惜しまれる存在ならば 其の三
「それにしても陛下に連絡を取るとはな。確かに友好的な繋がりがあると証明する場ではあると思うが」
「ふふ、ウィル様なら私の意図を判ってくれると思って」
笑顔で返す私にグレンは少々呆れ気味。イベントが決まってからまず最初にしたのがウィル様へのお手紙だもんな、計画的犯行を疑うか。
なお、ここはアルベルダではない。バラクシン王城の一室だ。
「バラクシン王に許可はきっちり取ったわよ? 『他国の友人を呼んでいいか』って」
嘘は言っていない。バラクシン王とてある程度は私の意図を察していただろう。だからこそ許可が出た。
ただ……手紙を出した先がアルベルダのウィルフレッド様(=王)だとは思わなかっただけで。
グレンが訪ねて来た時には顔色失ってましたね、王様。
しかも『我が王も来れぬことを残念がっておりました』と言って皆を硬直させたね、グレン。
さすがにそれ以降は禁止令出ましたよ、ルドルフとか呼びそうだもんな!
当たり前だがグレンが『王も残念がった云々』と言っているのは公式に、という意味ではない。あくまで個人的な繋がりと言う意味だ。
グレンへの伝達がウィル様経由なのは『王とも繋がりありますよ』というパフォーマンスである。ビビるがいい、教会派貴族ども。
『笑えるイベントあるんです、ちょっくらグレン貸してくんね?』
『オッケー、グレン送るわ』
ノリ的にはこんな感じのお手紙――文章はもっとまともである、お互いに――がやり取りされたのだ、隠された意味は『情報入手しに来い』。
グレンがわざわざ『王も誘われていた』と仄めかしたのはウィル様の指示だろう。さすがにそれは私でもやらん、それに私はグレンだけを誘ったのだから。
ただ、真実は私達にしか判らないので、周囲が勝手に色々と想像するだけである。
だってグレンの上司だもの! お伺いの相手は間違っていない!
グレンに食糧を送る度に何故か共に消費している(グレン談)ウィル様はすっかり飲み仲間。
アルベルダの酒が焼酎に似ていた――材料は全然違う。似てるのは味だ――ので、懐かしい味覚と称して梅干やら鮭とばモドキを送ったら気に入ったらしい。
それ以降はどうやら『グレン宛の食糧=酒のつまみ』として認識されたようだ。グレン曰く『親父だから』だそうだが。
『口当たりはいいけど弱い奴が飲んだら死ぬ』と言われた酒は泡盛モドキだったのだろうかと思っている今日この頃。今度送ってくれるらしいので期待しよう。
……話が逸れた。
私を知る人達から見れば『魔王様のお付きで魔導師がバラクシンに居る』というだけでも十分おかしい。魔王様が私を外交に関わらせないと知っているのだから。
指定された場所がバラクシンということもあり、情報さえ掴んでいればウィル様ならば確実に興味を持つ。
アルベルダはバラクシンの隣国なのだ、教会派貴族を潰して全く影響が無いとは言い切れん。
アルベルダには守護役が居ない。この楽しさ……訂正、情報を伝えるためには王が信頼する人物が実際に見物する必要がある。イルフェナに帰ってからでは遅いしね。
グレンが土産話としてアルベルダに報告すれば早めの対策とて取れる。しかも奴らの楽しい姿も報告という形で上層部に暴露される!
私の友人と知られているグレンはまさに適任だ。『グレン』という名を出した段階でウィル様ならこちらの意図を読み取ってくれるだろう。
「陛下が残念がっていたぞ? お前のすることならば絶対に面白かろうと」
「期待に応えられると思うよ? ああ、こちらも無理を言ってもらったし手土産として映像持って帰ってね」
「勿論だ。……で、妙な『頼み』だったな?」
グレンは今回一人で来たわけではない。私の要請によりお供が二人ほどいるのだ。
勿論、彼らは騎士とか貴族ではない。私の友人としてこちらに来たグレンが個人的に連れてきた使用人である。
「久しぶりっすね、魔導師様」
「ご無沙汰しております。我らでお役に立てることがあるならば喜んで協力いたします」
「久しぶり。亡霊騒動ではお世話になりました」
好意的な笑顔の中に悪戯心を潜ませるのは、亡霊騒動の協力者だったグレンの館の使用人達。
亡霊イベントでは役者と裏方の双方をこなし、キヴェラでは亡霊の声優さんまで演じたノリの良い人々ならば今回の事も楽しめると思うんだ。
大丈夫、犯罪に荷担させるわけじゃないから!
グレンは疑いの眼でこっちを見ないように!
「それで俺達に頼みたい事って何なんすか?」
前くらいのことしかできないっすけど、と言いつつも青年はやる気だ。対して隣の小父様も楽しげに私の説明を待っている。
グレンは無言。口を挟まなければ『アルベルダ上層部が魔導師と共に画策した』という言い掛かりは避けられるものね。
赤猫、賢く育ってお姉ちゃんは嬉しいぞ。でも、どうせなら形だけでも止めておけ。無関係の証拠になるから。
「今回のイベントについては聞いてるよね。あれ、私は参加できないんだけど……友人が怒り狂っていてね。ちょっと彼を手助けしてやってくれない?」
今回の経緯は事前に『友人へのお誘いの一環』としてグレン経由で説明済みだ。
でなければバラクシンに呼べる筈はない。王公認の私サイドの協力者のような扱いなのだ。
それでも他国の人間を呼ぶことには変わりないから、今も一人の騎士が護衛として控えている。
王が直々に私につけてくれた気の毒な人……いや、騎士は。王から説明を受けているのか、私達の会話を聞いても特に反応することはなかった。
「ふむ、手助けですか」
「ええ。いくら無抵抗って言っても騎士だから攻撃に反応しちゃうかもしれないでしょ? 私の友人は聖職者だから非力だし、相手が無駄に頑丈そうだから」
腐っても騎士、きっと体は鍛えている。殴ろうとしても条件反射で腕が動き、防がれる可能性が高い。
体力・腕力・頑丈さが揃っているとダメージを与えるのはきっとかなりの労力を使う。気力だけで補えるほど若くないしな、倒れられても困る。
「ってことは動きを封じればいいんすね? 任せてください! 俺、そういうことは得意っす!」
「……なんで?」
笑顔で胸を張る青年に素朴な疑問を返すと、小父様が苦笑して解説してくれた。
「ロープの先に錘を付けた物を使って狩りをするのですよ」
「ふーん……」
『狩り』ね。その対象が『何』かまでは言わないってことは、人間相手の捕獲だな。グレンの館への侵入者あたりに使われるのかもしれない。魔法が使えないなりに色々と工夫がされているのだろう。
まあ、彼らがただの使用人じゃないことは亡霊騒動で知っている。あまりにも理想的な働きをしてくれる人々が素人とかないわな。
「それにしてもあの美談を使うとは……」
グレンが呆れた目で見てくる。
「ふふ……使える物は何でも使うよ。この世界なら抗議だって来ないだろうし!」
「男の裸など見ている方にとっての嫌がらせではないか」
深々と溜息を吐くグレンの手をわざとらしくもそっと両手で包み込み、私は出来る限り優しく告げる。
「何を言ってるんだい、赤猫。私がそれだけの策など組む筈ないだろう?」
ゲーム中の口調でそう言うと、グレンは軽く目を見開いた。当時を思い出したらしい。
「本当に慕われていなければ彼らの『勝利』はありえないんだよ。慕われていたとしてもダメージの軽減に動くかどうか」
「どういうことだ?」
「君が今言っただろう? 『男の裸』って。……そうなった経緯を知れば単なる罰ゲームじゃないか。あの話は夫人の行動力だけじゃなく、その経緯があってこそのものなんだから」
ぶっちゃけて言うと『教会派貴族出身の騎士が魔導師を怒らせて裸で街歩かされたって。変態じゃね?』で終わる。それこそ自主的に体を隠してくれるような人が居ない限り。
民が家に篭って見ないようにしたところで、部外者のイルフェナ勢やイベントに参加できない人はしっかり見ているのだ。間違っても美談ではなく魔導師の報復にしか見えない。
イベント開催決定の流れになった時点で、連中の未来など暗雲立ち込めるどころか嵐である。その後は次々に災害が起こっていくのだ。
アルにも『貴族にとって醜聞は最も恐れるべき化け物』って聞いてるしね、化け物呼ばわりされた私としては『化け物仲間の醜聞さん』の威力を大いに活用しようと思う。
「誰が見ても醜聞にしかならないじゃないか。彼らは『魔導師から助かる唯一の手段』だと思っているけど」
「詐欺に近いな、おい!? それにいくら無礼講と告知しても、貴族に民間人が手を上げられるとは思えんぞ?」
身分制度が明確なこの世界に長く身を置いてきたグレンは否定的だ。だが、勿論その対策とて取られている。
それにしても『無礼講』という言葉を使うあたりイベントをよく理解しているじゃないか、グレン。『無礼講』って身分の上下関係無しの『宴会』を指すからね。
グレンにすら祭り認定されたイベントが世間一般に美談扱いされるはずはない。
「報復に燃える人達が心置きなく行動できるよう、イベント開始前に王の前で『何があっても報復しない、身分を振り翳さない』って誓ってもらう予定だよ。これに反したら忠誠心無しとして当然地位を剥奪されるし、王と魔王様の前で寝言をほざいた連中諸共『王族に偽りを言った』として処分」
さらっと言い切ればグレンは引き攣った顔で私を見た。
「そ、そういえばお前は無駄に細かく策を練る奴だったなぁ……初めから連中を煽って誘導してないか、ミヅキ」
「勿論!」
昔を思い出したのか、グレンは若干引いた。
失礼な奴だな、グレン。私はそれを敵に対してしかやってないやい。
徹底的にやりたければ逃げ道は一気に塞ぐべきではない。
相手に幾つかの逃げ道を見せておき、到達寸前に目の前で塞ぐ。
これを繰り返し最後に「逃げ道などなかった」と理解させた方が絶望は深い。
教会派貴族はこのイベントが決まった段階である程度詰んでいるのだよ。
最初に大人しく謝罪をしなかった時点で無傷での決着はありえない。私の提案したイベントに乗らざるを得なかったのだ、彼らは反論すればするほど首を締めていく。
騎士として慕われています、民が黙っていません!
→民に慕われているかを判断する恥ずかしいイベント開催決定。
貴族に牙を剥くなど民には出来ないという思い込み。
→最初に王の前で無抵抗を誓わせるから無効。嘘だったら処罰。
王族の前で『立派な騎士』って言ったんだから守れよ?
慕われていれば美談になるイベント。
→そうなった経緯を含めたイベント映像は誰が見ても罰ゲームです。
とりあえず騎士は黙ってイベント終わらせろ!
→人の口に戸は立てられないって言葉知ってる?
私には守護役や上層部の知り合いが沢山、御土産話待っててねー!
……こんな感じで連中が口を出す度に、より明確に事態の拙さが暴露されていく。裏工作もばっちりだ、聖人様が本を片手に待っていらっしゃる。
ちなみに教会の方も何とかなる方法を幾つか考えてあるので提案するつもりだ。こちらは教会の皆さんが『私達は連中とは違います!』と力一杯証明してからでないと納得してはもらえない。
聖人様、頑張れよ? マジに教会の今後がかかってるからな?
こんなことをつらつら解説したらグレンは生温かい目で私を見、使用人二人は――
「凄いっすよ、魔導師様! やっぱり鬼畜という言葉は貴女様のためにあるんすね!」
「幾重にも絶望を張り巡らせる罠、お見事でございます」
感動してた。それはもう目をキラキラとさせながら。
褒め言葉に聞こえないのはきっと気のせい。彼らは純粋に褒めてくれているのだから。
グレンは溜息を吐くと、握られていた手を抜き私の肩を軽く叩く。
「相変らずで何よりだ。本当に本っ当に! 懐かしいよ、賢者殿」
「世界を違えたくらいじゃ性格矯正は無理みたいねー」
「いや、お前の場合は遺伝子レベルじゃないか? 間違いなく」
口調を戻しカラカラと笑えば即座に突っ込みが入る。いいじゃん、役立たずより。
そしてグレンは更に続けた。
「ところでな? さっきから護衛の騎士の顔色が悪いのだが……お前の性格に未だ慣れていないのか?」
「ああ、そういえば……」
顔を向けると即座に視線を逸らされる。得体の知れない生き物の思考回路と『奴らが無事な可能性など一パーセント以下だ!』という、果てしなく黒いイベントの実態に恐怖を感じたらしい。
ああ、君も男だもんね。女が平然とそういう策を練るとは思わないだろうな、この世界では。
「グレン様……異世界には魔導師殿のような女性ばかりなのでしょうか」
「いや、こいつは特殊だ」
縋るように向けられる騎士の言葉をグレンは即座に否定する。
「そ、そうですよね! 彼女が魔導師だからで……」
「だが、ミヅキの仲間達は似たり寄ったりだったから、居る所には居るぞ」
「え゛」
グレンの言葉に騎士は固まった。
涙目だった騎士を安堵させた次の瞬間に突き落とすとは、中々やるようになったじゃないか。
騎士よ、今ので気付いたと思うがグレンも私の同類だ。
※※※※※※※※※
そんなわけでイベント当日。
王に見苦しい姿を晒すわけにもいかず、今はマントで体を隠しているあの騎士が跪いていた。
相当屈辱的なのだろう……その表情は険しいまま。私が奴から見える位置に居る事もあるだろう。
「それでは試される間は何があろうとも『一切無抵抗を貫き、全てを不問にする』ということに納得せよ。これは貴様が『民に慕われている騎士』だと証明する場なのだからな」
「……はい、誓います」
ここは城門を入ってすぐの少々開けた場所。辛うじて城内なので周囲に居るのは騎士や貴族といった王城で働く皆様だ。
ただし、門を出ればそこは城下町。見物人がちらちらと見ているので、この宣誓も勿論聞こえているし王の言葉だということも伝わるだろう。
とは言っても最初の一人になるのは勇気が必要だ。
ここは発案者として私が手本を見せようじゃないか!
「王様、少し良いですか? ……言葉だけでは民は本当に無抵抗なのか判らないと思うのですが」
「ふむ、それは確かにそう思うだろうな」
王は納得するように頷く。だが、良い方法が思い浮かばないのか少々困った表情だ。
そこで私は提案をしてみた。
「まず、私が証明をしたいと思います。『女』で『庶民』でこいつ曰く『人ですらない下等生物!』の私が手を上げても無抵抗ならば、誰もが納得するかと」
「なっ! そんなことはな……」
跪き頭を垂れていた男の頭はかなり低い位置にあった。私の言葉にぎょっとして男は顔だけを上げる。
……が。
私は慌てて弁解しようとする男の顔を踏みつけ――跪いたままだからこそ可能だった――反論を封じた。
周囲は無言。王も無言……いや、もう実行しちゃってるから対応に困ってるだけだけど。
「あ〜……そうだな、許そう」
それだけ言うと視線を逸らす。縋るような周囲の視線も気付かぬ振りをすれば良いのだと判っているのだろう。
その言葉を受けて私はぐりぐりと足に力を込める。手には雰囲気を出すための小道具として鞭。
「恥ずかしいわねぇ? 辛いわねぇ? 私は貴様の無様な姿が楽しくて仕方が無い。私自身はイベント中は手が出せないもの、甚振るのは今しかないから王様には感謝しなきゃね」
「ぐ、き、さま……」
男が睨みつけてくるも笑顔で対応。さりげに『王には感謝してますよ』とアピール。
笑いながら甚振る小柄な女に、顔を踏みつけられるマントだけで体を隠した大柄な男という光景は異様という一言に尽きる。
一見妙なプレイのようです、誰が見ても男がまともには見えまい。
何せこの後には更なる恥辱プレイが待ち構えているのだ。映像を通しで見れば変態認定は免れまい。無抵抗という事も大いにその疑惑を盛り上げてくれるだろう。
なお、私に関しては『今更だろ』『元々鬼畜認定されてるし』といった程度で終わる。それ以外に色々やり過ぎて、男の顔を踏んだ程度では今更驚かれないとも言う。
「覗いてる皆さーんっ! これでこいつが無抵抗だと証明されたと思います。大いにやっちゃってください!」
「いやいや、攻撃するとは限らないだろう」
突っ込むライナス殿下は華麗にスルー。常識人などこの場には要らぬ、必要なのは場を盛り上げる宴会部長だ。
ひっそり男に治癒魔法をかけつつ、足を退ける。
「それじゃあ……行ってらっしゃい、ねっ!」
「へ?」
男が呆けたような声を出し、私の言葉を疑問に思う隙もなく唐突にその姿が消える。
そして。
「な……何故いきなり門の外へ……!?」
「治癒係と監視要員はすでに準備できてるから!」
転移魔法で門の外に捨てる。ここから見えてる場所だもの、この距離なら転移可能。
そしてこれは教会派貴族に対する警告だ。無詠唱で、単独での転移を成し遂げる魔導師ならば数々の脅迫も不可能ではないと悟るだろう。
男の移動に門の傍にいた二人の騎士が慌てて馬に乗ったまま男の傍へ行く。彼らが治癒魔法担当者と監視要員らしい。
「おい! 私の馬は……」
「馬が可哀相でしょ。裸の男を乗せる上に攻撃に巻き込まれるかもしれないじゃない!」
「私は馬以下とでもいうのか!」
「うん」
即答。
あまりな言葉に男は絶句したようだ。いや、馬はきちんとお仕事してるじゃん?
それに。
お前に馬など必要無いとばかりの私の言葉に反論する人は居なかった。
……いや、呆気に取られたり、無詠唱の転移なんてものを見せ付けられて反論できないのだ。
城の三階あたりから吊るされている蓑虫達――余計なことを言った貴族達だ――の姿も口を噤む理由な気がするけどな。
言葉が途切れた隙を突いて、控えていた騎士達が私達と男を隔ててゆく。
城の安全のためだが、退路を断つ意味も含まれているので奴に逃げ場は存在しない。
そうして城下町を使っての、例の無いイベントは幕を開けたのだった。
協力者二名は先に町でスタンバイしてます。
聖人様は次話にて登場。