準備は念入りに
本番前に一話入ります。
小話其の一 『懐かしい味』
「……そうか、それでそんな通達がなされたのか」
現在、カンナス家にお邪魔中。
いや、うっかりアリサがイベント中に買い物に出ても困るしね?
忠告がてらエドワードさんに事情説明してます。さすがに優秀と言われていただけあって、状況を理解できているようだ。
「彼等には随分と頭の痛い思いをさせられてきたが、イルフェナが動くとはね」
「いや、どっちかと言えば今回は私に喧嘩売って来たからなんですけど」
「君の報復を期待しよう。大いにやってくれ」
何故かいい笑顔で報復を推奨するエドワードさん。
もしや連中はアリサを苛めてましたか。
アリサにも『異世界人は化物云々』とかぬかしてやがりましたか、あの馬鹿ども。
エドワードさんは微笑むばかりで何も語らない。……語ってはくれないので私の想像力は勝手に『連中はアリサを苛めていたに違いない』と想定する。
ありえそうだ。物凄くありえそうだ、エドワードさんの怒りを見る限り。
「と、いうわけで。見苦しいもの見たり騒動に巻き込まれても危険なので、買出しは前日に済ませて当日は外出禁止でお願いします」
「判ったよ。私もアリサにそんなものは見せたくないからね」
ですよねー!
旦那(仮)としては愛妻に男の裸なんて見せたくはないわな。
話を聞いている使用人達もしきりに頷いているので、アリサは外が騒がしくとも外出はしない……いや、できないだろう。
多分、家に居る人達が総出で止める。
「まあ、好奇心に負けそうだったら『男の全裸を見たいのか』とでも言えば止めますよ。旦那様大好きな貞淑な奥様だし」
そう言えばエドワードさんは照れたように微笑みつつ、しっかりと頷いた。
好奇心が旺盛そうだが、エドワードさんがそう言えばアリサならば絶対に見ない。私も忠告しておくので、楽しそうな雰囲気を察しても我慢してくれるだろう。
ええ、一部はきっと楽しむと思うのです。私もその一人だけどね!
「ところでアリサ、さっきから何で黙っ……て!? え、ど、どしたの!?」
「アリサ!?」
不審に思ってアリサに言葉をかけつつ顔を向けるとアリサは――泣いていた。スプーンを咥えたまま。
さすがに私だけじゃなくエドワードさんもぎょっとしたようだ。慌てて声をかけている。
「アリサ? どうしたんだい?」
「……てるの」
「え?」
「これ! 私が元の世界で好きだったスープと凄く似てる!」
「「はぁ!?」」
アリサの思わぬ言葉に声をハモらせる私とエドワードさん。思わず自分の皿を覗きこむ。
本日は土産を使った私の手料理で昼食である。皿には南瓜を含む野菜をふんだんに使ったポトフ。
コンソメスープはイルフェナで作ったものをビンに詰めて状態維持の魔法をかけて持ち込み、ベーコンや腸詰はゼブレスト土産のお裾分けだ。
「思い出しながら色々やってみたけど、何か味が違って。ミヅキちゃん、これどうやったの?」
「……。アリサ、もしかして野菜だけで作ろうとした? 塩とか胡椒は入れただろうけど」
「う、うん。具は野菜だけだったし、『野菜スープ』って向こうで呼んでたから」
不思議そうに首を傾げるアリサ。その話を聞いて『何かが違う味』に納得する。
「アリサ。多分、それ調味料が足りないんだよ。もしくはスープが違う」
そう言って今は空になったビン――興味を持ったら教えようと思って手元に置いていた――をアリサに見せる。
勿論今は空だが、アリサにはビンに入った状態のスープを見せている。思い出すように首を傾げ、『そういえば茶色っぽいスープだったね』と呟いた。
「私の世界では『コンソメ』っていってね、野菜や肉を長時間煮込んだ上で余計な成分を取り除いて作るスープなんだよ。これは手間をかければ作る事が可能だけど、調味料としてもあるんだ」
「へぇ! 私の世界にもあったのかな?」
「調味料としてあったかは判らないけど……味が近いなら似たような方法でスープを作ってたんじゃないかな?」
目を輝かせるアリサに私は首を傾げながら応えを返す。
コンソメスープは基本的に煮込むだけなので難しい作業ではない。時間がかかるだけ。ただし、できる量が多いのであまり個人の家庭向けではないだろう。
これは油を大量に使う揚げ物にも言えることで、一般家庭では揚げ物が普及する可能性は低い。使った後の事も考えなければならない、という意味で。
騎士寮では人数が多い&連中がよく食べるので割と何でも作れるのだ。油の処理なども私がやればいい。
身近な調味料が限られているとコンソメ一つでこの苦労。元の世界の凄さを痛感する瞬間だ。
「他にはゼブレストのベーコンや腸詰が近い味になった要因かな? 多分、肉の旨みが足りなかったんだね」
「そっか、私は野菜スープだってずっと思ってたから……」
「具に肉が入ってなければ判らないかも。でもこれって結構大量にできるよ? 作り方を教えるのは良いけど消費できる?」
状態維持の魔法を施したビンに詰めておくという手も使えるだろうが、できれば使い切ってしまいたい。気分的な問題もあるし。
今回は騎士寮で作ったお裾分けなので例外的な方法をとっているだけだ。
アリサも色々と習ってはいるのだろうが、それでも即座に応用ができるわけではない。数日間同じスープでもいい、とかエドワードさんあたりは言いそうだが。
「そう、だよね……もう少しお料理に慣れてからでないと無理かも。それにこれはゼブレストの御土産も入ってるし」
「商人が扱っていないかもしれないからね」
エドワードさんの言葉に、アリサはスプーンで一口サイズに切られて入っている腸詰を突付く。そうか、そういう問題もあったか。
ベーコンも腸詰も私は好意で分けてもらっているけど、アリサ達はそれを買わねばならない。
……幾らくらいになるのだろうか。距離もあるし、高級食材クラスになっていそうだ。
残念そうなアリサに思わず私は提案する。
「あのさ、今のところ月に一度くらいは騎士寮で作っているし、良かったら食材と一緒にコンソメスープ送ろうか? この程度なら手紙用の転移法陣で大丈夫じゃないかな」
「え、いいの!?」
「うん。多分、それが現状では一番だと思う。それを使って野菜スープ作ればこれと同じようなものができると思うよ」
私が騎士寮で大量に作る分には問題無いのだ、皆がよく食べるから。いざとなったら差し入れと称して配ってもいいわけだし。
ベーコンや腸詰もお裾分け程度ならば問題はない。スープに入れる量などたかが知れている。
「時間のある時に一から教えてあげるから、今はそれで我慢しなよ。暫くは家に篭って料理の勉強してなさい」
「うん……うん! ありがとう!」
「……懐かしい味に喜ぶのはいいけど、食べ過ぎてお腹壊さないようにね」
家に引き篭もる事を誘導しつつも、嬉々としてポトフを口に運ぶアリサに苦笑し忠告する。本当に嬉しそうだな、よっぽど食べたかったんだろう。
……もしかするとアリサにとって一番の家庭の味だったのかもしれない。結婚したから余計に作ってみたくなったんじゃないのかね?
そう家庭の味……。
……。
味噌汁……! 味噌とか贅沢は言わん、どこかに似た味の調味料ないかな!?
「いいのか、ミヅキ殿」
「こちらも思惑があるので大丈夫」
「え?」
『思惑』という言葉に不思議そうな顔をするエドワードさん。
ま、ここが『異世界人の暮らす場所だからこそ』とも言うんだけどさ。
「ライナス殿下達がここで食事をしたりするでしょう? その時に口にして気に入れば、ゼブレストに掛け合うかもしれないし?」
「国同士の繋がり……ゼブレストに『戦が多い国』以外のイメージを持たせる気かい?」
即座に私の意図を読み取ったエドワードさんに頷く事で肯定する。
「平和的に『食材の宝庫』でいいと思うのですよ。それにベーコンも腸詰も『作り方を知らなければ作れない』んです。侵略されて食べられなくなる……贅沢に慣れた人達がそんな真似を許しますかね?」
「なるほど。侵略行為をすれば、それを入手できなくなる他国からも批難が飛ぶのかい」
「ふふ、そこまでは言いませんけど? ただ……食べ物の恨みは恐ろしいですから」
当たり前だが一番怒り狂うのは私だ。無料で食材提供という恩恵を手放す気は欠片も無い。
ゼブレストが本格的に動く前に滅してやるわ! 食い物の恨みを思い知れ。
乳製品あたりなら他でもありそうだが、あれはほぼゼブレストだけのものらしい。特に腸詰は庶民の味。他では燻製にするという方法があまり使われないんだとか。
……まあ、干し肉って超簡単に言うと塩漬け肉干すだけでもできるしね。手軽に誰でも作れる方が広まるだろうな。新鮮な肉が手に入りやすいという点も違う。
隣にイルフェナという友好国があり、塩や胡椒といった調味料を割と使えるからこそ色々出来たという面もあるだろう。もしかしたら異世界人が関わっているのかもしれない。
特産物なのです、あれは。しかも最近では私が元の世界にあった応用品を教えたりしているから、新しいゼブレスト名物とも言える。
私も騎士寮で色々作る――元の世界でも作っていたから可能なのだ――のだが、さすがに腸詰はゼブレストでなければ無理だし。
なお、元の世界では失敗する要素や注意点などが詳しく説明してあるので、それを知っていれば解毒魔法で対応可能。細菌といった『悪いもの』が判っているので取り除けるのだ。
更に驚くべきことに、この世界には寄生虫が殆ど存在しない! ……寄生主の方が強いという理由で。弱者は死ねということです。
そういやカエル達も普通じゃないもんな、内部に侵入しようとも寄生虫如きが生き長らえる筈はあるまい。
この世界に元の世界と同じものが存在するかは知らないけれど、気をつけるのは基本。おかげで今のところは問題無し。つまみに作った生ハムも美味かった。
しかも土産と称して時々他国の人達に配ってるしな〜、私。
自分が作ったものだけではなく、ゼブレストで貰った物も提供してしっかりアピール。
地道な宣伝は大切なのだよ、ルドルフ達が知らない間にじわじわと『ゼブレストの隠れた名物』は広まっている。主に国の上層部に。
詳しい事は教えていないので、『気になるなら外交持ちかけろよ〜』ということだ。後は頑張って交渉しておくれ。
交渉の席で誰が仕向けたかは絶対にバレるだろうけど、ルドルフ達も外交カードの一つになるなら煩いことは言うまい。
「まあ、私はアリサが嬉しそうならば国が滅ばぬ限りどうでもいいんだけどね」
「……」
リア充め。
アリサを愛しそうに見つめながら言うエドワードさんに、私は呆れと共に安堵を覚える。
この旦那様がいるならばアリサは笑って暮らせるだろう。そう、確信して。
※※※※※※※※※
小話其の二 『聖人様の熱い思い』(聖人視点)
「……以上のようなことが、これまで行われてきたのです」
教会内部には多くの信者が真剣に私の話を聞いている。その姿を一段上から見る私の胸は申し訳なさに締め付けられるようだった。
基本的に教会は貴族からの寄付で成り立っている。それを考えれば、ただ善良であるだけで済む筈はない。
だが、信者達はどうだろうか。不甲斐無い私を許せるのだろうか。
これまで教会が王家からどういった目で見られていたか――教会派貴族の行いのせいなのだが――を伝えねば先には進めまい。それは他国からの認識でもあるのだから。
そう思って教会派貴族と追放された者達の所業を暴露しているのだ。
寄付を盾にされれば逆らえないのだから、などという甘えた考えをする気はない。
そうやって口を噤んだ結果が現状なのだ。信仰を政治利用し、神を侮辱したも同然である。……しかも属する者全てが。
「神のお心は先日の奇跡を思えば明らかです。誤った道を歩んだ私達を許し心をかけてくださる……それ以上に信仰を汚した者達にはお怒りなのでしょう」
そう言って集った人達を見回す。彼等の表情はどこまでも真剣だった。
『罪人とそれを庇う連中が神の怒りを買った』というのが、先日の『奇跡』の見解となっている。実際に目にした信者達もいるので、余計に事実と信者達は信じていた。
すまん……! あれは神ではなく、悪魔モドキの仕業なのだ……!
向けられる純粋な尊敬の眼差しに何度心を抉られたことか。
共犯であり必要な事だと判断した私には真実を言うなど、できるはずもない。罪悪感に苛まれながらも徹底的にクズどもを糾弾し、冗談抜きに蹴り出して追放した。後悔はしていない。
「そして……先日、更に許し難いことがありました」
ぐっ、と拳を固く握る。
「教会派貴族がイルフェナを侮辱したのです。挙句にコルベラ王女をお救いし、復讐者達に故郷を取り戻させた異世界人……『断罪の魔導師』と呼ばれるあの方を化物呼ばわりしたのです!」
ざわり、と信者達がざわめく。その表情は教会派貴族への嫌悪が滲んでいた。
先日起きたキヴェラ王太子妃の逃亡に始まる一連の出来事は、キヴェラの過去に絡むほど根深いものだったらしい。
単なる個人の感情や冷遇だけではなく、想像以上に多くの思惑が絡んだ事件だったのだ。そしてそれは弱き者の嘆きを耳にした一人の魔導師が成し遂げたとも聞いている。
その魔導師は弱き者に問うたという。『抗う気はあるか』と。
その結果、キヴェラは敗北することになった。驚くべきはその手腕。
魔導師一人が力を振るうのではなく、彼ら自身が何らかの形で関わり結果を出したのだ。彼らを助けキヴェラを敗北させた魔導師が畏怖されるのも当然である。
キヴェラという大国はそれ程に強大だったのだ。国でさえ手出しできないほどに。
誇り高く慈悲深い、異世界の魔導師。ゆえに復讐者達の望んだ最後を否定せず、『後は任せよ』と去り逝く者達に告げたという。
そんな話が民間では囁かれているのだ。教会派貴族達のこれまでの所業もあって嫌悪するのも当然だろう。
……が。
実際にはそんな尊い人物は居ない。居るのは悪魔だ。
確かに策を練るのは得意なのだろう、悪企み方向で。
姫を救ったのも嘘ではないのだろう、大義名分のために。
キヴェラの敗北も事実なのだ、弄んだ結果として。
実物を目にした後――消去法で該当人物が物凄く限られた上に、イルフェナから同行していると聞いて確信した――私は心から思った。
『畜生、私の感動と純粋な気持ちで向けた尊敬を返しやがれ!』
と。それほどに差があった。現実とはそんなものだろうが、涙無しには語れない事実である。
当時を思い出し、思わず涙が滲む。そして私はそのまま信者達に訴えた。
「それでも我々の意思を問う機会は魔導師殿により与えられました。これは後日正式に告知されることなのですが、侮辱した教会派の騎士を無防備な姿で歩かせるそうです。衣服を一切纏わず、あらゆる言動にも身分を振り翳さないという条件で」
突然の事に信者達は不思議そうな顔になった。あえて『暴言や暴力』とは言わない。それは私が手本となって見せればよいのだから。
ダン! と拳を叩きつけ、私は更に力の篭った声で続ける。
「その人物が本当に民に慕われるならば民は家に閉じ篭り姿を目にしない――魔導師殿はそう仰られたそうです。これは我々、教会に属する者達が王家に牙を剥く者と同類ではないと誰の目にも明らかになる唯一の機会なのです!」
はっとした表情になる者達が続出した。だが、それでも貴族に牙を剥くという状況に躊躇いを覚えているらしく不安げだ。
「私は! 神の慈悲を目の当たりにした者として、それ以上に教会を利用……いえ、神を利用した者達を許す事が出来ません! 教会に属する者の代表として、皆様に『もはや利用されぬ』と示そうと思います!」
貴族の報復を受けるのは自分一人でいい。そう告げると「そんなっ」「聖人様を失うなど!」といった声があちこちから上がった。
その様子に笑みを浮かべながらも視界がぼやけてくる。腐っていたのは一部なのだ、彼らは愛すべき同志である。
「私も参ります! 聖人様お一人に全てを押し付けるわけには参りません! 許せぬのは私とて同じです!」
そんな声が一人から上がった。するとそれに倣うように「私も行きます!」「御供します!」と次々に声が上がる。
それはいつしか教会中に響く大声となっていった。
「ありがとう……本当に感謝します。教会派貴族に牙を剥くことは寄付の激減に繋がるやもしれません。共に苦労してくださいますか?」
「勿論です!」
「神が見守ってくださるのです、貧しさなど耐えてみせます!」
「聖人様は我等がお守りします!」
流れる涙をそのままに尋ねれば頼もしい応えが返ってくる。それは子供達も同じで「少なくても皆で分け合えばいいよね」などと健気な事を口にしていた。面倒を見ていた女性が誇らしげに頷いている。
「詳細が決まれば王家から通達がなされるでしょう。共に参りましょう、我等の信仰は腐ってなどいないと証明するのです!」
そんな言葉でその場を締め括り、彼らをこれ以上興奮させないためにも私は奥へと引き上げる。
見送ってくれる信者達の頼もしいこと。なんと素晴らしき仲間であることか。
彼らのためならば自分がどれほど苦労しようとも躊躇わない。この選択は正しかったのだと実感することが出来た。
ただ……。
「素晴らしい御言葉でございました。我らも誇らしい限りです。初めに賛同の声を上げた勇気ある信者も同じ気持ちだったのでしょう」
「……」
その信者は黒髪の若い女性である。はっきり言えば彼女は信者などではない。
『集団ってさ、一人が行動すると後に倣うことが多いよね』
『なんだ、突然』
『正しいと思っても貴族に逆らうことは怖い。だけど最初に声を上げる勇気ある一人が居ればなし崩しに続くんじゃないかと思ってね』
『まあ……それはそうだろうな』
『ついでにこれから苦労させるかもしれないって告げて納得させちゃえ。場の雰囲気と勢い、これ重要。というわけで信者に混ざるから、最初の誘導は任せろ』
『それはある意味、詐欺って言わないか!? お前、本っ当に結果しか見てないだろ!?』
『褒めても何も出ないよ?』
『褒めとらん! 少しは慈愛の気持ちを持て!』
切っ掛けさえあればいいのだと、あの女は言った。しかも聖人自らが率いる集団ともなれば自分達が正しいという思い込みもあり、戸惑いなく行動に移すだろうと。
『聖人に対する信頼』。『神に選ばれた存在の行動』は良くも悪くも人を引きつける。聖人の単独行動より信憑性が増すでしょう――と奴は言い切った。結果だけを求める魔導師に躊躇いなどある筈もない。
これが『断罪の魔導師』とか言われている奴の本性なのだ!
誰だ、善人路線の噂を流しやがった馬鹿は!
いや、結果だけを見れば確かに間違いではないのだろう。ただし、そこに至るまでの行動理由や方法が間違っても善人とは言えないだけで。
現に後が無い我々にとって最高にして唯一の汚名返上の機会を作ってくれたのだ。
……ただし、それが純粋に『教会のため』『信者のため』などではないだろうが。
本人も『参加させた方が面白そう・教会派貴族のダメージになりそう』と言っていた気がする。当事者になる騎士に屈辱的な思いをさせたい、というのが本音と見た。
「貴方にも苦労をかけると思います。これからも共に教会を支えていただきたい」
「勿論です」
付き人と穏やかに笑い合いながら私は本を持つ手に力を込める。贈られてから決して手放さない『本』は早くも手に馴染み、私に頼もしい重さと感触を伝えていた。
……覚悟しやがれ、これが赤く染まるほど説教してくれる。
私は来るべき日を想像し、ひっそりと決意を固めた。
そんな考えをする私だからこそ、あの魔導師を嫌いにはなれないのだろう。そう、頭の片隅で自分自身に呆れながら。
アリサは『これまで料理しなかった・数年前の記憶が頼り・元の世界と食材が微妙に違う』などの理由で懐かしい味に到達できず。今後はいっそう頑張ります。
聖人様は信者達の支持を得ました。これで心置きなくボコれます。……参加者も増えました。