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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
魔導師の受難編

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惜しまれる存在ならば 其の四

今回、視点が色々変わります。

――ある夜、カルロッサ某一室にて (宰相補佐視点)


「ふふ、今頃は小娘が暴れているでしょうねぇ」


 指先で髪を弄びながらバラクシンに居るであろう、トンデモ娘に思いを馳せる。その騒動はクラレンスの言葉に乗った自分も一役買っているのだ。


『ミヅキを利用して貴方の従姉妹の報復をしませんか』

『何よ、突然』

『ミヅキにとっても我々にとっても有益な策があるのですが』


 告げられた内容に思わず呆気に取られた。未来の妹として、または『良い子』と褒め可愛がっているのではなかったのかと。

 そう言えばクラレンスは笑みを深めた。


『可愛がっていますよ? 同時に認めてもいるのです。あの子はとても頑張りやさんですしね』


 愛でられるだけの存在など要らぬ、確実に結果を出す能力さえも求めるのだとクラレンスは言い切った。おそらくはそれができなければ心から可愛がることなどないのだろう。


 その策は至って単純だ。あの小娘に教会派貴族達の情報を齎せばいい。


 イルフェナだけではなく他国の自分からも齎されたという事実は、ミヅキが国の上層部に個人的な繋がりを持つ事も含めて『他国の評価』と受け止められるだろう。

 そう、ただそれだけなのだ。後は教会派貴族がミヅキに喧嘩を売ってくれれば、その情報はミヅキにとって有力なカードとなる。

 尤も『話し合い』などという平和的解決が待っているとは欠片も思わない。ミヅキは少々……いやかなり性格に難ありで、最良の結果を出しつつも敵には最悪の結果を齎すのだから。


 しかもそれは個人的感情という理由が大半を占める。

 冗談抜きに災厄なのだ、あの小娘。


「まったく……あの人も厄介な場所に嫁いだものだわ」


 思い出すのは自身が末っ子ゆえか、年下の自分を可愛がってくれた従姉妹である公爵令嬢。彼女の嫁ぎ先がバラクシンの王太子だと聞いた時は本気で止めようとすら思ったのだ。

 あの国は教会と王家が長年対立をしている。そこに未来の王妃として嫁げばどれほど苦労するのかと。

 いくら天然気味の従姉妹であろうとも精神的に疲れ果てるかもしれない。口には出さなかったが周囲とて案じていた筈だ。


 ……が。

 事態は思わぬ方向に向かったのだ。


 外交ついでに里帰りした従姉妹はやつれるどころか……元気一杯だった。それはもう、目をキラキラとさせながら満面の笑みでこう言ったのだ。『夢が叶ったの!』と。

 聞けば王太子殿下の歳の離れた弟君が天使の如く可愛らしく、照れながら『……あねうえ?』と呼ばれた瞬間運命を感じたらしい。勿論、惚れたという危ない趣味ではない。

 彼女曰く、歳の離れた妹に無邪気に懐かれる友人を見てから『幼い弟・妹』というものは憧れであり、同時に叶わぬ夢だと思っていたそうだ。

 確かに彼女と釣り合う年齢の男性に嫁いだとしても、そこでできる弟や妹はそれなりの年齢だろう。下手をすると独り立ちしているし、義理の姉より友人や恋人を優先しそうだ。

 ……そういえば自分もよく面倒を見てもらった。あれはそういう裏があったのか。

 呆れるこちらを無視し、それはそれは幸せそうに語った内容を要約すると。


・弟君の可愛さにやられ、初夜にて王太子殿下に「ライナス殿下に弟を作ってやりたいのです!」と進言。

・王太子殿下はその提案を非常に喜び、結婚早々夫婦共通の目標が出来た。

・更なる目標は子供達がライナス殿下を『兄上』と呼ぶことである。


 仲が良いと評判の王太子夫妻の秘密が判明した瞬間だった。それはお互い運命だと思うだろう、夫婦揃って同類なんて。

 ……はっきり言おう。呆れた。それはもう、思考回路に不安を覚えるほどに。

 そもそも子供が生まれても『兄』ではなく『叔父』である。何、夫婦揃って幸せ家族計画を立てているのだ!



 しかし一大目標ができた同類夫婦は強かった。



 前提としてある程度の足場の確保が必要になるためか、教会派貴族達は悉く王太子夫妻に敗北したのである。付け入る隙を窺っていた連中を新婚夫婦は見事蹴散らしてみせたのだ。

 最もそれが現れているのは王妃が王子を三人生んだことだろう。こればかりは欲しいと思ってどうなるものではない。

 執念……いや気合と根性か? 夫婦は運すら味方につけたといってもいいだろう。

 唯一の敗北が側室を取らされた事だろうか。だが、これは二人に責任はない。悪いのは当時まだ王位にあった先代なのだから。

 そんな無敵な夫婦をマジ泣きさせたのは十数年前の出来事である。

 久々に里帰りした従姉妹は泣きながらこう告げたのだ――


『ライナスが……っ……姉上って呼んでくれなくなっちゃったの!』


 お馬鹿さんと言うなかれ。国王夫妻は冗談抜きに落ち込んだのだから。

 聞けばライナス殿下は元は教会派貴族が送り込んだ側室の息子であり、教会派貴族にとって期待の星だったらしい。

 ところが母を早くに亡くし、家族達に可愛がられて育ったライナス殿下は非常に賢く成長。自分が教会派貴族の駒になる可能性を消すべく、継承権の破棄と臣下としての誓約を行なったというのだ。

 可愛がられたから、そして王族として立派に育ったからこその選択である。拍手をして褒めてやりたいほどの徹底振りだ、独断で全てを放棄し先手を打つなど。

 だが、弊害があった。臣下としての態度を周囲に見せ付けるべく、ライナス殿下は兄を『陛下』、姉を『王妃様』と呼ぶようになったのだという。

 これには国王一家が悲しんだ。これまで家族として過ごしてきたのに、距離を置かれてしまったのだから寂しさは当然だろう。

 以来、国王夫妻は原因となった教会派貴族達を個人的に恨んでいる。それが連中を抑える原動力となっているのだから皮肉なものだ。


「教会派の連中があの小娘を放っとくはずはないわ。絶対に、絶・対・に! 下らない真似をして小娘の怒りを買うでしょうねぇ?」


 手にしたグラスから酒を一口飲み、イルフェナで土産に貰った『生ハム』とやらに視線を向ける。

 透けるほど薄切りにしてチーズや野菜を包んだものを酒のつまみとして出してくれた際、気に入ったと口にしたら分けてくれたのだ。塩漬けの肉かと思ったら、これも異世界の料理らしい。

 貰っていいのかと聞けば『カルロッサではお世話になったので』と返って来た。ミヅキなりの御礼ということなのだろう。

 このことからもミヅキは世話になった者にはきちんと感謝できる子だと判る。恩返しだって頼まれずともやるだろう。ただ……その反動か敵になった者には本当に容赦が無い。


 そんな奴が一番懐いている保護者を侮辱されて黙っているはずはない。

 最悪ともいうべき報復が展開されることは確実だ。


 カルロッサでキヴェラからの追っ手を泣かせた時には冗談抜きに顔が引き攣った。どこの拷問担当者だ、あれが民間人とか嘘だろう!

 恐ろしいことに国の上層部を震撼させたキヴェラ敗北の筋書きは未だ全てが判っていない。魔王殿下が隠すので詳しく知ることができないともいう。

 だが、つまりはそういうことなのだ。『他国に隠さねばならないことをやらかした』と。

 気付いた時は即座に『異世界の魔導師の敵にはならないでください』と進言した。先日のクラレンスの反応を見る限り、それは正しかったのだろうと確信できる。

 ふと視線を向けた窓の外には月が明るく輝いていた。……そういえば『ミヅキ』という名は月を意味すると聞いたなと不意に思い出す。

 そして。

 騒動が起きているであろうバラクシンを思い、口元に物騒な笑みを浮かべた。


「頼んだわよ、小娘ぇっ!」


 自分は動けないのだ、だからこそ可能な人物に託す。共犯者の一人として、盛大に暴れるだろう魔導師の味方をすると言うべきだろうか。

 何せ自分はクラレンス同様あの娘の敗北など欠片も疑ってはいない。

 自分もまたあの小娘を信じている――方向性は別として――のだと言う事実を、予想外に容易く受け入れたのは秘密だ。


※※※※※※※※※


――イベント会場にて (聖人様視点)


 しっかりと正面を見据え、道の中央に立ち目標が来るのを待つ。

 信者達は私に場を譲ると言ってくれた。危険ならばお手伝いします、とも。

 その頼もしき同志達は目標の逃げ道を塞ぐべく、周囲に控えている。


 これは私にだけ報復を押し付けたのではない。


 私の怒りに共感するからこそ、できることをしてくれただけなのだ。


 右手に視線を向ければ、適度な厚さの本が目に入る。

 たかが本と侮ってはいけない、これこそ我が罪の証――信者達を騙したのだから当然だろう――であり、魔導師からの祝福なのだから。


「来ました!」


 誰かの声に正面を向けば、裸の男が歩いてくる。その顔はいかにも不機嫌であり、騎士という職業故か鍛えられた体は周囲を威圧しているよう。

 それは民間人ならば恐れを抱き、即座に道を譲る程度の迫力ではあった。


 だが。


 だが……!



 あの魔導師に比べれば何ぼのもんじゃぁっっ!



 真の恐怖……いや、悪意を知る自分からすればなんと可愛らしい抵抗なのだろう。

 反抗期の子供のように周囲に強がって見せているだけ。それで自分を上位に見せているつもりなのだ、実に笑いが込み上げる姿ではないか!


 真の悪意とは密やかに忍び寄り、気付かれずに牙を剥くものである。

 

 警戒心を抱かせず、最小限の関わりと裏工作で最も効果的に結果を出す者に見せ場を譲るのだ!


 あの魔導師は自分が認められる事など考えてはいない。敵に救いの無い絶望を味わわせ、より最悪な結果に導く事が全てなのだ……!

 今回は完全に利害の一致という繋がりである。だが、だからこそ!

 同時にこれ以上はない頼もしき共犯者と化すのだ。私とて相棒の期待に応えてみせるとも!


「ふふ……漸く、漸く来たか」


 口元に笑みを浮かべながら本を左手に軽く叩きつける。相変らず頼もしい感触と重さである、これの角で殴れば騎士といえども無事では済むまい。


 狙うは頭一択……!

 非力な聖職者だからこそ確実に傷を負わせられる場所を狙うのは基本!


 男の視線が自分を捉え、訝しげな表情になる。

 ただ一人、本を持って道の真中に立つ聖職者はさぞ異様なことだろう。


「貴様は……?」

「お初にお目にかかりますなぁ、教会派の騎士様?」


 まずは微笑み軽い挨拶を。

 そして。


「我等の怒りと恨みを思い知れぇぇぇぇっっっ!」

「……へ!?」


 男は間抜けな表情で気の抜けた声を上げる。突如豹変した私に驚いたのか、状況に付いていけなかったのかは定かではない。そのようなことは、どうでもいい。


 この瞬間、『狩る者』と『獲物』という立場は間違いなく決定したのだ。その事実が全てである。


※※※※※※※※※


――イベント会場にて (治癒担当者視点)


「……」

「……」


 隣の騎士共々、俺は無言だった。無言にならざるを得なかった。


「な、なあ……ヤバくないのか、あれ」


 顔を引き攣らせながら若干震える指で指された場所。そこは中央の二人を囲むように人の輪が出来ている。

 そう、『武器を持たぬ民間人』。だが『一切傷つけず身分も振り翳さない』という誓いがある以上は、彼らに退いてもらわない限り逃げ道は無い。

 

 誰だ、こんな知恵を授けやがった奴は!

 ……あの人か? あの魔導師殿の入れ知恵か!?


 一度思い至ればそれが正解のような気がしてくるから不思議だ。

 だが、他に該当者が思い浮かばないのも事実……別の意味で魔導師への信頼は培われているようだった。


「というかだな……最初に動いた二人は明らかに狙ってただろ」


 思わずそう呟き『騒動の始まり』を思い出す。

 そう、あれは確実にこの展開を狙っていた。と言うか、どうも聖人と呼ばれる聖職者は代表として報復に臨むつもりのようだった。

 しかも手にしているのが本。説教でもするのかと思っていたら、動いたのは彼ではない信者達。

 男が聖人と対峙し、聖人が本を手にした腕を振り上げる。男はそれを鼻で笑いつつも片手で防ごうとしたのだ。

 騎士である男からすれば聖職者の一撃など大したダメージにはならないのだろう。


 だが。


 男が攻撃を防ごうと上げた手に斜め後ろから突如縄が巻き付き、男の妨害をしたのだ。それに舌打ちをし、反対の手を使おうとするも同じように妨害される。


『やっちまってください、聖人様ぁっ!』

『お手伝い致します、御存分に!』


 そんな言葉と共に二人の信者は男の動きを封じた。二人は最初から聖人に報復の場を譲るつもりだったのだろう。そして周囲に集っていた信者達は聖人と男の周囲に集って囲んでいく。

 見事な連携である。これが信仰で繋がっている底力だろうか。

 そしてその後は聖人の暴力……いや、力の篭った説教が展開されたのだ。


『貴様らは!』


 言葉と共に男の右頬に一発。


『一体!』


 次は左頬。


『何を!』


 再び右。


『やらかしとるんじゃぁっ!』


 再び左。

 何故か男は次々に繰り出される本の攻撃に、予想外のダメージを受けているようだった。本で殴られたとはいえ相手は聖職者、それでこの状態は些か情けない。

 その後も聖人の説教は更に続く。ふらついた男の髪を鷲掴みにし、怒りの形相で言葉を続けていた。


『教会はなぁ、てめーらの所為で詰んでんだよ。王家に楯突くわけねぇだろうがよ、善良な信者達が!』

『ぐ……貴様、庶民の分ざ……い!?』

『口ごたえは要らん! 黙って聞けや』


 ……何故か蹴りが入ったようだ。彼は聖職者の中でも武闘派なのだろうか?

 いや、聖職者に武闘派なんてものがあるかは知らないが。


『散々権力争いに利用してくれたなぁ? 我等を味方や所有物のように扱って王家を脅迫してきたよなぁ? 貴族として恥ずかしくねーのか、貴様らはよぉ!』


 若干大人しくなったものの未だ睨み付けて来る男の頬に、ぴたぴたと本を当てながら説教する聖人。

 口調は『何処のゴロツキだ、お前』と突っ込みどころ満載ながらも、言っていることは間違っていない。

 教会にも心ある者達が居た、いや大半の信者は憤りを感じていたのだろう。それが今回の事で爆発した、ということか。

 そこからは聖人無双であった。言葉と共に本が跳ぶ。

 そして男がヤバくなりかける度に治癒魔法をかける……ということが繰り返されているのだ。


 溜息を吐いて俺は回想という名の現実逃避を終わらせた。何のことは無い、そろそろ俺の出番だからだ。

 あんなどうしようもない奴でも死んだら困る。善良な聖職者を殺人犯にしてはいけない。

 俺は再び溜息を吐くと人々の輪の中央に足を進めた。俺の役割が治癒担当ということをこれまでの行動から知った人達は、素直に道を空けて先へ進ませてくれる。


「あ〜……そろそろ一旦止まれ。死んだら拙いだろ」


 投げやり感が溢れつつもそう口にすると、聖人は動きを止め実に爽やかな笑みを向けて来る。


「おお、そうですな! お勤め御苦労様です」

「……。いや、そちらも十分楽しまれているようで」

「いやいや、お恥ずかしい。つい、熱が入ってしまいましてな」


 それ以外を口に出来ず言葉を返せば、聖人は照れを滲ませて笑う。

 言葉だけならば熱心なあまり周囲が目に入らない聖職者。我に返った時の笑みは優しく朗らかで、人々から向けられる敬愛の視線からも慕われている人物なのだと推測できた。


 ……が。


 その服装は物騒という一言に尽きた。

 まあ、あれだけ激しく動いていれば当然なのかもしれないが。


 所々に赤い汚れがついた白い服とか。


 激しい動きに少々解れかけている袖とか。


 ……手にした本は最初から赤かった。そう思いたい。


 息を弾ませているあたり、やはり体力は無いのだろう。それでも自ら殴……いや、説教したかったということなのか。

 視線を下に向けると赤黒く汚れた物体が虫の息となっていた。

 腐っても騎士である。治癒魔法さえかければ命に別状はあるまい。そう思い、事務的に作業をこなす。

 どちらかと言えば治癒される方が苦痛が長引くのだが、こちらも仕事だ。『ざまぁっ! これまでの報いを受けやがれ!』と思っての事ではない。ないったら、ないのだ!


「では殺さぬように」

「判っております。お世話をお掛けしました」


 一声かけて再び離れていく自分に聖人が律儀に声をかける。

 周囲の人々からも感謝の言葉がかけられ、先ほどと同じように道を空けてくれた。 


 その後「さっさと起きんか!」という怒鳴り声と鈍い音が聞こえた気がするが、その場から離れかけていた俺は何も知らない。


※※※※※※※※※


――城の一室にて


 監視の騎士に持たされている魔道具からの映像中継を見ていた人々は全員無言だった。

 道に配備された騎士達――イベントに参加しない民間人の為に配備されている――からは危険だという知らせは無い。

 つまりあれは自ら参加した信者達ということになる。数の暴力って凄ぇ!


「……。ミヅキ?」


 笑顔でこちらに顔を向ける魔王様を無視してふいっと顔を背ける。


「……グレン殿?」


 グレンも私に倣って同じ行動をとった。そうだよな、こういう場合は視線を合わせちゃいけないよね!


「魔導師殿……貴女は彼らに入れ知恵をしなかったかね?」


 すぐ傍にいたライナス殿下が呆れながらも聞いてくる。聞くといっても、もはや確信しているのだろう。深々と溜息を吐いておいでだ。


「相談されたから答えただけですよ? 実行したのは彼らです」

「なんて相談されたんだ?」

「え、『聖人様のお役に立つにはどうしたらいいか』って」


 嘘ではないし、この答えなら問題にはならない。

 だって、ヤバイ罠の作り方を教えたわけでも、魔道具を渡したわけでもないのだから。

 聞いていた皆さんもそれが判ったのか、咎める気はないようだ。


「聖人様に心置きなく行動してもらうよう、場を整えただけじゃないですか。それに教会派貴族も現実が見えたのでは?」


 ひらひらと手を振りながら明るく言えば、王は怪訝そうな表情になった。


「どういうことかね?」

「数の暴力は凄いってことですよ。……次に信者達を怒らせれば、怒り狂った信者達が貴族の館を襲撃したりするかもしれませんし」

『え゛』


 ぴしり、と場の空気が凍りつく音がしたような?

 いや、でも今回の事で『皆で協力すればできる!』って自信がついたと思うのですよ。間違いなく、実力行使という選択肢は増えたことだろう。物凄く機会が限定されるけど。


「私兵を持っていたとしても圧倒的な数相手には打つ手がないでしょうし、魔法を使えば超目立つ! ので国からの追及は確実です。そこで『教会が何故こんな行動を起こしたか』を訴えればいいじゃないですか」


 私の言い分を魔王様は即座に理解したようだ。一つ頷くと補足するように言葉を続けてくる。


「なるほど、訴えを直接国に聞かせる方法ということかい。しかも信者ではない民にも行動を起こした事は知られているから、国としてもその後の対応を公表せざるを得ない」

「日頃から凶暴ならばともかく、普段大人しいなら事情があったと思われるでしょうしね。それに王家が無視できないほど信者は多いんでしょ? ……民はどちらの味方でしょうね?」


 これまで教会派貴族が王家に対し使ってきた切り札である『民の扇動』。それが教会派貴族達に牙を剥く可能性があるということだ。

 勿論これは他の貴族達にも言えることなのだが、これまでと変わらぬ行動をしていれば問題は無い。

 重要なのは『教会が国に不正を訴える方法を得た』ということ。


「民がそのような考えを持つなど危険ではないかね!?」


 教会派らしい小父さんが悲鳴のような声を上げるが、私は映像を指差し首を横に振る。


「見てください。……彼らは冷静です。しかも貴族に牙を剥く怖さを彼らは知っている。感情だけで簡単に動いたりはしないでしょうし、行動をする時はどうしようもない場合ですよ」

「しかしっ……!」


 それでもまだ言い募ろうとする男に、私は更に言葉を続けることにする。そして、そこに乗るのが魔王様という人だった。


「これまで貴族として恥ずかしくない行動をとっていれば何も起きないんですよ。慌てるのは後ろ暗い事がある人だけですよね?」

「聖人殿の言葉は信仰を利用し、信者達に王家への反逆の汚名を着せようとした怒りだよ。彼らは虐げられて怒っているんじゃない、信仰を政治利用したことに対して怒っているんだ。それ以外では動かないだろうね」

「ですよね、宗教そのものが悪いものとして周囲に認識されちゃいますし」

「勝手な理由で暴動を起こすようなら国として処罰しなければならなくなるだろう。他国だって黙っていないし、君が案じるような危険な存在となるようなら正当な理由の下に潰されるさ」

「ぐ……」


 交互に彼等の行動理由を説明すると小父さんは呻いて座り込んでしまった。……心当たりがある故に王に進言して可能性を潰しておきたかったのが本音と見た。


 つーかね、特殊な状況でもない限り暴動は起こらないと思うよ?


 わざわざ言葉にしたのは単に教会派貴族を慌てさせたかったから。

 寄付の元を潰すような騒動はそうそう起こさないって! バラクシン王族はそれを判っているから慌てていないのだから。

 今回とて様々な条件があって初めて彼らは貴族に牙を剥くことが叶ったのだ、それらが無ければまず無理だったとも言う。

 何せ今回は『神の奇跡』と『聖人様』という二つの事が信者達を後押ししている。

 それらが無く通常の身分制度が適用されるなら、貴族に喧嘩を売ろうとする馬鹿は居まい。それでも事が起こるならば、それは教会にとって後が無い状況ということだろう。


「ところでな、魔導師殿……その、何故私を盾にしているのかね?」

「……」


 魔王様の視線を避けるべく盾にされているライナス殿下が、後ろを振り返りつつ生温かい視線を向けて来る。背中に貼り付いてますものね、私。

 会話をしていてもお説教モードは健在なんだもの、魔王様。お兄ちゃんのため、私のために盾となっておくれ。


「ミヅキ、後でしっかり話は聞かせてもらうから」


 とりあえずグレンは巻き添えにしようと決意した。

個人的感情が駄々漏れな人々でした。

そして参加できずとも『信者の怒りが教会派貴族に向くかもね?』な脅迫をする主人公。地味に場外乱闘中。

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