!』は人として思うところがあったらしい。
まあ、外道っちゃ外道ですね!
協力者の存在が必須とはいえ、魔王様から見ると『女性として聖職者相手にその行動ってどうよ?』な感じなのだろう。
……あの、魔王様? 何故、私を手にした物でぺしぺし叩く。
「いえ、私はとても感謝しているのです! 彼女の手助けがなければ奴らを追放することは叶わなかったでしょう」
聖人様は魔王様に「とんでもない!」とばかりに首を振った。
その様子に魔王様は目を眇める。……そういう状況だったと理解できてしまったのだろう。
「腐敗は一部とはいえ最高位の者とその周囲。私が仲間と共に尽力しようとも逆にやり込められる可能性が高かったのです。我々もそれを恐れ、派手な動きが出来なかったのですから」
「そう。ミヅキは役に立ったかい?」
魔王様の問いかけに聖人様は大きく頷く。
「勿論です! 神の奇跡を仕立て上げた挙句に多くの信者を容易く騙すその手腕、先ほど多くの信者達が貴族を恐れず参加したことも魔導師殿の誘導があってこそ!」
……。
褒められているのに、ろくでなし感が増したのは何故だろう。
ああ、魔王様の顔が引き攣っている。聖人よ、その暴露は私への攻撃か。
ジト目で見るも聖人様は大真面目に報告をしているようだ。……マジで賞賛しとったんかい、今の発言。
「そ、そうか。うん、役に立ったのなら何よりだよ」
「はい! あれほど良心の欠片もなく策を練る人物などそうはおりません。我らに報復の場を用意したばかりでなく、後のことまで考えてくださった。奴らがこれからじわじわと苦しむとは何と胸のすくことか……!」
……。
更に外道認定が進んでませんかね、聖人様。
とりあえず『ずっとムカついてた奴らに生き地獄決定! でかした! よくやった!』ってことでいいのかい。
魔王様は深々と溜息を吐き――教会関連に関しては聖人様の意見が総意だと判断したのだろう――次はグレンに視線を向けた。
はっは、赤猫巻き込まれてもらうぞ。恨み言はウィル様に言え!
「グレン殿は最初からミヅキの協力者かな?」
「いえ、先ほどの騒動に限定して協力を求められただけです。アルベルダが隣国ということもあり、関わらせることで情報を与えたかったのでしょう」
グレンの言葉に魔王様は沈黙する。
アルベルダが隣国ということを考えれば私の判断は正しい。
ただ……それが『グレンと個人的に親しいから』という部分が大きいので、個人の判断では問題といえば問題だ。
「ミヅキ、何故そうしたのかな?」
「混乱を避けるためです。この国の教会派の騎士が腐っていると情報をくれたのはカルロッサの宰相補佐様ですから、私の行動も予測しているでしょう。アルベルダにも最低限の情報があった方が連携は取りやすいかと」
ぴくり、と魔王様が反応する。私の意図しているものに気付いたか。
「これまでバラクシンの教会派貴族に思うことがあった者は他国にも大勢います。今回のことで一気に教会派貴族へ攻撃を仕掛ければバラクシンは困りますよね?」
「そうだね、だから君は『じわじわ苦しむ』という方法をとったのだから」
いくらクズでも国内への影響力は強い。彼らが一度に潰されれば教会とてただでは済まないだろう。
教会は信者達が善良だと証明されてはいるがそれだけだ。一気に財源が消えれば様々な方面で巻き添えを食らう。
「私は『私の敵』に限定して報復したいんですよ、魔王様」
「……我が国にカルロッサ、そしてアルベルダが君の報復内容とその背景を正しく知っていれば、いきなりバラクシンへは手出しして来ないと?」
「ん〜……手出ししないというより、手を出す場合はバラクシン王家にお伺いが必須だと理解するということでしょうか。王家が許可を出せば報復可能、みたいな?」
その場合は報復対象の貴族がバラクシンから切り捨てられていることを意味する。
数年後に消える家を事前に知る意味でも『バラクシン王家へのお伺い』は十分有効活用できるだろう。
何より周辺の国が即座に報復に出ることを控えるのだ、他国とて暫くは静観するはず。
「もしやアルベルダ王に連絡をとったのも……」
「ウィル様の判断に任せる、という保険はかけてますよ。まあ、乗ってくる人だとは思っていましたけどね」
ノリがいいもんな、あの人。それにチャンスを活かせる人でもあると思う。
絶対に『グレン貸してくれ』というそのままの意味だけでは受け取らなかったはずだ。
こちらもバラクシン的には利になるので、勝手な真似をした私やアルベルダに抗議はしないだろう。教会派貴族があれほど大人しいのは、グレンがバラクシン王家を支持するようなポジションにいたことも大きいのだから。
それを踏まえてウィル様は『王が来られなくて残念〜』と言わせたのだと思う。
王家の許可を得た=王家が賛同。こう取られても不思議はない。実際は私が予想外の大物を連れてきただけなのだが、連中に知る術はないので勝手に勘違い。
「君は本当に一つのことに対して考え付くものが多いよね。何故それを自己保身に活かせないのか」
「そりゃ、私が自分勝手に行動することが前提ですから」
溜息を吐く魔王様に笑顔でお返事。事実なので魔王様も呆れ顔。
起爆剤ですよ、私の役割は。『世界の災厄』と称される存在だからこそ、意図して動いてるだけです。
逆に言えばそれが許される……というか、不自然ではない。これを他の人がやろうものなら、個人的と言っても信じてもらえない可能性が高い。
「エルシュオン殿下、あまり魔導師殿を叱らないでやってくれないか。これは明らかに我々の力不足だ」
ライナス殿下が複雑そうに魔王様に待ったをかける。おい、いいのか他国の王子様相手に自国の不甲斐なさを認めて。
魔王様も意外そうにライナス殿下を見つめている。それを受けてライナス殿下は苦笑した。
「本来ならば我々が何とかすべきことだったんだ。結果として得をしたのは我が国……個人的には魔導師殿が善人とは思えないが、国としては感謝すべき存在だと理解している」
「私からも頼もう。王としてということもあるが、個人的には魔導師殿にとても感謝しているのだ」
「……個人的な感謝?」
バラクシン王の言葉に首を傾げる魔王様。私に視線を向けるも首を横に振って「知らない」と意思表示。
そんな私達の様子に王は笑って事情説明をしてくれた。
「私と妃はライナスを弟であり大切な家族と思っているのだ。ところが教会派などというもののせいでライナスは私達と距離をとってしまった。……滅多に兄と呼んではくれなくなっていたのだよ」
「あ〜……もしかしなくても家族の絆修復に役立ちました? 特に『お兄ちゃん呼び』は」
「勿論! いいものだな、お兄ちゃんという言葉は……!」
思い出したのか王は一人で感動中。あの、王様。途中までは良かったんですけど、最後で皆が微妙な表情になってますが。
まあ、確かに今後は関係が改善されそうだ。改善というより、かつての仲に戻るだけだが。
あ、ライナス殿下がやや顔を赤くしてそっぽを向いている。自覚があるんだな、やっぱり。
「ライナスが兄上や姉上と呼ばなくなり、臣下としての態度を取り始めた時は妃共々嘆いてなぁ……」
しみじみと呟くバラクシン王。
すると突然、正座をしたままグレンが王に向き直り。
「申し訳ありませんでしたっ!」
勢いよく土下座した。いきなりどうした、グレン。
呆気に取られる私達を他所にグレンは土下座したまま続ける。
「ライナス殿下に相談された際、『ならば明確な臣下として誓いをし、周囲に自分の主は誰かを理解させればいい』と助言したのは私なのです! よもや、家族関係に皹を入れていたとは……!」
……。
お前が元凶だったんかい、グレン。
「あのさ、グレン。もしかして『年の離れた王太子と母親違いの王子』っていう認識でそう言った? 単純に兄王子と権力争いしたくない的な相談だと思って」
「う、うむ。ライナス殿下の話からはそう聞こえたのでな」
「あ〜……私も幼かったからなぁ……そういう言い方をした、確かに」
グレンの言葉にライナス殿下は当時を思い出したのか、ばつが悪そうな顔をしている。
ライナス殿下も年齢的に幼かっただろうし、本人も言葉が足りなかったと思っているようだ。どうにも相談相手との間に認識のズレがあったらしい。
「申し訳ない、グレン殿。それは私の言葉が足りなかったのだ。どうか頭を上げてくれ!」
「グレン殿、ライナスもああ言っている。それに当時のライナスの言い方では貴方の助言は的確だったと思うぞ」
現状を思い出して慌てるライナス殿下に同意するバラクシン王。
うん、これは絶対にグレンを責められない。この兄弟の事情の方が特殊過ぎるもの。
「互いに謝罪し合ってるんだし、もういいんじゃないかな? 良い方向になったのだから」
魔王様が場を収めるべくそう言うと、グレンも漸く頭を上げる。その表情は安堵そのもの。
というかね、グレン。この世界で土下座って通じるの?
「しかし、魔導師殿とグレン殿が知り合いとはな。二人揃ってライナスに影響を与えるとは面白い繋がりだ」
王が面白そうに言うとグレンは頷きながら爆弾発言をかます。
「ミヅキは私が最も影響を受けた人物の一人ですからなぁ、未だに弟分扱いですよ。勝てる気もしませんが」
「「は?」」
その言葉にハモる王族兄弟。困惑を張り付かせて私とグレンに視線を向ける。
「……弟分、ですか?」
「年齢がおかしくないか? それとも魔導師殿は見た目どおりの年ではないのだろうか」
王様、微妙に失礼だな! ただ、混乱するのは判る。私だってそう思うだろう。
ちら、と視線を向けるとグレンは特に気にしていないらしく平然としている。いいのだろうか。
「私は異世界人なのですよ。ただ、ミヅキよりも前にこの世界に来たのです。ですから、時間のズレがあるのです」
「……いいのかい、グレン殿。それは隠していたのでは?」
魔王様の指摘にグレンは笑って頷く。
「我が主の許可は得ております。大々的に広めることはしませんが、バラクシン王に伝える分には構わないと」
「……。ミヅキとの繋がりを主張するか」
「ええ。『利用できるものは何でも利用しろ』とはミヅキの教えですから」
グレンの言葉に私に視線が集中する。その大半が呆れたものなのは何故だ!
でも確かに言ったね、それ。正確には『仲間だろうと遠慮なく利用しろ、手駒の能力を最大に活かして勝ちを狙え』だが。
勿論本人の同意があることが前提だ。仲間内で孤立すれば目も当てられん。
ただ、周囲から見ると策を立てる奴が外道そのものに見える場合があるので、私が鬼畜賢者と呼ばれる一因になったのだが。
余談だが仲間達にとっては『重要なポジションや囮=本日のヒーロー』だった。『よっしゃ、見せ場来た!』と思える発想は間違いなく私と同類。
「ほお、魔導師殿は昔からこうでしたか。仲間だろうと容赦がないですなぁ」
何故かにこやかな聖人様。
「いえいえ、聖人様ほどではございませんよ。数々の証拠は一体いつから集めていたのやら。それに……あの本は初めから赤でしたかね?」
わざとらしい私達の会話は時代劇の悪役紛い。でも後半は素だ。あの本は何色だったっけ?
皆の視線が集中する中、聖人様はにやりと笑って一言。
「さあ? どうでしょう?」
皆の聖人様へのイメージが何か変わった瞬間だった。顔を引き攣らせているのは今後深く付き合っていくだろうバラクシン勢。
「ようく判った。聖人殿もミヅキと同類か」
頼もしい繋がりじゃないですか、魔王様。そこで溜息吐かないの!
主人公達の感覚で説教といえば正座。聖人様もお付き合いで正座中。




