祭りが終わって、日が暮れて
イベントが終わって――男が力尽きたので終了になった――開始時と同じく城門近くの開けた場所。
そこには開会式と同じ面子に加え、教会の皆様が特別に参加していた。
と言っても王の御前に居るのは聖人のみ。他は門の近くで見守っているという感じ。
なお、男は布で巻かれた上に蓑虫状態にされて監視役の騎士に引き摺られて来た。命に別状はないらしいが、体力的にも精神的にも限界だったのだろう。
「これではっきりしたな。教会派が信者達を味方につけているなど妄想に過ぎないと」
王がはっきり言葉にすると教会派貴族達は顔を青褪めさせる。これで二度と王家と対立するなど不可能だ。
そもそも原因は王になれなかった王族が教会という一つの勢力のトップになり起こした権力争いである。
王族だからこそ意見が無視できないという状況であり、彼に付いた貴族達が後押ししたので妙な権力を持っただけ。
それがしっかり根付いてしまったゆえに教会派貴族なんてものができたのだとか。権力争いを場外で行なった結果、残ってしまった歪みだったのだろう。
王は信者達、そして聖人に視線を向けて言葉をかける。
「よくぞ信仰の尊さを証明してくれた。これで権力争いに利用されることもなかろう」
「はい。我々も長く王家の皆様に御迷惑をかけてしまいました。深くお詫び致します」
深々と頭を下げる聖人様。後悔を滲ませた表情はイベント中とは別人のよう。
「全ては魔導師殿の提案だ。感謝するぞ」
微笑みながら向けられた言葉に私は首を振る。
「私は『慕われている』という言葉が事実か確かめたかっただけです。それを証明したのは教会に属する人々ではありませんか。彼らの怒りは信仰を政治利用されたことに対してのみ……それが彼らの在り方なのでしょう」
「うむ、一言も王家に対する恨み言などなかったものな」
実際は聖人無双と化していたのだが、王と揃って綺麗にスルー。あれは敬虔な信者の姿なのです、信仰を利用されたあまりに怒る姿だったのです……!
……。
そういうことにしてくれ、対外的に。
「今回の事を提案したのは私です。教会の皆様、特に聖人と呼ばれていらっしゃる方の怒りと熱い想いはとても楽し……いえ、感動させられました」
微妙に本音が出かかった私に魔王様の眉が少々上がる。……大丈夫です、ボロはまだ出してません!
「そこで私から提案があります。……その前に前提となる条件の確認をしますね。この場で言っても宜しいですか?」
「ふむ、申してみよ」
王が興味深そうに許可を出す。
「まず、『教会は寄付が関わろうとも教会派貴族の味方ではない』。これまでは寄付を盾に取られてきたようですし、守るべき者がいる以上は言いなりになるしかなかったと今回の事で知れました」
「うむ、そうだな。その事情は理解できるし、先日貴族と癒着していた者達が内部告発の末に追放されたと聞いている。ある意味脅迫されていたようなものなのだ、罪に問う気はない」
私の言葉に頷く王。重要なのだよ、これ。簡易とはいえ公の場で王から『教会にも事情あったって理解してるよ!』と言われたのだ。内部告発のこともあるし、これで連帯責任は免れる。
「あ……ありがとうございます……!」
感極まったように深々と頭を下げる聖人様。
罪に問わないと判断されただけではない、内部告発という言葉を使って教会全てが腐っていたわけではないと王自ら証言してくれたからだ。
何より教会の事を気にかけていなければ知らない情報である。それが嬉しいのだろう。
二人の様子を確認した上で私は本題を告げる。
「信者も教会に属する全てが腐っていたわけではないのです。ですから! 教会派貴族を名乗った者達に誓約書を書かせてはいかがでしょう? 『寄付は決して味方につくことを強要するものではない』と」
「ほう、確かにそれは必要だろうな」
誓約書という言葉に、教会派貴族は苦い顔をするも反論はない。
たとえ制約の術式が組み込まれても、時が経てば無効になると思っているのだろう。一族全てに対しての制約とかは無理みたいだし。
「普通に信者であった者達はこれまでと同じです。ですが利用するために寄付をし、まるで民を味方につけているかのように振舞ってきた者達もまた教会の財布として生かしておく必要があることも事実」
「財布……」
「訂正。財源です、財源」
いかん、つい本音が。
「今後寄付は一度国に納めることを提案します。寄付の額は寄付をした家が国・教会双方に通達し、確かにその金額が寄付されたのだと互いに判るようにすればいい。また、教会は必要経費の明細を王家に提出」
「何故そのような手間を?」
かなりの手間が追加される提案に王が代表して聞いてきた。誓約書を書くのならば、これまでのような寄付では駄目なのかと。
そんな王に向かって私は一つ頷く。
すみませんね、王様。私はこの国を信頼していないのですよ。
「国に報告した金額と同額が寄付されていると確認する為、理由無く寄付を減らさぬ為、そして国と教会双方で不正が行なわれていないことを互いに知る為です。国に納めるならば貴族も簡単に誤魔化しは出来ません」
『本当に教会に納めるか信頼できん』ということだ。教会は立場的には貴族よりも劣る、これまでの金額よりも大幅に下げてしまっても『寄付をした』ということにできる。
「それに国とて理由なく教会の必要経費額が上がれば不正を疑いますし、逆に金額が合わなければ『誰が嘘をついたのか』を合同で調べる必要が出てきます。情報が互いに提示されていることで不透明な部分を無くし、教会上層部と貴族の癒着を防ぐ意味がありますね」
国だけではなく教会にも寄付した家から金額が通達されるので、『国が誤魔化す』ということができない。教会から月に一度でも人を呼んで情報を確認し合えばいいじゃないか。
教会は必要経費の内訳を提示することで不正を未然に防ぐ。定期的に会う機会があるなら国に相談するという手もあるので、内部告発が可能だ。今回の聖人様騒動のような荒技はそう簡単に使えない。
「なるほど。互いに不正を確認、もしくは告発することが可能というわけか。寄付額の申告も家紋入りの紙に記載させれば十分な証拠となるな」
「今回は聖人と呼ばれる方が動いたからこそ可能でした。下の者が上に逆らうことは困難……ですよね?」
理解を示す王に教会側の事情を仄めかし、確認するように聖人様に視線を向ければ大きく頷き同意してくれた。
「そのとおりです! 私とて神の奇跡や私を信じてくれた者達がいてくれなければ無理だったでしょう。不正の証拠だけでは貴族と癒着した愚か者どもを葬れ……いえ、叩き出せませんでした」
微妙に本音が漏れかけたな、聖人様。私は聖人様の方を向く。
「王家とて信者であることが悪いと言っているわけではありません。教会派を名乗る貴族が『自分達の背後には大勢の信者がついている。民に剣を向けるのか』と言っていたことが問題でした。何の罪もない信者を思えばこそ耐えた。それは理解していますよね?」
「勿論ですとも! 王家の皆様は力に物を言わせて強行することもできたでしょうに行なわなかった、そして我々信者が虐げられたことも無いのです。何よりこのような場を与えてくださった。我等も民と慈しまれているのだと皆も理解できたことでしょう」
『王家を悪く思ってなんかないよ!』と断言した聖人様の言葉も重要だ。これを聞いた信者達は王家に疎まれてはいないのだと確信できるのだから。
私は再び王に視線を戻す。
「つまり悪いのは寄付を盾にとって勝手に教会を私物化した極一部。どのみち他国の王家からの評判も最悪なのです、彼らに存在理由を与えてあげなければ今後が不安ではありませんか?」
地味に『教会派貴族の存在理由は財布説』を主張。あくまで彼らの為なんだよ、と。
教会派貴族達も納得できるのか厳しい顔をしながらも無言。反論できないのだ、これまでの言動から。
その様子をしっかりと確認した上で、私は笑みを浮かべながら続ける。
「それにね? 私は……『バラクシン王家の誠実な対応と民への優しさ』と『内部告発をし、更に潔白を証明して見せた聖人様と信者達の勇気ある行動』と『私のお願いを聞いてくれたバラクシンの対応』があるからこそ一旦刃を収めたに過ぎないのですよ」
意味が判らなかったのか『どういうことだ』と言わんばかりに怪訝そうな表情になる人々。
やだなぁ、このイベントはあの男と擁護した貴族達の為のものであって、イルフェナや私の為に行なわれたんじゃないのですけど。
「お忘れのようですがイルフェナ勢の今回の訪問は『教会派貴族がフェリクス殿下を騙して魔導師との接点を作ろうとしたこと』と『それに伴いイルフェナを侮辱したこと』が原因ですよ? ご丁寧にも化け物扱いもしてくれましたし?」
「そ、それは……っ」
にっこり笑えば先日の事を思い出した人達が顔を強張らせた。
魔王様も笑みを浮かべながらも頷いている。私達にも目的がありますものね。
「王には十分誠実な謝罪をしていただいた。だからイルフェナは今後の対応次第で不問にするよ」
「ということは後は私ですね。信者であるだけの教会派貴族に手を出す気はありませんが、それ以外は一纏めで報復しますので御覚悟を」
「わ……判った! 言い分を飲む!」
笑みを深めて威圧を向けると、心当たりがある者達は怯えて首をぶんぶんと振りながら良いお返事。そして騎士に連れられて人々は去っていく。
後に残ったのは王族・王家派貴族の皆様とイルフェナ勢、そして聖人様にグレン。信者さん達も聖人様に言われて帰って行った。
……。
さて、ネタばらし行こうか!
「ふふ……本当に、本っ当に温い思考回路してるのねぇ……」
突如笑い出す私に周囲は怪訝な顔をする。さすがにグレンとイルフェナ勢は違うか。聖人様よ、期待に満ちたいい笑顔だな!
「ほお……やはり続きがあったな?」
グレンがやれやれと言わんばかりに確認してくる。
「当たり前じゃない。私はこれでイベントが終わりなんて言ってないわ。逃げ道が閉ざされた最終通告がまだでしょ」
にこやかー、とばかりに無邪気に笑えば一部を除いて人々はドン引きした。
やだなぁ、教会の財布扱いしただけじゃないか。勿論それで済ます気は無いわけで。
「バラクシン王は一言も『これまでの行いが無かったことになる』なんて言って無いけど? 処罰できなかったのは教会が背後にあったからであって……もう処罰できるじゃない。しかも教会の後押し付きで!」
そう言えば皆は目を見開いて固まった。聖人様は「勿論です! 必要ならば情報を提供します!」と後押しする気満々だ。
「私は今後の提案をしただけよ? だって口を出す権利なんてないもの、参考にして今後どうするかを決めるのって王家だよね? だいたい、心当たりのある連中は一体いつ『ごめんなさい』したのかな?」
「……儂は聞いてないな、一度も」
「私も。不思議よねぇ、聖人様もいらっしゃるから信者達さえ納得させることができる、絶好の謝罪の場だったのに」
その時点で反省も謝罪する気も無いよね、と続けると周囲は暫し考え込むような表情になる。そして一通りの記憶を探り終わると、首を横に振った。彼等の記憶にも無いようだ、納得してくれたらしい。
「暫くは教会の財布として飼い殺して使えそうな奴は家の格を落として再教育、駄目な奴は財産を取り上げて家を潰せば何の後腐れもないと思うの」
「おおぃ、随分と酷い扱いじゃないか!?」
即座に突っ込むのは常識人ライナス殿下。先ほどとはあまりに差がある展開に声を上げずに入られないのだろう……聖人様がこの場に居るという理由で。
下手をすれば王家が外道認定されちゃうもんね。
だが、そんな心配は杞憂だった。
「素晴らしい案ですな! 本当に反省していれば謝罪の言葉とて自然に出るもの。貴族とは本来王家に仕えるべき立場なのです、それを忘れ去った者など国の恥にしかなりますまい」
当の聖人様は大絶賛。『やっちまえ!』という歓迎ムード。
……イルフェナ勢から向けられる疑いの眼差しはスルーしようぜ、友よ! ライナス殿下を始めとした人々が硬直してるのも無視です、無視。
「で、その後ですけどね。さっきも言ったように教会の運営に国が関わるようになれば、これまで教会派貴族達の所為でついた悪いイメージは十分削げると思うのですよ。今回の勇気ある行動も他国の認識を変えることに繋がると思います」
そして皆に『私が考えた素敵な今後の行動 〜皆で幸せになろうよ! 〜』を解説。
※魔導師的今後のプラン(仮)
・寄付を接点に教会との情報交換の場を作り出す。
・教会派貴族を財布扱い。この期間に要る奴と要らない奴の選定。
・要らない奴は財産没収・家取り潰しコース。要る奴は家の格を落として再教育。
・ある程度片付いたら、その後の対応をイルフェナに報告。
・事前に今回の事を私が拡散。その後、イルフェナが納得した対応を情報として流す。
・事前に他国には興味を持たせているので、必然的に情報を得ようと動く。
・事実と確認できれば自動的に教会への疑いは晴れ、バラクシン王家の評価上昇。
「……こんな感じで考えてるんですけどね」
「……。君、本当にこういう事が得意だよね。イルフェナは利用されるわけじゃないのに、結果的に協力することになるのかい」
呆れを滲ませた魔王様の言葉に私はこっくりと頷く。
「馬鹿どもの評価が地に落ちるどころか路頭に迷う危機ですよ? 純粋に抗議するよりダメージ大きいじゃないですか」
「うん、そうなんだけどね? どうして君が簡単に思いつくのか、思うところが色々とあるんだよね」
多大な呆れ故か釈然としない表情の魔王様。嫌ですね、私は最初から親猫様を侮辱した馬鹿どもを許す気などありませんよ。子猫は感情に忠実なのです。
「相変らずだな、ミヅキ。しかもその手柄はバラクシン王家と誠実な教会の人々のみとはな」
「私が出ていく必要はないでしょ? 私は自分の楽しみの為に報復の場を整えてもらっただけだもの、恩返しくらいはするよ」
面白そうにしているグレンの言葉に、にやりとした笑みで答える。『恩返し』が意味するものを正確に理解できているのだろう、赤猫は。
ぶっちゃけると『民を思う故に身動きが取れなかった王家の優しさ、報復の機会を得て発揮された手腕』と『貴族に逆らい明日の糧さえ得られなくなる恐怖を抱えながらも内部告発した勇気と神に対する真摯な姿勢』が評価される。
特に王家は『屈辱的な思いをしようとも行動しなかったのは民優先だったからであり、不可能だったわけではない』と周囲に実力を見せつける絶好の機会だろう。
元は権力争いの果ての対立なのだ、他国からするとバラクシン王家は少々不甲斐無く見えるのでイメチェンしとけ。
「……魔導師殿には何も利がないように思えるが」
困惑気味なライナス殿下の問いに頷く。……冗談抜きにそれだけである。イルフェナは結果に満足し、私は得る物などない。
グレンとの会話にバラクシン勢は私をガン見、逆にイルフェナ勢は苦笑するばかり。
協力者とか裏方専門だもんなー、私。知らないと意外に聞こえるかも。
聖人様はその計画を聞くなり私の手を取り、笑顔でぶんぶんと上下に振っている。他国からの低評価脱出には教会の今後がかかっているから当然か。
「感謝します! これで商人達の認識も変わってくれることでしょう!」
……いや、イルフェナの商人達に関しては今回の事が原因なのだが。微妙に後ろめたい気持ちになり、やや視線を泳がせる。
まあ、頑張ったもんな聖人様。これで教会の未来は何とかなりそうだ。
信者達も王家に感謝するだろうし、国が纏まらなければならない時には協力してやってくれ。
バラクシン王は腕を組み、私を見ながら複雑そうに呟く。
「これは確かに魔導師殿の評価が分かれるだろうな。結果だけ見れば善人だ」
「あの、父上。本当に、本当に『イルフェナが魔導師殿を優秀と広めているから恐ろしい』のですか? どう考えても敵を容易く手玉に取る魔導師殿個人の方が私は恐ろしく思うのですが」
「……」
顔を引き攣らせた王太子殿下の問いにバラクシン王は無言。ただしその表情は『違うかも? 判断間違った?』と言いたげだ。
「だから言っただろう、『敵にならなければいい』と」
魔王様の言葉に人々はこっくりと頷く。理解できたようで何よりだ。
「あ、王様。これ、バルリオス伯爵への報復策でもあるんで家を潰したりしないでくださいね」
「うん? フェリクス達のこともあるから、家を潰すことにはならんよ」
突然話を振られ怪訝そうな顔になりながらも、バラクシン王はしっかりと明言する。
おお、そういや居たな。あれを引き取らせるから最低限の立場は保障されるのか。
ただ疑問に思う人は意外と多かったらしい。首を傾げている人達が大半だ。
「魔導師殿、君は伯爵を報復対象にしているんじゃないのかね?」
「してますよ? だからこそ伯爵家だけが特別扱いという展開が望ましいのです」
「……意味が判るよう説明してくれ」
代表で尋ねてきたライナス殿下も意外そうに首を傾げている。……絶対に私が直接ボコりに行くとでも思っていたな、この人。
「これまで好き勝手してきた教会派貴族達は数年でかなり悲惨な目に遭います。……そうなった元凶であり、同じ立場だった筈なのに特別扱いされているように見える伯爵家はどう思われるでしょうね?」
「……! そういう、ことか」
「数年あるんです、フェリクス達だって自立すれば無関係。逆に縋ったままなら伯爵家の一員として周囲から嫉妬と悪意を向けられる」
長期的にだがじわじわと来るだろう。胃には穴が開くんじゃなかろうか。
しかもイルフェナからは地味にいびられ続けるのだ、羨ましがられる要素は『それなりに家が無事』という一点のみ。
「イルフェナの人達だって私達だけが報復するのを羨むと思うんですよね、お土産を用意しなければ」
「今後はじっくり末路を観察されるわけか。確かにそれならば皆も納得するだろう」
うんうんと頷く魔王様。そこで止めないあたり国としての怒りを判っているのだろう。
私はひっそりと共犯者と笑みを交わす。
私達の目的は『聖人と敬われること』でも『個人的な利を得ること』でもない。重要なのは人からの評価ではなく、齎される結果。
……望んだ成果を出した私達の勝ちだよなぁ? 友よ。
バラクシンのためだけで終わるはずがなかった。